world end |
われわれは革命の講義をする時、楊州十日(清初更俗強制の殺戮)とか、嘉定屠城とか大口開いて言ったものだが、実は一種の手段に過ぎない。ひらたくいうと、あの時の中国人の反抗は亡国などのためではない、ただ辮子を強いられたために依るのだ。 (中略) どれほど多くの中国人がこの痛くも痒くもない髪のために苦しみを受け、災難を蒙り、滅亡したかしれん。 (魯迅「頭髪の故事」) スッ と殺気を察知すると同時に、身体が動いていた。 ブワッ! と相手の身体から噴水のように血がふきあがる。初めの頃は大量の血の匂いに、嘔吐を催していたが、もう慣れきっている。 凶器と化した指が若い男の頭蓋を陥没させていた。男の顔面は破裂し、吹き飛び、脳髄がコンクリートに散った。 「あんた、殺気が強すぎるのよ」 まだ自分が死んだことすら気づかないでいるように、立ち尽くしている屍に囁く。 ようやく屍が路上に崩れ落ちる。 ドサッ という音とともに。 所を得たように倒れ伏す男の死体に、背を向け、苫子はコートの襟を立て、ゆっくりと歩き去って行った。ブーツが、転がる眼球を踏み潰したが、苫子は気にもとめなかった。 殺した男の手には暗器が握られていた。 八薙流の刺客か、とすでに察しはついていた。 サッ、と髪をかきあげる。ブロンドの長い髪は夜気に湿っていた。 「そのレザーコート、プラダだよね?」 紫のスーツを着た優男がアクセサリーをジャラジャラいわせながら、寄ってくる。 「センスいいね。お姉さん、セレブでしょ? その金髪、地毛なの? ハーフ? 俺のこの髪はブリーチしてるんだけどね」 と甘い笑みを浮かべ、埒もないことをしゃべり続ける。三流ホストのキャッチらしい。 「……」 苫子は完全に無視した。 その態度がホストの癇に障ったらしい、 「なんだよっ! シカトすることはねえだろ!」 と声をあらげ、苫子の腕をつかむ。きっと売上のことで先輩か支配人にでも叱られて、虫の居所が悪かったのだろう。 「お高くとまってんじゃねえよっ、コラ!」 と苫子の腕をねじり上げようとして、 「うっ」 ホストは低いうめき声をもらした。吐しゃ物が飛散する。夕食はジャンクフードだったようだ。苫子の拳がみぞおちに入っていた。 ホストの喉笛に指拳が突き立つ。 次の瞬間、凄まじい血しぶきとともに、哀れなホストは絶命していた。苫子は身をかわし、返り血をさけた。 「しつこい男は嫌いよ」 言い捨てた。全てはあっという間だった。 「おいっ、コイツ死んでるぞ!!」 「人殺し?!」 「誰がやったんだ?!」 「ヤクザの抗争かっ?!」 背後で群衆が騒ぐ声が聞こえる。 ネオンサインにブロンドの髪が煌めく。 苫子は闇の中に消えていった。 衛藤・スーザン・苫子(えとう・すーざん・とまこ)が暗殺拳・破獄流斬人斬馬拳(はごくりゅう・ざんじんざんばけん)と出会ったのは、四年前のことだった。 そのミドルネームからもわかる通り、彼女は日本人の資産家とハワイ女性とのいわゆるハーフだった。金色の長い髪と、ルネッサンス絵画から抜け出てきたかのような優美なマスクの持ち主だった。 この頃はまだ無邪気で闊達な少女だった。周囲も「スー」と愛称で彼女を呼んで愛した。 苫子は中学生の時期から拳法を習い始めた。きっかけは本人は語らなかったが、通学電車で痴漢に遭ったことが原因だったという。悪人に対してなすすべもなく、それが悔しくて、心身の鍛錬のため、護身のため、道場通いをはじめたという。 苫子には天賦の才能があった。その才能が開花し、いつしか師範をもしのぐレベルになっていた。まだティーンエイジャーだった。 自己の力量を試すため、休暇を利用して、「道場破り」をした。常勝した。 通報され、師には厳しく叱られたが、苫子はやめなかった。「武者修行」と称して、日本全国を周り、各地の拳法道場を荒らし続けた。若さと強さが苫子を天狗にしていた。 同時に、もっと強くなりたい!という激しい渇望も、彼女をして粗暴な行為に駆り立てていた。 北九州の或る道場で立ち合いを求めたときのことだった。 