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girl's laughable hair cut 〜鈴宮ハルカの禁忌〜


 もしもし、成見サンですか?
・・・私です。はい、妹の・・・そうです。
 これは成見サンにご報告しておかなければならないと思って・・・。
 姉が出家しました。
 先月です。いま修行中です。
 貴方のせいですよ! 貴方を信じたために姉は尼にならなくちゃいけなくなったんですよ! 貴方さえしっかりいてくれたら・・・貴方さえ裏切らなかったら、こんなことにはならなかったのに・・・。私は貴方を許さない。
 何とか言ってください! 恥ずかしいとは思わないんですか! 罪の意識はないんですか! 卑怯者! 最低です! 貴方のせいで姉は・・・お姉ちゃんは・・・ハルカお姉ちゃんは・・・うっ・・・うっ・・・・ヒック・・・

・・・な〜んてね、

 ビビッた? あははは、迫真の演技だったでしょ? ホラ、アタシ、実は落研だからね。いやいや〜、でもお姉ちゃんが尼さんになったのはマジだかんね。おいおい、笑い事じゃないって。オニイチャンのせいだよ〜。オニイチャンが逃げたせいでもう大騒ぎだったんだからね〜。お姉ちゃん、勢いで「後継ぐ!」「修行行く!」って言っちゃって・・・よせばいいのに、ねえ? で、ひっこみつかなくなっちゃってさ〜。あの人、意外に不器用だから(笑)まあ、おかげでアタシはとばっちりを食うこともなく・・・そうだよ〜。アタシが暢気に学生続けてられんのも、お姉ちゃんが人柱になってくれてるからなんだよ〜。
 うん、うん・・・え? 頭? 剃ったよ〜。バリカンでジョリジョリ〜って。だ・か・ら・笑い事じゃないんだって! バチ当たるよ〜(笑)まあね〜、あの人、あのロング、すごい執念で維持してたからねえ。ロングをキープするのって、スゲー手間とお金かかるんだよ〜。いやいや、「知らねーよ」って、オニイチャンの好みに合わせてたんだっつーの。少しは責任感じなさいって。うん、うん、アタシも床屋さんまでついてったんだけどね・・・お姉ちゃんが土壇場で逃げ出さないように。あはは、あの人、チキンだからね〜。ホラ、四丁目の・・・そうそう! あのクマオヤジの店! もうね、ヒサンすぎてね・・・夢に見そうだよ。マジで! 実際夢に見たし。でも最初にバリカンいれられたときのお姉ちゃんの顔・・・「え?」って顔。ククク・・・今だから笑って話せるけど・・・。修行に出発する直前までオニイチャンのこと、散々罵ってたよ。「法力身につけて呪い殺してやる〜」とか。アタシに言わせりゃ自業自得だけどね。男見る目なさすぎ、みたいな(笑)だってさ〜、オニイチャンみたいな口先ばっかのチャラ男にフツー、人生賭けないって。え? 「ひどいこと言うなよ」? でもホントのことじゃん? さっきから後ろで女の人の声がしてるけど、新しいカノジョでしょ〜? はははっ、ビンゴ! あ〜あ、お姉ちゃんカワイソ〜。
 え? 「申し訳ないと思ってる」? 何、急に反省しちゃってんのよ。今更謝られても、お姉ちゃん、もう後戻りできないし。今頃、瞑想でもしてんじゃないの。それにね、お姉ちゃんにとっては良かったんじゃないのかなあ、結果的に。あの人、高校出てから進学や就職どころか、バイトもしないで毎日ブラブラしてたからさ〜。何やっても長続きしないしさ。ダメ人間街道まっしぐらだったから・・・うん、うん、そうそう、楽な方楽な方に流されて、ね。だから、ちょっとは厳しい環境で揉まれた方がお姉ちゃんの為だとは思うよ。
 う〜ん、でもね、お姉ちゃんも子供の頃は真面目に勉強してたんだよ〜。マジだって! あんなことさえなきゃね〜。え? 「あんなことって何?」って? 知りたい? う〜ん、どうしよっかなあ。
 ははは、わかったよ〜。オニイチャンにだけ特別に教えてあげよう。
 オニイチャンさ、お姉ちゃんの高校時代の写真みたことある? あるよね。小学生時代の写真は? あるよね? すごい綺麗でしょ? 大人っぽくてさ。モデルかよ?!みたいな。じゃあ、中学時代の写真は? 見たことある? ないでしょう? ふっふっふ、その事実こそが鈴宮ハルカ最大のダブーを解く鍵なんだなあ。

