夜会の果てに |
ことのおこり 南雲曰く「合コンとは団体戦である」。 大学に入り、合コンに参加するようになり三年弱、南雲の金言が心に沁みる。 中坊の時分は、合コンとは同性が異性をめぐって競合し、戦国武者の如く己が存在を誇示し、戦果は個々の武勇によって決する、苛烈な競争原理の支配する場と漠然ときめてかかっていたが、少なくとも男の場合は逆で、勿論、最終的に女の子を獲得するのは個人のハント能力だが、太古の我々の祖先が集団で、鹿やイノシシを追ったように、そこに行き着くまでには、いじましいチームプレイを必要とする。 宴が盛り上がらぬことには、「花」は摘めない。 だから個人個人の利害はひとまず置いて、チーム一丸となっていいふいんき(何故か変換できない)を作りあげる。 ボケて、ツッコんで、話題をふり、フォローし合う。「僕はこういう席はちょっと・・・」というスカした態度など、もってのほかである。 それぞれキャラや事情というものがあるから、事前にキチンと役割を分担する。 役割の中には 「爆弾処理係」 と我々の間で呼ばれている難役がある。 悲しいかな、相手の女の子の中には、たまに、いや、しばしば強烈な「ハズレ」が存在する。 「爆弾処理係」は少年漫画の熱血キャラのように「オレがコイツの相手をしている間にお前らは早く行け!」とばかりに、すすんでその「ハズレ」を引き受け、捨石となり、他の男性陣は心中「スマン」と手を合わせながら、上肉を求めるのである。 「爆弾処理係」は回りもちである。 今宵の爆弾処理の役目は僕だった。今回のコンパに消極的だったのと、一次会の費用を免除してもらったのが、抜擢の理由である。まあ、別に今夜はどうだっていい。全然OKです。 しかし、トイレで主催者の南雲に、 「北村、わかってるな?」 と念をおされ、 「鈴宮サンはお前に任せたからな」 と爆弾を渡されては、ただでさえ低いモチベーションがグイグイお通夜レベルにまで、後退してしまうのも、むべなるかな、である。 手を洗い、席に戻る。 青い頭が4つ、電光に照りかえっている。 うわっ! 眩しいっ!というギャグが脳裏をよぎったが、そっと胸にしまう。なにしろ相手はレディーだ。 座敷ごとに仕切りのある店でよかった。セッティングした南雲に感謝する。 坊主頭の女の子が4人が談笑している光景は、客観的にみてえらくシュールだ。実際、ビールを運んできたバイトのお姉さん、明らかに挙動不審になってたし。 そもそもこのアリエナイ合コンの話を、恐怖新聞のように突如持ち込んできたのは、「色欲のイリュージョニスト」こと南雲だった。 久しぶりに連絡してきたかと思ったら、 『実は今度変わった合コンがあってな』 「変わった合コン? 舞踏会っぽく、全員仮面をつけて参加するとか?」 と冗談をかましたら、 『いや、むしろ普通は見えない部分が見えてる女の子たちでサ』 「なんか卑猥な言い回しだな。まさかお水関係・・・ストリッパーとかか?」 『いや、むしろ逆のベクトルの女の子たちだな』 謎々みたいな会話になる。 「勿体ぶるなよ」 と降参すると、南雲は、あのな、と声をひそめ、 『宗教関係の人たちでな』 「おおっ! ミッションスクールの女の子かッ! いいよ! いい!」 やはり持つべきものは友達だ。 『まあ、宗教の学校といえば、そうなんだが、キリスト教じゃない』 「モルモン教か?」 『いや、もっと日本的な・・・』 「み、み、み、み、巫女?! 巫女さんか?!」 贅沢は言わない。バイト巫女でもいいっ! 『いや、日本的というか、本来はインド的というか・・・もっとショートヘアーな方面で・・・』 「ごめん、キャッチ入ったわ」 『待て待て待て!』 小学校以来の友人におしとどめられ、 「ありえねーよ!」 と怒鳴りつけてやった。 「瀬戸内寂聴と同じジャンルの女とヤれ、と?」 『可愛い娘もくるらしいぞ』 「来るなら、僕の葬式のときにでも頼む」 『まあ、聞け』 「だいたいどうやって知り合ったんだよ? 