ここでも、苫子は並み居る剛の者たちを、完膚なきまでに叩きのめした。 「看板はいらないよ。重くて邪魔だし。それよりタクシー代とホテル代頂戴よ。ホテルって言ってもカプセルホテルじゃないよ」 と勝ち誇る苫子に、 「待った」 をかけた人間がいる。 たまたま居合わせた食客らしき五十男だ。苫子の狼藉ぶりを見かねて、ユラリとその前に立ちはだかった。 「どれ、お嬢ちゃん、おじさんが相手をしてあげよう。遠慮せずかかっておいで」 五十男は髪を剃りあげ、中国の清朝の辮髪にしていた。その異様な髪型、鋭い眼、そして身体中から発せられる闘気が、周囲を圧していた。 「お嬢ちゃん」呼ばわりされ、苫子はカッとなった。 「オジサン、舐めないでくれる?」 と言いざま正拳突きを繰り出した。 が、五十男の人差し指がすでに、苫子の首筋に突き立っていた。 「ぐっ……」 苫子は身動きすらできない。 男は人差し指だけで、そのまま苫子の身体を宙に持ち上げた。 ――たった指一本で…… 桁違いの強さ、化物だ。 苫子は声を発することもできず、意識は白濁し、ピク、ピク、と身体を痙攣させていた。 「お嬢ちゃん、オイタは駄目だよ」 と男は言い、彼女を放り投げた。ドカッ、と床に投げ出された苫子を、男の拳がうなりをあげ、襲った。 ――死ぬ! 苫子は自らの死を思った。震え上がった。人生最大の恐怖が身の内を駆け巡った。 だが、男の拳は、苫子の鼻先で寸止めされた。 ――た、た、助かった…… 気づけば、ヨダレと鼻水が流れ、失禁までしていた。 「確かに強いが所詮は道場拳法、暗殺拳の敵ではないな」 小便の海で放心する少女に、男はそう言った。 「命は助けてやろう。俺は女には慈悲深い男だからな。これに懲りたら、もう武術の世界から足を洗って花嫁修業でもしてなさい」 初めての決定的な敗北だった。 男の正体はわからない。しかし、その拳歴は血塗られたものであることだけはわかった。 圧倒的な力量差を骨髄まで味わい、 「オジサン、あたしに拳を教えて下さい!」 苫子は土下座して弟子入りを乞うた。 「女が極められる道ではない」 男は拒絶した。取り付く島もなかった。 それでも苫子は男につきまとい、何度も入門を志願した。強くなるためならば、魔道に堕ちてもいい、とさえ覚悟していた。 男は劉(りゅう)といった。大陸の人らしかった。何の仕事をしているかは謎だったが、どうやら裏社会に生きる人物のようだった。 劉は苫子の執拗な懇願に肩をすくめ、 「俺は弟子をとらない。その資格もない。だが、そこまで言うのだったら、俺の師に引き合わせてやってもいい」 と言った。 「貴様には素質がありそうだ」 と付け加えて。 劉は或る霊山の奥へと苫子を連れていった。 そこが破獄流斬人斬馬拳の巣窟だった。 ここで、破獄流斬人斬馬拳について簡単に触れておく。 この流派の歴史は、実は百年ほどでしかない。 開祖は出山隆観(いでやま・りゅうかん)という。すでに鬼籍中の人物である。 出山は大陸浪人で当時の満州国や中国全土を放浪して、中国拳法等の武術を学び、研鑽して、帰国してからさらに日本の古武術を取り入れ、独自の拳を創始した。 現在では世界屈指の暗殺拳として、その名を知る者らから畏怖されている(斬人斬馬拳という名は、当時人気だったサイレント映画のタイトルからとったという)。 暗殺拳という性質上、門外不出で極度の秘密主義をしいているため、――闇社会との繋がりのせいでもあるだろう――世間ではその存在はまったく知られていない。 まれに流名を知る者も、その内容については知らないでいる。 その拳を学ぶ者は、皆、髪を清朝時代の辮髪にするのが習わしである。この辮髪を見れば、暗黒街の首領たちでさえ、道を避けると噂されている。 これは、開祖の出山隆観が、辮髪を廃止した辛亥革命の否定論者で、革命以前の旧俗を守り続けているからである。 中国本土でさえ消滅した、その髪型を堅持しているのは、苫子が足を踏み入れた霊山の修行場だけであろう。 陸の孤島とでも言うべき、霊山の奥のさらに奥に在る修行は、そのオーラだけでも一般人の苫子を怯えさせるに十分だった。 