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収穫祭での出来事


 都市部にある私立・積桜(せきおう)中学校の生徒会役員たちが、ド田舎にある梅ケ谷中学校へ、貸し切りの小型バスで向かったのは、晩秋のことだった。

 積桜中学と梅ケ谷中学は姉妹校である。

 毎年梅ケ谷中で催される収穫祭に招かれての訪問だった。

 文化祭を「収穫祭」と呼ぶだけあって、梅ケ谷中は田や畑、果樹園が学区の大半を占めている。生徒たちも純朴そうだ。

 シティーボーイ、シティーガールの積桜中の生徒たちは、この田園の中にある小さな中学校を下に見ていた。

 なかんずく、生徒会長の北野美優(きたの・みゆ)は、彼女の学校の姉妹校への軽蔑を隠さずにいた。

 美優は積桜中学一の美少女だ。

 よくよく見ると顔のパーツは左右不対称で、鼻も大きく、唇の形もよくないのだが、肌は透けるように白く、眉毛も凛と濃く、何より長い黒髪は彼女の七難を隠すどころか、美優を艶やかに彩り、彼女をすこぶるつきの美少女に見せていた。

 そのうえ、オシャレだった。校則の許す範囲で身を飾り、全校生徒の「憧れの君」だった。

 彼女が身を翻すたび揺れるロングヘア―に、男子――そして一部の教員たち――の目は釘付けになった。

 勉強もでき、弁舌も爽やかで、押し出しも強く、彼女が生徒会の選挙に立候補したときなど、皆争って、彼女に一票を投じたものだ。

 そして、美優は生徒会長に。

 名実ともに積桜中学の「顔」となった彼女は、この一年、得意の絶頂にいた。

 この環境が美優を慢心させた。高い鼻がさらに高くなった。

 姉妹校の梅ケ谷中学に対しても、

「田舎者が群れ集まって」

と冷笑している。

「あんな民度の低いところで文化祭だってさ。最も文化から遠い人種じゃない」

とまで言っていた。

 当然、梅ケ谷中の校門をくぐったときから、女王様然として、

「なに、あの人」

と梅ケ谷中の生徒会メンバーたちの眉をひそめさせていた。

 とは言え、年頃の男子たちの中には、

「でも、綺麗な人だなあ」

とウットリとなる者も数多いた。

 早速両校の生徒会役員の間で懇親会が行われた。ごく形式的なものだったが、30分ほどそれぞれの中学での活動などを報告し合った。

 その間に、美優が、先方の生徒会役員たち(特に女子たちに)総スカンをくらってしまったのは、言うまでもない。

 美湯にしてみれば、梅ケ谷中生たちはやはり「文化から遠い人種」だった。

 特に彼女が最も嫌悪したのは、梅ケ谷校生の頭髪事情だった。

 規定により、男子は丸刈り、女子はオカッパ。

 女子のオカッパは戦前戦中を彷彿とさせる酷さだった。耳が半分出るくらいスッパリと断たれ、襟足は刈り上げられている。

 おぞましい、とシティーガールの美優は怖気をふるわせる。ファッション狂の美優には正視するのも耐えがたい醜さだった。

「逆にサブカルっぽくね?」

「一周回って斬新なのかも」

と積桜中学の生徒はヒソヒソ言い合って嗤ったりもしていた。

「ほんと、田舎なんかに生まれなくてよかったわ」

とこれ見よがしにロングヘアーをかきあげる美優である。

 梅ケ谷校生も、美優たちが思うほど魯鈍ではない。そんな都会の連中の蔑視に、とうに気づいている。そして、その視線の主たちに敵愾心を燃やしていた。

 しかし、例外もいた。

 大村一実(おおむら・かずみ)という梅ケ谷生徒会で書記をしている最年少の女子だ。

 最年少のうえ、子供っぽく、無邪気でお茶目な彼女は、浮世離れした言動もあいまって、両校の生徒会役員から、マスコットのように愛されていた。無論、彼女もオカッパでダサいセーラー服姿であった。

