作品集に戻る


おかえり


 丘英利(おか・えり)は内気な少女だった。

 服はフリフリの女の子女の子したものを、好んで着ている。クリクリの巻き毛を長く伸ばして結っている。

 どこか儚げな美少女だった。

 幼女の頃は、いつも母のスカートの陰に隠れている、そんな娘だった。

 その性格は長じてからも変わらなかった。

 臆病で繊細でおとなしくて日和見的。

 そんな彼女が

 女子自衛官

という進路を選択したのは、

 自分を変えたかったから!

というわけではない。

 高校で進路を決めるとき、友人のイカ子が、

「英利もアタシと一緒に自衛隊入ろうよ」

と強引に誘ってきたからだ。

 ――自衛隊?!

 英利は卒倒しそうになった。あんなゴリゴリの体育会系的環境など、二日だって耐えられない。

 ――私、デザイン系の専門学校に通いたいのに……。

 断ろうと思ったが、イカ子にはいつでもどこでもマウントをとられている身、その機嫌を損ずるのが怖かった。

 とりあえず、

「親に相談してみるね」

と返答を引き延ばした。

 家族は絶対反対するだろう。

 と、思いきや、

「いいじゃないか」

と父も母も兄も妹も賛成した。

「自衛隊なら親方日の丸で、生活に困ることもないだろう」

「英利はもっと心身を鍛えてもらった方がいいと思う」

「弱虫なトコも直せるしな」

 ――えええ〜!!

 むしろ背中を押され、英利はあわてる。

 だが、

「女性自衛官は倍率高いらしいよ」

という妹の言葉に、

 ――まあ、私なんかがパスできるわけないか。受けるだけ受けて落ちたなら、イカ子の怒りもかわせるだろう。

と楽観的な気持ちになり、結局、イカ子と一緒に、自衛官候補生に応募した。

 その結果、イカ子は落ち、英利は合格してしまった。世の中そういうものらしい。

 辞退しようとも考えていたのだけれど、イカ子が涙を流しながら、

「アタシの分まで頑張ってよ!」

 熱っぽく応援され、ついつい、

「う、うん、頑張るね!」

と応えてしまった。生来の小心が災いしたのである。

 かくして英利は、桜咲く今春、陸上自衛隊の某教育隊に入隊することに決まった。



 着隊までに、髪を短く切っておかなくてはいけない。

 しかし、意気地なしの英利は、準備等にかまけて、思いきれずにいた。

 そうしたら、イカ子が訪ねてきて、

「英利、まだ髪切ってないの?! 着隊、明後日でしょ。仕方ないなあ。よし! 他ならぬ親友の為だ。アタシのトコで髪、切ってやるよ。タダで」

と恩着せがましく言ってきた。イカ子の家は床屋だった。

 ――えーっ! 床屋ぁ〜?!

 目まいがするが、好意をムゲにもできず、結局英利はイカ子にしょっぴかれるように、イカ子の父の経営する

 「髪工房・スクイード」

へ連れ込まれた。思ったよりはオシャレな店だった。客はいなかった。

「お父さん、この娘、丘英利ちゃん。アタシと一緒に自衛隊受けて合格した娘」

「ああ、娘がいつもお世話になってるね」

 イカ子パパは黒澤映画「赤ひげ」の三船敏郎を彷彿とさせる、いかつい面構えと髭の持ち主だった。その風貌に英利は気圧される。

「着隊間際でさ、ひと思いにバッサリ切ってあげて」

「そうか、じゃあ、そこに座って」

とイカ子パパに言われるままに、英利はおずおずとカット台に腰を沈めた。

「短くで、いいのかな?」

「あの……」

 具体的なオーダー――さんざん頭をひねって、ヘアカタログとにらめっこして、シミュレーションした結果、ベストだと思えるオシャレで乙女らしいベリーショートだった――を口にしようとする英利だったが、

「そう、短く! とにかく短く!」

 イカ子は押しかぶせるように、父親に注文する。

 ――ひいいいぃぃ!!