三代目の伝承者である出山黒龍(いでやま・こくりゅう)も劉同様、苫子の資質を見抜いたらしい、あっさりと入門を許可した。 「但し――」 と特徴的な関羽髭をしごいて苫子を睨め、条件を言い渡した。 「斬人斬馬拳は門外不出ゆえ、修行を頓挫した者、修行から逃げ出した者は、死をもってその口は永久に閉ざされる」 と。 「当流の修行は言語を絶した厳しさだ。行半ばで死ぬ者も数多いる。死なずともカ〇ワになる者、発狂する者もまた数知れない。そうなりたくないならば、この地を去れ。もっとも、この門をくぐった以上、生かしては帰さぬがな」 「あたしは逃げません!」 苫子は言い切った。進むも死、逃げるも死ならば、前者を選ばざるを得ない。 「これまで学んできた全てを捨てよ。零から始めよ」 と最後に黒龍はそう言った。 それから、月日は流れた。 苫子は黒龍の言う言語を絶した荒修行に耐え抜いた。否、生き抜いた。 劉や黒龍といった達人らが見込んだ資質を開花させ、めざましい成長を遂げていた。 他の修行者と同じように、辮髪にするつもりでいたが、師の黒龍も他の修行者も何も言わなかったので、入門後もブロンドのロングヘアのままでいた。 割り込むように入ってきた若く美しい女性の存在は、男ばかりの修行場に波紋を呼んだ。 中には力ずくで苫子を我が物にしようとする輩も、当然ながらいた。 苫子はそんな彼らをどうしたか。 殺した。 黒龍から渡された短刀を振るって。 「貴様がこれから学ぶのは暗殺拳だ。これを習得するには二つの覚悟がいる」 と短刀を与えつつ、黒龍は言った。 「”死ぬ覚悟”と”殺す覚悟”だ」 前者は百も承知でいたが―― 「”殺す覚悟”……ですか……」 「暗殺拳とは、言ってしまえば人殺しの技術の蓄積だ。綺麗事など一言半句も通用せぬ。親兄弟といえども、眉ひとつ動かさず殺す、それが暗殺拳の使い手というものだ。人を殺し慣れよ」 苫子は唇を震わせながら、短刀を押しいただいた。 初めて人を殺めたときは、恐ろしくて気が違いそうだった。 相手は彼女の寝所に忍び込んできた修行者だった。吊り目で浅黒い肌の若者で、周囲から一目置かれていた。 寝込みを襲われ、苫子は抵抗した。しかし、たちまちねじ伏せられた。ついに彼女は短刀を抜いた。無我夢中で男の脇腹に突き刺した。えぐった。男は咆え、暴れた。苫子を絞め殺そうとした。苫子は狂ったように、短刀を振るった。男の身体に何度も刃を突き立てた。頸動脈を押し切ったところで、ようやく男は絶命した。クワッ、と目を剥いたまま。 血の雨を浴び、苫子は歯の根が合わぬほど震えた。 ――こ、これが…… 「人を殺す」ということか、と苫子は師の言葉を思い返した。 それから何日も、殺した男の顔が脳裏にこびりつき、彼女を煩悶させた。 が、慣れた。 次々と寝床に侵入してくる堕落した連中を、一人、また一人、と手にかけていくうちに、苫子の感情は鈍麻していった。いつしか、凶器は短刀から己が拳に代わっていった。 ここでは、修行者同志の殺傷沙汰は日常的だ。 死んだ者は「未熟」「不覚」として、犬猫のように裏の土手に埋められるだけだ。 その環境の中で、苫子は暗殺拳の使い手となっていた。 そして、並み居る男どもをおしのけ、師範代格にまで昇りつめた。わずか三年あまりのことだった。 「百年に一人の逸材だ」 と黒龍までが途方もない評を与えた。 「……」 苫子は無言、顔の筋肉をほとんど動かさず、薄く微笑した。入門したときとは、まるで人変わりしていた。 苫子は師の命で、裏社会の「仕事」を請け負った。 暗黒街のドンの護衛やカジノの用心棒、そして、暗殺。 多数の人間たちを葬って来た。裏世界の要人、武術家、ドラッグの密売人、スパイ、裁判の証人、上納金を出し渋る商店の主――皆、あの世に送った。虫を殺すように、人を殺した。 裏社会で彼女の拳名は上がった。 だが、反動がきた。 苫子を斃して名前を売ろうとする拳士たちが、彼女の周りに跳梁しはじめた。 今夜も八薙流の刺客を返り討ちにし、勢い余って行きずりのホストまで撲殺してしまった。 「お前は最近血の匂いがするな」 と同門の日栄(ひえい)に言われた。 