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girl's terrible hair cut 〜鈴宮ハルカの断髪〜


   (1) 因果

ネット掲示板で面白いカキコを発見した。

【7時12分】
バタコの笑い声で起床。顔を洗う。顔がぬれて力が出ない。歯は磨かない。俺には歯がない。
【7時22分】
朝食のかわりに顔にアンコをつめる。頭が重くてイヤになる。
「パトロールにいっておいで」ジャムだ。うるせぇんだよ。俺は警察じゃないただのパンなんだ。
「気をつけて!」うるせぇよこのバタコが。
【7時35分】
だるいパトロール出発。庭ではうるせぇ犬が喚いている。殺すぞ。
【7時43分】
「助けて!!」カレーが叫んでいる。俺にどうしろっていうんだよ。
【7時50分】
カレー救出。バタコにビーフシチューを入れられたらしい。うだつのあがらないやつだ。
【8時03分】
今日は曇りだ。気分が盛り上がらない。早く工場へ帰りたい。
【8時46分】
バタコがニヤニヤしている。
【9時30分】
早朝パトロール終了。
【9時45分】
おなかがすいた。頭にアンコを詰める。また頭が大きくなる。
【10時11分】みんなでダンラン。バタコの笑い声にみんながいらつく。
【11時20分】「よくきたな!アンパンマン」相変わらず元気なヤツだ。
「やめろ!カバ子ちゃんを離すんだ!」んなことはどうでもいい。カレー早くこい。
【11時40分】カビルンルンに襲われる。臭い。顔が湿って。。
【11時42分】「アンパンマン!大丈夫!?」バタコだ。タイミングがよすぎる。
一体どこから見ていたんだ?
【11時43分】「新しい顔よ!!」さようなら、アンパンマン127号。
こんにちは、アンパンマン128号。バタコがニヤニヤしている。
【11時46分】「いくぞっ!ア〜ンパ〜ンチ」ただの右ストレートだ。
「バイバイキ〜ン」この台詞には飽き飽きしている。
【11時49分】戦闘終了。「大丈夫?」格好だけ聞いてみる。
【11時53分】「アンパンマン!助けにきたよ!」遅い。遅すぎる。
うだつの上がらないやつだ。
【12時30分】帰宅。工場前で犬が127号を食べていた。
バタコがニヤニヤしてこっちを見ている。いやがらせか?殺すか?
【12時50分】仮眠。
【14時30分】起床。蟻に襲われる。「誰か・・・!」こんな姿見せれない。
【15時49分】完食。
【17時21分】カレーに発見される。
遅い。遅すぎる。いまさら助からねぇんだよ。うだつの上がらないやつだ。
【17時30分】バタコがニヤニヤしていた。朝からニヤニヤしてたのは
ジャムじじいと寝たかららしい。あんなじじいが好みなのか?みているだけでいかがわしい。
バタコだけ殺してやった!ジャムじじいがバタコの肉でお手玉している。
明日からバタコのかわりは絶対シズカちゃんがいい♪
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ネット内では、この文章を改変して、幾つかのパターンが存在し、ネタ職人たちが各々腕を振るっている。
早速、実話を元に、改変し、投稿する。

