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一蓮托生後日談その@
エリカお嬢さまの場外珍プレイ


「おはようございます、エリカお嬢様」
 爽やかな朝に相応しい殿村(66歳)の朗らかな笑顔に迎えられたエリカだったが、自宅では学校での聡明な微笑を惜しみ、
「オートミールだけでいいわ」
 むっつりと手を振って、朝食をさげさせた。低血圧なので、朝はいつもこんな調子だ。
「眠・・・」
とあくび。行儀悪くテーブルに肘をついて、長い髪をかきあげる。
「昨夜もインターネットですか?」
「ええ、面白い動画があったので、ね」
 そんなエリカに殿村も不安の色を隠せず、
「お嬢様」
「なあに?」
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
「何が?」
「クラブ活動のことです」
「ああ」
 エリカは物憂そうにアウガルテンの皿にスプーンをいれた。
「大丈夫よ」
「これから朝練もはじまるのでしょう? 本当に――」
 大丈夫なのですか、と言いかける物心ついたときから自分の世話を焼いてくれている温厚な老執事に、
「殿村」
とエリカは一瞥をくれ、
「同じこと、二度も言わせないでちょうだい」
 そう言って、スプーンを口に運んだ。
「・・・・・・」
 殿村は黙った。
「お父様やお母様も了承済みよ」
 もっとも両親は今頃、異郷の地で仕事や社交に追われていて、日本にいる一人娘の学生生活など顧慮する余裕もないのだろうが。
 とは言え、
「やっぱり思い切りすぎたかしら」
 ひとりごちるエリカ。口中のオートミールは朝の不機嫌とあいまって、ますます不味い。

 私立聖峰高校野球部の唯一の女子部員、稲葉素子の勇気ある断髪は各方面に少なからぬ波紋を呼んだ。
 「女子が丸刈り」というセンセーショナルな話題はPTAの反発必至と思われたが、こっちの方は何事もなく済んだ。
丸刈りは強制ではなく、あくまで素子の意思によるものだったし、むしろ特別扱いを拒み、男子同様に頭を丸めた素子は「右派」(伝統的な体育会系的精神主義者)、「左派」(当世流のジェンダーフリー論者)、双方から好意的な評価を受けた。
 素子の丸刈りを悲しんだのは、一部男子たち。
 豊満な肢体とファニーな顔立ちの素子は、本人の知らないところで実は根強い男子ファンがいた。
言うなれば聖峰高校のグラビアアイドル的存在だった。
 そのグラビアアイドルが、夏のプール開きでのスク水姿お披露目を花道に、その三日後、あっさり坊主刈りになってしまったため、彼女のファンたちは悲嘆に暮れた。
 そんな学園の裏事情など露知らず、坊主頭で黙々と野球に励む素子だったが、もし男子間の自分の人気を知っていたら、断髪をとりやめていたに違いない。
「坊主頭の女の子に萌えるのは異常」という社会通念が素子ファンの男子連中のリビドーを封印させたわけだが、実際は、素子の首から上は丸刈り頭、下はナイスバディというギャップが一層、彼らの欲望を刺激したらしい。
後の話だが、成人式の後の飲み会パーティーで、「実は・・・」と坊主になった後も素子をオカズにしていたという元素子ファン(ややこしいな)の告白に、「お前もかよ!」「え? お前も?!」「実は俺も!」「僕も!」とカミングアウトする輩が続出。「あれ以来、坊主頭の女に興奮するようになった」と言う者までいて、稲葉素子、かなりの数の聖峰高校男子生徒を潜在的坊主女フェチにしてしまったらしい。罪深い話である。

 リアクションの最たるものは、稲葉素子の同級生、宍戸エリカの野球部入部だった。
「あれには驚いた」
と野球部顧問の井原は後に述懐しているが、彼の驚愕は、宍戸エリカを知る者全てが共有する感情だった。
 宍戸エリカ、十六歳。射手座のAB型。

 末流とはいえ、旧華族家の血をひく家柄の出身で、父親はいくつもの会社を経営している企業家。幼い頃からピアノ、バイオリンの英才教育を施され、数多のコンクールの入賞経験をもつ。しかも、英、独、露、の三ヶ国語が堪能で、「戦争と平和」「カラマーゾフの兄弟」を原書で読むような、学園きっての才媛である。さらに茶道や華道、和歌など和様の嗜みもある。
何より、宍戸エリカ、ちょっと類のない美少女である。「高校生にしては色っぽすぎる」との某教師のイケナイ証言もある。
天に二物どころか三物も四物も与えられたこの完璧なお嬢様が、どういう酔狂からか野球部の門を敲いたのである。

