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かぐや様はバズらせたい


 二宮かぐや(にのみや・かぐや)は、知る人ぞ知る日本のyoutuor(「すわりな」参照)である。

 チャンネル登録者数も数多いて、「かぐや様」とカルト的人気を得ている。

 動画投稿を始めて二年、一番脂がのっている時期と言えるかも知れない。

 純粋に楽しいし、パフォーマンスやクオリティも上がってきている。収益はそこそこだが、彼女はまだ大学二回生、小遣い稼ぎになればそれで満足だった。

 満足どころか、「表現」のためなら多少の赤字も厭わない覚悟だってあった。

 最初はゲーム実況だった。

 ――あの頃は再生数20〜30がやっとだったんだよなぁ。

 かぐや様は甘酸っぱく振り返る。

 今は手を広げて、ロケをしたり実験をしたり、楽器(ベース)を演奏したり、大喜利とか大食いにチャレンジしたり、ドイツ哲学の講義をしたり(彼女は大学で哲学を専攻している)、電車について熱く語ったり(彼女は「鉄子」でもあった)、気の向くまま、やりたいことをやり、統一感のないチャンネルになっていた。

 それでもファンたちは、かぐや様の気まぐれについてきてくれている。

 学校にはノーメイクで分厚い眼鏡をかけ、もっさりとした髪をボサつかせ、ダサダサファッションで通っているが、ネットの中では気合いを入れてメイクを施し、コーディネートにも気を配り、「愛しのかぐや様」を演じている。

 この「非モテ系女子」と「姫」の二重生活を楽しんでいる。

 撮影スタッフも有能だ。

 と言っても一人しかいない。

 バイト先で知り合った大崎(おおさき)君という男の子だ。

 大崎君はかぐや様と同い年だが、高校を中退して、現在フリーランスで、例えば結婚式で流す新郎や新婦のムービーを製作したりしている。

 大崎君はしっかりしている。バイトをやっているのも、将来起業するための資金稼ぎだとのこと。こういう「有言実行」タイプは好感持てる。

 ゲーム実況で行き詰っていたかぐや様にとって、大崎君の存在は砂漠で手渡された一杯の水のように思えた。

 早速彼を口説いて、動画製作兼ブレーンとして仲間に引き込んだ。

 大崎君も、面白そうだな、と案外あっさりと乗ってきた。

 大崎君の技術は素晴らしかった。巧みな編集で、動画のレベルは十倍にも二十倍にも跳ね上がった。

 「かぐや様」キャラを前面に押し出したのも、大崎君のアイディアだった。

「二宮さん、美人だからイケるよ」

と背中を押してくれた。大崎君の読み通り、「かぐや様」は一部のユーザーから熱狂的な崇拝を受けるようになった。

 演者のかぐや様、裏方の大崎君のペアはまさに天の配剤と言えた。

 とは言え、まだまだチャンネルはマイナーな存在。

 かぐや様に不意に或る野望が芽生えた。

 もっと上に行きたい、とはかぐや様も大崎君も思っている。

 が、二人の間には齟齬がある。

「バズらせたい〜」

と二言目にはかぐや様はそう言う。

「そんで世間様にこのチャンネルの存在を知らしめたい〜」

「それじゃダメだよ」

と大崎君は冷静だ。

「一回バズったって世間はすぐ冷める。それよか地道に、今いるチャンネル登録者たちの支持を一層固めるべきだよ。そのためには、着実に動画の質を向上させていくのが賢明だよ」

「それは正論だけど、あたしとしては何か一発ドカーンと当てたいんだよね」

とリモートミーティングで言い合っている。

 急進派のかぐや様と漸進主義の大崎君、二人以上の人間が一緒にやっていれば、こういう摩擦も生じるものだ。



 それでも毎週末、二本撮り三本撮りと収録しては、次々と投稿を重ねる。

 今日もまた長い濃い一日は終了。

 ちょっとした世間話をしているうちに、

「前に話したチャンネル、ホラ、お寺の……えーと、えーと……」

「”寺娘リナのゴキゲンチャンネル”のこと?」

「そうそう、それそれ」

 以前発見した超弱小チャンネルだ。ダメダメなんだけど不思議な味わいがあるよ、と大崎君に教えてあげた。

「まだ続けてんのかな」

「やってるよ」

 大崎君はしっかりチェックしているらしい。

「最近盛り上がってきてる」

「マジで?!」

「あのリナってYoutubor、出家して寺継ぐことになって、そっち方面のネタで再生数稼いでる。それ以外の企画は相変わらずダメダメだけどね。髪剃るみたいだから、それを撮影してアップしたら、ひょっとするとバズるんじゃないかな」

