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一蓮托生後日談そのB・イトコはつらいよ


「待った?」
と訊かれ、
「ううん」
と答える。
 訊いた男は、おそらくはオーダーメイドであろう仕立ての良いスーツを、隆と着こなしている。やはり高価そうな男性用の香水のかおりが、鼻孔をくすぐった。
 一流企業の管理職だという彼の言は本当のようだ。
 素早く値踏みをした。
「どこへ行こうか?」
 男は訊いた。
 ホテル、とその顔には書いてある。
「デートするだけだからね」
と念を押す。
「ああ、わかっているよ」
 男は不承不承うなずく。
「デート代は二万だからね」
と確認する。
「デート以上のサービスしてくれたら、十万出してもいいんだけどなあ」
 男は未練そうだ。
 確かに十万円は魅力的だが、
「今日はデートだけ」
と釘を刺す。「今日は」も何も、自分はバリバリのバージンだ。初対面のオジサンに処女を捧げるのは惜しいし、それに、怖い。まだ十五歳。“汚れる“には早いだろう。
「じゃあ、どこに行く?」
 紳士はつとめて優しげな声色で、訊ねる。
「アタシ、お腹空いちゃったなぁ」
とこちらも猫なで声で、紳士の肩にしなだれかかる。
「おいしいフレンチの店があるから、そこへ行こうか?」
「アタシ、お寿司の方がいいかも」
「寿司? OK、じゃあ、僕の行きつけの店に行こう。本格的な江戸前寿司でね、会員制なのさ」
「嬉しい♪」
 川越亜里沙(かわごえ・ありさ)――この稿のヒロインは、満面の笑みで、紳士の腕に抱きついた。
 ――これはいい「金づる」になるワ。
と心中、算盤をはじいて。
「オジサマ、大好き♪」
 腕を抱く両手に力をこめた。
 シャギーの入ったセミロングの髪が揺れる。

 亜里沙の家は厳格な家風だった。
 お小遣いも少ない。アルバイトも禁止されている。
 しかし年頃の女の子は何かと物入りだ。少ないお小遣いでやりくりするのにも限界がある。ありすぎる。
 困り果てていたら、友人に、いわゆるエンコーってやつをすすめられた。
 そそのかされるまま、男たちとデートを重ねた。
 食事をおごらせた。服やアクセサリーを買わせた。無論お金も稼いだ。
 多少リスキーであるが、どんなバイトよりよっぽど実入りのいい「お仕事」だった。
 露骨に身体を求めてくるオオカミさんもいたが、うまいことかわして、バージンを守り抜いている。
 「お仕事」を続けるうちに、亜里沙はどんどん大胆になっていった。
 放課後の「お仕事」で帰宅が遅くなるのを、天文部の活動があって、と父母には言い訳していたが、勿論、天文部などには在籍すらしていない。

