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私立バチカブリ大学・冬「脱処女」物語C僧服のマネキン


 私立八頭大学(通称・バチカブリ大)は今日も騒がしい。

 毎冬行われる「研修に似たもの」が近づいてきているからだ。

 この「行」に参加する者たちは、かつて味わったたことのない辛酸を嘗め尽くす。

 分刻みの軍隊式スケジュールや指導僧侶たちによって加えられる非人間的扱い――それはしばしば怒号や暴力を伴う――を想像し、日毎、怖気をふるわせている。

 特に女子学生たちは、参加の絶対条件である、「2mmの丸刈り」に悲嘆を隠そうとはしない。人生で初めて頭にバリカンをあてる「冬休み脱バリカン処女」に皆々、恐怖と抵抗をおぼえている。

 長嶋梨香(ながしま・りか)も無論その群れの中の一人である。れいによって実家は寺である。

 両親は子福者で、七人兄弟だったが、誰も寺を継ぎたがらず、従順でしっかり者の梨香に、後継者のお鉢がまわってきた。

 梨香はやむなくうなずき、仏教系の八頭大の宗教学部に進学した。

 色白で目鼻立ちも品よく、十分すぎるほど美人といえる梨香だったから、当然彼氏がいる。

 佐向耕史(さむかい・こうし)。梨香の一年先輩でアメフト部の花形選手。自慢の彼氏だった。

 耕史は普段は温厚なのだが、アルコールが入ったり、カッとなったりすると、恋人に手をあげることが、何度かあった。

 梨香は耕史を深く愛しながらも、その暴力的側面を恐れていた。

「研修に似たもの」に向け、坊主頭必至の梨香に、耕史は、

「梨香ならきっと似合うよ」

とそそのかすような甘い言葉をかけた。

 そして、

「いっそ、丸刈りなんかよりツルツルのスキンヘッドにしたらどうだ?」

ときまって言い添えた。

 スキンヘッド、と聞くや、梨香は顔をしかめ、

「イヤだよ〜、スキンヘッドなんて」

と反発した。

「そうかい?」

といつも耕史は矛をおさめたが、しかし、やはりまたしばらくすると、

「丸刈りもスキンヘッドも大して変わらないじゃんか」

と梨香にスキンヘッドをすすめてくるのだった。

 恋人の変わった――そして執拗な――要望に梨香は閉口しっぱなしだ。

 そんな梨香の髪型は、茶髪に染め、クルクルと巻いている。メイクも怠りない。

 梨香は元々は地味な女の子だったが、耕史と付き合い出してから、ギャルっぽくなった。

 髪と服と化粧と、スキンケアやダイエットにも気合を入れてきた。毎日一時間も美顔器で顔コロコロしてるし。

 だから一層、坊主頭に僧服の「研修に似たもの」に気を滅入らせていた。

 逆に耕史は「研修に似たもの」が迫ってきて(彼は別に参加するわけではないのだが)、ウキウキしている。

 ついには、

「お前の髪、切らせてくれよ」

とまで言い出した。

「何考えてんのよっ!」

と仰天し、即座に拒絶したが、耕史はしつこい、

「いいじゃん、切らせろよ〜」

と言い募った。

「愛する男の手で尼さんに、って最高じゃんか」

とのたまいやがる。梨香は辟易。

 ――別れようかな・・・。

とほんの少し思ったりもした。

 しかし、惚れ切った弱み、防戦一方で、強く出れずにいる梨香であった。

 切らせろ、それは勘弁して、を繰り返している間にも、時間は容赦なく経過していく。



 ――そろそろ頭丸めないとなあ・・・。

と思い始めたある日、梨香は耕史にラインで呼び出された。

 場所は耕史が所属中のアメフト部の部室。

 女人禁制な「男の世界」の扉をおそるおそる開ける。

 途端、

 むわっ!!

