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ズル剥け


     (T)

 太田知世(おおた・ともよ)と狩野基信(かのう・もとのぶ)はどこにでもいる、ごくごくフツーのカップルだった。

 学生時代からの付き合いで、現在社会人一年生。基信はさる会社の営業職、知世は歯科助手として働いている。

 すでに小さなアパートを借りて、同棲中だ。

 日々平穏に暮らしている。

 最近「夜の生活」がマンネリ気味だが、それ以外は満ち足りていた。

 世は全て事もなし。

 だが、――というお話である。



     (U)

 今夜は知世は用事があって、実家に帰っている。

 これ幸いと、基信はソファーに寝そべり、スマホでアダルトサイトを堂々と巡回している。

 しかし、あまりピンとくる動画はない。

 冒険心が騒ぎ、普段行かないようなマニアックなサイトへ出張ってみる。

 あるわあるわ、こんな動画需要あるのか?という動画が目白押しだ。

 怖いもの見たさで、次々再生してみる。ホホウ、となったり、うへえ、となったり、?となったりしながら、貴重な一人タイムを満喫する。

 そんな動画たちの中で、基信がちょっと気になったのは、

 剃髪プレイ

というジャンルだ。

 剃毛プレイなら知っているが、剃髪プレイとは如何に?と視聴してみる。

 超ロングヘアーの妙齢の女性(ルックスも結構良い)が、髪をかきあげたり、振り乱したり、梳ったり、その長さや美しさをアピールして、シャンプーをして――会話を聞くとどうやらチャイニーズ系の女性らしい――バリカンで一房一房、じっくりと丸刈りに刈られ、カミソリで剃られ、ツルピカ坊主になるという内容だった。

 女性はときに顔をしかめ、ときにはにかんで笑い、ときに紅涙をしぼり、百面相状態、できあがったスキンヘッドを情けない顔で撫でまわしている。

 基信は激しい衝撃を受けた。こんな世界があったとは!

 同時にその動画を応えるかの如く、テントを張っている自己にも驚いていた。

 頭の中では、悪趣味極まりない、唾棄すべきワールドだと思っている。

 にも関わらず、身体はしっかりと反応してしまっている。

 心臓の鼓動が激しくなる。強いコーフンが身体中を駆け巡る。

 同ジャンルの動画は山のようにある。

 それらの動画を片っ端から視る。

 基信は奔流のような昂ぶりに屈し、ひっきりなしに右手を動かした。何度も何度も果てた。

 かくして一夜のうちに、一人の剃髪フェチが爆誕したのであった。



     (V)

 基信は思う。

 あのバリカンのすさまじい攻め。

 一方的に頭を「ズル剥け」にされる女たち。

 その苦悶の表情。

 寒々とした裸頭を晒し、屈辱に打ち震えるさま。

 コーフンする。

 基信の思考は完全に嗜虐者のそれだ。

 ふと、基信は、恋人知世のセミロングの髪を、坊主に刈るさまを想像する。その感触、そのビジュアル、想像しただけで股間が隆起する。

 あわてて、その「不健康な」想像を打ち消す。まだ理性は、ある。

 しかし、知世と暮らしながら、

 この女の頭を刈りてえ!

という狂おしい衝動に駆られる。

「基信、どうしたの?」

 知世は恋人の変化に敏感に気づく。

「なんか悩みでもあるの?」

と訊いてくる。

 お前の頭を坊主にしたい

とはまさか言えない。言えばドン引きされるだろう。別れる羽目になるかも知れない。

 話せばわかる、が知世のモットーだ。

 これまでも、二人で暮らしながら、支障が起きれば、互いに腹蔵なく話し合い、心の内のわだかまりをほどいてきた。

 しかし、今回は一筋縄ではいかぬようだ。

「なんでもねーよ」

と基信は言い張った。

 少し冷却期間を置いた方がいい、と聡明な知世は判断した。

 基信は毎日毎時間毎分毎秒、自己の欲望を抑えつけて暮らしている。

 隙あらば剃髪動画を視ている。動画の女の顔を、知世に置換したりして。

 しょっちゅうスマホをイジっている彼氏に、知世は知世で不信感を抱く。

 浮気でもしてるのかな、と心配になる。

 基信は悶々。

 知世は鬱々。

 面白くなく日を送る。



     (V)

 そんな基信の理性の堤防は、ついに決壊寸前。

 バリカンなら、ある。

 実家にあって、誰も使わないのでなんとなく持ってきていた。もう何年も使用されないでいる。

 動くかな、と試しにスイッチを入れると――

 ウィイィーン、

 動いた!