 困惑している井原に入部希望の理由を訊かれたエリカは
「野球がやりたかったんです」
と野球への情熱を語った。
 子供の頃から野球に興味があったこと。日本人の野球選手がメジャーリーグで活躍しているニュースに心躍らせたこと。稲葉素子の存在が自分の背中を押してくれたこと。
 井原は狐につままれた顔のまま、
「練習は厳しいぞ」
と帰宅部のエリカに念を押した。
「覚悟しています」
「わかった。入部を認めよう」
井原の断が下り、かくして聖峰野球部二人目の女子部員が誕生したのであった。
「あの・・・」
「なんだ?」
 エリカは珍しくポーカーフェイスを強張らせ、
「髪は・・・」
と一拍おいて、
「切るんでしょうか?」
 思い切って訊いた。
「ああ」
 井原は新部員の清楚さ、育ちの良さ、を保障する背中までの黒髪ロングを惜しそうに眺めた。「監督」ではなく「男性」の目だった。そして、
「何もそこまでする必要はないさ。まあ、あんまり長いと練習に差し支えるかも知れないからな、肩のあたりで揃える程度でいい」
と優しい口調で言った。
「でも・・・稲葉さんも他の男子部員も・・・」
「丸刈りはアイツらが自主的にやってることだ。別にキマリじゃない」
「つまり丸刈りは『本人の自由意志』なんですね?」
「そうだ」
と受け流す井原だったが、エリカの問いに潜む意味に、このときは気付くはずもなかった。

「いくらボウズ好きだからって・・・ねえ・・・」
と一部の女子たちはヒソヒソと囁き合った。
 エリカの「ボウズ好き」は校内でも有名だ。
 実際、今まで彼女が交際してきた男たちは、皆、ボウズだった。否、正確に言うと、エリカによってボウズにさせられた。
 「エリカのためなら」と嬉々として彼女のリクエストに応える猛者もいたが・・・坊主・・・思春期の男の子にはつらいものがある。当然、彼氏たちは一旦は美少女の要求に抗った。しかしエリカは許さなかった。
ある男子は「ボウズにしなきゃ別れる」とエリカに脅されて、泣く泣く自慢のロン毛を刈り落とした。自発的に頭を丸めて、高嶺の花の気をひこうとする男子生徒もいた。エリカの趣味でたくさんの丸刈り男子が製造されていった(そして、大抵の場合、彼らは断髪後しばらくはボウズ頭を愛でられるが、すぐにエリカの寵愛を失い、別れを告げられた)。
 エリカのせいで、聖峰高校男子生徒のボウズ率は他校の数十倍はあるのではないか、という伝説すらある。
 野球部に潜り込んで丸刈りの男子部員たちを篭絡するつもりではないか、と彼女たちは面白半分に推論した。

「エリカさん、本当に野球部に入るのかい?」
と婚約者の融に質されたのが、先週だった。
「ええ」
とエリカはうなずいた。
 融の父親が出資している高級レストランの開店パーティーの席、都会の夜景を眺めながら、シェフの創作フレンチを楽しんでいたら、やっぱり例の話題。エリカはうんざりする。
「なんで?」
 井原や級友たちと同じ質問をしてくる融に、
「野球がやりたいから」
 パターンになってしまった回答を繰り返す。
「君には似合わないな」
「ご挨拶ね」
「ソフトボールじゃ駄目なのかい?」
という融の譲歩にも、
「駄目ね」
 エリカは一顧だに与えない。
「でも・・・」
 融はちょっと言いよどんだが、
「周りは男子ばっかりなんだろ?」
「そうよ」
「心配だよ。もし、何か間違いでもあったら・・・」
「間違いって?」
 意地悪く切り返され、
「いや・・・その・・・」
 融はうつむいた。
「マセてきたわね〜」
 エリカは融の初心な反応を楽しみながら、ゆったりとグラスを干した。
「うるさいな」
 融が声を荒げる。
 ちなみに笠原融、中学一年生である。
 親がきめた婚約。融ははからずも得た才色兼備の将来の伴侶に夢中だが、エリカの方は相手がこんなコドモでは、幾ら融が美貌の少年とはいえ、気乗り薄で、だから学校でお手軽な恋を楽しんでいるわけで・・・。
「髪も切るのかい?」
「もしかしたら、ね」
という返答に融はいよいよ苦い顔をする。
 なかなか野球部入部を認めようとしない融に業を煮やし、自分のやることが信じられないのならば婚約を解消する、と脅したら、弟のようなフィアンセはベソをかきながら、「わかったよ」と頷いた。
 このままだと後味が悪いので、
「踊りましょう」
とエリカは融の手をとった。未来の良人への飴と鞭。
 笠原コンツェルンの御曹司と踊る美しき淑女は列席者の熱い眼差しを独り占めする。
 ――うふふふ。
 ゆったりとステップを踏みながら、おかしくなる。背中を出したカクテルドレスを身にまとったロングヘアーのこの令嬢が、数日後には泥まみれの高校球児になるのだ。
「見て御覧」
 融が背伸びして耳元で囁いた。
「あそこに座っている人」
 融があごをしゃくった先には、生牡蠣を貪っている脂ぎったオヤジ。
「見るからに成金って感じの男ね。誰?」
「え? エリカさん、知らないの? 嫁入タイアンズの米倉監督だよ」
「ああ、ユニフォーム姿じゃないから全然気づかなかったわ」
 エリカはにこやかに融の嫌疑をかわした。笑顔のまま、
 ――まずいな。
と思った。
 殿村・・・。融・・・。周囲の干渉は意外に厳しい。
 ――早いとこ、アレを実行しておかないと・・・。
 野球部に入った意味がなくなるではないか。

