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ある種ジェノサイド的な


 「清浄化」でドタバタしている某宗派の総本山に「朗報」あり。

 総本山でも語り継がれ、敬われている室町戦国期の伝説的名僧・清空上人を主人公とした映画が製作されるという。

 しかもメガホンをとるのは、日本映画界の巨匠・白澤明(しろさわ・あきら)監督。

 レジェンドがレジェンドの生涯を撮る!

とマスコミは書きたてた。

 総本山も、是非協力したい!と申し出て、全面的に白澤組をバックアップしている。

 総本山にとっても名誉なことだし、イメージアップにつながるし、ひいては「清浄化政権」のアピールになるし、それにいやらしい話、映画がヒットすれば参拝客も増え、その経済効果は計り知れない。

 ロケ隊に山内の建物を開放し、宿坊などの施設を提供し、貴重な資料の閲覧も許可し、炊き出しのサービスにまで及んだ。

 撮影は快調!

 世間も白澤明久々の新作を待ち望んでいる。

 これは名作になる、と監督はじめキャストもスタッフ陣も手ごたえを感じている。

 しかし、突如として暗雲がたちこめた。

 監督白澤のワガママ、いやいや、主張のせいである。

 本山にて、八十年に一度行われる

「万人経(ばんにんきょう)」

という儀式。僧たちが大勢集い、華やかに挙行される。

 それを映画のクライマックスとして再現したい、と白澤は言う。

 費用ならば問題ない。スポンサーも白澤組には潤沢な資金を融通してくれている。

 本山側も、儀式のシーンに必要な、山内の大伽藍の使用を認めている。国宝級の仏像や仏具を貸し出すことも了承している。

 問題は白澤監督のコダワリだった。

「このシーンには、男僧ではなく、尼僧を使いたい」

と白澤は強硬に主張した。

 しかも尼僧は絶対に剃髪の尼で、と熱望した。

 本格的な仏事場面なのでエキストラは使いたくない、本物の尼さんを使いたい、と世界的映画監督は口角泡を飛ばして、力説する。

「これはゲージュツなんだよ!」

とテーブルを叩いて、恫喝するように詰め寄る白澤に、本山のエライさんたちも困り顔。

 「万人経」では「草摩経」という特殊な経文を読みあげることになっている。

 剃髪尼僧、それも宗門最高の経典のひとつ、「草摩経」を諳んじられる剃髪尼僧は、かなり数が限られている。

 そうした尼僧を五六十人も集めるのは、ヘラクレスでもためらう困難だ。

 白澤監督は、

 剃髪の尼僧

に固執している。 と、いうか、尼僧=剃髪、と思い込んでいる。

 有髪の尼に白い頭巾をかぶせては、という折衷案も出たが、

「ダメだ!」

 白澤は一顧だに与えず。

「青々とした清潔な尼さんたちの頭が、こうね、バーッと並んでて、光り輝いて、こう、荘厳なお経が、ガーッ、と流れて、それでいて、尼さんの凛々しさと柔らかさをね、バーン、と画面に押し出してね、男の坊さんには出せないオーラが漂ってね、ゲージュツです! まさにゲージュツです! 貴方方にはわからんかね?」

 白澤にまくしたてられ、

 ――メンドクセー監督だな・・・。

と皆思った。

 何十人もの有髪の尼さんを、一気に丸坊主に。反発も少なくなかろう。

 しかし、「清浄化」のスローガンの一つに「剃髪」がある。

 本山の上層部は、宗門の僧尼に剃髪を推奨している。山内の僧尼に至っては、ほとんど半強制的に剃髪をすすめている。この「清浄化特需」に、門前町の床屋はだいぶ潤っているという噂だ。

 白澤の要望は本山上層部の方針と、ピタリ一致しているのだ。

「もしこのシーンが実現しないのなら――」

 監督は最後通牒を突きつける。

「私は監督をおりる! これまで撮ったフィルムも全てお蔵入りだ!」

「待って下さい、監督!」

 青ざめる助監督やスタッフ。いきなりちゃぶ台返しされては、どうにもならない。

「な、なんとかなりませんか?」

 すがるような目を向けられ、本山側も、

「わ、わかりました。やってみます!」

 ここで白澤に降板されては、これまでの協力も水泡に帰す。上層部は大あわてで、白澤の意向を汲み、尼さん探しをはじめた。

 「草摩経」が読める剃髪の尼さんをかき集めたが、わずか8名。

 ハードルが高すぎる。

 せめて「草摩経」が読めなくても、水増しして口パクにしてはどうか、と白澤に打診してみたが、

「ダメだ!」

と白澤は1ミリも譲らなかった。「日本一ブレない男」の面目躍如だ。

 「草摩経」が読めるエリートの有髪尼たちに、熱いバリカンの刃がせまっていた。



 本山、ついに強権発動。

 条件に適う全国の有髪尼たちに、剃髪&出仕を求めた。

 これによる悲喜劇の数々が生まれた。

 例えば、茨木の芥川さん(尼僧・30才)

