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 桝谷征矢(ますたに・せいや)が運転するミゼットが、待ち合わせのセブンイレブンの駐車場に、待ち合わせの11時ジャストに滑り込んだときには、麻生碧(あそう・みどり)はすでに来て居た。

 躊躇なく助手席に乗り込んで、碧は、

「遅〜い」

といきなりダメ出しをしてきた。

「時間通りに来たじゃないですか」

と征矢は言ったが、碧が主張することによれば、

「普通こういうときは余裕をもって、五分前には着いとくもんでしょう」

 実際彼女は五分前に来てきたらしい。

「そういうもんですか?」

「そういうもんよ」

 とは言え、碧は別に「めんどくさい女」ではない。コロコロ笑い、快活なトーンで弁じ立てるので、征矢もいやな気持ちにならない。むしろ、

 ――勉強になるなあ。これからは気をつけよう。

と素直に思う。根がお人好しなせいもあるが。

 征矢は19歳、学生だ。

 学校が休みの週末、ファミレスで皿洗いのアルバイトを始めた。

 そこのバイトリーダーが碧だった。仕事のあれこれを教えてもらった。それこそ手取り足取り、指導を受けたものだ。年齢は征矢より五歳年上の24歳だった。

 目はパッチリ二重、鼻梁も高く、肌は白く、すこぶるつきの美女だった。日本人離れしてるなぁ、と思ったが、後で人伝に聞けば北欧人のクオーターだという。

 向こうっ気が強く、思ったことはポンポン口に出した。おっとりとしている征矢とは正反対の性格だった。

 しょっちゅう怒られていたが、どういうわけか、あるときから、急に優しくなり、ドジな征矢をフォローしてくれたり、ミスしても笑って許してくれた。時々、お菓子をもらったりもした。

 その感謝の意を込めて、今日は碧とランチすることになった次第。

 思い切って誘ってみたら、即OKだった。これには当の征矢もビックリした。あんまりスムーズにことが運んで、夢か、と思わず頬をつねりたくなったほどだ。

 これから山の中にあるスパゲティ屋に行く予定。

 征矢が知っているオシャレなレストランは、ここ一軒だけだ。一枚きりのカードを切って、征矢、勝負に出た。

 そして、家族共有の車を借りて、二人、出発した。

 車中では主に、いや、ほとんど碧がしゃべっていた。バイトの誰々さんが近々辞める、せっかく有能な人材だったのに、これも職場での待遇がよくないせいだ、とか、店長の誰々さんは昇格してから威張りくさってる、ムカつく、とか、誰々さんと誰々さんは付き合っている、この間、スーパーで一緒に買い物しているところを見かけた、同棲してるんだろう、とか、最近早番ばかりで睡眠不足だ、とかマシンガンのようにしゃべるしゃべる。

 ふとしたきっかけで政治の話題になっても、碧は会話の手綱を離さず、半可通の政治論を語る語る。

 知ったかぶりをする碧に、征矢は内心苦笑する。が、碧からの教えられ癖がついている彼は、神妙な顔で、はあ、なるほど、そうですね、と謹聴する素振りを崩さない。それも相手がとびきりの美人だから苦にならない。むしろ楽しい。年下の後輩に対して背伸びしている碧を可愛く思ったりもする。

 お目当てのスパゲティ屋がちょっと遠い場所にあるので、その移動中、碧が舌を振るってくれて助かった。征矢はそんなに能弁ではないから、シーンとしてしまうと焦ってしまう。