【7時12分】
父の呼ぶ声で起床。ブラッシングする。二日酔いで気持ちが悪い。歯は磨かない。どうせキスする予定もないし。
【7時22分】
朝食の前に「重要な話」とやらを聞く。話題が重くてイヤになる。
「寺を継げ」住職の父だ。うるさいわね。アタシは長男じゃない。お寺の子供だけど、女だし、平均的なフリーターなんだ。
「お姉ちゃん、尼さんだ〜」うるさいよこのバカ妹(学生)が。
【7時35分】
キツイ剃髪修行拒絶。仏間では老いた母が祈っている。やめてよ。
【7時43分】
「お前しかいないんだ!!」父が懇願している。アタシにどうしろっていうのよ。
【7時50分】
出家承諾。準備にはすでに整っているらしい。手回しのいいことだ。
【8時03分】
今日は曇りだ。気分が盛り上がらない。尼さんなんかになりたくない。
【8時46分】
高校生の陽一がニヤニヤしている。
【9時30分】
亡き先代住職(祖父)への霊前報告終了。
【9時45分】
ちょっと泣いた。カバンに修行の荷物を詰める。もうすぐ頭がツルツルになる。
【10時11分】みんなでダンラン。家族の無責任な笑い声にいらつく。
【11時20分】「聞いたよ!尼さんになるんだって?」相変わらず元気な友人(♀)だ。
「頭剃るの?いつ?」んなことはどうでもいい。代わってくれ。
【11時40分】バリカンで頭刈られる。痛い。刃が鈍って。
【11時42分】「ミツキチャン!出家するんだって!?」近所の吉田さんだ。タイミングがよすぎる。一体誰から聞いたんだ?
【11時43分】「新しい頭だぞ!!」さようなら、二十年間慈しんできた髪の毛。
こんにちは、剃髪姿。みんなニヤニヤしている。
【11時46分】「髪を断ずるは愛根を断ずるなり」(by父)ただのクリクリ坊主だ。
「イッキュウサ〜ン」(by妹)この連想には飽き飽きしている。
【11時49分】剃髪終了。「似合う?」おそるおそる聞いてみる。
【11時53分】「お姉ちゃん!やっぱり俺が寺継ぐよ!」遅い。遅すぎる。
頼り甲斐のない弟だ。
【12時30分】読経。昼食前に母が切った髪を泣きながら捨てていた。取っといてよ!
隣のガキが垣根越しにニヤニヤしてこっちを見ている。いやがらせか?見ないで!
【12時50分】不貞寝。
【14時30分】起床。イケメンの宅急便屋さんに来られる。「誰か・・・!」こんな姿見せれない。
【15時49分】脱走。
【17時21分】すぐに発見される。ボウズ頭じゃな・・・。でも
早い。早すぎる。いまさら逃げられないか。寺に生まれた娘の運命ってやつだ。
【17時30分】家中がバタバタしていた。朝からバタバタしてたのは修業道場行きが明日だかららしい。そんなに急なのか?考えるだけで恐ろしい。
袈裟姿だけ披露してやった!父住職が取って置きのウィスキーで乾杯している。
明日からシゴかれるよ。絶対寺なんかに生まれない方がいい♪
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投稿完了。
にやにやする。

最近、知人の寺娘のミツキがこんな感じで、ドタバタと寺を継がされた。
朝、常の如く、バイトに行こうと起きて、夕方には尼さんができあがっていたらしい。翌日には道場に向けて、出発したという。ご愁傷さま。
まさか酔っ払って床についたときには、翌々日、クリクリ坊主になって、道場の門前で「頼もう!」と声を張りあげてる自分の未来など、想像しろって方がムリな注文だ。
このネタに登場する「相変わらず元気な友人(♀)」というのは、何を隠そう私である。
もうね、急をきいて、彼女に電話かけたんだけど・・・。
クックックッ。
同情したフリしながら、ニヤついてました。
まあ、名僧知識になってくれ給え。
ミツキのヒサン話を肴に親友のマナミと、大いに盛り上がった。
坊主頭になったミツキを思い浮かべて、ゲラゲラ笑った。
「大変だよね〜」
「ハルカ(私のこと)は大丈夫なの?」
「ウチは、ホラ、孝之に行かせてるから」
中国の古い諺に
「良い鉄は釘にならない。優れた人間は兵士にならない」(大意)っていうのがある。
その諺になぞらえて、わが○○寺派には、こんな法則が存在する。

曰く、
美人の寺娘は尼にならない。

なぜなら、美人の寺娘は彼氏を婿養子にして、僧侶にさせるから。
修業道場には彼氏のいない不美人な寺娘出身の尼のみが集まる、と。

実際、私は結婚を約束した彼氏の孝之を、僧侶にして、修行に送り込んでいる。安泰だ。
「まあ、どの世界でも美人は得だよね〜( ̄ー ̄)ニヤリッ」
「自分で言うな」
とツッコまれ、またニヤリ。

その二日後。
ブイーン。ジョリジョリ。
私の頭上を、バリカンが通過した。
「アレ?」
バサッ。


   (2) 孝之

交際三年目の孝之が修行に旅立つ前夜。
「体に気をつけてね」
と、しおらしい「待つ女」を演じた。
「心配すんな」
孝之は私の肩を抱いた。
「俺が立派にオツトメを果たして、寺を継いでやっから、大船に乗ったつもりでいろ」
頼もしいコト言ってくれる。ボウズ似合ってるよ。
「浮気すんなヨ」
「大丈夫だって。港は動かずに船の帰るのを待ってるよ」
「お前のためにガンバるよ」
「なんか幸せすぎて怖いなあ(*´▽`*)」
後継者問題解決。寺の長女としての責任も果たせたし、大好きな孝之とも結婚できる。やがては「住職夫人」。順風満帆。\(#⌒0⌒#)/地球って私を中心に回ってるんじゃないだろうか。
その晩は、「出征前」の孝之、いや修行僧、孝慶はすっかり昂ぶって、もうね、すごかった。
下半身トロットロに溶けちゃいそうなくらい。
睦言を交わす。
よくある「子供は何人欲しいか?」って話題。「二人くらい」と、よくある人数に落ち着く。
「女の子がいいなあ」
と言う孝之に
「ダメだよ」
「なんでさ?」
「女の子じゃお寺、継げないじゃん」
「じゃあ、女と男、ふたりずつ作ろう」
「そんなにぃ〜?!」
「いいじゃんか」
孝之が私の髪を優しく撫でた。出会った頃は、茶髪のショートだったが、孝之の好みで、三年かけて伸ばして、現在はサラサラの黒髪ロング。
「ふたりで寺、守っていこうゼ」