 自宅に帰ると、早速、ネットに接続。
 外国の動画サイトにジャンプする。
 「headshave」
「girl」
と二重検索をかける。
検索された動画の中から、若い白人の女性がマッチョな白人男性に丸刈りにされる映像を再生する。
白人女性はブロンドの長い髪を、バリカンで刈られながら、ウットリと「Oh」とか「Ah」とか吐息まじりに嬌声をあげている。性的なエクスタシーを感じているらしい。
 ――うわ〜!
 エリカは激しく興奮した。
 「Aha〜」と身をくねらせる外人女性に
 ――たまんないわ!
とエリカの欲望もシンクロする。身をよじり、動画を堪能する。
 ――私ももうすぐこの女の人みたいに――
 バリカンで長髪をゾリゾリ刈り込まれる。坊主頭にされる。
 頭上を走るバリカンの感触を想像し、身悶えする。
「うひゃあ!」
 これが教師すら萎縮させる聖峰高校全校男子の高嶺の花、宍戸エリカの裏の顔である。
 断髪フェチが嵩じて、いつしか自分が丸坊主にされる性的妄想に耽るようになっていた。女に生まれては到底実現困難な願望。実現困難だからこそ、願望は肥大する一方だった。これまで、交際していた男性を自分の身代わりに坊主頭にさせることで、欲求を満たそうとしてきたが、焼け石に水だった。
 結局は自身が坊主頭になることでしか、この欲求は解消されないのだ、と自覚しはじめた頃に、稲葉素子の断髪事件発生。エリカは、これまで白眼視してきた素子に、のたうちまわらんばかりの羨望をおぼえた。
 素子が友人に丸刈り体験を話しているのに、聞き耳をたてる。いつものポーカーフェイスを保ちつつ。
「どこで切ってもらったの?」
と素子が友人に訊かれている。
「駅前の床屋」
「駅前? あのCD屋の隣の?」
「そうそう、オジサンがやってるトコ」
「バリカンで?」
「そうそう! ジョリジョリ〜って、もう、情け容赦なく刈られたよ〜(笑)」
「スゲー!」
 ――ハア、ハア、ハア・・・。
 「床屋」「オジサン」「バリカン」「容赦なく」という語にエリカの心拍数が急激にあがる。
「楽でしょう?」
「うん、すっごい楽だよ。気持ちいいしね。やっぱ高校球児は坊主だよ」
「羨ましいなあ」
「ユウチャンもすれば?」
「あははは、絶対嫌!」
 たまらず教室を後にするエリカ。鼻血が出ていた。
 その夜、稲葉素子を汚しまくった。
「駅前の床屋でオジサン理容師にバリカンで情け容赦なく丸刈りにされる稲葉素子」と自分の境界線がぼやけ、何度も果てた。

 明け方、新聞配達のスクーターのエンジン音を遠くに聞きながら、ひらめくものがあった。
 ――野球部に入れば・・・。
 堂々と丸坊主にできる口実ができる。
確かに、いくら野球部とはいえ、女の子が頭を剃るのは、行き過ぎの行為かも知れない。
けれど、幸いなことに稲葉素子という先駆者がいる。
素子のおかげで「女子の丸刈り」というタブーに、風穴があいた。最初にタブーを破る人間は根性がいるが、二番目以降は道ができている。校内にも坊主女への耐性はついているはず。
 ――時は今!
 絶好のタイミングは人を大胆な行動に駆り立てるものだ。
 今がチャンス!
 という心理の裏側にセットとしてあるのは、
 こんなチャンスはもう二度とめぐってこないかも知れない
という強迫的な焦り。
 実際、この機を逃したら、一生叶わないに違いない。
 リスクはある。
 才媛いうパブリックイメージ。
 男子と一緒にきつい練習もしなくてはならない。
 坊主頭での生活は何かと不自由だろう。
 それらを考慮にいれても、実行する価値はあるように思える。
 パブリックイメージ→坊主でも保てる。
 野球部→きつかったら辞めればいい。
 坊主生活→ウィッグでフォロー。
とひとつひとつ不安を打ち消していく。
 ――やってみるか。
 たぶん、もしここで決断しなければ、「あの時やっておけばよかったなあ」と死ぬまで後悔するだろう。それが一番嫌だ。
月並みな言葉だけれど、

――やらずに後悔よりやって後悔!!

 それでも、エリカが野球部に入部届を出す決意を固めるには、それから一週間の時間が必要だった。
 井原が渋々入部届を受理したとき、
 ――よし!
自分の運命が動き出したような気持ちになって、軽く戦慄した。賽は投げられたのだ!