 この亜里沙、変わった従姉がいる。
 その従姉の名は、稲葉素子、といった。
 素子はあまり目立たない少女だった。アニメや漫画を愛好していた。典型的なオタクだった。
 そんな素子だが、いきなり彼女の高校の野球部に入部した。
 当然、周りは男子ばかり。素子は紅一点だ(後に女子部員が増えたらしいが)。
「素子、逆ハーレムじゃん」
とひやかしたら、
「女だからって、特別扱いされるのは嫌なんだけどね」
と優等生的なコメントが返ってきた。
 ――カッコつけちゃってさ。
と内心、憫笑する亜里沙だったが、この従姉がやがて、頭をクリクリの丸刈りにしてしまったのには、度胆を抜かれた。
「どどど、ど、どうしちゃったの?!」
と目を見開いて、理由を訊ねたら、
「気合いだよ」
 彼女の所属する野球部が連敗につぐ連敗で、反省とやる気をこめて、頭を丸めることが部員間の申し合わせで決定したという。
 女の子の素子は丸刈りを免除されたのだが、素子は自身の意思で髪を切ったとのこと。
 「女だからって特別扱いされたくない」を有言実行したのだ。
 その数日前、美容院で前髪を、眉毛が少し出るくらいにカットされ、「髪切りすぎた〜」と大騒ぎしていた亜里沙とは、次元が違う世界に素子はいる。
 親戚一同、素子の勇気と情熱に、驚きつつも、すっかりハートを鷲掴みにされた。素子は皆から頭を撫でられていた。大人たちからは、褒められたり、お小遣いをもらったり、イジられたり(笑)していた。この日の従兄弟連のセンターポジションの座を、堂々ゲットしていた。
 その反対に、同年代で同性の亜里沙は、何かと素子と比較される。
「亜里沙もスポーツしろよ」
「そうだそうだ、最近妙に色気づいてきたけど、もっと、素子みたいに打ち込めるものを探さんと」
「素子ちゃん程とは言わないけど、その髪、短く切りなさいな」
と素子をひきあいに出され、言いたい放題言われる。
「亜里沙ちゃんだって、天文部で頑張ってるもんね」
といつも優しい叔母がとりなしてくれるも、
「いや〜・・・まあ・・・」
 亜里沙は歯切れが悪い。
「明日も休日なのに、天文部、あるんでしょう?」
「ええ・・・一応・・・」
 自称リーマンのオヤジとの「課外活動」の予定がスタンバっている。
「えらいわね、頑張ってるわね」
と叔母は重ねて褒めてくれたが、
「あはは・・まあ、その〜・・・」
 気まずい。
 そうそう、ドサクサまぎれに素子の頭を触らせてもらったが、短い毛が指の腹と擦れて、シャリシャリ気持ち良かった。
 ――いいねえ〜、この触り心地。
 他人事なので、存分に丸刈り頭の手触りを楽しんだ。

 エンコーはあっさりバレた。
 ちょっと調子に乗りすぎた。油断大敵。
 以前は用心して遠くの町で「活動」していたのだが、だんだん行動がエスカレートしてきて、時間短縮のため、近場でもデートするようになっていた。
 で、その現場を近所のオバサンに目撃されてしまった、と。
 前々から娘の金づかいを不審に思っていた両親に追及され、スマホの中身もチェックされた。
 鬼の如き形相の両親を前に、亜里沙はこれまでの悪行を、洗いざらい白状したのだった。
 叱られた。
 ぶたれた。
 と、ここまでは想定内だったが――
 両親の、特に父の怒りは収まらない。元々、父は怒ると、歯止めがきかなくなるところがある。娘の非行がどうしても許せない。
「亜里沙ッ!!」
 怒髪冠を衝く剣幕で、命じた。
「お前、野球部に入れッ!!」
「えっ?!」
 思いもかけぬ言葉に、一瞬キョトンとなる。
「ブラブラ遊んでるから、悪事に手を染める結果になるんだ! 素子ちゃんみたいに野球部でシゴかれて、汗を流せ! そうして、心を入れ替えろ! エネルギーを発散させろ! 健全な学生生活を送るんだ! いいなッ!」
「ええぇぇー!!」
 万年帰宅部だった亜里沙は、怖気を震わせる。
 「野球部に入れ」と口走った父の脳裏には、オタクを卒業して野球に青春を賭ける姪・素子の清々しさが焼き付いていたのだろう。
 それだけではない。
 父と、亜里沙の高校の野球部顧問・三石は旧知の間柄だった。
 高校時代、共に野球部で、父が投手、三石が捕手でバッテリーを組んでいた仲だ。
 父としては、この元チームメイトに娘を託すつもりなのだろう。スポーツで更生させてくれ。面倒を見てくれ。そんな思いがあったはずだ。娘に悪い虫がつかないように。節度ある高校生活に戻れるように。ふたたび道を踏み外さないように。三石に学校での、いわば「お目付け役」を期待する意図があったに違いない。
 また、三石ならば「事情」を打ち明けても、他言しないだろう、という信頼もあったろう。
 何より、女子の入部についても、それが元相棒の愛娘ならば、よもや断ることはないはずだ。
 コネがマイナスの方向に働く場合も、往々にしてあるのだ。
「うっ・・・うう〜・・・」
 うなだれる亜里沙に、父はさらなる命令は、頭の中が真っ白になるくらい驚天動地のものだった。
「頭も坊主に刈るぞッ! 素子ちゃんみたいにな!」
「嘘おおぉぉーー!!!」
 亜里沙は卒倒せんばかりに、驚愕する。
「二度と男遊びができんようにしてやる!」
「イ、イヤ、イヤよッ! 坊主なんて絶対イヤッ!」
 懸命に首を横に振るが、
「素子ちゃんにできて、お前にできないわけがない」
 父は聞く耳持たず。
 母もさすがに娘を坊主刈りにするのは不憫に思い、
「あなた、女の子なんだから丸刈りは許してあげて」
と亜里沙と一緒に哀訴するが、父はやはり、どうしたって耳を貸さない。常軌を逸していた。
「さあ、これから頭を刈るぞ」
 父に襟首をつかまれる。
「いや、いや、いやああぁぁ!! 坊主は、坊主は、坊主は勘弁してええぇぇ!!」
とジタバタもがく亜里沙を、父は無理やり自宅の裏へと引きずっていった。

