作品集に戻る


臨時全校集会


 聖デズモンド&モリー女学院は、清く、正しく、美しく、というベタなモットーを掲げ、未来のレディーたちを純粋培養してきた、ミッション系のお嬢様スクールである。

 大玄関には、

 私は世の光である。
 私に従う者は闇の中を歩かず
 命の光を持つであろう。

というヨハネ伝の箴言が大書された扁額が、登下校する生徒たちを、朝な夕な見下ろしている。

 しかし、今回お話しする一大珍事は、この学院の、光を拒絶した闇の深さをはからずも露呈させた。

 教師たちは強権をもって、生徒たちを管理抑圧する。

 鬱屈した生徒の中には、陰湿なイジメやスクールカーストの絶対化にふけるなど、闇の中を歩む者たちも数多存在した。

 そして、ことは起きた。

 元禄十四年三月十四日のことである(嘘)。



 毎年、恒例の名門校による「対抗戦」――

 聖デズモンド&モリー女学院はなんと最下位に!

 その無様な転落劇に生徒らは激しく憤っている。

 全校の非難は「対抗戦」の代表選手団に向けられた。

「ちょっと、お聞きになりまして? 代表選手団の総監督の舞鶴先生(♂・53歳)、自ら謹慎なさっているそうですわよ」

「謹慎なんて生温い。切腹モノですわ」

「舞鶴先生は真面目なお方ですから、本当にお腹を召してしまいそう」

「なんてったって最下位ですわよ、最下位!」

「ありえませんわ!」

「選手団長の延原さんなんて何食わぬ顔で登校されていますのに」

「厚顔無恥とは、まさにあの方のためにあるような言葉ですわ」

「まったくどういう神経をなさっているのかしら」

 生徒間の話題で常に俎上にのぼっている延原百合奈(のべはら・ゆりな)とて、心中は穏やかではない。毎日が針のムシロだ。

 しかし、百合奈にもプライドがある。

 負けて家に引きこもってしまっては、ますますミジメになるばかりだ。

 だから今日も気力を奮い立たせ、校門をくぐる。

 机には、「負け犬」「学院の面汚し」と書きなぐられた紙が、ベタベタ貼られている。

「……」

 黙ってそれらの紙片をはがし、ゴミ箱に捨てる。毅然とした態度で、周囲からの圧を振り払い、着席する。

「おーほっほっほっ、延原さん、貴女、大変ねえ」

と高笑いして財部如子(たからべ・ゆきこ)が声をかけてくる。ヒールみたいな登場の仕方だが、彼女も代表選手だ。百合奈と共に戦い、共に負け、共に白眼視されている仲間だ。愛称は「にょこ」。

「ワタクシレベルになれば、たかが対抗戦の成績が振るわなかったぐらいで、とやかく言ったり表立って嫌がらせしてくる輩もいませんわ。やはり侵しがたい気品というものがあるのでしょうね、ホッホッホッホ!」

 にょこさん、背中に貼り紙されてますよ、と指摘することもできず、

 バカ

ってでっかく書いてあるそれをそっと剥がしてあげる。

「どうかいたしまして?」

「いえ、ゴミがくっついていたので」

「あら、ありがとう。では失礼。オーッホッホッホッホ!」

と去っていく如子の結いあげた髪の隙間から、チラリとのぞく十円ハゲ!

 ――にょこさん、そこまでストレスため込んでるくせに、見栄張って登校して……貴女はバカよ、大バカよ!

 まあ、百合奈も同じなのだが。

「延原さん」

「兵藤さん!」

 兵頭花野(ひょうどう・かの)が青白い顔を一層青白くさせて、百合奈に近づいてくる。

「なんで急に登校してきたんですの?! ずっと休んでいらっしゃったのに」

「いや、対抗戦惨敗の後、ずっと部屋に籠ってたら、”熱血和尚”がカメラを引き連れて乗り込んで来ちゃって」

「熱血和尚?」

「学校に行く、って無理やり約束させられちゃって」

「善意の押しつけも甚だしいですわね」

「報道ドキュメンタリー”熱血和尚が往く〜不登校の名門女子校生に愛の喝! 少女は果たしてふたたび学校に戻れるのか?”ってタイトルでテレビで放映されるらしいから、よろしければご覧になって」