尼寺でナンパか?」 南雲ならやりかねない。 『それがな・・・』 イリュージョニストが種を明かす。 『G学院って知ってるか? ○○町の』 「ああ、知ってる。な〜んか陰気な感じのでかい寺みたいな建物だろ?」 『そうそう。坊さんの教習所みてーなトコ。メッチャ厳しいらしいぞ』 南雲の実家は牛乳屋だ。G学院にも商品を卸しているという。 『マジでスゲーよ、あそこ。日頃ロクなモン食わせてもらえないらしくてさ』 一日一本の牛乳が最大の栄養源なのだという。 『信じらんねーよ。明治時代かっつーの』 とヒートアップする南雲は実家の手伝いで、何度か立ち入り厳禁の学院敷地内に入りこみ、院生の女の子、即ち尼さんの卵との接触に成功したらしい。やっぱり南雲だ。 『尼さんていうからサ、メチャメチャ近寄り難いイメージあるじゃん? 『男子禁制』みたいなサ』 男女共学なんだけどな、と南雲はセルフツッコミをいれ、 『でもイメージとまるっきり違うんだよ。そこらのギャルと変わんねーんだって』 「丸坊主のギャルはいないだろう」 『そこは目をつぶってだな・・・』 つぶれないって! 『学院生にハルカちゃんて娘がいてさ、意気投合しちゃって、じゃあ合コンでもやろっか、みたいな話になってサ、最初はギャグかな〜って思ってたら、向こう、マジでさ、今月の外出日にお互い友達連れて、会おうってなっちゃってサ』 「そりゃ面白いな」 『だろ?』 「話聞いてる分にはな」 『ぶっちゃけ面子が足りねーんだ』 「当たり前だ。ボウズのうえにヤレない女のためにヒマとカネを割く物数奇はいない」 『ヤレるかヤレないかは俺たち次第、彼女たち次第でだな、いいムードになったなら、ヤッちゃえばいいんだよ』 「仏罰がコワイ」 『俺はヤルよ』 「これからお前のことをイリュージョニスト改めタリバンと呼ぼう」 『東谷は大喜びしてたぞ、『尼さんとヤレるぅ〜』って』 「アイツは末期だな」 美食に飽きた貴族がゲテモノ食いに走るようなものだ、と評すると、 『ゲテモノは言い過ぎだろう。確かにクリクリだが、中身はホンット普通の女の子なんだって。しかも聖職者だ』 「普通の女の子」をウリにしたいのか、「聖職者」をウリにしたいのか、どっちだ、南雲。 「ま、尼さんが合コンなんて世も末だな」 『だな』 と南雲も末法の時代を嘆きつつ、 『でも江戸時代には尼さんの格好した風俗嬢がいたらしい』 そんないかにも南雲的な豆知識はいらん。 「ちなみにハルカって女はどうなのよ? イケてんの?」 『微妙だな。本人はイケてると思ってるみてーだが・・・』 「ボウズでカンチガイってイタすぎだな〜」 『とにかく来てくれよ〜』 南雲はしつこかった。 『今更、中止するっつっても、あっちはケータイ持ってないし、連絡がとれないんだって』 それに考えてもみろ、と南雲は説得する。 『ある意味チャンスだぞ! 尼さんと合コンなんてこの先一生ないぞ。仮に性欲の部分で不満が残るとしても、孫子の代までネタになるぞ。たった五千円かそこらで、貴重な体験ができる機会をみすみす棒に振る気か?』 口が巧いな。南雲め、この調子で毎回、合コンで女、口説きまくってるんだろうな。 「いま金欠なんだよな〜」 『わかった。お前の飲み代、俺がもつから』 ただし二次会は自腹で頼む、って言うところが南雲、二流だ。 「OK。わかったよ。行ってやる」 ただで飲み食いできるうえに、南雲に貸しがつくれる。それに彼の言うとおり、ちょっと面白そうだ。 『恩に着るよ。で、言いにくいんだが、『爆弾処理』も頼みたいんだ』 畳み掛けられ、 「OK」 と物憂く答えた。 「全員『爆弾』みたいなもんだろう」 『二次会はカラオケの予定。今回はお前の『夜空ノムコウ』が聞けなくて、残念だよ』 「尼さんには『夜空ノムコウ』よりハンニャシンギョウの方がいいんじゃないか?」 僕の必殺ナンバーをそんなイロモノ軍団に披露するわけがないだろう。 (つづく) |