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葉隠氏、帰国す


 葉隠(はがくれ)氏が某国での初めてのスパイ工作に成功して、ふたたび母国の土を踏んだときには、もう秋風が吹いていた。

 報告などあれやこれやで、しばらく国内の各所を転々として、ようやく自宅に帰ってきた頃には、もう寒風がびゅうびゅう吹きすさんでいた。

 初めての任務を果たしおおせた葉隠氏は、上機嫌だった。

 久方ぶりのご主人の帰還を、女房の薫(かおる)はいそいそと出迎えた。

 薫(28歳)は夫の裏の顔を知らない。ただの床屋だと思っている。

 今回の長い不在にも、四国の親戚の家の遺産処分の手伝い、という夫の言葉をすっかり信じていて、全く不審を抱いていない。

 ――いい妻だ。

と葉隠氏は思う。

 彼女の髪はしばらく会えぬ間に、ベリショぐらいには生え揃っていた。

 ――ちょうど良い具合だ。

と葉隠氏は心中、ニンマリする。

 葉隠氏の表の顔は資産家である本家の会計事務と、カットVというチェーン店の雇われ床屋だ。

 実は今日の任務の前、カットサロンで中学生少女を(彼女のたっての希望で)丸刈りにして、ついでにイカせて、潮を吹かせた。

 その経験は、葉隠氏の心の暗い部分を、底抜けに歓喜させた。

 こんな愉しい「享楽」がこの世にあったのか、と葉隠氏は開眼した。

 しかし、丸刈りを希望する女性客がそうそう入店するわけではない。普通の女性客からして、まず存在していないのだから。

 切り株のそばでウサギを待つより、もっと効率の良い方法がある。

 妻だ。

 薫のフランス人形みたいな美しい顔立ちに、抜群のプロポーションに、一目惚れして、とうとう夫婦になるに至った。

 葉隠氏はこの妻を溺愛した。

 薫も頼り甲斐のある葉隠氏の愛に応え、私(ひそ)かに自慢に思っていた。

 薫を夫に夢中にさせたのは、勿論、葉隠氏の愛情と人間性だったが、それだけではない。

 夜の夫婦の営みでの、葉隠氏の「巧さ」も、最大といってもいいくらいの大きな理由だった。

 実は葉隠氏は忍者だった。

 笑ってはいけない。

 忍者はこの21世紀にも、ささやかながら確実に存在しているのだ。

 葉隠氏も継承した忍びの術には、平安期に中国から渡来した房中術も取り入れられている。

 性的な行為を通じて、敵方の女性を懐柔したり、場合によっては、味方につけ、敵方を切り崩す。

 その「術」に長けた葉隠氏は、たちまち薫をメロメロにさせた。毎夜悦ばせた。そして、自分の言いなりになる女に仕立てあげた。聖女のように貞淑で、奴隷のように従順な、そんな女に。

