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ろるべと


    (X)ROLL OVER BEETHOVEN

 杉崎サン、なかなかイケメンじゃん。芸能人の誰かに似てんだよなあ。誰だっけ? 確か月9ドラマに出演してた売出し中の若手俳優の・・・エ〜ト、名前何っていったっけ。・・・ええいっ! 野郎の容姿なんざどうだっていいんだよ!
 しっかし美形ってのは罪だな。
 髪と一緒に俗世への未練を断ち切るのが役目の、学院御用達(じゃないけど)の床屋だが、こんなハンサムさんに剃髪を担当されちゃ、若い尼さんなら、剃られるそばから、引かれる後ろ髪がニョキニョキ生えてきちまうぜ。
 にしても盛り上がってんなあ。
 よし、俺の特技、読唇術で・・・ナニナニ・・・
 杉崎「へ〜、小夜子チャンの知り合い? 皆カワイイね」
 鈴宮「そうですかあ? アッハッハ、G学院創設以来、空前の美少女四人組って評判なんですよ〜」
 大勢でスミマセン、と安達が申し訳なさそうに謝っている。主に鈴宮に関して。
 コイツら、俺のバンドのメンバー、と杉崎さんが4人の若者を紹介している。すっごいイケメンってわけじゃないが、皆、今風のサワヤカ系の青年たちだ。
 七海はといえば、早速、ギターケースを抱えた本田って男と盛り上がっている。さすが大学時代、合コン界のジュリアス・シーザーと呼ばれた女、いきなり全軍あげてルビコン河を渡っちまってる。
 クソッ、ここからでは七海の顔が見えない。読唇術が使えん。何をしゃべってるんだ。
 本田の唇の動きから、Jポップについての話題らしいが。あ゛あ゛っ! もどかしいっ!

 G学院のあるY山の最寄り駅から、数駅離れたM町のコーヒーショップ。ここが彼氏彼女の待ち合わせ場所のようだ。
 身体を隠している新聞紙が逆さまであることに気づいて、あわてて、ひっくり返す。今日日、ギャグ漫画家でさえ回避するベタなボケをかましちまった。
 途中のデパートで購入したサングラスとキャップ、アロハシャツ、と変装は・・・微妙・・・。
あわてて揃えたからな〜。地元に溶け込もうと懸命なハワイの東洋人ってカンジ。
 ホント、ナニやってんですかね、俺・・・。
 せっかく「地獄」から解放されたのに、スパイ大作戦状態。あるときはヘタレ修行僧、またあるときはハワイのカンチガイ邦人。変装パターンが二つのみなのは御愛嬌。いいじゃんか、別に。
 七海のことが気になって、つい後をつけて、こんなところまで。う〜ん、世間的にはこの状況、「元カノをストーキング」っていうんだろうな。俺は断固として認めねーけど。
 コラコラ、本田! 気安く七海の体にタッチするんじゃねー! 七海はな、そんな安っぽい女じゃねーんだよっ!・・・といいたいトコロだけどなあ・・・(― ―;
 鈴宮は社長の息子だという坂井ってヤツにガムテープのように、ベッタリ貼りついている。
 アタシ、高校時代、ギターやってたんだよ、とコバンザメ鈴宮の唇が動く。
 へ〜、そうなの、とブルジョワ坂井が応じている。
「ハルカちゃん、どんな音楽聴くの?」
「いろいろ」
「洋楽とか聴く?」
「結構聴くよ」
「例えば?」
「レッチリとかレディオヘッドとか・・・パンクも聴くよ、クラッシュ、ピストルズ」
「へ〜、スゴイじゃん」
「でも一番好きなのはバンプなんだけどね」
「あ、俺も好きだよ、バンプ」
「ホントォ?」
 鈴宮は水を得た北島康介のように、「チョー気持ちエェ!」とスイムしてやがる。例えが微妙に古くて申し訳ない。
 七海や鈴宮とは対照的なのが安井。男連中に話しかけられても、ハァとかイエばっかりで、まったく会話が成立していない。好きなアーティストは?と訊かれて、おずおずと奥井雅美と山本正之を挙げていたが、誰?と重ねて訊かれ、え、あの・・・とテンパッている。
 それでも男に話しかけられてオドオドと赤面している若い美人尼に、瀬名サン同様、「庇護欲」(あるいは歪んだ欲望)を刺激される男ってェのはいるもんで、なかなかモテている。安井マジックは学院外でも有効みたいだ。
 安達は杉崎サンにピッタリ寄り添っている。恋人オーラだしまくりだが、オーラを発散しているのは安達だけで、杉崎サンの方は、う〜ん、良く言やあ「カワイイ妹」程度の感情しかないようで、両者の温度差はマニラとロンドンぐらい違う。
 今日のギグはね、とその杉崎サンが彼らのバンド活動について説明している。「Gig」ときたか。カッコエエのう。
 杉崎サンたちのバンドは自主制作で既にCDを二枚も発表していて、地元でも割かし知られているんだそうだ。地元のライブハウスで定期的に演奏しているらしい。
「それがさ」
と杉崎サン。
「今夜のギグなんだけど、前座のバンドに二組もドタキャンされてさ〜」
 一組は昨夜、突如、バカヤロー解散、もう一組はメンバー二人が青少年保護条例にひっかかり、現在ブタ箱にいるとのこと。
「参っちゃったよ〜。代打を頼むったって話が急すぎだからさ」
「なんならアタシ、やってもいいよ」
とハルカが、高い所の物をとろうとしている友人の脚立をおさえておいてでもやるような調子で、とんでもないことを言い出した。
「やってもいいって何を?」
「演奏ですよ、演奏。ギグ」
 こう見えてもアタシ、聖ポーリア女学院のエリック・プランクトンって言われてたんだから、と得意気なハルカ。エリック・クラプトンだろ! ベッタベタなボケを本気でブチかましやがって、ウツケモノが。っつかオマエ、寺の娘のクセにミッション系の女子高通ってたのかよ! それはいい。ともかくギターの神様と魚のエサの区別もつかんヤツに大事なステージを任せるお人好しはいないんだよ! 顔洗って出直して来い。
だが・・・
「ソレ面白いかも知れないな」
と杉崎サンが興味を示す。あれれ?
「『きゃば〜ん』だしなあ。アソコのオジサン、フトコロ広いから」
 尼さんのステージなんて面白そう、いいじゃん、いいじゃん、かなりのサプライズじゃねー? と他のメンバーたちも同調。え? え? 嘘?
「この娘たちもセットでつけるよ」
と鈴宮が仲間を増殖させている。
「ええ〜ッ?! ムチャ言わないでよ、鈴宮さん」
「アタシ、もう帰るつもりなんだけど」
 面白そうじゃん、と鈴宮は迷惑顔の安達と安井を説得にかかる。何度でも言うが、オマエ、夜逃げするんじゃなかったのか?
 七海が鈴宮の提案にYESかNOかはわからない。顔が見えないから。が、たぶんYESだろうな。派手好きで目立ちたがりの性格や、鈴宮発言後のリアクションから鑑みて、大いに乗り気を示しているようだ。

