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密着取材〜女弁慶三たび


 読者諸氏はおぼえておいでだろうか?
 榊容海(さかき・ようかい)31歳。
 二年連続で総本山の由緒ある御輿を担いだあの女傑の許に、東京の或るテレビ局から密着取材の依頼が舞い込んだのは、初秋のことだった。
「ドキュメンタリーなんですよ」
とプロデューサーは説明した。
「二年連続、○○寺御輿担ぎに参加して落選した“女弁慶”こと落ちこぼれ尼僧が三度目の正直、今年も御輿担ぎに挑む!・・・というのがテーマでして」
 ――誰が落ちこぼれ尼僧だ。やかましいわ!
 カチンときたが、事実には相違ない。
 去年の御輿担ぎは最悪だった。
 やれる、と意気込んでいたのだが、直前になって風邪をひいた。真冬に剃髪したのが原因だ。
 鼻水を垂らしながら、御輿を担いだが、39度の発熱に途中リタイアを余儀なくされた。
「来年がんばろうよ」
 容海の推薦人の田口サンはそう言って病床の容海を慰めた。どうやら御輿担ぎをクリアーして、最終ステージの天兆五輪大法会に参列するまで、毎年剃髪しなくてはならない流れである。
 運の悪いことに修行時代、容海を目の敵にしてシゴきまくっていた道場監督・柳原道春(やなぎはら・どうしゅん)が当日、御輿担ぎの責任者を担当していた。
 彼はかつての道場の劣等生の醜態に怒り心頭で、
「道場の恥だ! 鍛え直してやる!」
と病みあがりの容海をひきずるようにして、道場の寒修行にご招待したのだった。そこで一ヶ月ほどビシバシ、シゴきにシゴかれ、ボロ雑巾のようになって、懐かしい海音院にようよう戻ってきた頃には桜が咲いていた。

 なんだか御輿担ぎに参加するようになってから、人生がおかしい。
 地元の青年僧侶連の間では、容海はちょっとした顔だ。「先輩」とか「姐御」とか呼ばれて、持ち上げられている。
 慕われるのは嬉しいが、
「姐御、俺、そろそろ結婚したいんスよね〜。どこかにいい娘さんいませんかね〜」
と結婚相談なんかを持ちかけられ、
「じゃあ、アタシなんてどうよ?」
と悲痛な冗談をかましたりして、
「またまた〜、姐御〜。姐御と結婚なんて恐れ多いッスよ〜」
などと女として完全に一線を引かれるに至っては、
 ――アタシの人生、これで良かったのかな・・・。
 晩酌の量が増える今日この頃。
 去年、交際して結婚まで考えていた運命の男も、御輿担ぎのため坊主頭になった容海に鼻白んだ表情を浮かべ、いつしかフェイドアウトしていった。
 ――もう三十一・・・。
 焦りを感じる。
 とりあえず髪を伸ばす。
 もう二年連続で剃髪した。田口サンはじめ本山へは十分スジを通したはずだ。今後は有髪でいく。尼僧は剃髪が一番、という母は「渡鬼」の赤木○恵みたくチクチク嫌味を言ってくるが、母のようなゴリゴリの堅物尼僧になるつもりは毛頭ない。遊びたいし、男も欲しい。最終的には結婚して好きな男の子供を生みたいと思っている。
 ――結婚。
 この二文字とともに何故かいつも脳裏に明滅するのが、毎回剃髪を担当してくれている床屋のクマオヤジ片倉小次郎のむさ苦しい容貌。
 やめてくれ、とクマ男の幻影を振り払う。自分ならもっとマシな男を捕まえられる。
 ――「アレ」は「非常食」。
 まだ有事ではない。食道楽したってバチは当たらないだろう。

 食道楽の胃袋が向かった先は、ホストクラブだった。
 友人に連れられて、試しに、と遊んでみたら、すっかりハマッてしまった。田舎のホストクラブなので都会のそれに比べれば、多少はリーズナブルに遊べる。そのうえ最近は単独で法要を任されることもある。ポケットマネーは使い切れないほどある。
 アツシという二十歳の冴えないホストがお気に入りだ。小学校時代(イジメられっ子だった頃)片思いしていた太一クンの面影があるからだ。食事をごちそうする。スーツをプレゼントする。同伴出勤も当たり前だ。
 御布施が入ったときは、底抜けに豪遊する。高い酒をあけ、ホストたちをゲームで競わせ優勝者には賞金を出す。ホストたちはこの上客を悦ばせるために、狂態の限りをつくす。
 ――最っ高!
 気分は女王様だ。
 いつしか容海は「陛下」とホストの間で呼ばれ、下にも置かぬ待遇を受けるようになっていた。