・・・とかカッコイイ台詞をキメてくれた婚約者は、二週間もたたずに、修行先からトンズラ。
おいおい、マイハニー・・・。
高層ビルの屋上に上ってハシゴをはずされた気分だ。
潜伏中の彼の自宅に、おっとり刀で駆けつける。

「悪ィ悪ィ」
テメー、全然悪いと思ってねーだろ、とハラワタが煮えくり返る。
「やっぱシャバはいいよなあ」
二週間足らずぶりの我がフィアンセは涼しい顔でタバコをふかしていやがる。
「どういうことよ!」
血相変えて詰る私に、彼は居直り強盗よろしく、白けた目を向ける。
「だってよお。あんなに修行がキツイとは思わなかったゼ。おっかねえ先輩はいるしよォ」
グチグチと修行哀話に雪崩込むのをさえぎって、
「住職になって、アタシと一緒にお寺やってくれるって約束したじゃん!」
「ああ」
レンタルビデオの返却日を二日ほど忘れてた、みたいなリアクションを返された。
「やっぱ俺、坊さんには向いてないわ。お前には悪いと思ってるけどさぁ。俺、ホントは店やりてぇんだ、洒落たカフェっぽい感じのさぁ。良かったら、お前も一緒に・・ぐわっ!」
三年に及ぶ交際&婚約&素晴らしき将来設計は、私のドロップキックで終止符を打ったのだった。


   (3) 窮鼠

震撼。動揺。混乱。
我が大空寺、最悪の日はまだ暮れない。皆、途方には暮れてるけど。
母は布団をかぶって、寝込んでしまった。
「アタシは最初ッから反対だったんだよね。あんなチャラ男」
と、重い沈黙を破ったのは、妹のアカネ。
アンタ、孝之のこと、「オニイチャン」とか言って、メッチャ、コビ売ってたじゃんか!
「あの男の得度費用、結構かかったんだよなあ」
父が私を恨めしげな目で見る。
私が悪いんですか? 全部私のせいなんですか? 私が一番の被害者のような気がするんですけど・・・(TwT)
鳩首。家族会議。紛糾。
祖父母も、父も、妹も、だいぶヒートアップしている。私のみ沈黙。次期住職夫人直行便のファーストクラスから、一夜にして針のムシロへ。
「どうすんだ!」「こんなの寺の恥だぞ!」「アカネ、お前の彼氏に代打を頼めないか?」「ムリだね」「もう檀家にも報告しちゃったんだよ」「なんてこった!」「あ、Mステはじまった」「そんな場合じゃないだろ!」「あ〜あ〜、誰かさんの男を見る目がないばっかりにさ〜」
皆、借金取りのような目で、私を見る。
「・・・やっかましいなあ(#゛― ―)」
「ん? なんだ、ハルカ?」
「やかましいっつってんだよッ!」
ブチ切れた。遠山の金さんばりに、片膝たてて啖呵をきった。
「わかったよ! アタシが継ぎゃあいいんでしょっ! 修行でも何でも行ってやるよッ!」
とりあえず、キレておいて批判を封じ、この危地を脱しよう。打算と保身が働きまくっている。
よもや、娘を修行僧に仕立てあげる覚悟が家の者にあるとは思えない。
が・・・
「そうだねえ」
祖母がうなずいた。
「○○寺のミツキちゃんもこないだ得度して、いま修行中だし、ハルカがやるって言うんなら、ねえ?」
「え?(゜Д゜)」
「良く決心してくれた! さすがは俺の娘だ!」
「え?(゜Д゜)」
「お姉ちゃんカッコよかったよ!」
「いや・・・あの・・(゜д゜三゜д゜)」
「これからの時代、女の子が後継者だっておかしくないわよねえ」
寝込んでたはずの母がいつのまにか復活している。
「ついでに男を見る目も養って戻って来い」
先代住職の祖父がトドメの一言。
「あの・・・え?・・・」
どうやら、覚悟が必要なのは私らしい。


