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もし高校野球の女子部員がナショナルのホームバリカンを見つけたら


      (T)

「あ、もしもし、タナヤン? おれ、おれ」
 別に振り込め詐欺ではない。
 そして、男でもない。
 野口こず恵17歳、いわゆる「俺女」だった。薄汚いケープを巻かれ、庭に面した廊下に座り、ヘラヘラ笑いながら、スマフォで通話中。
「おれ、今からボウズになるから」
と男友達にショッキングな報告をしていた。
「驚いた? マジだよ、マジ! マジでボウズにするから!」
 唾が飛びそうな勢いでまくしたてている。背後では悪友のリナとカメが、バリカンを持って、ニヤニヤしている。
 こず恵の髪は長い。バカみたいに長い。肩甲骨のずっと下まである。やや茶色がかっているが、染めてはいない。地毛だ。
「髪切りてー」
といつも口にしていた。
 授業中にも関わらず、
「なア、ミカリン、一緒に髪切りにいかね?」
とデカい声で前の席の女子に誘いかけたりもしている。
 なのに彼女の髪は、高校入学以来、伸びていく一方だ。
「どうせ切る気もないクセにさ」
「口先ばっかり」
と周りを不快がらせている。
 こず恵にすれば特に深い意図はない。単に気まぐれなだけだ。
 長すぎる髪を持て余して、
 ――切ろう!
と思い、口にも出すが、一時間もすれば切るのが惜しくなる。その繰り返しで、髪はどんどん伸びた。

      (U)

 こず恵は現在、彼女の高校の野球部に所属している。
 無論、野球部は男子ばかり、女子部員はこず恵ただ一人だ。
 こず恵は野球経験がない。どころか運動部経験すらない。中学時代は手芸部で、しかも幽霊部員だった。
 じゃあ、何故野球部に入部したかと言えば、これも気まぐれからだった。
 めざせ甲子園!!
とデカデカと書かれた勧誘のポスターを見かけて、
 ――面白そうじゃん!
とそのまま野球部の部室に直行した。顧問や部員たちは思いがけぬ女子の入部希望者に当惑しつつも、迎え入れてくれた。
 後で、高校野球では女子選手は公式試合に出場できないと知って、
 ――なんだ、つまんね。
とガッカリした。
 しかし、野球部は存外居心地が良かった。
 めざせ甲子園!!というのは、あくまでシャレで、県下に無数にある弱小校のひとつ。練習も大してキツくない。雰囲気もユルユルだった。
 男子部員は皆丸刈りではなく髪を伸ばしていた。だから、こず恵もロングヘアーのまま、部に居座っていられる。
 何より、「紅一点」というのがいい。
 周りの男子部員も、こず恵には甘い。優しく接してくれるし、色々話しかけてくれたりする。さして器量の良くないこず恵だが、自信家で会話も上手く、陽性の性格なので、自然、部内で男友達も増える。
 クラスでは「うるせえ俺女」だが、野球部では逆ハーレム状態だ。
 中でも同級生のタナヤンとは仲が良く、いいカンジの関係になりかけている。
 しかも、二年生になると、練習試合にならチョコチョコ出してもらえるようになった。
「おれ、結構野球に向いてるのかも」
とクラスで呵呵大笑して、いよいよ疎まれている。しかし、当のこず恵本人は疎まれていることに気づかない。この図々しさも、ある意味こず恵の長所なのかも知れない。

    (V)