 だから密着取材の申し込みがきたとき、
 ――ホストクラブ通いも当分オアズケかあ〜。
と憂鬱だった。
 本山からも宗門のイメージアップのため、取材に協力してほしい旨、頼まれている。
「わかりました」
 快諾とはいかないまでも、一応、取材は了承した。

 早速、撮影クルーが海音院を訪うた。
 鷲津という四十男がディレクター、丸根という痩せぎすがアシスタントだ。
 鷲津は脂ぎった顔を取材対象に近づけてきて、
「いろいろご迷惑かも知れませんが、まあ、ひとつよろしくお願いしますよ」
と、やや横柄に挨拶した。業界風を吹かせ、地方を見下す東京のテレビマンの悪弊を体現しているかのようだった。
「いい作品になるよう是非ご協力お願いいたします」
 丸根が上役をフォローするかのように、腰低く握手を求めてきた。
 差し出された手を握り、
 ――大丈夫かしら。
 ちょっと不安になった。嫌な予感がする。

 御輿担ぎの体力作りのため、どんなことをしているのか?とクルーに訊かれた。特訓風景を撮影したいという。
「いえ、別に特訓らしい特訓はしてませんけど〜」
 困惑しつつも、ありのままの事実を言う容海だが、
「そんなあ〜」
とクルーたちは納得してくれない。
 頑張っている「画」が欲しい、と頼まれ、仕方なく朝のジョギングを日課にする。それから腕立てと腹筋も。これってヤラセじゃないの、と訝りつつ。
 番組を盛り上げるため、ポーズで渋々はじめた運動も日が経つにつれ、熱を帯びてくる。ジムに通いはじめた。徹底的に身体を苛め抜く過酷なトレーニングを自らに課す。まるで孤高のボクサーのように。これがMにはたまらない快感だったりする。
 ニンニクを齧り、生卵をのむ。吐いた。負けるものかと分厚いステーキを食べ、プロテインをのむ。またニンニクを齧り、生卵をのむ。
 御輿担ぎの前には肉体改造に成功した。筋骨隆々。体脂肪率は10%近くになった。
 もはや去年までのようなモヤシ尼僧ではない。尼ゾネスだ。本気になれば素手で人を殺せそうだ。殺さないけど。

「容子チャンには本当に頑張って欲しいね〜」
 海音院の縁先でお茶をすすりながら、キミエお婆ちゃんがクルーの取材に答えている。
「あの子なんてただの賑やかしですよ」
 母はそう謙遜しつつも、
「でもね〜、やっぱり天兆五輪大法会への参列は男僧尼僧問わず、宗派僧の晴れ舞台だからね〜。娘が出てくれたら嬉しいさね〜」
 容海もインタビューを受ける。さりげなく薄化粧を施したりして。
 以下は取材陣とのやり取りだ。

 Q 三度目の御輿担ぎですが――?

 容海 名誉なことです。やはり背筋が伸びる思いですね。でも、男も女も関係ない、尼僧だってやるときはやるんだぞ、っていう意気込みでやり遂げて、女性僧侶の活躍の一助になれば幸いですね。

 Q 尼僧になったきっかけは?

 容海 小さい頃から尼僧の母の姿を見て育ちましたからね。OLをやっていても、心のどこかに仏の道を求めている自分がいました。世の為、人の為に働きたい、尽くしたいという思いも日増しに強くなり、そういう、やむにやまれぬ気持ちで出家に踏み切ったんです。

 Q 現代社会における尼僧の役割はどういったものかと考えていますか?

 容海 百人の尼僧さんがいれば、百通りの道があると思いますね。私の場合、地域社会に密着して、地道に仏様の教えを伝えようと頑張っています。檀家さんや地域の方々から教わることも多いです。本当に日々修行ですね。

 Q 最近ハマっているものはありますか?

 容海 写経ですね。初心に返ってまっさらな気持ちで、経文を一文字一文字心をこめて書き写しています。心が落ち着きますし、お釈迦様のお言葉の素晴らしさを、改めて感じます。

・・・などと、嘘言を混ぜ、「立派な尼僧」を演じている。
「テレビで放映するんだから、多少の美化や演出は必要よね?」
と、なんのことはない、自分も率先して「ヤラセ」の片棒を担いでいる。