   (4) 奈落

因果応報。
ミツキを笑ってた私が、ミツキとまったく同じ運命に。
火事場みたいな騒ぎに呆然となる。不渡り手形を出す寸前の会社のようだ。実際、大空寺の命運がかかっている。家族一同、必死だ。
「ハイ、そうなんです。無理を承知でお願いします」
母はアチコチの修業道場に電話をかけまくって、不肖の娘を押し込もうと懸命だ。寝てろよ!
父とアカネは、孝之の家に急行し、修行用の衣類やら道具やらを取り返してきた。ゲス野郎のおさがりを使えってか?
「そうですか〜、やはり無理ですか〜。失礼いたしました」
母、電話を切ると、ため息。
どこの修行道場も、入門シーズンは過ぎてしまっている。今頃、入れろったって難しい。
「どこもダメじゃあ仕方ないよね〜。今年は諦めるよ」
口では殊勝なことを言うが、心でガッツポーズ。助かった! 尼さんにならずに済む。
一年、 いや半年、猶予をくれれば、また新しい、孝之なんかよりもっとホネのある男ゲッ
トして、婿養子にしてみせる。私の美貌なら可能だ。
「せっかくハルカがヤル気になってくれたのにねえ」
「残念だな〜」
笑顔を堪えるのに懸命な私。
「ごめんよォ」
近所のご隠居のケンさんだ。祖父と一局うちにきたのだろう。
さあ、諸君、悔やんだって、こぼれたミルクは飲めないのだ。解散、解散。明日から新たな気持ちでやり直そうじゃないか。
しかし、事態は意外な展開をみせる。
「そりゃあ大変だねえ」
事情を聞いたケンさんが、Y山のG学院にコネがある、そこではどうか?と余計なお節介を焼きやがったのである。
「G学院?!」
父が素っ頓狂な声をあげる。
「知っておるのか? 住職」
「あ、あの苛烈な荒修行で知られ、普通の寺の子弟すら入学を避ける、地獄の異名で知られる、剃髪必須の道場か?!」
「お父さん、ナニ、その説明台詞」
父とアカネの漫才など耳に入っていなかった。め、眩暈が・・・。
「ちょっくら電話借りるよ」
ケンさんは私や家族の返事も聞かずに、さっさと受話器をとりあげると、G学院に電話をかけ、
「伊藤サンいるかい? 崎山だけど」
とコネをたっぷりきかせて、実はアンタんとこに入学したいってお寺の娘さんがいてね、門派は違うんだがね、いまからでもいいかい?と交渉を開始した。
「そこを何とかさあ。俺の顔に免じて。頼むよ〜」
ケンさんは、祖父たちの前でいいカッコしたいらしい。
オイオイ、ジイサン。
電話中のご隠居を、焦点の定まらぬ目で見る。
なんで皆が嫌がるモーレツ道場に、頭をさげてまで入らなくてはならないのだ。いや、マジで。
「頼むよ〜。長年のよしみでさあ」
オジイチャン、ホントにいいから。マジやめて。
断れ、と電話の相手に、テレパシーを送る。
「そうかい? ああ、うん、OKOK。悪いね〜」
ケンさんは上機嫌で受話器をおき、振り返った。満面の笑みで、
「明後日、来てくれって」
「あ、明後日?(・◇・;)」
呆然とする家族を尻目に、空気の読めないご老体は、やったゼと言わんばかりに、親指を立てている。
・・・私にはエスパーの素質がないようだ。
エビス顔のご隠居は、私にとって地獄への水先案内人だった。
「よ、良かったじゃん、お姉ちゃん、修行先見つかって」
アカネ、顔ひきつってるよ。
「まあ、アレだ。人生いろいろあるさ」
お父さん、アンタはコイズミ首相か?
だだ一つこれだけは言える。
私はあと24時間以内に丸ボウズになるのだ。((( ;゚Д゚)))ガクブル