 そう、あれはハルカお姉ちゃんが小学校六年生だった頃――

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「アカネ、ごめんねぇ〜」
 待ち合わせの時間から遅れること42分、ようやく現れたハルカお姉ちゃんに、
「ちょっと、お姉ちゃん! どんだけ遅刻してんのよ!」
 本屋に少し寄ってから来ると言っていたが、どうやら立ち読みに夢中になってしまっていたらしい。ハルカお姉ちゃんのマイペースぶりには、いつもながらイラつかされる。
 今日こそはガツンと説教かましてやろう、と思ったら、
「アカネ・・・」
 ハルカお姉ちゃんは急に左手で頭を押さえ、右手で私の肩をつかんだ。
「――来るよ」
「え?」
「“ヤツ”が来る・・・うっ」
 ハルカお姉ちゃんは身をよじらせ、トイレでも我慢しているような苦しげな表情で、
「来る・・・“ヤツ”が・・・来る・・・」
 ああ、「ヤツ」が来るのね、と私はゲンナリする。
「グフフフ」
 ハルカお姉ちゃんは、お釣りをチョロまかした悪ガキのような凶悪で狡猾な笑みを浮かべ、
「我が名はルシフェル。闇を統べる堕天使なるぞ」
 またかよ、と私はため息をつく。
 ハルカお姉ちゃん、いや、ルシフェル、いや、ハルカお姉ちゃんは自身の身体を、確かめるように上から下まで撫でおろし、
「この鈴宮ハルカは、どうやらこれから、妹のそなたと映画館とやらに行く予定だったらしいのう?」
「そうです、ルシフェル様」
 私は棒読み口調で答える。
「グフフ、なるほど、たまには人間どもの娯楽に付き合ってやるも、一興じゃな。グフフフ」
 ハルカお姉ちゃんの身体を「乗っ取った」魔界最強の悪魔・ルシフェルはまたひと笑いする。
「はあ」
 二度目のため息と返事が同時に口から出た。メンドクサイなあ。
 ハルカお姉ちゃんが以前、語ったところによれば、
@ ハルカお姉ちゃんは毎夜、幽体離脱して、魂だけインドに飛んでいた。
A ハルカお姉ちゃんの魂を呼び出したのは、インドの山奥に古くから住んでいる謎の老師様だった。
B ハルカお姉ちゃんはその老師様の導きによって、かつては伝説の行者・役小角も学んだという「鳳凰の呪法」という秘術を授かった。
C しかし魔界ではハルカお姉ちゃんの存在に脅威を感じ、最強と謳われるルシフェル自らがハルカお姉ちゃんに戦いを挑んだ。
D ハルカお姉ちゃんとルシフェルは激しい死闘を演じ、勝負は一進一退でなかなか決着がつかなかった。
E ハルカお姉ちゃんは最後の手段として、ルシフェルを自らの身体の内に封印した。
「ルシフェルは今も私の中にいるの」
 ハルカお姉ちゃんは最後にそう打ち明けた。
「今は私の強靭な意志の力でなんとかヤツを封じ込めている。でもルシフェルは時に封印を破って、表に出てくることがある。時々、私の記憶がなくなるのは、ルシフェルが私の身体をジャックしたせいだね。封印しているとはいえ、ルシフェルは魔界最強の悪魔、アカネも絶対ヤツを刺激しちゃダメだよ」
 絵に描いたような中二病(小六病)だ。インド(ヒンズー教)、役小角(修験道)、悪魔(キリスト教)、と設定がツギハギだらけなのもキツい。
 だいたい「私の強靭な意志の力」って、アナタ、ダイエット宣言して二時間後には肉まん食べてたでしょ? 体力づくりするからってランニングはじめて、三日坊主どころか、一日坊主だったでしょ? どの口が「強靭な意志」なんていうの、ええ?
 ルシフェルは私や他の家族、姉の友人の前にたびたび出現した。現れれば、尊大な態度、傲慢な口調で、モラルに反したことを口走った。粗暴な行いを伴うこともあった。
 ちなみに、授業中や公的な行事、怒ると恐い大人などがいる時などは、ルシフェルは鳴りをひそめている。もっぱら身内限定だ。
 台所などで、お母さんに、
「グフフフフ、鈴宮ハルカの母親よ、今宵の夕餉は何じゃ?」
と夕飯のメニューを訊ねたりしている。
 少し経つと、またお母さんのところへ、血相を変えて飛んできて、
「ねえっ、お母さん、さっきまでの記憶がないの?! もしかして、ヤツが・・・ルシフェルが来た?」
とお母さんを問い詰めている。
「来たよ」
とお母さんも娘の茶番に付き合っていた。
 こういう放任が「ルシフェル」をますます増長させる温床となっていた。
 「ルシフェル」はいよいよ「暴威」をふるう。
 今日も、遅刻の件で私に責められそうになって、都合よくルシフェルの封印を解き放ったのだろう。
 解き放ったはいいが、ハルカお姉ちゃん、ルシフェルを封じるタイミングを逸したようで、映画を観ながら、ラブシーンになると、
「グフフ、愛だの恋だのとくだらぬのう」
 CG満載の戦闘シーンになると、
「戦に明け暮れた魔界の頃を思い出すわ、グフフフ」
と隣の席の私にだけ聞こえる声のボリュームで、何とかキャラを貫いていた。非常にウザかった。
 外見は非のうちどころのない美少女なのに、中身は困ったちゃんすぎた。

