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( ゚ε゚;)


 今年の学園祭の出し物、2年A組は演劇に決まった。題材は「新選組」である。

 とりわけ副委員長の宇田川昴(うだがわ・すばる)はウキウキワクワクしている。

 将来はシナリオライターを志望している昴は、この劇の脚本を担当する。自ら猛アピールして、

「じゃあ、宇田川、頼む」

となった。

 初めての脚本執筆、昴は武者震いした。

 「アイツはちょっとズレてる」

と昴は陰で評されている。

 確かに、昴は他の子とはちょっとズレている。どこがどうズレているのかは、陰口組にもうまく説明できないが、でも、ズレてる。

 昴はいわゆる「歴女」である。「新選組」をテーマに、と強引に推したのも彼女だった。新選組隊士たちの墓がある京都の壬生寺にも、何度も詣でている。筋金入りだ。

 さて、そういうわけで、ストーリーの構想を練る昴だが、新選組愛が強すぎて、あの場面も入れたい、この隊士も登場させたい、と欲張りすぎて、話がまとまらず、1ページも書けない。

 図書館から新選組関係の本を、参考にとドッサリ借りてきたが、かえって情報量が増え、それらの取捨選択がまるっきりできない。

 煮詰まりまくる昴に、クラスメイトたちは、

「昴、台本書けてる? 期待してるよ

「宇田川ちゃん、台詞はなるべく短めにね。演者は全員素人だからさ

「絶対優勝しようね!

「演劇部は、バレー部の田中南を引き抜いて勝負かけてきてるよ。ウチらも負けらんないよ」

と勝手ばかり言ってくる。プレッシャーで、ますます筆が滞る。

 脚本があがらないと、配役決めもできない。

 昴は焦る。

 日が経つにつれ、

「まだできないの?

「自分で立候補して企画した劇なんだから、ちゃんと〆切は守れよな

「とりあえずチェックしたいから、書けた分だけでも読ませてよ」

 クラスメイトが借金取りのように思える。一行も書けてない、なんて口が裂けても言えない。

 毎日、机でセミロングの黒髪をかきむしり、「処女作」と格闘している。

「アンタ、大丈夫? ひどくやつれてるじゃない」

と母が心配するほど憔悴しきっている。3kg痩せた。あまりおすすめできないダイエット法だ。

 昴は窮している。

 切羽詰まった挙句、

 ――そうだ! 影山さんに相談してみよう!

と藁にもすがる思いで、日曜、影山さんのアパートに向かった。

 影山さん(♂)は昴の友達だ。35歳、無職。

 「無職」という語を嫌い、

「ディレッタントだ」

と言い張っている。

 実家が裕福なので、お金に困ることもなく、毎日ブラブラしている。本を読んだり、音楽を聴いたり、古文書や化石や黒魔術の道具やHな浮世絵なんかをコレクションしたり、よくわからない詩を書き散らしたりしている、背の高い二枚目だ。

 昴とは市内の図書館で知り合った。

 博識で弁が立ち、話も合うので、いつしか彼のアパートに出入りするようになった。

 と言っても、双方に恋愛感情は微塵もない。

 昴は影山さんの話を聴いて、自分の好奇心や知識欲を満たす。それだけだ。

 それだけのために、昴は影山さんの部屋に通っている。「ズレてる」と言われる所以だろう。



「つまり、僕の助言を必要としてるんだね?」

 相談を受け、影山さんは腕組みする。ヘビースモーカーの影山さんは、セブンスターをひっきりなしに吸い、好物のトマトジュースをゴクゴク飲んで、考え込んでいる。

 あいかわらず床には、雑誌や本、レコード、アンティークの類いが所狭しと散らばっていて、足の踏み場もない。

「アイディアさえあれば、先に進めることができるんです」

「ふぅん」

 キャンキャン、キャンキャン、と室内犬のクセに汚くブサイクな茶々丸(ちゃちゃまる)が吠え立てる。この影山さんの愛犬はいつもこうだ。昴が来れば、吠えまくる。完全に敵視されている。懐柔しようと努力したが、徒労に終わっていた。