 薫は夫の要求ならば、なんでも容れた。葉隠氏に求められるまま、彼女の意に添わぬミニスカートやTバックの下着を、我慢して履いた。食事のメニューも毎日夫が決めていた。

 しかし、バリカンで丸刈りにさせてくれ、という夫の奇妙すぎる希望には、顔面蒼白となり、

「そ・・・それは・・・ちょっとムリかも・・・」

と初めて真っ向から抵抗した。

「そうか」

 葉隠氏はあっさり彼の願いを取り下げた。

「今言ったことは忘れてくれ」

 しかし、葉隠氏はあきらめてはいなかった。

 夜、妻の飲み物に媚薬を一服盛った。

 たちまち効果は現れ、

「あ、あ、アナタ! ・・・抱いて! 抱いて! あたしを滅茶苦茶にしてェ〜!!」

「なんだって?」

「アナタの・・・・・・が欲しいのォ!」

「何が欲しいんだい?」

 さすがに葉隠氏、巧者、薫をジラす。

「〇×〇×・・・」

「よく聞こえないね」

「イジワル言わないで! 〇×〇×が欲しいっっ!! 〇×〇×が欲しいのよォ〜!」

「よくそんなはしたないことが言えるね。もう一度言ってごらん?」

「欲しい! 欲しい! 欲しい! アナタの〇×〇×が欲しいッ! アナタの〇×〇×を頂戴!!」

と、その狂態はすさまじく、葉隠氏は、よし、と頃合いを見計らい、薫に耳うち、

「バリカンで坊主にさせてくれれば、たっぷり可愛がってあげるよ」

と再度要求した。

「する! 薫、坊主になるっ!!だから、〇×〇×頂戴! ボウズになるからあああぁぁ!!」

 薫は陥落した。葉隠氏にユルフワのミディアムヘアーを進呈した。そして、葉隠氏はそれを刈った。刈りまくった。

「早くうううぅ! 早くううぅぅ! 早く坊主にしてええぇぇ!」

とケープを巻きながら、のたうつ薫の額のド真ん中から、彼の商売道具――バリカンを突き入れた。

 ガアアアァァ!

と髪が左右に分かたれ、さらにその真横をバリカンは通過する。

 ガアアアアァァ!

 髪で隠れていた頭がむき身になる。初めてのぞく自らの頭を振り振り、

「あっ、ああ・・・あっ・・・いい・・・サイコーだわっ!!」

 薫は嬌声をあげる。少し前に女子中学生に施したのと同じように、葉隠氏は閨房術をフルに活かし、性感を刺激する頭部のツボを、指やバリカンでそれとなく巧みに圧す。

「あっ、ダメッ! ダメダメ! はぁはぁ・・」

 半刈りの頭をのけぞらす薫に、

「動かないでくれよ」

 葉隠氏は冷静な口調で言い、バリカンを動かし、薫にコーフンと快感を与えていく。しかし、実は彼も妻の乱れように、昂るものをおぼえはじめている。

「で、でで出るうううぅぅ!! ででで出ちゃうううぅ!!」

「何が出ちゃうんだい?」

「うぅ・・・」

「薫は助平だね」

 バリカンはゆるふわ髪を、快調に刈り尽くしていく。バラバラバラ、と髪が、キッチンの床に敷かれたビニールシートの上に、雪崩落ちる。

 寒々しい数mmの髪があとには残され、薫は坊主頭に化(な)っていく。歯を食いしばって、「粗相」するのを堪えている。その苦しみ、同時に押し寄せる官能の波に、感情の制御を失い、ポロポロと涙を流して。

「あっ」

と小さく悲鳴をあげた次の瞬間、

 ぶしゃああああああああ!!!

 薫は潮を吹いた。盛大に吹きまくった。

 そして、ゆっくりと椅子から転げ落ち、愛液の海に頬を沈め、果てた。虎刈り頭のまま、満足しきった表情だった。

「先にイキやがって。俺はどうするんだ」

 葉隠氏は息遣いも荒くボヤいた。




 それから、夫婦はバリカンを使った遊戯に興じるようになった。

 それこそ、葉隠氏が「出張」する前夜まで、異常性愛者に堕ちた一組のカップルは、夜毎燃えに燃えたのだった。




 そして、「出張」を終えた葉隠氏は、黒々とした妻の頭に、あやうく性を漏らすところだった

「だいぶ伸びたな」

と葉隠氏は相好を緩ませる。薫もその言葉の意味はわかっている。

「ええ」

とうなずき、

「アナタがいない間、美容院に行かずにいたの」

 わかってるでしょう、この意味が、と言うように艶然と微笑んでみせる。妻は体験を経て、自信を得、いつしか大胆な女になっていた。

 二人で夕食。

 久々の妻の手料理に舌鼓をうつ葉隠氏だが、性的欲望はむくむくと鎌首をもたげている。

 薫も薫で、色々話をするが、どこか心ここに在らずだったりする。

 互いに「食後のこと」を考えて、ドキドキワクワク。その高揚は互いに伝わる。異形の愛に目ざめてしまった二人だけに通じる、歪なテレパシー。




 もはや二人に言葉はいらない。

 食事の片付けもそこそこに、薫は寝室にビニールシートを敷き、その上にチョコンと正座している。全裸で、だ。裸の上から理髪用ケープを巻く。

 葉隠氏も全裸、いつものように、ゴツイ業務用バリカンを握る。

 二人の呼吸は荒い。

 ヴイイイイイイン、とバリカンがノイジーに唸り、ベリショの薫の頭部へ急接近してく。

 そして、これもまた、いつもの如く、額のド真ん中へ吸い込まれる。

 ジャアアアァァアァアア! バサバサッ!

