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あなざー・さいど・おぶ・女弁慶〜運命のクリエーター〜


 田口頼子。四十代。さそり座のB型。本山宗務部勤務。既婚。長男と長女の二人の子供あり。趣味は昔の時代劇を観ること。
 明るくさっぱりした気性で職場(?)でも、信頼されている彼女。一年前、思いつきで、本山の伝統ある御輿担ぎの儀に、尼僧の榊容海を推薦するという、荒業をやってのけたが、本人は余り自覚なし。「面白いし、いいんじゃないの」と思っていたりする。
 まあ、榊容海にとっては、いい迷惑なわけであるが・・・。

 今回はそんな彼女がまたも「活躍」した或る挿話を紹介したい。

 ことのおこりは本山の広報部。
 毎月各地の末寺や信者に配布する会報の編集会議の席。
「今度の会報では、本山内の理髪店を紹介する記事を載せてくれ、って――」
 上からのお達しがあって、と広報部の僧侶A。
「本山に床屋なんてあったっけ?」
 怪訝そうな顔をする僧侶B。
「ああ、確か滝田さんってジーサンがやってるところだろ?」
 僧侶Cが覚束なげに確認する。
「あ、そういや、あったな」
「そうそう」
「あのジーサン、まだ生きてたのかよ」
 本山には様々な施設がある。
 僧侶や信者のための宿泊所。シャワー室。大浴場。売店。
 僧侶専用の理髪店もある。
 得度の時や宗門の行事の際、もしくは本山に勤務する僧侶が定期的に利用できるようにと、少し前に、エライサンが作ったらしい。
 けれど、ほとんど利用する坊さんはなく、開店休業状態だそうだ。どころか、その存在すら忘れられていた。
「誰も入ってないのか?」
「ああ、本山に来る坊さんも、大抵は事前に剃って来るし、髪伸ばしたまま来るヤツも、まさか寺の中に床屋があるとは思わんから、門前町の床屋に行くらしい」
「まあ、本山にいる俺たちですら、忘れてたからなあ」
「知ってても、あんな小汚い床屋じゃ、若いヤツは足が向かんゼ」
「滝田さんて、信者さんだったっけ?」
「ああ、元々ちゃんと店もってたんだけど――」
 滝田次郎、六十六歳は三十年以上もやってきた自分の理髪店を息子夫婦に継がせ、楽隠居の身でいたところを、スカウトされた。
 熱心な信徒だったので、自分の技術が本山のお役に立てるのならば、と喜んで引き受けた。雀の涙ほどの薄給だったが、まあ、小遣いにはなる。老後の生き甲斐として、楽しくやっている。
「ただ、あまりにも客が少なくてなあ」
「せっかく設けたんだし、広報部でちゃんとPRしてくれ、って上からのお達しになんだよね」
「滝田のジーサンもわざわざお山まで出張って来てんのに、かわいそうだもんなあ」
「本山のお抱え理髪師ったって、体のいいボランティアだよね。それでも客の入りが良けりゃあ、ちっとはやり甲斐もあるんだろうけどさ」
「こないだ、あのジーサン、店で黙々と剃刀研いでたけど、後姿が煤けてたゼ。あの理髪施設も最近じゃポルターガイスト現象でもおこりそうな雰囲気だよ」
「ちゃんとPRすっか」
 とりあえず理髪師の滝田さんへのインタビューと店内の写真の掲載が決定。そして、
「実際に作業してるところの写真が欲しいよなあ」
「だな。ただ店の中を撮影するだけじゃな」
という話になった。
「じゃあ、俺らの中の誰かが客になって、剃ってるトコ、写真に撮るか」
「それも悪くないが」
 デスク役のAは腕を組んで
「尼さん」
 ポツリと言った。
「客は尼さんの方が良くないか?」
「それだ!!」
 一同雷同。
「オッサン僧侶の剃髪より尼僧の剃髪の方がインパクトある!」
「PRするには、絶対客は尼僧の方がいい!」
「それも有髪の尼僧がツルッといっちゃった方が、普段会報を読み流してる末寺の坊さんも、おっ、って目をとめるはずだ!」
 皆、このアイディアに夢中になる。
「若い娘がいいな」
 年嵩の男僧がゾリゾリやっているより、長い髪のオンナノコが恥ずかしそうに微笑しながら、頭を剃られている写真の方がアピールになる。
 他の理髪店が女の子の剃髪写真をPRに使ったら、顰蹙を買いかねない。
 けれど、尼さんなら許される。
 むしろ女性が坊主にして褒められる唯一の職業なわけで。
 たまに行事なんかで有髪の尼僧を見かけた一般の信者の中には、
「あれ? 尼さんてボーズじゃないの?」
と拍子抜けする人もいるほど。
 まさに本山の床屋にしかできないPRである。
 とにかく、
 「若い有髪の尼僧」
は譲れないという一点で、皆の意見は一致している。
「オバチャンの尼さんだとなあ・・・暗いっつうか、なんかワケアリっぽくなっちゃうんだよなあ」
「初々しさとか、さわやかさが欲しいよねえ。フレッシュな感じの写真にしたい」
「”俗世を捨てて”っていうより、”新しいステップで頑張ります!”ってポジティブなムードを出したいなあ」
「わかるわかる。スーツメーカーの広告とかでカワイイ女の子にスーツ着せて、“アタシもこれから社会人一年生!”な〜んてやらせてるふうなイメージでな」
 編集会議はいまだかつてない盛り上がりを見せている。
「神妙な顔で剃られてたりするとなあ、確かに宗門的にはいいんだけど、床屋のアピールにはならんしなあ」
「泣きながら剃られてたりすると、床屋的にはイメージマイナスだな」
「嬉しそうな、でも照れ臭そうな感じで」
「想像しただけでドキドキするな」
「あんまり美人な尼さんでも困るよね。リアリティなくなるし、モデルにばっかり目がいっちゃって、滝田さんが食われちゃう」
「ああ、そうだな。普通よりちょっとカワイイぐらいがベストだろう」
「個人的には、すれてない感じの娘がいいかなあ」
とか議論を交わしつつも、一同の頭の中には、すでに或る有髪尼僧が浮かんでいた。
 細川堅忍(ほそかわ・けんにん)。
 俗名・細川忍。愛称シノちゃん。二十七歳。
 実家は寺ではないが、宗門の大学の文学部に在籍中、たまたま仏教説話をテーマにした卒論がまわりまわって、教授であり僧侶でもある支倉礼次郎氏の目にとまり、すすめられるまま得度、宗門の尼僧となる。
 現在、本山の宗務部で事務をしている。
 感覚としては尼僧というより、OLに近い。だから髪も伸ばしている。行事があるとき以外は、一般の女性と変わらない服装で勤務している。
 真面目で頑張り屋。美人というほどではないがカワイイ。
 でも、声がいわゆるアニメ声。
 行事のときは尼さんの格好して、アニメ声でたどたどしくお経を読んでいる。
 声に関しては「キモい」などと賛否両論あるが、固定ファン多し。
 多少トウが立っているが、童顔だし、無問題だろう。
 剃髪モデルはシノちゃんに頼もう、と衆議は満場一致。
「シノちゃん、頼み込めばやってくれそう」
「真面目だしなあ」
「彼氏もいないらしいし、引き受けてくれるかも」
「処女という専らの噂」
「流石にそれはないだろう」
「とにかく彼女以上の適任者はない」
 全員の頭を占めているのは、
 シノちゃん、絶対ボウズ似合う!!
という一事である。
「シノちゃんの剃髪姿って、ガチでハマるだろうなあ」
「顔立ち和風だし、品があるからなあ」
「雅で清らかな尼僧の色香」
「くぅ〜、たまんねえなあ!」
 本人の知らないところで白羽の矢がブスブス突き刺さっていた。
 嫌な本山である。
「けど、若い女性だからな、断られる可能性も大じゃないか?」
「助っ人を頼むか」
「助っ人?」
「将を射んと欲するならば、まず馬を射よ」