 一実は他の梅ケ谷校生たちとは正反対に、積桜校生の制服に素直に羨望の眼差しを向ける。

 積桜中学女子の制服は辛子色のブレザーである。胸には藍色の大きなリボン、スカート丈も短め。

「私もそんなカワイイ制服を着て、街を歩いてみたいですぅ〜」

と舌っ足らずな口調で賛辞を受けると、美優とても悪い気はしない。

 ――この娘、かわいいわね。

とお姉さん目線になる。

「着てみる?」

と好意と悪戯心から制服の一時的交換を提案する。

「本当ですかぁ〜! 嬉しいですぅ〜!」

 他の梅ケ谷女子の面々も羨ましそうだが、プライドが邪魔をして、「私も」と言い出せずにいる。そんな表情も美優の大好物だ。たっぷりと優越感は満たされ、

「さぁ、トイレで取り換えっこしましょ」

とお姉さん面して、人気のないトイレで二人は制服を交換した。

 ブレザー姿になった一実は、

「うわっ〜、可愛い〜!」

と大ハシャギ。

「ちょっと胸の辺りがキツいかなあ」

「都会では胸をしめつけるくらいのサイズが流行ってるの」

 美優はこめかみに青筋を浮き上がらせて言った。

 そういう美優は芋セーラー服を着用、着てみれば、自分が昭和の昔にタイムスリップしたかのような感興を催した。

「じゃあ、一時間後、ここで待ち合わせしましょう」

「はぁい」

と約束して、美優と一実は収穫祭の人ごみの中へと、それぞれ歩み出していった。



 「収穫祭」はひどくつまらなかった。娯楽もなく、刺激もなかった。模擬店だけでなく、お化け屋敷すら禁止されているらしい。

 人類の歴史やら動物の生態やら宇宙の謎やら、退屈なテーマの展示ばかり。手作り感があるといえば聞こえはいいが、あまりに貧弱すぎた。美優にとっては茶番でしかない。

 ――一時間もつぶせないや。

 どこか空き教室があればノンビリしようと、人ごみの中をさすらっていたら、

「オイ、コラッ、貴様!」

と誰かが背後で蛮声をあげた。自分に向けて声を張りあげているらしい、とわかるや、美優は激しく動揺した。

 ずっと優等生コースを歩んできた美優は、教師も含め他人からこんな大声を出されたことなど、初めてだった。

 おそるおそる後ろを振り返ると、ジャージ姿に竹刀をもった強面(こわもて)のオジサンがいた。

 色黒で角刈りのその男は、

「何年生だ! そんな長髪を許したおぼえはないぞッ!」

と怒り心頭。

「ど、どなたです?」

 かろうじて、それだけ訊く。

「自分の中学の生徒指導の顔も忘れたのかッ!」

 どうやらこの中学の教師らしい。それも生徒指導の。

 美優の積桜中には、こんなヤクザみたいな先生はいない。皆、スーツを着て、生徒たちの自治を見守り、サポートしてくれる温厚な紳士淑女ばかりだ。

「こっちへ来い!」

 ヤクザ教師は美優の腕をつかみ、有無を言わさず、同じ階にある教室に引っ張り込む。教室には「生徒指導室」というプレートが掲げられていた。

 生徒指導室は、刑事ドラマの取調室を連想させる殺風景さだった。

「ここに座れ!」

と無理やりパイプ椅子に座らされた。

「コノヤロウ、ったくいい度胸してんなあ、オイッ! メスガキが一丁前に色気づいてんじゃねえよッ!」

 美優は我が身にふりかかった、この災厄を把握できずにいる。口をパクパクさせ、

「え? え?」

 すっかりパニクっている。何故怒鳴られまくっているのか、見当もつかない。

 しかし、その四肢に薄汚れたケープが巻きつけられ、

「コイツの出番も久しぶりだな」

と教師が取り出したバリカンに自分の運命を知り、ただでさえ白い顔が、蒼白となった。

 なんで?なんで? と叫び出したいのだが、恐怖の余り口がきけず、身体も硬直して動かない。

「当校の生徒は質実剛健を旨とし、女子はオカッパと決まっておる! 大人しそうな顔をして、随分とナメくさった真似してくれてんじゃねえか! 指導してやるッ!」

 ハッとようやく気づいた。

 一実と交換した、この梅ケ谷中のセーラー服、この服装のせいで、自分は梅ケ谷校生とこのヤクザ教師は勘違いしてしまっているのだ。

 泡を食って、

「ち、違う! 違うんです!」

と叫ぶように言った、そのときには、

 ヴイイィィィイィン

 ザザザザアアァァ!

 バリカンは長い髪を切断していた。

 バサッ!

と音がして、左サイドの髪が消えていた。エラのところでスッパリと。

「キャアアアアア!!」

 怪鳥の如きけたたましい美優の悲鳴は、室外にまで響き渡った

 自慢のロングヘアーは50cmも切り裂かれてしまった。

「ああ、あ、あ、あたしの髪・・・あたしの髪があああ!」

 もう引き返せない。

「ガッハッハ、大人に反抗するから、こういう目に遭うんだ」

 笑いながら、ヤクザ教師はせっかちにバリカンを動かし、ヴイイィイイィイィイン、たちまちのうちに、右サイドの髪も、左側と同じ高さに刈り払ってしまう。

 バサッ、バサッ、バサッ!