 それから断髪予定日までの6日間、エリカは、まるで自殺者が遺書を書き、友人宅を訪問してそれとなく最後の暇乞いをするような・・・というと縁起が悪いが、とにかく「丸刈り」というゴール、もしくはスタートに向けての準備を優等生らしい手際で着々とすすめていった。
 前述の通り、両親や婚約者に事後承諾ながら、入部の許可を取った。丸刈りにすることついては黙っていた。
 ウィッグを特注で作らせた。ウィッグはこれまで何度も発注しているので、付き添っていた殿村も不審に思わなかったようだった。ロングヘアーのウィッグにした。
 写真館で最後の有髪姿の写真を撮ってもらった。どうせなら着物にしようか、とも迷ったが、普段着のワンピースにした。被写体のシリアスな心情など知る由もなく、「笑って〜」とカメラマンは暢気で、その温度差がちょっとおかしかった。
 ネットで市内の理髪店情報を収集した。
 「床屋で丸刈り」は譲れない。なるべく「普通の床屋」がいい。できればオジサンの理髪師にカットしてもらいたい。
 この「オジサン理髪師」というこだわりについては、エリカ自身にも理由不明で今でもわからない。
 大きくなってから、考えてみたら、たぶん「父性」への憧れだったのではないか、と思える。
エリカの父親は幼い頃から仕事で家を留守にしがちだった。だから、父親に遊んでもらったり、一緒にどこかに出かけたりした記憶がまったくない。
 小学生のとき、或る同級生が自分の父親に散髪してもらってると聞いて、へえ〜、と目を瞠ったものだ。他の同級生たちは「お父さんに髪切ってもらうなんて、絶対イヤ〜。ありえな〜い」と顔をしかめていたけれど、エリカは少し羨ましかった。その気持ちは表層の部分では忘れていたが、心の奥底にしっかりと刻み込まれていたらしい。そういえば、断髪動画でも心惹かれるのは、刈り手が逞しそうな、いかにも「親父」といった年配の男性のものばかりだ。
 父性への飢餓感+断髪フェチ=オジサン理髪師。後付けながら、真実っぽい理屈だ。
 ともかくもネットを彷徨う。
 ある床屋のHPに辿り着いた。市内の床屋。店主は47歳の男性だ。
 理髪師の人間性を知るべく、ブログを読む。
 サーフィンとサザンを愛する、とか水餃子が好物とか、役立たなそうな情報に埋もれて、「丸刈り」に対する店主の熱い思いが、ところどころに差し挟まれていた。

 曰く、丸刈りなら任せてください!
 曰く、夏はやっぱり丸刈りでしょう。
 曰く、最近、丸刈りの子供を見かけなくて寂しいですね。
 曰く、息子がいたら絶対丸刈りにしてます。うちの子はふたりとも娘なので、残念です。

 これは、自分の頭髪を処分させるには、うってつけの人物かも知れない。
ふと目をとめたのが、先月の

「女の子が?」

というタイトルの記事。
 以下はその抜粋。
 久しぶりの更新です。柿崎です。
 今日は野球部の高校生を二人、丸刈りにしました。
 そのうちの一人は、なんと驚くなかれ、女の子だったんです!
 最近は女の子で野球やる子、増えてきてるみたいですけど、まさか丸刈りにする子まで出てくるとは・・・。オジサン、ビックリです(^^;
 長いこと床屋をやっていますが、女の子を坊主にしたのは初めてです。
 時代ってやつですかね〜(しみじみ)。
 いきなり「丸刈りにしてください」って言われたときは、戸惑いましたが、いやいや、これが結構新鮮でしたよ〜。
 散髪中、頬を赤くして恥らっているあたり、やっぱり女の子だなあ、という感じで年甲斐もなくドキドキしてしまいました(笑)
 私たち床屋ですら「女の子の坊主はちょっと・・・」と抵抗があるんですが、なかなかどうして、意外にカワイイんですよ! 正直ビックリです!
あんまり可愛かったんで男の子にするみたいに頭なでであげました(セクハラオヤジ)
またカットしてあげたいなあ。
甲子園目指してガンバレよ〜!

 「丸刈りは男の特権」と力説してきた硬派な床屋を自認する柿崎ですが、転向します。
 女の子の丸刈り、結構いいです。
 ちなみに女の子の後、カットした男の子は情けなかったです(苦笑)


 日付をみると案の定、稲葉素子が髪を切った日だった。
 地図で店の場所を確認するとCDショップの隣。やっぱり素子の話していた床屋だ。
 ――ここにしようかしら。
 丸刈りには一家言あるらしいし、すでに素子が経験もあるから、断髪もスムーズに運びそうだ。なんだか素子の後塵を拝しっぱなしで、常に人生のファーストクラス席にいたエリカにはひっかかるものがあったが、ここはむしろ、あの垢抜けない同級生に感謝すべきだろう。
 ともかくもロングヘアー人生の卒業式の会場は内定した。

