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夜会の果てに


    まえのつづき

 合コンの参加者は、南雲、東谷、の他に西條、そして僕の四人。
 僕以外は未知の「珍味」を求める「合コン廃人」たちである。
「やっぱさ、尼さんてことは処女なのかな〜」
「それは求めすぎだろう」
「お線香の匂いがするのかな〜」
 やだな。この退廃的なふいんき(何故か変換できない)。「尼さんを抱く」という発想自体が不健康極まりない。
 とは言え、合コンはチームワーク。メンバーの中にノリの悪いヤツがいては・・・盛り上がらない→途中で帰る女が出る→連鎖して帰る女が出る→さらに盛り上がらない→また帰る女が・・・の悪循環にハマり全員が被害を蒙る。テンションをあげねば。せめて飲み代分くらいは働こう。
「来た来た」
 南雲に言われなくても、もうがっちり視界がロックオンされている。
 剃髪に袈裟をつけた尼さんが4人、ゾロゾロ歩いてくる。周囲の視線を独占しながら。
 平和な歓楽街に突如出現した尼さん集団に、行き会う人、行き会う人、みんな道をゆずっている。パンチあてたヤーサンやイチャつくバカップル同様、一種の視覚的圧力団体である。
「美人じゃん」
「G学院侮れねーな」
 東谷と西條は舞い上がっている。
 尼さん4人は互いの体をたたきあって、大笑いしながら歩を運んでいる。たしかに「普通の女の子」だ。が、身のこなしがやけにキビキビしている。運動律がある。隙がない。なんていうのか、表情は開放的な「普通の女の子」なのだが、体の筋肉は「修行僧」のまま、たえず緊張している。今いきなり「整列!」と号令をかけられても、瞬時に対応できるよう身体改造が為されているのがわかる。兵隊さんのように。つまりは「剃るジャー」だ。教育というやつは時に凄絶だ。

 居酒屋に入り、双方自己紹介をする。
 代表の鈴宮ハルカが女性側のメンバーを紹介していく。
「法名は・・・」
とハルカが言いかけるのを、さすが巧者の南雲、
「ホーミョーって尼さんの名前でしょ?」
「そうだよ」
「今夜は辛い学院生活を忘れて、パーッと遊ぼうって趣旨だから、堅苦しい法名はNGね」
「オッケー」
 そうやって彼女らから尼僧としての自覚を失わせる魂胆なのだろう。

 女性参加者のデーターを脳にインプットする。

 《本命》来栖七海
 とにかく美人。ルックスはモデル並み。かなり合コン慣れ、いや男慣れしている。いわゆる「天然」だが、その「天然」を活かす術を心得ている。さりげない仕草や言動がサブリミナル広告のように、気づかぬうちに相手の男たちの心に忍び込み彼女の好感度をあげていく。その天然と計算の絶妙な匙加減に天才と経験を見る。まさに「合コンの申し子」のような女。ただし、学院内にいい仲の男がいるらしい。残念!

 《対抗》安井沙耶香
 合流してから、ずっと不機嫌そうに沈黙している。今まで合コンというものに参加した経験がないという。なんか、全然男性陣と目を合わそうとしないし、一番合コンに来て欲しくないタイプ。しかし、七海に匹敵する美女であるという事実の前に、そうしたネガティブなファクターが「初々しい」「新鮮」とプラスの評価に転じるから、やはり見た目は重要である。どうやらメンバー中、唯一の処女のようで、「尼さんと合コン」という今回の趣旨に最も適った逸材。

 《ダークホース》安達小夜子
 まあまあ美人。女性陣の中では一番常識的な印象。他の三人のキャラが強すぎるせいか影が薄く、会って5分後には顔と名前を忘れちゃいそう。しかし、なかなかの巨乳であり、ぶっちゃけ男好きする身体。また、西條の下ネタオヤジギャグに対し、七海→爆笑(△)、沙耶香→露骨に不機嫌(×)、ハルカ→下ネタで応酬(問題外)、といったダメな反応の中、「やめてくださいよ〜」と苦笑い、というベストなリアクションをチョイスした、普通人ならではの社交感覚は評価したい。

