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フェルチェ姫殿下の脱ヒッキー、あるいは新聞王増田憂作の似非ジャーナリズム


    (5)神遊び

「いらっしゃいませ。こちらでお召し上がりですか〜?」
 僕たちと同い年くらいの女の子の店員(下屋○子に声が似てる)が、笑顔で余所者二人組を迎えてくれた。
「ご注文をおうかがいしま〜す」
「コロッケ」
「あの・・・申し訳ありませんが・・・」
「増田君・・・ここミスド・・・」
「コロッケないのか?」
 君はコロ助か?
 ドーナツを8つ購入した。
 手ぶらで行くわけにもいかないだろう、とガラにもなく殊勝なことを言う増田君がおかしくて、ついでに箱の底にお札でも入れとけば、と軽口をたたいたら、オマエ幾ら持ってる? と真顔で財布を出し中身を調べ始めたので、慌てて押しとどめた。
「ゴメン、増田君」
「そうだな、やはり記者が賄賂はまずいな」
 お前はジャーナリズムの精神がわかっていない、俺が基本から教えてやる、と散々小言を聞かされ、
「わかるか?」
「・・・わかった」
 今後は面白い冗談が浮かんだら、庭に掘った穴に叫ぶことにする。
 王様は床屋の鬱屈など知る由もなく、
「ドーナツだけで大丈夫だって」
と「大丈夫」を連呼し、
「女は甘いものに弱い。そういや思い出したが、去年の今頃・・・」
 イトコのお姉さんが一人暮らししてるマンションに、ドーナツ持って見舞いに行って、性交に成功したという。ちなみに処女だったそうだ。
「いいか? 聞け。女っていう生物はな、ドーナツ5個で簡単にサセる。童貞のお前にはワカランだろうが、それくらい甘いものに目がない。生活に役立つ豆知識だ。赤ペンでメモっとけ。まあ、『姫殿下』だって女だ。ドーナツを8つもやれば、『戦争と平和』を超える大長編だって書き下ろしてくれるに違いない。ビクつくな。堂々としてればいい」
 増田(呼び捨て)・・・。もうどこからツッコんでいいか分からないし、ツッコんでも君の許には未来永劫届きはしないだろうが、とりあえず、君の「ドーナツ理論」は危険思想だ。
「姫殿下」はサーカスのサルではない。芸をさせようと餌をチラつかせて、アベコベにひっかかれても僕は知らない。でも、この人ならばドーナツ8個で、姫殿下に安来節だって仕込んでしまいそうな気がする・・・。

 キー、キーとカモメが鳴いて、防波堤、西瓜売りの少年が露店をひろげていて・・・って、随分季節外れだな〜、オイ。
「一個買っていってみるか」
 増田君が季節外れの西瓜売りの許へ、歩み寄っていく。おやおや〜、増田サン、どこ行くんですかぁ〜、と滝○順平っぽいナレーションをかぶせつつ、新聞王のぶらり旅に付き合う。
「幾らだ?」
と増田君が、アロハを着て体育座りしている少年に尋ねている。西瓜を取っ払うと、なんだかすごくイカガワシイ光景に思える。そういうふうに見てしまう僕と、見られてしまう増田君、どっちが悪いんだろう。
「1000円です」
「ボル気かよ? 負けろ」
「じゃあ500円で結構です」
 オイオイそれじゃ商売にならないよ。
「土産にいいかも知れんなあ」
と増田君は西瓜を持ち上げ、品定めしながら、
「姫君のお城のキッチンにピッタリの西瓜だ」
「奇遇ですねえ」
 少年はヘラヘラ笑って、
「丁度この町にもお姫様のお住まいが在るんですよっ♪」
 お城ではなくてコテージですが、と付け加える。
「どこにある?」
「この道を真っ直ぐ1キロくらい歩けば、ポストがあります。筒型のポストです。そこから右に折れれば、もうお姫様の領土ですよ。白い建物です。コテージの他に建物はないから、一目でわかります」
「そうか」
 でも、と少年は肩をすくめ、
「執事の方がおっしゃるには、姫殿下は西瓜はお召し上がりにならないそうです」
「接触できたのか?」
「執事の方とは」
 あのさ・・・。こんな指摘するのは無粋かな? もしかして僕、空気読めてない?
 でも僕が指摘しないと、たぶん、君の存在は「やけに出番の多かったエキストラ」として読者サイドに処理されてしまうと思うんだ。
 少年、いやいや、迫水クン、君は乗上野森高校一年B組の迫水野亜クンだよね? 何故こんなトコで、西瓜売りなどしてるのかな? エラク交通費のかさむバイトじゃないか、エェ?
と嫌味はこれくらいにして、我々、乗上野森高中退者予備軍、最後のメンバーの登場である。
 田村健児が増田君の有能な官房長官ならば、迫水野亜は凄腕の秘書だ。情報収集から、人探しから、交渉事から、作戦立案から、夕飯の買出しから、とにかく使える。だから増田君に寵愛され(コキ使われ)ている。
 増田君の上履きを懐で温めていそうな勢いで、寵愛(酷使)に応えている迫水だが、その真意は不明。今回は増田君の密命を帯び、敵地に潜入していたらしい。二人でスパイごっこかよ? めでてーな。
「アポは?」
「取っときました。夕食後の三十分間だけ謁見を許可なさるそうです」
 本当に使えるな。一家に一人配給したいくらいだ。
「今回はどんな手品を使った?」
「将を射んとせば、まずは馬を」
「執事から攻めたのか」
「面白い方でしたよ。松○零二がプロデュースしてるのかっていう外見でした」
「相変わらず段取りの天才だな、お前は」
「あまりダラダラされても困る、できれば原稿用紙100枚以内に抑えろ、という『或る方面』からの意思が働いてましてね」
「そう言えば、お前は『神』だったな」
「イエイエ、単なる一般生徒です」
「狸め」
 増田君がカラカラ笑う。
「神は増田先輩ですよ。イヤ、魔王かな? 『或る方面』は困惑してますよ。増田先輩に振り回されっぱなしだって。ボクも『或る方面』も、所詮は、増田優作という邪神をダシに、興行をうってまわるお祭り屋に過ぎません、たぶん」
「『或る方面』に伝えとけ、原稿用紙300枚は覚悟しとけって」
「ご冗談を」
 でも増田先輩ならあり得るな、と迫水は苦笑して、
「もし万が一、ストーリーの収集がつかなくなったら、カンペ出しますから、この台詞をお願いします」
 迫水がひろげたスケッチブックにはマジックで、

 オレたちの戦いはこれからだ

と大書してあった。
 やれやれ。
 「或る方面」は本当にピンチのようだ。
「心配するな。全てうまく運ぶさ」
「御武運をお祈りしてます♪」
と迫水が僕にでっかいバッグを渡す。
「なに、コレ?」
「詳しくは増田先輩にきいてください」
「行くぞ、1560」
「ちゃんと名前で呼んでよ〜」
 特派員ふたり、姫のコテージへと歩き出す。
 何気なく振り返ると、迫水も西瓜も消えていた。
 海を見る。いつのまにか、太陽が没しかけている。海はますます近い。
 またビーチボーイズの曲名が浮かんだ。

 神のみぞ知る


(つづく)

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