作品集に戻る

次へ



ろるべと


    (Y)HELTER SKELTER

 夜が垂れこめ、辺りは真っ暗で、月だけが輝いてても、ちっとも怖くないよ。
 君がそばにいてくれるだけで、強くなれる。
 だからダーリン、ダーリン、いつもいつもそばにいて。スタンド・バイ・ミー。スタンド・バイ・ミー・・・。

 七海が歌う。
 七海の声を堪能する。七海の声質は甘く、でも毎日の読経のせいでちょっとかすれていて、ビターチョコみたいな感触がある。悪くない声だ。てーか声だけで抜ける。が、ロックヴォーカルに必要な攻撃性とか、艶とか、哀愁みたいな陰影がゴッソリ欠落してる。昔のアイドルが無理してロックに挑戦してるっぽい。明るすぎて間が抜けてる。が、それも七海らしくていい。
 向日性たっぷりのビターチョコヴォイスで「そばにいて」と歌われたら、男なら誰だって「そばにいてやりたいっ!」と思うはずだ。

 安井も安達も少しトチりはじめる。即席尼さん楽団は早くも馬脚をあらわす。選曲ミスだろう。スケベ心出してスローなバラードをチョイスした報いだ。素人のステージってェのは、ボロがでる前に、トントントンとテンポ良く一気呵成にやっつけて、客がよくわかっていないうちに、さっさとひきあげる――つまりは奇襲戦法が得策ってもんだ。
 鈴宮のみが勇ましくバリバリ、ギターを弾いて、孤軍奮闘している。ウザくて図々しい元遊び人の甘ったれ娘とばかり思っていたが、さすが聖ポーリア女学院のエリック・プランクトン、ちょっと見直した。
 安井が自分たちのプレイのお粗末さに苦笑をもらしている。
 特に安達の崩れっぷりは酷い。心ここにあらずといった感じで、ミスを連発している。プレイに集中できないようだ。
 (´-`).。oO(なんでだろう)と、安達の視線の先を辿ってみれば、おおっ! 杉崎サン! アンタ、ナニ楽屋抜け出して、客席に紛れ込んでるんだよ! しかもナニ、その隣の女は?
 若い美女のお腹はせり出している。妊娠五、六ヶ月ってトコか。まさか奥さん?!
 杉崎サンと奥さんらしき女性はピッタリ寄り添って、自分たちの世界を作っちゃってる。
 安達、つらかろう。本妻に出張ってこられちゃあ、「愛人志願」もカタナシだ。好きな男と自分以外の女のラブラブタイムのBGMを担当させられたんじゃ、オマエもやってられんだろうな。けど、これも人生の真実、あるがままに受け容れろ。レット・イット・ビー。

 鈴宮が突然演奏をストップした。やめ、やめ、と言っている。頽廃的なムードに苛立っているようだ。学院では一番ダレてるクセに、こういうショーマンシップの部分においては、妥協ができないらしい。ウナギの夕メシをご馳走してくれたスポンサーも、元がとれて、さぞかし喜んでいるだろう。

 鈴宮はギアをいれかえるべく、「ツイスト・アンド・シャウト」のイントロをはじめた。
 他の三人は一瞬戸惑ったようだが、やっぱり寝起きを共にしてる「仲間」だけあって、すかさずバンマスに呼応する。
「Ah」
という鈴宮の悪戯っぽいハスキーなコーラスに、
「Ah」
と、安井のやや投げやりなクールヴォイスが重なり、気を取り直した安達も、
「Ah」
と生真面目に加わり、最後に七海が
「Aaaah」
と伸ばしに伸ばして、ボルテージが絶頂に達したトコで、
「しぇきなべいべ〜な〜」
 なんだ、その覇気のない内田裕也は? 軽く腰砕け。この天然の(元)恋人のオトし方は相変わらず絶 妙かつ鉄板だ。
 しぇきなべいべっ、とバックも内田裕也で応える。
「ついったんしゃあ〜」
 ついたんしゃっ、とバックがフニャフニャヴォーカルを支える。Wooと汗だくになって坊主頭を振り立てる。プリミティブなロックンロールと踊り念仏の融合だ。
 安井の口元から、批評家的な皮肉っぽい微笑が消える。安達は迷妄をフッ切って、渾身の力でアタック音を響かせる。
 鈴宮が殴りつけるように刻むビートは、ハーメルン男の笛の音のように、仲間たちを、そして聴衆を前へ前へ引きずっていく。
 バンドは躁状態で疾走しはじめた。しぇきなべいべ〜。
 七海は気持ち良さそうに唄っている。
 昔、雑誌か何かで目にしたオードリー・ヘップバーンのスナップを思い出す。
 生きていることが嬉しくてたまらないとでも言いたげな表情で、足を開き、横っ飛びにジャンプしているオードリーと、ステージ上で喉をふりしぼる七海が二重写しになる。
 でも、やっぱりネコミミはいただけんな、と一応ツッコんどこうか・・・。
 凶暴なまでのイノセントと、心地よい猥雑さと、神韻すら帯びた陽気さと、そして、清潔な色香が混交する聖なるドンチャン騒ぎ。気づけば俺は体を揺らし、足でリズムをとっていた。
 ジャジャジャジャジャジャ、ジャ〜〜〜ン
 最後のコードを長々と引き伸ばし、バンドはエンディングをきめた。拍手喝采。いろいろ、減点ポイントはあったものの、及第点、いや、ブラボー!とスタンディングオベレーションを送りたい。もともと椅子、ないんだがな。