 裏の畑地の畔で、突然すぎる断髪式は執行された。
 バリカンは昔、兄(現在大学生で下宿中)の散髪にかつて使っていたのが、埃を払って、再び最前線へと駆り出された。
 陽はカンカンと照り、セミがジリジリとやかましく鳴いている。
 青空の下、丸椅子が置かれ、その上に強引に座らされると、散髪用ケープがガサガサと身体に押し被せられた。準備完了。
「お父さん、ごめんなさい! ほんとにごめんなさいっ! 亜里沙、いい子になるから! もう二度とエンコーなんてしないから! 野球部に入るから! 真面目に野球するから! だから、坊主は、坊主だけは堪忍してえええぇぇーー!!」
 必死になって懇願するも、
「ダメだ」
 坊主になって反省
 坊主になって野球部
 坊主になって男断ち
と父は取り付く島もない。
 半狂乱になって抵抗する娘の首根っこを押さえつけると、バリカンのスイッチを入れた。
 ウィーンウィーンウィーン
とバリカンのモーター音が、セミの声とアンサンブルを奏でる。
「やめて、お父さんっ! やめてええぇぇぇー!! 坊主は堪忍! 坊主は堪忍してぇぇーー!!」
 しかし、父はやめない。
 亜里沙の前髪を掻き分けると、その生え際に、唸りをあげるバリカンをあてた。そうして、バリカンの刃を挿し入れ、
 ジャ!!
 一気に押し進めた。
 ジャアアアァァーー!!
「きゃああぁッッ!!」
 亜里沙は悲鳴をあげた。
 セミロングの美しい髪、その髪にズバッと一文字にラインがひかれ、残された髪が左右に引き裂かれている。もはや取り返しがつかないことになってしまった。
 ウィーン、ウィーン
 バリカンは最初の刈り跡のすぐ右隣にあてられる。坊主の部分と有髪の部分に跨って、突き進む。
 バッ!
と髪が除かれ、白く乾燥した土の上に、
 バラリ、
と落ちた。
「うっ・・・ううっ・・・ひどい、ひどいよ、お父さん・・・お父さんのバカァ・・・」
 亜里沙は泣きじゃくりながら、抗議した。
「バカで結構」
 父の方は若干平静を取り戻した様子で、せっせと亜里沙の頭にバリカンを走らせる。
 髪の生え際にバリカンをあて、頭皮との間に挿し込む。
 ジャッ
 そして、躊躇なく一直線に刈る。
 ジャアアァアァアァー
「ひいぃぃ!!」
 両肩が散髪ケープごと上がる。亀みたいに首をすくめたいが、生憎、首根っこは父に掴まれたままだ。
 ウィーン、ウィーン、ウィーン
 バリカンは情け容赦もあらばこそ、コメカミあたりに入り、右の鬢が刈り上げられる。本人が全く望んでいない「高校球児」になるために。
 バササ〜、バサッ、バサッ!
 亜里沙の頭を飾り立てていたセミロングのシャギーヘアーは、無残にも土埃にまみれ、地面の上を這っている。
 バリカンはいよいよ勢いづく。ガアーッ、ガアーッ、ガアーッ、と長い髪を次々、押し流していく。
 しかし、何分古いバリカンなので、少々刃が鈍っている。
「お父さん! 痛っ! 痛いよォ〜!」