「影山さん、歴史詳しいじゃないですか。新選組についても、色々知ってるんでしょ?」

「まあね」

と言って、影山さんはまた煙草をくわえた。

「ネタはあるにはあるね」

「お願いします!」

「うーん」

 影山さんは昴への協力を惜しんでいる。薄情というより物臭なのだ。

「ネタを提供してくれるのなら、あたし、何でもしますから!」

「何でも?」

 影山さんの双眸がキラリと光る。昴が今まで見たことのないデモーニッシュな表情(かお)になった。

「何でもするんだね?」

「はい!」

 騎虎の勢いでうなずく昴。

「本当に?」

「本当です」

 もしかしたら影山さんに処女を捧げることになるかも、と昴は覚悟した。

「じゃあ――」

 影山さんは昴の想定を一万光年も超えた要求を、口にした。

「昴ちゃんの髪にバリカン入れさせて」

「はあ?」

 昴は固まった。身体も脳も一時停止。

 影山さんの意図がよくわからない。今まで昴が生きてきた常識の範疇を、逸脱も逸脱、超超超逸脱した要望に、頭の中が真っ白になる。

 そんな昴を置き去りにして

「アイディア一つにつき、バリカンひと刈りでどうだい」

と影山さんは話を詰めてくる。どうやら彼は昴の知らないフェティシズムの持ち主らしい。

 キャンキャン、と茶々丸が昴をせっつくように吠える。

「あ、あたしにも、た、煙草下さい」

と影山さんから分けてもらったセブンスターをくわえ、火をつけた。

 二三回ふかすと、それを灰皿でもみ消し、

「わかりました」

と了承した。普通の女の子なら百人が百人断るだろう。やっぱり、こういうところ、ズレてる。

 まるでブルースの鬼才ロバート・ジョンソンが十字路で悪魔に魂を売り、ギターテクニックを得たクロスロード伝説のように、昴は一銭にもならない脚本執筆のため、影山さんに魂を売り渡したと言える。

 もっとも、「バリカンを入れる」と言っても、ツーブロみたいな感じになるだろう、とタカをくくっていた(それだって昴にとっては十分すぎるほど嫌だが)。

 影山さんはしつこい。

「口約束じゃ心許ないから、誓約書を作ろう」

とパソコンキーをカタカタ叩いて、

『私、宇田川昴は影山氏に学校内活動の為、助言を受け、その報酬を支払う事をここに誓約致します。

(1)報酬は一つの案につき、採用不採用問わず、バリカンで髪を一回カットする事とします。

(2)バリカンのカットについては、カットの日時、場所、方法等は全て影山氏に一任いたします。

(3)カットの結果に関して、影山氏に責任を問う事は一切ありません。』

 不安がぶり返すが、昴は震える手で誓約書にサインし、拇印を押した。

 ――賽は投げられた!

「さて、アイディアその1」

 影山さんはすこぶる上機嫌だ。

「昴ちゃんは”松山幾之介”という新選組隊士を知っているかい?」

「聞いたような聞かないような……」

「幻の隊士だ。新選組側の資料には一切登場しない。唯一、岡山藩の資料に”新選組の松山幾之介という隊士が間諜として、藩内に潜入したのを斬った”とあるのみだ。勿論、新選組を扱った小説にもドラマにもまったく出てこない」

「ちょっと、マニアックじゃないですか?」

「新選組のスパイが潜入したことで、平和だった大藩の殿様や家臣たちが右往左往するさまを、コメディタッチで書けばいい。事なかれ主義の老臣、血気盛んな若侍が入り乱れて、という趣向だ」

「土方歳三や沖田総司は出てこないんでしょ?」

「それは脚本家の才覚次第だよ」

「ん〜」

「君がこのネタを使うも捨てるも自由だ。ただし、これでバリカン一回だからね」

 昴の背に、すぅー、と冷たいものが走った。

 しかし、もう遅い。

 ――賽は投げられた!