 ミゼットは山村やトンネルやダムを越え、峠を越え、山道をひた走る。

 山道といっても、チョンマゲの時代から交通路として旅人が往来していた道なので、道幅も広く、コンクリートだし、しっかりと舗装されている。

 もっとも、目指す店は、周りには商店はおろか人家もなく、木々ばかりが両サイドから道路を見下ろしている。天狗でも出てきそうな所だ。

 店の外観も普通の民家風なので、知らない人は気にもとめず通り過ぎてしまうだろう。

 征矢はまだ免許取りたての時分、当時の彼女から教えてもらい、この店を知った。その彼女と一度だけランチタイムに入店した。

 スパゲティはとても旨かった。値段もリーズナブル、店の雰囲気も落ち着いていて良かった。当時の彼女はメンヘラっぽくて、彼女との関係は、楽しい思い出よりしんどい思い出の方が多かったが、何にせよ、この店の存在を知ったのは最大の収穫だった。

 新しい彼女が出来たら連れて行こう、と考えていたが、その機会は意外と早く訪れた(「彼女」ではないが)。



 店の駐車場は丁度、一台分空いていた。非常にラッキーだった。ランチタイムは結構混み合う、知る人ぞ知る名店なのだ。

 ちなみに駐車場といっても、店の隣にある猫の額ほどの空き地だ。

 駐車場の真下は渓流だ。清らな水がジャブジャブ流れている。

 碧は足元の石を拾うと、勢いをつけて川に投げた。ポチャーン。

 征矢の視線に気づくと、あわてて、

「小学生の甥っ子とよくこうやって遊んであげてるのよ。その癖が出ちゃった」

 恥ずかしそうに言い訳していた。



 お好きな席にどうぞ、とウェイトレスがいうので、二人は川を見下ろせる窓際のテーブルを選んで座った。

 店内は木材をふんだんに使った山小屋風の作りになっている。テーブルも椅子も木製だ。バーも兼ねているらしい。常連客たちがボトルキープしているのだろう、ウィスキーの瓶が所狭しと並んでいる。

(たぶん)1940年代の(たぶん)アメリカ製のブリキのオモチャがあちこちに飾られている。

 そして、ターンテーブルにのせられたジャズのレコードが・・・と、そこまでベタな演出はなく、小川のせせらぎをBGMに、食事をする。

「いい店だね」

「でしょう?」

と言い合いながら。

 征矢はミートソースのスパゲティセット、碧はシーフードのスパゲティセットを注文した。

 注文したものが運ばれてくるまで、そして運ばれてきてからも、碧はおしゃべりを続けた。

 碧には両親がいないことを、征矢は初めて知った。

「二人とも死んじゃった」

と碧は言う。母親は碧が幼い頃交通事故死、父親は二年前病死した、という。

 幸い親が残してくれた持ち家があったので、そこで、

「今は弟と二人暮らししてるの」

 征矢と同い年のその弟は、社会人として働いているらしい。

 征矢は碧のことを何も知らない自分を思い知らされた。が、まあ、これから少しずつ知っていけばいい。そう、これから、これから・・・。

 バイトをしながらお金を貯めて、会計士の資格を取るつもりだと碧は話す。これも初耳だ。

 碧はそれ以上の身の上話は切りあげ、

「最近ハマってるの」

と分厚い御朱印帳をバッグから取り出して、見せてくれた。お寺や神社めぐりをして、押印してもらったのをコレクションしてるんだそうだ。一部女子の間で流行っているとテレビの情報番組でやっていたっけ。