 クリクリの長い巻き毛が水で湿され、熟練のイカ子パパの手によって、まずは全体を粗切り、横をザクザク、後ろをザクザク、と迷いなく無造作に切っていく。

 こんなに髪の毛を短く切ったのは、英利は生まれて初めてのことだった。

 ジャキ、ジャキッ、ジャキッ バサリ、バサリ――

 大量の巻き毛が刈り獲られていく。

「丘さんも自衛官になりたかったの?」

と訊かれ、

「い、いえ、イカ子さんに……誘われて……」

 消え入りそうな声で答える。

「アタシは四月からフリーターだけどね」

 イカ子は言う。ウェットなトーンだった。

 ――できれば代わってあげたい。

と心の底から思う。

「お前が“自衛官なんて楽勝でなれる”って舐めてたから、友達に先を越されるんだよ」

「うるさいなぁ。英利が要領が良かったんだよ」

 なんだか不穏な空気になる。俎上にのぼっている英利は小さくなっている。気まずい。

 その間も、髪はどんどん頭から追い払われていく。

 ウィーン、ウィーン――ジャアァアアアァァアアァ――

 聞きなれない機械音がはじけ、生温かい感触に、英利はギョッとなる。

 なんとバリカンが後頭部にあてられていた。

 身体を包んでいた髪はすでに床に叢(くさむら)を作っていて、キノコ型になった髪、その襟足を、バリカンはブィンブィンと押し上げていっていた。

 ――バ、バ、バ、バリカン?!

 臆病な英利は気を失うほどの大ショックを受けた。全く想像していなかった展開だ。

 バリカンの感触は後頭部をせっかちに上下している。

 ――か、か、か、刈り上げられてるううぅぅ!!

 鏡に映る自分の顔は硬直の極に達している。イカ子パパはうなじをのぞき込むように、バリカンを走らせている。

 ――ま、まさか、私だけ自衛隊に入るから――

 父娘に恨まれているのか、とそう考えて慄然とする。その可能性もなくはないだろう。イカ子パパはギリギリ職業倫理を保っているのかも知れない。

「長髪のまんま着隊したら、基地内の床屋で雑に切られちゃうから、ウチで切って正解だよ」

とイカ子は相変わらず、恩に着せるような口ぶりだ。

 ――これが「正解」?!

 バリカンの魔の手はサイドにも及ぶ。

 ウィーン、バサバサッ! ウイイィーン、バサッ!

 クリクリヘアーが吹き飛ばされ、ビッシリとした刈り跡が残される。

 男顔負けの短さに刈られる。

 何度も意識が飛びかけるが、鏡の中の散切り娘が、彼女を現実に引き戻し続ける。

 ――うぅ……

 内気な性格がリアクションを、最小限に押しとどめていた。

 そして、さらに髪がはさまれる。チャッチャッチャッ、とイカ子パパは短く短く切り詰めていく。

 ネックシャッターに細かな毛がパウダーのように降り積もる。

「丘さん、癖っ毛だよね」

とイカ子パパ。

「天パーだとからかわれたりイジメられたりするかも知れないなあ。もうちょっと切っておこうか」

と言いながら、またバリカンを取り出し、前からトップの髪を、

 ウイィイン――ジャジャアアァ――ウィイィン――ジャジャアァァァアア―― と大胆に刈っていく。

 もう十分です!と叫びたくなる。

 たちまち前髪が消え、トップの髪が真っ平らになる。

「あ、もしもし、ウニ子? うん、今切ってる切ってる。スポ刈りだよ、プププ。笑えるからダッシュで見に来な」

 イカ子はかつてのクラスメイトたちにTELしまくっている。英利を見世物にする気満々だ。

 それも辛いが、

 ――スポ刈り〜?!