のだから。

 ひと刈りもふた刈りも大して変わらない。毒を食らわば皿まで、だ。

「他に良いアイディア、ありますか?」

「おっ、やる気満々じゃないか。いいことだ」

と影山さんは相好を崩し、

「二つ目のアイディアは――」

と舌を振るい始めた。

「新選組誕生以前の近藤勇の青春モノ。無論君がご執心の土方歳三や沖田総司も登場する。江戸や多摩を舞台に、希望と失望を繰り返しながら成長し、友情を育んでいく若者たち。この時期は史料も少ないから、フィクションも多めに入れられる。まさに脚本家の腕の見せ所だな」

「でも、それだと登場人物が新選組である必然性がないですよね? 第一、衣装係の人たちはもうあのダンダラ羽織の制作に入っちゃってますし」

「没、かい?」

「残念ながら……」

「OK、だけど、これでバリカンふた刈り分だよ」

「三つ目のネタは?」

「おおー、いくねえ、昴ちゃん!」

 影山さんがそう目を輝かせ、開陳した第三案は、

「小寅事件だ」

「小寅事件?」

「芹沢鴨がらみの一件だ」

「ホホウ」

「新選組が大阪に出張したときのことだがね、芹沢が懸想していた小寅という芸者にフラれた腹いせに、大暴れして、小寅のいる店に押しかけて、小寅の髪を切ってしまったんだ。ちなみに、巻き添えをくって小寅と一緒に髪を切られた仲居のお鹿は永倉新八の情人だ」

「そんな事件があったんですか」

「永倉が後に書き残しているから、まぎれもない史実だよ」

「エピソードとしては地味だし、陰惨すぎますよ〜。う〜ん、もうちょっとアクションとかないと、新選組をチョイスした意味がないですよォ」

「このエピソードを基に短編小説を書いてるサイトをこの間見つけた」

「好事家ってやつですね」

「確かに偏ったサイトだったなぁ。で、没かい?」

「ええ」

「じゃあ、四つ目のアイディアに――」

「い、いえ、も、もういいです!」

 昴は這う這うの体で、影山さんの部屋を退出した。家に向かって猛ダッシュする。

 その背中に――

「バリカンのことは、後日また連絡するから」

という影山さんの声が追ってきた。茶々丸も、キャンキャン、とご主人様に追随する。



 結局、脚本は仕上がった。

 土方歳三が主人公のオーソドックスなエンターテイメントになった。9割は色んな小説からのパクリだった。結句、乙女の黒髪を賭した影山さんからのネタは、何一つ役立たなかった。散々な脚本デビューだ。