 案の定、忍は広報部の依頼に仰天し、
「嫌ですよ〜」
 両眼をはみ出すくらいに見開き、ブンブンと首を振った。
 女性がある日突然ボーズにしてくれと懇願されたら、そりゃあ、青天の霹靂なんて言葉じゃおっつかない。
「頼むよ〜。シノちゃんしかいないんだよ〜」
「嫌です!」
 アニメ声だけど、激しい嫌悪とともに、キッパリ拒否。
「なんで私がボウズにならなきゃいけないんですか!」
「そこを何とか!」
 食い下がる広報部僧侶。
「お断りします!」
 断る忍。
 どちらも必死。
 交渉が泥沼化の様相を呈してきたが、
「シノちゃん」
 彼女の先輩の田口さんが横から口を挟んだ。
「やってあげなよ」
「え??」
 思わぬ伏兵に忍は顔を凍りつかせた。
「これも人助け、御本山への奉仕だよ」
と田口さん。
「た、田口さんっ!」
「シノちゃんだって、一応尼僧なんだしさ、一生に一度くらいボウズ、経験しとくのも悪くないよ」
 日頃、世話になっている田口さんに言われては、忍も否とは言えず、進退に窮している。
 実は広報部の僧侶連中、事前に田口さんにことの次第を打ち明け、説得をお願いしていたのだった。
 忍の動揺を見てとった広報部軍団は、ここで一気に畳み掛けろとばかりに、
「シノちゃん、この通り、お願いします!」
 なんと全員、土下座。水戸黄門のクライマックス状態。
「・・・・・・わかりました」
 忍は渋々、剃髪モデルを了承した。