という汗の臭いと湿気を帯びた部室内の空気。梨香は思わず足をすくめた。

 漫画やエロ本、ボロボロのスパイク、スナック菓子の袋などのゴミが散乱している。

 臭く散らかり放題の室内には、耕史だけがいる。

 ひるんでいる梨香に、

「入れよ」

と耕史は促す。

「他には誰もいないから、こっち来なよ」

言われた通り、足元を気にしながら、歩を進める。

「座れよ」

と言われ、梨香は意思のないマリオネットのように、耕史の指し示すベンチに腰をおろした。

 ようやく自分に返り、

「こんなトコで何の用?」

 耕史は答えず、無言のまま、ガサガサと何かを梨香の首に巻いた。

「こ、これって?!」

 散髪に使用されるヘアーキャッチケープだ。梨香はのけぞって、あわてふためく。

「もうお前といくら話し合ったところで埒があかない。だから、俺としても強硬手段に訴えるしかない」

と言う耕史の手には、大きなカットバサミが握られている。

「ウソでしょーー!!」

 梨香は危うく卒倒しそうになる。

「冗談じゃないよっ!」

「動くな」

と耕史はドスのきいた声で、梨香を黙らせると、カールさせていたサイドの髪を、何房もつかんで、根元から切った。

 ジャキッ! ジャキジャキ!

 耕史の手を伝って、ブラウンの髪の毛が、バラバラとケープに落ちていった。

「ああ!」

「動くな、っつってんだろ!」

「私の髪! 私の髪が〜!」

「どの道、近いうちに切んなきゃいけなかっただろうに」

「でも・・・だからって――」

「口答えするなッ!」

 耕史はまた脅迫めいた口調で、梨香の口を封じた。梨香が常々恐れている暴力的モードになっていた。

 髪にハサミが立て続けに入れられる。

 ジャキッ! ジャ、ジャキッ! ジャキジャキッ!

 髪で隠れていたオトガイが出た。右耳も出た。

「ワッハッハッ! よく切れるハサミだな。左利き用のやつをネット通販で買った甲斐があるゼ!」

 哄笑する耕史。

「ヒドイ・・・ヒドイよ・・・」

 梨香は懸命に悲しみを堪えようとするが、その視界は涙で滲んでいた。

 しかし、耕史は構わず切り進めた。

 長い髪は鋭利な刃物で、躊躇なく切断され、ジャキッ! ジャキッ! 白いウナジも露わになり、切り除かれた髪は、ケープに溜まっていく。

 50cm以上の切り髪が、バサッ、バサッ! 十房、十五房、とヘアーキャッチ部分にあふれんばかり、その重みに耐えかね、ケープはちょっと傾いだ。

 ハサミの刃が頭の地肌に触れ、梨香の背筋は凍り付く。鏡がないので分からないが、切れるだけ切られているに違いない。

 耕史は野獣のような眼で、獲物――梨香のオシャレヘアーを狩って(刈って)ゆく。

 ジャキジャキ、ジャキッ! ジャキジャキッ!

 前髪もつかまれて、刈り詰められた。

 ジャキッ! ジャキッ! ジャキッ!

 ケープに降り落ちる髪も短いものばかりになっていた。目ぼしい髪はあらかた収奪されてしまったのだろう。

「くく・・・くぅ・・・うっ、ううぅ・・・」

 梨香は肩を震わせ、涙した。

 梨香の思った通り、耕史は梨香の髪を切り尽くしていた。

 それでも、まだ物足りなさそうに、根元をシャキシャキ挟んで、摘んだ細かな毛をケープに放り捨てていた。

 リンチでも受けたかのように、ズタズタの坊主頭にされてしまう梨香。

「いい具合に禿げてきてるな」

と耕史は軽口を飛ばすが、梨香はショックの余り言葉を失っていた。

「さて、第二工程に入るとするか」

 耕史は恋人のご機嫌など、意にも介さず、部室の奥のシャワールームに行き、ソープと、湯のはった洗面器を持って戻ってきた。

 そうして、梨香のチョボ毛をお湯で湿すと、ソープで泡立てた。

「耕史・・・まさか、まさか、まさか・・・」

 梨香の顔はサーッと青ざめる。

「そのまさかだよ」

 シックを何本も取り出す耕史。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! 『研修に似たもの』は2mmの丸刈りでOKなんだってば!」

