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腐女子、尼僧堂に行く・パラレル


 かわいい寺娘→彼氏を坊さんにして修行に行かせる

 かわいくない寺娘→自分が尼さんになって修行に行く

・・・という某宗派の「あるあるネタ」の書き込みを、先日、ネット上、見つけた。

 ――まったくだよ・・・。

と鵜飼友奈(うがい・ゆうな)は自宅の鏡の前、胃袋が引きずり出されてしまいそうなくらいの大溜息を吐いた。

 目は一重瞼だが、かろうじて涼しげとも言えなくもなく、だが、それぐらいが救いで、目鼻立ちは平凡の極み、バランスもイマイチ、しかも、鼻の周辺にソバカスが遠目にも判然とわかるほど顔を覆っていて、さらに左頬の黒子は、やたらと大きく、しかも一個だけでなく、その周りに墨が滴り落ちたかの如く、点々と細かな黒子が散っていた。

 肌の白いは七難隠す、というが、友奈の場合、真っ白い顔はこうした要らざる付属物群のパレットとなっていた。

 友奈のセミロングの髪は、その付属物を人目から遮断するためにあった。

 その髪を本日、全部剃り落とす。



 二か月前、厳寒の候、春から掛塔(かた)する予定の尼僧堂に、父と共に挨拶に伺った。

 堂長である老尼は、春告草のように温かくも幽玄な微笑をたたえ、父娘を迎えた。

「何分、一人娘なもので、甘やかして育ててしまったところもあり、いやはや、とんだワガママ娘でして・・・朝の起床も遅いですし・・・厳しい修行に耐えられるか、と愚かな親としては心配で心配で・・・いやはや・・・」

と父は日頃の副住職の威厳はどこへやら、初めて訪れた尼僧堂に、気圧された様子で、不肖の娘のことを、これから娘を託す師僧に頼み込み、何度も頭を下げていた。

「皆最初は同じですよ。慣れれば大丈夫」

と堂長は駘蕩とした笑みを保ったまま言った。厳格そうなオバチャン尼に、「女を捨てよ!」などと散々どやしつけられるのかと勝手にイメージして、生きた空もなかった友奈だったが、予想は良き方向へ外れ、胸をなで下ろした。

 父ばかりがしゃべって、友奈はその傍らで、神妙に控えていた。

 帰りしな、老尼に、

「上山の日までに、ちゃんと髪の毛は剃ってらっしゃいね」

とかけられた言葉に、父と娘の顔に緊張の色が一瞬浮かんだが、尼は微笑を崩さなかった。

 そのタイミングで、

「何をしている、この大馬鹿タレがッ!」

と古参尼が若い尼に折檻を加える音が響き、友奈の背筋は益々凍りついた。

 友奈はこの日は場所柄を弁え、濃紺のスーツ姿に、髪を後ろで括ってまとめていたが、帰りの新幹線の中では、さっさとほどいて、いつものように髪で顔を隠した。

「疲れた」

と一言漏らした。父は黙って、駅の売店で買った稲荷寿司をほおばっていた。



 出家が決まってからも、友奈も友奈の家族も意識的に剃髪の話題を避け続けてきた。デリケートな課題だ。しかし、尼僧堂に掛塔することは、イコール剃髪することだ。そこには、暗黙の合意があった。

 それにしても、妙齢の娘が喜んで坊主頭になるわけがない。

 友奈の中にも強い躊躇いがあった。

 そもそも、無理を押してまでする必要もない友奈の跡継ぎ話――出家だった。

 父の次の住職は友奈が婿取りをして、その男性が就く。それが宗門の一般的な慣習だ。

 しかし、婿を取る前に父の身にもしものことがあればどうするのか? 婿を取ったとしても、後継者の子が生まれぬまま離別や死別をした場合どうするのか? 第一、婿が来てくれるのか?と種々の危機感が後から後から家庭内に生じた末、備えあれば憂いなし、と家族は一年がかりで、友奈を説きに説き、友奈はついに説き伏せられた。大学を休学して、尼僧堂に行くことが決したのだ。毒をあおるが如き苦渋の決断だった。

 勿論友奈の友人たち(イケてないグループ)は目をむいて驚いていた。でも、まあ、寺の娘だし、そうかぁ、と奇妙な納得の仕方をしていた。

 みんな、

「修行頑張って」

と激励してくれた。そして、

「坊主にしたら、インスタに写真あげてね」

とデリカシーのない要望を付け加えることも忘れなかった。

 こうして、2018年3月下旬、例年にない温か過ぎるくらい温かな春の日、友奈は旅立ちのときを迎えんとしていた。



 前日、近所の床屋に、ドキドキしながらTELした。

 震え声で、翌日の午前10時半に予約を入れた。

 本当は母に付き添ってもらいたかったが、今朝、

「お母さんも付いて行こうか?」

との申し出があり、反射的に、

「いいよ、一人で行くよ」

と突っ張ってしまった。

 内心では、もう一声あったら一緒に行ってもらおう、と算段していたが、

「そう」

 母はあっさり引き下がり、

 ――え? え?

