夜会の果てに |
とどのつまり 西條が調子に乗って、最近売り出し中のお笑い芸人コンビの、つかみのギャグをパクッている。 ナニ、ソレ?と女性陣がキョトンとしている。 西條、勇み足。当たり前だ。テレビもラジオもない陸の孤島で暮らす彼女らが、最近の芸能ネタに着いてこられるわけがない。 「ああ、このギャグ、いま流行ってるんだよ」 南雲がすかさずフォローする。ナイス、チームワーク! 七海ちゃんはお笑いについては、フィールド外らしく、 「へ〜、売れてるのォ〜?」 「俺は売れると思うなあ、ヤマチャンジュンチャン」 「なんかウッチャンナンチャンみたいな名前だね」 「山澤って芸人知ってる?」 「あ、知ってますよ。ライブに行ったことある。芸人にしてはハンサムなんですよね」 テレビではヨゴレっぽい仕事してたっけな、とサナコさんが記憶の底をまさぐっている。お笑いには一家言あるようだ。人間、自分から遠い存在に憧れるものだ。 「そのヨゴレの山澤が年上の美人と、ヤマチャンジュンチャンってコンビ組んでさ――センスねーコンビ名だけど、コイツらがこの頃、ちょくちょくテレビに出てるんだよ」 「相方の女がドMで、山澤のメッチャ、えげつないツッコミに悦んでるの。サイコーだよ」 南雲と西條がかわるがわる説明する。 「そういや、こないだ何かのインタビューで読んだけど、相方の女って元尼さんらしいよ」 「マジっすか?!」 「マジ。安西さんも俺と夫婦漫才してみない?」 「安達です」 「ねぇ、ウチらも芸能界目指してみない?」 と爆弾がまたコロコロと、面白そうな話題に向かって転がっていく。 「毎日、ゲンコツくらいながらマズメシ食べてるよかさ〜、ずっといい生活できそうじゃない?」 一山あてて肉食おうよ、焼肉、と言いながら、ハルカがテーブルの上の西條のセブンスターを、勝手に一本拝借して、火をつける。しばらく吸っていなかったせいだろう、ケホケホむせていた。 「ゲンコツくらってるのは鈴宮さんだけでしょうに」 苦笑するサヤコさん。道理でハルカ、君の頭は凸凹なわけだ。 「ソレ面白そう!」 「でしょう? 七海、わかってるじゃん」 「ボウズ頭の女の子ユニットなんて話題性十分だよね〜」 「ボウズ美女4人組ってね」 自分を美女にカウントするなよ、爆弾娘が。 「それって思いっきりキワモノじゃない?」 「ちょっと、ちょっと、沙耶香、夢なさすぎだよ〜。一発勝負してみようよ。ボウズだし、B系のファッションしてさ、ラッパーとかいいじゃん。YO〜って」 ウチら、どうせ「地獄」から逃げ出しても家には帰れないんだしさ、という爆弾の言葉が妙に重く響いた。 「そうだよねェ」 と七海ちゃんが伏せ目になる。沙耶香ちゃんもサチコさんも物思わしげに黙った。 四人の間には、同じ釜のメシを食った者同士の阿吽の呼吸があって、それは我々イッパンの部外者を容易くシャットアウトしてしまう。 ちょっと座が白けた。 「シュウカツ、どうする?」 と隣の座敷の会話が聞くとはなしに聞こえてくる。茶髪ロン毛の若者が三人、飲んでいる。僕たちと同じ大学生のようだ。 「髪切らんとイカンな〜」 「俺、明日、床屋いくわ」 「別に髪の長さと仕事の能力はカンケーねーのにさ」 「社会は厳しいな〜」 「いいじゃん、無理して今就職しなくっても」 「イヤ、やっぱちゃんと就職するわ」 「オッ! コウチャン、バッサリいくの。男だね〜」 「まあ、人生、キメるべきところではキメないとな」 「ひゅー、ひゅー」 「ヤベッ、惚れちゃいそう」 おだをあげている三人組を冷ややかな視線を送る4人の尼さん候補生。 「甘いよねェ〜」 七海ちゃんが半眼で、チビリチビリとグラスをなめつつ、ボソリと言った。 「甘いッ!」 ハルカが煙草をもみ消す。 「こっちの就職は女でも丸ボーズだっつーの!」 「たかが十センチ程度髪切るくらいで人生語らないで欲しいッスよね」 おとなしそうなサワコさんまでがヤサグレている。 