 さて、ハルカお姉ちゃんは12歳ながら、受験生だった。
 私立の学校の中等部への進学を希望していた。典型的なお嬢様学校で、優雅な校風、オシャレな制服がハルカお姉ちゃんのハートをガッチリつかんだらしい。
 入学したら、ロングヘアーに素敵なブレザーの制服姿で、放課後はフルートを吹いて・・・とハルカお姉ちゃんは彼女の理想を、周囲に熱心に語っていたものだ。
 そのために、彼女らしからぬ地道な努力を続けていた。塾通いをし、家でもせっせと勉強に励んでいた。
 しかし何たる不運!
 ハルカお姉ちゃん、受験当日になって風邪をひいてしまった。
 家族の制止を振り切って、朦朧とした意識で受験に臨んだ。勿論、そんなコンディションで本来の学力を発揮できるはずもなく、結果は南無三。桜は散った。ハルカお姉ちゃんのそれまでの頑張りは、水泡に帰した。
 かくしてハルカお姉ちゃんは、地元の中学に進学することになったのだった。
 地元の中学は校則が厳しいので有名だった。
 男女とも髪を短く切らなくてはならない。制服は田舎臭いセーラー服か、「生徒服」と呼ばれる水色ジャージ。通学はママチャリ、しかもヘルメット着用がきまりだ。
 「ブレザー姿でフルートを吹く長い髪の乙女」
という理想像から、
 「ヘルメットかぶってママチャリ通学する芋セーラーのオカッパ娘」
という現実に転落。人生12年にして、結構な挫折を味あわされていた。
 ハルカお姉ちゃんは泣いて嫌がったが、どうにもならない。