   (5) 遥慶

父親が「遥慶」という僧名を二十秒で考えてくれた。なんて有難みのない尼僧誕生なんだ。
行くだけ行って脱走するか?
できない。
彼氏が逃げ、代わりに修行に行った私まで逃げ帰れば、わが一族は、もうお天道さんの下を歩けない。
こうなりゃ、やるっきゃねー!
一世一代の根性をふりしぼるしかない。
「髪の毛は四丁目のカタクラサンに頼んどいたから。二時に予約入れてあるわ」
お母さん・・・。
もう「娘が不憫で・・・オヨヨヨ」とか悲劇の母親を演じてる余裕もないんだね。
「カタクラサンてさ、坊主マニアで有名だよね〜。客に坊主刈り注文されると張り切っちゃってタイヘンらしいよ。高校時代の野球部の連中もさ、あの店で丸刈りにしてたんだけどね、もう体育会式に、頭押さえつけられて、バリバリ気合い入れられまくるんだって」
そうか処刑人はドSなのか・・・。アカネ、有益な情報ありがとう。おかげで、固まりかけた決心、ボロボロ崩壊してるよ。
剃髪まであと三時間。
余命三時間しかない有髪姿。
何をしよう。
1・最後のシャンプー&トリートメント。
2・色んなヘアアレンジをして名残を惜しむ。
3・美容院に行く。で、先週、雑誌でチェックして、近いうち挑戦しようと楽しみにしていた巻き髪にして、束の間、現実逃避。
いっそ、ジョキジョキ、セルフカットして遊ぼうかなあ。
変になっても構わない。どうせ、もうすぐ坊主になるんだし。
「お姉ちゃん、お昼、Rバーガーで食べようよ。お姉ちゃん大好きだったじゃん。アタシおごるよ」
随分安あがりの壮行会だな〜。もっといいもの食べさせて。
「で、それからカタクラサンとこ行けばいいよ」
「じゃあ、お母さんも一緒に行くわ」
逃がさねーぞ、っていう家族の意思をヒシヒシ感じる。

「いらっしゃいませ〜。店内でお召し上がりですか?」
とバイトの女の子がにこやかに訊いてくる。
まさか、
「チーズバーガーとレモネード。あとチーズケーキ」
と言ってるロングヘアーの女性客が、一時間半後には丸坊主の尼さんになる予定だとは、凡人には思いも及ぶまい。奇妙奇天烈な優越感を抱く。
現金なもので、好物を食し、空腹が満たされると、だいぶ落ち着いた。
ファーストフード店を出る。
商店街を歩く。
でかい電気店の店頭にディスプレイされている大型液晶テレビのモニターが視界に入った。
映画のDVDが流れている。何の映画だろう? どれどれ・・・

デミ・ムーアがバリカンを握って、長い髪をジョリジョリ刈っていた。

ぬおおおおお! 見ちゃった! 見ちゃったよ! Σ(゜д゜|||)
「お、お姉ちゃん、あ、あそこに新しくコンビニができたんだよっ!」
心優しい妹が電気屋とは反対の方角を指さすが、時すでに遅し。
集団で斬首される場合、先にギロチン台にあがった者はラッキーだという。なぜなら、後に続く者は、前の人間が首チョンパされるのを目撃して、自分もああなるんだ、とビビりまくるから。
「そう・・・コンビニがねえ・・・町も変わってくんだね〜」
妹の気遣いに応えながらも、虚脱状態。視線は、満足そうに坊主頭をさすってるデミに。
バリカン!
ボウズ!
くらり。
迫り来る現実に、意識が飛びかける。
「さ、行こっ、お姉ちゃん」
「そうだねえ。もうすぐ二時だからねえ」
妹も母も目が泳ぎまくっていた。
時計は一時半をまわっている。


   (6) 熊男

この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ

理髪店の前でふとこんな一節が、脳裏をよぎった。
誰の言葉だっけ?
誰でもいい。
重要なのは、この扉を入ったが最後、出てくるときはピカピカの尼さんになっている、という非情な事実である。
立ちすくんでいたら、母と妹にピッタリ両脇をサンドイッチされ、イン・ザ・バーバー。