 断髪三日前には練習用のユニフォームが届いた。
 それを着て、野球部の練習に初参加した。長い髪を後ろでひとつに束ね、上から帽子をかぶった。
 野球部の男子部員たちも井原以上にエリカへの対応に戸惑い、とりあえず初日は運動部経験のない彼女に考慮して、ストレッチや柔軟、軽いランニングなどをやらせて、お茶を濁した。
 稲葉素子は仲間ができて、嬉しさで表情筋をさかんに動かしては、
「宍戸さん、練習どう?」
と着替え中、尋ねてきた。
「まあ、ぼちぼち、ね」
と無難に答えるエリカだったが、内心閉口していた。
 楽な練習メニューだったにも関わらず、運動不足の身体が悲鳴をあげている。生まれて初めて経験する体育会系の上下関係にも慣れないし、慣れてる自分を想像してもあまり愉快ではない。何より体中に付着した汗と泥が不快でたまらない。特に髪はパサパサして、一刻も早くシャンプーしたい。
――これはいよいよ刈ってしまうべきね。
 衛生上の断髪理由も付加され、床屋行きの念はますます強固になった。髪を切るためのモチベーションをかき集めているうちに、いつの間にか断髪したくて野球をやるのか、野球をするために断髪するのか、ゴッチャになっている。
「宍戸もいよいよバリカンかぁ〜?」
という三年の真鍋先輩のデリカシーのない冗談に、エリカは曖昧に含み笑いをして、
「さあ」
と答えなかった。

 断髪前々日、エリカはあっさりロストバージンを済ませた。
 ちなみにこれまでの彼氏たちとは、せいぜいキスどまりだった。
 断髪フェチなので、特に普通の性行為には関心はなかったのだけれど、一応「経験」としてやっておきたかったことの一つだった。今後、丸刈りにしたら、これまでのような奔放な恋愛からは遠ざかるのは間違いない。今のうちに済ませておくにしくはないと思った。処女に対するこだわりはなく、そっちよりも差し迫っている「脱バリカン処女」の方がエリカにとっては、ずっと重要事項だった。
 唯一こだわりがあるとすれば、「初めての相手」で、そこらへんは存外、旧家の育ちらしく物堅く、将来の夫を強引に口説き落とし、ことを遂げた。
 これまで未来の姉さん女房を愛しつつも、気の強さと過剰な色香を持て余していた融だったが、エリカにリードされ、飛び級的に「オトナ」になってしまうと、ようやく二人の間の姉弟的な関係は男女のそれへと更新された。
「エリカ」
と初体験の相手の胸に顔を埋めて融。
「なぁに?」
 エリカの中にも融への愛情は生まれている。
「野球部、頑張れよ」
「ありがとう」
 フィアンセの積極的な朱印状を得て、エリカは目を細め、微笑した。
別れ際、
 ――もし坊主頭になったら・・・。
 やっぱり融の愛情も冷めてしまうのだろうか。ふと思った。
 ――なるようになるわ。
 それで冷めてしまうような愛情ならば、未練はない。クールに割り切った。

 しかし断髪当日、思わぬ不確定要素。
 突然、近所の夫妻がヨーロッパ旅行の土産をもって訪ねてきた。
 話好きの夫妻はすっかり宍戸邸に御輿を据えてしまい、なかなか帰ろうとしない。
 「枕草子」で清少納言が愚痴っているように、こういうときのこういう客ほど迷惑なものはない。
 ちっとも面白くない旅行先での失敗談に作り笑いで応えながらも、
 ――早く帰ってくれないかしら。
 エリカは苛立ちを押さえるのに必死だった。
「――でね、主人たら空港の荷物検査でね――」
「大変ですよね〜」
 うなずきながらも、
 ――早く床屋行きたい〜!! 坊主にした〜い!!
 おあずけをくった犬のようにエリカは心の中、ジタバタしている。
 夕方近くになって、ようやく夫妻が帰宅すると、エリカは、
「殿村、車の用意をしてちょうだい! すぐによ!」
と命じ、自室に飛びこんだ。
女の子らしいブラウスを脱ぎ、ジーンズにパーカーというラフなスタイルに早変わりした。アフター坊主に備え、キャップもかぶる。
「そのような格好でどちらまで行かれるんですか?」
「駅前」

 どうにも落ち着かない。
 ポケットからチェーホフの短編集を出して、広げたが、集中できない。注意は周りの男性客に。
 男性客に混じって、ひとり頭を刈る順番を待っている乙女。ポジティブに表現すれば「紅一点」だが、実際は「場違い」の観は否めない。しかもロングヘアーのエリカなので、自然、男性客たちの好奇の視線を感じる。多少、被害妄想が混じっているだろうが。
 理髪台では少年が例の柿崎氏にカットしてもらっている。

 深呼吸して、グイと押した床屋のドア。カランコロン。
 その先にあったのは、異文化の世界。
 殺風景な店内。ファンションの優先順位のあまり高くなさそうな庶民男性客。鼻をつく男性用整髪料の匂い。無論、お茶など出ない。
 料金表をチェックする。

 学生丸刈り 3000円

 ――安いわね。
 これもカルチャーショックだ。
 エリカの明晰な頭脳はこれまでの人生で、自身の髪にかけてきた金額をざっとはじき出した。カット、ヘアケア、スタイリング、アクセサリー、その他諸々合わせて、平均的サラリーマンの年収など遥かに超えてしまうかも知れない。
 ――それが三千円で丸刈りって・・・。
 なんという小気味よさなんだろう、と興奮してしまう自分は相当病んでいる。
 とは言え、また斜向かいのオジサン客と目があって、あわてて文庫本に目を落とす。やはり場違いだ。