 そうこうしているうちに、卒業式も終わり、春休みも半ばを過ぎ、中学の入学式が迫ってくる。
 セーラー服も「生徒服」もヘルメットも、すでに購入済み。
 あとは髪型のチェンジのみ。
 外野の私としては、ハルカお姉ちゃんのお嬢さん風のロングヘアーに鋏が入る日を、心のどこかで心待ちにしていたりする。
 そして、ついにXデー到来!
 入学式を二日後に控えた四月のアタマである。
 家族で昼食を食べていて、お母さんが思い立ったように、
「ハルカ、昼ご飯食べたら、髪の毛切ってあげるね」
と言った。
 ハルカお姉ちゃんはムッツリと黙っていた。髪を切ることには、まだまだ抵抗があるし、かと言って、切らずに中学の校門をくぐる根性もない。そんな板ばさみ状態が、手にとるように伝わってきた。
 食事を素早く胃の腑におさめると、ハルカお姉ちゃんはそそくさと自室に戻り、そのまま籠城をはじめてしまった。
「早く庭に出てらっしゃい」
とお母さんが呼んでも、
「今ちょっとやってることがあって、手が離せないの」
 そんなに急かさないでよ、と一向に出てくる気配がない。往生際が悪いなあ。
 しょうがない、私がアメノウズメの役を引き受けてやろう。
「ハルカお姉ちゃん」
と私は天岩戸をノックした。コンコン。
「何?」
 ドアの向こうで、くぐもった声が応じた。
「ハルカお姉ちゃんの隣のクラスに、日暮礼奈さんていたでしょう?」
「いるけど、それがナニ?」
「日暮礼奈さん、髪切ってたよ」
「マジで?! あの“かぐや姫コンビ”の片割れが?!」
「うん、昨日、バス停で見かけた。オカッパにしてたよ」
 「かぐや姫」と呼称されていたほどの長い髪の持ち主だった日暮礼奈さん断髪のニュースは、ハルカお姉ちゃんに少なからぬ衝撃を与えたようだった。
 私は間髪入れず、衝撃情報第二弾を放つ。
「知ってる? 穴座中(あなざちゅう・姉がこれから入学する中学)って、普段から竹刀を持ち歩いてる生活指導の先生もいるらしいよ」
 ずっとお嬢様スクールへの進学ばかり考えていて、地元中学の実情を知らないハルカお姉ちゃんは沈黙した。部屋の中で葛藤している様子が目に浮かぶ。
 1分後、ついにハルカお姉ちゃん投降。
 ドアがあいて、ハルカお姉ちゃんが出てきた。ようやく観念したらしい。よかった、よかった。
・・・と思いきや、
「グフフ、鈴宮ハルカの妹か。久しいのう」
 うわっ! 久々にルシフェル降臨!
「どうやら鈴宮ハルカはこれから、この黒髪を断つようじゃな。グフフフ、面白き趣向よのう」
「ハルカ〜! 早く庭に来なさい!」
 お母さんの声は少し怒っている。
「グフフフ、口のききかたを知らぬ女子よのう。鈴宮ハルカの封印を破った、このルシフェルの機嫌を損ねたら、どうなるか、あの者にも知らしめる必要があるようじゃな、グフフ」
 いや、明らかにお母さんの機嫌を損ねた方がヤバいから。
 ハルカお姉ちゃんはゆうゆうと歩き出し――ちょっとギクシャクしていたが――カッコつけて階段の下三段目からジャンプして、着地をキメていた。痛々しかった。
 庭には、緑色のクッションの肘掛椅子が置かれていた。
 お母さんは散髪用の鋏と、コーム、カットクロスを持って、準備万端、ハルカお姉ちゃんを待ち構えていた。
 その断髪支度を見て、ハルカお姉ちゃんの表情には、恐怖の色が浮かんだが、
「グフフフ、待たせたな、愚民ども」
 あくまでルシフェルで通すつもりらしい。
 しかし、お母さんは、
「早くここに座りなさい!」
とオカンムリで、出鼻をくじかれたハルカお姉ちゃんは、
「グフフ、この魔界最強の余に無礼な口をきくとは、恐れ知らずよのう」
 言いながらも、ややトーンダウン。端から見るとションボリと、肘掛け椅子に腰をおろした。
 早速、カットクロスが身体に巻かれ、長い髪が霧吹きで湿される。
「グフフフ、鈴宮ハルカよ、今からそなたの美しい髪が切り落とされるのだぞ。手も足も出まい。グフフ、愉快愉快」
 強がりつつも、不安そうな視線をチラチラと散髪鋏に向けていた。
 その散髪鋏が、
 ざくり、
と右サイドの髪に入った。
 ばさり、
と長い髪が一束、カットクロスに落ちた。
「ひゃ!」
とハルカお姉ちゃんは一瞬、「素」になった。
 鋏はさらにジョキジョキと、耳から下の髪を断っていく。バサッ、バサッ、二束、そして三束とハルカお姉ちゃんの自慢の髪が、地面に降り積もっていく。
 ハルカお姉ちゃんの右の首すじが露わになった。
「グフフフ、切れ、もっと切るがいい」
 ハルカお姉ちゃんは不本意な断髪に対する憤慨も手伝って、険悪な表情で、挑発的な言辞を弄する。私が今まで見た中で、一番「悪魔」っぽい顔つきになっていた。
 言われなくても母は切る。
 ジョキジョキ、ジョキジョキ、と髪を鋏む。
「グフフ、心地よい音色よのう。さあ、もっと切れ、もっと切るのだ。グフフ」
と不敵な笑みすら漂わせている。
 言われなくても母は切る。
 右サイドの髪にとりかかる。大胆に切っていく。
「グフフ、学校に入るために髪を切らねばならぬとは、人間とはおかしなものよのう。悪魔の余には皆目理解できぬ」
などとほざくハルカお姉ちゃんだが、両側の髪が、耳の下半分が出るほど、スッパリ短く切り揃えられ、サイドの髪に合わせて、バックの髪が切られる頃には、かなり意気消沈して、
「グフフ、早く終わらぬかのう。少し切りすぎのような気もするが・・・グフフ・・・」
と口調こそルシフェルだったが、弱気な本音をのぞかせていた。
 しかも、襟足を整えるため、お父さん(住職やってます)のバリカンが持ち出されてきたら、
「え?! え?! なんで?! なんでバリカンなんか使うの?! 嘘でしょ?! なんで?! なんで?! バリカンとかマジやめてッ! バリカン、マジ堪忍っ!!」
 キャラがブレにブレまくって、ただただ周章狼狽し、哀訴していた。
「大丈夫、変にはしないから」
 お母さんは聞く耳もたず、ハルカお姉ちゃんの肩を押さえつけ、身体を椅子に固定させると、
 ブイイイイイイン
と小刻みに振動する刃を襟足に差し入れた。ジャリジャリジャリ〜。
 バリカンはハルカお姉ちゃんのうなじから後頭部辺りにかけ、三度四度と往復した。
 ハルカお姉ちゃんの後頭部には、一目でそれとわかるバリカン痕が、クッキリと刻印されたのだった。お母さんの保障とは裏腹に、かなり変になってしまった。
 