生まれて初めて入った床屋の第一印象。
クッサイ!
何、この匂い? オジサンのヘアトニックの匂い?
「いらっしゃい」
クマみたいなオジサンがいた。
件の坊主マニアだ。
クマはコウサギの来店を待ち構えていた様子で、
「あの、二時に予約していた鈴宮ですけど・・・」
との母の言葉が終わらぬうちに、
「こっちにどうぞ♪」
散髪台に連れていかれる。否も応もない。なんて言うか「男の世界」だ。刈るか刈られるかしかない非情の世界。
ケープを巻かれる。 処  刑  準  備  完  了。
今日はどういった長さに?
って訊いてくれたら、迷わず、
毛先揃えるだけで
と答えてしまいそうな私がいる。
「大変だねえ」
とオジサンは言葉とは裏腹に、ホクホクとでっかい散髪バサミを取り出す。
もう坊主一択しかない。 8< 从;゚〜゚ノ| 
観念した。
元々、あのクズ男にすすめられて伸ばした黒髪ロングだ。
いい機会じゃないか! バッサリいってもらおう!
さあ! どっからでも来・・ジャキン!
「え?」
ジョキジョキジョキ・・あの・・ジャキン!・・いき・・ジャキンジャキンジャキン・・なりで・・ジャキジャキ・・すか?・・ジャキジャキ・・もう・・ジャキジャキ・・ちょい・・ジャキ・・待っ・・ジャキン、ジャキッ・・ちょtt・・ジャキジャキッ!・・あの・・ジャキジャキッ・・オジサn・・ジャキン! ジャキン! ジャキン!・・あの・・ジャキッ!・・まだ・・ジャキッ!・・心の・・ジャキッ!・・・・ジャキジャキッ・・備が・・ジャキジャキ・・か、髪・・ジャキジャキジャキ・・・・ジャキジャキッ!
オジサンは、チンピラヤクザをぶちのめす昔の映画スターのように、バッサバッサとロングヘアーを私から切り離していく。切り取った収穫物には一瞥もくれず、つまらそうにポイポイ床に放り捨てる。
さすが、坊主マニア、「前座」には興味がないらしい。
パサッ、パサッ、パサッ
髪が床を叩く音をきく。
母がそっと涙をぬぐってるのが、鏡にうつってる。今更遅いよ!(><)
アカネが、うわ〜、って顔をしている。
一分でちびまるこちゃんにされた。
ロングの自分と別れを惜しむ間もなかった。
「よし!」
とオジサンは「本番」の準備完了に、満足そう。
よし、じゃねーよ! オジサン!
「さてと」
オジサン、目、輝いてるよ。
「女の人の頭剃るの、オネエサンで二人目だよ。しかも二人とも尼さん」
「いつの話ですか?」
私に代わって母がクマの飼育係をつとめる。
「去年ッス。ホラ、あの海音寺の副住職さん、アレ、俺が剃ったんスよ」
まるでヤッたオンナみたいに自慢げに出された名前に、
「ああ、海音寺さんの」
母が反応した。
宗派は違うので、疎遠だが、海音寺の「庵主さん」の娘が去年、出家したのは知っている。
「両方とも美人で、剃り甲斐あるなあ」
オジサン、味をしめたな・・・。人肉の味をしったクマと、尼さんの剃髪に目覚めた坊主マニアは、危険だ。
ヴイイィーン
ナニ? ナニ、この音? どんどん近づいてくるけど?!〜?E 川・∀・;‖‖
オジサンの手にバリカンと私の運命が握られている。
嬉しそうだね、オジサン。きっと剃る側にしたら、こたえられないんだろうなあ。
なにせ、自分の手で普通の女の子を、尼さんに変身させられるんだもんなあ。
オジサンが私の長い前髪を持ち上げる。
もう取り乱すまい。深呼吸しよう。受け容れるんだ! クマ公に寺娘の根性みせてやる!
心拍音がパンキッシュなビートを刻む。
ドックン、ドックン、ドックン
鏡越しにアカネと目が合う。
アカネ、お姉ちゃんの生き様、その目に焼きつけな。(`・ω・´)
ドックン、ドックン、ドックン
アカネが猪木の顔真似をした。
あとで聞いたら、「リラックスさせてやろうと思った」らしい。
「ぷっ」
と噴出すのと
ジョリジョリジョリジョリ〜
とバリカンが頭上を通過するのが同時だった。
「アレ?」 
笑いと驚愕がミックスされた哀れな表情が、哀れなヘアースタイルとともに、鏡に取り残された。
ハラリ
そんなマヌケな持ち主に愛想を尽かしたように、ひとつかみの髪の毛が、ケープを滑り去る。
頭髪が青い国境線によって左右に分断される。
センベイかじりながらバラエティー番組観て、ゲラゲラ笑ってる「カタギの女」には、もう戻れない。
そりゃ、カタギって言ってもニートでしたよ。でも「ニート女」と「坊主女」なら、男は前者を選ぶと思うな、間違いなく。