「なんでアタシがわけのわかんない映画のために、頭剃んなきゃいけないのよ!」

 ヴィイイイィン ヴィイィィイイイイィン

 ジャジャジャジャアァァアァ

 バサバサッ

と不満タラッタラでボブカットの髪を落とした。

「エライさんの命令で、頭丸めて、本山に出張るとか、アタシャ、兵卒かっ!」

 ヴィイィィイイィイイィィン

 ジャジャジャジャアアァアァ

 バサバサ、バサッ

 床屋「できましたよ」

「うわっ、これがアタシ?!」

 すぐには男か女かわからないだろう。

 芥川さんの心の耳には、ぐしゃっ、とプライドがつぶれる音が確かに聞こえた。

 「赤紙」は関西の尼僧で、二児の母でもある武者小路さん(40代)のトコにも届いていた。

 ウィーン、ウィイーン、

 ジャリジャリ、ジャリジャリジャリ

 同じ僧籍の身の夫君(入り婿)に、ホームバリカンで台所、肩までのパーマ髪を断髪。

「御本山もムチャ言わはるわ〜」

とこちらも嘆き節。

「『草摩経』なんて、けったいなお経おぼえたばっかりになぁ、この有り様や」

「これも『清浄化』とやらの一環やろか。しまいには全国の末寺にそっぽ向かれるで」

と言う夫君のバリカンが動いた分だけ、五厘の枯野は拡がる。

 ジャリジャリジャリ、ハラリ、ハラリ、ハラリ

 ジー、ジー、ジジーッ ジジーッ、ジー、ジーッ――

 すっきりとスキンヘッド完成!

「お母ちゃん、その頭で学校の授業参観来んといてな」

と思春期の長女に釘を刺され、武者小路さん、ますますショゲて、

「カツラ買わんとなあ」

 丸い頭を撫でてボヤく。

 逆に北九州の加川さん(20代)は、

 ブイイィィイィン ブイィイィイイィン

 ザザザザアァァアァ

「まさか、お前が銀幕デビューするとはなあ。大したもんばい」

「エキストラと変わらんとよ」

と苦笑する加川さんだが、幼馴染の理容師(♂)はバリカンを繰り出しながら、

「いやいや、わからんばい。もしかしたら、どこかの芸能プロの目にとまって、スカウトされるかも知れんばい」

「無か無か」

「なんだかお嬢より若大将の方が熱心じゃなかかね」

と年輩の客にひやかされ、三人大笑い。

 笑いながらも、加川さんは自分の頭の有髪の部分が、みるみるその面積を減らしていくのを見て、気が気ではない。

 つるりん!

 こうして短期間のうちに、日本各地で数多の有髪尼たちの髪が、バリカンでバッサリと落とされた。

 その切り髪の総量は、20kgをゆうに超えていたとかいないとか。

 我が国の希少な坊主女性人口が、グーンと跳ね上がる。



 ここ、東海地方の結城和香子(ゆうき・わかこ)も、床屋にて、

「うわっ、青っ!!」

と剃られた頭に手をやって、目を白黒させていた。

 実は和香子、急遽も急遽、この前日、自分がスキンヘッドにならねばならぬ厳然たる運命を知った。

 実家の寺院は弟に任せ、自分は尼(有髪)として、アメリカに渡った。そして彼の地にある総本山の支部に身を置き、三年の間、布教活動につとめていた。

 父母から、本山ニ出仕セヨ、との「赤紙」が届いたと国際電話で知らされ、何事か?と大急ぎで一時帰国したら、待っていたのは映画出演&剃髪の件。

「何よ、それ!!」

 逆上する和香子だったが、

「ただでさえ、健彦の悪評は本山にも聞こえているらしいからな」

 和香子の弟で寺の次期住職の健彦は、檀家の嫁との不倫や良からぬ連中との黒い交際、寺院経営上の懈怠やトラブルなど、僧侶の風上にもおけぬ所業を積み重ね、地元の鼻つまみ者だった。