「や、安田サン、さっきのガンダムの話さ、デ○オ×ヒ○ロだっけ? 詳しく教えてよ」 「やめとく、大した話じゃないし」 どうにも風向きが悪い。 尼さん。 それはアンタたちが自分で決めた進路でしょうが、とは言えない悲痛さを彼女たち一人一人が背負ってるように、まあ、少なくとも僕は感じた。「いやならやんなきゃいいじゃん」というツッコミは、なんだか戦争中の特攻隊員に「犬死するな」と訴えるような、平和な後世人の傲慢さと似ている気が、まあ、少なくとも僕はした。良くはわからないし、特攻を美化するつもりは、さらさらないが。 ねじくれた酒になる。 ハルカなどは顔を赤くして、だらしなく裾をはだけさせ、コラコラ、往年の尼寺ポルノか!とのツッコミが入りそうな様子で、 「北村さぁ〜」 おいおい、なんで初対面のお前に呼び捨てにされなきゃならない? 「なんスか?」 やばい! 手下口調になってるよ。 「アンタ、ボウズ似合いそうだね」 「はあ?」 仏教界の未来のために使えるフレーズだ、と思う。自衛官みたいに、街で「君、ボウズ似合いそうだね、僧侶にならないかい?」って有望そうな若者を勧誘して仏門に入れたりすれば、あるいは君たちも楽かもね。 「何ニヤついてんのよ?」 とハルカに睨めつけられ、あわてる。 「いや、そ、そう? 似合うかな〜」 「似合うって! ボウズにすべきだね、絶対」 そんな坊主顔に生まれてロン毛なんて罰当たりもいいトコだよ、とからまれる。なんだよ、坊主顔って? 「でも僕、頭の形が悪いから」 「男は黙ってボウズだって! アタシなんてねー、『(僕の口調を真似て)僕、頭の形が・・・』、なんて言い訳する暇もなくて、問答無用で床屋連行だったんだよ!」 「アタシ、北村クンのボウズみたい〜」 切れ切れ〜、と七海ちゃんもハルカに同調する。 「いや、でも坊主はちょっとね〜」 と躊躇うと、 「女のウチらにできてアンタたちにできないっつうことはないでしょうが!」 と甚だ理不尽なキレ方をされた。しかも「アンタたち」ってターゲットが拡大している。 オニイサン、この店にバリカンが置いてない?とハルカがバイトの店員をつかまえて尋ねている。ちょっ、ちょっと! 生憎、当店には・・・、と店員さんが困惑している。ホッと胸をなでおろす。フツー、居酒屋で散髪する客はいない。 しかし、今夜の合コンの爆弾は、これまでの爆弾とは桁が違っていた。 「だったら」 とハルカは更に店員に詰め寄った。完全に目が据わっていた。 「この辺に床屋ない? 床屋。床屋からバリカン借りてこいっ!」 喚き散らしテーブルをガンガン蹴飛ばしはじめる迷惑な客を 「鈴宮さん! 飲みすぎだって! 床屋はもう閉まってるよ!」 南雲が羽交い絞めする。浅野殿、御乱心召サレタカ、殿中デゴザルといった光景だ。 「放してよ! 放せ! 放せっつってんだろッ! アタシは酔ってないぞぉ〜! ボウズ! ボウズ! 日本男児ならボウズだろーがっ!」 他の女の子もボウズ、ボウズ、と連呼して収拾がつかなくなる。 「わかった! わかったよ!」 南雲が白旗をあげる。 「俺のアパートにバリカンがあるから。俺ん家行こう」 「よっしゃ! 連れてけー!」 冗談ではない。もう帰ってくれ。僕は降りる。 「もう、そろそろオヒラキにしようよ・・・皆さ、門限あるんでしょ?」 「北村あぁ〜、逃げんのかあ?」 だからお前に呼び捨てにされるおぼえも、坊主にされるおぼえもないんだって! 「心配しなくて大丈夫ですって」 夜はこれからっすよ、と地味尼がビールをあおる。 「そうそう、門限破ったところで、たかだか正座三時間と便所掃除一ヶ月とゲンコツぐらいだから」 オタク尼が枝豆の皮を几帳面に積み重ねながら言う。 「さっ、南雲っちの家、行こーかぁ〜」 バリバリバリカン〜♪、と天然尼が変な歌を作曲して、立ち上がった。壮絶な第2Rの幕が開く。 「北村あぁ〜、逃がさないからねっ!」 爆弾尼にガッシリ腕を組まれる。酒クセーな、おいっ。 南雲のアパートで男性陣全員、丸刈りにされた。 