ジョリジョリジョリ
人生二度目のバリカン。
左右の髪の距離が開いた。
わかりました。働きます。尼さんになって親孝行します。
ジョリジョリジョリ
シゴかれてこい、と喝を入れるかのように三度目のバリカン通過。
バサッ。
ロング美女→ちびまるこちゃん→落ち武者、の三段スライド方式。尼僧への道をノンストップでひた走っている。
アカネがまた猪木の物真似をした。完全無視した。
ケータイが鳴った。
「もしもし」
と出る。
『あ、ハルカ?』
マナミだ。
『おとといは楽しかったね〜』
そんなこともあったね〜。すごく懐かしい。
『あんま、ミツキをギャグネタにすんのやめた方がいいよォ〜?』
「うん」
もうしない。絶対しない。
『こないださ〜、居酒屋で会った慎司クンて男の子いたじゃん? 割とイケメンの』
「ああ、いたっけ?」
どんどん面積が減らされていく頭髪部分が気になって、会話に集中できない。
『憶えてる? タレントの誰かに似てるって言ってた男の子だよ。エ〜ト、誰だっけ・・・う〜んと・・・』
あの、こっちも立て込んでるんだけど。
『まあ、いいや。でね、その慎司クンがさあ、ハルカのこと、すっごく気に入っちゃっ”こないだの髪の長い娘のメアド教えてくれ”って、さっき電話で訊いてきてさ。ほんっとモテる女はいいねえ。メアド、教えていい?』
「髪の長い女がいいなら他所あたって、って伝えといて」
慎司なるイケメンが惚れた長い髪の女は、もうこの世にはいない。
『勿体な〜い。いいじゃん、孝之クン、いま修行中なんでしょ? ちょっとぐらい浮気したってバレないって』
状況は百八十度転換してるのだ。
「あのさ」
『なに?』
「坊主女フェチのイケメンがいたら、紹介して。できれば今日中に」
『ハァ? ナニ言ってんの?』
ホント、何言ってんだろうね、私。
『ところでさあ、来週の合コンだけどさ〜』
「ゴメン、アタシ、行けないや」
その頃には、どやされながら、雑巾がけしてるんじゃないかなあ。
『ちょっと、なんだよ、ソレ! また気まぐれ? この際だから言うけどさ、ハルカのそういうチャランポランなトコ、結構ヒンシュク買ってるんだよ。これは親友としての忠告』
「うん。肝に銘じとくね」
『急用でもできたの?』
「うん。・・・そんとき、もう家にいないんだ」
『旅行?』
「そんなトコ」
地獄に一年以上滞在予定。
『優雅な身分だね〜。寺娘はいいねえ。羨ましいよ』
「そうでもないよ」
なら代わってくれ〜!
『なんか、さっきから変な音してない? ジー、ジーって』
「ちょっとね」
『これからカラオケ行くかあ?』
「私、ムリ」
『付き合い悪ィなあ』
「ゴメン」
『今どこにいるの?』
「床屋」
『ハァ? 床屋? んなトコで何してんのよ?』
「坊主にしてる・・・」
『え? 聞こえない』<
KOUKISHI_ZENBU_05.JPG - 6,790BYTES 「坊主にしてんのっ!!(逆ギレ&顔真っ赤)」>>>>>>>>>>>
『くぁwせdrftgyふじこlp;@:』
ゴジラに自宅を来襲されたみたく慌てふためいている親友に、
「悟り開いてくるワ」
と捨て台詞を残し、電話をきった。
ケータイをあてていた右耳あたりのサイドの髪だけが、ダラリと垂れさがっていた。
椅子はいつの間にか、白い床の上から、黒い草原の上に移動していた。
頭がすごい軽い。2、3kgは減量したんじゃないか? どんなデブでも羨まないダイエットである。ハァ〜。('A`)
オジサンは暇を持て余して、すでに剃り終えた部分に、バリカンをジョリジョリ這わせていた。嘗めまわすかのように。
ケータイをしまうやいなや、オアズケをくっていたバリカンが残り物に飛びつく。
ジャリジャリジャリ
バサッ
ジャリジャリジャリ
バサッ、バサッ
頭の上の草原が足元に移し変えらられていく。
頭は青く、床は真っ黒く・・・。
「おつかれさん!」
刈りあがった頭をオジサンが、ガアーッと力いっぱい、こする。痛いって!
顔にへばりついた髪の毛がチクチクする。
「サッパリしたろっ?」
「・・・・・・・」
母とアカネは、もはやリアクションもとれずにいる。
やっちゃった、と二人の顔に書いてある。
「すぐ慣れるって」
オジサンはノン気だ。
ザブザブと頭を洗われた。頭皮に直接、水の感触。ボウズを体感した。
そしてゾリゾリと剃刀でシェービング。

