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交通事故の代償


 野村幸恵はドラッグストア内にある調剤薬局に勤めている薬剤師で51歳。長女と長男は家を出て独立し、旦那は実家の田畑を守る為に仕事を転職し、田舎の農協に勤めながら生まれ育った土地にて暮らしている別居家族だが、週末は父親の作った米や野菜で食卓を田舎で囲んでいる家族だった。

 幸恵の仕事帰りに車を運転中、着物を着たりするのも好きな幸恵は髪を縛ってると痛んだりするので下ろして運転していた。スーパーに入ろうと左折の際に運悪く後ろのバイクの視認が死角や垂らした髪でおろそかになり、大学の後にバイトを済ませた田村一成21歳を事故に巻き込んでしまい、腕にヒビを入れさせてしまった。一成は高級学生マンションに暮らしており、生活には不自由していなかったが、女性の髪を切ってみたいと願ってる男であった。

 幸恵は事故の保障は保険会社に任せていたが、誠意を見せるべきとの正義感から一成の学生マンションを訪ねて謝罪しようとした。

 一成は幸恵を見るなり、

「髪を下ろしていて見えなかったなら、髪を切らせてくれるなら許す。」

という交換条件を出してきた。

 幸恵としては髪を子供より年下の素人学生に髪をきられたくはないので、美容室で肩まで切って、運転中は束ねると言ったが聞き入れてもらえなかった。  

 一成に何度か謝罪に行き、保険会社にも動いてもらったが赦免されず、美容室で切ったとしても許さないの一点張りであり、切らせてくれるまで示談しないと言われてしまった幸恵。

 1人で悩み続ける中、ケガの経過良く治った一成から、

「決心は付きましたか?」

と連絡があり、幸恵は決心を決めて一成の下宿へ仕事帰りに髪をシニヨンなまま謝罪に行った。

「野村です。謝罪に来ました。」

「またですか?何度来られても、あなたの髪を切らせてもらえないのなら、謝罪を受け入れる気持ちはありませんよ。」 

「あのう、今日はその事で・・・。」

 ガチャっ、隣の女学生が出てきて、変な目を向けられてしまったので、一成は幸恵を玄関に入れた。眼鏡をかけ、黒いスウェット上下の経済学部の真面目な青年だった。断髪フェチという以外は。

 幸恵はジーンズ生地のスカートに、グレーの半袖ニット、薄手の薄ピンクのカーディガンを着ていた。 

「この間の事故で骨折させてごめんなさい。」 

「何回謝っても、あなたが僕に髪を切らせてくれないなら、来ないでくれますか?迷惑ですし。」 

「あのう。」

 おずおずと幸恵は妥協案を出した。 

「肩より短いと、着物を着てお茶席や、華道に行けなくなるので、髪をアップに出来る長さは残してもらえませんか?できれば、肩下のセミロングかセミボブぐらいまでなら切るの仕方ないです。美容室で手直しがしてもらえて、束ねたりアップに出来る長さを残してもらえるなら、髪を事故の代償にカットされても仕方ないです。」

 うつむき加減で幸恵は返答した。

「妥協案ですか?」

 しばし沈黙の時間が流れていく。 

「肩まででもあなたにとってはかなり髪を切る事になるので仕方ないですね。ただし、白衣を持ってきて散髪する際に着てくれませんか?」 

「はいぃ?」 

「薬剤師さんなら、薬局で白衣を着ておられますよね?僕は白衣フェチでもあるので、白衣姿に散髪ケープを巻いて、普通は見れない姿になってもらって髪を切らせてもらえるならセミボブ辺りまで切る事で許します。」 

「それで許してもらえるなら仕方ないですね・・・。」

 謝罪に行ってから毎日毎日、惜しむように髪を櫛でとかして、とかして長年かけて伸ばした髪を労って惜しむように過ごした幸恵であった。10日ほど経過して、道具を用意したから都合を合わせて来るように言われ、数日後の水曜日午後にシフトが空いていたので約束した。 約束の水曜日、白衣を持ち帰って洗濯する予定だったのもあり、都合良かったのもある。

 断髪当日、幸恵は緊張から食欲が沸かず、コンビニのおにぎりとペットボトルのお茶で昼飯を簡単に車の中で済ませた。本屋に立ち寄り、素人ヘアカット用の本や、女性誌のヘアスタイル等を見て心を落ち着かせようとしたが落ち着かなかった。

 一成は午前の授業後に学食で食事を済ませて帰宅し、大きな姿見が無いので洗面所に掃除機をかけた後にビニールシートを敷き、パソコンデスクの椅子の車輪を外して置いたり、最寄りの東○ハ○ズでピンクの刈布やブラシ、散髪鋏、すき鋏を買い揃え、百均で霧吹きやヘアカットコームやダッカールピンを買ってきたのをまな板を持ってきて並べたりして準備した。  