「いや、もう結末わかってるし」

 いじめられっ子気質の花野、学校に来るのは、薪を背負って火の中に飛び込むようなものだ。



 チャイムが鳴る。

 授業が始まる。

 不穏な空気――それをヒシヒシと感じる。レディーの本能で。

 どこからかメモが回ってくる。

『放課後、体育館へ』

 金釘流の達筆で書かれている。

 百合奈の背筋に悪寒が走る。

 ――ついに来るべきものが来たわね。



 呼び出しを受けたのは、百合奈だけではない。

 如子も花野もだ。

「仕方がありませんわ」

と覚悟を決め、体育館の扉をあける。

 構内は全校生徒たちで埋め尽くされていた。

 百合奈ら三人が姿を現すと、

 パチパチ、パチパチ、

と冷たく乾いた拍手が起こった。

 百合奈と如子は(表面上は)堂々と往く。花野はおびえながらも、二人にくっついていく。

 三人が進むそばから、モーセの「十戒」のように、人の海が、サアアア、と開く。

 そして、三人は壇上にあげられた。

 構内は、しーん、と水をうったように静まり返っている。

「ようこそいらっしゃいました。麗しき勇者方」

と生徒会長の萱内琳子(かやうち・りんこ)がその場を仕切る。

 琳子の指示で、百合奈たちの首に、

『私は母校の名に泥を塗った不覚の徒です』

と書かれたカードが吊り下げられる。まるで人民裁判の様相を呈している。

「皆さん、もう一度このお三方に拍手を」

 パチパチ、パチパチ、とまた冷ややかな拍手が陰気に響く。

「くっだらないわ」

 如子はせせら笑う。

「こういう弱者を寄ってたかって吊し上げるのは、聖デズモンド&モリ―校のお家芸ですものね。実に陰険ですわ。もっともワタクシは弱者ではありませんけど」

「そうやって強がっていられるのも今のうちですわよ」

 琳子は残酷な笑みを浮かべる。そして、

「皆さん」

と満場の生徒たちに呼びかける。

「この方々は、栄えある我が校の歴史に暗黒の一ページを加えました。後世の生徒たちは背負わねばならない負の歴史を、けして拭えない汚点を残したのです! 現在私たちも他校との交際において、引け目を感じざるを得なくなったという、何とも腹立たしい状況に陥っています。この不条理な屈辱にあふれた日常を私たちに与えて下さった、この代表選手団に私たちも改めて制裁、いいえ、御礼を差し上げなければなりません!」

「そうですわ!」

「存分に御礼いたしましょう!」

という声が生徒間から巻き起こる。

 三人は口をつぐみ、自分たちの次の運命を待つしかない。

「大体お三方とも髪が長すぎますわ!」

という声が飛ぶ。

「そうですわね」

 琳子はゆっくりとうなずき、

「視界をふさいだり、相手につかまれたりする、そんな長い髪で出場するのが宜しくないのです。真剣さが足りない証拠ですわ」

と弁じたてた。

 三人はもうなすすべもなく、顔を青ざめさせて、壇上に立ち尽くす。

「とりあえずお三方には、今この場で気合いを入れ直して頂きましょう」

 琳子がそう言い終わらぬうちに、生徒会役員共がパイプ椅子を持ってきて、百合奈たちをそれに座らせた。

 百合奈、如子、花野は思いがけぬ苛烈な展開に呆然自失。

 さらに驚いたことに、舞台の袖から数名の教諭が現れた。三人とも手に手にハサミを握っている。

 その余りの手回しの良さに、百合奈は嘆くより呆れる思いだった。

「先生! あなた方はこういうバカげたパーティーを制止される御立場じゃなくて!」

 如子は教師連に猛抗議している。

 しかし、教師たちは肩をすくめ、

「残念ながら我々もここに集まった全校生徒たちと同じ気持ちなんだよ」

「その通り。大体君たち特待生は、こういう対抗戦等に勝つため、学費その他を免除されていることを忘れているのではないかね?」

「我が校の名誉を保たせるには、信賞必罰、このような見せしめが必要だと判断した」

「容赦しないわよ。覚悟なさい」

 迫る魔の手に――

「ちょっ、ちょっと、お待ち下さい! 冗談じゃないわ!」

 如子は激しく抵抗する。結わえていた髪をガードするが、男性教諭の膂力には敵わない。

 たちまち髪をほどかれる。

「ひいいいい!」

 如子が隠し続けてきた十円ハゲが白日の下に晒される。

 どっと生徒たちの哄笑が響き渡る。

「財部さん、なんというチャームポイントなんでしょう!」

「うっ、くくくっ、笑い死にしてしまいそうですわ」

 はしたなく笑い転げる乙女たち。

「うぅ……ワタクシ、死にます! 舌を噛み切って死にますわ!」

「にょこさん、早まらないで! 死んで花実が咲くものですか! 耐えましょう。今は臥薪嘗胆、来年の対抗戦で勝って見返してやればいいのです」

 百合奈は懸命に如子に言い聞かせる。

 ケープをかぶせられ、プラカードをぶら下げられた「負け犬」たちに、体制側の鉄槌が振り下ろされる。

 教師らは一斉にファーストカットを入れる。

 ジャキッ!

