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女弁慶ふたたび 〜真冬の木枯らし断髪劇場 御輿担ぎに仕掛けられた危険な罠!熊男の咆哮とバリカンのモーター音が聞こえるとき、美人尼僧は静かに涙する〜


 前回までのあらすじ
親にすすめられるまま、家家の尼寺を継ぐことになった榊容海。
タラッタラと有髪の尼僧稼業をつづけていた彼女だったが、本山の由緒ある御輿担ぎの儀参加することになり・・・


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・・・とイバラの道へ。

 海音院副住職、榊容海(30歳)が三度、片倉理容室の敷居をまたいだのは、春まだ遠き二月の土曜日だった。

「あ、副住職さん、いらっしゃいっ!」
 老爺の散髪をしていたクマ男が声をかける。喜色満面。まるで鹿の足跡を見つけたマタギのようである。
 待ってたぞ
と言わんばかりにヘッタクソなウィンクをしてくる。やめて欲しい。
 ――来てしまった・・・。
 待合席で容海はうなだれる。
 去年に引き続き、今年も本山の伝統あるイベント、御輿担ぎに参加することにあいなった。
 ついては去年同様、やはり剃髪することに。
 ――今年は剃らないって決めてたのに・・・。

 昨日のことだった。
御輿担ぎの後見人(?)の田口サンからの電話が鳴ったとき、容海は晩酌の最中だった。
「もしもし〜」
 ビール缶片手に受話器を取る。
「何? 榊サン、酔ってるの?」
「酔ってないれすよ」
 実はかなり酔っていた。
「四日後の御輿担ぎだけど、頑張ってね。期待してるわよ」
 前回の御輿担ぎで少々張り切りすぎたようだ。
 女だてらに剃髪にねじり鉢巻、六尺褌で勇ましく御輿を担いだ「女弁慶」再登場への期待は大きい。
「準備万端で〜す」
 六尺褌も今回は自前で用意した。今年は、やる。ただし、
「今年は剃髪しませんよ」
 酒の勢いを借りてキッパリと宣言した。
「え〜」
 田口サンは不満そうだ。
「なんで〜?」
「いいれすかぁ〜」
 グイとビールで喉をしめらせ、
「去年は田口サンの顔もあったから、頭丸めましたけどォ〜、アタシだって尼さんである前に女なんですよォ〜。プハ〜、田口サンも女なら、ヒック、わかるでしょう? ほんっとツライんれすよォ〜。何回も頭剃る身にもなってくらはいよ〜。ウィ〜」
 あれから一年、やっとの思いで伸ばした黒髪ショートだ。唯々諾々と剃り落とすわけにはいかない。
「まあね〜」
 電話の相手も素直にうなずいている。容海に同意したのか、酔っ払いには逆らわない方がいいと判断したのか、たぶん後者だろう。
「母も『お前のいいようにしな』って言ってま〜す」
「江徳さんが?」
「ウィ〜、ヒック、アタシね、いま彼氏がいるんですよ、彼氏」
 鏑木正則二十七歳。銀行員。交際五ヶ月。剃髪拒否の最大の理由だ。
 三つ年下の彼氏は、まだいいよ、と暢気に構えているが、容海的にはなんとしても今年中にゴールインしたいと狙っている。せっかく掴みかけたチャンス。坊主頭になどなっている場合ではない。勘弁してくれ。
 周囲にノセられて、「女弁慶ふたたび」などと意気込んだ挙句、フツウノオンナとしての人生から落伍するのは御免蒙りたい。
「結婚考えてるんです、結婚。もうね、ヒック、なりふりかまってらんないんですよ〜、ヒック。坊主頭になんかしたら、ヒック、婚期逃しちゃいまふヨ〜。それともなんれすか〜? もし剃髪してオトコに逃げられたら、ヒック、本山が責任持って新しいオトコ、紹介してくれるんれすかあ? 二枚目の坊さん、紹介してくれるんなら、剃ってもいいれすけどね〜、ウィ〜」
「まあ、それは無理だね」
 既婚のキャリアウーマンが苦笑する。そこまで面倒みてくれる本山なら私だって、もうちょっと良い縁があったわよ、とでも言いたげに。
「でしょ〜? 何かあるたびに丸坊主になってちゃ、髪伸ばす暇がないですよ〜。ヒック、 尼さんだって髪伸ばしたいんれす〜」
「でもサ、榊サン、言いにくいんだけどさ・・・」
「ほんと堪忍してくらさい。もう無理れすって」
「今年の御輿担ぎの現場責任者、道春(どうしゅん)さんなんだよね〜」
 ブッ! 口に含んだビールを噴出した。
「えええっっ?!」
「あれ? やっぱり初耳だった?」
「き、聞いてないですよ〜!」
 酔いなどすっかり醒めてしまった。
 柳原道春、四十歳独身。榊容海の天敵である。
 容海が修行時代、修行道場の監督をしていて、鬼軍曹さながらに修行僧たちをイビリ抜いたサディスト坊主である。劣等生だった容海はとりわけ目をかけてもらったものだ。いっそ殺してくれ!と叫びそうになったことも、一度や二度ではない。
 ――この差し歯の恨み、忘れまじ。
と心中、ドス黒い怨念が渦巻くが、実際のところは「道春」という名前を聞いただけで震えあがる有様。
 しかも、この道春、容海のことがいたくお気に召したようで、道場のOBでも参加できる寒修業をすすめる葉書が今でも届く。勿論その都度丁重にお断りしている。念のため、道場時代の友人に確認したところ、道春に寒修行をすすめられているのは、容海だけだった。
 ――ヤバイ奴に気に入られてしまった。
 差し歯が疼く。
 そのサディストが今回の御輿担ぎを仕切るという。
「道春さん、ご機嫌でサ、昨日も『歯っ欠け坊主も参加するのか。当然頭は丸めてくるんだろうな。俺に恥をかかせたらボコって寒修行だ。あっはっは』って張り切っちゃってさ〜。もォ、うるさいのなんの」
 「歯っ欠け坊主」とは道場にいた頃、道春につけられたあだ名である。
 ――ひええええ〜!!
 背筋が凍りついた。人事担当者は悪魔か?
 そういうことだからさ、榊サンも腹括ってよ、という田口サンの声がやけに遠い。
 ――今年もやっぱり・・・ボウズ・・・。
 食べてしまいたいほどカワイイ年下の恋人が、背を向け遠ざかっていくイメージ映像が脳裏に浮かぶ。
 ――ああっ! いかないで! いかないでっ!! 正則クン!!

