作品集に戻る


月曜日の完全犯罪


 二学期の放課後、帰宅を促すチャイムが鳴り響いている頃――

 校舎裏で乳繰り合っている男女がいた。

 男は、と言うより少年は、身長180cmほど。痩身。短髪。まだ童臭を残した甘いマスクは、きっと何人もの女子を惹きつけているはずだと察せられる。

 少女も170cm近い、女子にしてはなかなかの長身。ひきしまった筋肉は、一見して豊富な運動経験の持ち主だとわかる。人好きのする顔立ち――両目がやや離れてはいるが、それがかえって愛嬌となり、男心をくすぐる。髪は長い。腰まであるその髪は三つ編みにまとめられていた。

 おさげ髪を揺らして、少年の愛撫を受ける少女。

「芙美ちゃん、今日面談だったんだろ?」

 少年は少女を背後から抱きすくめ、首筋にキスの嵐をお見舞いする。彼氏彼女ともぎこちない。まだ性愛の初心者なのだろう。しかし、それゆえに二人は情熱的だ。無我夢中で互いを求め合う。

 無論こんな場所で最後まではいかない。ペッティングに押しとどめる。

「芙美ちゃん、進路決めてんの? 進学? 大学行ってもバスケ続けるの?」

「大学には行かないよ」

「じゃあ就職? 専門学校?」

「あっ、そこはダメ……」

「いいじゃん。芙美ちゃん、かわいい、かわいいよ、芙美ちゃん」

 少年は少女をかい抱く。



 少年の名は仁木到(にき・いたる)。高校2年生。バスケ部所属。その長身を活かしてレギュラーとして活躍中だ。将来はNBAでプレイしたいと青雲の志を抱いていた。しかし、この年齢になると流石に、無理だな〜、と他のステージを探しはじめている。

 女バスのキャプテンで一学年上の松尾芙美(まつお・ふみ)に惚れていた。

 何度もアプローチしているうちに、両想いになった。芙美の部活引退を機に付き合い始めた。

 鍛えられた若い肉体同士の交わりは、激しかった。到と芙美の頭の中は、このことで占められていた。お金がないからラブホテルは頻繁には使えない。到はまだ部活の練習があるので、会える時間もなかなか取れない。

 ないない尽くしで愛欲だけが膨らんでいく。

 ラッキーなことに、到の祖父母が、将来の投資、と購入した持ち家があり、現在はまだ誰も住んでいない。

 そこを、

「勉強のため」

と称して、二人は密会の場に使用した。疲れを知らない二つの肉体は、本能のまま、何度もまぐわい何度も果てた。

 それでもまだ足りず、人目を忍んで校内でも甘い時間を過ごしている。



 そんな蜜のような毎日を送っている間にも、現実は迫っている。

 進路。

 3年生の芙美は自分の道を選択しなければならない。大学。専門学校。就職。フリーター――

 今日はそれを話し合って決める三者面談があった。

 ことを終え、学校近くのコンビニで温かいコーヒーを飲みながら、到は初めて芙美の進路を聞かされた。

「看護師?!」

「うん」

 芙美は宙空に目を据え、ムッツリとうなずいた。けして怒っているわけではない。真面目な話をするときは、仏頂面になる癖があるのだ。

「お袋さんに強引にすすめられたの?」

 芙美の母親はベテランの看護師だ。

「いや、別に強制されたんじゃなくて――」

と芙美はコーヒーを一口飲み、

「憧れ、かな?」

「憧れ?」

 到はキツネにつままれたような表情になる。

 芙美はどちらかと言えば、母や母の仕事に関しては、

「小さい頃から全然家にいなくて」

とか、

「お母さん、仕事人間だから」

とか、

「街中で患者さんから”松尾さんの娘さん?”なんて声をかけられてウザい」

とか、

「最近流行っている悪疫の治療のために病院に詰めっきりだから、あたしたちもいつ伝染するかヒヤヒヤしてるよ」

とネガティブな発言ばかりしていたのに。

 しかし、周囲や当の母親が気づかぬうちに、芙美は白衣への憧憬を募らせていったらしい。

「お母さんみたいに病気やケガで苦しんでいる人に寄り添って、回復の助けになれればいいなって思って。こんな時代だから医療の大切さは、皆しみじみと実感してるはず。あたしだってそう。少しでも世の中の、他の人の役に立ちたくてさ」