「バズるううぅぅ?!」

という動詞に、近頃のかぐや様は滅法弱い。

「いや、実際はどうなるかわかんないけど。でも女が坊主にするなんてレアだから、絶対反響大きいだろうね」

「う〜ん」

「二宮さんも坊主にする?」

「ノー!」

 かぐや様は大慌て、かぶりを振る。

「最近たまーに坊主に挑む女性Youtuborも出てきているからね」

 大崎君、守備範囲が広い。ホラ、これとか、と女坊主動画をスマホで再生してみせる。

 若い女性Youtuborたちが美容院や床屋に突撃して、長い髪を坊主に剃り、或いは友人に手伝ってもらったり、セルフバリカンで髪をむしっていたり、

「すごいね!」

 圧倒されるかぐや様。インパクト大、再生数もすごいことになっている。こんなワールドがあったとは。

「どう? 二宮さんもやってみる?」

と訊かれ、

「う〜ん」

「まあ、俺としてはせっかく軌道に乗っている”かぐや様”のキャラクターを壊したくない。ファン離れのきっかけになる恐れも大きいし、リスキー過ぎる」

「でものし上がっていくためには、それくらいの冒険は必要かも知れないし」

 いつもの癖で、つい大崎君に対して逆張りしてしまうかぐや様だ。

「とりあえず、この案件は一旦持ち帰って検討してみるね」

なんてビジネスマンみたいなことを言って、そして、今週の収録はお開きとなった。



 一人暮らしのマンションに帰る。

 散らかった部屋で昨夜とった宅配ピザを温め直して、女坊主動画をチェックして回る。

 液晶画面の中の女の子たちは明るい。

「これから坊主にしまーす」

とか宣言して、髪を刈り、サバサバと頭を丸めていく。皆ノリノリだ。

 海外の女子Youtuborでも同じように坊主頭になる人も結構いる。ワールドワイドなネタらしい。そして、そういう動画は大抵が5桁6桁の再生数を叩き出している。

 ピザを食べ食べ、缶ビールをあける。

 チビリチビリやりながら、動画を渉猟する。すっかりハマっている。底なし沼のようだ。

 ハルミコフという、かぐや様と同じ日本の女子大生Youtuborはこう言っていた。

「坊主って今しか出来ないことじゃないですか」

 高校生までは親や学校がうるさいし、社会人になってからでは「常識」が邪魔をする。だから大学時代しかない、と。

 かぐや様はハッとなる。確かにそうだ。

「やるしかないっしょ!」

とハルミコフは親指を立てる。なんだか自分がハッパをかけられているような気分になる。

 ハルミコフはその場で床屋にTELして予約を入れ、店へと出向き、肩までの髪を一気にスキンヘッドに剃り上げていた。髪に鋏が入れられ、バリカンが入れられ、頭が剃刀でツルピカになる一部始終を、グダらないよう、BGMや字幕、早回しやコラージュ等の技術をフルに駆使して、見事エンターテイメントとして仕上げていた。

 ――この人、これを自分で編集してるのか……

 スゴイ!と素直に感心する。

 最後にハルミコフはできあがった坊主頭を撫でまわし、

「坊主になりました♪ 気持ちいいです!」

と自撮りのカメラに向かって破顔した。そして、

「これを観ている女性の皆さん! 一生に一度はこの髪のない感覚を味わってみるのもいいんじゃないでしょうか! 絶対オススメです! 以上、ハルミコフ初坊主の巻、でしたぁ!」

と動画をしめくくっていた。

 動画が終わってからも、かぐや様はぼんやりとビールをあおっていた。2缶、3缶、と。

 コメント欄や評価等から推し量るに、ハルミコフのチャンネルはこの坊主動画からスケールアップしている。寂聴似のクセして。

 半日、女子坊主Youtuborたちに付き合って、さすがにカルチャーショックで疲れ果ててしまった(昼間は動画の撮影があったし)。

 モッサリロングをけだるくかき上げる。

 ―― 一生に一度はこの髪のない感覚を味わってみるのもいいんじゃないでしょうか!