 《出走停止》鈴宮ハルカ
 どうやらこの女が今夜の「爆弾」らしい。

 まったく期待していなかっただけに、レベルの高さに舌を巻く。でもまあ、尼さんじゃあな、とイソップ童話の「酸っぱい葡萄」のキツネをきめこむ。
 さっ、爆弾処理、爆弾処理。
「鈴宮サン」
「なに?」
 鈴宮ハルカは貪るようにカラアゲを食べている。当座は色気より食い気を優先させるハラらしい。というか、食肉を前に色気のヒューズが飛んだみたいだ。
「あのさ、学院ではどんなメシ食ってんの?」
 G学院の話はなるべくしない、という申し合わせが男性メンバーの間で事前に行われていたが、ハルカの凄まじい食いっぷりに、つい訊いてしまった。
「聞きたい?」
 ハルカは悪戯っぽい目をして、
「超マズメシだよ。良く言えば精進料理だね」
 麦飯とか野菜とか漬物とかキノコ類とか、と指折って、
「あとカエルとか」
「カエル?!」
 ハルカの口から出た想定外の珍味に、おぼえず問い返す。
 聞けば、G学院では下っ端の修行僧に対して、上の修行僧たちが「度胸をつけるため」と称して、面白半分に闇鍋大会を開き、得体の知れない具材で饗応してくれるのだそうだ。
「アタシ、小さい頃からクジ運なくってさ〜」
 しょちゅう「ハズレ」を箸でつまみあげてしまうという。
「まさにゲロマズだよ」
「・・・苦労してんだね」
 G学院の話題は避けよう。カタギの僕が踏み込んじゃいけない世界だ。

 合コン初心者の沙耶香ちゃんには東谷がピッタリついている。
 この合コンの鍵は沙耶香ちゃんだ。
 もし合コンに引き気味の彼女の機嫌を損ね、彼女が「帰る」と言い出しては、土崩瓦解、全てオジャンである。
 繰り返しになるが、一人でも途中退席する女がいると、そいつに付き合って「じゃあアタシも」と帰路につく女が必ずいて、一座のテンションが落ちるのである。
 東谷は「対初心者要員」である。
 彼は酒がのめないので、酒席が苦手な女性に安堵感を与えるらしい。しかし相手も難敵、我々の姑息な作戦に乗ってはくれず、
「いま何時?」
と合コン開始から、十分も経っていないのに、嫌がらせのように、隣の、エ〜ト名前なんだっけ?、そうそう、安藤サエコさんに尋ねていた。
 そのサエコさんは、縦横無尽に酒席を転がすツワモノ七海ちゃんに、まるでジャイアンにくっついているスネオの如く寄り添って、南雲や西條と打ち興じている。ナンバーツー気質というか、寄らば大樹というか、他人のフンドシで相撲をとるタイプのようだ。
 現在、七海&サエコペアを爆笑させている西條は凶悪なくらいの天然で、ハマッたときの破壊力は戦艦大和の46センチ主砲並みなのだが、いかんせん七海ちゃんと違って自己の天然をコントロールできず、南雲という「イジリ役」&「ツッコミ役」を得て、はじめてその真価を発揮できる。
 言うなれば、南雲が冷静沈着な「トス」で、西條は「天才アタッカー」なわけで、この比喩でいけば、東谷はヤバイボールを拾う「レシーブ」だ。完璧なフォーメーション。さあ、僕もコート整備につめよう。

 コートの障害物はカラアゲの次はヤキトリにとりかかっている。皿の上に空串が摘みあがっている。そして店員に焼酎をオーダー。食っては飲み、食っては飲み、タダメシだと思ってガッつかないでね。僕もひとのこと言えないんだけどさ。
 腹がくちくなると、運休していた色欲本線が復旧したらしく、盛り上がっている七海ちゃんやサチコちゃんたちのグループを横目で眺め、「からみたいオーラ」を漂わせている。まずいな・・・。
 ハルカが羨望の眼差しで見つめている七海ちゃんは、南雲と西條の血液型を当てようとしている。彼女の宴席での「持ちネタ」らしい。