 主演の土方役には片思い中のシンタロウを抜擢した。脚本家の権限をフルに利用して。なにしろ、シンタロウを念頭に置いて、脚本を書いたのだ。あて書きというやつだ。

 イタズラ大好きでお調子者のシンタロウは、

「かったりーな」

と憎まれ口をたたきつつ、

「アドリブ、ガンガン入れてくぜ」

と意外にやる気をみせていた。



 しかし、影山さんは「証文」片手に、約束の履行を迫ってくる。

 普通の女の子ならば100%ブッチする案件なのだが、昴は、

 ――約束は約束だし……。

と律儀に対応した。ズレてる。そんな昴だからこそ、影山さんもあんな無茶振りをしてきたのだろう。

 何度もやり取りした結果、日時を決めた。学園祭の前日だった。場所も決まった。



 劇の最終稽古を終えて、昴は十三階段をのぼる死刑囚のような重い足取りで、影山さんの指定したバーバーショップへと向かった。

 床屋で、と考えるだけで足がすくんですくんで仕方ない。

 バーバーショップの扉を開けると、影山さんがいた。一人だ。

「ここの大将とは同級生でね」

と影山さんは説明した。頼み込んで、閉店後、貸し切りで使わせてもらっているとのこと。

「さあ、マドモアゼル、ご着席を」

 影山さんは紳士ぶってそう言い、昴をカット台に座らせた。

 店内には撮影機器もセッティングされ、昴の一挙手一投足をくまなく、休むことなく記録している。影山さんはそういう趣味の持ち主なのだろう。

 影山さんは足を使って、カット台の高さを調節する。なかなか堂に入っている。

 ケープを巻かれる。

 影山さんはバリカンを握り、

「さて、どこを刈ろうかな」

と思案中。

「ツーブロックというのはどうでしょうか? 内側の髪を――」

「それじゃあ、ちっとも面白くない」

 ――”面白くない”?

 そう、影山さんは完全に「あっち側」の人となり、愉しんでいる。

「な、何mmですか?」

 恐る恐る訊くと、

「アタ無し、ほぼ0mm」

「ひいっ!」

 縮みあがる昴。想像もつかない領域だ。

「や、やっぱりナシにしませんか? こういうの良くないですよ」

 ヴイイイイイン

 影山さんはバリカンを鳴らして、返事に代えた。

 ――む、無念……。

 ずっと新選組どっぷりの日々だったので、心の声まで侍口調になる。

 ――あれ?

 昴はようやく気付いた。

「影山さん、そのバリカン、小さくありません……?」

 嫌な予感しかない。

「ああ、これか、普段茶々丸の毛を刈るのに使ってるやつだよ。人間でも大丈夫だから安心して」

 昴は愕然とした。

 まさか、

 犬用バリカン

を使用されることになろうとは。

「なんで、お店のバリカンを使わないんですかっ!」

「迷ったんだけどね。ま、いいじゃないか」

と影山さんは意にも介さない。そして、

「よし!」

と独り決めして、バリカンを持っていない左手で、昴の前髪をかき分ける。いきなりド真ん中からいくつもりだ。

 ――い、い、一番ありえないパターンじゃん!!

 昴は仰天した。

 しかも、接近してくるバリカンの刃を見たら、チョボチョボと白い毛がくっついている。ブサ犬・茶々丸の毛だ。

 ――ちゃんと洗浄してよおっ!

 余りのショックに、昴は卒倒寸前だ。

 犬用バリカンは額の生え際に躊躇なく突き立てられ、激しい勢いで、

 グワアアァァア

と押し進められた。

 バサバサッ!

 ――ぎゃああああああ!

 昴の髪の真ん中に幅1cm強の青い溝が、ボッコリ出来ていた。

「まずはひと刈りね」

 影山さんは言った。ちょっと鼻息が荒かった。いつもの彼らしくない。相当コーフンしているのだろう。

「どうですか、お気持ちは?」

とインタビューの真似事をされたが、昴はノーコメントだった。心理的ダメージが大き過ぎて、口をきけずにいるのだ。

 余りの不潔さに胸が悪くなるし、ひとつまみの髪が刈り残されて、チョロリと浮島になっているのも見苦しく、いやだった。

「ふた刈り目、いくぞ〜」

 影山さんは、昴の頭の溝の左真横に、唸るバリカンをあてた。小刻みに震える刃を差し込んだ。

 一気に――

 グワアアアァァ!

 シャリシャリと髪がこそげる音を立てながら、えぐられる。そして、形を歪ませて、剥がれ、バサバサッ、バサッ、とケープを叩く。

 青白い地肌が剥き出て、店の照明の下、煌々と光っている。

「さあ、ふた刈り目、終了」

 後一回か、と影山さんは名残惜しそうだ。コーフンに任せて、こうなったら全部刈ってやるぜ、と何度バリカンを走らせても、心折れている昴は何も言わない(言えない)だろうが、そういうことはしないタイプらしい。影山さんには影山さんなりのポリシーがあるのだろう。

「ラストカットだ」

と影山さんは今度は初めの溝の右隣に刃をあてた。

 ヴィイイイイイン ヴィイイイイィイィン

 犬用バリカンは、茶々丸に代わって、ご主人様を鼓舞するかの如く吠え立てる。

 影山さんは昴のリアクションを楽しみながら、ゆっくりゆっくりバリカンを生え際に挿入していく。

 しかし、我慢も決壊、

 バリカンは猛然と前髪を頭頂まで押し上げた。

 グワアアアアア!