 撮影好調!
の最中、葬式ができた。
 母が腰痛でダウンしてしまったので、ひとりで読経に赴く。
 撮影班も葬祭場へと容海を追う。「仕事をする榊さん」の姿をカメラにおさめる。
 僧侶の控え室で待機していたら、
「あ〜ら、海音院の副住職さん」
と声をかけてくる者がいる。
 誰だ、と振り返る。
 ショートカットに袈裟姿の尼僧が立っていた。
「これはこれは、大空寺さん」
 同じ市内にある大空寺の尼僧、鈴宮遥慶(俗名・ハルカ)だった。
「お久しぶりね」
 無理やり笑顔をつくる。
「無駄にお元気そうで何よりですわね」
 遥慶もタヌキ顔を作り笑いで崩し、
「副住職さんこそ、お元気そうで良かったです。最近、ホストクラブ通いもご無沙汰と伺っていたので、お身体の調子でもお悪いんじゃないかって、心配していたんですのよ」
 ――この小娘! 余計なこと言うな! カメラ回ってんだよ!
 腸が煮えくり返る。
「何かの取材ですか?」
と遥慶はカメラクルーを見渡す。
「大空寺さんのようにお葬式専門の尼僧さんにはご縁のない取材ですわ、ホホホ」
「もしかして毎年残念な結果に終わっている、汗臭そうなアトラクションについての取材かしら? 最近のテレビ局はよっぽどネタに困っていらっしゃるようですねぇ」
 双方、敵意を剥きだしにして、チクチクと嫌味の応酬になる。
「あら、御輿担ぎの伝統もご存知ない、婚約者に逃げられて、出家に追い込まれた、どこかのナンチャッテ尼僧様には、所詮は豚に真珠の企画内容ですものね」
「今年も色物要員として、あのユニークなお姿でアトラクションを盛り上げて下さるんですね? フフフ、楽しみですわ」
 ここで葬祭場のスタッフが、
「鈴宮先生、そろそろお時間です」
と呼びに来なかったら、この仁義なき舌戦は果てしなく続いていただろう。
「では、海音院さん、今年こそは恥の上塗りをなさらぬよう、せいぜいご精進なさって下さいね〜」
と遥慶は捨て台詞を残し、去っていった。
 ――なんて忌々しい小娘なんだろう・・・
 無意識のうちに、ガリガリと爪を噛んでいた。
 ハッと我に返り、
「今のトコ、勿論、編集でカットしてくれるんでしょうね?」
と撮影クルーに念を押す。
「当たり前じゃないですか。使えないッスよ」
 クルーも、尼僧の世界の裏側に若干引いていた。

 れいの話題が、出るんじゃないか、出るんじゃないか、出すなよ、出すなよ、と祈るように思っていたら、
「榊さん、やっぱり御輿担ぎに向けて、頭丸めるんですよね?」
 鷲津に催促がましく言われた。
 出たよ、と内心閉口しながらも、
「丸めませんよ」
 キッパリと断言する。
「え〜! そうなんですか?」
 鷲津も丸根も不満げだ。
「今までは必ず剃髪なさっていたじゃないですか」
「今年は有髪で臨みます」
「そのビルドアップした身体にスキンヘッドって、かなり迫力のある画になると思うんですけどねぇ」
と丸根の言うとおり、ハマるかも知れない。
 まあ、ディレクターたちの考えなど、お見通しだ。
 「女弁慶」覚悟と決意の断髪!
というシーンはドキュメンタリーの山場になるだろう。
 しかし、そうは問屋が卸さない。撮影側の思惑に乗るつもりはない。
 褌もよそうかと考えている。けして鈴宮遥慶に「色物」と嘲られたからではない。あくまで一人の女性としての判断だ。
 剃髪、褌を回避しようとする容海に、スタッフサイドは納得がいかない。
「頭も剃らない、褌もつけない、じゃ“女弁慶”の異名がすたりますぜ」
 鷲津などは苦りきって、そう言い、脂ぎった顔をしかめていた。
 すたろうが構わない。
 別に自分が望んで得た異名ではない。返上できるものならば、ノシをつけて即突き返してやりたい。
 撮影陣(主に鷲津)との軋轢が生じる。
 しかし、容海は自分の意思を曲げないでいた。