 そのまま床に就く気にもなれず、茫然自失の状態で、居間でテレビを垂れ流していると、
「ヨウチャン」
 母だ。
「なんだ、母さんか」
 我に返る。
「何よ、昔の呼び方して。キモチワルイ」
 いつもなら、夜鷹の尼僧などみっともない、早く寝ろ、とどやされるところだが、今夜の母はやけに優しい。不気味だ。何かいいことでもあったのだろうか。
 尼僧は剃髪が一番、という母。その母が今回の御輿担ぎでは意外にも有髪を容認してくれた。
 ラッキー、と喜んだのも束の間、ふたたび坊主道へのインターチェンジに入ってしまった。

 母にピアノを所望され、ぎこちなく指を動かす。
稚拙な演奏を披露しつつ、思案する。
 ――いっそ御輿担ぎ、バックレるか・・・。
 事態はそこまで切迫している。
 だが逃げた場合、間違いなく道春が怒る、烈火の如く。期待している地元の人たちを裏切ることにもなる。
 ピアノをひく指が震える。
 ――どうする、アタシ!
 手の内には複数のカード。
 「副住職資格」。「海音院」。・・・そして、「鏑木正則」。
 ここで「結婚」の札が揃えば、一発逆転、「美人次期住職、寺に若い男囲って甘〜い生活」のストレートフラッシュを実現できたのだが、巡ってきたのは、なんと「剃髪」カード。カードのイラストは道春のぺヤング面だ。
「いや〜、最初、容子(容海の俗名)が尼さんだとはわからなかったよ〜」
 年下の恋人の言葉が脳裏で再生される。
「坊主頭だったらゼッテー声かけてなかったよ〜
「え? こないだまでボーズだったの? でももう剃らなくていいんだろ? 良かった〜
「容子、髪伸ばしなよ。ロングとか似合うんじゃないの
「ボーズの女なんてありえないよ。勃たないって
 剃髪=破局だ。
 ――どうする、アタシ!
 本番は四日後。
 迷っている時間はない。
 容海は泣く泣く「鏑木正則」のカードを捨てた。
「母さん」
「なんだい?」
「明日、片倉さんの店、行ってくるから」
 「副住職資格」。「海音院」。「去年の実績」。「郷里の期待」。そして、「剃髪」。”女弁慶ロイヤルストレートフラッシュ”の札がズラリ揃った。
「いいのかい?」
 オトコに逃げられちまうよ、と尼僧になってから初めて、母が容海の女の命を惜しんでくれた。
 ――それだけで十分だ。
と自分をなぐさめ、
「その時はその時、坊主頭くらいで逃げる男なら、こっちから願い下げよ」
と強がってみせる。
 心残りは、今年の正月、鏑木と会ったとき、体調が優れずホテル行きを断ったこと。
 ――あのとき、ヤッときゃよかった〜!
 後悔と同時に、あの無慈悲な理髪師の手荒い接客ぶりが一瞬フラッシュバックした。
 目眩と興奮をおぼえた。

 何度も嗅いだ床屋の匂いが鼻孔を責め立てる。
 前回、前々回の忌まわしい記憶が甦る。
「ホラア、男だろ、丸刈りくらいで泣くな泣くな」
 クマが吼えている。吼えながら女の子みたいな撫で肩の美少年のオカッパ頭を乱暴な手つきで、ジョリジョリ刈り込んでいる。
 ――うわ〜。相変わらずえげつないわ〜。
 間もなく自分も、と思うとゲンナリする。
 カランカラン
 また新しい客が入店してくる。高校生らしい。
「お先にどうぞ」
 容海は高校生に奥の席をすすめた。かなり怯んでいる。それに自分が坊主頭になる姿を若い男の子に見られるのには抵抗がある。
「え? 副住職さん、いいんスか?」