 「魔窟」と呼ばれていた少し前までの本山だったから、そうした破廉恥行為もお目こぼしされていたが、「清浄化」を掲げる現在の本山では、そうはいかないだろう。

「本山に睨まれちゃ、下手すれば破門じゃ」

と父は涙ぐんでいた。

 ここはひとつ、和香子が本山に行き、映画撮影に協力して、恩を売るに如(し)くはない、と家族は判断したようだ。逆に考えれば、もし和香子が本山の要請を拒んだら、実家の寺の立場はますます危うくなりかねないのだ。

 だから結果的に、騙し討ちのように、和香子を剃髪に追い込んだのだった。

「和香子、後生だ。頼む!」

 和香子は承諾せざるを得なかった。

 早速床屋に予約が入れられた。

 バタバタとドミノのように、和香子の映画出演は決まり、その準備がすすめられていく。

 こうなった元凶たる健彦は遊び歩いているのか、顔も出さない。

 ――帰って来たら説教だな。

 和香子はアントニーのことを思い出していた。

 アントニーはイタリア系移民の子孫だった。背の高い逞しい美青年だった。仏教に多大な関心をもっていた。

 和香子とは布教活動を通じて知り合った。

 そして、激しい恋に落ちた。

 今回帰国する前夜もベッドの上、のたうちまわり燃えに燃えた。

 アントニーは、日本の女は最高だ!と先祖の母国語で叫び、噴水のように、和香子の顔に発射した。

 顔中に〇ーメンのシャワーを、したたかに浴びた和香子は、

「Oh〜」

とヘラヘラ笑って、両掌で顔を拭い、拭ったもので両鬢をオールバックに撫でつけた。

「FANTASTIC!」

とアントニーの口から感嘆の言葉がほとばしった。

 この夜、和香子は五度も六度も果てた。狩猟人種のすさまじい欲望に応えられるだけの体力も、情熱も、「器」も長い海外暮らしの間に開発されていた。

 ベッドで波打っていた髪も、その二日後、あな無惨、全て床屋のゴミ箱に叩き込まれた。

 ――これも親孝行。

と強引に自分を納得させ、和香子はセミロングから丸刈り、そしてスキンヘッドになった。

「うわっ、青っ!!」

 頭髪だけでなく、眉毛まで剃り落とされてしまった。宇宙人みたいになった。

 まず、床屋の椅子に座ると、ケープを巻かれ、

 ドゥルルルルルルルルルル

という機械音。いきなりのバリカン。

 和香子はアメリカでの日々で、スキンヘッドの女性たちとも知り合い、交流しているので、女性の坊主頭に、偏見はなかった。

 だが、いざ閉鎖的な故国で、自分にバリカンの刃が向けられるとなると、あまりぞっとしない。

 店の外では十代の少女たちが四人、女が坊主にされるさまを見届けんと、好奇に満ちた眼差しで、笑いの口元をおさえ、クスクスと互いの袖をひきあって、店の中をのぞき見している。

 ――日本に戻ってきたんだなぁ。

とゲンナリしつつ、改めて思う。

 バリカンはせわしない機械音をたてて、容赦なく和香子に襲いかかる。

 その襲来に、

 グワアアァァ!

と前髪がパックリ真っ二つに割れる。すさまじい破壊力に、和香子は舌を巻く。

 割れ目は拡張される。

 バリカンが額にあてられ、また、

 グワアアァァ!

 バサリ、バサリ、

と大量の髪が頭から撤去される。ケープに落ち、滑り伝い、床に降り積もっていった。

 バサリ、バサリ、バサリ、バサリ――

 それにしても、

 ――痛い!

 頭を走るバリカンの痛みたるや、想像を遥かに超えるものがある。

 ――痛っ! 痛っ!

 脳みそにまで響くほどの激しい振動に、和香子は顔をしかめる。

 あの尼さんも、あの尼さんも、こんな痛みを経て、頭を丸めたのだろうか。知人の尼僧たちの顔を思い浮かべる。シンジンと頭を責めるバイブレーションに、和香子は悲鳴をあげそうになる。

 後で知ったのだが、特に大きくパワフルなバリカンの場合、刃先を少し浮かせて刈るのがコツだそうな。刃先を頭部に押し付けて刈ったら、刈られる者は激痛に苦しむことになる。