「全部近場だけどね」

と言いながら、碧はスマホを出して、彼女が撮影した神社仏閣の画像をあれこれ披露してもくれた。

 そして、また舌鋒鋭くバイト先の上司をこき下ろしたり、同僚の人物月旦を一時間くらい。



 店を出て、元来た道を引き返す。

 ダム湖のそばには、山桜が満開に咲いている。

 行く途中も、綺麗だな、とは思ったがランチタイムの時間が気になって、素通りしてしまった。まさに、花より団子、だ。

 だから、空腹が満たされれば――

「ねえ、桜、見よっ」

 征矢が言う前に碧が言った。

 路肩に車を停め、二人、ダム湖に寄り添うように咲く山桜を愛でる。

 この日は温かかったので、碧は水色のシャツとクリーム色のハーフコート、デニム生地のミニスカート。

 全部ユニクロで買った、とランチのとき、言っていた。ブランド物は高いし、そもそも興味がない、とも話していた。

 それでも、弘法筆を選ばず、で碧が着れば、着こなされまくり、美の「正解」を叩き出し、見事に碧を魅力的足らしめている。

 舞い落ちる桜の花びらをかざした掌の上に受け、碧はうっとりと目を細めている。

「写真撮って」

とスマホを渡され、征矢は、

「あ、ああ、うん」

 ドギマギしながら、それを受け取り、桜と戯れる碧に向け、シャッターを切る。カシャッ、カシャッ、カシャッ、シャッター音は春の中、響き渡る。それくらい周囲は静謐だ。車一台通らない。征矢と碧だけの世界。

 空は柔らかく澄み、ダム湖は陽の光に照らされてエメラルド色に輝き、そして桜! 十二分にインスタ映えする景色だ。

 桜に酔い、美女に酔う。

「オレにも撮らせて下さいよ」

と征矢は自分のスマホを引っ張り出し、碧に向ける。

 碧はイジワルして、桜の木々の下を、ピョンピョンと跳ねまわって、征矢にシャッターチャンスを与えない。まるで桜の妖精だ。

「キャハハハ」

 妖精は高笑う。そこには「バイトリーダーの麻生先輩」の姿はなかった。

 バンダナでまとめられた長い栗色の巻き毛が、青空の下、翻る。なんて美しいのだろう!

 バシャぎ疲れた妖精はダム湖をのぞきこみ、

「ねえ、村が見えるよ」

 征矢は碧の隣に歩み寄り、

「ホントだ」

 湖の水位が下がり、湖底に沈んだ集落の跡がおぼろに浮かびあがっている。

「オレの生まれた家もここにあるんですよ」

「え?! 桝谷クン、この村の出身だったの?」

「まあ、でも、子供の頃水没しちゃったんで、あんまり憶えてないんですけどね」

 そう言いながらも、遠い記憶をまさぐる。通っていた小学校とか、優しいオバチャンのいた駄菓子屋とか、子供の遊び場になっていた神社とか、村人総出で花見をした広場とか、よく遊んでくれたお姉さんの家などを探したが、今となってはよくわからない。それでも、懐かしい。

