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読心少女B


  (T)来てり


「組織?」

 咲夜は文字通り鼻で嗤った。

「何それ、陰謀論?」

「ここからは――」

 ――僕の心を読んで欲しい。

と青年のテレパシーが届き、

 ――めんどくさいなあ。

とボヤきつつも咲夜は応じる。

 ――「組織」の正式な名称はわからない。具体的なトップも不明だ。

 ――やっぱ陰謀論じゃん。

 ――まあ、聴いて。

 青年はカレーにナンをひたしながら、

 ――同じ種族からの忠告だと思ってさ。

 ――キモいよ、あんた。

 ――その嘲笑は、君がいつも君自身に浴びせているものじゃないかな?

 青年にプロファイリングされて、イラッとする。確かに、咲夜は自分のこの「能力」を、自分自身で恐れ、疎んじている。そう、今も。

 ジャレビを噛み砕いた。激甘がクセになる。



 さて、どこから話そうか。

 現在、咲夜がランチを摂っているインド料理店の店主が、実はネパール人であるということからか――

 或いは、現在咲夜がテレパシーで話している”ハヤテ”と名乗る青年との出会いについてからか――

 やっぱり、咲夜の生い立ちから語ろう。

 夏目咲夜(なつめ・さくや)は日本の女子高校生・超能力者である。とWikipediaっぽく始めつつ、彼女の素性を明かしていこう。

 その出生は明るくはない。このストーリーのテーマとはあまり関係がないので、深掘りせず簡単に述べるにとどめる。

 咲夜は父を知らない。婚外子という存在だった。

 母はアルコール依存症だった。情緒不安定な女性だった。

 咲夜は母から日常的にDVを受けていた。

 でも、咲夜は母を憎まなかった。

 憎めなかったのだ。

 咲夜を打った後、いつも、

 ――ごめんね、咲夜。こんな母親で本当にごめんね。

と娘に詫び、自分を責めている母の心の声が聞こえた。

 ――なんで、こんな酷いことをしてしまうんだろう……。娘を……咲夜を愛しているのに、なんで、こんなふうに傷つけてしまうんだろう……・ごめんね、ごめんね、咲夜……。

 自分を制御できない母の悔恨と苦悩の言葉に、幼い咲夜の方が大人にならざるを得なかった。

「せめて憎ませてくれるのが、親の愛ってもんでしょうが」

と今でも声に出して呟くことがある。

 やがて、役所の人が来て、母親から引き離され、施設に入れられた。

 その施設の子供たちは、表向きは良い子を演じながら、心の内では親や施設職員、社会への呪詛や怨嗟を吐き出していた。

 そんな心の声に囲まれ、咲夜は気が狂いそうになった。

 幼い頃から自分の中にある不思議な能力――他人の心が読める、という超能力がただただ忌まわしかった。

 幸い、親戚の老夫婦が、咲夜を養子にして引き取ってくれた。地獄から脱することができた。

 新しい父母は咲夜を溺愛した。

 咲夜も両親の心を読み取って、二人が喜ぶ言動をチョイスした。好循環だった。



 だけど、居心地の悪さはいつまで経っても消えない。それどころか、大きくなっていく一方だった。

 通わされていたお嬢様学校も反吐が出るほど嫌だった。

 咲夜は書を捨て、街に出た。

 いわゆるパパ活を始めた。

 こういうとき読心能力があれば、最強だ。何せ相手の考えていることが、丸わかりなのだから。

 交渉はスムーズ過ぎるほどスムーズだったし、やばい男は回避できた。あとは、相手の心の声を聞きつつ、喜ばせ、楽しませ、押して、引いて、焦らして、かわして、弄んで、あちこちの変態紳士から大金をせしめた。おそらくは日本でナンバーワンの「頂き女子」だろう。元々が類まれな美少女だし。

 お小遣いなら資産家の「親」が使い切れないくらい渡してくれるから、別にお金に困っているわけではない。

 ただ世の中で「何か」を成したかっただけ。

 けれど、虚しさだけがあった。

 コンクリートジャングルで、風の中、咲夜は独り立ち尽くす。数え切れない心の声たちを浴びながら。

 そんな乾ききった雑踏で、咲夜はその青年と邂逅した。自分と同じ秘密を持つ青年と。

 「パパ」を探していたら、

 ――ねえ。

 咲夜の心に不意に誰かが話しかけてきた。

 ――?!