 そう、今の和香子のように。

 本職の床屋が、そんなバリカンカットのイロハを知らぬはずがない。

 実は床屋は筋金入りのドSだった。

 わざとバリカンの刃先を、和香子の頭に押しあて、彼女が苦悶する表情を愉しんでいたのだった。

 バリカン処女の和香子は「破瓜」の苦痛に耐えている。

 アメリカならば、颯爽とした布教師の「ミス・ユウキ」「マスター・ユウキ」として、

「ちょっと痛過ぎない? おかしいわ」

と厳しくクレームをつけるところだが、日本に戻れば、「お寺の和香子ちゃん」だ。

 「お寺の和香子ちゃん」であり、「おもらし和香子ちゃん」でもあり、「ビリッケツの和香子ちゃん」でもあり、「カンニングの和香子ちゃん」でもあり、「二股の和香子ちゃん」でもある。

 スネに傷を持つ身としては、小さくなって、神妙に刈られるより他にない。

 それでも、

「うぅ・・・」

と微かにうめいてしまう。

 それがドS床屋を興奮させ、彼は嬉々としてバリカンを振るう。

 刃をさらに頭皮にあて、

「ああ、まだ、ここが刈れてないや」

などと極力、和香子の苦痛を引き延ばした。股間を盛大に膨らませて。

 しかも、剃刀を使っての剃髪の際、

「なあに、オジサンほどのプロになると、クリームなんてモンを使わなくても簡単に剃れちまうのさ」

と水だけで全剃り。当然ヒリヒリする。消毒用のローションを頭皮にすりこまれたときなど、理髪椅子から飛び上がりそうになるほど痛かった。

 すっかり、へどもどする和香子の凛々しげな眉を、

「せっかくだから剃っちゃおうか」

とよくわからないことを言って、ドS床屋は剃り落としてしまった。

 心身ともに疲弊した和香子は、這う這うの体で店を出た。

 その背に、

「また来てね!」

とオヤジのラブコールが追い討ちをかけた。

 その後、アメリカに戻った和香子は、驚く愛人アントニーをそそのかし、バリカンを使った変態的なプレイに耽るようになったという。が、それは、また別の話。



 「万人経」の撮影は四日に渡って行われた。

 剃髪尼僧52名はきらびやかな僧衣をまとい、金色の仏陀像を前に、粛々と法会をすすめ、声高らかに「草摩経」を唱えた。

 リハーサルは監督の白澤が納得するまで、何度も何度も繰り返され、監督のやり方に慣れている撮影陣以外は皆、心底ウンザリしていた。

 52人の尼僧たちは監督が指示を出しやすいように、1〜52までの大きな番号札を首からかけさせられた。

「11番! もっと顔をあげて! 48番、背筋を伸ばせ! 6番! 声が出ていないぞ!」

と、まるで刑務所のように、番号で呼ばれ、厳しく指導された。

 比較的エリート尼が多いので、白澤の独裁者然とした態度に反感を抱く者も、少なからずいたが、しかし、

「Kensinさん入りま〜す」

「五木豪さん入りま〜す」

とイケメン俳優が続々とロケに合流するや、途端にソワソワする尼、テンションがあがる尼、媚態をしめす尼が続出。

 イケメン俳優に、

「ボーズ似合うね」

とお世辞を言われて、

「キャア嬉しい〜♪ このままずっと坊主でいようかな〜♪」

などと露骨に媚を売っている新潟から来た入倉さん(25才)は、実はロン毛で本山に上ってきて、こういう不届き者のために設置されていた「簡易剃髪所」で、バリバリ丸坊主にされた困った娘だった。

 入倉さんのように、この「簡易剃髪所」のお世話になった有髪の尼さんは5人もいた。皆、草でも刈るように乙女の命を刈られた。

 こうした野蛮とも言える本山の姿勢に不満を持つ者は、しかし、誰もいなかった。

 52人の尼たちは清らかな頭を保つため、毎朝、宿舎の洗面所でジョリジョリやっていた。

 そして、本番。

 結果は上々吉!!

 快晴。天候までもが味方した。

 尼僧たちは監督の命に服し、ときには厳粛に、ときには歓喜に満ちた表情で、経を誦した。

 花吹雪が舞い、蝶が舞い、鳥たちが天高く羽ばたいた(無論、みんな映画スタッフが用意したものだ)。

 尼僧たちの青頭は、太陽とライトの光に反射して、キラキラと宝珠のよう。

「最高だ! 最高だよ!」

 白澤は大絶賛。ここ十年の間、感じたことのない美的高揚をおぼえていた。

 本山サイドの面々も感動。涙を流している者までいた。

 このシーンの「ヒロイン」である尼僧たちも、神懸かり的な昂奮に突き動かされ、彼女たちに与えられた役割を十全に果たしたのだった。



 しかし、完成したフィルムには、この「万人経」のシーンは丸ごとカットされていた。

 ――あれれ?