 そんなこず恵が坊主頭になったのも、やはり気まぐれからだった。
 釣りに挑戦しよう!と突然思い立って(これまた気まぐれだ)、父親が昔使っていた釣竿をさがして、物置をガサゴソ物色していたら、棚の上に何かの箱がある。
 ――なんだ、これ?
 気になったので、背伸びして取ってみたら、
 ナショナル・アットホームバリカン
と商品名が目に飛び込んできた。坊ちゃん刈りの男の子が母親に笑顔で散髪してもらっている写真が、パッケージに使われている。
 こず恵の興味は釣竿からバリカンに移る。
 箱を開けると、中にはちゃんと本体が入っていた。好奇の虫に駆られ、それを引っ張り出す。
 初めて手にするバリカン。20センチくらいの大きさ。丸みを帯びた水色のボディ。
 妙にドキドキする。思ったより軽いが、気持ち的にズシリとした手応えを感じる。
「お母さん」
とリビングでテレビを観ている母に訊いた。
「物置にバリカンがあったけど、コレ、どうしたの?」
「ああ」
 母はテレビを観たまま、
「お隣さんからもらったのよ」
 子供の髪を切るときに使っていたが、子供も中学生になり床屋へ通うようになったので、使わなくなり、
「“野口さん、要る?”っていうから、お父さんの髪でもやってやろうかなあ、と思ってもらったんだけどね」
 結局野口家でも不用品となり、物置にしまいっぱなしになったという。
「へえ」
 バリカンの箱を持って、自分の部屋に引っ込む。釣りことなど、すでに忘却の彼方だ。
 好奇心のおもむくままに、コンセントをつなぎ、スイッチをオンにする。
 ビイイイイイン!
 けたたましいモーター音に、
 ――音、デカッ!
 あわててスイッチを切った。
 数日前、テレビで観た芸能ニュースを思い出す。
 人気俳優の五木豪が主演映画の役作りのため、丸刈りにすることになり、その断髪式の模様がお茶の間に放映されていた。
 ズバババ、と髪にバリカンが入り、ジョリジョリと刈り込まれる。バサバサと髪が落ちて、イケメン俳優はあっという間に坊主頭になっていった。
 そんなニュース映像を観ながら、
 ――気持ち良さそうだなあ。
と羨ましく思った。
 ――おれが男なら絶対ボウズにするのになあ。
とも思った。
 五木豪のバリカン坊主の映像を思い浮かべながら、バリカンの刃を頭にあててみる。髪を剃る真似をしてみる。
 たまらないスリルを感じる。
 顔を、首を、肩を、胸を、腕を、背を、グルリと取り囲むロングヘアーが無性にわずらわしくなる。
 ――この髪を――
 一気にバアーッと刈り落としてしまったら、さぞ気持ちいいだろうなア、と想像してみる。
 髪にあてたバリカンのスイッチを入れたい衝動に駆られる。が、かろうじて衝動を押さえ込む。
 とりあえず、目をこらしてパッケージをチェックする。
 おうちでラクラクカット
 水洗いOK
 充電交流式
との売り文句が「!」マーク付きで躍っている。
 箱の中身を全部出してみた。
 説明書、バリカンオイル、小さなブラシ、そしてボディの色より青みがかったプラスチックの、フォークの先みたいな物体。説明書で確認すると、アタッチメントというらしい。これで20mm、12mm、6mm、3mm、1mm、と刈り残す長さを調節できるという。
 ギザギザの刃を、じっと見入る。
 この刃がさっきみたいにブルブル振動して、自分の長い髪に入れられるさまを妄想して、コーフンした。
 居ても立ってもいられない。
 早速スマフォで友人のリナとカメに連絡をとった。
「あ、リナ? おれ、おれ。あのさ、今日暇?」
『暇っちゃあ暇だね。何? カラオケでも行く?』
「それもいいけど――」
 一呼吸おき、
「実はさ、おれ、ボウズにしようと思うんだよね」
『ボウズ?!』
 素っ頓狂な声でリナ、
『ボウズって、髪型のこと?』
「まあね」
『え〜?! マジで?!』
 悪友が目を白黒させている様子が目に浮かぶようだ。
『なんで?』
 当然の質問だ。
「物置でバリカン見つけてさあ、急に頭刈りたくなった」
『オマエなあ・・・』
 リナは呆れている。
「まあ、おれ、野球部だしさ。野球部ならやっぱボウズっしょ」
 今日断髪式を決行する、ついてはリナやカメにバリカンを入れて欲しい、と言うと、
『マジでいいの?!』
 リナは食いついてきた。
『いいの?! いいの?! マジでいいのォ?!』
 かなりテンションがあがっている。何せ、女を、しかも超長い髪の女を丸坊主にするチャンスなど人生にそうそうない。
「じゃあ、2時にウチに来て」
『あいよ』
と話はまとまった。
 続いてカメにもTEL。
 カメもビックリしていたが、リナ同様、好奇心を刺激され、
『2時ね。ラジャー。楽しみ〜♪』
と話に乗ってきた。
 かくして刈り手&立会人は揃った。こず恵にとって運命の一日が始まる。