 ケープに降り落ちる髪、髪、髪。

 美優は顔をクシャクシャにして泣いていた。

 積桜中学の女王陛下のこんな態、激レアだ。

「ペナルティにうんと短くしてやるぞ!」

 ヤクザ教師はご満悦、消しゴムのカスほどの忖度もなく、美優の髪を切ってゆく。

 今更、

 私、梅ケ谷中学の生徒じゃありません!

と言ったところで、もう髪は元には戻らない。

 騒ぎを聞きつけて、生徒指導室の前は黒山の人だかり。大勢の生徒がことのなりゆきを、固唾をのんで見守っている。

「あんな美人、うちの学校にいたっけ?」

「まさかの転入生?」

「また江田島(ヤクザ教師)のバリカンの餌食がまた一人・・・」

「そんな長い髪、バシバシ切っちゃえ〜!」

 痛ましそうな顔をする者、好奇心でいっぱいの者、煽り立てる者、反応はさまざま、下手な展示の百倍は耳目をひく。

 PTA連もこの思いがけぬ「生徒指導」を見物しながら、

「なつかしいわね」

「やっぱり中学生はオカッパよね」

「アタシも中学に入る前に、泣きながら美容院に髪切りに行ったわ」

とワイワイ話している。

 見物人の中には、さっき対面した生徒会の女子役員の顔もあった。が、彼女らもクスクスニヤニヤ。美優に助け舟を出すこともなく、見物の群れに加わっていた。美優の不徳の致すところだろう。

 美優の断髪は収穫祭最大のアトラクションになっていた。

 注目を浴び、江田島は得意げに、

「我が校の校風は質実剛健! 大和撫子たる女子生徒はオカッパ髪こそがあるべき姿なのである! 今日は積桜中とかいうトコから何人かノコノコ出張って来ておるらしいが、梅ケ谷中学の歴史は百二十年! あんな歴史も伝統もない軽佻浮薄な輩とは一味も二味も違うんだよ!」

と一席ブチつつ、嬉々とバリカンをふるう。

 ヴイイィイイイィィイィン

 ザザザザアアアアアア!

 バサッバサッバサッ!

 きっと「見せしめ」としての効果を期待しているのだろう。

 トドメは襟足。

 根っこからバリカンがあてられ、長い後ろ髪を何度も何度も執拗に刈り上げていく。

 バリカンの刃が大量の髪をゴッソリすくいあげ、バアアァァッ!と上へ上へ――それこそボンノクボの辺りまで遡っていく。江田島はコダワリがあるらしく、また集まった衆目を満足させるためもあってか、ニ十回以上もバリカンを走らせた。しまいにはバリカンの刃が強い熱を帯びていた。

 バババババ、と髪がケープに雪崩れ込む。

 長い髪は失せ果て、刈り跡青々、真っ白なうなじも清ら、スッキリサッパリと梅ケ谷中でも一番短いオカッパ頭にされてしまった。

 その髪を乱暴にかき混ぜ、散り髪を払うと、

「よーし、これで貴様も梅ケ谷中学生徒の端くれだ。だがこれで終わったと思うなよ。これからは貴様には大和撫子の何たるかを叩き込んでやるからな。覚悟しておけッ!」

 美優は涙も涸れはて、呆然自失。その耳に、

「あーあ、あの娘、江田島に目ぇ付けられちゃったな」

という声が微かに聞こえた。

「これは今日の餞別だ」

とバシッと竹刀で頭をはたかれた。

「・・・・・・」

「“ありがとうございました”だろッ!」

「・・・ありがとうございました」

「声が小さいッ!」

「ありがとうございましたっっ!!」

「ちゃんと後片付けしておけよ」

「・・・・・・」

「返事ッ!」

「はいっっ!!」

 そこへ、

「会長?!」

「き、北野さんっ?!」

 積桜中学の生徒会役員や引率の教諭らが、ギャラリーをかきわけ、飛び込んで来る。

「一体これはどういうこと?!」

「何があったんスか?!」

「う・・・うぅ・・・うわああぁぁん!」

 美優は床に突っ伏し、号泣した。

 江田島は、あれ? って表情(かお)をしていた。



 その後、すぐに梅ケ谷中学の校長や教頭はじめ、責任者が謝罪に来た。

 彼らのお詫びの要旨はただ一点、この一件を大事(おおごと)にしないで欲しい、ということだった。彼らの石頭には「女子中学生はオカッパが当然」という「常識」が巌としてあるため、美優の傷ついた心に寄り添った言葉はまるでなかった。

 積桜中学側も美優の意思を無視して、謝罪を受け容れた。

 ――オトナなんて大嫌い!