 地元のセックスシンボルに順番を譲られた高校生はドギマギしている。
「ええ、どうぞ」
 ゴホンとクマが咳払いをした。楽しい午餐の時間が、餌の勝手な判断で先延ばしされたのに、ツムジを曲げているのだ。容海は戦慄した。
「ご、ごめんなさい、やっぱりアタシ、先でいい?」
 高校生は「だったら最初から譲るなよ」という顔をしていたが、順番どおりシートに腰をおろし
「副住職さん、やっぱ頭剃るんすか?」
 ギクリ。
「ま、まあね」
 どうやら、小僧どもの間でも、「ズリネタが丸坊主に」のニュースは興味をひかれる話題のようだ。
 小僧の側は、容海がこれから丸坊主になると知って、瞬時に劣等感を克服したらしい。急に馴れ馴れしく多弁になり、
「いやいやいや、副住職さあん。大変っすね〜」
 お調子者の若手芸人のノリで、非常に鬱陶しい。
 早瀬陽一と名乗るこの高校生の家も寺だという。
「姉が急遽、跡を継ぐことになりましてね〜。いま修行中なんですよ」
「そう」
 気がついたら爪を噛んでいた。貧しかった少女時代に身についた癖。思春期に懸命に矯正した癖だったが、現在でも不安や苛立ちをおぼえると、ヒョッコリ出てしまう。
「最近は女の子が後継者って話、よく聞くわよ。ウチは尼寺だから当然としても、この近所でも意外にあると思うナ」
 理髪台に目をやる。クマがメインディッシュを目前に、ガツガツと前菜を食い散らかしている。丸刈りにされた美少年がベソをかきながら、さっき店を出て行った。
とても会話に集中している余裕はない。
 けれど、
「大空寺」
という固有名詞を陽一が口走ったとき、キラリと容海の両眼に光が走った。
「大空寺も娘さんが後継者ですもんね〜。姉貴のダチだったんですけど」
「ハルカって娘でしょう?」
「あれ〜、知ってるんですか? 宗派違うのに」
「ちょっと因縁があってね」
 鈴宮ハルカの狸顔が虚空をチラつき、容海はまた深く爪を噛んだ。母の目を盗んで磨きあげた長い爪が無残にもボロボロになる。
あわてて唇から手を離すが、考えてみれば、御輿担ぎに長い爪は邪魔だ。家に帰ったら全部切ってしまおう。
「これ、面白いですよ」
と陽一が見せてくるケータイの液晶画面に容海は眉をひそめた。
「まじウケるでしょ? 姉のミツキです。待ち受けにしてるんです」
「悪趣味ね」
 数秒の動画だった。
 液晶の中、
●乱暴に切り詰められたショートカットの少女のコメカミに、ホームバリカンが押し当てられる。
●バリカンと肌が接触した瞬間、虚ろだった少女の顔に表情が戻り、グシャと顔をしかめる。
●少女の口が「うえぇ〜」と動く。苦痛七分に道化三分の表情。
●少女の髪がめくれあがり、残された白い刈り跡と黒髪がコントラストをなしている。
●バリカンの動きと少女の「うえぇ〜」はシンクロしている。バリカンが入った瞬間、「う」と呻き、バリカンが進んでいる間中、「えぇ〜」と引っ張っている。
「いい表情してるでしょう? いきなり出家がきまって、床屋なんて行ってる暇なくて、庭でオヤジに刈られたんスよ」
「見たくないわ。しまって」
 陽一は嫌悪を露にする容海の反応を楽しむように、薄笑いを浮かべ、
「凹んだときはコレ見ると超笑えるんです。姉貴に比べりゃ俺も、まあマシなのかな、って」
 深爪してしまった。口中の爪の残骸をティッシュに吐き捨てる。
 ――こりゃかなり病んでるわ。
 あるいは歪んだシスコンなのかも知れない。