とんだ災厄だ。 アリエナイ合コンに相応しいアリエナイエンディング。これも仏罰とあきらめる。 女どもはキャッキャッとハシャぎながら、バリカンをふるっていた。 何故か僕だけアタッチメントなしで、青坊主にされた。 「動くなって」 とバリカンを握るハルカの鼻息が、うなじにあたり、不覚にも勃起した。う〜ん、未知の領域だ。 南雲たちもこの体験に、生臭尼たちをタクシーで送り出した後、まるで風俗店で新手のサービスを受けたかの如く、ポワ〜ンと、 「メッチャ良かったな・・・」 「おう」 刈られたばかりの坊主頭をさすっている。 人によって感動のツボが違うらしく、 「なんか、ガキの頃オフクロに散髪してもらったこと、思い出したよ」 西條、お前、マザコンだったんだな。 さすがミホトケに仕える女たちだ。合コン廃人どもにアリガタイ法悦を与えてくださった。ナムナム。 あれから何度か南雲の主催する合コンに参加した。 どうも坊主キャラというのはイジられやすく、たしかに鈴宮のバカが力説したように僕はボウズが似合っているらしく、以前よりモテた。モテないまでも相手の記憶に残り、なかなかおいしい。だから、ついつい現在まで丸刈りを通してしまった。 現在の仕事は技術関係なので、丸刈り頭で勤務していても特に支障はない。どころか、元高校球児の上司のNサンは、僕の頭髪にノスタルジーを感じたようで、スッキリしてるじゃないか、やっぱ坊主はいいなあ、と可愛がってくれる。仕事も遊びも順調。開運のヘアースタイルだ。 今夜も合コン。 割と高そうなレストランだ。さすがにそれなりの会社のOLだけある。 一番右端の巻き髪の娘、美人で服のセンスもいい。女優か?と訝ったぐらいである。知的で仕事もできそう。今回の合コンの「台風の目」だ。来て良かった、と誘ってくれた先輩に感謝する。 しかも、である! 巻き髪美人は先程から、ずっと僕に熱い視線を注いでいるのだ。気のせいではない。ホラ、また目が合った。うひょう! 坊主効果かな? 「久しぶり」 と巻き髪美人が言った。 知らない美女に、久しぶり、と艶然と微笑まれ、 「え?!」 と虚けた顔で応答し、動転して、 「どこかでお会いしましたっけ?」 「忘れちゃった?」 「エ〜トちょっと思い出させてください」 落ち着こうとお冷をひとくち飲む。 「まあ、前に会ったときは、アタシ、ボウズ頭だったしね〜」 思わずお冷を噴出した。 「鈴宮ハルカ!」 女ってやつは髪型と化粧で随分化けるもんだ。 「ボウズ似合ってんじゃない」 意地悪く笑う元爆弾ボウズ女。 「うるせーよ」 「アハハッ、丸刈りーマン」 「チッ」 とりあえず今夜はこの女のために「夜空ノムコウ」を歌うことになりそうだ。 (了) あとがき 迫水です。 今回の作品は、自分の作ったキャラで二次創作みたいな事をやりたいなー、と思ってですね。地獄のG学院の平成十○年度入学生たちが一堂に会したなら、どうなるだろう?とのアイディアを元に、休みを使って三日で書き上げました。自己満足です。まあ、あの・・・全作品が自己満足なんですけど・・・。 最初は純粋にコメディにするつもりだったんですが、書いてるうちに、女の子たちに感情移入してしまい、出家を強いられた彼女たちの「悲しみ」みたいなものを描きたくなりまして、最終的に彼女たちへの「罪滅ぼし」的な展開になりました。 実は以前から、都会で遊んでた女の子が尼さんになって修行生活に入る「ガールズ版ファンシィダンス」を書いてみたかったのです。世間的にまったく需要がなさそうな感じですが・・・。今回、それに近いものができたのではないかな〜、と。 天然でモテモテの七海、オタクで対人関係が苦手な沙耶香、おとなしくて地味な小夜子、ヨゴレのハルカの四人が織り成す「尼さんポップコメディ」・・・。う〜ん、書いてて微妙な宣伝文句だな〜。でも、この四人組の話をまた書きたいです。 ちなみに物語で描かれている合コンは、作者の体験とは一切関係ありません。 |