 征矢の思い出の中で、とりわけ、そう、その細部まで明瞭に憶えている、あの強烈な出来事――征矢を「覚醒」させてしまった、あの思い出の現場も判然としない。

 ――あれは夏の頃だったかなぁ。

とぼんやり回想に耽っていたら、

「そろそろ行こっ」

と碧。征矢はあわてて、過去の旅から現在のデート現場へ舞い戻る。



 ふたたび帰路についた頃には、陽は西へと傾きかけていた。

 車中での会話はそれまでとは打って変わって、滞りがちになった。

 碧は電池が切れたのか、普段の、そしてついさっきまでの明るさや饒舌を封印して、ムッツリと黙りこくっていた。

 征矢は気遣って、色々水を向けてみるが、

「ああ」

とか、

「そうだね」

とか、気のない受け答えをするばかりで、空気が重い。

 何がまずかったのだろう、と征矢は途方に暮れる思いだった。脈アリだと思っていたのに。道理で話がうますぎた。所詮は碧は高嶺の花だったのだ。

 そんな征矢の煩悶など知りもせず、碧は碧で何事かを思い詰めているような表情。

 やがて、彼女の唇がゆっくりと動いた。

「髪」

とポツリ言った。

「えっ?」

と訊き返す征矢に、

「髪切ろうっかな」

と碧は少し忌々しげに、長い巻き毛を撫でながら、呟いた。

「ばっさり、ベリショに」

とも言い添え、さらに乱暴に前髪をかきあげた。

 征矢は胸のドキドキを抑え、

「えー! せっかく伸ばしたんでしょう? やめといた方がいいですよ」

「ウソつき」

「え?! なんでウソつきなんですか?!」

という声が裏返ってしまった。

「本当は切って欲しいクセに」

 いたずらっぽい笑みを碧は浮かべた。

「そ、そんなことないですよ〜」

「桝谷クンてさ、休憩のとき、いっつも独りでスマホいじってるよね?」

「見られてました?」

 碧の言う通り、人見知りで群れるのが苦手な征矢は、バイトの休憩時には、隅っこでスマホでネットを見ている。

「あたし、何を見てるんだろうと、ふと思って、後ろからこっそりのぞき込んでるんだよね。いつも同じサイト見てるよね?」

 征矢は青ざめる。

 夕陽がまぶしくて、碧がどんな表情をしているのかわからない。

「懲役七〇〇年」

「!!」

 征矢はハンドルに頭をうちつけたい衝動に駆られる。

 ――もうオシマイだ〜!!

 新しいバイト先を探そう。



 そう、きっかけはあの湖に沈んだ村で起きた「事件」だった。

 征矢の家の近所のよく遊んでくれたお姉さん(13、4歳くらいだったと思う)が悪いコトをしたらしく(詳しいことは一切知らない)、強面(こわもて)の彼女の父親に、その長い美しい髪を、鋏でジョキジョキ切られていた。