 バラバラ、バラバラ、と髪が頭を離れ、宙に放り出され、ドサドサと床に落ちる。

「やっぱり犬用バリカンだと、刈りが甘いな」

 素直に業務用バリカンにしておけばよかった、と影山さん、やや不満そう。

 カットは終了した。10分足らずの時間だったが、昴の体感時間では一時間にも二時間にも思えた。

 影山さんは悠々と、「収穫物」を手持ちのビニール袋に入れていた。その「収穫物」たちのこの後の運命については、考えないようにした。

 鏡の中には、落ち武者一人。

 落ち武者は唇を噛んでいた。負け戦を悔いているかのように。

 ところどころの刈り残しがミジメな気分を、一層かき立てる。

 ――トホホ……

 雨をしのぐ人のように、バッグを頭の上に載せ、店を出、家路をひた走った。



 夜更け、昴は、6時間前に刈りあがったばかりの部分を、ムダ毛処理用に買い置きしてある安全カミソリで、ジョリジョリ剃り込んだ。

 ジー、ジー、ジジー、ジッ、ジッ

 ジジー、ジー、ジッ、ジー

 ツルピカに仕上げた。



 翌日は学園祭。

 昴は頭にバンダナを巻いて、剃髪部分を隠し、登校した。自宅でもそうやって誤魔化していた。

 クラスメイトたちには落ち武者カットをお披露目した。

 皆、腰を抜かさんばかりに驚いていた。

 SNSに載せたいから、との多くの要望にも応え、写真を撮らせてやった。顔出しNGという条件をつけて。

「一体、何がどうしてそんな頭になったのよ?!」

と当然の疑問を呈され、昴は強がって、

「役作りよ」

と答えた。

 そう、昴は今回の劇で、生首役、という超端役で出演することになっていた。

「リアリティーを追求しようと思ってね」

 ズレてるにも程がある、とクラス一同思った。

 主演のシンタロウは、

「女優魂だな」

とニヤニヤ笑いながら褒めてくれた。いや、冷やかしたのだけど、昴には通じず、彼女は素直に嬉しく、天にも昇る気持ちでいた。



 こうして、2年A組の舞台の幕はあがった。

 冒頭。

 商家の若旦那のザンバラ髪の生首が、獄門台に晒されている。演・昴だ。目を閉じて、ジーッとしている。

「すごくリアルなカツラね。まるで本当に剃ってるみたい」

「ホントだね」

と観客が話しているのが聞こえ、ヒヤヒヤする。

 そこへシンタロウ演じる若き日の土方歳三が、尻っぱしょりの旅人姿で、

「おお〜、寒い寒い」

と飛び出してくる。

 そして、晒し首を見て、ギョッとなり、

「なんだ、なんだ」

と首の横に立っている立札を読み上げる。

「”この者、不義密通の罪にて磔獄門に処するもの也”かあ。ああ、江戸は物騒でいけねえや。桑原桑原」

 ほんの束の間の想い人との「共演」に、昴はささやかな幸せを噛みしめる。

 台本では、ここで土方はまた駆け出し、舞台を横切って退場することになっている。しかし、シンタロウはなかなかはけようとしない。

 ――どうしたのかな?

 昴は気になるが、目を閉じたまま「演技」を続ける。

「よし! オイラがひとつ、このホトケにコイツを手向けてやろうじゃねえか」

 ――そんな台詞、ないぞ?

と突然のアドリブに困惑している昴の「月代」に、何かがのせられる感触がする。生温かい。

 ――ん?