 これで、切れる。

 基信は小躍りする。そして、アタッチメントを12mmに調節した。

 夜の営みのさなかでも、夢中になりつつも、冷めている彼がいる。異常性欲を持て余している彼がいる。

 愛する女性(ヒト)をバックで突き上げながら、爆発!

 こっそり用意していたバリカンを握る。

 ウイイィーン ウィイィィン

 モーター音と共に震える刃、それをそっとセミロングの髪にあてる。

 ジャァアァアァァア

 髪が裂ける。チーズみたいだ。

 バサリ!

 切れる!

 バリカンの切れ味に、基信は舌を巻く。

 基信はついに超マニア道に踏み入った。

 バリカンを思い切り、挿し入れた。

 知世の襟足は生え際から裂け、バリカンの動きに沿って、順々に落ちていった。

 知世は腰を振りながら、まさかバリカンで髪を刈られているとは夢にも考えず、

 バイブだろう。

と思い込んでいた。

 バイブは最近、倦怠期モードになりかけているという懸念から、二人がしばしばネットで購入している大人の玩具のひとつだった。

 後頭部の肉がバイブレーションを感受する。

 しかし、何故頭にバイブが?

 知世は不振だったが、快楽の方に専念する。

 基信のコーフンは、その極に達していた。

 知世を坊主頭にすることに熱中していた。一物がありえないほど盛り上がる。

 責めつつ、刈る。

 後頭部はすっかり12mmに、ビッシリ刈り詰められていた。

 知世は未だ気づかず、

「あっ、あっ……」

とヨガリ声をあげている。

 しかし、この感触――本当にバイブなのだろうか?

「何してんの?」

と振り仰ぐと、

 ドサドサドサッ!

と切られた髪が身体を伝って、ベッドや床の上に雪崩れ落ちてきた。

「な、何よ、それ!! バリカンじゃない!!」

 知世はこれまでの人生でこれほど驚いたことはなかった。

「何考えてんのよっ! このキ印!」

とブチ切れるが、

「後ろはもう全部刈っちゃったぞ」

 基信に悪びれずそう言われると、

「ひどいっ! ひどいよォ〜!」

と目に涙を浮かべる。

「やめて! やめてぇ〜!」

と知世は抵抗するが、当然基信の膂力には敵わない。

 基信はとり憑かれたように、バリカンを走らせた。容赦など鼻くそほどもない。すっかり己がフェティシズムの下僕となっていた。

 知世がいくら泣き叫んでも、ヤッてヤッてヤリまくり、刈って刈って刈りまくった。

 そうしているうちに、知世も大人しくなった。どれだけ抗っても、もう無駄なのだと諦めた。屈服。そして、いつしか、苦痛は徐々に快楽へと変じ始めていた。

 褥はどんどん刈り髪だらけとなる。

 知世は基信の性行為と、頭上から髪が無くなっていくという悪夢のような現実に、次第に昂っていく。

 ごく自然に基信の趣味に染まっていく。

 大五郎カットを経て、ズババ、と頭を丸められてしまうと、12mmの坊主を抱えるようにして撫で、

「こんなになっちゃったよォ」

と知世は泣いた。

 知世の中には二人の知世が生じていた。今、涙を流させているのが、ノーマルな乙女の知世だ。しかし、もう一人の変態セックスに開眼したM女の知世は、今宵の「パーティー」に味をしめ、

 もっと刈りたい!

とジタバタもがいている。



     (W)

 基信によってアップデートされた知世は、どうしても昨夜の快楽が忘れられず、悪魔に囁かれるまま、

「ねえ、もう一回」

と基信にバリカンをせがんでいた。

 12mmとはいえ、坊主頭で職場に行くわけにもいかず、今日即行で、間に合わせのウィッグを買って、出勤していた。ウィッグの効用は、知世を大胆なオンナにした。

 基信は歓びに身をふるわせる。

 今度は合意の上なので、互いに余裕はある。

 プレイの前に、二人そろって、ネットで剃髪動画を一時間ほど視た。

 女性ユーチューバーが自己顕示欲とチャンネル登録者数目当てに剃髪にチャレンジしている動画、或いはフェチ向けの海外の動画を視聴しつつ、

「すごいすごい!