 そんな攻防が続いている最中、海音院の戸を敲く者がいた。
「は〜い、どちらさまですかぁ〜?」
と応対に出たら、
「よォ、歯っ欠け坊主」
 柳原道春だった。
 ――げげげげっっっ!!
 「天敵」登場に、身体中に鳥肌がたつ。
「ど、ど、ど、道春先生?!」
「元気そうだな」
と道春はニヤリと笑いかけて、
「お前、どうした、そんな筋肉ムキムキになりやがって?」
 容海の新しい肉体に、意外そうな面持ちになった。が、
「歯っ欠け坊主のクセに、ビルドアップなんぞしやがって」
 生意気だぞ、とローリングソバットを頂戴した。バシィッ!
「す、すいませんっ!」
 よろめきながらも、反射的に謝罪してしまう。
 もはや少し前までの脆弱な自分ではない。相手が荒法師の道春でも勝てはしないまでも、そこそこ渡り合えるだろう。
 が、道場時代からの悲しい習性といおうか、そういう相性なのだといおうか、道春に対し、心も身体も萎縮しきってしまう。ひたすら恐懼するのみだ。
「い、い、一体何故・・・」
 言葉もない。
「近くまで来たものでな。ちょっと寄ってみた」
 後から考えてみれば、この不自然な道春の来訪は、ドキュメンタリー取材班の差し金だった可能性が高い。
「今年も御輿担ぎを仕切ることになったぞ」
という道春に、番組スタッフが、
 あの「女弁慶」こと榊容海が今年、剃髪も褌も拒否していますよ。
とタレ込んだのではないか。
 そこで道春が動いた。ありそうな話だ。
 ――うわ〜(大汗)
 招がれざる客の出現に、一秒でも早くお引取り願いたいが、
「あら、柳原さん」
 母は道春を歓待した。
 容海の母と道春はウマが合い、母はかねがね、道春について、
「あれが男の中の男ってもんさね」
と恋する乙女のような目をして評していた。
 母はすっかりハイテンションで、今夜は泊まれ泊まれとしきりに勧め、道春もあっさり母の厚意に甘えていた。
「歯っ欠け坊主」
 道春は上機嫌で、
「今年もいよいよ御輿担ぎの時期だなあ」
「はあ」
 先月、本山の田口サンから連絡があり、御輿担ぎの儀への参加が公式に決まった。
 ――頼むから、頼むから、剃髪の件は、剃髪の件は、スルーさせてぇ〜!
 カステラを平らげている、目の前の荒法師の災厄から、逃れさせて下さい!と祈念する。
 けれど、
「なあ、歯っ欠け坊主」
「はい」
「去年は儀式の直前に頭を剃って風邪をひいたんだから、今年は早めに剃って、寒さに慣れていた方がいいぞ」
 すでに剃髪ありきでの助言。
「いや、その〜」
 容海は冷や汗三斗、身を縮こまらせ、しどろもどろに、
「いや、あの〜、その〜ですね・・・今年は剃らない方向で、その〜・・・参加しようと・・・しようかなあ、と・・・」
「何ッッ!!」
 道春の一喝に、
「ひっ!」
 震え上がった。蛇に睨まれた蛙。
「すいませんすいませんすいません! 何でもないです!」
「そうか」
 道春の機嫌が直った。
「じゃあ、これから早速、散髪屋に行こう」
「ええーーッッ!!」
 卒倒しそうになった。晴天の霹靂。
「俺も貴様の断髪式に立ち合わせてもらおう。さあ、行くぞ」
と容海の袖をとらえ、引っ立てようとする。
「さっさと行っておいで」
と母は嬉しそうな顔で、お茶をすすっている。
「柳原さん、四丁目に片倉理髪店って床屋があるから、連れていってあげて下さいな」
 あのクマオヤジの店に、強制的に連行されることになった。