      (W)

 断髪式の準備に取り掛かる。
 リビングにとって返して、母に子供の頃散髪に使っていたケープが何処にあるか訊いた。
「二階の押入れにあると思うけど」
 あんた、何するの?と訝る母を尻目に、こず恵は二階へ。
 母が教えてくれた場所でケープをさがしあてた。
 もう十年ほど使用していないケープは変色して、汚れやシミが付いていた。
 ――うわっ、汚っね!
と鼻白んだが、まあ、いいや、と拝借した。
「お母さん、古い新聞紙ない?」
 子供の頃から甘やかされて育ったこず恵は、古新聞すら自分で見つけられない。母に置き場所を訊き、その古新聞紙を「断髪式会場」に予定している庭に面した廊下一面に敷いた。
 そして、自室で有髪時代最後の写メを自分撮りした。記念の一枚なので、気合いを入れて目一杯カワイイ表情をつくって撮影した。カシャ!
 青白い深海魚みたいな顔のロン毛女が、物欲しげな表情で写っていた。
 ――カワイイ。
と満足した。こういう勘違いの積み重ねの結果、クラスメイト(特に男子)の間にアンチを増やしていることに気づいていない。

      (X)

 2時になった。
 カメはニックネームとは裏腹に10分前に到着、リナは5分ほど遅れてやって来た。
 二人とも初めて触るバリカンに、
「スゲー!」
「ヤバイ! ヤバイ!」
とハイテンションになっていた。
 ビイイイン、と刃を震わせて唸るバリカンに、
「オトナのオモチャみたい」
 まさに類友で、こず恵の友人に相応しい下品なコメントを口にしたりしていた。
 ちなみに友人は二人とも彼氏持ちだ。リナは3年生の先輩と、カメは他校(バカ男子校)の男の子と交際中だ、すでに初体験も済ませている。こず恵だけがオボコだ。
 そうしたこともあり、二人は内心、こず恵を軽んじている風がある。
 だから、本人の希望とはいえ、年頃の女友達の髪を剃ることを面白がっているわけで、それどころか、アタッチメントの刈り高さを決めるとなると、
「20mmにしようかなあ」
とやや及び腰で長めの坊主にしたがっているこず恵に、
「いや、せっかくだからもっと短くしようゼ」
「そうそう、最低でも6mmだよね」
とタッグを組んでハッパをかけていた。
 長さについては、一旦保留して、互いに友達以上の関係になっている(と、こず恵の方は思い込んでいる)ボーイフレンドのタナヤンに電話した。
「あ、もしもし、タナヤン?おれ、おれ」
『あ、ああ、野口か? 何?』
 タナヤンはやけにあわてていた。取り込み中だったようだ。構わず、
「おれ、今からボウズになるから」
『はぁ? 坊主? マジかよ〜?!』
 タナヤンの声はうわずっている。
「驚いた? マジだよ、マジ! マジでボウズにするから!」
『なんでまた?』
「だって野球部だしィ〜。野球部員はやっぱボウズっしょ」
『やめとけ、やめとけ、男だって坊主じゃないのに、女のお前が坊主になることはねえよ』
 やんわりと制止するタナヤンだったが、天邪鬼なこず恵は、
「やだ、絶対剃る。バリカンでクリクリに刈ってもらうもん」
と聞く耳を持たない。
『まあ、そこまで言うなら止めねーけどさ』
 タナヤンは説得を諦めた。
「明日楽しみにしててね〜」
『皆、驚くぞ』
というタナヤンの懸念も、お調子者のこず恵の耳朶には甘く響く。
「じゃあ、明日、学校で」
とウキウキと電話を切り上げた。忠告は撥ねつけたけど、本当は止めてくれて嬉しかった。乙女心は十分に満たされた。
 そして、バリカンを握るリナに、
「やっぱり20mmで頼むワ」
と注文した。ベリショに近い坊主頭ならタナヤンもさほど引かないだろうし、またすぐ伸ばし直せる。
「オッケー」
とリナは了承した。・・・フリをして、カメとアイコンタクトして、笑いを噛み殺しながら、アタッチメントを6mmにセットしていた。こず恵は気づかない。
 後で、「こず恵の漢気に応えようと、心を鬼にした」と無理のある弁解をしていた。
 ビイイイイイン
とバリカンが鳴りはじめる。
「じゃあ、こず恵、いかせてもらうよ」
「うわっ、マジで?! マジで?! マジで?!」
 顔をいっぱいにしかめ、歯を食いしばり、アゴがケープの中に入るほど首を引っ込めるこず恵だったが、
 ジョリ
 バリカンは無情にも右のコメカミに突き挿された。
 そのまま、
 ジョリジョリジョリジョリ〜
とジグザク押し進められる。
「ほへっ!」
 こず恵は思わず奇声を発した。
 ドシャアア、と長い髪がケープを流れていった。たった一刈りなのに、こず恵の美容院六、七回分のカット量に匹敵、いや、それ以上の量だ(ついでに言えば、こず恵は年に二回くらいしか美容院に行かない)。
 もしかして取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、という思いが湧き上がるが、もはや後の祭りだ。
 リナは容赦なくバリカンを突き立てる。さらに耳の上を刈った。
 切り離された髪の根元が反り返って、グシャ、と形状が崩れ、ドバドバ、とケープを伝って流れ落ちる。まるで滝のようだ。
「胸がすくような気持ちだった」
と後にリナとカメはこっそり述懐している。
 リナもカメも髪は短めだった。こず恵が長い髪をかきあげながら、「髪切りてー」とか「おれ、髪切るから」とオオカミ少年的発言を繰り返すたび、イラッときていた。
 切るなら、さっさと切ってこい! オマエが髪切ったところで泣く男子なんていねーんだヨ!
と口には出さねど、内心では思っていた。
 リナなどは、こず恵に「今度の日曜一緒に髪切りにいかね?」と誘われ、約束までしていたのに、「おれ、やっぱやめとくワ」とドタキャンされ、
「アイツ、マジムカつく!」
とカメ相手にキレていた。
「あんな汚ねえ髪、バリカンでボウズに刈ってやりてーよ」
と憤懣をブチまけていたら、忘れた頃に望みが叶ってしまった。
 当然手心を加えるつもりなど、一切ない。
 こず恵は泣き笑いに笑いながら、頭を這うバリカンの感触に耐えていた。右鬢は大部分、6mmの長さに切り詰められている。
 ドシャアア、ドシャアア、
と毛髪の滝は凄まじい。
「ちょっと、あんた達!」
 三人が振り仰ぐと、こず恵の母が目を皿のようにして立ち尽くしていた。
「何やってるの?!」
「ボウズにしてる」
 苦笑いしながら、でもアッケラカンと答える娘。娘の友人たちもヘラヘラ笑っている。
「まったく」
 ちょっとオカンムリの母だが娘の気まぐれや突飛な行動には、日頃から慣れていることもあり、怒ったところで、もう手遅れなので、
「もォ〜、知らないからね」
 後片付けはしておいてよね、と言い残し、あっさりと引き下がった。

      (Y)