 最後にヘアカット本を拡げる形で置いた。 ピンポン、ピンポン。 

「野村です。」 

「はい。」

 ガチャっ。 

「逃げずに約束通り来たんですね。ご家族に止められたりしませんでしたか?」 

「家族には、一切相談してません。家族は皆、離れて暮らしてる週末団らん家庭なので。」

 ムッとした表情の幸恵。プライベートには干渉されたくなかった態度ありありである。 

 服装は前回訪問時と同じではあったが、幸恵はカーディガンは車内で脱いできていた。新調したであろうスリッパを出され、 

「中へどうぞ!」 

と促され、学生用アパートには珍しく、トイレ、風呂場は分かれており、洗面所と洗濯機は同じ一室に置かれていた。洗面所に案内された幸恵は緊張感が高まりつつ、白衣を入れている袋から2枚の書類を取り出した。

 書類には示談兼承諾書とあり、幸恵の髪を肩より短くしない旨、肩より短くした場合は傷害罪で訴えるが、許容範囲内でカットに同意する点が書かれていて、幸恵のサインと印鑑、割印が押されていた。 

「この2枚にサインと印鑑もらえますか?」 

「示談書ですか・・・。こんな事しなくても、髪を肩より短くきらないですよ」

と言いつつ、部屋に向かい書類に署名、押印し、割印部分にも印鑑を捺して戻ってきた一成。 

「ありがとうございます。もしもの事があると困るので、書類の1枚はあなたが持っていてもらえますか。」 

 書類を受け取り、白衣を入れている紙袋に封筒に入れて片付けた幸恵。一成は部屋へと書類を置きに場を再び外した。戻ってきた一成に、 

「そちらに白衣を着て座ってもらえますか。」 

と、促され、散髪道具一式が並ぶまな板に困惑しつつ、白衣を取り出して羽織った幸恵。 

「は、はい。」 

 娘や息子より年下の美容師でもない大学生男子に髪を切られようとは逃げ出したい気持ちもありつつ、白衣がシワになると格好悪いので用心しつつ椅子に座った。 

「本当に薬剤師だったんですね。準備していきますね。」 

「は、はい。」 

 椅子に座ると恐怖心が沸いてきて、恐怖で声がか細くなる幸恵。 

 タオルを白衣の襟に少しかけて入れ込み、ピンクの刈布を拡げて身体を覆うようにかぶせられた。 

「シニヨンの髪、ほどいて良いですか?」 

「は、は、はい。」 

 緊張と恐怖で声の出ない幸恵であるが、鏡越しに一成がウキウキと初の女性断髪を出来る事を喜んでいるように見えて仕方なく、幸恵は巻かれた刈布の下で震えていた。 

 髪をほどかれ、バサッバサッという刈布を叩く音が数度して、洗面台の鏡には少し茶色がかった髪に白髪が数本混じるロングヘア姿が映っていた。髪をブラシでとかれてる間、幸恵は恐怖心が増幅してきて、恐くて恐くて仕方なく、普段は物を頼まれてもドンと来いな性格ゆえに反動が大きかった。

 一成によってブラシを毛先、肩下、付け根からの3パートに分けて通されていった。成人式、子供を産んだ際の合計3回しか肩位地の長さの経験はないので、不安と恐怖が募るしかなかった。 拡げてあったヘアカット本を見ながら、髪に霧吹きを振られて、髪を内側と外側にコーム等で分けて、本を見ながらブロッキングされてしまった。 

 シャキシャキ、シャキシャキ・・・。

 散髪鋏の風切り音が、小気味良くした後、一成から声がかかった。 

「髪、切らせてもらいますね。」 

 恐怖と不安さから幸恵はただただ前を見つめて、うなずくしかなかった。 

 ジョキリジョキリ、ザクッ、ザクッ、シュー。 

という音だけが何度も何度も繰り返し、洗面所で響いている。髪は肩甲骨の辺りで直線的に切られて幸恵は悲しさしかなかった。 

 ブロッキングを崩され、外側の髪は内側の髪よりほんの少し長めで、ジョキジョキと切られていく。 鋏の音に一成に気付かれてはいないが、ビクッ、ビクッと反応し、鳥肌で心臓が飛び出しそうな気持ちでいっぱいで泣きそうな雰囲気の幸恵。 

 全体を切り終わったはずなのに、毛先3センチぐらいの位置をチョキチョキと、すき鋏で髪を削がれていった。 床下を首を振って見ると切られた髪で真っ黒になっており、早く悪夢のような代償断髪が終わってほしいと幸恵は思っていた。 

 いつしか刈布を外されて終了を告げられたので、切られた髪を置いて帰るのはしのびなく、幸恵が片付けて持ち帰る事にした。白衣を脱ぎ、髪を片付けると一成の部屋を出てコインパーキングの車の中で泣いた。 

 翌日、行きつけの美容室には恥ずかしくて行けず、カット専門美容室に朝イチで駆け込み整えてもらった。   


        おわり



あとがき


 強制断髪風な作品を書いてみたくなり、短髪ばかりも飽きるので長めな髪型で書いてみました。読んで下さった方には不満しかないかもしれませんが、不定期に書けたら迫水さんに送信しますので、推敲をお願いします。


   





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