ろるべと |
(Z)GETTING BETTTER 「ワン、トウー、スリー」 フォーと、マイクが四拍目のカウントを拾い、鈴宮が、アコースティックギターで長渕剛の「乾杯」の弾き語りをはじめる。 ワインレッドのワンピース姿で髪をアップにした鈴宮は、坊主頭の新郎新婦を完全に食っている。いつのまにか、ちゃっかり還俗しやがって、コノヤロー。 鈴宮は結局、学院を退転しなかった。最後まで修行をやり遂げて、俺たちと一緒に卒業した。それからのことはよく知らん。いろいろあったらしいが、尼さん廃業して、今はフツーのOLをやってるという。俺の目に狂いはなく髪を伸ばし、メイクを施したら、ちょっと類のない美人だ。あるいは七海を超えるかも知れない。あの色気のねー小狸がうまく化けやがって。 「ナニ、鼻の下のばしてんのよ〜」 それともハルカちゃんと結婚する?と坊主頭の花嫁に軽く睨まれ、あわてて、 「んなこたぁない」 とタモリの物真似でゴマかす。 卒業してから間もなく、俺と七海は結婚した。 俺は七海の寺の婿養子となった。 七海には兄がいて、彼が寺を継ぐ予定だったが、事故に遭い、もともと学究タイプだったこともあり、現在、仏教系の大学で教鞭をとっている。 今日の披露宴に駆けつけてくれ、七海と寺をよろしく頼む、と手を握って祝福してくれた。ありがとうっ、お義兄さん! 余興のヒゲダンスはあきらかに蛇足だったけど。 安井と安達からは祝電が届いた。やっぱ苦楽をともにしてきた友ってェのは、ありがたいもんだ。この二人の「その後」については、また別の機会に語るとしよう。 鈴宮は、呼べ、というので披露宴に呼んでやったら、こんな横溝正史の小説に出てきそうな四国の島まで、ギターケースをかかえて、スッ飛んできやがった。二次会で男漁りをする心算なんだろう。イイオトコを捕まえるためなら、披露宴が地球の裏側だったとしても、駆けつけそうだ。 ちょっと話を早送りしすぎたろうか? じゃあ、悪夢のスキンヘッドガールズデビューライブの直後に、話を戻そう。 混乱も収まり、杉崎サンがバンで俺たちをG学院まで送り届けてくれた。ライブは杉崎サン以外の他のメンバーで間に合わせたらしい。 「本当にスミマセンでしたっ!」 と助手席の安達が何度も頭をさげている。 「いいって。まあ、盛り上がったし・・・面白かったよ」 杉崎サン、いい人だな。でもたぶん絶対後悔してんな。 騒動のA級戦犯は頬杖をついて、窓の外、街のイルミネーションを眺めてる。 「もうすぐ駅だから降ろしてもらえ」 と声をかけると、 「なんで?」 鋭い目で睨みつけられた。 「学院から逃げんだろ?」 「なんで知ってんのさ」 俺が答えずにいると、核弾頭はまた視線を窓の外へ投げ、 「アンタにはカンケーないでしょ。逃げたくなったら」 いつでも逃げてやるよ、とふくれっ面で吐き捨てた。 「ヘタレの尼フェチはおとなしくカノジョに介抱されてりゃいいのよ」 そうする。 「一成君、弱いねぇ〜」 七海は苦笑しながら、腫れあがった俺の顔を、濡れたタオルでずっと冷やしてくれている。 「俺が弱いんじゃねー。アイツの腕っぷしの強さが人間離れしてただけだ。言っとくが俺は強ェんだよ。オマエよりは弱ェかも知んないけど、生まれてから喧嘩で負けたのは、これが初めてだ」 「ウソつき〜」 「まあ、勝率は少なく見積もっても七割だ」 喧嘩で負けないコツを知ってるか?と言うと、七海は、知らなぁ〜い、と首を振った。そりゃ、コイツにゃ無用の知識だろうな。 「勝てそうな相手とだけするのさ」 「それってズルい」 「宮本武蔵はそうやって生涯負けなしだったんだゼ」 彼我の実力差を冷静に量るのも実力のうちだ、と釈迦に説法を説いたら、 「アタシのために、勝てそうにない喧嘩、してくれたんだね・・・」 と七海は俺の頭を撫でた。温かく心地よかった。許してくれたんだな、と了解した。元の鞘。殴られた甲斐があったってもんだ。 今回二番目の被害者、安井はずっと沈黙していたが、 「散々だったけど、面白かったよ」 と今日一日を一言で総括してくれた。 杉崎サンが「ア・ハード・デイズ・ナイト」の導入を口笛で吹く。