 芙美はちゃんと考えていた。

「お袋さんは喜んでるだろ」

「”理想だけでやっていけるほど、甘い仕事じゃないのよ”って口では言ってるけど、嬉しそうだった」

 看護学校に入学するため、芙美はすでに勉強を開始しているという。

「芙美ちゃんスゲー」

「エッヘン」

「そのリアクションは昭和だけど」

「べ、別にいいでしょ」

と芙美は口を尖らせ、そして、お団子にまとめた超ロングヘアーに手をやり、

「髪、バッサリ切ろうかな」

と出し抜けに言った。

「ええっ?!」

 到は飛び上がるほど驚いた。

「なんで?」

 おそるおそる尋ねた。

「受験勉強のために気合い入れようかな〜、と思って。ベタかな?」

 芙美は今まで一度も美容院に行ったことはなかった。ずっと髪を伸ばし続けていた。極度に潔癖症なところがあり、他人が髪に触れるのをひどく嫌がった。だから一ヶ月に一回、母親に整えてもらうだけだった。

 彼氏の到にも当初から髪に触ることを許さなかった。最近になってようやく禁が解けたばかりだ。

「怖いけど、美容院に行くか」

という芙美の言葉に、到、ピーンと閃くものがあった。

「じゃ、じゃあさ――」

 とっさに申し出ていた。

「オレに髪、切らせてよ」

「ええっ?!」

 今度は芙美が驚く番だ。

「なんで?」

「いや、オレん家床屋だからさ」

 到の実家は理髪店を営んでいた。父は理髪師だった。

 父は職業柄、芙美同様潔癖な性格だった。外食に行ったときなど、料理人が長髪だったりすると、席に着く前に店を出るほどだった。

 当然息子の到も、子供の頃から髪を短く保たされていた。

 まあ、父のことは置いといて――

「オレに髪、切らせてよ」

 到は今度は落ち着いて、前言を繰り返した。

「確かに到ン家は床屋さんだけど、到は理髪師じゃないし……」

「おっしゃる通り」

 そこを突かれたら弱い。

「でもオレ、結構器用なんだぜ。自信はある。オレに任せてくれよ〜」

「うーん」

「月曜日はテストで午後は授業も部活もないだろ。偶然うちも月曜日は定休日だ」

「だから?」

「だから店は芙美ちゃんの貸し切り状態になる」

「到のお父さんは勝手に店を使っても何も言わないの?」

「親父は定休日にはほぼ必ずパチンコに行く。夕方になるまで帰ってこない。その隙に決行する。素早く、ね」

「到のお母さんはどうなの?」

「おふくろは定休日にはハイキングに出かける。よしんば早く戻ってきても、店のことについては何も口出ししない。大丈夫だよ」

「そうなの?」

「計画は完璧だよ。絶対うまくいくさ」

と熱っぽく説得され、

「じゃあ、そうしようかなぁ」

 芙美は案外あっさりと、計画に乗った。見ず知らずの美容師に髪をいじられるよりも、彼氏の到にカットしてもらった方がマシだと思ったのだろう。



 翌週の月曜日、芙美は到の店に来た。

 到は父親の仕事用の白いユニフォームを着て、恋人を迎え入れた。

「何その恰好。本格的だね」

「親父のなんだけど、サイズが合わずにキツくてキツくて」

「だったら着なきゃいいでしょ」

「いや、そういうリクエストだし」

「そこは言わなくていいから」

 清潔に保たれた店内、道具も手入れが行き届いている。まだ会ったことのない到の父の職人としての矜持を、ヒシヒシと感じずにはいられない。

 しかも初めてのお店カットなので、芙美は珍しげにあれこれ見回して、

「すご〜い」