 あっという間に容海の順番がまわってくる。
「さっ、副住職さん、どうぞ」
 クマが猫なで声を出している。久々の尼僧の剃髪に身悶えせんばかりに、興奮している。
「さあ、さあ」
 クマオヤジは容海の腰を抱くようにして理髪台に連れ去る。
 カシャッ
とシャッター音のした方を振り返ると、陽一がケータイのカメラを容海に向けていた。
「ボウズ前に一枚♪」
「やめて!」
 声を荒げるが、小僧は涼しい顔で、撮ったばかりの画像をチェックしている。
 ――ムカつくな〜。
 心を静め、理髪台に座る。
 クマオヤジが刈布をせかせかと首に巻く。
 毅然としよう。下腹に力をいれた。オドオドしているから、このクマ男やシスコン小僧に付け込まれるのだ。
 今日はちゃんと「普通のお客さん」として遇してもらおう。
「テレビでみたんだけど」
まずは軽く世間話から・・・。
「最近は女の人でも床屋で顔剃りしてもらったりするそうね。このお店にも女のお客さん、来たりするのかしら?」
「今日もボウズだね」
 さっさとバリカンのコンセントを差し込むクマの胸倉をガバッと掴み、ゆさゆさ、
「ねえ! ちゃんと会話しよっ! ねっ? アタシ、客だよ? ナニ、その、とりあえず刈っとけ、みたいな態度」
涙ながらに訴える容海。
「ああ、何の話だっけ?」
 クマオヤジ、全然聞いちゃいない。容海にも、彼と対等にコミュニケイトする能力や意思があるという事実を、今まで忘れていたようだ。
「だから・・・女性客は来るのか?って」
「全然来ないね〜。じゃ、剃るぞ」
 ヴイイイィィィーン
「待って! ちょっと待って! オジサン! 片倉サン! バリカンとめて!」
「なんだよ?」
「アタシも一応はレディーだからさ、ちゃんとステップ踏もっ。まずは一応、客の注文を聞くのが礼節ってものでしょう?」
とオアズケをくってジレてるクマを調教にかかる。
「まだるっこしいなあ」
クマ男は興ざめの態で、それでも容海に言われた通りブスッと、
「今日はどうすんの?」
「そうね、エビチャンみたいなミディ・・・」
 ヴイイイィィィーン
「オジサン! バリカンとめてッ! 最後までボケをきいてッ! 焦っちゃダメッ!」 「あのさ〜」
 クマが目を三角にしている。
「他のお客さん、待ってるんだからね。ふざけてるんなら帰ってよ!」
 はじめて怒られた。
 不覚にも股間が湿った。
「すみません。いつも通りでお願いします」
 この店で「いつも通り」といったら、アレしかない。
「短く?」
とクマが訊く。
「はいっ、加藤登紀子がビビるくらい短く」
 「毅然」という文字を類義語もろとも自分の辞書から消去した。
「青々と?」
「はいっ、青々とお願いしますっ」
「ツルツルに?」
「はいっ、ツルッツルに」
「OK!」
 結局、クマのペースになる。