 断った以上、有言実行するほかない。

 玄関で、モタモタと時間を稼ぎつつ靴を履いていたら、

「友奈」

 祖母だ。

「何、お祖母ちゃん?」

 ひょっとしたら、床屋に同行してくれるのか、と地獄に仏の思いでいたら、

「手をお出し」

と祖母。

「何で?」

「いいから出しな」

 お小遣いでもくれるのか、とちょっと期待しつつ、手を出すと、祖母は持っていた爪切りを、友奈の人差し指の爪に入れた。バチッ!

「ひっ!」

 余りのことに硬直する友奈に、

「こんな長い爪、尼僧堂じゃ許されないよ!」

と祖母は有無を言わせず、友奈の長い爪を、その場でバチバチと切っていった。そこには、「現住職夫人」の威厳があった。孫の恥は寺の恥、とその瞳は燃え盛っていた。

「ああ〜」

 友奈は危うく涙ぐみそうになった。

 爪は自己の身体の部位のうちで、最も精魂傾けてケアしていた箇所だった。

 中学生の頃から長く伸ばしていて、ヤスリをかけて磨きあげ、密かに悦に入っていた。ゴテゴテとネイルアートにもトライしてみたりもしていた。

 しかし、戦前生まれの祖母、容赦がない。

 自慢の爪を短く切られ、友奈はうなだれる。剃髪前から、さほど高くもない鼻柱をへし折られてしまった。しかし、祖母の言い分の方が正しいので、ここは、むしろ祖母に感謝すべきだろう。

 友奈は重い足をひきずって、床屋へ向かう。

 ――それにしても――

 この陽気は何なんだ?と現実逃避して、地球温暖化について考えてもみる。

 今身にまとっている白のモコモコセーターで、丁度いい。あらかじめ作務衣を着て、坊主後の対策をしようかとも思ったのだけれど、やはりまだまだ着慣れている洋服の方が、精神的に落ち着く。

 かと言って、着飾って行くのも違うので、ラフな私服で家を出た。メイクもやめておいた。


 赤白青のトリコロールが目に入っただけで身がすくむ。初めての床屋。入ったが最後、このセミロングの髪の所有権は、自己から永久に剥奪され、理容師、そしてゴミ回収業者へと譲り渡すことになる。

 覚悟を決めて入店する。

 入るや否や早速、

「友奈ちゃん、来たね。さあ、こっちこっち、座って座って」

と五十がらみの店主が快活に迎えてくれ、カット台までエスコートしてくれた。

 同じ地域なので、幼い頃からの顔見知りだ。ボランティアで学校近くの通学路で旗振りをしてくれていたり、町内会の祭でお酒を飲み過ぎてヘベレケになっていたり、何より、小中学校で同級生だったシホちゃんのパパだ。

「話は聞いてるよ。お坊さんになるんだって?」

「はあ、まあ・・・」

 正直この期に及んでも、まだ「尼になる」という実感が湧かない。

「偉いよなぁ。親孝行だし、ちゃんと将来設計もしてて。うちのシホなんて、サークルだ、コンパだ、デートだ、って勉強そっちのけで年中遊び呆けててさ、まったく、友奈ちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」

「シホちゃんの方が真っ当な青春送ってると思うなあ」

 友奈としては苦笑するしかない。

 考えてみれば、シホちゃんはイケてるグループに常に所属していたので、スクールカースト上、友奈とはあまり接点がないのだ。

「今日は・・・その・・・やっぱり髪剃るの?」

とオジサンは声を潜めて、なんだか内緒話するみたいに訊く。

 先方から切り出してくれて、友奈は心の負担も減じ、

「はい、全剃りでお願いします」

と精一杯明朗に答えた。

「辛いだろうけど、ここが我慢のしどころだよね」

「ホント、カンベンしてくれって感じっすよ〜」

 店は(田舎にしては)割合お洒落な雰囲気。目の前の鏡の横には、ブラックボードがあり、店主の手書きで、「春のおすすめシャンプー」「フェイスマッサージやってます」等々色彩も鮮やかに、いろいろな情報が記されている。ネットで予約もできるらしい。

 オジサンは友奈の身体に、バサリとひろげたケープを被せた。そして、両手で友奈の髪を丁寧にケープの内から払い出す。そして、ネックシャッターを首に巻き、また両手で、包みこまれた髪を外へ引き出す。

 鏡の中の自分の顔からは、いつの間にか笑みは消え去っていた。不安と緊張で胸は張り裂けんばかりだ。

 同時に、

 ――どうとでもなれ!