「大会近いから」
という声にエリカはハッと顔をあげた。女性の声だった。
空耳か、と訝ったが、また同じ声が、
「今年はやりますよ」
 男性とばかり思い込んでいた理髪台の客は、よくよく目をこらすと、自分と同世代の少女だった。
 短い髪をさらにシャキシャキと刈り上げられ、気持ち良さそうに柿崎氏と談笑している。
 ――仲間がいた。
 少女客の存在は、エリカを心強くさせた。
 ふと理髪台の真下の床に目をやると、思わず息をのむほどの量の髪の毛が散っていた。
 洩れてくる会話を注意して聞いていると、少女は空手をやっていて、来週に控えている大会を前に、気合いを入れるべく、本日、自慢のロングヘアーに鋏をいれたらしい。
 ――大したものね。
 心の中で、考古学者のように少女の髪の復元作業を試みる。空手道場より図書館の方が似合うおとなしそうな少女になった。
「こんな感じだけど、どう?」
と柿崎氏が合わせ鏡で少女の後頭部を見せる。
「う〜ん・・・もうちょっと短くしていいです」
「いいの?」
「せっかくなんで」
とはにかんで、うなずく少女客にエリカは感心する。やっぱり床屋で髪を切る女性は一味違う。質実剛健っていうのか、芯がある。チャラくない。
 ――まあ、バリカン使う分、私の方がすごいんだけれどね。
 別に空手少女サイドにはそんな勝負意識、微塵もないはずだ。
 できたての短髪を居心地悪そうに触りながら、料金を払っている空手少女に視線を送る。
少女がエリカの視線に気付いた。
マイノリティー同士、お互い、キマリ悪そうに笑顔を交換する。もしかしたら、またここで再会するかも知れない。次回は双方とも、「断髪」ではなく、「調髪」という形で。

 約一時間後、
「今日はカット?」
とカット台の上、刈り布を巻かれたエリカは柿崎氏に訊かれていた。
「はい」
「どんな感じにすればいい?」
「丸刈りにしてください」
 つとめてアッケラカンとしたトーンで注文した。あまり悲愴なオーラを出していると、交渉が難航してしまう懸念がある。
「え?」
と柿崎氏はエリカを見やり、
「丸刈り?」
と確認した。このやりとりに店内の空気がサッと張り詰めた気がした。背中に男性客たちの熱い視線を感じつつ、
「はい」
と答えるエリカ。
「いいの?」
「はい」
「なんで丸刈りに?」
「クラブ活動で」
 私、野球部なんですよ、聖峰の、と説明すると、
「ああ」
と柿崎氏は納得したらしい。
「あそこの野球部もすごいね〜」
 たいして強くもないのに、とすこぶる失礼なことを付け加えたが、特に愛部精神のないエリカは聞き流した。
「長さはどうする?」
「とりあえず5ミリで」
 これが最終確認となって、柿崎氏はさっさとエリカの髪を霧吹きで湿らせはじめた。
 カット鋏を手にする柿崎氏に、
「あの・・・」
とエリカ。
「なに? やめとく?」
「いえ、鋏じゃなくて、最初からバリカンでバァ〜ッとやって欲しいんですけど」
「長いと刈りにくいんだよね」
「そこをなんとか」
 エリカ、段々図々しくなってきている。
「まあ、いいけど」
 柿崎氏は珍妙な客の珍妙なリクエストに応えて、鏡の下の引き出しから、大きな黒いバリカンを取り出す。コンセントを差し込むと、スイッチを入れる。
 ウィーン、ウィーン、
とバリカンが目を覚まし、耳障りな機械音が店内に響き渡る。
 鏡の中、バリカンが自身の頭髪に近づいてくる。機械音が耳元に近づいてくる。
 ――いよいよね。
 鏡の中のロングヘアーの美少女の表情はかなり固い。あんなに待ち焦がれていた瞬間まで、もう一秒もない。
 ゴクリと唾を飲む。
 柿崎氏、バリカンをエリカの右側のもみあげに滑りこませる。
 ――え〜、真ん中からいくんじゃないの〜?
 興奮→緊張→不満と柿崎氏がバリカンを握って、その刃が頭に到達するまでの刹那の間にエリカの気持ちは、パラパラ漫画のように移ろっている。
 バリカンが髪に触れる。はっとした次の瞬間、
 ジャジャジャジャ〜
とバリカンと頭皮が擦りあう音がして、
 ――ああ!
 エリカのもみあげから右サイドの髪にかけての部分がめくれあがった。