 懸命に周りを見回す。

 行き交う人々の間に、背の高い白皙の青年が立っていた。ニ十歳ぐらい。地味な服装だ。こっちをじっと見つめている。

 ――まあまあイケメンじゃん。

 ――そりゃどうも。

 心を読まれて、咲夜は狼狽した。

「……」

 咲夜は心を停めた。相手に心の内を悟らせまいとした。苦労してきたので、身を護る知恵はついている。

 ――怖がらないで。

 青年は小動物を手なずけるようなトーンで、少女の心にアクセスしてくる。

 悪い人ではないな、と直感でわかる。経験の賜物だ。

 ――わかってくれた? 僕は怪しい者じゃない。

 ――いや、十分怪しいって。

 お互い苦笑する。

 ――アンタ、誰さ?

 咲夜もテレパシーを飛ばす。

 ――僕はハヤテ。君と同じエスパーだよ。君は?

 ――……夏目……咲夜。

 ――夏目君、話があるんだ。

 ――話?

 ――お腹空いてない?

 ――ナニ? それってナンパ?

 テレパシーでナンパされたのは勿論初めてだった。

 ――僕の心を読んでみて。

 ――ナンパじゃないみたいだね。

 ――大丈夫、変なことはしないから。ポケットの中のナイフの出番はないよ。

 咲夜は肩をすくめた。心を読むのは得意だけど、読まれるのには慣れていない。

 ハヤテが咲夜に向かって歩き出す。右足が不自由なようだ。



 咲夜の行きつけのインド料理店でランチをしながら、ハヤテという青年は「組織」の話をした。

 エスパーを捕らえて実験し、政治利用、あるいは軍事利用しようとしている謎の組織がある、とハヤテは打ち明けた。

 彼は日本中のエスパーを糾合して、「組織」に抵抗運動を敢行するのだという。

 ――そのレジスタンスにアタシも一枚噛め、っての?

 ――望むも望まざるも災厄はもう現実のものになっているんだ。この街だってロックオンされてるに違いない。降りかかる火の粉を皆で結束して振り払って、平和を勝ち取る、それしかない。

 咲夜はゆっくりとチャイを飲み干し、

 ――生憎だけどさ、そんなこと急に言われても、はい、わかりました、なんて返事すると思う?

 ――まあ、そうだよね。

 今度はハヤテが肩をすくめた。

「じゃあ、ゴチになりま〜す」

 ハヤテに伝票を押し付けて、咲夜はテーブルを立つ。

 ――待って。

 ハヤテの心の声が追う。

 ――無理には誘わない。でも、一度会ってみてくれないか、ある人に。

 ――ある人って誰?

 ――明日の朝8時に駅の噴水広場の前で待ってるから。

「……」

 ――カルト宗教とかでは断じてないからね。

「……」

 やっぱり心を読まれるのは慣れない。



   (U)見てり


 翌日は日曜日だった。

 都市部からだいぶ離れた、高原のサナトリウムに咲夜はいた。

 誰もいない広いロビー。ガラス屋根から、秋の陽が緩やかに射しこみ、温かく優しい光の溜まり場所になっている。

「ねえ」

 咲夜は肘で隣にいるハヤテを突っついた。

「こんなとこまで連れてきて、誰と会えってのさ」

「まあまあ」

といなされているうちに、

 カラカラ

と車輪の響きが聞こえた。

 車輪の音は静かに近づいてくる。

 光の中から浮き出てくるように、車椅子に乗った少女が現れた。パジャマ姿だ。ひどく美しい少女だった。自分よりちょっと年上だろう。

 美少女の眼は生気を、光を、失っていた。表情もない。まるで人形のよう。

 しかし、射しこむ陽光が、美少女の透き通るような白い肌を照らし、そのせいもあって彼女の美貌は聖性すら帯び、ある意味ネクロフィリズムの極北とさえいえた。

「この人は?」

 咲夜はおそるおそるハヤテに訊ねた。「聖少女」に気圧されていた。

「貴女の同族よ」

 ハヤテに代わって、車椅子を押していた女性が答えた。髪を短く切っていて、童顔だが、眼鏡のせいか知的で穏やかな雰囲気の女性だった。

 その女性にも、咲夜は驚かされた。

 髪型や眼鏡は違えど、背格好や肌の色、顔立ちまで自分と似ている。

 ――ああ、そういえば似てるなあ。

 ハヤテがのん気な感想を漏らしている。咲夜の心を読んで、ようやく気づいたらしい。

 ――勝手に他人の心を読むな!