 タナヤンはオ○ニーをこず恵からの電話で中断され、不機嫌だった。
 ヒトのオ○ニー中に電話してくるな、と腹が立ったが、こず恵の側からすれば、ヒトが電話かけてくるときにオ○ニーなんかしてるな、といったところか。
 全然タイプじゃない「俺女」のこず恵にアプローチされた当初は、
 勘弁してくれよ〜。
と閉口したものが、話は合うし、ファイーリングも合うし、他に積極的に接近してくる女の子もいないしで、そこは思春期男子の悲しさ、ついつい、
 ――アリっちゃアリかもな。
と情にほだされていた今日この頃。
 ところが、いきなり彼女から、「坊主にする」と衝撃的かつ一方的な報告が舞い込んできた。
 一応は止めたが、止めて聞くような女子じゃないことは、普段からの付き合いでわかっている。
 勝手にしろ、と諦めて電話を切った。
 雰囲気を削がれ、オ○ニーを再開する気にもなれず、ベッドに仰向けになる。
 天井を眺めながら、こず恵のことを考えた。
 ――俺がこうしている間にも、野口はバリカンで坊主に剃られてるんだろうなあ。
とぼんやり思った。それとも、もうすでに坊主頭になっているんだろうか。あの女としての唯一のセールスポイントを捨てるなんて、正気の沙汰じゃない。モヤモヤと考える。
 まあ、いい。
 「俺女」が一匹、坊主になるだけの話だ。
・・・と割り切るつもりが、何故か断髪されるこず恵、坊主頭にされたこず恵、を想像して、激しくムラムラした。
 自分でも感情(性欲?)の始末に困るが、ムラムラしてしまうものは仕方ない。
 タナヤン16歳、アイドルのグラビア写真集を閉じると、ベッドに潜りこみ、初めてこず恵を「オカズ」にしたのだった。

      (Z)