と亜里沙は痛がったが、父は娘に覆い被さるようにして、その身体を押さえ込み、ジャアアァア、ジャアァアァア、とバリカンを動かした。
 左の髪もビッシリと5mm――二枚刈りの長さに刈り詰められた。
 涙でグシャグシャになった顔に切り髪が張り付く。
「うっ、うっ、ううっ・・・グス・・・」
 泣きながら、くっついた髪たちを手で払いのける。
 前頭部、右側、左側、と順々に髪が刈り落とされ、あとは後ろ髪を残すのみとなった。
 バリカンの刃がつっかえつっかえ、後頭部に入っていく。
 亜里沙は諦めの心境になりかける。けれど、肉体的な苦痛は如何ともしがたく、
「痛っ! お父さん、痛いよォ! せめて刃を替えるなり、油を差すなりしてよ! 痛い! 痛いっ!」
と目に涙をため、身をよじって訴えるが、父は、
「この痛みを噛みしめて、しっかり反省しろ」
と断髪を強行する。
 バックの髪が右、左、と両側から挟み込むように刈られた。父は長い髪を、根元から削り取っていった。
 最後に真ん中の髪が、馬の尻尾のように、一筋、残ったのも、ジャアアァァアアァ、父はためらうことなく、バリカンで切り捨てた。
 亜里沙はトラ刈りの坊主頭にされてしまった。
 頭のあちこちで、刈り残された髪がピンピンはねて、そのさまが、なんとも痛ましい。
 父は掃除をするように、刈り余した髪を、バリカンで削いでいった。
 ジャアァァアァァー
 ジャジャァアアァー
 耳の後ろ、襟足の生え際、右側頭部、と見苦しく点在する残り髪を、一か所一か所、念入りに摘んでいった。
「これで、よし」
 ようやく父が納得して、ケープを外す。ケープにたまっていた刈り髪が、
 バサバサバサッ
と地面に零れ落ちた。落髪に、地中から這い出てきたミミズが二匹、クネクネとからみついている。アリやダンゴムシやバッタも髪の上で蠢いている。あまりぞっとしない光景だ。
「ああ〜っ」
 情けない気持ちで、できあがった丸刈り頭を撫でまわす。
 細かな毛が掌にくっつく。両手をこすり合わせて、それを落とす。
 再度、頭に手をやり、
「ああ〜!」
と嘆く。とても鏡で、新しい髪型を確かめる勇気はない。
 ――トホホ・・・。
「明日、野球部に入部届を出せ」
と父は言い渡した。
「父さんが今日中に、顧問に電話しておくからな」
 すっかりお膳立てされては、
 ――こうなっちゃ仕方ないか・・・。
と開き直るほかない。
 丸刈り頭に、強烈な日差しを感じる。
 見たくない、見たくない、と思いながらも、その夜、洗面所で坊主になった自分と初対面を果たす。
 怯え顔の一休さんがいた。
 ――ぎゃあっ!
 のけぞった。
 激しい違和感、激しい喪失感に襲われた。
 こんなズル剥け頭じゃ、男は寄り付かない。
 「モテ髪」から一気に小坊主に転落。
「うっ」
 思わず鏡から顔を背ける。涙がにじむ。
 ――けど・・・
 涙をこらえ、鏡に向き直る。坊主頭を睨み据える。
 ――これが新しい自分なんだ。
 現実を受け容れるほかない。
 「明日から高校球児」という現実を。

