郷に入っては |
ジェニファー・スコット十四歳。愛称はジェニー。 だけどこの土地に来てから、まだ誰もジェニーと呼んでくれない。呼んでくれるのはホームステイ先のオジサンとオバサンぐらい。 オジサンとオバサンには一人娘がいる。未祐といってジェニーと同じ十四歳。しかし未祐はジェニーにどこかよそよそしい。いや、よそよそしいどころか露骨に冷淡な態度をとる。未祐の友人の女の子たちもこのアメリカから来た少女に冷たい。いつも彼女をのけ者にして遊んでいる。 のけ者にされたジェニーは、田舎の商店の軒先でアイスキャンディーをなめながら、身内の話に興じている女の子たちを、遠くから羨ましそうに眺めているだけだった。 ジェニーが不思議だったのは未祐をはじめ、女の子たちが一様に同じ奇妙なボブカットであることだった。耳の下あたりで短く揃えられた髪、前髪も眉毛にかからないくらい短く、後ろなどは刈り上げられ、剃り跡も青々と痛々しい娘もいた。 何故、女の子たちは皆同じヘアースタイルなのか? 流行なのか?とオバサンに訊いたら、 「ああ、アレ、別に流行ってわけじゃないのよ」 オバサンはおかしそうに笑って、 「この辺りの中学校はね、ああいうヘアースタイルにするのがルールなの。わかるかなあ?」 わからない、とアメリカ人のジェニーは言った。アメリカの学校は髪型も服装も自由だ。 「まあ、無理もないわね。ニッポン人はそうやって周囲と合わせるのが一番落ち着くのよ」 だから周囲から浮いている自分は異分子扱いされて、仲間に入れてもらえないのだろうか、とその夜、ジェニーはまんじりもせず考えた。せっかくはるばる海を越えてホームステイに来たのに、友達が一人も作れないのは、とても悲しい。ニッポンには「郷に入っては郷に従え」という諺がある。だったらこの土地の女の子の真似をしてみたら、あるいは状況が変わるかも知れない。 床屋の店主は昼下がり、突如入店してきた金髪のロングヘアーの少女に面食らった様子で、目を瞬かせている。 女の子たちの大半はバーバーショップで髪を切るとオバサンからは聞いていた。生まれて初めての床屋にジェニーは気後れをおぼえつつ、店主がとりあえずすすめる理髪台に腰をおろした。嗅ぎ慣れない床屋の匂いが鼻を刺激して、気分が悪くなる。 「え〜と、日本語わかるかなあ? 今日はどうするの? ヘアーカット?」 と尋ねてくる初老の男性にジェニーは微かに肯き、床屋の壁に貼ってある「○○中学校指定」と明記されているポスターに載っているオカッパ頭の女子中学生の絵を指差した。 「コレ、オネガイシマス」 「オカッパ?!」 店主は目を丸くする。 店主はしばらく、この青い瞳の少女を翻意させるべく、ブロークンな英語を懸命に駆使したが、ジェニーにはうまく伝わらず、ついに根負けして、 「オーケー、わかったけど、後で泣いちゃったりとかしないでよ」 臆病に引き受けた。 シュッシュッと霧吹きでブロンドの髪がしめらされる。粗切りがはじまる。ジェニーはじっと鏡を見ている。ジャキッと鋏が水を吸った髪の毛に入れられる。50センチはある髪の束が青い床に落下する。スッパリとジェニーのオトガイが露になる。 耳朶に鋏が触れた。冷たい。ジャキッ。流石にプロ。キチンと定規で測ったかのような真っ直ぐなラインが、ジェニーの横顔を走っている。金色と乳白色を隔てるラインが。 ラインは後ろへとひかれていく。ブロンドが床に落ち、痛々しいほどの白が心細げに取り残される。半分がオカッパ、半分がロングヘアーになる。 こんなに髪を短くしたのは初めてだ、と身振り手振りで興奮を口にするが、店主には伝わらなかったらしく、 「じっとしてて。ドントムーブ」 と言われ、ジェニーは手を膝の上にのせた。が、やはり高揚が抑えきれず、微かに手を動かして、ケープ越し、膝につもった髪を揺さぶってみた。揺さぶられた髪はジェニーのいたずらから逃れるように、スルリとケープを滑ってバサリと床をたたく。 両サイドが耳下でスッパリと揃えられる。 次いで前髪がカットされる。前髪は顎のところまである。それを店主が右から切ってゆく。金の垂れ幕がゆっくりと開き、太く凛々しい眉毛も露に、ちょっと幼くなった新ヒロインが鏡の中に出現する。 市松人形とかいうDollのようだ、とジェニーは思った。 スッと首筋に冷たい感触をおぼえ、ジェニーは、Oh、と小さく吐息をついた。バリカンで襟足が刈り上げられているのだ。ひんやりとした金属の感触は異様なモーター音を伴って、うなじを何度も往復する。ジジジジ、ジョリジョリジョリ。 Ah、とジェニーがくすぐったさに耐え切れず、首をすくめると、店主は両掌で彼女の頭をサンドイッチして元の位置に戻した。そしてまたジョリジョリ。 故郷の幼馴染とキャンプでふざけてペッティングしたときの感触と、どこか似ていた。冒険心と含羞と不安が入り混じったドキドキとした胸の高鳴りも。 ゴシゴシと強い力でシャンプーされ、ドライヤーをあてられる。 「お疲れさん」 店主が鏡を開いて青々とした後頭部を見せてくれた。オオ、とまた吐息をもらすジェニー。三十分前の大人びた少女の面影は消え去っていた。このヘアースタイルだとソバカスが余計目立つ気がする。 コワゴワと刈りあとをさすっているジェニーに、 「似合ってるよ」 地元の娘にするように、店主がジェニーのできあがったオカッパ頭をなでる。 「アリガトウゴザイマス」 たどたどしい日本語でお礼を言う。 店を出ると真っ直ぐ、未祐たちがいつもたむろしている商店の店先に向かった。 未祐たち女の子は新しいヘアースタイルになったジェニーを見て、 「あっ」 と目を丸くしていた。 「ジェニー、どうしたの、その髪型?!」 未祐が初めてジェニーの愛称を口にした。 「ジェニー、オカッパだ〜!」 「ははは、変だけどカワイイ〜!」 女の子たちが金髪のオカッパ頭のジェニーを取り囲んで、ハシャぐ。 「あ〜! 床屋さんの匂いがする」 「五藤さんトコで切ってもらったのぉ〜?」 イエスと照れ臭そうに点頭する異国の少女に、女の子たちはますますハシャぎ、 「床屋のオジサンにちゃんと言葉通じたの?」 「オカッパでそのプロポーションは反則だよね〜」 「ジェニー、アイス食べる? おごってあげるよ」 色こそ違えど、お揃いのボブカットはひとかたまりになって、同じ夏を楽しむ。 店のラジオが台風接近のニュースを伝えている。 (了) あとがき いつもいつも「尼になる」だの「寺を継ぐ」だのばかりで、そろそろ違う趣向も必要かなあ、と不安になって「オカッパ物」に挑戦してみました。どうも自分は、尼になるため剃髪、とか、中学生になるため断髪といった「通過儀礼」的な断髪が好みのようです。 ただ、やはり尼僧物以外はノらず、テンションが低く、こんな短編になってしまいました。自分はやっぱ尼さんです。それを再確認した作品です。 |