 この日本社会に一人の剃髪フェチ男子が誕生しているなど露知らず、こず恵の断髪式は進行中だ。
 右鬢に続いて、左の髪にバリカンがあてられる。
 バリカンは、
 ジョリジョリジョリ〜
と左耳の上を横へ横へ通過していく。
 ザザザザザ
と分厚い髪を70cmと6mmに両断する。左の髪は耳の上でスッパリ揃えられる。磯野家の次女のように。
 次にバリカンは上に向かう。コメカミから頭頂近くまで、ビイイイン、ジョリジョリ〜、耳の上から頭頂へ、ビイイイイイィィン、ジョリジョリジョリ〜。
 撮影係のカメはスマフォで、断髪の様子を動画におさめている。時々、気をきかせて、
「髪の量がハンパねえ」
と新聞紙や沓脱ぎ石や地面に散った髪を撮ったりする。
「あとでニコ動(ニコヤカ動画)に上げるかあ?」
「ソレ、いいね」
などと悪友たちは話している。
 こず恵はニコ動どころではない。
 大してパワーもない家庭用バリカンが長すぎる髪に苦戦して、何度もひっかかり、その度、
「痛ッ」
と首をすくめている。
 しかも刈り手はド素人のため、坊主カットは難航している。ちょっとグダグダムードになりかけている。まるで、不慣れな介錯人の未熟な太刀さばきで、死にきれない切腹人のような状態だ。
 ようやく両サイドの髪が全部刈られ、バックの髪のカットになる。
 リナは何筋もの髪を握ると、うなじにバリカンをあて、襟足から一気に後頭部を遡らせた。バラバラと少しずつ髪が剥がされていき、リナの掌中に収奪される。
 リナはその太い髪束を、
「はい、こず恵、プレゼント」
とこず恵に握らせた。こず恵は髪束を鼻にあてると、
「クサッ」
と邪険に地面に放り投げた。
「こず恵、オマエ、昨日風呂入ってねーだろ?」
「わかる?」
「入れよ!」
「いいじゃん、今日は学校も部活も休みだし」
 だから男子に嫌われるんだよ、と口に出しそうになったリナだが、かろうじて抑えた。その代わり、
「やっぱ不精なオマエはボウズにして正解だよ」
と半ば独り言のように呟いた。早く手を洗いたい。
 後ろの髪は徐々に減っていく。
 バリカンが挿し入れられ、バリカンの動きに沿って髪が盛り上がり、刈られた髪は、バリカンのボディをスルリとすり抜けて、薄汚れたケープへ、バサリ。
 前へと回りこんだ髪が、バサリ、とサンダル履きの素足の甲に落ちる。病み猫にでもまとわりつかれたような気持ち悪さをおぼえる。バッバッと空中をキックして、そいつを振り払う。
「動くなってーの」
とリナは「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラムの如きトラ刈り頭を押さえつける。そして、後頭部の髪を片っ端から、ジョリジョリ刈りまくっていく。
 やっぱりバリカンが髪にひきつれて痛い。
 痛がって、ヒイヒイ言っているトラ刈り娘に、
「こず恵さぁ」
 カメは意地悪な笑いを浮かべ、
「こんなんで痛がってるようじゃ、まだまだお子チャマだね。初めて“アレ”するときは、もっと痛いんだからね」
とオボコのこず恵を露骨にからかった。
 かわかわれて、こず恵は憮然とした表情になった。汚れた散髪ケープに包まった処女(おとめ)の身体が恨めしくなる。
「おれは結婚するまでするつもりないし。タナヤンともプラトニックな関係でいるつもりだし」
と強がってみせたが、それきり唇を噛んで、痛みを堪えた。ゴラムのような頭で。