 場所は彼女の自宅前の原っぱ。屋外だった。

 ゴミ袋をケープ代わりにかぶせられ、

「この不良娘が! 色気づきやがって!」

と激昂している父親に、お姉さんは、

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

と身体をのたうち、大泣きしながら謝っていたが、父親は鋏の手をとめず、頭を押さえつけ、とうとう坊主頭みたいなベリーショートにされてしまった。




 お姉さんの家はダム建設問題で、他の村人から白眼視されていたようで、父娘に向けられる視線は冷ややかなものだった。

 お姉さんは泣き崩れた。村人も、やれやれ、といった表情で父親の狂態を、遠巻きに見守るだけだった。

 征矢も皆に混じって、お姉さんの凄惨過ぎるバッサリを、固唾をのんで凝視していた。見たくない、見ちゃいけない、と子供心に思いつつも、最後まで見てしまった。

 お姉さんの家はその直後、村を去った。今となっては、お姉さんの名前すら憶えていない。

 しかし、このショッキングな記憶が、後年、征矢の性癖を決定づけてしまったのだった。



 無論この性癖を、征矢は家族にも友人にも秘密にしていた。

 しかし、油断大敵、最も知られたくない人――碧に露見してしまった。

「そんな絶望的な表情(かお)しないで」

と碧は言った。

「あたしも桝谷クン側の人種だから」

 思わぬカミングアウトに、

「え?!」

と征矢は目を剥いた。

「あたしも断髪フェチなのよ。懲役七〇〇年にもたまーに覗きに行くしね。小説は理詰めで好みじゃないけど、イラスト目当てで」

「ええぇ!!」

 征矢のささやかな人生での最大の驚きだった。まさか、こんなに身近に・・・こんな美人が・・・

「だから職場でもフォローしてあげてるし、今日のデートもOKしたんだよ。希少すぎるほど希少な仲間なんだから」

 「仲間」という語が、征矢の耳朶を心地好くうった。

 それから車中でフェチ話が展開された。好みが合うところもあれば、合わないところもあった。が、おおむねの部分で意気投合した。

 碧は即座にバッグの奥から、

「じゃ〜ん!」

とカット鋏を出してみせる。

「うわ〜!」

 征矢は目を丸くする。

「ねえ、ねえ、あたしの髪切って、切ってぇ〜」

と碧は髪を結わえていたバンダナをスルリはずす。ほどけた髪が、ファサッとその肩に垂れこぼれた。

「そ、そんな急に言われても・・・」

「いいでしょう? 切ってぇ〜」

 結句、ふたたび車を停め、カーセックスならぬカー断髪を執り行うことになった。

「ホントにいいんですか?」

 七度目の確認に碧は焦れ気味に、

「いいんだってば。そんなに短く切るわけじゃないし」

 碧にリードされ、征矢は昂りと恐れに身を震わせ、碧のウェービーヘアーの先っちょに鋏をあてるも、

「もっと切っていいよ」

と碧が言うので、7〜8cmほどの辺りに鋏をまたがせた。

 初めての体験。

 心臓が破れんばかりの激しい鼓動。

 碧の方も緊張しているようだ、少し身体を強張らせ、征矢の「行為」を待っている。

「いきますよ〜、いきますよ〜」

「うん・・・」

「いきますよ〜、いきますよ〜」

「も〜、焦らさないで。早くひと思いにやってよォ!」

 ゆっくりと鋏が閉じる。

 ジャキ、

 征矢と碧は顔を見合わせ、アイコンタクトする。ついにやっちゃった〜!!と。

 さらに、

 ジョキ、

 征矢は碧の髪を一房切り獲った。

「うわ〜!」

と、また互いの顔を見合う。

 もう引き返せない。

 征矢は生まれて初めて女性の髪を切って、感激している。

 碧の顔には歓喜の色が浮かんでいる。

 両者ともに、エクスタシーを感じている。「行為」が進むにつれ、エクスタシーはその度合いを増していく。

 初めて出会ったマイノリティーの二人は、共に自分の殻を破りつつある。

 征矢は切り獲った髪を、碧の目の前でブラブラさせ、サディスティックな笑みを浮かべる。

 そしてその切り髪を、自分のハンカチをひろげ、その上に丁寧にのせた。何かのイニシエーションのように。いや、これは確かにイニシエーションだった。互いの心の奥底をさらけ出してしまった男と女の、異形かつ秘めやかな交歓。

 征矢、大胆になっている。興奮がとまらない。鼻息も荒く、二刀目にとりかかる。

 碧のさまざまな薬品と施術の賜物のクルクルヘア―に、鋏の刃を銜えさせ、

「さぁ、パイセン、いっちゃいますよ〜」

と碧の反応を愉しむように、その顔を覗き込み、

 ジャ、

 ジャキ、

 黒のワンボックスカーが対向車線を通り過ぎて行く。

 反対側に停車しているミゼットの中で、今まさに性的倒錯者たちの歪(いびつ)な儀式が行われていることなど、思いも及ばずに。

「さぁ、もっと切っちゃいますよォ、麻生パイセン」

「ギザギザにはしないでよ」

「それは保証できかねます」

「やだ〜、もぉ」

 碧は征矢の肩をポカポカ小突いた。すっかり「メスの顔」になっていた。

 ジャキ、ジョキ、

と鋏の刃は、ふさふさと実る髪に入れられ、それらを圧し切っていった。

 その感触に、

「たまんねッス」

「あたしもだよぉ〜」

 沸騰せんくらいの情熱で双方、切り、切られる。

 切った量こそさほど多くはないが、何しろ「初めて」同士、だから情熱が空回りしたりもする。困惑したりギクシャクしたりもする。

 それでも、

 ジョキ、

 ジョキ、

と征矢は鋏の一口ごとにその手応え――まるで分厚いステーキを切るかのような――を噛みしめ、碧はフェチ男に髪を切られる快感に、その身を浸しきっていた。

 採集された幾束もの髪が、ハンカチの上、並べられていった。

 とうとう最後まで切りおおせた。

 碧のロングヘアーはやや短くなった。

「も、もう少し切ってもいいッスか?」

と欲張る征矢の唇に、碧は人差し指をあて、

「続きはまた今度」

と峰不二子を意識しているかのようなコケティッシュさで、いなした。

 ――「続き」があるのか! あるんだな!