 一年ぶりに嗅ぐ床屋の臭い。
 ――ああ!
 クラリとなる。意識が飛ぶ。
「いらっしゃい」
 クマオヤジこと片倉小次郎が迎えた。客が容海と知るや、
「おっ、海音院の副住職さん!」
 パッと顔を輝かせ、ギラギラと目を輝かせた。
 しかし、
「さあ、キリキリ歩け」
と容海を後ろ手につかんで店内に押し込む道春に、訝るような顔つきになった。
 店内には他に客はいない。
「さあさあ、散髪屋、早いトコ、コイツの頭を丸坊主に剃りあげてくれ」
と道春に理髪台まで引きずっていかれる。
「ちょちょちょ・・・ちょっと待って下さいっ! まだ・・・まだ、心の準備が・・・」
 往生際悪くアタフタジタバタしてしまう。
「ええーい、いいから座れい!」
「ちょっと、お客さん」
 オヤジが口を挟んだ。
「副住さんとはどういうご関係なんです?」
「アンタには関係ないだろう」
 言い放つ道春に、
「関係なくはないよ。こっちは海音院さんとは長い付き合いなんだから」
 オヤジは気色ばむ。
「むっ」
 道春もオヤジを睨みかえす。
 不穏な空気が流れる。
 ――あれ?
 容海はキョトンとする。
 ――ナニ、この展開?
「それに――」
とオヤジは付け加えた。
「“散髪屋”っていう言い方はやめてくれるかな。放送禁止用語だよ」
「じゃあ、なんて言えばいい?」
「“床屋”だな」
「“床屋”も放送禁止用語だぞ」
「う、うるさいな。放送禁止用語だろうが何だろうがどうでもいいんだよ!」
「アンタが言い出したんだろうに」
 ――あれあれあれぇ〜?
 片倉小次郎VS柳原道春の「男の斗い」に、頬が緩む。
 ――もしかして、片倉のオヤジ、道春に妬いてるぅ〜?
 同伴で店に来た道春との仲を、あれこれ推測して、嫉妬しているのではないか。
 道春も道春で突っかかってくるオヤジに、ただならぬものを感じ、応戦の構え。
 まさに、古いポップスの歌詞にある、
 けんかをやめて
 二人をとめて
 私のために争わないで
 もうこれ以上
的な三角関係が男性整髪料臭い店内に渦巻いている。
「なら床屋」
 道春の方がガードを解いた。
「コイツの剃髪を頼む、ツルツルにな」
「客はアンタじゃなくて副住さんだ。注文は副住さんの口から聞くよ」
「商売する気あるのか!」
「商売にも“道“ってモンがあるんだよ!」
 ――クマオヤジが道を説くのか・・・。
「もういい。よそでやってもらう」
 道春はしびれを切らし、理髪台から容海を引き剥がそうとする。
 「餌」を失いかけ、クマがあわてる。
「ちょ、ちょっ、待てよっ!」
 ――オヤジ! キ○タクっぽくなってるよ!
「なんだよ?」
「切らないとは言ってないだろう。だから、副住さんが直接オーダーしてくれって言ってんの」
「面倒臭ェ散髪屋だなあ」
「床屋だ!」
と言い返しながらも、オヤジはちゃっかり容海の首にケープを巻きつけてくる。
 そうして、
「副住さん、今日はどうするの?」
とオーダーを訊ねてきた。
「う〜ん、それじゃあ、毛先を1cmほどカットしてくれるかしら」
「了解!」
 オヤジは髪を霧吹きで湿すと、鋏でチョコチョコと毛先を整えはじめた。
「片倉サン、ごめん! アタシが悪かった! 坊主にしてぇ〜! ツルツルにしてぇ〜! じゃないとアタシ殺されるかも〜! デッド・オア・坊主なのよぉ〜!」
 背後では道春が鬼のような形相で、暗殺拳の構えをとっている。
「いいのかい? そりゃあ確かに副住さんは何回も剃髪してるけど、髪は女の命っていうしねえ」
「そう言いながらバリカン、セットしてるし! 股間ふくらませてるし!」
 
 ヴイイーン

「ちょっと! バリカンとめて!」
「どうしたのさ?」
「いや、ちょっと、そのォ〜、御輿担ぐのまでには、まだ日にちがあるし、今日は、その〜、やめておこうかなあ、なんて」