 翌日、父の言いつけ通り、野球部のドアをノックした。
 かくして、川越亜里沙は、彼女の高校初の女子野球部員となったのだった。
「女だからって特別扱いしないぞ、いいな?」
 顧問の三石にそう通告された。あるいは父が「手加減せず、うんとシゴいてやってくれ」とでも電話で伝えたのかも知れない。
「はいっ!」
と答えたが、
 ――女の子なんだから、手加減してよォ〜!
と内心途方に暮れた。素子とは正反対の流れだ。

 三石の言葉通り、容赦なくシゴかれた。
 叱責されたり、ときには手をあげられることもあった。
 勿論練習もキツイ。ずっと帰宅部だった亜里沙には過酷なものだった。
 厳然と存在する上下関係もしんどい。
 先輩のスパイクを磨かせられたり、正座させられ「説教」をかまされたり。
 ――まるで新兵だ。
と我が身を思う。
 それでも汗まみれ泥まみれになって、白球を追う。
 夢中でやっているうちに、練習にも慣れ、叱責にも慣れ、上下関係にも慣れ、そして、野球が楽しくなってきた。他の部員との間にも連帯感が生まれた。
 練習後、水道場で坊主頭をバシャバシャ洗うとき、
 ――今日も頑張ったなあ。
と充実感をおぼえる。
 その坊主頭も、いつしかバリカンでセルフカットできるようになった。洗面台の前、ウィンウィン、自分の頭を刈り、坊主に保つ。
 イヤでイヤでたまらなかった坊主頭だったが、手入れも楽だし、お金はかからないし、野球をするのにこれほど最適な髪型はない。
 すっかり丸刈り頭がトレードマークになってしまった。「川越さん? ああ、あのボーズの女子ね」みたいな。
 その丸刈り頭を買われ、学園祭の劇のキャストに抜擢された。軍の青年将校の役だった。
 その軍服の男装姿に、
「亜里沙〜、アタシ、変なシュミに走っちゃいそうだよぉぉ〜」
と女子たちが目をハートマークにして群がり、しなだれかかってきた。
「そ、そうかなあ?」
と戸惑いつつも、
 ――同性にモテるのも悪くないかも。
と満更ではなかった。

 月日は流れ――
 亜里沙は三年生になっていた。
 夏の大会に向け、今日も猛特訓が続く。
 亜里沙は連日の炎天下での練習で、真っ黒に日焼けしている。身体つきもいかつくなった。しかも身体中、傷だらけ。顔にも絆創膏を二枚貼って、
「おらっ、一年、もっと声出せ!」
と後輩を叱咤している。
 一年坊主のAとBがヒソヒソ話している。
「川越先輩、相変わらず気合い入ってんなあ」
「この間の練習試合でもヒット打ってたしな」
「あの丸刈りは伊達じゃねえぜ」
「そういや、妙なウワサを聞いたんだよなぁ」
「ウワサ? どんなウワサだよ?」
「川越先輩、昔、エンコーしてたらしい」
「エンコー?!」
「それが親にバレて、坊主にされて野球部に入れられたんだって」
「おいおい、いくらウワサだってもうちょっと信憑性のある話じゃねえと、誰も信じないぜ」
「まあ、100%ガセだな」
「あの川越先輩がエンコーなんてアリエネー」
「だな、想像すらできんわな」
「コラ、そこ! くっちゃべってんじゃないよ!」
 亜里沙にドヤされ、
「サーセン」
 AとBは首をすくめる。
「グランド十週、行け!」
 裁きが下り、ランニングをはじめようとするAとB。
「待った」
「はい?」
「これ」
 Aの練習着がほころんでいる。
「後で貸しな。縫っといてあげるから」
「は、はい!」
 Aはポワ〜ンと蕩けるような笑みを浮かべ、Bや他の一年坊主たちは羨ましげな視線をAに向ける。
 明暗の別れた表情で走り出すABの背を見送ると、亜里沙は帽子をとり、頭に手をやった。1cmほどに伸びた髪を撫でながら、
 ――そろそろ散髪しなきゃな。
 もうすぐ最後の大会だし、思い切り、例えば1mmとか0・5mm程にまで刈ってしまおうか。そう考え、一人でニンマリする。
 入道雲膨らむ夏空の下で。




(了)



    あとがき

 久々の「一蓮托生後日談」シリーズでございます。
 完成したのは、もう何か月も前なのですが、同時発表予定だった「結姫」が難航に次ぐ難航で、時間をくってしまい、しばらく寝かされる形になりました。
 「援助交際がバレた少女が罰(更生策)として、運動部入部&断髪」というネタがずっと以前から頭の中にあり、今回書いてみました。援交事情に明るくないので、冒頭のシーンは、こんな感じかなぁ、と想像で書きました。
 読み返してみて、かなり好きな作品です♪
 最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました〜!




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