「いやいや中途半端はよくない。尼を志す者はやはりツルッと剃髪しないといかん」

「か、勘弁してよォ〜!」

 泣訴する梨香だが、耕史は耳を貸さない。

「たかだか2mmの髪にそこまでこだわることもなかろうに」

「それが女心ってもんなのよォ〜」

「え〜い、うるさいうるさい」

 耕史はシックを額の生え際におもむろにあて、

「やめてやめてやめて!!」

と悲鳴をあげる恋人を無視して、

 ジジジジジーーッッ!

と勢いよくひいた。

 青白くジューシーな青肌が露出した。

 五枚刃のシックは実に見事な仕事をした。

  ジジ、ジジジジジー、ジジジーー

 ソープにまみれた毛が、力強く削がれていった。次々と頭から追い払われ、青白い頭皮がひろがっていく。

「痛いっ」

 剃刀負けして、梨香、大いに泣き顔をしかめる。

 一方の耕史は楽しそうに、シックを縦横無尽に動かす。

 そうやって愛する女の頭を、スキンヘッドに剥き上げてゆく。

 ジジジ、ジジジジジー

 ジジジジジー、ジジ、ジジジー

「痛い! 痛い!」

 梨香は満腔の恨みをこめ、聞こえよがしに大仰に騒ぎ立てるが、やっぱり耕史は恋人の肉体的及び精神的苦痛に対して、一個の不導体と化す。

 せっせとシックをひいて、ひいて、ひいて――

 とうとう梨香は青々としたスキンヘッドになってしまった。

 濡れタオルで頭を拭き拭きして、フィニッシュ!