と立ち尽くしている。

「さあ、早くやっちゃおう。ここに座って座って」

 発情期の犬みたくハイテンションに招かれて、芙美はためらいつつも、理髪台に着いた。

「大丈夫なんでしょうね?」

 念を押され、

「大丈夫、大丈夫」

 到は自信たっぷりだ。

「芙美ちゃんが来る前にイメトレしてたし、道具もチェックしたから」

 そう言って、芙美の首に刈布を巻きつけ、カットの支度を整えていく。足を使って、グウーン、と理髪台を上昇させる。いよいよ、だ。

 今日はシニヨンにまとめている髪を、髪留めをはずし解き放つ。ザアアァ、と長い髪が奔流の如く、持ち主の身体を流れ、覆った。

 その髪を霧吹きで湿すと、

「どれくらい切ろっか?」

「う〜ん、どうしよう……」

「”バッサリ”って言ってたよね?」

「言ったっけ?」

「言った」

「まず5cmぐらい切ってもらおうかな」

「ナニ日和ってるのさ。せっかく勇気出して切るのに、中途半端じゃ気合い入れになんないだろ」

「それは……そうだけど……」

 生まれてからちゃんと髪を切ったことのない芙美は、土壇場に来て躊躇の色を隠せない。

 が、

「立派な看護師を目指してるんでしょ? だったらガッツリ切って、自分自身にも決意を示さないと」

と到に励まされる(そそのかされる)に至って、

「わかったよ。バッサリやっちゃって」

と恐れを振り切って、断髪に同意した。

「よっしゃあ!」

 言質がとれて、到は勇む。すかさずカット鋏を握り、

 ザクザク

と肩の辺りから切りはじめる。

「ああっ!」

 芙美は思わず首をすくめた。初めての感触に、顔もこわばる。

 切り獲られた髪は、クリーム色の床に放り落とされる。白と黒のコントラスト。オセロみたいになる。

 到は勢いよく芙美の髪を断ち切っていく。

 芙美の髪は長すぎた。芙美本人の手にも余り、手入れが行き渡ってなかった。勿論部活動で忙しかったせいもあるのだが、それでも芙美を美少女に見せてきた重要なファクターだ。

 それを一房、一房、切断していくことに、到は悦びを感じていた。床屋の息子の血が騒ぎまくっていた。

 ザクザク

 バサッ!

 ザクザク

 バサッ!

 芙美の髪が切り除けられ、それらに取り巻かれていた水色の刈布が、鮮やかに現れる。

 髪は肩上で揃えられた。

「結構巧いじゃん」

「だろ?」

といったほのぼのムードを一変させるように、

「芙美ちゃん、ツーブロにしてみない?」

と到はバリカンを持ち出す。

「えっ? えっ? えっ?」

 芙美は真っ青になって、動揺し、拒絶反応を示している。さすがに断髪ビギナーにバリカンは刺激が強すぎる。

「今流行ってるんだよ。平気平気平気だってば。髪で隠せば誰も気づかないし。ま、ここはオレを信じなさい」

と到は半ば強引に芙美の髪をブロッキングして、バリカンを調節した。

 ヴイイィイィイィイィン

とバリカンが唸り、近づき、芙美のうなじと接触する、

 ジャッ、

とバリカンの刃が音を立て、そのまま――

 ジャアアアァァアァアァ

とバリカンは芙美の後頭部を刈り上げた。

 内側の髪が3mmの短さに詰められていく。

 長い髪がズルズルと刈布を伝い、滑り落ちていった。

 芙美は生きた空もなく、青ざめた顔で、バリカンのなすがままにされている。

 ジャアァァアァアァア

 バリカンが襟足を這い上がり、

 バサッ! バサバサバサッ!