というハルミコフの言葉が脳内で、バルサンの如く充満している。

 かぐや様の心で天使と悪魔が闘っている。

悪魔「ふふふ、かぐやよ。お前も一生に一度くらいは坊主経験しといた方がいいぜぇ」

天使「ダメだよ、かぐやちゃん! せっかく何年もかかって伸ばした髪を切っちゃうなんて。髪は女の子の命なんだよ!」

悪魔「どうせ、ろくに手入れもしてないんだろ。いいじゃんか。剃っちゃえ剃っちゃえ!」

天使「チャンネル登録しているファンが悲しむよ! チャンネル登録者数が減っちゃうかも知れないんだよ!」

悪魔「それで逃げるようなファンなら所詮そこまでの連中だ。後々お前の足枷にしかならねえよ。この際、真のファンを見極めるための踏み絵が必要だ。わかるな?」

天使「勢いで坊主にして後悔しても遅いんだよ! 髪はすぐには伸びて来ないんだよ! 外出したら周りの人たちにジロジロ見られる、そんな生活になるんだよ?」

悪魔「やらずに後悔よりやって後悔、だぜ。いざとなればカツラで隠せばいい。さあ、行け!」

天使「女の子が坊主なんてありえない!」

悪魔「スッキリして気持ちいいぞ〜。バズるぞぉ〜」

天使「バズらない!」

悪魔「バズったら、坊主ネタでしばらく引っ張れるぞ〜」

天使「バズるためだったら悪魔に魂を売るのかい、かぐやちゃん!」

 ――売るッ! 売り払うッ!

 かぐや様は心の中で咆えた。次の瞬間には、

「Zzz……」

 眠りに落ちていた。



 翌朝目をさましたかぐや様は、もう昨日までのかぐや様ではなかった。

 大崎君にラインする。

『次の企画は坊主に挑戦するから!』

 ラインはすぐに返ってきた。

『やめとけ』

 そんな四文字に制せられるかぐや様ではない。

『やる』

と二文字で返した。

 しばらくラインで応酬し合って、埒があかないので、リモートで話し合った。

 大崎君は渋りに渋った。が、かぐや様の決意は固く、そもそもが冗談とはいえ、言い出しっぺは大崎君なので、

「OK、わかったよ」

と兜を脱いだ。

 後はいつも通り、ミーティングで企画を煮詰めていく。

 場所はどこにするか。どれくらい切るか。どういった構成にするか。

「駅前の1000円カットの店はどうかな?」

とかぐや様は提案したが、

「店内は狭いし、場所柄客も多い。撮影するのは難しいよ。それにカットは10分とかスピード勝負だから撮れ高が少なすぎる」

と大崎君に却下された。

 結句、かぐや様がいつも行っているカットハウスで切ってもらうことに決まった。

 そして週末、ついに撮影は敢行されたのだった。



「は〜い、そういうわけでですね、ってどういうわけだ(笑) いつもこのチャンネルをご覧になって下さっている方、本当にありがとうございます。かぐやです〜」

 やや緊張気味にカメラに向かって話しかけるかぐや様。

「本日は重大発表がございます〜」

と切り出す。

「かぐや、このたび、なんと、なんと、なんとですねえ――」

と視聴者に気を持たせ、

「坊主にします!」

と言い切った。言い切ってしまった。

「散々悩んだんですね。観て下さる方の中には”かぐや様の長い髪が好き”とおっしゃって下さる方もいて……いや、ホント悩んだんですよ。でも、ここで一切合切、プラスもマイナスも全部リセットしたい、という思いが強くて……この”かぐや様”というお姫様キャラクターもそろそろ潮時かなぁ、殻を破って次のステップに進まなきゃなぁ、といった気持ちで……」