 バリカンで髪を刈られながら、ハルカお姉ちゃんは、
「グフフフ、何たることじゃ。これでは――」
 後は言葉にならず、ひたすら首をすくめ、うなだれていた。
 最後に前髪が切られた。
 鋏はハルカお姉ちゃんの目の上ら辺を、ジョキジョキと横切っていく。バラバラと長い前髪が落ちた。両目が出た。
 お母さんはさらにコメカミに鋏を跨がせると、より短く切った。ジョキジョキ、右眉が出た。ジョキジョキ、ジョキ、左眉も出た。
 サイド同様、前髪もスッパリと真一文字に揃えられてしまった。
 お母さんは念には念を入れるかのように、さらにさらに眉上3cmくらいのところまで、前髪を切り詰めた。ジョキジョキ、ジョキ、ジョキジョキ――
「ちょっ・・・お母さん! 切りすぎ! 切りすぎだってば! ちょっと!」
とハルカお姉ちゃんはルシフェルの存在はどこへやら、駄々っ子のように身体をよじらせるが、
「動かないの!」
 お母さんは容赦がない。嫌がる娘を押さえ込むようにして、自分が納得する長さにまで前髪を切り揃えてしまったのだった。
 


 ハルカお姉ちゃんは見事なまでにドメスティックなオカッパ頭にされてしまった。映画界から、戦時中の子供役でオファーがきそうなほどの、古めかしさと田舎臭さだった。
 つい30分前までいた良家の子女風のロングヘアーの美少女の面影は、微塵もなかった。
 ハンドミラーを渡され、「中学生」になった自分の姿を確認したハルカお姉ちゃんは、
「グフフ・・・鈴宮ハルカよ・・・うっ、うっ、惨めで滑稽な髪型になったものよ・・・うっ・・・ヒック・・・ちゅ、中学生になったからといって・・・うっ、うっ、よ、余はまだ・・・そ、そなたの身体に巣食い・・・ま、魔界一の・・・だ、堕天使として・・・ヒック、うっ・・・や、野望を・・・うっ、うっ、は、果たしてやるからのう。グフフ・・・うっ、うっ・・・」
 ルシフェルを貫こうとしながらも、両眼に涙をあふれさせ、嗚咽していた。魔界最強の悪魔も形無しだ。