 それから数日後、撮影は行われた。
 床屋といっても、プレハブの小さな小屋である。
 おおきな鏡の前に忍はケープを巻かれ、座っている。
 理髪師の滝田さんのインタビューが行われている。
 この道五十年、とか御本山で働けて嬉しい、とか色々話していた。
「五十年やってるけど、若い女の人の頭を剃るのは初めてですね」
とコメントしていた。
 本日「職場の花」が剃髪するとのニュースに、男僧のギャラリーも理髪店に詰めかけた。皆、昂奮していた。滝田さんの店はかつてない大盛況。
 忍、表情が硬い。初めて坊主頭になるので(ギャラリーも多いし)、緊張するのも当然だが、
「シノちゃん、もっとリラックスしてよ」
「スマイル、スマイル」
 撮影サイドもなんとか場を和まそうとする。
「ホントにいいの?」
 半信半疑の滝田さんに訊かれ、
「大丈夫です」
 忍も覚悟をきめて、
「遠慮しないでバッサリやっちゃってください」
 硬い笑顔を浮かべる。
 そうしたら、本当に遠慮しないでバサッとやられた。バリカンで。
 「長い髪にバリカン」の方が絵的にインパクトがある。そんな広報の要請で、滝田さんは使い慣れた古い業務用バリカンを
 ジ〜〜〜
とトップの分け目に入れ、根こそぎ、髪を押し返した。
 うお、とギャラリーから悲鳴に似た歓声があがった。中には内股になっている男僧もいた。
「うひゃあ」
 ひきつった笑顔で驚いている忍をカメラがとらえた。

 余談だが、このバリカンを入れられた瞬間の忍の写真、某尼僧学林の入学ポスターに流用された。キャッチコピーは「新しい道を歩きたくて」。何故か尼僧とは何の関係もない男性から、ポスターが欲しい、との問い合わせが殺到したそうである。

 刈りすすめられた一本道の道幅が右、左、と広がる。
 頭頂部を寒々とさらす忍。さらにフラッシュがたかれる。
 カメラ攻撃に忍、頬を赤く染め、恥ずかしそうに微笑した。
 この表情! サイコーだ!
と期待を裏切らぬ忍に、篠山キシン状態の広報部は狂喜乱舞。
 当初の予定では、忍はあくまで単なるモデルに過ぎなかったのだが、決定稿では単独写真まで使われる破格の扱いになった。

 「初めて剃髪するという尼僧の細川堅忍さん(27)は『ドキドキします。でも初めての尼僧のお客さんになれて光栄です。やっぱり尼僧は剃髪がいいですよね』と勇ましく緑の黒髪をバッサリ」

とあんまり本山発行の会報らしくないノリの記事を書かれていた。
 まあ、昨今は、有髪僧尼が激増しているので、本山としては、床屋だけでなく、剃髪の部分もアピールしたいのだろう。
 ジジジ、ジョリジョリ〜、
とバリカンはサイドの髪を刈り込む。青々とした地肌がのぞく。
 坊主頭ができあがっていくにつれ、周囲の静かな熱狂も落ち着いてくる。
 忍もしんみりとした表情になる。寂しそうな顔もそれはそれで絵になる。撮影はすすむ。
 愁いを帯びた剃髪中の忍の写真は本山の得度式のパンフレットの表紙になった。
 カメラマン役の坊さんが、うっかり、
「なんか一休さんぽいな」 と口を滑らせ、
「あん?」
と普段の彼女らしくなく怒気をふくんでカメラを睨む忍。
 その表情のショットも本山のHPのトップに掲載された。
 「今こそ道に入る決意! 在家得度も受け付けております」
との言葉とともに。
 写真だけ見れば、熱い決意の表情と勘違いしそうだけど、実際は半強制的に頭を剃られた挙句、軽口を飛ばされキレていただけである。
 ブイーンとバリカンが襟足を遡る。後頭部をジャリジョリ剃り上げる。
 ロングから一気にミリ単位に髪を縮められ、今や忍の有髪姿は風前の灯。
「まさかこんな長い髪を遠慮なく剃れるなんて」
 長生きするもんですね、と刈られている者の気持ちも知らず滝田さん。勿論、理髪店のイメージアップにはならないので、この発言はオフレコとされた。
 他にもオフレコ&強引な改竄を加えられた滝田語録は、
「女だからって髪を伸ばしてちゃダメ。それじゃ尼さんじゃなくて甘ちゃん」→「尼僧さんのお客でもちゃんと対応できます」
「気合い入れてやりますよ!」→「頑張って欲しいとの祈りを込めて、御奉仕させていただいております」
「坊主頭の尼さんってむちゃくちゃソソルわ」→「剃髪の尼僧さんに私も胸がいっぱいになります」
「この人の頭、黒子三つもあるよ!」→「剃髪してこそ見えてくるものもあると思うんです。そのお手伝いができて有難いです」
「糸井さん(注・本山の尼僧。三十九歳。有髪。小股の切れあがった熟女)の頭も剃ってあげたい」→「御本山の方々にも気軽に利用してもらえると嬉しいですね」
「あんた(忍)、彼氏いんの? 俺もヤモメだし、付き合うか? 本当は糸井さんがいいんだけど(笑)」→完全カット