 言葉を選び選び、尤もらしい前口上を述べ立てる。さすがに「バズりたいから」と本音は言えない。

「それでは早速行ってみましょう!」

 ヘアサロンは基本予約制なので、前もって予約していたかぐや様と撮影隊(大崎君)は、入店して待たされることなく、カット台へ。

「撮影しちゃってもいいですか?」

と訊くと、いつもカットを担当してくれている年配の女性美容師さんは、戸惑いつつも了承してくれた。

「今日はどうする?」

と尋ねられ、間髪入れず、

「坊主で!」

「坊主〜?!」

 思いも寄らないオーダーに、美容師さんは目を白黒させている。

「スキンヘッドでお願いします」

とさらに畳みかけたが、

「スキンヘッドは無理ね」

 美容院では剃刀は使用できないという。そうなんだ。初めて知った。

 注文が空振りし、かぐや様は思わず大崎君を見た。大崎君はカットの邪魔にならないよう、しかし、ちゃんと撮影できるように撮影位置を確保している。

 話し合って、

「じゃあ一番短い丸刈りにしてください」

ということになり、美容師さんは、

「いいのね?」

と一応は念を押しながらも、カットクロスを巻き、ネックシャッターを巻き、粛々と準備を開始する。

「いいんです。もうバッサリやっちゃってください」

と不安を押し殺し言い募るYoutuborかぐや。

 美容師さんはまずは粗切り、かぐや様の長い髪を大きな鋏で、ザクザクと野菜でも切るように切っていく。

 凄まじい量の髪が頭から切り離され、

 ――ああ……あっ、ああ……

 今度はかぐや様が目を白黒させる番だ。

 ――ついに……ついに!

 ジャキジャキッ、ジャキッ

 ジャキジャキジャキ、ジャキッ

 30秒でイケメンにされた。

 ――こ、これは……

 あまりのイケメンぶりに、かぐや様、恍惚となる。

 前、横、後ろ、とベリショにされ、そしていよいよバリカンの登場。ゲーハーの道まっしぐら!

 左耳の上からコメカミを越え、頭頂付近へと刃の感触は遡る。

 ジャアアアァァアアァ!

 その全てを大崎君は余すところなく撮る。地味にアングルを変えながら。

 ――ここら辺は早回しなのかな。

と髪を剥かれつつも、動画のことを考えてしまう。Youtuborの悲しい性(さが)だ。

 バリカンは何度も上昇運動を繰り返し、左鬢はたちまち削除される。

 かぐや様、ちょっと後悔の念が脳をよぎる。床を見た。おびただしいブラウンヘアが散乱している。とんでもないことをしでかしてしまった。そんな思いに背筋が寒くなる。

 が、覆水盆に返らず、美容師さんはひたすら作業に没頭している。

 次は前に回り、左端から順繰りに、前頭部が浸食される。掘削される。思い切り縮められていく。

 右鬢も左と同様、刈り飛ばされる。

 ジャアァァアァアァァ

 ジャアアァァアァ

と勢いよくやられた。

 そして、襟足も――

 ジャアアアァァアアァアア

 ジャアァアァァアァ

 髪の無くなる衝撃と心細さ、それと相反する爽快感と開放感が心の中で入り乱れる。

「かぐやちゃん、撮った映像はネットで公開するの?」

「わかります?」

「そりゃあ、わかるわよ。アタシの顔にはモザイクかけてね」

「悪いことしたわけじゃないのに」

とかぐや様は笑った。ちょっと和んだ。

「そこで動画撮ってくれてる男の子は? 彼氏?」

「撮影スタッフです」

 かぐや様はまた笑った。またちょっと和んだ。チャンネルでもよく同じことを訊かれる。

 頭頂の髪がちょっと残った。

 後に大崎君に「タコ社長」とテロップを入れられた、その髪型だが、それもほんの束の間、すぐ刈り落とされた。

 3mmの丸刈り頭になった。



 ひきつづき一番短く切れるバリカン(0・05mm)で頭が刈り直される。

 ジャアアアァアアァアァァ

 ビッシリと密生した黒の粒々がこそげ落とされ、青ざめた頭の肉がピッカリ現れる。

 この頃にはバリカンの感触にも慣れ、

「女の人を坊主にするのって初めてですか?」

と美容師さんに質問したりする余裕もできた。

「う〜ん、昔、坊主頭に近いベリショにした若い娘がいたけど……本格的な坊主はこれが初めてね」

「女の子の坊主ってアリですかね?」

「さあ、でも、もしアタシの娘が坊主にするって言い出したら、全力で止めるけどね」

「あたしの場合は止めてくれないんですね(笑)」(出来上がった動画ではここで「あくまでビジネス」とのテロップが出る。)