 ここから後がいけなかった。
 そう、これで終わっておけば、あの「きゃば〜ん」を揺るがせた大惨事は回避できたのである。

 4人の尼さんたちは、満場の拍手の中、すっかりステージの面白さに味をしめてしまい、
「じゃあ、アンコールにお応えして」
と鈴宮。待ちたまえ、スキンヘッドガールズ。誰もアンコールなど望んで・・・
「オリジナル、やりま〜す」
 おいっ! オリジナルなんて、いつ作ったんだ。世間じゃ、こういうのをな、「暴走」って呼ぶんだぜ。
 連載マンガと同じだ。人気に気をよくした編集部に乗せられて、引き際を間違えると「○○編までは良かったのに、後はグダグダ」と後々まで読者を嘆息させる。
「『アメリカ人はピザが好き』やりま〜す」
 七海が世の中ナメたキワモノくさい曲タイトルを紹介すると、バンドは耳障りな演奏、いや、ノイズを響かせる。こうなると、ビートルズやツェッペリンではなくN県の「騒音オバサン」と一緒の棚に分類すべき音響集団だな。

 ♪アメリカ人はピッツァが好き、でも糖尿病にはなりにくい〜、と七海がメッセージ性皆無の歌詞をがなりたてる。そういや、いっつも謎の歌を作詞作曲しては口ずさんでる「不思議ちゃん」だったな、コイツは。
 まあ、いい。あきらめる。
 学園祭とでも思って、日頃のウサを晴らしせばいいさ。コイツらだってフツーの女の子なんだよな。ウナギも食いたきゃ、ハメもはずしたい、そうだろ? せいぜい楽しめ。・・・などと訳知りぶって、頬をゆるめてみたりする午後七時前。
だが、
 ブツッ
と突然、音が途切れる。バラバラとリズム隊の音のみが、シンデレラのガラスの靴のように取り残されるが、それもすぐ止む。
 スタッフがのっそりステージにあがってきて、無慈悲にも、のど自慢の鐘の音の代わりに、さっさとギターとマイクのコードを引っこ抜いちまったのだ。
「何すんだよ!」
 まだ途中じゃないか、と鈴宮が、悪役レスラーの面接に即合格しそうな、タトゥー&スキンヘッドの巨漢スタッフに噛みついてる。
「今日はアンタたちのワンマンショーじゃないんだよ」
と巨漢が苦々しそうに言い捨てる。
「いいじゃんか、一曲くらい!」
 後で知ったのだが、鈴宮はこのスタッフと反りが合わず、楽屋でも不満をブチまけていたらしい。
「三曲って予定だったろ。アンコールなんて聞いてないぞ」
「二曲目は途中でキャンセルしたじゃん」
「屁理屈言うな。こんなところで油売ってないで、お経の練習でもしてな」
 超ムカつく、カンジ悪い、と他の三人もご立腹の様子。
 客席がザワつきだす。やらせてやれよ、という声が飛ぶ。意外にも支持者がいるらしい。
 鈴宮と巨漢スタッフ(吉田というらしい)が激しい口論になる。やるな、G学院の核弾頭鈴宮、タチの 悪いチンピラ客を不燃ゴミの如くつまみ出してきたであろう、デカブツ相手に一歩も退かない。
「このハゲッ!」
「お前もハゲだろうがっ!」
 このくだりには俺も客もふいた。子供の喧嘩か。が、笑ってる場合じゃねー!
「さっさとギター返せ! このクソアマ!」
「好きでアマやってんじゃないっつーの! 返すよ、こんなクソギター!」
 ブチ切れた聖ポーリア女学院のエリック・プランクトンはギターのストラップをはずすと、床に放り投げた。グワ〜ン!!
「うわっ!! テメー、俺のレスポールに何てコトしやがるううぅぅ!!」