 髪がたっぷりと水を吸わされる。
 ヴイイイイィィィーン
 バリカンが迫る。
 ――いよいよボウズ・・・。
 このシーン、特撮風に表現すると・・・
 美人尼僧榊容海危うし! ドクター・ベアーによる女弁慶への改造手術スタート!
といった感じか。
 ヴイイイイィィィーン
 ザザ・・・
 前髪がすくいあげられ、
 ジャリ、
とゆっくりバリカンが生え際に食い込んでいく。
 ――ああっ! この感触!
 何度も味わってきたクセになりそうなバイブレーションを頭上に感じる。
 ジャリジャリ
 髪がバリカンの刃の上を滑り、頭皮から浮き上がり、
 ジャリジャリ、
 バリカンは一気に頭頂部まで前髪を押し運んだ。
 パサリ
 額からツムジにかけて青白いラインが走っている。ラインは容海のシャープな輪郭をくるんでいるマッシュルームヘアーを、左右1:1の比率で均等に分割している。
 ――ぬおおおっ! やってしまった〜!
 店主がラインを橋頭堡にして、すかさずその右隣にバリカンを差し入れる。
 頭皮が二度目のバイブレーションを感受する。ジョリジョリジョリ。ラインの幅が二倍近くになる。
 かくて女弁慶復活の狼煙はあがった。
・ ・・と思いきや、
 RRRRRRR・・・
 店の電話が鳴る。
「誰だあ?」
 クマオヤジは舌打ちして、バリカンのスイッチを切ると、バッバッと乱暴に刈った部分を叩き払う(痛い!)。そして電話の許へ歩み寄り、
「もしもし、片倉理髪店です・・・あ、シゲサン?」
 どうも友人かららしい。
「うん、うん、そりゃあ大変だ。・・・うん、で? あ、聞いたかい? おお、俺も魂消たよ〜、花沢サンがな〜。だから俺、言ってやったんだよ、『俺は関係ない』って。うん、うん・・・だろ〜? 思うよなあ。うん、うん・・・」
 クマオヤジ、すっかり話し込んでしまった。
 ――あのォ〜。
 逆モヒカンのまま放置され、容海は困惑する。
 クマオヤジは容海の乙女心など知る由もない、
「あ、そうそう。俺、この間ドライバー変えたんだ。今度のはね、タイガー・ウッズも使ってたやつでさあ。飛ぶ飛ぶ、もうね、すんごいのなんのって・・・」
などと道楽の話に興じている。
 ――そういうことは店閉めてからで話してよっ!
「ん? 今? 仕事中だよ。・・・そう。海音院の副住職さんの頭サ、刈ってやってんだよ。知ってるだろ? 本山でさ、御輿担ぐんだよ。だからサ、うん、うん、え? 女の客で嬉しいかって? ハハハ。いや〜、副住職さんもいい年だからね〜。もっと若い娘さんの散髪だったらウキウキしちゃうけどさ〜。うん、うん。そうそう、三十路の女の頭刈ったところでね、うん、別に嬉しかないよ〜、ハハハ」
 ――オヤジ、聞こえてんだよ! 女は三十からなんだよ!
 屈辱に身をふるわせる容海。
 さっきから写メのシャッター音がうるさい。陽一だ。もう怒る気にもならない。
 ――アタシ、こんなところで、こんなアタマで何やってんだろ・・・。
 スゥーッと意識が遠くなる。
 鏡の中の逆モヒの女が恨めしげな目で、口を半開きにして、こっちを見つめている。
 幼少の頃から学業優秀だった。母の期待に答え、中学高校とトップクラスの成績で名門大学に進学した。大学卒業後は大手旅行代理店に入社。才色兼備を絵に描いたような女だった。
 雑誌のモデルのアルバイトもしたことがある。素人ながら地元のテレビ番組のアシスタントを務めたりなんかして、読みきれないほどのファンレターをもらっていた。
 当然、男性関係も華やかだった。数多の男たちが自分に愛の言葉や貢物を捧げ、自分の寵愛を求めてきた。オトコなんて選り取りみどりだった。
 そんな栄光に彩られた人生を歩んできた。
 今だってオトコはいる。金もある。尼僧としての仕事も順調。十分に満たされている。
 なのに何故、こんな正視に耐えない姿で、ミジメな放置プレイをくらっているのだろう。自分は一体いつどこで道を間違えたのだろう。