という捨て鉢な気持ちもあり、また、胸中の生な感情群をダダ漏れさせて、それを他人――シホパパに見られるのを防ぎたいという虚栄心もあり、甚だぎこちない、傍から観察すれば、ムスッとした不機嫌顔になっていた。

 オジサンも厳粛な面持ちになり、おもむろにバリカンを取り出すと、介錯人のように、友奈の背後にまわる。

 友奈はもう観念するしかない。

 しかし、理容師の一動作、一動作に、心は揺れに揺れる。

 悲しみ、スリル、嘆き、達観、迷妄、諦念、逃避衝動、悟り、憤怒、わずか数秒の間に数えきれないほどの感情が次々に、友奈の心を上書きしていく。

 バリカンが唸りはじめる。

 上書きに上書きを重ねた末、思考回路はバグってしまい、スーと意識が遠のく。

 小刻みに震えるバリカンの刃が、髪に入る。

 ザザ・・・ザアアァアアァアアア

 バリカンの刃に触れた髪は、フワリとエレガントに浮き上がり、バリカンに場所を譲り、羽毛のようにケープの上に落ちていく。ハラリ。

 左眉の上にスッポリと空白が生じる。髪は左右、4:6の割合で分け裂かれている。

 友奈は虚ろな目で、鏡越し、自分の哀れなヘアースタイルを見つめている。

 間髪入れず、左のこめかみにバリカンが挿し込まれる。

 バアアアアッ

と分厚い髪が外側から奥へ、一層、二層、と連なるままにコンマの時間差で剥がれ落ちた。

 ずっと隠していた頬の黒子が露わに出で、

 ――ああっ!

 友奈は目を背けた。髪はその役目を終え、しんなりと床にくたばっている。

 ワナワナとやり場のない怒りが、不意に友奈の内に湧き起こり、両手はグッと握り拳になった。

 しかし、青々とした「不毛地帯」が左半面に拡がっていくにつれ、握り拳も力なく、ダラリとまた元に戻った。

「一番短く切れるバリカンを使ってるからね」

とオジサンが言う。どうりで刈り跡が青いわけだ。今春からはじまる、観たくても観られないNHKの朝ドラのタイトルが、脳裏をかすめる。

 ――「半分、青い。」・・・。

 バリカンは雄々しく前頭部に突入する。

 バラバラと刈り髪が友奈の顔を撫でて流れ落ち、ケープ越し、豊かな胸の上、プールされる。

 刈り髪はケープを擦り、その摩擦の感触がケープや衣服をすり抜け、大きな胸を刺激し、乳首が硬く勃つ。友奈はあわてた。恥じた。

 この身体目当てですり寄ってきた薄っぺらい肉食獣どもの顔が、脳裏にフラッシュバックした。

 そのうちの何人かとは実際に性交渉をもってしまった。

 そうした男たちに藁にもすがる気持ちで、婿入り話を持ちかけると、皆蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。

 その果てに、友奈は今、地元の床屋のカット台にのぼらされている。祭壇上の生贄の仔牛の如く。

 前髪が無くなり、視界が開けた。代わりに顔中のソバカスが表舞台へと引きずり出される。

 隠していたものが全部出たら、友奈は開き直った。図太く鏡を見据えた。

 バリカンは一走りで、大量の髪を根こそぎ収穫してゆく。まだ長い右の髪たちは、収穫されるのをじっと待つのみだ。

 ここで、刈り手はバリカンの向きを転じた。断髪の潮目が変わった。

 左から頭頂部までの刈ったばかりのすでに坊主になっている部分を、理容師は横に、横に、また横に、何度もバリカンを滑らせた。

 ヴイイイイイイィィイン

 ヴィイイィイイィイイン

 刈り残しのないようにとの配慮だろうが、なんだかトドメを刺されているかのような、傷口をいじくり回されているかのような気分で、胸が痛む。有髪を刈られるのも勿論辛いが、丹念過ぎる重ね刈りもまた、乙女の心を傷つける。