 この超短髪がメンズのヘアスタイルにカテゴライズされていることにも衝撃を受け、

 ――たしかにそうだ……。

と凹みに凹みまくった。

 20分前にはお姫様みたいなクリクリ巻き毛のロングヘアーだったのに、今日日、気の利いた男子小学生でも怖気を振るって忌避するスポーツ刈りに。

 イカ子パパは「娘の仇」にトドメを刺すように、バリカンを小型なのに替え、生え際を整えた。

 ジー、ジー、

 ジー、ジー、ジー

 断髪は終わった。

「こんな感じでどう?」

と鏡で確認される。傷口に塩をもみ込まれる思いだ。

「あ、はい、いいです」

 他に何が言えよう。切ってしまった髪は戻らないのだ。

 シャンプー、そしてドライヤー、短すぎる髪はあっという間に乾いた。

「入隊祝いだからタダでいいよ、タダで」

とサービスしてもらったが、忸怩たる気持ちだった。

 ケープがはずされると、乙女チックなカーディガンとワンピース姿。このファッションにスポーツ刈りはミスマッチにもほどがある。

 ――帽子かぶってくれば良かった!

と後悔しても後の祭りだ。

 重い足取りで、扉を開けると――

「おめでとう、英利!」

 外では級友たちが出待ちしていた。イカ子の連絡で大集合したのだ。

「一瞬誰かと思ったよ」

「”ザ・自衛官“って髪型だね」

「訓練はキツいだろうけど、頑張ってね」

「お国のためにご奉公しなよ」

「女だから危険地帯に飛ばされることはないよ。心配ないって」

 皆、勝手なことを言って、ワイワイ盛り上がっていた。

 英利は涼し過ぎる首筋に、心細げに手をやって、

「恥ずかしいよォ」

と頬を真っ赤に染めている。



 95%の髪を削ぎ落して、思いきり顔面を外界に晒してしまうと、なんだか心まで解放されたようだ。

 以前と自分からは信じられない大声が発せられるようになった。「職場」もそれを要求した。

 班の中で一番大きな掛け声の持ち主になった。

 ――生まれ変わった気持ちで。

と、そう思えば、分刻みの過酷なスケジュールも乗り越えられる。

「おいっ、貴様アアア!!」

と男性候補生につかみかかっていったり、

「メシだ、メシ!」

と丼をかき込んだり、英利はどんどん男勝りな性格になっていった。

 演習でも重い装備をものともせず、突進していく。その眼は活き活きとしている。

 正式に2等陸士となった。そして、1等陸士となり、士長、3曹と昇進を重ねた。

 髪などどうでもよくなった。

 ちょっと伸びると鬱陶しくなって、基地の床屋でしょっちゅうバリカンをあててもらっている。

 美男子でエリートでダンディーな吉行3佐などは、

「おっ、英利ちゃん、散髪したてのうなじの色っぽさがたまらね」

と首筋にキスしてくる。

「吉行3佐、それ、セクハラですよ」

と怒り顔の英利に、

「じゃあ、上に訴えるか?」

「訴えない」

 チュッ、とキスを交わす。いつしか甘々な関係になったりする。

 そして、最近ついに婚約。

「スポ刈りの花嫁なんているかぁ?」

と間もなく夫になる人は、口ではボヤきながら、顔はニヤけている。前途は洋々。

 今日は広報にお膳立てされて、女性誌のインタビュー。キャリアウーマンの特集らしい。

 インタビュアーの質問に応えて、

「本当は自衛官になるつもりなんて全然なかったんですよ」

と朗らかに笑いながら、英利はハキハキ語っている。




          (了)






    あとがき

 リクエスト小説第4弾です♪
 これはメッセの文面がパーフェクトだったので(絶対仕事できるタイプだ)、チョイスしました。
 「おとなしい女の子がスポーツ刈りに切られ、最初は恥ずかしがっているものの断髪がきっかけでどんどん男勝りな性格になって幸せになるお話」とのリクエストで、え?となりました。断髪の動機とかシチュエーションとか過程とか、フェチ的に一番こだわりそうな部分はお任せなのかな?と。
 最初は部活モノにしようかなと思ったのですが、もうすでに部活モノ連続しているので、じゃあ、と懲役七〇〇年14年にして初の「自衛隊モノ」にあいなりました。
 自衛隊ネタでは随分お世話になってきたのですが、自分で書く気にはなりませんでした。ミリタリーモノはあんまり得意じゃないんです。この世界では王道中の王道なんですけどね。
 ホント、今回スムーズに書けて良かったです♪ リクエスト主様、どうもありがとうございました(*^^*)
 ここまでお付き合い下さり、感謝感謝です!



作品集に戻る


inserted by FC2 system