 美優は憤まんやる方ない。

 江田島も始末書を書かせられたらしい。普通の学校よりだいぶ甘い処分だ。

 だいたいあの男が始末書を何枚書いたところで、刈られた髪がそうそう伸びるわけでもない。

 仲間も教師も帰りの車中で美優をなぐさめた。美優は泣きじゃくった。長い髪を失った美優からは、美少女の通力は煙の如く消えていた。

「髪でダマされてたな」

と男子たちはコソコソ話していた。



 休日を利用して、美優はサブカル御用達の美容院に行き、パッツンに揃えられた前髪や横髪を不揃いに切った。そして、オレンジ色に染めた。そうやってパンクスっぽくして、体裁を整えようとはかった。

 生徒会長の大変貌に学校は大混乱。いくら自由な校風とはいえ、行き過ぎだ。

 ファッションに合わせて言動も不思議ちゃんぽくしたが、

「北野さん、イタすぎ」

と陰で嘲笑されていた。

 美優は清純派の皮をスラリと脱ぎ捨て、すすんで校内秩序の紊乱者になった。

 結句、モメにモメて美優は生徒会長の職を辞した。学校も自主退学した。公立の地元中学に転校したが、一日も登校せず、進路も決まらぬまま、卒業した。

 卒業後は地下アイドルのグループに強引に入って、活動したが、プライドの高い美優に下積みは無理だった。

 Youubor(「すわりな」参照)になった。

 チャンネル登録者数は現在31人。

 美優はある日、ルームシェアしている同居人に、

「旅行に行く」

と言い残し、アパートを出た。

 この頃には美優は奇行が目立つようになっていた。

 始終ブツブツと独り言を呟いて、ケケケ、と不気味に笑っていたり、バイトをずっと無断欠勤してクビになったり、一日中布団にもぐっていたり、やめた私立中学の制服を着て街を徘徊したり、わけのわからない理由で隣人にブチ切れたり、やたら身体を鍛えはじめたり、コリン・ウィルソンの犯罪実録本を貪るように読み耽っていたり、クビになったバイト先に何度も押しかけたり、Youuboにアップする動画もシュールというより、病的なものになっていった。

 電車とバスを乗り継いで、梅ケ谷中学へ。

 バスは山峡の道を辿っていく。他の乗客の視線を感じる。ピンクの髪が珍しいのだろう。

 持っているスポーツバッグには出刃包丁が二本、登山用ナイフが一本、よく切れそうなのを選りすぐった。

 バスを降りる。

 梅ケ谷中学の校門が見えてきた。田舎の学校だからセキュリティも甘いに違いない。美優はニンマリ笑う。

 校門の前に立つ。

 ここで自分の人生は狂わされたのだ。

 その落とし前を今日つけさせてもらう。流血で贖ってもらう。

 鋭利な刃物を詰めたバッグを携え、美優は悠々と校門をくぐっていった。

 江田島の骸ひとつでは、もはや物足りぬ。

 もうすぐ校舎中が「大和撫子」たちの血で、真っ赤に染まるだろう。

 この学び舎が黒髪ボブのセーラー服の乙女たちの屍で累々と埋め尽くされる。そんなイメージが脳裏に浮かび、美優は破顔した。



「ちょっと、会長、会長ってば」

 揺り起こされて、美優は目をさます。秋晴れの好天だ。

「あれ? 夢か・・・良かった〜」

「寝ながら笑ってたよ。いい夢だったの?」

「超悪夢だったよ」

「どんな?」

「え〜と、え〜と・・・忘れた」

 小型の貸し切りバスは山間の道を走っていく。

「もうすぐ梅ケ谷中学よ」

と引率の教師が知らせる。

「すごいド田舎だな」

「厳格な校風らしいよ」

 皆、あれこれ話に打ち興じている。

 寝ぼけ眼に刈り入れの終わった田園風景はひどく寒々しく映る。

「今時男子は坊主で女子はオカッパなんだってさ」

と誰かが話している。それを聞いて、

「うわ〜、桑原桑原」

と美優は大仰に首をすくめ、確かめるように自慢のロングヘアーを撫でた。



              (了)






    あとがき

 リクエスト小説第6弾、いかがでしょうか?
 「田舎の姉妹校に来た都会の生徒会長が生徒と勘違いされオカッパに」とのリクエストを頂き、書いてみました。
 今回、「学校一の美少女がバッサリ」とか「中学入学の為オカッパ」といった学園物のリクエストが結構ありました。
 この小説、自分の経験を基にしています。迫水、中学のとき、生徒会役員(会計)で、夏休み、姉妹都市(かなりの田舎)へ一泊二日で行き、そこの生徒会の方々と「交流」したことがあります。そのときのことを思い出しつつ書きました。
 ラストは、なんかね、京アニの事件とか新幹線車内での事件とか、ちょっと時代とリンクしちゃったんですけど、さらに新たなラストを付け加え、力技で平和におさめました。
 とてもいい経験になりました♪
 お読み下さり、感謝感謝です(*^^*)




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