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フェルチェ姫殿下の脱ヒッキー、あるいは新聞王増田憂作の似非ジャーナリズム


    (3)衆愚

「面白いな」
 他人が右といえば左、左といえば右、白といえば黒、「山」といえば「川」(あれ? これはいいのか?)、飛ぶなといわれればマントを翻し空でも飛びかねない、乗上野森高校(のるうえのもりこうこう)の新聞王は、姫殿下の反骨精神がいたくお気に召した様子で、居並ぶ臣下たちに、
「つまり、ソイツはいま 暇  な  ん  だ  な?」
とご下問なされたのが、今月のアタマ。
「ちょっと、優作!Σ( ̄□ ̄;) アンタ、まさかその女流センセイに・・・」
あわてて釘を刺そうとする三年生の「ミス乗上野森」こと榊容子先輩(雪○五月に声が似てる)の発言を没収し、
「ウチに寄稿してもらおうか」
「莫ッ迦言ってんじゃないわよ! なんでそんなヤバイ女と関わんなきゃならないのよッ!」
 榊女史、ロングヘアーを逆立ててヒートアップ。がんばってください、心の中で応援してます。
「”言論の自由のため権力と戦ったアノ女闘士が沈黙を破る”という見出しはどうだろう?」
 ここだけ時代は安保闘争か? それとも成田闘争?
「だ〜か〜ら〜」
 バンバンバンと机を叩き、
「通常の三倍の速度で話を進ないでッ!O(><)o」
 榊センパイがツイツト&シャウトする。がんばってください、心の中で応援してます。
 じゃあ多数決を、とはならない。ならないのである。増田君をトップとする中央集権制は絶対だ。けれどこのシステム、増田君以外、誰も幸せにならない気がする。とり あえず僕は幸せではない。
「ちょっと優作ってばっ!ヽ(`Д´)ノ」
 榊先輩、劣勢である。触らぬ神に祟りなしだが、増田神は、触らずにいても暴走してしまうので、事態は好転しない。好転しないどころか、放っておくと「小説の挿絵は宮○駿に描かせよう」とか言い出し、騒動を大盛りから特盛りにしてしまいかねない。
 ここはイチかバチか、清水の舞台からダイブする覚悟で、発言してみようか・・・。いや、やめておこう。いや、やっぱり発言しよう。叩けよ、されば開かれん!
「あの〜」
「なんだ? 1560」
 1560
というのは僕のコードネームだ。
 織田信長が桶狭間にて今川義元を討ったのが西暦千五百六十年、縁起がいいだろう、と増田君から直々に賜った番号で、その心遣いは有難く頂戴しておく。
 1560年か・・・。織田信長が天下に飛躍した年。だが、今川義元サイド的には信長に不意討ちされた、非常に縁起の悪いメモリアルイヤーとも言える。どうも験担ぎというのは、僕のようなネガティブな理屈屋には向いてないようだ。
 「毎日が桶狭間」状態のウチの信長公に閉口しつつ、そもそも何で僕ひとりだけ囚人みたく番号で呼ばれるんだ、と改めて不平もわくが、それはまた別の機会にして、とにかく現在の流れに棹をささねばならない。野党(いまのところ僕と榊センパイのみ)代表として演壇に立つ。
 質疑。
「その宇宙人のお姫様って、一体どんな文章を書いてたんです?」
 応答。
「ワカラン」
 こういう人だ。もういいです。増田君と出会ってから一ヶ月半、投げた匙はもう八十本を越えた。目指せ百本目。
「官能小説のようなものらしい」
 向かいの席のケンチャン(関○彦に声が似てる)が不熟な親友を、クールにフォローした。相変わらず堅牢な実務ぶりだ。この人の政治的手腕のおかげで、こんなスチャラカサークルにも、ちゃんと予算がおりるんだもんなあ。カッコイイよ、ケンチャン(はぁと)ケンチャンにだったら、抱かれてもいいかも。
 それはともかくとして、この官房長官がいる限り、増田政権打倒は難しい。
「官能小説ぅ〜?!」
 榊センパイが目を剥いた。
「優作ッ! あんた、ウチの新聞をスポーツ紙にするつもりなのっ?! 校内新聞が成人指定なんて冗談じゃないわよっ!」
「アナーキーじゃないか」
 「アナーキーであるか、否か」は増田君の最大の価値基準である。パンク・イズ・ノット・デッドですか?
「なあ、容子?」
「”榊先輩”でしょっ!」
「昔から、虎穴にいらずんば虎児を得ずって言うだろう?」
「アタシが欲しいのは虎児じゃなくって、ささやかな幸せと、穏やかな安息と、カタギの恋人なのっ!」
「ちょっとしたスリルは退屈な日常のスパイスになる」
「インド人もビックリのスパイシーなスリルはノーサンキューよ! おかげさまで、こないだ、とうとう白髪が一本生えたわよ! ニ ョ ッ キ リ と。白髪よ、白髪! 十七歳なのに白髪よっ! このままいくと卒業する頃には、総白髪よ!」
「いいじゃないか。実家の寺継いで尼さんにでもなれば」
「あんた、殺すよ!( ̄△ ̄#)」
 増田君、榊センパイに「実家の寺」ネタはタブーだって! ワザとでしょ? ワザと怒らせようとしてるでしょ? なんでいつもセンパイをイジメるかな〜?