バサリ。

刈られた髪がケープに落ちる。

 記念すべき初バリカン

というエリカにとっても記念碑的な瞬間だったが、同時に日本女子野球史が記憶すべき瞬間でもあったとも言える。
 ウィーン、ウィーン、
 バリカンは鳴り止まぬ。さらにすぐ横の部分にあてられ、ジョリジャリジャリ、と坊主の部分を増やしていく。
「こんな長い髪をバサッと丸坊主にするんじゃ、度胸いったろう?」
「ええ、でも度胸がいる分、気持ちいいです」
「女の子の方が思い切りがいいのかなあ」
 バリカンの振動が頭皮を刺激する。快感だ。
 ジョリジョリ
 笑みがこぼれる。
けれど、右サイドが刈り尽くされ、前髪が頭上へと持ち運ばれていく段階になると、エリカの笑顔がひきつりはじめた。
 ――ちょっと、ちょっと・・・あれ・・・
 坊主行程があまりにスピーディーなので、エリカは大いに困惑している。傍観者の立場のときは余裕があるから、じっくり楽しめるけれど、いざ自分が断髪するとなると、急激な視覚的変化についていけず、軽パニックになる。
 バサリ、バサリ、と髪が落ち、額が露になる。丸刈り面積が広がっていく。柿崎氏は丁寧かつダイナミックにバリカンを動かしている。
 バリカンは名家のお嬢様だろうが、学園一の才媛だろうが、稀有な美少女だろうが、容赦しない。髪に齧りついては、吐き捨てていく。
 頭の半分が丸くなった。左サイドはロングヘアーのお嬢様、右サイドは丸刈りの野球部員。
「1500円分刈っちゃったわ」 >>> KOUKISHI_ERIKA.JPG - 7,493BYTES














 エリカ、珍しく冗談を言ったが、柿崎氏に無視された。柿崎氏は作業に夢中で、聞こえなかったらしい。冗談が空振りして、エリカはバツが悪そうに唇を歪めた。頬がちょっとだけ赤くなった。
 1500円分が2000円分くらいになる頃、
 カランカラン
とドアベルが鳴った。若い男性客が来店してきた。
 男性客は思いがけぬシーンに出くわし、あんぐり口を開けている。目が血走っていた。
 余談だが、この男性客は奇しくもエリカと同じ種族だった。彼はこの奇跡的な僥倖に狂喜乱舞し、その夜、ネットの断髪系サイトの掲示板に

 今日床屋に行ったら高校生くらいの女の子がオヤジに丸刈りにされてました!!
 マジで驚いた!!
 しかもすごい美人でしたよ〜。

と張り切ってカキコしたが、「どうせネタだろ」「妄想してんじゃねーよ」と相手にされず、悔し涙をのんだという。

 スッと頭が軽くなった。
 ――やっちゃったわ・・・。
 坊主頭の自分と対面して、安堵した。
 ――悪くないわね。
ビジュアル的にも高校球児になった。・・・はずなのだけれど、
「色っぽいなあ」
と柿崎氏はコメントする。
 稲葉素子の丸刈りが清らかな少年僧ならば、宍戸エリカの丸刈りは妖艶な尼僧といった趣きである。若い修行僧を誘惑してそうなセクシーな尼さん。
 剃刀で襟足をシェービング。顔剃りもすすめられたが、断った。一刻も早く帰宅して念願のニューヘアスタイルを触りまくりたい!

 店を出るとき、用意していたキャップをかぶったら、吃驚するほど、スッポリ入った。入店したときにはジャストフィットしていたのに、今は指一本入ってしまうくらいブカブカだった。中の布地が刈り込まれた頭髪とズリズリこすれる。非常に落ち着かない。なんだか容易く風で飛ばされそうな気がして、店を出たあと、ずっと手で押さえていた。

「宍戸さん、ウソでしょ?!」
お嬢様のとんでもない変身に翌日、学校は狂騒状態になったが、
「何を驚いているの」
とエリカは涼やかに笑った。
「これが高校球児の正しいヘアースタイルなのよ」
・・・などとクールぶっているけれど、その前夜、「丸刈りにネグリジェ」というシュールな取り合わせで、ベッドの中、
「ついにやったわ〜」
とつい六時間前のバリカンの感触を反芻し、
「ジョリジョリする。本当にやっちゃったのね」
と新しい頭の触り心地を愉しみながら、四回もコイていた。

 まあ、こうしたクールな態度も野球部では通用せず、
「宍戸、チンタラ走ってんじゃねーぞ!」
「す、すみませんっ!」
 髪とともにお嬢様、あるいは才媛、あるいは美少女の神通力は失せ、単なる新入り野球部員として遠慮会釈なしに井原や先輩に叱責され、人生で初めて「シゴき」というものを体験するエリカであった。



 泥まみれになって白球を追う丸刈り姿を、かつて捨ててきた元彼たちに意地悪く見物されているときは心底、ミジメな気持ちになった。
 また、野球部には、新入部員は先輩たちの面前で物真似をしなくてはならないというわけのわからない伝統があり、――運動部にたまにある新入りイジメなのだろう――エリカも羞恥に震えながらも、ドラえもん(大山のぶ代バージョン)、金八先生などのオーソドックスネタから、数学の磯山先生といった内輪ネタまで、必死でレパートリーを捻り出さねばならなかった。





 後で、
「アタシはさせられなかったけどなあ」
と稲葉素子は首を傾げていた。
 最初の女子部員の素子のときは男子部員たちも扱いに困って、ウヤムヤにしたのだろう。二番手には二番手ゆえのデメリットもあるのだ。

 歳月は過ぎた。

 最初はつらいだけだったクラブ活動にも慣れた。
毎日のように退部を考えたこともあったが、「そうすれば坊主を続ける口実がなくなる」と歯を食いしばって耐え抜いた。フェティシズムもここまでいくと「お見事」の一語に尽きる。
 やがて練習が段々と楽しくなっていった。
 ――野球って面白い!
遅まきながら気付いたのは、入部してから三ヶ月が経った頃だった。
 素質もあったらしい。規定上、公式試合は無理だが、練習試合に出場させてもらえるようになった。ポジションはセカンド。
 一年の間に以前とは見違えるほと、逞しくなった。
 フェチが人生を一変させてしまうこともあるらしい。
 