「お待たせ」
 クマオヤジが飄然と戻ってくる。
「パッとやっちゃおう」
 ヴイイイィィィーン
 青い部分が真ん中から外へ外へ、サーッと広がっていく。
「尼さんはやっぱ坊主頭の方が有り難味があるよなあ」
「そうッスか」
 昨年と同じような会話が交わされる。
「大木凡人みたいな髪型より全然いいじゃんか」
「イエ、別に自分、大木凡人を意識してるワケじゃないッスけど・・・(汗)」
 クマ男は右に左に立ち位置を変えながら、慣れた手つきで容海の髪を剃りあげる。バリカンの振動はありかわらずハードで、正直痛い。頭がジンジンする。
 バサリ、バサリ。バリカンの肩たたきに遭った黒髪が落ちていく。女弁慶再生のためには避けては通れぬ大量リストラだ。
 コンニャクの表面のような色艶の坊主頭が、一年ぶりに浮上する。
「いや〜、なんか、流石職人さんて感じッスね〜」
「惚れたか?」
「イヤ、それはないッスけど」
「なんだと、コノヤロー」
 バリカンでグリグリされた。
 痛っ!と悲鳴をあげて、何気なく視線を横にずらすと、
 ――あれ?
 クマ男の股間が膨らんでいた。
 ――勃起してる!
 ゾワゾワ〜ッ、と鳥肌がたつ。この男、容海の頭を刈りながら、コーフンしている。しかも、
 ――デカイ・・・。
 ゴクリ。思わず唾をのみこむ。
「どうしたぁ〜?」
「い、いえっ、なんでもないです」
 アハハ、と嘘笑いで取り繕おうとしたら、
 ポロリ
 差し歯がはずれた。
「あっ」
 差し歯はコロコロ刈布の傾斜を転がって、カチーンと床に落ちる。
 ――はううううう!
 店主が拾った差し歯を、
「すいません」
と顔から火が出そうな思いで、受け取ったとき、つい鏡に目をやってしまった。
 ――うわあああああああああ!
 まるでコントか化け物だ。
「なんだかコントか化け物みたいだなあ」
 クマオヤジにデリカシーはない。
 ――道春のヤロウ!
 修業道場でアイツに足蹴にされ、転倒したはずみに前歯を折ってしまった。あのドS坊主は、何の権利があって、容海から歯も髪も奪っていくのだろう。

 頭は丸くなったが、クマはまだ満足できないらしく、バリカンをしつこく頭皮に擦りつけている。
 いつものようにシェービングをほどこされる。毛穴から毛根をほじくりだされそうな強さで、剃刀でゾリゾリ剃りあげられた。
「おつかれ!」
 これも恒例でピシャリと坊主頭を叩かれ、
「ありがとうございましたっ!」
「ほれ」
と口に飴玉を押し込まれる。
「ホントは子供だけなんだけど、特別サービス」
「ごっつぁんです・・・」
 クマは100%好意でやっているんだろうが、いちいち屈辱的だ。
 陽一がセックスシンボルの座から堕ちた女の姿を、写メにおさめている。きっと週明け、学校の連中に見せまくるつもりだろう。想像してドMの血が騒いだ。
 飴玉をしゃぶりながら料金を払う。
「まいど、お釣り千二百円ね」
 釣銭を受け取り、
 ――オヤジ、いい商売だな。
と思った。風俗に行って金をもらうようなものだ。
 とまれ、覆水盆不還、やってしまったものは仕方ない。
この勢いで御輿担ぎをやり遂げ、最終ステージである天兆五輪大法会の座に連なるのだ。
「やるわよ〜!!・・・ハックシュン!」
 嫌な予感がした。