「そう?」 苫子は首を傾げた。 「自分ではよくわからないわ」 「まあ、俺も他人のことは言えないがな」 と日栄は呵々と笑う。歯の白さと辮髪の剃り跡の青さが、苫子の目に染み入る。彼女は日栄にほのかな慕情を抱いていた。そうした人間としての情は、まだ幽かに残っていた。 しかし、その日栄を、 「殺せ」 と黒龍は命じた。 「何故でしょう?」 苫子は無表情を保ち、訊いた。 「師の命に異を唱えるか?」 黒龍は目を剥いたが、 「あれは間諜(いぬ)だ」 と秘事を告げた。 「裏で伴洞流と通じておる。生かしてはおけん。今宵のうちに始末せよ」 師の命令は絶対である。 その晩、灯を消した一室で、苫子は髪を梳った。 月光が冴え冴えと障子越しに射し、ぼんやりと部屋を明るめていた。 そして、長い髪を編み込んでいった。太く一本の三つ編みにする。丁寧に、時間をかけて、編み上げる。 自ら剃刀を握る。 静かにもみあげにあてた。 まっすぐに引き下ろした。 ジー 剃刀の音が、静寂の中、響く。 ハラリ、と金色の髪が落ちこぼれる。 苫子は何ら躊躇することなく、自分の髪を剃りおろしていった。同門の者らと同じ辮髪の型にしていく。 一人だけ辮髪にせず、ブロンドのロングヘアでいる苫子に他の門人たちが向ける軽侮の眼差しも、感じてはいた。 ――女だからお目こぼしってわけか。 ――女子だものね。オシャレしたいものね(笑) そんな視線に気づきながらも、髪を剃らずにいたのは、女心の残滓が自己の内に未だこびりついていたからだろう。 その女心を――日栄への想いを断つ。捨てる。決意の剃髪だった。 苫子は一瞬たりとも、手をとめない。 無言で剃刀を動かす。 ジー、ジー、ジー、ジー、 ジー、ジー、ジー、ジー、 ジー、ジー、ジー、ジー、 ジー、ジー、ジー、 剃刀と頭皮の摩擦音だけがする。 氷のような表情が、月光に青白く映える。前髪が音立てて流れ落ち、その顔が広く闇に浮かんだ。 ジー、ジー、ジー、ジー、 ジー、ジー、ジー、 頭頂の辮髪の土台を残し、頭上の髪はサワサワと消え去る。青ざめた剃り跡が、月下に冴えわたる。 金色の茂みが、冷たい床に拡がる。 右鬢を薙ぎ、左鬢を払い、そして最後に襟足に刃はあてられた。 ジー、ジー、ジー、ジー、ジー、 ジー、ジー、ジー、ジー、ジー、 刃によってブロンドの髪は裂ける。根元まで削がれ、滴る。 山中の夜気が頭に染みる。剃刀負けした頭皮がヒリつく。 見事に剃りあげた。 ブロンドの辮髪が、月に照り返っていた。 その初姿を鏡で一瞥、表情一つ変えずに。 暗殺拳に正々堂々という考えはない。相手の虚を衝き、隙を衝き、確実に命を奪う。 その原則に従い、苫子は日栄の寝込みを襲った。 「お前、その髪は……」 と日栄は辮髪の苫子に絶句した。次の瞬間、身体中から血を噴き出し、崩れ落ちた。 苫子の目から一筋の涙が頬に流れた。女としての自分との決別の涙だった。 とどめを刺され、日栄は果てた。 苫子の髪型を見た黒龍は、 「ホウ」 と目をわずかに瞠った。 「貴様、当流の継承者を望むか?」 黒龍の見方も不思議ではない。 斬人斬馬拳の継承者候補は何人かいる。 その最右翼だった日栄は死んだ。 伝承者たらんと野望を抱く修行者たちが脅威をおぼえているのは、急速に頭角を現してきた苫子だ。 苫子の流派定め通りの辮髪は、日栄亡き後の伝承者候補としての名乗りのように、黒龍の目には映ったのだろう。 苫子は弁明しなかった。 黒龍は好色な表情になった。 「今宵、我が寝所に侍れ」 と下命した。 苫子はそれに従った。 黒龍に貞操を捧げた。 黒龍は獣の如く荒々しく、猛々しく、自分のものを押し込み、押し進めた。 苫子は破瓜の痛みに耐えた。 その苦痛の表情に、黒龍は舌なめずりをしていた。 混濁する意識のうち、苫子は幽かな殺気を感じた。 感じたと同時に、身体が動いた。 「ぐわっ!」 黒龍の断末魔が部屋中に響いた。 苫子の指拳は、師の胸板を貫いていた。黒龍が苫子の首に懐剣を突き立てようとしたのを、彼女は反射的に返り討ちにしたのだった。 