「何ッッ!!」  
ヴイイイーン

 道春の喝とバリカンの音が同時に、店内に響き渡る。
「ひいいぃ! わかった! わかりました! 剃ります! 今すぐこの場で坊主にならせて頂きますっ!」
 そこへ、どどっ、と人の群れが店に雪崩れ込んできた。
「ま、間に合った〜」
 ドキュメンタリーの撮影クルーだった。
 絶妙なタイミング、撮影準備も万端、やはり道春と気脈を通じていたらしい。
 テレビの撮影と聞いて、オヤジは、
「だったら、もっとキメてきたのになぁ」
とホクホク顔で、バリカンのスイッチをONにする。
 ヴイイイーン
 容海はあまりと言えばあまりな状況の流れに、溺れに溺れている。
「ちょ、ちょっと! カメラかバリカン、どっちかとめてッ!」
 無論どちらもとまらない。
 ヴイイィーン
 バリカンがゆっくりと額の髪の生え際に食い込んでいく。
 ザザ――
 そのまま直進する。
 ジャジャジャジャ〜〜
 メリメリと髪が裂け分かたれる。
 バリカンはツムジに達する。
 「女弁慶」への第一刈りが頭に刻まれた。クッキリと。
 大きな黒い塊が、ボトリ、と床に落ちた。
 ヴィイイーン、ジャジャジャジャ、と二刈り、三刈り、髪が頭の上からバリカンの刃の上に、そしてケープから床へと移動する。 
 バリカンのバイブレーションを頭皮に感じる。ハッキリと。
 ――ああ〜、この感触・・・。
 バリカンの感触が病みつきになりかけている自分が怖い。
 さらにバリカンは動く。髪も動く。
「どうだ、歯っ欠け坊主、今の気分は?」
 道春が意地悪く訊ねる。
「あっ・・・ああっ・・・」
 言葉が出ない。
 髪を刈られながら、激しい快感をおぼえていた。
 自分がこの数ヶ月で身体を鍛えあげたのと同様に、オヤジも丸刈りカットの腕をあげている。
 乱暴に刈り払っているように見えて、いや、乱暴なんだけど、バリカンや指を使い、M女のツボをさりげなく、巧みに刺激してくる。
 ――やるわね、オヤジ・・・あああ〜、そ、そこ、そこは・・・
 たまらない。感じてしまう。
 それを見抜いていて、
「今の気分はどうなんだ、歯っ欠け坊主?」
と道春は重ねて訊く。
「おっ・・・」
 熱い吐息が漏れる。
「どうなんだ、ええ?」
「Oh,yeah・・・」
 思わず洋モノポルノチックな言葉が、口からこぼれた。
「お前はバカか!」
 ポカリとゲンコツを頂戴した。
「女性に暴力とは感心しないな」
 眉をひそめるオヤジに、
「気にするな。俺の流儀だ」
 道春は涼しい顔で言う。
 撮影クルーは一秒たりとも休むことなく、理髪店内での一部始終をカメラにおさめていく。
 無造作に髪が薙ぎ払われる。
 青い頭皮が外の世界に、待ちかねたように顔を覗かせる。
 バアアッ、と髪がバリカンの刃を滑り、クルクルと丸まって、ケープに落ち、ケープの傾斜を伝って、床に降り積もっていく。
 バリバリとまずは前頭部が丸刈りにされた。
「いや〜、尼さんは坊主頭の方が有り難味があるよなあ」
「そうッスか?」
 デジャブをおぼえるやりとりだ。
「前期ビートルズみたいな髪型より、ずっといいよ」
「いや、自分、別に前期ビートルズを意識してたわけじゃないッスけど」
「口答えしなくていいから」
「痛っ」
 バリカンでグリグリやられた。オヤジ、他人の暴力を批判しても説得力がない。
 ガガガガガァー、とバリカンが両の鬢を剃りこむ。
 オヤジはここぞとばかりに、官能テクニックを駆使する。
 ――あっ・・・ああ〜・・・
 オヤジの「術」を存分に味わう。頭が性感帯になったかのようだ。えもいわれぬ快感に打ち震える。
 カメラの存在がM的な悦びを増幅させる。
「歯っ欠け坊主、いいザマだな」
という道春の嘲りも快感に拍車をかける。
 ――おっ・・・おお〜
 また、熱い吐息がこみあげてくる。
「Oh,yeah・・・」
 吐息とともに、れいのポルノチックワードが口をついて出る。撮影クルーの一人が、プッと吹いていた。
 頭髪は溶けるように消えていった。
 ホストクラブでチヤホヤされていた「陛下」の姿はとうになく、勇ましく凛々しい「女弁慶」へと生まれ変わらされていく。
 みるみる男前になっていく自分の首から上。
 オヤジのテクとあいまって、恍惚となる。
「副住さん、随分マッチョになったねえ」
 オヤジは今頃になって感心している。
「最初、見違えたよ」
「ウッス、だ、だいぶ鍛えたんで」
「やっぱり、御輿担ぎのために?」
「そ、そ、そうッス」
「気合い入ってるじゃないか」
「うっ、ウッス」
 話しながらもオヤジはバリカンや指で、官能を刺激してくる。
 ――ああ・・・ダメ・・・そこは・・・ああっ! ああ〜!
 のたうちまわらんばかりの悦楽。
 なんだか体育会系の合宿所で、先輩からオナニーの手ほどきを受けるダメ部員(勿論童貞)のような。
 バラバラと長い髪が落ちて、
 ヴィイイーン、ヴイイイイイン
 ジャジャジャジャ〜〜
 気づけば、頭が軽すぎる。
 寒々とした坊主頭になった自分が鏡の中にいた。こっちを睨んでいる。
「いい面構えになったぞ」
 道春に初めて褒められた。ミサイルでも降るんじゃないか。
 剃刀をあてられる。頭の皮まで剥ぐつもりか?というほどの強さで、ゴリゴリと剃られた。
 剃り上がった頭にローションをすり込まれる。
 ツルツル頭が店の照明に反射して、光っている。
「お疲れ!」
 ペシッと坊主頭をはたかれ、
「ありがとうございましたっ!」
「あいよ、ホレ、特別サービス」
 オヤジに「ご褒美」の飴玉を口に押し込まれる。
「ごっつぁんです」
「御輿担ぎ、頑張ってくれよ」
「ウッス」
と答える容海の頬はリンゴのように真っ赤だった。
「トンデモな断髪だったな」
「編集でどうにかするしかないですね」
 鷲津と丸根がヒソヒソ囁き合っていた。