 座のペースは完全に鈴宮が掌握し、楽器は貸してもらえるんでしょ? だったら安達はドラムね、で、安井チャンがベース、とテキパキとパートをきめていく。天性の仕切り屋だ。たまりにたまっていたフラストレーションが、その捌け口を見つけ、テンションがあがりにあがっているんだろう。
 おいおい、とことのなりゆきに唖然。こんなあっさりライブ出演が決まっちゃって、いいのか? スポットライトを夢みて、アルバイトしてスタジオ代を稼ぎ、日夜コツコツ腕を磨いている全国のバンド青少年たちに申し訳ないだろう。
「ギャラは才谷屋のウナギ弁当でいいや」
おいおい、出演料の交渉までしてんぞ。
「了解」
と杉崎サン。愉快そうだ。
 俺はロックンロールの実験精神やアマチュアリズム信仰を軽視してたようだ。つまりはロック魂と学園祭のノリは根っこは同じってこと。軽佻浮薄。面白きゃオールOK。やれやれ、だ。

       ┌─────────
   ┐(´д`)┌<  ろるべと
       └─────────

 ライブハウス「きゃば〜ん」
 お笑い芸人の「キャイ〜ン」とは何の関係もない。念のため。
 カタギの仕事を一度も経験したことのなさそうな、松本零二似のオヤジ(おそらくオーナー)からチケットを買う。
 オヤジの風采から、半分道楽でやってるんだろうなあ、と想像する。だから結成二時間チョイのズブの素人バンドをステージにあげるという荒業をやってのけたんだろう。
 ライブハウスに足を踏み入れる。
 うわっ、スゲー、アングラ臭。大学のサークルハウスみてーだ。
 ベタベタ貼っつけられている自己顕示欲大放出のライブ告知ポスターに胸焼けをおこしちまいそうだ。ま、どのバンドもインパクトでは、今夜出演予定のガールズバンドに勝てねーだろうがな。
 客席には観客がチラホラいる。若いギャルたちは杉崎サンのバンド目当てなんだろう。オジサン連中もいる。杉崎サンのバンドはオールディズも演奏するので、オールドロックファンも聴きにくる、と常連のオジサンが教えてくれた。
「アンチャンもロック好きなのかい?」
「ええ、まあ」
 たしかに嫌いじゃないが、貴重な休日に金払って、インディーズバンド聴きに来るほどの情熱はない。
それより七海だ、七海! まさか今頃、楽屋であのギタリストといいムードになってんじゃねーだろうなー。悶々々々々。
 リミッターが振り切れ、こうなりゃ楽屋に乗り込んじゃるわっ! と立ち上がると同時に、
 パッ
と照明がおちた。
 スポットライト。
 光の恩寵は舞台上のみに与えられる。そう、俺らのような凡愚な民草は暗闇の中を這いずりまわって、ただステージに声援を献上することしかできない。・・・って何故自虐的になってんだ。

 坊主頭に作務衣の4人組が登場する。
 鈴宮だけ、どっからチョロまかしてきたのか、カート・コバーンの顔がプリントされているTシャツを着ていた。サイズから推測するに、男物だ。
 七海の頭からニョッキリ、何か生えている。アレは何だ? もしかして、
ネ コ ミ ミ
ってやつですか。坊主頭にネコミミって、マジ、ありえねー! たしかに「斬新」だが、本人の意図が奈辺にあるはわからない。ひとつだけ言えるとすれば、「斬新」は必ずしも「正解」ではない。
 いかついスタッフがライブハウスデビュー直前の新人バンドの楽器のチューニングを手伝ってやっている。
「ちょっと、アレ、女じゃない?」
 前列のギャル軍団がヒソヒソ話している。ヒソヒソはやがてドヨドヨになる。
 準備が完了した。
 ギターを首からブラさげたTシャツ坊主は閲兵する独裁者のような傲慢な表情で、群集を眺め渡すと、マイクをポコンポコン叩いてるネコミミ坊主を振り仰ぐ。そして、楽勝じゃん、と唇を動かし、にやり、ゆっくりと一歩前に踏み出した。
「ワン、トウー、スリー」
 「きゃば〜ん」の狂騒の一夜が幕を開けた。

(つづく)


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