 一路京都へ。
 本山。あの道春と再会した。
「ノコノコ来やがったな、この歯っ欠け坊主が」




 坊さんよりヤクザの方が天職ではないかと首をひねりたくなる、かつての道場監督はハイテンションで、坊主頭に褌姿の容海に、
「生意気に差し歯なんぞ入れやがって」
 歯っ欠け坊主が色気づいてんじゃねーよ、と露出した尻に容赦のない回し蹴りをくらった。ベチッ!
「す、すみませんっっ!」
と海老反る容海の意識は朦朧としている。
 ――まずい・・・。
 風邪をひいた。それもかなりヘビーなやつ。真冬にいきなり頭を丸めれば、それは風邪もひく。
 ドーン、ドーン、ドーン
 御輿担ぎ開行の太鼓の音が轟く。
 頭がクラクラする。御輿がぼんやりかすんで見える。
 ――これは・・・本気で・・・ヤバイ・・・かも・・・。
 参加僧たちが蛮声をあげ、御輿に向かって猛然と駆け出した。
 容海もフラフラと立ち上がった。
「コラア、歯っ欠け! モタモタすんな!」
 無様な真似さらしたら寒修行直行だからなっ!という鬼の怒号が、耳鳴りの中、微かに聞こえる。
「うっしゃあああ!」
 容海は最後の気力をふりしぼり、御輿めがけてダッシュした。今年の冬はかなり長くエキサイティングなものになりそうだ。


次回予告

KOUKISHI_SAKAKI.JPG - 5,453BYTES

果たして容海は幸せになれるのか・・・?



(了)



    あとがき

 どうも迫水です。
 昨年末、突如、懲役七〇〇年を襲ったピンチ。
 迫水、柄にもなくスランプに陥りました(><)
精神的インポテンツ状態で色々書いてはみるものの、集中力は欠け、ちっとも身が入らない。
 「まあ、しばらく様子をみるか。ストックもあるし、また書けるようになるだろう」と自分を甘やかしていては、いつまで経っても書けないのは、今までの経験からわかっている。
 スランプ脱出に最適なのが「シリーズ物」である。
 キャラクターはできあがっているし、設定もきまっている。だからそれに乗っかっていれば、キャラが勝手に動いてくれる。
 特にこの「女弁慶」シリーズ、ヒロイン榊容海のキャラ設定は生い立ちから血液型から、すでに作者の頭の中でできあがっている。
 また、このシリーズはこの「榊容海をいじめる」以外の趣旨は存在しないため、気楽にどんどん浮かんだアイディアを詰め込んでいった。その結果、意外と短期間で完成。
 で、完成した「女弁慶」シリーズ第三弾。・・・詰め込みすぎました(― ―;
 管理人のうめろう氏も、対談で褒めてくれてますが、懲役七〇〇年最初の小説「女弁慶」は自分の中でも一番よく書けているかなあ、と密かに好きな作品です。
 その続編である今作はその前作と比べて、ちょっと欲張りすぎました。クールじゃない、というか・・・おもいついたことを片っ端に詰め込んでいく足し算の結果、作者の悪趣味っぷりが充満したかなり濃いストーリーに。
 これもドM尼、榊容海の魔力のせいです(笑)書き手にとってはたまりません。まさにクィーン・オブ・トホホです。
 作中でチラリと触れられている榊容海と鈴宮ハルカの因縁については、いつかご紹介できれば、と思っています。
 では皆さん、風邪にはくれぐれもご注意を。




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