 ・・・と思いきや、

「梨香、服脱いで」

「はあ?!」

 梨香は一瞬日本語を忘れかけそうになる。耕史の新たなる命令が、理解できなかった。

 が、意味がわかると、

「イ、イヤッ!」

と拒んだ。当たり前だ。頭がおかしくなりそうだ。

 しかし、耕史は強引で、結局、梨香は汚い部室の中、オールヌードにさせられてしまったのだった。

 人が入室してくるんじゃないか、と気が気ではない。

 そんな梨香の不安を(珍しく)察した耕史は、

「大丈夫だよ」

とさっきまでの暴君的態度からうって変わって、優しげな口調になり、

「今日は練習は休みだし、カギはロックしてあるから」

と言い、梨香を安堵させた。

 そして、またシャンプーで、梨香の意外にコンモリとした体毛――それは腋毛はおろか恥毛にまで及んだ――を泡立てていった。

「待って、待ってっ! ちょっと、ナニ考えてんのよっ!」

 梨香は猛抗議するも、

「なんか剃り足りなくてさ」

 耕史は、シレッと言う。

「このド変態!」

「そのド変態のカノジョがお前だよ」

 泡立てられた体毛たちが、耕史のシックの餌食になっていった。

 ジジー、ジジー、

 ジジジジー、ジジー

「こんなにお手入れを怠っちゃって、レディー失格だぞ」

と言われ、梨香は赤面した。確かにムダ毛処理をサボってしまっていた。

 ジジジー、ジジー

 ジジー、ジジー、

 体毛が丁寧に除去され、ツンツルテンにされていった。

「あっ・・・ああっ・・・超恥ずいんだけど・・・」

「もうすぐ終わるから」

と梨香をなだめつつ、耕史は体毛剃りの時間を、引き延ばせるだけ引き延ばしたのだった。

 そして、

「おっと、ここを忘れちゃいけない」

と梨香の頭と首を逞しい腕でガッチリとロックし、

 ジッ、ジッ、ジッ、

と今時の女の子らしく、美しく三日月形に整えられた眉毛にシックを入れた。

 たちまち右の眉が消えた。

「ああっ!」

 梨香は嘆き声をあげた。腋毛や恥毛等の部分は服を着れば隠せるけど、眉毛はそうはいかない。

 ジッ、ジッ、ジッ、

 左眉も剃りあげられた。

 とどめとばかりにメイクまで落とされた。

 その直後、シャワールームの脱衣所の鏡で確認してみたら、

 ――ひどすぎるよっ!!

 梨香は腰を抜かしかけた。

 鏡の向こうには、年齢も性別もわからない生物がいた。いや、生物なのかアンドロイドなのかすらもわからない。

 ――これじゃ、まるで宇宙人じゃないか!!

 髪の毛と眉毛がいかに人間の表情を作っていたかを痛感する。

 平たい顔や胸が、ますます梨香を無機的に、マネキンっぽく見せている。

 虚ろな眼でシャワールームから出てきた梨香に、

「はい、これ」

と耕史がリボンでラッピングされた包みを渡してきた。

「何これ?」

「プレゼント」

 ふくれっ面で中身を見たら、作務衣だった。こげ茶色の作務衣。

「こっちの方がその頭にマッチするだろうからな」

 ドヤ顔の恋人に、

「うぅ・・・」

 こんなに心躍らないサプライズプレゼントもなかなかない。

 が、とりあえず着た。

「おっ、梨香、かわいいぜ!」

「ウソつけ!」

「そんな顔すんなよ。中学出たての女顔のチンピラが凄んでるみたいだぞ」

「わかりづら過ぎる比喩を持ち込まないでよっ!」

「おー、こわこわ。とにかく俺は大満足だ。帰りに焼き肉でもおごってやろう」

「焼き肉おごってくれるの?」

「おう」

「二言はないね」

「ない」

「じゃあ、赤壁亭で」

「あそこ、メッチャ高級な焼き肉店じゃねーか!」

 今度は耕史が目を丸くする番だ。

「二言はないはずだよ。まさか、ここまでしておいて、牛角で済ませようって考えてたわけじゃないでしょうね」

「考えてた」

「おいっ」

「わーったよ。トホホ・・・。コンビニ寄って金おろすから付き合え」

「あいよ〜」

「いざとなれば、この梨香の髪と毛をマニアサイトで売って、今月はしのごう」

「何か言った?」

「言ってない言ってない」

 ジャレ合いながら、室を出ていく二人、その手はしっかりと繋がれている。



                 (了)






    



  あとがき


 リクエスト小説第一弾でございます♪ リクエスト、どうもありがとうございましたm(_ _)m
 「全身剃毛」とのリクエストで、確かに今まで書いたことなかったなぁ、と思い、書かせていただきました! 良いチャレンジをさせていただきました(*^^*)
 当初、サイバーパンクでやってみようかと思ったんですが、その方面の小説ほとんど読まないし、SF苦手だし・・・ということで、バチカブリ大シリーズでやってみました。
 タイトルは某アイドルグループの曲名からです。毎度のことですが、ファンの方、大目に見て下さいましm(_ _)m
 読み返してみて、ストーリー性のなさにビックリです(笑) 単に「女の子が彼氏に身体中の毛髪を剃られちゃう」というだけの非ストーリーさですが、たびたび陥る「物語>断髪」にならずに済んで、ホッとしております。
 今回のリクエスト、想定の数倍もあり、嬉しい悲鳴をあげております。
 なるべくお応えしたいので、8本くらい書かせて頂きます。時間がかかりますが、どうかご寛恕の程を。。
 ご期待に添えるかわかりませんが、どうぞお付き合い下さいませ♪♪




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