 ――自然に聞こえてくるんだよ。君にもわかるだろ?

「私は関恭乃(せき・ゆきの)よ」

 女性は名乗った。

「この娘のお世話をしてるの?」

 恭乃は愛おしそうに「聖少女」に、そっと頬ずりをする。聖母のように微笑みながら。

「関さんは僕たちの同志なんだよ。テレパシーは飛ばせないけど」

「”同志”なんてスターリニストみたいね」

と恭乃は冗談っぽく言う。そして、

「この娘は――」

と哀しい眼で「聖少女」を見て、

「垂水飛鳥(たるみ・あすか)よ」

 飛鳥という少女は、虚ろな表情のまま、感情というものを全く出さない。

「『組織』にやられたんだ」

 ハヤテは悲痛な顔をした。

「一命はとりとめたけど、心を失ってしまった。……植物状態ってやつさ」

 ――この人……

 ひどく懐かしい気持ちになる。温かい気持ちになる。何故だろう。

 その光無き瞳に、深く深く心まで吸い込まれてしまいそうになる。その深淵の奥底に彼女の魂は絶対にある。きっと出会える。そんな理由のない確信が生じた。

 飛鳥の表情が微かに動いた。……ような気がした。

 右手にひんやりとした感触。

 ――えっ?

 咲夜はハッとした。

 飛鳥の掌が咲夜の手をとっていた。彼女の表情(かお)はほんのうっすらと微笑している……ような気がした。

「飛鳥!」

 ハヤテと恭乃も驚いている。奇跡の御業に立ち会った者の如く。

 ――オ……

 咲夜の心に、いや、魂に澄んだ声が聞こえた。

 ――だ、誰?

 ――オ、ネ、ガ……イ……

 これは飛鳥の声だ。咲夜はわかった。それにしても、なんて清らかな声なのだろう。

 ――オ、ネ、ガ、イ……

 その声は繰り返した。

「……」

 飛鳥の声は途絶えた。

 お願い、と飛鳥は言った。確かに、そう言った。

 無明の眼を覗き込むように見つめ、

 ――わかったよ、飛鳥。

 咲夜は全てを受け止めた。承知した。受容した。飛鳥の「同志」に、「仲間」に、「使徒」になった。

 飛鳥の儚げな美と半ちぎれの「預言」、それだけで咲夜は説得されてしまった。戦いに身を投じる決意をした。あたかもオルレアンの乙女のように。

 人はどうしても論理ではなく、感情に突き動かされてしまう。いや、感情なんてものを遥かに超えて、咲夜の魂と飛鳥の魂が触れ合って、共鳴したのだろう。

 咲夜は飛鳥の手を握り、頬にあてた。結盟の誓いのように。



    (V)勝てり?