「う〜んとね、南雲っちはAだね」
「スゲー! なんでわかんの?」
 いい加減そうに見えて、実はかなり周囲に気を使ってるからだ、と七海ちゃんが鑑定の説明をしている。
「来栖さん、よく観察してるなあ」
 そういう来栖さんもA型じゃないの? と西條が横から口をはさんでいる。
 アタシ、O型だよ、と七海ちゃんが答えている。
「え〜、妙桜さn・・・じゃなくて七海、Oなの〜?」
 とうとう我慢できなくなったハルカが、僕との「ドラゴンボールの中で誰が一番強いか」という議論を一方的に打ち切って、「主戦場」に参戦する。
「あれ? 言ってなかったっけ〜?」
「聞いてない、聞いてない。初耳」
 アタシ、Oと相性いいんだよ、とハルカ。そして、
「今まで付き合ったヒトもみんなOでさ〜」
 場の空気も読まず、合コンの席では御法度の元カレ自慢をはじめる。やれ青年実業家だったの、やれ有名番組の構成作家だったのと、すっかり独演会状態で、男性陣は皆ひいている。嘘つけ。君がそんなにモテたわけがないだろう。
「へ〜、鈴宮さん、結構モテたんだ〜」
と感心してみせながら、南雲が僕にしかわからないサインを送ってくる。爆弾ヲ処理セヨ、と。
了解。
「でさ、でさ、鈴宮さん、さっきの話の続きだけどさ」
 ご満悦のカンチガイ女を主戦場から引き離す。
「僕はやっぱりベジータじゃないかって思うんだ」
「いや、もうその話はいいから」
 思いっきり醒めた目で言われた。うっ・・・。こんな力量だから南雲も、めったに僕を合コンには誘ってくれないんだろうな・・・。たまに誘ってくれても、こんなイロモノ系ばっかり。チームに貢献できないヤツは、容赦なくスタメンから外される。プロ野球も合コンも同じ論理だ。

「じゃあさ」
 話題を転ずる。次回のより良い合コンへの参加のために、キャプテン・南雲の信頼を勝ち取るのだ。
「その〜、シュッケというか、いまの学校に入る前は何やってたの?」
「地獄行きの前? 家事手伝い」
「へぇ〜」
 ニートかよ。
「なんかスゲー転身だな〜」
「マジ、ありえないでしょ? いきなり尼さんだよ?」
「急にホトケの道に目覚めたの?」
「ないない」
 ハルカが手をふって笑う。
「ダメ男の尻拭いでね」
「髪長かったの?」
「チョー長かったよ。このくらい・・・」
 あった、とハルカが胸の下に、チョップするみたいに掌をあてる。
 G学院の女子院生の間では、この「剃髪前の髪の長さ」談義は結構、盛り上がるという。女の子にとって、ヘアーカットの話題はどんな境遇であろうと興味をそそられるようだ。
 剃り落とした髪の毛が長いほど、つまり「バッサリ率」が高いと、
「『エ〜、そんなに長かったの〜? モッタイナ〜イ』って惜しまれんのよ。コレが気分よくってさ」
 カラカラ笑うハルカ。本当に普通の女の子の感覚だな。
「一番長かったのが、そこの英俊さ・・・じゃなくて、沙耶香ちゃんなのよ〜」

 腰までのロングヘアーだったという沙耶香ちゃんと東谷との「局地戦」は、好転の兆しを見せていた。東谷が粘り強い駆け引きの末、沙耶香ちゃんの鉱脈を掘り当てたのだ。
 キーワードは「ガンダム」である。
沙耶香ちゃん、実は元オタクだったのだ。
 もっとも東谷の拠って立つ「ガンダム」とはアムロやシャアやガンプラの世界で、沙耶香ちゃんが熱く語る「ガンダム」とは、イケメンがいっぱい登場する最近のやつで、両者は実は似て非なるものだ。
が、沙耶香ちゃんは「ガンダム」の話ができる相手と巡り合えて、スイッチがオンになってしまい、
「学院じゃこんなハナシできる人いなかったんだよ〜」
とテーブルをバンバン叩いて、東谷を地獄の仏扱いしている。ノリが独特すぎる。貴女、代々木アニメーション学院に送るはずの入学願書、うっかりG学院に送っちゃったんじゃないの?
「あのね、私ね、ヒ○ロってウケの方がキャラが立つと思うのね」
 東谷、ガンバレ。僕も頑張るから。

(つづく)


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