 耳のすぐそばで、髪を切る音が鳴った。

 ――きゃああ!

と声なき悲鳴をあげる三人。

 会場のボルテージは最高潮に達する。

 バサッ!

と三つの髪束は、同時に床に落ちる。

 陰湿な嗜虐心と、ドス黒い歓喜と、歪んだ愛校心に支配された凄惨なイニシエーションが開始された。

 この瞬間、三人のはっきりと、スクールカーストの最底辺へと転げ落ちたのだった。

 ジャキジャキッ、ジャキジャキッ!

 ジャッジャッジャッ!

と砂を踏みしめるような音を立てて、教師たちは埃ほどの忖度もなく、敗者らの髪をハサミで切り刻んでいく。

 百合奈は想像をはるかに超えた残忍な仕置きに、気が狂いそうなくらいのショックを受けている。それでも耐える。

 如子はすでに廃人のようになって、ボーッとした表情で髪を切られている。栗色の髪がみるみる落ち、こんもりと積みあがっていく。

 花野などは壇上にあがってから、ずっと泣いている。ポロポロと涙を流しながら髪を刈られている。長めのボブヘアーだったのが、もう両耳がピンと出るほど、スピーディーに髪の形を変えられている。

 百合奈自身も片目が隠れるくらいだった前髪を、眉上5cm以上――おでこが全開になるまで切り詰められている。

 百合奈の髪を切っている女性教諭は、かつて百合奈から何度も悪意をもってやり込められ、――嗚呼、その頃には百合奈は「模範的な」聖デズモンド&リジー女学院の生徒だったのだ!――その復讐をはからずも果たせ、上機嫌だった。

「延原さん、こんな長い髪で対抗戦に臨むなんて、全くなってないわね」

と憎々しげに百合奈の耳元で囁き、ハサミでサイドの髪を――頬のあたりで切り裂く。

 ジャキジャキッ、ジャッジャッジャッ!

 切り手たちは、いちいち髪の型やバランスを気にしたりはしない。ただ勢い任せに――しかも、面白がって切っているだけだ。

 ジャキジャキと手荒く切りすすめていく。

 百合奈は顔に触れる冷たい金属の感触に、生きた空もない。

 段々と頭が軽くなる。その軽さに百合奈はパニックになる。鏡がないので、自分がどんな髪型にされているのか、よくわからない。ただ、相当短く刈り込まれていることだけは確かだ。

「羨ましいですわ。私もハサミであんな長い髪を切り落としてみたい!」

「さぞかし胸がスーッとするでしょうねえ」

という生徒らの心無い会話が聞こえてくる。

「うぅ……」

 我に返った如子が嗚咽する。

「耐えられないですわ、こんな恥辱」

 彼女の髪はスポーティーな短髪に変じている。十円ハゲを隠す髪は疾うにない。

「耐えるのよ、にょこさん!」

と百合奈は励ますが、

「そういう貴女は耐えられるのかしら」

 女性教諭は嘲笑い、非情にもバックの髪を刈り上げていく。ジャキジャキ、ジャキジャキ、と。

 品の良いセミロングの髪は、原型をとどめてはいない。

 それでもまだ満足できず、女性教諭はハサミを動かす。これでもか、これでもか、というくらいに、暗い情熱を傾け、百合奈の襟足を刈り上げ続ける。

 パラパラと微細な髪の毛が、首の周りにフリカケみたく散っていく。

 百合奈は瞑目した。顔を歪めた。泣きたい!