 後頭部から髪が消滅した。
 こず恵はモヒカン頭になった。
「もう、腕ダルダルだよ。ちょっと休も」
とリナはバリカンのスイッチを切った。無理もない。断髪開始から、もう50分が経っている。
 モヒカン頭のまま、放置されかけ、こず恵は、
「ちょwwwここまでやったんだから、ひと思いに最後までやっちゃってくれよ!」
「しょうがねーなあ」
 リナはカメにバトンタッチして、バリカンを渡す。
「その前に」
 モヒカン刈りのこず恵をスマフォで、パシャ。
「後でヨウちゃんに送ってやろ」
 笑いのネタにする気満々だ。
 カメはモヒカンの部分にバリカンを挿入し、ジョリジョリジョリ、髪がひきこすれて、斜めに盛り上がり、バリカンの上にうまい具合に乗っかる。それをバリカンを傾けて、新聞紙に落とす。リナより手際がいい。最初からカメにバリカン係を任せれば良かった。
 ツムジの辺りをグリグリ刈られる。バリカンは進み、旋回し、モヒカン髪を削り取っていく。
 最後に、髪がツムジからやや左にチョコンと突き出てウルトラマンみたいになっているのを、牛刀をもって鶏を割くが勢いで、ガリガリとひっぺがした。
 仕上げに点在する刈り残しを始末した。
 カメはリナとまた目配せを交わすと、アタッチメントを1mmに調節し直して、坊主頭を整えるフリをして、こず恵の後頭部に、
 処女
と剃り刻んだ。こず恵はこのイタズラに気づかない。
 懸命に笑いを堪える悪友どもに、用意のハンドミラーを渡され、丸刈りになった自分の姿を確認する。
「コレ、20mmじゃなくね?」
 ようやく気づいたが、時すでに遅し。
 それよりも快感が乙女心を追い抜いてしまっている。
「気持ちいい!
「軽い!
「頭がスースーする!
「サッパリした〜!
「ヤバい、マジ、ヤバいよ」
と坊主頭を満足げになでさすり、
「結構イケてるじゃん」
とあまり器量良しとはいえない顔を歪めて笑った。この自信はどこからくるのだろう。リナやカメは不思議で仕方ない。でも、一応は、
「こず恵、カワイイじゃん(棒)」
「イケてるイケてる(棒)」
と無責任な賛辞を送った。
 坊主頭をさらに強く掻き回すと、バッバッ、と大量のフケが出る。
「ブリザード〜」
などと、リナカメに向けてフケを飛ばしていた。どこまでもサイテーな女子だった。
「うわっ、汚ね!」
「やめろって!」
「あら、意外と似合うじゃないの」
 母は機嫌は直っている。
「これ、皆で召し上がれ」
とアイスキャンデーを三本置いて、去った。
 坊主頭で身体に刈り布を巻きつけ、アイスキャンデーをしゃぶっているこず恵の図は、なんともシュールだった。見様によっては化け物じみて見えた。
 本人はすっかりご満悦で、
「ボウズ、快適だよォ」
とアイスキャンデー片手に、何度も何度も丸刈り頭に手をあてていた。
「リナもカメも、おれみたいにボウズにしなよ。絶対気持ちいいって!」
としきりに勧誘したが、リナもカメも目の前の「失敗例」の轍を踏むつもりは、毛頭なかった。
 野口家からの帰路、
「妖怪・坊主処女誕生の巻」
と陰口を言って、二人で大笑いした。
 ちなみに、切った髪は庭の隅にひとまとめにして、ガソリンをぶっかけて焼却処分した。髪が燃える臭いに、
「クセッ!」
と三人、大騒ぎで風上に回った。キャアキャア、ハシャいでたら、母に、
「危ないでしょ!」
 火遊びするなと怒られた。