「だってねえ、カメラマンまで連れて店に来られちゃねえ、止める方が野暮みたいになっちゃうじゃない」

 美容師さんは言い訳しながらも、手を休めることなく、かぐや様の髪を削りおろしていく。

 徐々に青めく頭、その頭の肉がバリカンのバイブレーションを感じる。バイブレーションに身体全体を委ねる。

 ジャリジャリジャリ

 ジャリジャリジャリ

「Zzzz……」

 委ね切りすぎてうたた寝してしまった。

「二宮さん、寝てるよ」

 大崎君に小声でツッコまれ、

「あっ」

 ハッと起きる。

 ――初めて坊主になる最中に居眠りとか、どんだけ図太いんだ、あたし!

 その場は笑いでおさまる。けれど、かぐや様はバツが悪い。

「最近、眠っても眠ってもまだ眠くて、講義中も居眠りばっかしちゃうんですよ〜」

と弁解じみたことを言う。

「睡眠の質が良くないんじゃないの? 寝る前にネットとかやったりしてる?」

「わかります?」

 職業病、いや、副業病というべきか、夜遅くまで自他の動画チャンネルをチェックする癖がついてしまっている。

「寝る前のパソコンやスマホは、良質な睡眠の妨げになるらしいわよ。脳が興奮しちゃうんですって」

 美容師さんは入念に、3mmの毛をひとつまみも剃り残さぬように、丁寧に仕事をした。

 ジャアアアァァアアァァ

 ジャアァアアァアアァ

 青々とした坊主頭になって、

「やだぁ〜、何コレ?!」

とかぐや様は涙と笑いを同時にこぼした。感情の始末に困り過ぎる。

 店内の照明が、照り返り、青い頭が白く光る。

「やっちまいましたぁ〜」

とYoutubor魂全開で、カメラに向けて手を振るかぐや様である。

 頭を摩る。0・05mmの毛がザリザリと、掌を刺激する。

 ――キモチイイッ!!

「風邪ひかないでね〜」

と美容師さん。確かに季節の変わり目だ。気を付けよう。



 お礼を言って店を後にし、近くの公園でラストカットの撮影をする。

「そういうわけで、今回生まれて初めて丸坊主にトライしてみたんですが、いかがだったでしょうか? あたし的にはメッチャ満足していますっ! メッチャすっきりしましたっ! なんか変なテンションになってますが(苦笑)、でも、クセになりそうですっ!」

と熱弁を振るっていたら、ガキンチョどもが寄ってきて、

「お姉ちゃん、女なのになんで坊主にしてんの〜?」

とか絡んできて、

「うるさい、あっち行け」

と追い払おうとすると、ますます面白がって、

「オトコ女〜」

「ボーズ女〜」

「ハゲ女〜」

とからかってくる。

 かぐや様もムキになって、

「黙れ! 来んな! クソガキども!」

と見苦しく罵り返し、グチャグチャのまま、

「二宮さん、いいよ。撮れ高も結構あったし、このハプニングも使えそうだし」

と大崎君になだめられて、ロケは終了となった。

 ――どうかバズりますように。

 ここまでやって空振ったら目もあてられない。



 夜。入浴後、スッピンになった自分を鏡で見た。浅黒い肌にラッキョウ型の輪郭、そこに収まった地味な顔立ちに、青坊主というのは、正直、どうにも頂けたものではなかった。

 このときばかりは、

 ――こんなになっちゃったんだ……

と激しいショックと喪失感に襲われ、凹んだ。



 完成した動画については、大崎君は持てる力の全てを発揮した。

 加工すべき箇所はふんだんにデコレーションして、カットすべきところは思い切りよくカット、ナチュラルのままの方が良い部分は全く手を加えずそのまんまにして、最良の一本に仕上げた。