 抵抗する髪もないので、バリカンの運動も滑らかで素早く、理容師の手さばきも軽快なので、余計に「お仕事」めいた印象がついて回る。

 それに、右髪がバラリと垂れ下がったままの半刈り頭のままなので、自己の姿がいよいよ哀れに、友奈の目にはうつる。

 だから、右鬢にバリカンの刃が吸い込まれたときには、逆にホッとした。生殺しの状態が一番厭だ。

 ジャアアアァアアァアァァァ

 下から上へバリカンは突き抜け、剃り髪が、勢い余って、バッ、と宙を跳ね、ケープに落ち、クルリ、丸まって、友奈の巨乳の上、母に甘える児のようにくっつき留まる。

 そんな死児たちに、友奈はまとわりつかれ、取り囲まれている。

 もう二度と甦ることのない我が子たちがたまらなく愛おしく、たまらなく悲しい。

 友奈はションボリと目を伏せた。そのまま、ずっと伏せっぱなしでいた。

 そんな友奈を嘲弄するように、バリカンは唸り、その刃がまた右の頭皮にあたる。振動は上へと遡り、黒髪は跳び、散る。

 頭の輪郭が全部露出した。あの豊かに生い茂っていた髪は、残らず振り落とされていた。頭が一回り小さくなった。

 目だけ動かして、時計を見る。ケープをかけられてから、まだ5分も経っていなかった。

 理容師はやはり刈り残しのないよう、頭全体に何度もバリカンを走らせた。その執拗さは、もういいよッ!と頭の所有者が叫んでしまいそうになるほどだった。

 落髪がさっさと片付けられ、剃刀による本格的な剃髪がはじまる。

 シェービングクリームと蒸しタオルのあまりの熱さに、友奈は思わず小さく、あっ、と呻いた。

 理容師は剃刀を細かく動かし始めた。うら若き乙女を尼へと変える最終工程に没入する。

 ジジジ、ジッ、ジッ、ジー、ジー

 ジッ、ジジジー、ジー、ジッ、ジジッ、

 バリカンのモーター音が止むと、店内も静かだ。

 音量をやや抑え気味でラジオが流れていることに改めて気づいた。FM放送だ。

 聴くとはなしに聴く。

 DJは若い男性だった。

『今日のテーマはもう3月も終わりということでね、“春、サヨナラの季節”です。早速メール頂きました。あざーっす。東京都にお住いのラジオネーム・ドルフィンさんから。19才学生の方ですね』

 自分と同い年だ、と友奈は耳をそばだてる。

『え〜、“毎週楽しみに聴いています。今月、3年間付き合っていた彼と別れました。ずっと好きで好きで大好きで愛し合っていたんですけど、彼氏には夢があって・・・それで何度も話し合って別れることに決めました。お互いそれぞれの道を頑張って進んで行こう、って前向きな別れでしたが、その元カレのことがどうしても忘れられなくて、毎日泣いていました。でも、これじゃいけないな、って思い、決心して今日、朝イチで表参道のカットハウスに行き、長かった髪を20センチも切っちゃいました〜! 勇気ふり絞りましたよ〜。心も晴れ晴れ、心機一転できました! これから新しい恋、見つけます!”とのことで、いや〜、バッサリいっちゃいましたか〜。髪は女の命ですからね。それを20センチも切っちゃうなんて、これ、相当決意いりますよ。なかなか出来ることじゃないよねえ。勇気あるなあ。ドルフィンさん、また素敵な恋愛して下さいね! 僕も応援してますんで。え〜、リクエストは“元カレとの思い出の曲”ということで、ビーチボーイズの「素敵じゃないか」です。お聴き下さい〜』

 古き良き陽気なアメリカンポップスが流れ出す。

「ケッ」

と思わず吐き捨てる。

 同じ「19才・学生」なのに、ドルフィンちゃんは愛する彼氏と円満に別れ、表参道のカットハウスで20センチのヘアカット、そして、新しい恋へのスタートを切ろうとしているのに比べ、こっちはヤリ捨てされ、挙句、近所の田舎床屋でジョリジョリ坊主頭にされ、尼僧堂修行へとまっしぐら、彼我の明暗の差があまりにも残酷に過ぎる。目まいすらおぼえる。

 Wouldn't it be nice if we could ジー、ジジッ、In the morning ジー、ジジジッジッジッis new And after ジッ、ジジー together ジッ、ジッ、ジッ、that every kiss was never ending ジジジー、ジー、ジッ、nice ジー、ジー――

 理容師も剃刀と友奈の頭を楽器に、ビーチボーイズと共演を果たしている。心なしか、剃刀も軽やかに頭部を滑走しているように思える。フィギュアスケートの選手のように。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

「出来たよ」

と言われ坊主になった自分を初めてガッツリと鏡で見る。

 ――ぎぇえええ! キモい、キモい、キモい! まじキモい〜! おえええぇ〜!! こんな尼さんに話しかけられたらマジで吐く〜!! 