「優作、あんた、アタシたちを破滅させるつもり? ああっ、見えるわ、不幸なビジョンが! アタシたち、不穏分子のレッテルを貼られるわ、絶対、間違いなく、確実に!」
 センパイは舞台女優さながらのオーバーアクションで、僕は心の中、幻の舞台スタッフに指示を送る。ハイッ、ここで暗転、そして、女優さんにスポット!
「ああ、なんてこと!」
 ヨロヨロとよろめく女優・榊容子。僕の心の音響監督が、すかさず「ツィゴイネルワイゼン」を流した。
「アタシたちきっと、教師連中からマークされて、ヘタしたら姫君みたいに退学させられるわっ! アタシ、国立目指してんのよ?!」
「高校辞めても、大検を受ければいいじゃねーか」
「Σ(゜д゜)!!」
「ま、理事長の孫の誰かさんと違って、いざとなったら、詰め腹切らされるのはオレたちだろうがな」
「ケン、皮肉はいいから、早速、姫兼ポルノ作家のひきこもってる町を探してくれ」
「わかったよ」
 後輩にマリー・アントワネットのような台詞で突き放された榊センパイは、しばらく石化していたが、やがて、禁断症状を起こした麻薬中毒者のように、プルプル震え出した。
「アタシ・・・人生から落伍するんだわ・・・高校中退でロクに働き口もなくって、お金がなくって・・・昔みたいに、きったない四畳半のアパートで・・・お腹を空かせて・・・いやあああっ! もうあの頃の生活には戻りたくないいいいいっ!!(プツン)」
 ミス乗上野森高の中で、何かトラウマのスイッチが入ってしまったらしい。
「ママ〜、あのね、ヨーコね、また学校でね、タカヤマクンとユウジクンにね、キューショクドロボーってイジメられたの、それでね・・・(ブツブツ)」
幼児退行してしまった哀れな先輩を放置して、
「キマリだな」
ついでに姫君のヘアヌードでも掲載するか、と増田君がセルフィッシュに話をまとめかけると、
「さすがに官能小説はマズイんじゃないかなあ?」
 それまで沈黙していた汲流(くみる)ちゃん(福井裕○梨に声が似てる)が口を開いた。
 榊先輩が北風ならば、汲流ちゃんは太陽だ。この天然系美少女、三浦汲流の神聖権は、増田帝国内でも認められている。
「三浦は不満か?」
 頑固な旅人もちょっとだけ、コートのボタンをはずす。
「う〜ん」
 弥勒菩薩の化身は眼鏡の奥の両眼を細めながら、微笑をたたえ、
「あのね、何も事を荒立てる必要はないんじゃないかな〜って思うの。私が読者なら、そういうHな小説はちょっと苦手かな」
 中年のオジサンじゃないんだから、と汲流ちゃんはクスクス笑った。
 三年のミス乗上野森・榊容子、「PTAが選ぶ不倫したい女教師No1」の古文担当、穴太純子、そして太陽神・三浦汲流。乗上野森高三大美女のうちの二人までもが、このかび臭い部室に、独占禁止法的に収納されている。眼福だ。
「じゃあどうする?」
と増田君。
「あのね、なんていうのかな、記事にすべきなのは、『姫殿下が書いたモノ』じゃなくって、姫殿下なんだよ。私の言いたいこと、伝わってる? 伝わってないかな? う〜ん、伝わってるよね?」
「続けろ」
「アリガトウ。だってね、お姫様で、作家で、世捨て人で、おまけに宇宙人なんて、すごくいい素材だと思うんだけどな〜」
「三文ライターの真似事をさせるより、会見記を載せろって言うのか?」
「そうそう、ソレ。難しいことは良くわからないんだけど、姫にね、突撃インタビューするの。私たちはスクープが手に入るし」
「姫にとっては名誉回復になる、か」
とケンチャンが後をひきとった。
「優作、俺も三浦の意見に一票だ」
 女神と官房長官にタッグを組まれ、増田君も指をアゴにあて思案しはじめる。やがて、
「そうしよう」
 裁可が下った。
 ああ、春遠からじ、議会制民主主義への胎動の瞬間! 皆で話し合うって、なんて素晴らしいんだろう! ビバ! デモクラシー!
 あったかい気持ちになる。榊センパイもきっと、草葉の陰で微笑んでくれているはずだ。あれ、でも結局、姫君んトコには行かなきゃならないのか? まあ、いい。この際、目をつぶる。
 増田君が僕たちの意見に耳を傾けてくれるのなら、たいていの些事には目をつぶれるね。例えば、

 ウチが別に新聞部じゃないこととか。

 もうね、笑って済ませられちゃう!・・・・・・ゴメン、やっぱ済ませられないや・・・。
「ママ〜、あのね、えっとね、カオルチャンがね、ヨーコのそばにいるとビンボーがうつる〜って言ってね、遊んでくれないの。もう五日もお風呂屋さんに行ってないね〜。 ヨーコ、そろそろお風呂入りたいな〜(ブツブツ)」
 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 結果、「具体的な取材行動は現場の裁量に一任する」という恐るべき但し書きつきで、新聞王自らが現地へ赴くことに、そして、僕も首根っこをつかまれるようにラチされ、男同士、こんなところまでヒッチハイクする羽目になったのだった。トホホ。

(つづく)


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