 トランスミュージックが派手に鳴っている。マリファナの甘い香りがする。

 クラブのVIPルームは隠し部屋になっていた。そこに咲夜はいた。それなりにドレスアップして、ルージュをひいて、大人びた雰囲気で。

 目の前には、ラムコーク。

 グイ、と飲む。アルコールには慣れている。けれど、

 ――アタシ、育ち悪いからなあ。

 ちょっとしたマナーで「偽者」とバレてしまうかも知れない。グラスを持つ手が震える。

 咲夜はセミロングだった髪を短く切ってしまっていた。そして、細いツールの眼鏡をかけている。恭乃と同じように。

 そう、咲夜は今、恭乃になりすましている。「影武者」でもあり、「囮」でもある。  この作戦を積極的に推したのは、咲夜自身だった。



 話を半日前に戻す。

 今夜、恭乃が招かれた或る有力者たちとの会食――それを知った「組織」が襲撃を計画しているという。

「確かな情報だ」

とハヤテは断言する。

「こっちにもこっちの情報網があるのさ」

 サナトリウムを出たハヤテ、恭乃、そして新人の咲夜はアジトの一つ――さびれたボウリング場の使われなくなったロッカールーム――にいた。

 「レジスタンス」に資金提供を申し出てきた事業者らが、会食にかこつけてリーダー格の恭乃を呼び寄せ、

「『組織』に拉致させようとしてるんだ。”あっち側”の人間だったんだよ」

 ハヤテは心底うんざりしたように、

「やだな、まだ二十一なのに、こういう人間の嫌な部分ばかり見たり聞いたりして生きてるなんて……」

 ペシミストになりそうだよ、と表情に疲労の色をにじませた。

 だが、すぐリーダーの顔に戻り、

「だから、その裏をかく」

 恭乃を囮にして、「組織」を返り討ちにするという。恭乃とはもう話はついているようだった。

「大丈夫だね、関さん?」

「ええ」

 恭乃は幽かに微笑んだ。やや緊張している。咲夜はそれを見逃さず、

「ちょっと待ってよ」

と場を制しにかかった。

「恭乃サン、どんな能力を持ってるの?」

「え、私?」

 いきなり訊かれ、恭乃は戸惑った様子で、

「私は、そうね、いくつかあるけど、コインの裏表をあてたり、後は、10円玉を握ってその製造年があてられたり、後は――」

 ――ショボ!

 ――夏目君、それは口に出さないで。

 テレパシーで注意されて、咲夜は思わず口をおさえた。

「せ、関さんは人の上に立てる人だから。知能も判断力も優れてる。能力は置いといて」

「ふふ、ハヤテ君、褒めすぎよ」

「とにかく恭乃サン、危なすぎるってば」

「大丈夫よ、私、武道の心得があるし」

「中元君も同席してくれる。彼は強力なサイコキネシスの持ち主だからね」

「ムチャだってば」

「でも招待された私が行かないと、始まらないわ」

「ねえ、恭乃サン、今夜会う奴らは初対面なの?」

「ええ、でも面は割れてるわ。写真を送ったから」

「でも初めて会うんだよね?」

「そうよ」

「だったら、アタシが恭乃サンの影武者になるよ」

という咲夜の大胆な提案に、

「君こそムチャ言わないでくれよ」

 二人は困惑し、却下しようとしたが、咲夜は変なスイッチが入って、

「アタシ、見た目が恭乃サンとそっくりだから、イケるよ! 髪を切って、眼鏡をかけて、恭乃サンの服を着たらごまかせるはずだよ。一晩だけだし、アタシ、能力あるし、『組織』が襲ってきてもすぐ対応できるよ」

と情熱的に説き伏せようとする。

 お坊ちゃん臭いところのあるリーダーは、強気な女性のプッシュに弱いらしく、結局、この新人の作戦(?)が採用される運びとなった。



 そして、作戦(?)のため、咲夜は恭乃になった。

 あわただしく断髪が行われた。

 アジトの床にシートを敷いて、毛布を首に巻かれ、咲夜の肩までの髪の毛は切られた。短く、短く。

「咲夜、本当にいいの?」

と最後に恭乃に確かめられ、

「いや、そういうこと言われると、逆に心臓バクバク鳴り出すから言わないで!」

「うふふ」

「恭乃サン、楽しんでる?」

「急に楽しくなってきたわ」

 恭乃はSっ気があるようだ。

「でも腕は保証するわよ」

 そう言って、恭乃は大きな裁縫鋏で、咲夜の髪をはさみはじめた。

 まずはざっと切る。

 ジャキジャキジャキ、

 迷いなく鋏が入り、いきなり右側の髪が切り落とされた。

 パッと愛らしい耳が出た。初々しく赤みがかり、柔らかそうな耳が。

 さらに、短く、シャキシャキシャキ――

と耳の上まで刈り込み、少年みたく詰められる。

 ――へえ。

 感心した。自賛する通り恭乃のカットはうまい。セミプロ級だ。でも、粗い。的確だけど、でも、粗い。

 右の髪がきれいに刈り上げられた。

 次に左の髪が、バッサバッサといかれた。

「短い髪って楽なのよ」

と経験者は語る。

「そうなの?」

 まあ、楽なんだろうけど、とは長い髪の人間でもわかる。

 ジャキジャキジャキ――

 刃から下の髪が滴り落ちる。真っ逆さまに毛布に落ちる。落髪の弾力を、柔らかい毛布は吸収して音も立たない。

 上へとチョキチョキ、チョキチョキ、と小刻みに刃が動き、ブラウンヘアーは削られていった。

 左右の髪の毛はすっきりと消え去った。

 後ろの髪だけが切り残されている。昔懐かしのヤンママカットに似ている。

 ソワソワする咲夜。自分の髪が今現在どうなっているか、気になる。

 耳にひんやりと風が直接当たって、落ち着かない。

 ――ひゃあ!