 店を出てから、
「あの店主・・・バリカンひとつであそこまで、この歯っ欠け坊主を仕込むとは侮れん。俺もまだまだ修行不足だな」
と道春は感服していた。
「歯っ欠け坊主」
「はひ?」
 飴玉をしゃぶりながら返事をしたら、
「俺も今夜、貴様に“特別サービス”をしてやろう」
 ――えっ? えっ? 特別サービス?! 今夜?! まさか、まさか?!
 女心は揺れまくる。
 ――そんな急に言われても・・・心の準備が・・・お互い、お坊さんと尼さんだけど、いいの? いいの?
 その夜、容海は道春によって、剃ったばかりの坊主頭にお灸を据えられた。
 慣用句ではなく、字義通り、モグサを頭にのせられ、火をつけ、思い切り熱せられた。
「道場名物、“悪罵灸(おばきゅう)”だ」
 健康促進、気合い注入の効果があり(あるいは、制裁法のひとつとして)、道場に古くから伝わっているらしい。
「ぬほわああぁぁ!! 熱っ、熱いっ! 熱いいぃぃ!! ぐっ、うぬっ」
 容海は悲鳴をあげ、坊主頭をプルプルさせながら、苦悶していた。
「動くな」
と道春に首根っこを押さえられて、ジリジリ熱せられた。
「気合い入ったかい?」
 これも道場生の醍醐味さね、と母は悶える娘を見て、ニコやかに微笑んでいた。
 後頭部にお灸の跡がクッキリとできた。
「何ヶ月かすれば消える」
と道春は言うが、お灸の跡を残したまま、御輿担ぎに出るのかと考えると、暗澹とした気持ちに陥る。
 ドキュメンタリーの撮影のときは、
「後頭部は映さないでね」
と頼んでいる。
「じゃあ、その代わりといってはなんですが――」
 撮影班は褌姿のショットを要求してきた。
 渋々OKした。
 六尺褌を着け、サラシを胸に巻き、ねじり鉢巻、そしてスキンヘッドは、筋骨隆々の身体に、見事にフィットしていた。
 「女弁慶」出陣!
のショットに、
「素晴らしいですよ!」
 鷲津も丸根も絶賛を惜しまなかった。
 編集の段階で、このショットの隣に「四年前の榊さん」とのテロップ入りで、黒髪ロングヘアーにスーツ姿、華奢な身体でモデルっぽくポーズをキメるOL時代の写真が並べられ、ダイエットの広告みたいに「現在」との差異が強調されていた。
 褌姿で、カメラに向かって、
「今年こそは頑張ります!」
とガッツポーズした。
 後日テレビで放映された番組は、この容海のガッツポーズの静止画で終わっている。
 静止画に次のようなテロップがかぶせられていた。
『この翌日、榊容海さんは過酷なトレーニングによる疲労骨折を発症し、緊急入院しました。
 医師の診断の結果、苦渋の決断ではありましたが、榊さんは今年の御輿担ぎを断念するに至りました。
 当番組は榊さんが来年こそ、「女弁慶」の勇姿を御輿担ぎで見せて下さることを、心から祈っております。』