      ([)

 翌日の月曜日、坊主頭で登校したこず恵に教師も生徒もおっ魂消ていた。
「おれ、ボウズの方が似合うみたい」
と自信たっぷりにのたまうこず恵だったが、皆、後頭部の「処女」の二文字に、必死で笑いを我慢していた。あまりに不憫すぎて、そのバリカンアートを指摘できる者は誰もいなかった。
 こず恵の後ろの席のセイちゃんなどは、眼前に、でん、と鎮座ましましている大振りの坊主頭に彫られた文字に、我慢の限界を超え、口実を設けて早退した。
 知らぬはこず恵ばかりなり(自宅では頭にタオルを巻くように言いつけられているので、家族も知らないが)。

      (\)

 毎月、第二第四月曜日は「勉強日」で、野球部はお休み。
 それをもっけの幸いとばかりに、こず恵はタナヤンを誰もいない部室に呼び出し、「誘惑」した。
 剃髪フェティシズムに目覚めたタナヤンは、丸刈りのこず恵にギンギンになっている。手もなく誘いに乗った。
「おら、野口!いくぞ!」
とブチこんだ。
「バッチコイっ!」
とこず恵は受け入れた。確かにカメが言ったとおり、痛みは昨日のバリカンの比ではなかった。
 ことが終わった。
 服を着て待ってろ、と言い残すと、タナヤンは部室を出て行った。こず恵は言う通りにした。
 しばらくしてタナヤンは戻ってきた。
 手にはバリカンが握られている。
「何?! そのバリカン?!」
「柔道部から借りてきた」
「いや、そうじゃなくて――」
 こず恵はわけがわからず、ただただ狼狽するのみ。
 先輩が部室に持ち込んでいるスポーツ新聞を床に敷くと、タナヤンはその上に四つん這いになるよう、こず恵に命じた。
 やはり、わけがわからなかったが、タナヤンの命令に従い、新聞紙の上、手と膝をついて四つん這いになった。言われるまま、頭も低く垂れた。
 タナヤンは恋人の頭をもっと短く刈った。
 何度もバリカンを走らせ、後頭部の文字を消した。
 これ以上、こず恵に恥をかかせるわけにはいかない、という優しさと、こず恵は自分の恋人でもう処女ではない、という所有欲がタナヤンを突き動かしている。恋人の髪を切ってみたい、というフェティッシュな欲望も働いている。
 こず恵はといえば、タナヤンの突然の行動に驚き、言葉も出ないでいる。大人しくひたすら頭を垂れ、スポーツ紙にパラパラと降り積もっていく細かな毛を見つめるだけだ。
 勿論、文字を消すために後頭部を剃ったら、他の部分も同じ長さに刈り詰めなければ、バランスがおかしくなる。だから全体を刈る。そう、1mm坊主に。
 ジョリジョリジョリ〜
 黒い坊主頭が青白く彩りを変えていく。
 パラパラと積もっていく毛は、砂鉄のよう。
 タナヤンは勢い任せにバリカンを右に左に、上に下に走らせる。だいぶコーフンしていた。
 こず恵はこの行為が、タナヤンのオンナになるための儀式のように、なんとなく思えた。
 とうとう、
 クリクリッ
といかれてしまった。
 校内をいくらさがしても、男子すらこんなに短い坊主はいない。
 24時間ちょっとの間に、こず恵は学校一の長髪から、学校一の短髪へと生まれ変わらされてしまった。
 出来上がった1mm頭は、こず恵の髪がタナヤンの支配下にあることを、無言のうちに証言している。そのことに何故か悦びと幸福を感じているこず恵がいた。
 タナヤンも性欲と征服欲を心ゆくまで満たし、ようやく、こず恵に対する深い愛情を抱けた。
「カワイイよ、こず恵」
と裸んぼのの頭にキスされて、
 ――うはっ!
 こず恵は昇天した。
 夢心地の中、彼氏に囁いた。
「アタシ、幸せだよ」
 昨日まで確かに存在していたはずのロングヘアーの「俺女」(生娘)は、この世からきれいに消えていた。