「さ、さすが百年に一人の……い、逸材だな……」 末期の息遣いの中、黒龍は言った。 「師父、何故……?」 返り血を浴びながら、苫子は言葉を失っていた。 「嫉妬よ」 「嫉妬?」 「我は貴様の才が妬ましかった。……き、貴様にしのがれるのを、師として、いや、拳士として……恐ろしかったのだ。け、拳に生きる者の業、というべきかな……」 師は告白した。最後の力をふりしぼり、 「苫子よ……貴様を当流の継承者としよう。その証の置き文を先程……し、したためておいた」 と文庫を指さし、こと切れた。 黒龍は苫子の実力を認めつつも、心の振り子は愛憎の狭間を揺れていたのだろう。 「師を殺した……」 苫子は呆然と呟いた。 不意に血の匂いにむせた。激しくむせ込んだ後、立ち上がった。その表情(かお)は迷い子のように呆けきっていた。 文庫に手を伸ばし、師の置き文を破り捨てた。 そして、師の掌にある懐剣を奪(と)り、辮髪の根元に刃をあてた。 「うぅっ! うっ! ううぅ!」 と狂ったように身をよじり、力ずくで辮髪をねじり切った。 ブツリ! 切り獲ったブロンドの髷を、師の枕頭に投げ捨てた。 頭の頂きには、チョボチョボと僅かな毛が残されている。強く引っ張ったため、その周りの地肌が赤く充血していた。 一糸まとわぬ血まみれの身体のまま、裸足で庭に出た。 フラフラとおぼつかない、まるで夢遊病者のような足取りで、坊主頭の苫子は歩き出した。 濃霧が漂う木々の間に分け入った。ゆらゆら歩き続けた。 どこへと歩いているのか本人ですらわからない。ただ歩き続けた。自分の足が動いていることさえ、苫子はもはや気づいていなかったかも知れない。 血に汚れた裸身は、血に汚れた拳歴とともに、暁闇の霧の中へと呑み込まれていった。 (了) あとがき こんばんは! 迫水野亜です。 リクエスト小説第4弾は霊地王生路様の「リクエストですが、「もし機会があれば次は辮髪でリベンジを」と仰ってましたので、私がその為にAIのべりすとで転換した「辮髪の麗華」【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18479742】と同じ「殺人拳法の修行の為に黒髪ロング→辮髪→坊主」というシチュエーションの物はお願いできないでしょうか?可能なら、スプラッタな血みどろに仕上げてくれるか、それが無理なら、ここの断髪小説の新名物となりつつあるカオスな展開の末のバッドエンド物でお願いします。」とのことで書かせていただきました! クッ、言質をとられてしまっていた(汗)。辮髪ネタは結構前からやりたかったし、希望する方も何人かいらっしゃったので、そろそろ重い腰をあげねば……と。それに小説「辮髪の麗華」というガイドストーリーもあるので、トライしてみました。 陛下には悪いんですけど、あんまりカブリ過ぎるのもアレかな、と思い、ヒロインを黒髪ではなく、ブロンドにいたしました。勘弁してくださいね(-人-) で、書き始めてみたのですが、ヒロイン苫子の生い立ちから暗殺拳との遭遇までが、めちゃめちゃ長くなって、こりゃいかん!とあわててリライトした次第です。 「ハードなアクション物」「裏社会物」って漫画でも小説でもほとんど読むことがなくて、ちゃんと書いたのも初めてじゃないかな。人気のあるジャンルなので目の肥えた読者様にはツッコミどころ満載だとは思います(^^;) ご要望に沿ってグロシーンも書いてみたのですが、そういうジャンル(これまた小説も映画も)全く疎遠なので恐ろしく稚拙だと思います。笑わないでくださいね。。。 霊地王様の小説「辮髪の麗華」は、AIで書かれた(?)ということで、え?! 現代文明ってここまで行ってるの?!Σ(゚Д゚)と驚きです。 仮に小説AIが普及すれば「自分のためだけの断髪小説」が作れるのかな、と胸が弾みます。でも、個人個人が自分専用の小説を楽しむようになったら、このサイトに遊びに来て下さる方が激減しちゃうでしょうね。。時代の波に呑まれる前にちょこちょこと小説、書き溜めていこう、っと。 ここまでお読みいただき、ただただ感謝感謝です♪ |