 このジジイ、追放した方がいいんじゃないか?という空気の中、バリカンは忍の髪を刈り尽くした。あはは、と笑う忍と広報部軍団とギャラリーたち。
 忍の目は死んでいた。
 広報部の目は輝いていた。
 ギャラリーの目は血走っていた。
「髪、とっとくかい?」
「捨ててください」
 頭が蒸しタオルで蒸される。熱いっ、と忍が顔をしかめた。
 剃刀で頭が剃られる。滝田さんも職人の技でピカピカと照りかえるほど剃り上げた。
 忽ち青光りする坊主頭が完成。
「うわ〜」
 苦〜く笑いながら、初めて自分の頭皮を直に触る忍。
 会報ではこのときの写真の下には、

「『さっぱりしました。こっちの方が尼僧らしいですね。これからはずっと剃髪を続けたいです』と笑顔の堅忍さん」

との捏造コメントが掲載されていた。
「お疲れさん」
 パッとケープがはずされて、
「あ〜!」
と忍は不意を打たれたように悲鳴をあげた。アニメ声で。
 ケープの中身はスーツにスカート。そして、ハイヒール・・・。
 剃髪とのチグハグさに周囲から思わず失笑がおこる。
「着替え用意してて、よかった〜」
と忍は赤面しつつ、あわてて作務衣と草履にチェンジしていた。
「思ったとおりカワイイっっ!!」
「これこそエロカワだ!」
と居合わせた皆に取り囲まれ、チヤホヤされていた。ドサクサまぎれに剃りたてのクリクリ頭、なでられまくっていた。


 それ以後、忍は剃髪&作務衣の尼僧姿で勤務を続けた。
 アニメ声同様賛否は分かれる。
 「前のほうが良かった」という否定的意見は、「有り難味がある」「尼僧らしい」「結構かわいい」「なんかH」「後ろからギュ〜ッと抱きしめてしまいたい」と健全不健全入り混じった肯定的意見の前に霞んでいた。
 本山を訪れる信者さんたちからの評判も良かった。
 気をよくした忍は「滝田のジーサン」と彼女が呼ぶ理髪師の店に頻繁に通うようになっていた。
 滝田翁は、
「糸井さん、来ないかなあ」
と意地悪なことを言いながら、孫娘のような尼僧の頭に嬉しそうにバリカンを走らせていた。
 忍も、
「糸井さんじゃなくてごめんなさいね」
と冷やかしながら、セクハラ爺を祖父のように慕っていた。
 いいことばかりではなく、剃髪になったがゆえの苦労もある。
 門前町の銭湯や女子トイレでは必ずパニックになる。
 それは序の口。
 本山の行事である三日三晩ぶっ通しの読経に参加する羽目になり(剃髪僧尼しか参加できない)、半死半生になっていた。
 その他、荒行へのお誘いが絶えない今日この頃。

 忍の運命を創った田口さんは自分ではそうとは気づかないで、
「榊さんには来年も御輿を担いでもらうわよ〜」
とせっせと幹部連に運動している。
 田口さん、榊容海の運命を創っていることにも自覚がない。
 やれやれ。




(了)



      あとがき

 三年くらい前に書いて、そのままになっていた小品です。結構気楽に書いたのかなあ。
 ほとんど忘れかけていて、今回「完成させて発表してみようかな」とファイルを開いてみたら、すでに完成していたうえにアップロード準備もされていた!!いつの間に?!Σ(゜▽゜;) まるで孝行息子のような作品です。
 敷地内に床屋さんがあるお寺がある、というネタがとっかかりだったような・・・。あと、アニメ声の尼さんが読経とかしてたら、結構萌える、という妄想もあり・・・。
 「清浄化」でもお断りしていますが、今回の「本山」も架空のもので実在する各宗派の本山とは一切関係ございません。つか、こんな本山はないだろう。
 今回発表させていただいた三作とも、軽めの物ばかりで、大丈夫かいな、という不安もありますが、せっかくの六周年なので賑やかになればと思い、公開させてもらいました♪
 お楽しみいただけたら、ありがたいです♪




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