「もうその辺でよろしいでしょう」

と琳子が言い、断髪は終わる。女性教諭は名残惜しそうに、ギリギリまで百合奈の髪を刈り詰めていた。

 しかし、まだまだ「お楽しみ」は続く。

 とどめを刺すように、

「では、お三方にはご自分の新しいヘアースタイルを見て頂きましょう」

 琳子の言葉に、生徒会役員共は三人にハンドミラーを手渡す。

 百合奈らはためらい、鏡を伏せ、拒否反応を示していたが

「御覧なさい」

と強いられ、拒めずに、髪を切った自身と対面する。

「きゃあああぁ!」

 三人の口から同時に悲鳴があがった。

 それもそのはず――

 百合奈の髪は耳上からスッパリとヘルメットのように、頭上で浮き上がっていた。

「いやああああぁぁぁ!」

 他の二人も同様に無残な髪型にされていた。

 床に崩れ落ち突っ伏す「負け犬」たち。

 期待以上のリアクションに見物の乙女たちは歓喜した。

「早く手を洗いたいわ。細かい髪がくっついちゃって」

と女性教諭は呟いている。

 三人は顔を上げることができず、病み猫のようにプルプル震えている。

「さあ、いつまでそうしているおつもり? もう代表選手だからといってチヤホヤされると思ったら大間違いですわよ。さっさとその床に落ちた薄汚い髪を始末して下さいな」

 琳子にせきたてられ、百合奈も如子も花野もようよう顔を上げ、琳子の言いつけに従う。

 そのさまを目の当たりにして、

「ミジメねえ、ああはなりたくありませんわ」

「未だ逼塞なさっている他の代表選手にも、然るべき“御礼”を差し上げなくてはね」

 生徒らはヒソヒソ話している。

 百合奈はこんなにも居たたまれなさを感じたことはなかった。

 ずっとうつむいて、たくさんの視線から逃れるように、切られた髪――それは数十cmにも及ぶ長いものばかりだった――を掃き集め、壇上を浄めた。

 花野はともかく、あの如子でさえ従順に化(な)っていた。

 ――来年こそは――

 勝つ!と百合奈は心に刻み付けた。

 この屈辱を晴らすには、実力をつけて、勝利――優勝するしかない。雪辱のその日まで臥薪嘗胆、ひたすらこの状態に甘んずるより他に道はない。

 今は雌伏のとき、密かに牙を磨き、爪を研ぎ、時機を待つ。

「皆様」

と琳子、

「この敗北者たちに今一度、今度は激励の拍手を」

 生徒間から機械を思わせる無感情な拍手が起こる。

 パチパチ、パチパチ、

 パチパチ、パチパチ、

 パチパチ――

 百合奈はその拍手から身体を背ける。

 髪をかきあげようとして、――指は空しく虚空を滑った。

 それを琳子は見逃さず、

「延原さん、もうかきあげる髪なんてないのをお忘れかしら」

 百合奈は恥ずかしさで、顔を真っ赤にした。

 赤面した百合奈に琳子は、

「まるでイチゴみたいですわよ」

とひやかした。確かに百合奈の髪はイチゴのヘタのようだった。

「帽子!帽子はありませんこと!」

 十円ハゲが丸出しの如子は悲痛に叫ぶが、彼女の望みは叶えられないでいる。

 生徒らに嘲笑に、百合奈はうつむく。

 そして、口の中で、

「臥薪嘗胆、臥薪嘗胆」

と小さく呟いた。

 ――今に見てらっしゃい!




        (了)






    あとがき

 どうも〜、迫水です。リクエスト小説第11弾です♪
 「名門女子校が対抗戦で最下位になり、長い髪を批判され、全校生徒の前で教師たちに髪を切られ、勝利を誓う」といったあらすじに沿って、書かせていただきました。
 「ラノベ風」とあったので、もしかして軽いコミカルタッチを求めてらっしゃるのかな、と書き始めてから気づき、軌道修正をしたんですが、結局ヒサンなストーリーになってしまった(汗)すみませんm(_ _)m
 今回は大変でした。リアルが忙しかったり、ゴタゴタがあったりしたこともあったのですが、他にも理由があります。いつもB5版のレポート用紙に小説の下書きしているのですが、今回気分を変えようとA4版のやつで書き始めたんですね。そうしたら全然書けない! ビックリするほど書けない! やっぱり書き慣れた方のがいい、といつものレポート用紙を買い直しました(汗)
 それにしても、今回リクエストの大半が「学園モノ」だった。。迫水=「学園モノ」というイメージでもあるのかしら?? まあ、「学園モノ」好きなんですけど(笑)
 コロナ、あちこちで緊急事態宣言が発令され、深刻になって、都市部ではもはや他人事ではないという昨今、家から出られないという方々のお慰みになれば幸いです(*^^*)
 リクエスト大会はまだ続きますよ〜!
 楽しみにして頂ければこれまた幸甚でございます。
 ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました(*^^*)(*^^*)




作品集に戻る


inserted by FC2 system