 ジャアアアァァアァアァア! バサバサッ!

 たちまち前頭部の髪が消え、波平さんカットになる薫。

「せっかちねえ」

 薫は笑う。普段ならじっくりと時間をかけて、ひと刈りひと刈りに入魂している夫なのに。

「俺には俺のプランがあるんだよ」

と葉隠氏。けして負け惜しみではない。バリカンで責め、指で責め、唇で責め、薫の性感を刺激していく。

 うは、たまんね、と薫はつい蓮っ葉な言葉使いになる。

 葉隠氏は、刈る。パワフルな業務用バリカンで、短い髪を手際よく払っていく。

 バッ、バッ、バッ、と髪が跳ね、躍り、ビニールシートにバサリ! 薫はそれを拾いあげ、うっすらと生えている下腹部の茂みにのせる。

「下品だな」

と葉隠氏は苦笑する。

「愉しければいいのよ」

とハァハァ息しながら、薫は言い返す。

 薫は資産家の令嬢だった。

 葉隠氏と恋に落ちたとき、雇われ床屋の嫁になどやるものか、と薫の父は憤然として、二人の仲を認めようとはしなかった。

 それをおして薫は葉隠氏と結婚した。後で、葉隠氏が名家の跡取り息子であることを知って、薫の父も軟化した。

 深窓の令嬢だった薫が上品さをかなぐり捨てて、変態的な痴戯にふけっている。ノーマルな良家のお坊ちゃんに嫁いでは、一生味わえなかった世界に身も心も浸しきって。

 ジャアアァアァァァア!

 バリカンは漆黒の密林に分け入り、それらを伐採し、3mmの耕地を開拓していく。

 ジャァアァアアァアア!

 バサッ、バサッ!

 しかし、久方ぶりのプレイだというのに、今夜は夫の責め方が手ぬるく思える。薫の中で不満がくすぶっている。長いブランクで腕が鈍ってしまったのだろうか。不審に思う。が、

 ――俺には俺のプランがあるんだよ。

という夫の言葉を脳裏で反芻し、さざ波立つ胸を静める。

 ジャアァアァアアァ!

と最後の一房が刈り落された。

 薫は懐かしの丸刈り頭になった。

 だが、薫は物足りない。股の上に切り髪をこんもり積み上げて、これだけ?と目で葉隠氏に訴えている。

「さて、これからが第2Rだ」

と葉隠氏が取り出したのは、彼が日常使っている電気シェーバーだった。

「まあ、いやだわ」

 思いがけぬサプライズに薫は眼を輝かせた。

「この3mmの毛さえ、全てお前の頭から除去してやる。この三年間使い込んだ安物のシェーバーでな。覚悟しろよ」

「やだやだやだ、やめてやめて〜!」

「じゃあ、やめるか」

「ウソ。やって! やってやって!」

「正直でよろしい」

「うひっ」

と薫は肩をすくめ、下卑た笑いを浮かべた。令嬢といっても、所詮田舎成金の娘、お里は知れている。

 ウィーン、ウィーン、とシェーバーは薫の「髪」に触れる。

 バチバチとはぜる音がして、薫の頭皮はシェーバーの圧をしたたかに感じた。

 ジジ・・ジジジ・・・ジイイイ〜!