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 今夜は久しぶりにパーティーに出席。ずっと野球漬けの日々で、すっかり社交界とは疎遠になっている。
 そこで、これまた久しぶりに融と会う。
 あれから融は、頭を丸めたエリカをすんなりと受け容れた。
 笠原コンツェルンの次期当主として、熱心ではなかった経営の勉強にも身を入れ始めた。
 ある日、こっそりエリカにこう打ち明けた。
「僕は二十歳までにプロ球団のオーナーになるよ。そのときはエリカが球団を支える主力選手だからね」
「大きく出たわね」
 エリカは少年の稚気を笑った。
 ――でも・・・。
 実現したら面白い、と密かに胸を躍らせるエリカがいる。ティーンエイジャーのオーナーと女性スラッガー。ベースボール誕生以来前代未聞のラブストーリーになるだろう。
 大人っぽい黒のドレスを着て、ゆっくりと会場に踏み出す。
 融がいた。男子三日会わざれば。一年で随分大人びた。美少年から美青年になっている。振り返った。エリカを見つけ、微笑ん・・・でない。目を丸くして、絶句している。
「エリカ・・・ウィッグ・・・」
 変声期のアルト声で指摘され、
「ああっ!!」
素っ頓狂な声をあげるエリカ。
 坊主生活にすっかり慣れていたせいで、パーティーでいつも付けているウィッグを車に忘れてしまった。と言うか、殿村も気付けよ(汗)
 ――ああ〜!!
 列席者の視線が坊主頭に突き刺さる。特に未来の義父母の視線がこたえる。とんだ場外珍プレイだ。
 エリカは顔を赤らめ俯いた。
 丸刈りになったことを初めて後悔した。
 けれど、
「エリカ」
 融がマメだらけのエリカの手をとって、
「踊ろう」
と美しく笑った。
「ええ」
 エリカも笑顔を取り戻し、うなずいた。
 楽団が軽快なワルツを奏でている。
 音楽に合わせて二人、ステップを踏み、踊る。
融の背丈が自分を追い越してから、もうどれくらい経つだろう。踊りながら、ふと考えた。明日も朝練。長居はできない。せっかく会えたのに、残念だ。
「エリカ」
 融が囁いた。
「僕は今のエリカが好きだよ。とても」
「嬉しいわ」
 きめた。明日の朝練はサボる。たまにはいいだろう。恋も野球も未来も、ついでにフェチも欲張って、全てを手に入れてやろう! 朝練サボりは「電気椅子の刑」だけなんだど・・・。
 ――バッチコイよ!!
 坊主頭のレディはドレスの裾を翻し、軽やかにクイックステップをきめた。

 女子野球史に名を刻むスーパースター選手出現の二年前のことである。




(了)



    あとがき

こんにちは!
毎日が珍プレイの迫水です。
そう、単に「断髪フェチのお嬢様が稲葉素子の真似をして野球部に入って丸刈りになる」というだけのストーリーなのに、信じられないくらいの長編に・・・(「一蓮托生」の二倍の長さ)。
「お前の小説は『小骨』が多い」と友人に指摘されたことがありますが、書きたいことをガシガシ、本能のおもむくままに詰め込みました。「小説的な完成度とか、もうどうでもいいや」って。ダブルアルバム感覚です。もうね、すっごく楽しかったです!

タイトル候補としては「セカンドガール(二番目の少女)」というのがあって、そっちのほうが内容にはあっていたんですが、インパクトがね・・・地味すぎて・・・。で、現タイトルになりました。

最近、変な書き方をしてるんですね。まず妄想をイラストにするんです。台詞&ト書き込みで。そうやって、どんどんヒロイン&ストーリーに感情移入していって小説を書きます。実は「図書館では教えてくれない〜」「あなざー・さいど・おぶ・女弁慶」もこのやり方でした。この二作は偶然の産物なんですけど・・・。今作は意識的にやってみました。
宮崎駿とかアニメの世界ではイメージ画をまず何枚か描いて、っていうのは普通のやり方らしいんですけど・・・小説でそんなこと、やってる人いるのかなあ? 普通いないよなあ。
どうもそのイラストを弟に見られたかも知れない・・・(-_-;)迫水の顔を見ようとしない最近の弟。頭抱えてます。
そういや、坊主願望のあるヒロインって今までいたっけかな? もしかして初めて?
実は「丸刈り野球少女」は尼僧と同じくらい好きです。
なんだろ、あの「男の中に女が一人」状態とか、ユニフォーム姿のストイックさとか、いいなあ、って思います。
去年の「一蓮托生」のときは、「うちは尼バリだから」と深入りは避けたんですが、尼バリ小説の方、正直、手詰まり感があるので・・・。
この聖峰高校野球部シリーズ、今後も続けていきたいです!
長い小説ですが、最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました!




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