 違和感が半端ではない。受け止めきれない。かわいくないを通り越して、男か女かわからない。激しい衝撃、激しい嫌悪、激しい後悔、激しい喪失感。でも、もう100%取り返しはつかないのだ。

 理容師があれこれ慰めの言葉をかけてくれたが、友奈の耳には届かない。

 ――死のうかな・・・。

 本気で思った。



 剃ったばかりの乳白色の坊主頭を晒し、うつむきながら家路につく。

 ブスッとした表情で歩く。

 温か過ぎる陽光が、剥き出しになって間もない弱々しい頭皮を刺す。

 頭上に手をかざし、日差しをシャットアウトする。

 国道沿い、閉まっている酒屋の前をトボトボ歩いていたら、向こうから真っ赤なポルシェが走ってきた。

 ――あれ?

 今さっき自分を追い抜いて行った車ではないか、とふと思った。気のせいか? でも、真っ赤なポルシェが、そう何台も走っているはずがない。しかし、そんなことは、どうでもいい。自分には何の関係もない。

 それより、友奈は国道に飛び込み自殺をはかりそうな自己の身体を、自宅まで引きずっていかなければならない。

 帰宅。真っ直ぐ自分の部屋に入った。もう正午近かった。

 自分だけの空間に入った途端、これまで張り詰めていた緊張の糸がほどけた。ペンギンのクッションに顔をうずめ、

「うっ・・・うう・・・うっ、うっ・・・」

 友奈は嗚咽した。

「うわああん・・・うう・・・うわあぁん・・・」

と子供のように号泣した。家族に聞こえよとばかりに、泣き続けた。


 それでも、夕刻には悪度胸が据わり、インスタグラムのプロフィール画像を加工一切なしの剃髪後の写真に変え(それ以前は韓流女優の写真だった)、ユーザー名を「ココア姫YUNA」から「ゲロハゲ」に変更し、自撮りの坊主写真を山ほどあげまくった。それらの全てに自虐的なコメントを添えて。ソバカスも黒子ももはやお構いなしだった。

 アカウント開設以来、空前の数の「いいね!」を頂戴した。

 しかし、友奈はそれを知らない。その頃にはすでに世間を離れ、尼僧堂に上山して、盛大にシゴかれていた。

 そして、一方、あの真っ赤なポルシェを運転していた男が、筋金入りの尼僧剃髪フェチで、友奈の身元境遇に察しをつけ、今宵もワイングラスを傾け、TVの天気ニュースをチェックし、

「〇〇は気温38℃越えか。あの尼さんの卵が修行してるはずのトコだなあ。この酷暑の修行はさぞ辛かろう。ヒイヒイ言いながら、真っ黒に日焼けして頑張っているだろうて。ククク」

とドス黒い冷笑を浮かべていることなども、当然知る由もない。



(了)



    あとがき

 自己作品の中で初めてのパラレルワールド物でございます。「腐女子、尼僧堂に行く」のヒロインをまた(少し名前を変えて)、違うパターンで坊主になってもらいましたm(_ _)m だからモデルは「『実話(仮)』」の尼僧の卵ちゃんです。あれから四か月以上経っても、あの衝撃は薄れない。。
 女性の坊主に萌える、というのは一般人からすれば「悪趣味」の部類に入るのでしょうけれど、当方の作品はそれに輪をかけて悪趣味な気がします(汗)。でも、こういう場で気取って創作してみても楽しくないので、書きたいことを書きたいように書いてます。が、自分がどんどんマニアックになっているのは否めない。加齢及び情報の激増で、ちょっとやそっとの刺激では満足できなくなっている自分がおります。
 人間美味しいものばかり食べていると、段々、珍味へ珍味へと手を伸ばしていく、そんな感じです。
 自分の気持ち(欲求)に正直に書くことは大切だけど、それも度が過ぎれば、それこそ自分の秘密のノートにでも書いてろ、って話ですし。。そこら辺のバランスもちゃんと心に留めておかなければと考えたりもしています。
 少々しんみりと(?)した話になっちゃいましたが、お付き合い、まことにありがとうございました♪♪




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