 バージンヘアーが滴り落ちる。

 それを六度、七度、八度、九度、十度、と繰り返し、後頭部はすっきりと刈り込まれた。

「うぅ……」

 芙美はすっかり意気消沈している。気合い入れになってない。

「だから平気だってば、ホラ、こうやって髪をおろせば刈り上げたところは見えなくなるんだからさ」

 到はヘアクリップをはずした。

 到の言う通り、刈り上げ部分は隠れた。鏡で確かめて、芙美は安堵していた。そして、やや強気になった。

「到、スゴ〜イ!」

とパートナーの技術を褒めたたえる。

「なっ!」

 到も得意になって、芙美の髪を、右、左、とチャキチャキ揃えていく。

 それからが、いけなかった。

 アクティブなショートボブにするつもりだったが、

「う〜ん、こっちの方が長いかな」

 チャキチャキ、チャキチャキ――

「ん〜、今度はこっちが長い」

 憑りつかれたように、左右の髪を均等にしようとする到だが、悪戦苦闘、ちょこまかとせわしなく立ち位置を変え、

「う〜ん、難しいなあ」

「ちょっと、大丈夫?!」

 芙美は気が気ではない。

「どんどん短くなってるじゃん!」

 すでに両耳は半分以上出ている。腰まであった髪は3/4も切り落とされてしまっていた。

「だ、大丈夫だよっ」

と到はカットを強行する。

「ちょ、ちょ、ちょっとォ! 到、到ってば! 目つきが尋常じゃないくらいヤバいよっ!」

 芙美は両の目玉が飛び出さんばかりに、目を見開き、悲鳴をあげる。

 だが、――

 ジョキジョキ、ジョキジョキ

 ジャキッ、ジャキッ、ジョキジョキ

 左右の髪とバランスをとるべく、バックの髪も切られに切られ、とうとう刈り上げ部分がまる見えになってしまった。

「ああ〜! あたしの髪がぁ〜、髪がぁ〜!」

 芙美は目に涙を溜め、嘆く。

「ごめんごめん。ちょっと切り過ぎた。でも、ワカメちゃんみたいでカワイイよ」

「全っ然かわいくないっ!」

「でも気合いは入ったろ?」

「入ってないっ!」

と芙美はまるで駄々っ子だ。到は恋人を持て余すが、全て彼が悪い。

「芙美ちゃん、マジでカワイイって。このフォルムが最高だよ」

となだめたり、おだてたりする。この件が芙美のトラウマとなって、理美容室から彼女の足をますます遠ざける結果になっては一大事だ。

 それに、いつまでもこの現場にいてはマズイ。

 ――親父が帰ってきちゃう!