 弘法筆を選ばず、で安物のシェーバーは巧者の葉隠氏のワザによって、最大限のパワーを引き出される。

 ジジジ、バチバチ! 激しい音、激しいバイブレーション。芝生状の毛が剥ぎ取られ、青い沃野となって、瑞々しく電灯の光に照り返る。

 そうしてシェーバーと指と舌を巧みに使い、葉隠氏は獰猛に責め、舐め、薫の性的快感を最大値まで跳ね上げていく。

 あっ、あっ、と薫は理性を失い、よがり声をあげ、剃り散らされた頭をのけぞらせた。

「動くな動くな、ハウス、ハウス」

 まるでペットを躾けているかのように、葉隠氏。

 ジジジ・・・バチバチ・・・ジジジ、バチバチ

 薫は口からヨダレが流れっぱなし、股座に載せた切り髪もラブジュースで濡れ、シンナリとなっている。

 あちこち汁だらけになって、薫、

「ううぅ・・・も、も、もうダメ・・・」

「まだまだ」

 葉隠氏は巧妙に薫をジらし、手綱をひきしめ、ゆるめ、薫をジワジワと絶頂へといざなう。

 薫の形の良い頭がズル剥けになっていく。青々と、寒々と。

「ああ!」

 女性の象徴である髪を根こそぎ剥奪されているくせに、メスの表情になる薫。アンバランスも甚だしい。

「一人でイクなんて許さんぞ。俺もたっぷりと愉しませてもらうからな」

「ふぁ〜!!」

 薫、とうとう泡まで吹いている。

「も、も、も、もう我慢できない〜!!」

「耐えろ」

 その間もシェーバーは仕事を続行する。

 ヌメリ、と光沢を帯びた頭部が露わに出る。まるで、むきたてのゆで卵だ。

 葉隠氏もたまらない。ついに薫と「結合」を果たす。

 二人と魂は溶け合うようにして、異形の者だけが辿り着けるエルドラドに達した。

 激しく体液をほとばしらせて、二人は折り重なって、ベッドに倒れ伏した。

「サイコー」

 薫が耳元で囁く。

「俺もだ」

 睦言を交わす。

「こんな頭になっちゃって、お正月どうしよう。あたしの実家にもアナタの実家へも行けないわ」

「今更だなあ。普段カツラをつけてるじゃないか」

「家族の目はごまかせないわよ」

「スリリングで面白そうじゃないか」

「そんなスリルはごめんよ」

「じゃあ、ワイハにでも行くか?」

「ワイハ?」

「ハワイだよ」

「ホント?」

「うそ」

「もぉ〜」

 薫は口を尖らせたが、すぐに含み笑い、

「でも、いつか行けるといいな、ハワイ。そのときには子供もできて、3〜4人になってるかな」

「そうなればいいな」

と葉隠氏も同意する。その声には実感がこもっていた。

 今回の「出張」で忍びの世界のダークさを骨身に染みるほど感じた。できることなら、そんな「家業」とは縁切りしたい。一介の市井の床屋として、家族と楽しみながら暮らしたい。そういう願望もまた生じている。「抜け忍」なんて到底無理な話だが。

「とりあえず――」

「とりあえず?」

「寝正月だな」

「寝正月か〜」

「そう、朝から晩まで二人だけで・・・」

「もう」

 夫の言う意味がわかって、薫は葉隠氏の肩をポカポカと拳で軽く打つ。顔をほころばせて。

 そして、

「そうだね。寝正月、寝正月」

と繰り返した。

 葉隠氏も、

「寝正月、寝正月」

と繰り返し、二人、クスクス笑った。


         (了)






    あとがき

 リクエスト小説第二弾です♪
 以前妄想を炸裂して頂いた御方からのリクエストです。「夫婦or恋人によるバリカンプレイ」「剃刀ではなく電気シェーバーでの剃髪」その他諸々のリクエストを小説にいたしました。
 今回は以前よりも一層、自分のエゴは捨てて、でき得る限り、リクエストに向き合い、そのご要望にお応えするという方針です。
 それとスピードアップのため、(ほとんど無意識に)作品がやや軽量化しております。こりゃあ長くなりそうだぞ、と思いつつ完成させてみれば、通常より短い!といったケースが(今作も含め)ほとんどでした。
 さて、今回は葉隠氏、またまた大暴れ。ついに奥様まで巻き込んで、といったストーリーで、書いてる作者本人が興奮したりもしました(笑)
 書いてて、楽しかったです♪ もしかして、山田風太郎の後継者は自分なんじゃないか、とも思います(思うな思うな)。
・・・と、バカなことばっか書いてますが、どうか今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m
 お付き合い、ありがとうございました(*^^*)



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