と本山関係者――特にこのシーンのために剃髪し、身体を張った尼僧連は茫然自失。

「確かに素晴らしいシーンだったよ」

と白澤も公開時のインタビューで認めている。

「ただ、編集の段階で、前後のシーンとうまくつながらなかったんだよ。他にもピッタリくる箇所がなかったんだ。全体の中であのシーンだけが浮いててね、使うと映画全体のバランスが崩れちまうからね、だから切ったんだ」

 さすが日本一ブレない男、映画のクオリティーを上げるためには、いくら最良のシーンでも躊躇なく削る。

 しかも難産の末、完成した「清空伝〜赫奕たる光明〜」は歴史的大コケ。批評家からも、「白澤作品中最低の出来」「難解で退屈」「監督も老耄したか」と散々酷評された。

 結句、「清空伝」は白澤のプロフィールから、さりげなく削除され、完全に「黒歴史」扱いとなった。

 ――あれれ?

 52人の尼僧たちは、すっかり虚脱状態。

 これは、結果的に、剃り損ではないか? いや、完全に剃り損だ。



 白澤は失敗にもめげず、ふたたび仏教をテーマにした作品に挑むらしい。

 神田の古本街から取り寄せた古今東西の、膨大な量の仏教書と毎日、にらめっこしている。

 今は小休止して電話中。

「いや〜、手前味噌と笑われるかも知れんが、五十人以上の尼さんが全員剃髪頭で読経するシーンは圧巻だったよ。返す返すも残念だ」

『そうですわねえ』

 電話の相手も同意する。女性の声だ。

『私もこっそりラッシュを拝見しましたが、大変感動しましたワ』

「せっかくの君のアイディアをムダにしてしまったね。申し訳ない」

『いえいえ、眼福でした。剃髪の尼さんが増えたのも慶祝ですわ』

「次回作も仏教色の強いものになりそうだから、是非また君の助言を求めるかも知れない。よろしく頼む」

『いいえ、私などには到底無理ですわ』

「『清空伝』に君の名前――長谷川妙久(はせがわ・みょうきゅう)のクレジットを外してしまって大変心苦しく思ってるよ」

『それはこちらの要望ですから。お聞き届け下さり感謝しています』

 うふふ、と電話の相手――長谷川妙久はコケティッシュに笑った。

 何を隠そう、「万人経」の剃髪尼僧の場面を白澤に入れ知恵したのは、この妙久だったのだ。むくつけき男僧より嫋やかな尼僧を使った方が画になる、と。

 有髪の尼僧に否定的で、剃髪こそ尼僧のあるべき姿、というゴリゴリの剃髪主義者・長谷川妙久はこの度、宗門の有髪尼を何十人も一挙にスキンヘッドに剃らせ、だいぶ溜飲をさげた様子。

「また電話する。君と話していると、何故だか楽しい」

『次回作期待しておりますワ』

 大失敗作のボツ映像という、これ以下はなさそうな日陰者の存在となった、「万人経」シーンのフィルムは、この先も半永久的に撮影所の保管庫の中、ホコリをかぶり眠り続けるのだろう。

 そして、このエピソードも、「清浄化」にまつわる珍談として、一部の人たちの記憶に残されることだろう。

 だが、仕方ない。

 撮った者も撮られた者も、皆が皆、それぞれの日常に戻っていくだけだった。



        (了)



    あとがき

 「清浄化」関連作品です! 何年もずっと温めていたネタをやってみました。トホホネタです(笑)
 バリカンカットの痛さについては、以前よしなしごとにも書きましたが、迫水の実体験を基にしてます。あの激痛は未だに忘れられない。。。
 そして、長谷川妙久さん、おぼえていらっしゃるでしょうか? 「すきすき! 妙久さん♪」シリーズのヒロインです。未読の方には是非読んで頂きとうござる。
 結構好きなキャラなので、今後もいろいろ暗躍してくれそうです(笑)

 今回は4本アップして4本全部「尼バリ」という珍しいパターンでした。しかもロマンチックじゃない話ばっかり(汗)
 今年もあと一ヶ月強。
 今年中にもう1、2作アップしたく思ってます。でも年末は忙しいからな〜(--;)  なので今のうちに、、

 皆様、今年もありがとうございました。今年も楽しく創作活動できました〜!!
 これも遊びに来て下さる皆様のお陰、と感謝感謝です♪♪
 来年も懲役七〇〇年をどうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m




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