 こうしてハルカお姉ちゃんは晴れて中学に入学した。
 毎日、ジャージを着て、ヘルメットをかぶり、田舎道をママチャリで登校している。イケてないこと甚だしかった。
 それからもルシフェルは思い出したかのように現れた。
 けれど中学生になって二ヶ月も経つ頃には、消滅していた。
 ハルカお姉ちゃんも部活(ハンドボール部)や試験で多忙になり、また、ある程度オトナになったため、ルシフェルの出る幕もなくなったのだろう。

 数年後、私立のミッション系の女子高に入り(お寺の娘なのに!)、髪をオシャレな感じにして、彼氏もでき、ふたたび美少女街道を歩み始めた姉に、
「ハルカお姉ちゃん、ルシフェルは今でもお姉ちゃんの中にいるの?」
と訊ねたら、
「アカネ〜、それは、そのことは言わないでぇ〜」
 ハルカお姉ちゃんは両耳を覆って、テーブルに突っ伏していた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 どうよ、オニイチャン、この話? 初耳? あははは、だろうね。
 ハルカお姉ちゃんにとっては、ルシフェルもオカッパも黒歴史なのさ。だから、当時の写真も処分したり、隠したりして、けして他人の目に触れさせないようにしてるんだよね〜。いじらしいでしょ? 中学を卒業して、これでやっと好きなだけ髪を伸ばせる〜、って本人は大喜びしてたみたいだけど、今回まさかの剃髪――丸坊主だよ、ははは、いや、だから笑っちゃいけないんだけどさ。床屋で髪を剃られてるの見てて、思い出しちゃったよ。よくよく、そういう星の下に生まれたのかねえ。だから、オニイチャン、笑いすぎ、笑いすぎだって。
 アタシ? アタシはハルカお姉ちゃんと違って、地元中じゃなくて私立中に行ったからね〜。ハルカお姉ちゃんの二の舞にならないように、ベストコンディションで入試受けたからね。ま、元々髪そんなに長くなかったけど。
 でも最近じゃ地元の中学も、昔みたいに生徒の髪型に厳しくなくなったらしいよ。入学前にバッサリいっちゃう娘も減ったみたい。やっぱPTAがうるさいのかねぇ。どうでもいいけどね。
 ああ、じゃあこれで。そうそう、最後にオニイチャンに一言いっておくね。

 もう二度と電話しないから。

 そっちも金輪際、電話かけてこないでよね。
 え? 「冗談だろ」? いいえ、本気です。お姉ちゃん云々は置いておいても、今回の一件で貴方のこと、心底軽蔑しているので。
 実は貴方のこと、ずっと前から大嫌いでした。
 今日の電話はお別れの電話です。
 「切らないでくれ」? 嫌です。貴方の声なんて、もう二度と聞きたくないので。バイバイ、成見さん。




(了)



    あとがき

 久々のオカッパ物です。
 本作のヒロイン・鈴宮ハルカは、尼さんになったり、ギター弾いたり、合コンで大暴れしたり、修行仲間に無理やり散髪されたり、今回はオカッパにされたり、と自分が創ったキャラながら、その汎用性の高さに驚いています。
 元々は冒頭の部分だけ、2007年末に書いたままずっと放置されていて、その後、ハルカが中二病だったら面白いかも、とかアイディアは浮かんだのですが、なかなか続きを書けずにいました。しかし、せっかくなので最後まで書きたい、と今回、完成させることができました。書きあげてみて、結構気に入ってます(^^)
 中二病については、「はが○い」の○鳩ちゃんしか知らないので、○鳩ちゃんを参考にしつつ、あと、自分の過去の経験も織り交ぜて(^^;)キャラを創っていきました。
 最後までお読み下さり、感謝です!




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