      (])

 この日を境に、こず恵は変わった。
 少しおしとやかになった。少し思慮深くなった。
 タナヤンと結ばれたから頃から、そこはかとなく艶めいてきた。
 露わになった頭部のフォルムの美しさ。青々としてちょっと滑りを帯びた頭から漂う色香。スッキリと外界に表れ出た白いうなじの清らかさ。男を知った女の持つあだっぽさ。異性に対して、さりげなくつくれるようになった媚態。そして元々有している自信と陽性の性格。
 それらが年頃の男子の目には眩く映る。
「野口、ボウズになってからの方がソソられね?」
「アレはアレで結構アリじゃね?」
 これまでこず恵を嫌悪してきたアンチたちも、ヒソヒソと囁き合っている。
 野球部の仲間たちも、最初は驚きながらも、
「スゲーな、野口」
「いい根性してるゼ」
と口々に褒め、こず恵の頭をなでてくれた。
 男子部員が髪を伸ばし、女子部員が丸刈り、というヘンテコな野球部が誕生した。

     (XI)

 最近のこず恵の口癖は、
「アタシ、髪伸ばそうなかなァ」
だ。丸刈り頭をさすりさすり、日に何度も言う。
「伸ばせばいいじゃん」
とリナ&カメは後押ししてくれる。
「いや、でもさ〜」
 こず恵は含み笑いして、
「カレシが“こず恵はボウズの方がカワイイよ”って言うんだよね」
「コノヤロ! “幸せですよ”アピールかよ!」
「ノロケやがって、ムカつくぅ〜!」
 二人がかりでスリーパーホールドと四の字固めを、ガッシリきめられた。
「ぬおおお! ギブ! ギブ! ギブぅ!」
 坊主頭を振り立てて降参するが、
「許さん!」
「まだまだ〜!」
 二人はやめない。
「これも幸福税だと思え!」
とますます力をこめる。
 とうとうこず恵は口から泡をふいて失神し、保健室に担ぎ込まれるハメになった。
 リサとカメは保健室の先生に叱られた。





(了)



    あとがき

 こんなものができました、というしかない。
 「俺女」「あまり可愛くない」「気まぐれ」「勘違い」「イチビリ」「不潔」「言葉使いが汚い」「思いつきで断髪」「悲愴感皆無」という断髪小説史上滅多にないであろう、困ったヒロインです(汗)
 作品を書くとき、どうしても滲み出てしまう「作者の品」、こればっかりは技術とか能力とか経験ではどうにもできない。CLIPさんやMrookieさんの作品は、時に過激なストーリーだったりしながらも、品がある。だからこそ幅広くアピールするものがあるのだと思います。
 そもそも「仏青、その後」を脱稿して、「マニアックすぎるなあ。正統派のお話を書いて、それと抱き合わせで発表しよう」と思っていたら、輪をかけてディープなストーリーができてしまった(― ―;)ドウスンノヨ・・・
 いやっ、違うんです! 小学校を不登校しているタケル君が「迫水お兄さんが超マニアックな断髪小説を書いてくれたら、ボク、学校に行くよ!」って約束してくれたので、本作が生まれたんです!これも人助けなんです!(と言いつつ目が泳いでいる)
 作品タイトルの元ネタは、あの「もし○ラ」です。思い切り旬を逃しているような気がします。しかもタイトルと裏腹に全然野球してない。「リトル○スターズ!」より野球してないぞ(汗)
 でも、こういう話好きなんです。
 広い心で受け止めて頂ければありがたいです(^^
 長めのお話でしたが最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございました♪




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