 征矢は明るい、明る過ぎる未来に目眩すらおぼえた。

「切った髪もらっちゃいますよ」

「変なことに使わないでよ(w」

「使います(w」

「もぉ〜。あたしも記念に一房もらおうかな」

 もはや誰の所有物かもわからなくなった切り髪を分け合って、日暮れの道を往く。二人共に余韻に浸りつつ。

 しかし、碧は甘美な悦びを保ってはいるが、ギザギザの髪の先も気になるらしく、しきりに手鏡でチェックして、

「連休でよかった。明日美容院に行かなきゃ」

 もしかしてこうなることを予測して、シフトを連休に調整したのだろうか。きっとそうだろう。女子の方がクレバーだ。特に20代でバイトを仕切っている碧のようなしっかり者は、ちゃんと計画を立てていたに違いない。ちゃっかり鋏まで用意して。

 それはそれで、征矢にとってはありがたい。

「美容院に付いていっていいですか? バッサリいっちゃうんでしょ? 動画撮らせて下さいよ」

「もう何でもアリだね」

 碧は苦笑して、

「バッサリはいかないよ」

「え〜」

「ったりまえでしょ、このアホタレ」

と碧は呆れ顔になる。

「バッサリ切っちゃったら、この先の『愉しみ』がなくなっちゃうでしょうが」

「あ、そうか」

 征矢は自分の迂闊さに笑ってしまった。バッサリ切るときは自分の手で。またもや未来が眩し過ぎる。

 二人のこの奇妙な関係は、勿論バイト先では秘密にしておく。そう申し合わせた。

 まさか自分の「故郷」で、諦めきっていた望みが成就しようとは、夢にも思わなかった。

 これも湖底に眠るご先祖様の霊が引き寄せてくれた良縁ではないか。お前も「伴侶」をもて、そして子孫を残せ、我々の血脈を絶やすな、と。

 次の「密会」はいつにしようか、と二人のスケジュールをすり合わせる。

「〇〇日は?」

「その日は遅番なんだよね〜。○○日はどう?」

「仲間とバーベキューする予定なんですよね」

「バーベキューには女子も来るの?」

「いや、野郎ばっかりです」

「なら可(よ)し」

 いつの間にかごく自然に、そして完全に「彼女」の座におさまっている碧である。征矢はニヤニヤ顔で、悦に入っている。

「バーベキュー、キャンセルしようかなぁ」

「出なよ。そういう付き合いは大事にしないと」

と碧はお姉さん顔でそう言い、

「焦らなくてもいいんからさ」

 そう、未来は無限大なのだ。

「じゃあ、○○日は?」

「ちょっと待って」

とスマホで予定をチェックする碧の横顔を盗み見て、征矢の胸に温かなものがこみ上げてくる。

 ミゼットは軽やかに、山を下って行った。



              (了)






    あとがき

 いかがでしたでしょうか?
 今作は今年初めて書いたオリジナルです。
 「ユピュ」のカップリング感覚で書きました。「ユピュ」がマニアックなお話なので、バランスをとろうと・・・例によって「抱き合わせ」作戦です(笑)
 せっかくなので、時期的に「春小説」にしようかな、と。「春小説」とは以前もいったのですが、@春先に発表。A舞台が春。B桜が出てくる。C非坊主モノ。Dシリアスな青春モノ、といったジャンルで、「春めく」「四十億年?」「春寒」「決戦前後」(あと一応「驟雨の後で」も)の系譜に連なる一作となりました。なんとか桜の時期に間に合って良かったです♪
 今回、苦肉の策といおうか、新手法といおうか、かつて7さんが描いて下さったイラスト(迫水の黒歴史漫画の「正解」バージョン)から逆算して、近所のお姉さんエピソードを書きました。7さん、本当にありがとうございます(*’▽’)
 尺も長からず短からずで、とても気に入っております!
 コロナの件で「未曽有の国難」と叫ばれている昨今ですが、本作が一服の(一時的なものであれ)清涼剤となれば幸いです。
 最後までお付き合い頂き、感謝感謝です(*^^*)



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