 芙美を慰めつつ、切った髪を集め、道具を洗浄する。

 片手間のフォローは、かえって芙美の涙腺をさらに緩ませる。

「ひどいよ……グス……グス……」

 ハンカチを目に当て、芙美は大泣き。

 到はオロオロする。女の子を泣かせたのは人生で初めてだ。しかも泣かせた相手は彼女。どうしていいのかわからない。

 オロオロはイライラに変わり、

「切っちゃったモンはしょうがないだろ!」

と声を荒げたが、勿論逆効果だった。到は途方に暮れる。自分も一緒に泣きたくなる。

 修羅場も極まった頃――

「何してるんだ!」

「お、親父!」

 計画より早く父は帰宅していた。パチンコで大負けして持ち金をすってしまったのだろう。

 ヘアーサロン仁木の主、仁木寅太郎(にき・とらたろう)は入り口で仁王立ちして、店内の惨状を睥睨している。

「ここは俺の聖域だぞ」

 寅太郎は厳かなトーンで言った。険しい顔だ(やはりパチンコで負けたらしい)。

 寅太郎は泣いている芙美を見て、

「その聖域をイジメの場所に使うとは、どういう了見だ、到」

 父のコメカミに血管が浮き出ている。完全に勘違いしている。

「親父! 違う! 違うんだ! 待ってくれ!」

「問答無用!」

 寅太郎の鉄拳をモロに食らい、

「ぐはあああ!」

 到の身体は宙を舞った。

 驚いたのは芙美だ。あわてて涙を拭き、

「オジサン、待って! 落ち着いて! これには事情があるんです!」

と寅太郎を制止する。

 二人から話を聞いた寅太郎は、芙美のヘルメット髪をまじまじと見て、

「これはお前が切ったんだな?」

と確認した。

「ああ、ド下手だろ。笑ってくれよ」

「笑われたら、アンタよりあたしの方が傷つくんだよ!」

 ところが予想に反して、

「いや、カンは悪くない」

と寅太郎は真剣な面持ちで評した。

「えっ?! マジで?!」

「ああ。でも、これじゃどうもこうもならんぞ」

「グスン……」

「芙美ちゃん、泣かないで〜」

「子供の不始末は親が責任を取らないとな」

と寅太郎は言い、シャキーンと職人の表情になった。

「松尾さん、大事な髪の毛をこんなにしてしまって申し訳ない。どうか、許して欲しい。出来る限りのことはさせてもらうから。さっ、もう一回そこに座って」

と芙美を促し、再度理髪台に腰かけさせると、カットをやり直し始めた。

「もうちょっとだけ切ってもいいかい?」

「は、はい」

 芙美は素直にうなずく。頼もしさをおぼえている。

 寅太郎はレザーで、シャッシャッと芙美の髪を梳く。

 歪な切り口を見事に整え、かつ髪のボリュームを抑え、動きをつけ、たちどころに今風の素敵なショートヘアーに芙美を変えた。

 そして、うなじの産毛を剃り、顔を剃り、念入りにマッサージを施した。

「松尾さん、こんなアホ息子だけど、これからも仲良くしてくれないかな」

 施術されている芙美は目をトロンとさせ、

「到パパ、結構イケオジ……到から乗り換えちゃおうかな(はぁと)」

「ま、待ってくれ。俺は女房子供がある身だ」

「芙美ちゃんの浮気者〜!」

 こうしてヘアーサロン仁木の長い一日は終わろうとしていた。



 翌日――

 登校してきた到を見て、芙美は口をあんぐり、

「どうしたの、その頭!」

 到は青々とした丸刈り坊主になっていた。苦い顔で頭をさすり、

「ゆうべ、親父に刈られた。勝手に店を使った罰だよ」

「犯行失敗だね。自業自得だよ」

「まあ、将来の志望も固まったしね」

「NBAでしょ」

「いや、床屋」

「おおっ」

「昨日のことで、なんか覚醒しちゃったよ。理容学校に行って親父の店を継ぐ」

「ほほーっ。あたしと同じパターン?」

「親父もオレには”才能がある”って言ってくれたし。初めてだよ、親父に褒められたの」

「罰でもありリスタートでもあるわけね」

と芙美は恋人の坊主頭を矯めつ眇めつ。

「芙美ちゃんこそ、その髪、皆ビックリしてたろ?」

「めっちゃ驚かれたよ。でも似合ってるって皆言ってくれたし、あたしも気に入ってる。この髪にナース服、すんごく合いそう」

 芙美は晴れ晴れとした表情で、短い髪を撫でる。ヘアーカットにも免疫がついたようで、

「伸びたらまた寅太郎パパに切ってもらおっと。カッコよくて頼もしくて優しくてオトナで最高だよ!」

「くれぐれも人の家庭、壊さんといて」

「あたし、かなりの魔性の女だよ」

「バカ言ってないで勉強しなさい」

「言われなくてもしてますぅ」

「芙美ちゃんなら絶対合格するよ」

「しますとも!」

 そう宣言して、芙美はフッと遠い目をして、

「そんでお母さんみたいな素敵な看護師になる。たくさんの患者さんの身体も心もケアできるような、そんなナースに」

「オレも親父みたいな立派な床屋になる」

「お客を泣かさない程度には上達なさい」

「それを言わないでよ。オレだって反省してるんだから」

「むふふふ」

 チャイムが鳴る。おしゃべりタイムはここまで。

「さて、午後も頑張ろう!」

「次は現国か。絶好の睡眠タイムだぜ」

「怠けることばっか考えないの!」

「ふわ〜い」

「すでにお眠になってどうすんのよ」

 二人はそれぞれの教室へ向かう。互いの胸に温かな夢を抱えながら。


          (了)






    あとがき

 リクエスト小説第8弾は太郎さんからのリクエストです。リクエストありがとうございます♪ 結構トリッキーなリクエストだったので、何度も読み返し、一応忠実にストーリー化してみたのですが。。看護学校の受験のこととかよくわからないので、結構ボカしてます(^^;)
 「看護婦」が「看護師」となったように、昨今の急激なポ〇コレ事情でもしかしたら、「床屋」とか「尼さん」っていうワードもグレーゾーンなのかな、と書く側としても気を揉みます。小説ってジャンルではまだこういうポ〇コレによる圧は小さいように思いますが――まして場末の個人サイトですし――この先どんなふうになっていくんでしょうか。
 差別を助長する、イジメを助長する、コンプライアンスに反する、といった「錦の御旗」の下で、色々な表現がどんどん規制されていっていますが、それを推し進めていった結果我々は本当に幸福になるのだろうか? 世の中は住みよくなるのだろうか?と考えたりもしています。
……と話がズレてしまいましたが(汗)、もうすぐ春、これをお読みになって下さっている方々の中にも巣立ち旅立ちのときを迎える方もいらっしゃると思います。なので今作をタイムリーに感じる方もおられるのではないでしょうか。中には不安でしょうがないという方もいるでしょう。そんな方が少しでもホンワカした気持ちになれれば嬉しいですし、勿論断髪を求めて来られる方にも満足して頂ければ、この上ない幸せです(*^^*)
 最後までお読み下さって、本当にありがとうございました♪



作品集に戻る


inserted by FC2 system