 次の瞬間、会場の老若男女からどよめきや悲鳴が巻き起こった。

 あまりの騒ぎに、昴も薄目を開け、舞台を確認する。

 シンタロウが真後ろに立っている。

 ――何?

 昴は自分にふりかかっている災厄が、まだ把握できないでいる。

 が、

 ――え? え? もしかして……もしかして……まさか、まさか……え? え?

 シンタロウは一物を出して、

「チョンマゲ〜」

と昴の頭上にのっけていたのだ。

「ついムラムラと出来心で」

とシンタロウは後に供述している。

 我慢汁が漏れ、昴の頭の地肌を濡らす。

 昴の顔から完全に血の気がひいた。

 口をパクパクさせ、そして――叫んだ。

「キャアアアアアアアアア!!!」

「幕だ、幕を下ろせ!」

 舞台袖では担任が怒号している。頭を抱える者、呆然とする者、泣き出す女子、駆け回る裏方たち、天と地がひっくり返ったような大騒ぎだ。

 あまりの衝撃に昴は気を失った。



 気がついたら、保健室のベッドに横臥していた。

 父と母が昴の顔を覗き込んでいた。二人とも泣いていた。

 ――夢じゃなかったんだ……。

 落ち武者頭について、

「一体どうして?」

と死ぬほど訊かれた。

「宇田川さん、イジメられてるの? そうでしょ? 話して」

「誰にやられたんだ?」

 養護教諭や担任もさんざ尋ねてきた。

 昴は洗いざらい全てを話した。

「バカね、アンタは。たかが学園祭の劇のことで……大バカよ!」

と母は泣き崩れた。

 こうして学園祭はメチャクチャになり、中止された。前代未聞の大椿事だった。

 シンタロウは警察沙汰こそ免れたものの、無期停学となった。

 影山さんは昴との誓約書を盾に無罪を訴えたが、未成年との契約は法律上無効なので、結局、逮捕されてしまった。



 学園祭の夜――

 自宅の洗面台の前にて――

 昴は裁縫鋏で、残されたセミロングの髪を、ジョキジョキ切り刻んでいた。断ち、切り、捨てた。

 洗面台は黒いペンキをぶちまけたような惨状となる。

「こんなものはね、こうしてやるんだから!」

 ジョキジョキ、ジョキジョキ、発狂したように、昴は髪に鋏を入れていく。

「こんなものはね、こんなものはね」

と何度も口走りながら。

 その表情(かお)は笑っていた。


       (了)        






    あとがき

 2021年初めてのオリジナル小説でございます。
 また学園モノだ〜(汗) どんだけ好きなんだ、学園モノ(笑)
 骨格となるストーリーは、サイト開設以前、ノートに書いていた雑文(小説ですらない)を基にしておりやす。
「姫帝について」の次に書いた小説です。
 「姫帝」は歴史モノなので言葉のチョイスにも苦労しました。かなりガチガチに自己を制御しての創作でした。
 そして今作にとりかかったのですが、前作の反動から、のびのびと書けました。ほんと、重いリストバンドをはずしたかのように、解き放たれ、筆がすすむすすむ! 書いてて楽しかったです♪
 迫水も中学時代、文化祭で監督、脚本、主演で劇をやったことがあるのですが、凄まじくスベリまくり、大コケし、未だに苦い記憶です(^^;) 思い起こせば文化祭での楽しい思い出ってほとんどないなぁ。
 ……と、話がヒロインと同じようにズレまくってるし。。
 発表小説は脱稿した順にアップロードするのですが、今回はこっちを「姫帝」より先にアップしました。こっちの方がトップバッターとして良いかなぁと思って。
 あと、かなり変則的パターンなんですが、脱稿した後で断髪シーン等を大幅に書き換えました(業務用バリカン→犬用バリカン)。それでちょっとワチャワチャしてしまった(^^;)
 今年もやっていきますよ〜!
 どうかひとつよろしくお願いいたしますm(_ _)m




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