 ――大丈夫、夏目君、ヘンじゃない。ヘンじゃない。

 ――ハヤテサン、余計心配になるから慰めないでくれる?

 二人の心のやりとりは、勿論恭乃には聞こえるはずもない。マイペースで、

「さてさて」

と言いながら、ザクリ、とうなじのずっと上に鋏を入れた。

 ゾリゾリと刃が後ろ髪をくわえて、ズズ、ズズ、と左へと滑っていく。鋏の運動に沿って、首を覆う髪が切り離され、バラバラと落ちていく。

 隠れていたうなじが表出した。

 ――咲夜ってばうなじの産毛が濃いのね。

 恭乃の心の声が漏れ聞こえて、咲夜はカーッと頬を真っ赤に染めた。

「う、産毛は髪を切り終わってから剃るから!」

「あら、心読まれちゃったわね(汗)」

 恭乃の「雑念」はふたたび消え、手はまたせっせと働きだす。

 襟足が刈り整えられる。

 ジャキッ、ジャキジャキ――

 細かな髪が飛散して、毛布に貼り付いた。毛布と首の隙間に落ちる毛もあって、チクチクして仕方ない。

 最後に、

「サービスよ」

とシェーバーでうなじをジョリジョリ擦られた。

「ぬふほぉ〜!」

 なんか危険な世界に覚醒してしまいそうだ。

「さっ、切り終わったわよ」

 鏡で見てみると、

「ほら、恭乃サンっぽいよね? ぽいよね?」

「私もビックリよ」

「うん、確かにそっくりだ」

 短髪になった咲夜の影武者適正は、自他ともに合格ラインだった。

「恭乃サン、ちょっと眼鏡貸して。ほらね、眼鏡をかけたら、もっと恭乃サンぽくなるよ。……って、あれ、この眼鏡、度が強すぎ!」

「伊達眼鏡を用意しよう」

「よっしゃああ! これでイケるぜええ!」

 ――こんな学生サークルみたいなノリで本当に「組織」と戦えるのかな。

と野太い独り言が聞こえる。

「あっ、中元君」

 いつの間にか180cmmはありそうな長身の青年が立っていた。

「そ、そうだね、もっと緊張感を持たないとね」

「あ、読まれちゃってますね。すみません(汗)」

 中元と呼ばれた男の子はキマリ悪そうにしている。この人物が強力なサイコキネシストみたいだ。

「今夜はこの中元君がボディーガードをしてくれる」

「よろしくな」

 ――けっこう可愛い娘だなあ。

「いや、お前、タイプじゃないから」

「こ、心読まないでくれる?! ってか先輩に向かって”お前”とか言うな!」

 ――中元君も結構学生サークルノリなんだよなあ。

というハヤテのボヤきが聞こえてきた。



    (W)勝てり!


 途中経過からいえば、計画はうまく進行している。

 四人の出資者は、反社の匂いをプンプンさせた男たちだった。やたら日焼けして、黒のスーツ、開襟シャツ、金の時計やアクセサリーをジャラジャラさせながら、テキーラをあおっている。偽EXILEって感じ。

 この連中から出資をあおぐという「マネーの虎」みたいな席なのだが、相手は金を出す気はない。どころか、「組織」にレジスタンスを売ったのだ。

 キミらみたいな若者を応援したいんだよ、とか、「組織」なんてヤバイ奴らをはびこらすのは危険だからねえ、とか、その熱さは昔の俺らを思い出すなあ、とか、盛んに甘い言葉を連発しながら、