 断髪から二日後には、ホヤホヤの状態でプレミア公開。

 アップに際しては、#坊主女子#坊主#断髪#イメチェン#剃髪”#最新ファッション#ばっさり#丸刈り#美容院#ヘアカット#チャレンジ#尼さんじゃないよetc……と考えつく限りのハッシュタグをつけまくった。なりふり構ってはいられない。

 動画に対する反響は物凄かった。

 かぐや様ファンの男性らからは、

 ショック〜

 幻滅やわ

 坊主はちょっと無理

 やりすぎ

と不評の嵐だったが、

 すごい勇気! さすがかぐや様!

 坊主になってもお美しい!

 私も坊主にしてみたくなりました

 神々し過ぎる

と好意的な意見の方が多かった。特に女子受けが良く、チャンネル登録者も増えつつある。英語のコメントも幾つかあった。一気にワールドワイド?!

 中には、

 次は剃刀での本格的な剃髪が見たいです

 バリカンの音を強調してもらえれば尚良いです

 やはり女坊主はサイコーです

 編集なしのカット場面もアップして欲しいものです

 今度は女友達を誘って坊主にさせるという企画はいかがでしょうか

と、どうもマニア方面からのコメントも散見された。

 で、結局バズったのかというと――

 バズらなかった。

 再生回数もリアクションもこれまでの動画の中では、ずば抜けていたが、世間を巻き込んでのムーブメントになるまでには至らなかった。

「まあ、他のYoutuborもやってる企画だしね」

 大崎君は身も蓋もないことをのたまう。

「バズるバズらないは、とどのつまりは人知を超えた範疇にあるんだよ。狙ってどうこうできるもんじゃないよ」

「はあ〜」

 かぐや様はでっかい溜息をついた。

「ここまで身体張ったのに……」

 今までの動画群では最も反響があったし、「かぐや様」のキャラの幅も広がった、と大崎君は力説する。

「クオリティもこれまでで最高だしね」

と自画自賛をまじえたりもして。

 かぐや様は頭を撫で撫で、

「当分配信はお休みしようかな」

「ダメダメ、せっかく坊主女子っていうでかいネタができたんだから。これからは坊主頭で色んなトコにロケに行ってもらうよ」

 坊主頭であちこちに出没、突撃したり、坊主ドッキリを仕掛けたり、ふたたび髪を伸ばす過程を撮ったり、と大崎君にははち切れんばかりの腹案があるようだ。

 ――バズらなくても、ただでは起きない、ってわけね。

 そんな大崎君をかぐや様は頼もしく思う。

「もう坊主ネタはあれ一本でお腹いっぱいだよ」

とまた大崎君に対して逆張りしてしまうが、

 ――もう一押しして来な。

 勿論説き伏せられる心の用意はできている、かぐや様である。


               (了)




    あとがき

 今回は「すわりな」(と「収穫祭での出来事」)に続くYoutuborヒロインです。
 タイトルの元ネタはもうバレてますね(^^;) この間テレビでその映画がやっていて、何気なく観てみたら、この手の漫画原作系の恋愛映画ほとんど観たことなかったので、めっちゃ新鮮でめっちゃ面白かったです!!
 本稿は時代に乗っかろうとして乗っかり切れなかった感満載ですが、そこはどうか温かい目で読んで下さいましm(_ _)m
 長年読書や創作をしていますと、ある真理がわかってくるんですよ。本当に魅力のある作品って、多少ユルユルでも読者の側で勝手に補完してくれるんですよ。逆に魅力のない作品は、いくら整合性がとれていてテクニック的に優れていても、粗探しされてしまうんですよね。できれば前者でありたいです。
 今回も自伝の断片的な一作です。サイト発足のとき、「あちこちで宣伝してビッグなサイトにしよう」と張り切るうめろう氏と、「そうすると荒らしまで呼び込んじゃうから、細々とやっていこうよ」と腰引け気味の迫水との間で温度差があったこととか思い出しつつ書きました。
 最後までお付き合いいただき、どうもありがとうございました(*^^*)



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