 ――なんだったんだろう、この数ヶ月間・・・。
 病室のベッド、容海は自問する。
 丸い頭に手をやる。筋肉ムキムキの身体を見る。鏡でお灸の跡を確認する。
 ――一体なんだったんだろう・・・。
 ふたたび自問する。
 全てが徒労だった。
「柳原さんから葉書が来てるよ」
と母が病室に入ってくる。
「読みたくない! 読みたくな〜い!」
 恐ろしすぎて、とても目を通す勇気がない。
 本山から見舞い品を頂いた。本山側としても、「女弁慶」という一種の「広告塔」に冷淡ではいられなかったのだろう。
 本山と容海とのパイプ役である田口サンは多忙らしく、代わりに細川堅忍(ほそかわ・けんにん)という若い尼僧が、見舞いの品を届けに来た。
「災難でしたわね」
 頭をきれいに剃りあげた堅忍は、気の毒そうに言う。そして、
「また来年がありますよ」
と見当違いすぎる慰めの言葉をかけてくれた。
 ――来年もやるのォ〜?!
 迷惑以外の何物でもない。いい加減カンベンして欲しい。そろそろ「女弁慶」から解放してもらいたい。
「いや、アタシは、もう本当に、御輿はご辞退申し上げますので・・・」
「何仰ってるんですかぁ〜」
 堅忍は容海の気持ちなど知る由もない、
「リベンジですよ、リベンジ! 榊さんは私たち尼僧の希望の星なんですから。田口さんも私も、来年こそ、榊さんがまた御輿を担げるよう、全力で運動いたします」
 一方的に盛り上がって帰ってしまった。
 ――なんてこと・・・。
 意識が遠のく。
 ――トホホ・・・
 泣きたい。
 そのとき、
 バッ
と病室の出入り口に大輪のバラの花が咲き乱れた。
 ――何? 何だ?
 花の陰から、クマが現れた。
「副住さん、具合はどうだい?」
 片倉小次郎がでかいバラの花束を抱えて、立っていた。
 床屋のユニフォーム姿ばかり目にしているので、今日のダッフルコートにセーターという私服姿は新鮮だ。クマ男はクマ男だけど。
「入院したって聞いたからさ、見舞いにでもいこうかなと思って。今日店休みだし」
「ああ、それはどうも」
 いきなりの電撃侵攻に、あっけにとられながらもお礼を言う。
「お花持ってきてくれたのね、嬉しいわ。ありがとう」
 内心、
 ――ガラにもないことしちゃって。
と思ってたりもする。
「副住さんの年の数だけのバラの花さ」
「まあ」
「ホラ、ちゃんと33本」
「アタシは31よッ!」
 目を吊り上げ、坊主頭を振り立てて猛抗議したが、
「あっはっは、そうだっけ? まっ、31歳も33歳も変わらないって」
 やっぱりオヤジはどこまでいってもオヤジだ。人間やり慣れないことをやるものではない。
「まったく失礼しちゃうわね」
 頬を膨らませる容海。
 しかし、オヤジの意外な趣向に悪い気はしない。
 ――でもアンタは「非常食」だけどね。
「俺が活けてやるから、副住さんは横になっててよ」
とオヤジは花と花瓶をもって、一旦病室を出て行った。
「榊さん、あの人、榊さんの彼氏?」
 同室のオバサンや女の子たちが興味津々で訊いてきたが、
「ないない」
 思い切り否定してやった。
 「非常食」に手をつけるつもりはない。
 ――あれ?
と思う。
 坊主頭、無意味にマッチョな身体、お灸の跡、骨折、御輿担ぎ失敗・・・。
 ――今ってもしかして・・・
 ものすごい「非常時」ではないのか。
 ――あら? あら? あら?
 急に焦りをおぼえる。居ても立ってもいられない気持ちになる。
 ――落ち着け・・・落ち着いて、アタシ・・・。
 「非常食」の足音が病室へと近づいてくる。コツ、コツ、コツ、コツ――
 ――とりあえず――
 容海はほくそ笑む。
 ――オヤジにいっぱいワガママ言って、困らせてやろうっと。
 しかし、容海は知らずにいる。
 この二分後、クマオヤジが用意している
 バリカンサプライズ
を(容海の母もグルです)。

「副住さん、髪伸びたね。俺が刈ってやるよ」
「うっはあぁ〜! どうりで話がうますぎると思ったさぁぁ〜!」
 ヴイイィーン、ジャジャジャジャ〜
「Oh,yeah・・・」


(了)



    あとがき

 いつもお読み下さり、ありがとうございます♪♪  懲役七〇〇年、100本目の小説は、「女弁慶」です(^_^) 
 100本書いたかぁ、と感慨深いです。こうして好きな小説が書ける環境にあること、書いたものを発表できる場、読んで下さる方がいらっしゃることに心から感謝しています!
 自分としては記念すべき100本目なので、スタートから「一巡」の気持ちをこめ、「女弁慶」の榊容海女史に三度ヒロインを張って頂きました(^^)
 実は、冒頭の部分はすでに六年前くらい、「女弁慶ふたたび」とほぼ同時に書きかけていて、今回その続きを書いて、完成に漕ぎ着けました。
 不思議と回顧モードにはならなかったです。ってゆーか、悪戦苦闘?(byモア殿) かなり、あーじゃない、こーじゃない、と悩みながらの運筆でございました。
 完成度はあまり気にせず、一種、「お祭り」として、色々なキャラに登場してもらいました(おかげで長くなってしまいました・汗)。
 書き上げてみて、結構満足しています♪
 最後までお読み下さり、感謝感謝です!
 今後とも懲役七〇〇年をご愛顧頂ければ幸せです(^_^)




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