機転がきいてるな。しんどい一日だった。さあ、今夜は丸太のように眠って、明日からまた犬のように働こう。 ┌───────── ヽ( 〃 ̄ω ̄)人( ̄ω ̄〃 )ノ♪ < ろるべと └───────── 「マコチャン、お手、お手」 また七海がシャアに「お手」を仕込もうとしている。無理だ。オマエが仏事の所作作法を一向、おぼえないのと同様、その雑種に訓練をほどこしたって、いわゆるひとつの徒労ってやつだ。 「牛乳うめえ!」 もう一本! はないので、砂漠の旅人のように、空に向けて口を開け、瓶をサカサマに引っくり返して、大口めがけてブンブン振る。 今日の昼食はカレーだった。当然、肉など入ってないベジタリアンカレー。けど地獄にホトケ、G学院に牛乳と七海とカレー、その三つさえあれば・・・。ん? ホトケの数がなにげに増えていくなあ。ビバ! 適応能力。 今夜、食事当番だった鈴宮は、さりげなく俺の器に他の連中より多めにカレーを盛ってくれた。昨夜の礼のつもりか? 鈴宮のクセに人並みなことをしやがる。気味が悪ィな。 ま、ありがたく受け取っておこう。封建的世界のつましい幸福を享受した。 な〜んか安達は安達で、 「まったく鈴宮さんのせいで最悪ッスよ」 と親友を呪いつつ、 「杉崎サンがダメなら、高島田先輩でもアリかな〜」 とか色目使ってくるし、もしかして、追い風吹いてねーか? だが、俺はあくまで七海一筋。安井あたりがアタックかけてきたら、高島田城も風雲急を告げそうだが、残念ながら、いやいやいや(汗)、幸い、安井には変化はない。 「アメリカ人はピッツァが好き〜♪」 と七海が歌っている。お気に入りの自作曲に登録されたようだ。 「怪我大丈夫〜?」 七海、ノンキなヤツだ。俺の腫れあがった顔を見れば、大丈夫じゃないことは明白だろうが。この怪我のことで、昨夜はオッカナイ院生監督の賢了サンから特高警察ばりの尋問を受けたんだぞ。ちょっと転んじゃって、とか青春ドラマのけなげなイジメられっ子みてーな嘘までついてさ。 なんとか昨夜の一件はバレずに済んだ。もし、バレたら、当分の外出禁止は勿論、類は他の院生にも及んだだろう。危ねー、危ねー。鈴宮あたりは開き直って「G学院軽音楽部」を正式に認めるよう、上層部に申請するかも知れないな。 「なあ」 「ん?」 「次の外出日さあ・・・」 「今度は一緒に出かけようね」 七海に先回りされ、 「よろしくお願いしますっ!」 思わず平身低頭。ぺこぺこ。 「これさ〜」 と七海が懐から、ホカホカ湯気の出そうな小さな物を取り出してみせた。MDだった。 「なんだ、そりゃ?」 「店長が、アタシたちのステージを録音してくれてたんだって。帰るときくれたの」 ここじゃ聴けないけどね、と破顔するマイ・スウィート・ハニーが眩しく、さして遠くない未来を夢想して、目を細める。 いつか、このMDをプレイバックしながら、チョーウケる、アリエナ〜イと、ゲラゲラ笑い合う四人組を思い浮かべて、口元が緩む。 「俺も聴きたいなあ」 一緒に大笑いしたい。ついでに、オマエらのせいで酷いメに遭ったんだぜ、と文句のひとつも言ってやろう。「仲間たち」と過去を笑い飛ばす。そんな未来が貧乏ゆすりして、早く来いよ、と待ってるんだ。それって最高じゃんか! そう考えりゃ、こんなにネタになる毎日はない。 世界ってうまくできてるな〜、ちゃんと帳尻が合う。いや、俺が若いから楽天的にそう感じるだけであって、本当は帳尻なんてちっとも合わないのかも知れない。オシャカサマが喝破なさったとおり、世界は苦しみに満ちているのかも知れん。だからって安っぽい厭世主義者になる気はねぇ。せいぜい地獄の底で這いずりまわって、大笑いできるネタを増やしてくさ。 ニャオ〜ン、ニャオ〜ン ブサ猫シャア、あるいはマコチャン、あるいはモコナ、あるいはチビ、あるいはミケがミルクを要求して鳴いている。 「お手だよ、お手」 七海、あきらめろ、所詮アホ猫だ、と言おうとした瞬間、 「にゃあ」 そのアホ猫がポンと七海の掌に前足をのせた。 七海が叫んだ。 「できるよ! できるじゃん!」 (了) |