 ――クソジャリ共がレジスタンスとか笑わせよるわ。お前らは所詮ワシらの養分なんやで

 ――貧乏学生なんぞより「組織」についた方が甘い汁が吸えるしな。

 ――あの世への土産に社会の厳しさ、たっぷりと教えたるわ。

 買春オヤジとは比べ物にならないくらいのドス黒い思念に、吐き気を催す。つい、ラムコークをあおる。

 男の一人がロレックスの時計を見る。

 ――あと20分か。

と「予定」を確認している。脳裏には血みどろの惨劇が浮かんでいた。

 ――地下格闘技よりエキサイティングだぜ。ククク。

 咲夜は気づかぬふうで、笑顔を作り続けている。こういうのは得意だ。

 トイレに立つフリをして、

「あと20分で”お客さん”が来るよ」

とボディーガードの中元にそっと囁く。中元は小さくうなずき、小声で、

「あんまり飲みすぎんなよ」

「わかってんよ」

「それにしても、姉ちゃん、いやいや、関さん、上品な人かと勝手に思うてたけど、意外とくだけた人なんやねえ」

「そうですか?」

「胸の形はいいね。美乳だねえ。俺、AVプロダクションやってんだけど、出演してみない? 活動資金ガッポリ稼げるよ。欲を言えば、もうちょい胸が大きければねえ」

 男たちはゲラゲラ笑った。

 ――ケッ

と咲夜が心中吐き捨てた次の瞬間、

 ――夏目君、来た! パリピ風の集団が五人、中東風衣装の女性が一人――

 店の外で待機しているハヤテから報告が飛んできた。

 ――わかってるよ!

 ドアの向こうから殺気がひしひしと迫ってくるのが伝わってくる。同席者の表情にも、残酷な期待が隠し切れないでいるのが窺える。

「中元! 頼んだよッ!」

と叫ぶと、咲夜はバッとテーブルの下に飛び込んだ。

「呼び捨てにしてんじゃねえよ!」

 言いながら、中元のサイコキネシスは、ドアを蹴破って闖入してきた拉致部隊を、まずは三人、天井に叩きつけていた。

「相変わらず芸がねえ戦術だな」

と中元はせせら笑う。

「少しは俺らについて、学習しろっての」

 同時に店の外で銃声が二発鳴り響いた。ハヤテが刺客を撃ち抜いたのだろう。

 同席者たちは思わず立ちあがっていた。顔をひきつらせている。

「オッサンたち、純粋な若者をだましちゃいかんよ」

 震え上がる反社どもを、中元は睨みつけ、念力で壁に叩きつけた。グギャッと骨の折れる音がした。

「いい社会勉強になったじゃん」

 咲夜は床に倒れ伏す彼らに冷笑を送った。

 そして、

「アタシも助太刀するよ!」

 跳躍して、仕込み杖で襲ってくる紳士風の老人を蹴り倒した。知り合いのおじさんに習った「猛虎流」だ。

 ――よっしゃ!

 ガッツポーズ。

 だが、次の刹那、

 ――咲夜、ウシロ……

 その声で、サッと反射的に身をかわす。チャイナドレスの女性が鉄パイプを振り下ろしてきたのを、間一髪で避けられた。この女刺客は思念を消して攻撃できるらしい。

 考えるより身体が先に動いた。女の脛を蹴り、うずくまるところにエルボーを叩き込んだ。これも、ケンカ殺法猛虎流の極意だ。頭が軽くなって技のキレが増したよう。

 ――あっぶねー。

 ハッと我に返り、

 ――今の声は……。

 わかっている。飛鳥、絶対に飛鳥の声だ。飛鳥の心の声が届いたのだ。

 ――飛鳥……。

 咲夜は一層「聖少女」への信仰を深めた。

 ダダダダダダダダ――

 マシンガンが火を吹く。射手はタンクトップの黒人女性とトレンチコートの白人男性だ。

 食器やグラスが割れて飛び散り、壁は穴だらけになる。

 ――もう何でもアリだな。

と中元がド肝を抜かれている。

 しかも、

 ――ど、どういうことだ、おいっ?! なんでだ?!

 中元は動揺しきっている。どうやら二人の射手にはサイコキネシスが通用しないらしい。

 ――嘘でしょ、ちょっとォ!

 ムンクの叫びと化す咲夜。

 さらに床でダウンしていた拉致部隊(刺客)も、まるでゾンビの如くユラユラと立ちあった。そして、咲夜らを取り囲む。

 射手はマシンガンを哀れなレジスタンスに向けた。

 ――ウチら、蜂の巣じゃんか!

 万事休す。

 思わず目をつむる咲夜。

 だが――

 ぎゃああああああああ!!

 耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。それも一人や二人のものではない。

「え?!」

と目をあけると、信じられない光景が広がっていた。

 射手も刺客も身体中、炎に包まれて、絶叫しながら床を転げまわっていた。

 ――ど、ど、どういうこと?!

 咲夜も中元も呆然として言葉が出ない。

「二人とも早く!」

 扉から恭乃が顔を覗かせる。

「部屋中が炎で燃え尽くされちゃうわよ。急いで」

 二人は猛ダッシュでルームを飛び出した。店内の大混乱に紛れて、全力で駆け抜ける。

 走りながら、

「恭乃サン、もしかして、今のって――」

「私の能力よ」

「ええ?! だって、コインの裏表がどうとか、そういう能力なんじゃ……」

「いくつかあるって言ったでしょ。皆いつも最後まで聞いてくれないから」

「そ、それは恭乃サンの話す順番に問題が……」

「車が来たわよっ!」

 店の前に地味な国産車が、アクション映画のようにブレーキを轟かせ急停車した。ハンドルを握っているのはハヤテだ。

「外の連中は全部片づけた。早く乗って!」

 ハヤテが叫ぶ。

 あわてて乗り込むと車はフルスピードで発進する。

 ――発火能力か。関さんの能力を見くびってたな。リーダー失格だ。

 車を飛ばしながらハヤテは反省モードに入っている。

 ――でも、まあ作戦成功だな。

 ――アタシ、影武者になる必要なかったんじゃね……。

 そんな咲夜の心中を察したわけではないだろうが、

「夏目、無駄骨だったな」

と中元がからかうように言ってくる。咲夜はムクれた。

「民間人を傷つけなくてよかったわ」

 恭乃は人道的軍人みたいなことを呟いている。あの店はえらいことになってたけど。

「次のアジトはどうするんスか?」

「ハヤテ君が見つけてあるわ」

「こう各地を転々としてると、なんだか旅芸人一座みたいな気分になりますね」

「次の興行も派手になりそうだね」

などと車中では、気のない会話がポツポツと交わされる。とても「勝利軍」とは思えない。

 咲夜は黙っていた。これから先のことなんて、全然わからない。どっと疲れた。

 シャワーを浴びて眠りたい。何より――

「何か食べたい」

 ひどく空腹だ。

「インド料理かい?」

とハヤテ。

「ううん」

 咲夜は子供のように首を振った

「パンケーキが食べたい。バニラアイスとハチミツとシナモンをかけて……バナナものせて……チョコムースをかけて……」

 呟くように言いながら、咲夜はいつしかまどろんでいた。

 浅い眠りの中で産みの母の夢を見た。夢の中の母はいつも優しい。いつも笑顔だ。そう、今夜も――。


          (了)






    あとがき

 メリークリスマス! 迫水野亜です!
 今作は言うに及ばずの、昨年の「読心少女」の続編です。
 この間のリクエスト大会で、暁晃さんから頂いた「いつも楽しく読ませていただいております、暁晃です。 何年か前、リクエストに応えてジュブナイルを執筆して頂き、誠にありがとうございました。 今回も宜しければ、是非読心少女の続きを執筆いただければと思います。髪が伸びた飛鳥ちゃんでも良いですし、共にレジスタンス活動を行う仲間でも構いません。可能であれば、また嗜虐的な内容であれば幸いです。 季節の変わり目としては激しい寒暖差が続きますが、迫水様、うめろう様共にご自愛ください。」とのリクエストを基に書きました。リクエストどうもありがとうございました(*^^*) あまり嗜虐的にならずすみません(^^;) 
 前回のリク大会のときにずっと粘ってたんですが、ストーリーが浮かばずどうしても書けませんでした。
 何度も考えて考えて、ようやく形にできて良かったです♪♪
 正直、この手の活劇モノは苦手です。「組織」とか、かなり大掛かりな存在なのに、レジンスタンスへの追い込み方が毎回雑だし。。他にもっとスマートな方法があるだろう、と作者本人も思うのですが、やはり書き手には向き不向きがあるんですよ(^^;)
 読み返してみても、粗が多くて気になります。「なんでハヤテは咲夜に飛鳥を会わせようとしてんですか?」とか、あんまり訊いてこないようにお願いしますm(__)m

 ですが、このお話、結構気に入っております(*^^*) 最後までお読みいただき、どうもありがとうございました!! 来年もどうか懲役七○○年をよろしくお願いいたします。




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