「こんなになっちゃうんだ……

「アタシももうすぐ……

「たまんないわ!」

と知世は目を輝かせ、ハシャいでいた。

 テンションがマックスに達し、二人、二度目のプレイを愉しんだ。

 今度はアタッチメントなしで刈った。

 ウイィイイイィイン――

 ジャリジャリジャリ――

 黒い芝生が根元から、バリカンで掘り起こされた。

 そのさまに基信は鼻息も荒く、さらに二刀目――

 ジャァアァアアアァァアァ

 知世はバリカンのバイブレーションに感じている。

「うっ……あ、ああ、あぁ……」

 甘い吐息をもらす。

 刈りながら、まぐわう。

 全裸で。

 二匹のケダモノと化す。

 異形の愛。

 行為に夢中になる余り、バリカンの入れ方が乱雑となり、知世はスイカみたいな、みっともない虎刈り頭になる。

 虎刈り頭で絶頂に達し、同時に、果てる。

 若い二人は、二回、三回、と行為を重ねる。

 腰を動かし、バリカンを動かし、血潮はたぎり、女の頭は青ざめていく。

 上はバリカン、下は○×○で責めに責められて、知世の頭の中は真っ白になる。

 秘壺をあふれさせ、海老反りになる知世。あまりの快感に白眼になっていた。

 昇天!

 グッタリと倒れ伏す彼女に、

「ズル剥け坊主め」

と基信は吐き捨てるように言った。

 彼の言う通り、知世の12mmの髪は、すっかりむしり取られて、青々と電光に照りかえっていた。



     (X)

 すっかり剃髪プレイの虜になってしまった知世は、そのあくる日も基信に求めてきた。

 その肉食ぶりに、基信は半ば呆れ、

「もうこれ以上刈るトコねえよ」

 確かにそうだ。

「う〜、シタイよぉ〜」

 知世にねだられて、基信は仕方なく、代わりにT字カミソリで知世のアンダーヘア−を剃った。

 しかし、知世は満足せず(基信も同じだ)、基信が普段使っている電気髭剃りを持ち出してきた。

「これでジョリジョリして」

 三日前まではセミロングの髪をブラッシングして、

「あ〜、そろそろ美容院に行って、巻いてもらおうかなぁ」

とか言ってたノーマル女子だったのに。

 基信は、電気髭剃りを知世の坊主頭に擦りつけた。

 ジョリジョリジョリジョリ――

 初めての正常位でのプレイ。

 擦り過ぎて、バチバチと髪がはぜ、

「イタタ!」

と声をあげる知世を、うるせぇ、と押さえつけながら犯し、ジョリジョリ〜、ジョリジョリ〜、ととうとうスキンヘッドに剃りあげてしまった。

 そうして、時間をかけて、知世をなぶり、焦らし、悦ばせ、基信は恋人の身体中の毛という毛を極限まで剃っていった。

 ジョリジョリ〜、ジョリジョリ〜ジョリ――

 マットは体毛と体液まみれだ。

「SFチックだな」

と基信は嗤った。

 実際、まるでアンドロイドみたいに、知世はなってしまった。

「サイコーだよ〜」

 十分過ぎるほど満足している。

 とは言え、毎日鏡を見るたび、見慣れぬ頭に、ビクッとしているのだけれど。



     (Y)

 こうして、このプレイが二人の日常に組み込まれた。

 知世の髪は1mmだって伸びる暇がない。

 現在では、無毛の感覚が当たり前になってしまった。

 たまに美容院を懐かしく思ったりもするが。

 でも、こんな趣味を共有できるのは、二人だけだから、お互い浮気の心配はない。

 こんなプレイを愉しめる相手は他に誰もいない。

 剃髪プレイが二人の絆を固く結びつける役割を果たしている。

 とか言いつつも、実は基信はこっそりネットのフェチ系のコミュニティサイトやSNSで、「髪を坊主に切らせてくれるロングヘアーの女性いませんか?」などと書き込んで、浮気のチャンスをうかがっている。

 無論知世には極秘にしているが、とっくにバレている。

 いつか動かぬ証拠を握って、基信に突き付け、エメラルドの「婚約指輪」を買わせてやろう。そう目論んでいる知世である。

 今宵も世界中のあちこちで、さまざまな異形の愛が交わされているのだろう。

 彼氏彼女の未来に光あらんことを!




          (了)



    あとがき

 リクエスト小説第7弾です! ここにきてハードな坊主モノ!
 いつも妄想を炸裂させているあの御方のリクエストでございます(*^^*)
 結構細かいところまで書いて下さっているので、これは作品化しやすそうだなとチョイスしたら、逆だった(汗) 超肉食系のストーリーなんで、ヒイヒイ悪戦苦闘しながらの執筆とあいなりました。R指定にならないかと心配しつつ(笑)
 しかし、思ってたよりコンパクトにまとまり、ホッとしています。
 どうもギコちない感じになってしまいましたが、良いチャレンジになりました♪
  タイトルはリクエスト主様がメッセで使われていた単語を流用させて頂きました。
 リクエスト主様、どうもありがとうございました〜(*^^*)(*^^*)




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