鏡で自分の姿を確認する。
ちっともかわいくなかった。
女は髪と化粧で随分救われてるんだなあ。シミジミ。
「涼しそうだな〜。夏とかいいよね」
アカネがかろうじてフォローした。もういいよ。いいんだって。お姉ちゃん、この現実、キッチリ受け止めるから。
「いいオンナになったよっ!」
オジサンに坊主頭を叩かれた。
ペチッ
尼僧「遥慶」完成を告げる音。
「あっ、忘れてたわ!」
と母。
「服のこと・・・」
そうだった。
坊主頭にブラウスとデニムのスカートというシュールな格好で、徒歩三十分の寺に帰らなくてはならない。
「作務衣で来ればよかったねえ」
「タクシーよぼうか?」
「イヤ、いいよ」
気を使う二人に強張った笑顔で、
「外の風に当たって頭冷やす」


   (7) 華燭

学院は男女共学だったが、まったくモテなかった。
坊主頭だから、というのはモテない理由にはならない。
現に同期生の安井英俊さんはモテまくってた。
入学前はまったくモテなかった、と本人談。じゃあ私とは真逆だ。

その英俊さんがこの度、結婚するという。
しかも相手は同期生。
かなりイケメンの坊さんだった。
私も目をつけて、いろいろモーションかけてた男。鼻もひっかけられなかったけど。
いいなあ〜。
私は仕事で忙しく、男どころではない。
「お姉ちゃん、今日こんなのきてたよ」
と今日、アカネが英俊さんの披露宴の招待状を持ってきた。
いや〜、アカネ。
アンタの尼さん姿、なかなか板についたよ。
尼さんが元尼さんの許に尼さんのハガキを運んでくる。早口言葉か?
結局、あれこれあって、大空寺はアカネの結婚相手の城二サンが継ぐことになった。
アカネも最近、ダンナを援護するため、得度して尼僧の道にはいった。
アカネの得度式、金かかってたなあ・・・。
レンジでチンな私の出家とはエライ違いだ。
私は現在、スカイチャンプルーってファミレスチェーンの本社でOLしてます。まあ、バリキャリってやつっす。
一人暮らしして、髪も伸ばしている。ようやくモテ女人生に復帰した。が、遊ぶ暇がない。社会人はツライや。
ていうかさ、なんか私、
剃り損、
シゴかれ損、
な気がするんですが・・・。
でも、ま、いいか。
なんて受け流せるほど大物になっちゃったよ。
「さ〜て」
招待状を前に腕まくり。
問題は「どうやったらウケをとれるか」である。
う〜ん。頭をポリポリかいて、
ハッ!
そうだ!
閃いた。
尼さんスタイルで列席しよう。

結婚式場に尼さん。

「オイオイ、葬式じゃないんだぞ」とツッコんでもらって大ウケ。イケル!
会社? ヅラをつければ無問題。
よっしゃ!
「デキる大人」っぽいセミロングをなびかせ、クマオジサンの店に車を飛ばした。
認めたくないが、剃髪するなら、あのオジサンの店以外に考えられない。
坊主マニアのクマに弄られるように、ジョリバリ、剃りあげられ、あいかわらず、かわいくない、性別不明の小僧遥慶に変身を遂げた。

そして、ボウズで臨んだ友人の披露宴。
会場には袈裟つけたボウズ頭の坊さん、尼さんがゾロゾロ。
か、かぶった!ガー――――煤i・д・lll)―――――ン
そういや、お寺の結婚式だもんなあ・・・。
普通に合掌してアイサツ交わしちゃった・・・。バカダナ、ワタシ・・・_| ̄|○
やさぐれて、ガツガツ料理食べてたら、五十代くらいの竹中直人似の坊さんにナンパされた。
「お前、器量はソコソコだけど愛嬌あるなあ。どうせ男もおらんのだろう? 俺の後妻にならんか? こないだ女房に逃げられてなあ」
新鮮な口説き文句だ。
バカにするな! 私はキッパリ言ってやった。
「文通から始めましょう」
ニート⇒尼さん⇒バリキャリ⇒ニセ尼さん⇒寺奥?
波乱に満ちた生涯だなあ、と省みて思う。
来週には女テロリストとして中東辺りにいるかも知れない。楽しきかな、わが人生。


                 (了)


    あとがき

シリアス物を書いていて(未だ完成せず)、その間、煮つまらないように、息抜きのつもりで書いた掟破り的なコメディです。
ネットで良く見かけるネタ系ブログを念頭において書きました。今まで髪をおろしてきたヒロインたちの中で、断トツのトホホ感が我ながらたまりません。ようやく自分の書きたいスタイルが見つかったというか・・・。これから、こういう物を書いていきたいなあ、と思ってるのですが・・・。
キャラ名は某ゲーム作品から拝借しましたが、名前を借りただけで、当然ながらまったく関係ありません。



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