「諸行無常だっ! ポシェットでもブラ提げとけっ!」
 鈴宮、無茶しやがって(AA略)
「このヤロッ!」
とユデダコ、いや吉田氏が尼さん軍団に飛びかかる。罰当たりな、と言いたいところだが、八・二で鈴宮が悪い。
 危うし、スキンヘッドガールズ!
 マズイッ!
 思うと同時に、俺はステージにダイブしていた。
「わっ!!」
と俺に足をつかまれた吉田氏がバランスを崩し、前のめりに倒れる。ドンガラガッシャーン!
「一成君! なんでこんなトコにいるのォ〜?!」
 七海、その至極真っ当な疑問には
「何しやがんだ、このアロハ坊主!」
と起き上がったユデダコ、いや吉田氏が怒りに任せ繰り出した右ストレートをかわしてから、何時間でも答えてやろう。俺の無事とオマエとの復縁が実現すればの話だが。  唸りをあげるパンチを間一髪、かいくぐり、俺の手刀がユデダコ、いや吉田氏の額に突き立つ。
「なんだぁ〜? 痛くも痒くもねえぞ」
「だが貴様の命は後五秒」
「なんだと?!」
「慙愧という秘孔をついた。貴様の体中の骨と筋肉は間もなく崩壊する。それまで念仏でも唱えろ」
「ヒィッ、そ、そんなあ!・・・って、お前はバカかっ!!」
 ユデダコ、いや吉田氏のノリツッコミは、俺などよりボブ・サップを相方に選んだ方がいいんじゃないかってくらいの、ほとばしる情熱に溢れ、しかし悲しい哉、まったく笑いにつながらなかった。俺がいたらなかったのだろう。
 吉田氏の鉄拳はイッペン死ンデ来イ!という彼の言葉を、愚直に実行に移しそうな勢いだった。ボロ雑巾状態でステージに横たわる俺。こんなにタコ殴りにされたのは、幼馴染のコーチャンと隣村に夜這いに出かけたとき以来だぜ、ヘヘッ。

 不意に吉田氏による空爆が止んだ。停戦成立か? 何故? WHY?
「な、なにすんだ?!」
と空爆機の情けない声が上空から聞こえる。
「い い 加 減 に し ろ」
羅刹の如き形相の七海が吉田氏の腕をつかみ、ねじりあげていた。
「痛っ! 痛ェよ、オイッ!」
 手をひねられた赤子が悲鳴をあげる。時代劇なんかでお馴染みの光景だ。ただ、ヒーロー役と助けられる役が男女逆転してる。
「テメー、調子ブッこいてんとマジで殺すゾ!」
 ダメだぞォ、七海、女の子がそんな汚い言葉使っちゃ。ホラ、吉田氏があと五秒で逝っちゃいそうな苦悶の表情してるじゃん。ギターは傷つけられるわ、暴力はふるわれるわ、吉田氏も厄日だな。
 疫病神のスキンヘッド女は吉田氏の胸倉をつかむと、自分の三倍以上の体重はありそうな巨体を床に叩きつけ、
「テメェ、人のオトコにナニさらしてんだ! あぁ?」
 わかってんのか、コラァ、いい墓地紹介したろーか、とゲシゲシ、ヤクザ蹴りを入れまくっちゃったりなんかして、もし松本零二似のオーナーと杉崎サンが止めに入らなかったら、このライブハウス初のホトケが出ていたかも知れない。

「オニイサン、大丈夫?」
 杉崎サンが倒れてる俺を抱き起こす。杉崎サン、アンタ、助っ人間違えたな。消防車の出動を要請したら、タンクローリーに乗り込まれたようなモンだ。お互い、イケメンはツライね〜。ま、女難っつうのはイケメン税だ。おとなしく払っとこうぜ。ガクッ。
「ちょっとっ! オニイサン! 大丈夫?」
 遠くで七海の声が聞こえる。
「一成君、カッコ悪すぎっ!」

(つづく)


次へ

作品集に戻る

inserted by FC2 system