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このアタシがマイバリを持つ・・・これが定めというやつか・・・


 中国には、
 好鉄不打釘 好人不当兵
という諺がある。
 良い鉄は釘にならないし、優れた人間は兵士にはならない、との意だ。
 この諺になぞらえて、ある宗派の○○寺派には、次のような法則が存在する。
 曰く、美人の寺娘は尼にならない
 まあ、例外は多々あるが、、
 美人の寺娘は、彼氏を婿養子にして、僧侶として寺を継がせる。
 美人じゃない寺娘は、婿に来てくれる彼氏がいないので、自分が尼となって、修行にいく。
・・・といった実状を戯画化して表現している。
 この稿の女主人公、野上真理奈(のがみ・まりな)は、残念ながら、後者だった。
 愛嬌のある垂れ目、きめ細かな肌、肉感的な厚い唇、とパーツパーツは悪くないのだけれど、それらが一箇所にまとまると、少々お多福気味で、まあ、その、なんだ、平安時代にでも生まれていたら、公達から恋歌を雪崩の如く貰えていたであろう、(生まれる時代を間違えたという意味で)残念な容姿だった。
 それでも、なんとか頑張って、彼氏をつくった。
 しかし、お寺の後継について――つまり、結婚して僧侶となって寺を継いで欲しい、と切り出すと、男は逃げた。
 二人目の彼氏にも、この間、逃げられた。
 ――もういい!
 真理奈は半ばヤケっぱちになって、そうして決めた。
 ――アタシが尼になって、寺を継ぐ!
 もう他人頼みはコリゴリ。自分の未来は自分でクリエイトするのだ。
 親に決意をうちあけると、親も喜んだ。出家の話は、トントン拍子に進んだ。
 あまりにスピーディーにことが運び、
 ――これで良かったのかな? ちょっと早まったかも・・・。
 真理奈は不安になった。
 両親の方が盛りあがってしまい、
「せっかくだから」
と宗門でも五本の指に入る超厳しい修業道場に、入門を申し込んでしまった。
 ――うわ〜! ちょっと、ちょっと、ちょっと!
 真理奈は完全に後悔する。
 当然ながら、その道場では修行僧は、頭を坊主に刈らねばならない。
 『頭髪は男女を問わず3ミリ以下とする』
と道場の規則書はサディスティックに謳っている。
 十年来、腰近くまで伸ばしてきた髪。
 彼氏や友人たちが、
「綺麗だね」
と褒めながら、触れてきて、戯れに三つ編みに編んだりと弄んできた、褒められて、真理奈もご満悦で、彼氏彼女たちの弄るに任せてきた、その髪を3ミリに断たなくてはいけないのだ。
 父に伴われ、修業道場に面接に行った。
 面接官(?)のお坊さんは優しそうな人だった。実際に穏やかで物腰も柔らかく、真理奈は安心した。
 が、面接が終わり、
「どうもありがとうございました」
と頭を下げると、お坊さんは、
「あのね」
と言いにくそうに、
「髪は入門前に切ってきてね。辛いだろうけど、規則は規則だから」
「はい」
 真理奈はこわばった顔で肯いた。
 ――坊主かぁ〜。
 帰りの新幹線の中でも、真理奈の気は滅入りっぱなしだった。

 一方、修業道場では、すでに修業中の若い男僧の卵たちが、この日面接に訪れた真理奈の噂をしていた。
 なにせ、尼僧の入門者は少なく、慢性的に女日照りなので、うら若き乙女が入ってくるとなると、スワとばかりに色めきたつ。
「おい、今日女の子が修行の面接に来てたぞ」
「ああ、俺も見かけた」
「すげーブスだったよな」
「やっぱり修行に来る尼さんは、ブス揃いだな」
「法則発動だな」
「そうか? まあまあカワイイと思うがなぁ」
「俺もあれはあれで結構アリだと思う」
「そうそう、一昨日面接に来てた女より、全然いいよ」
 真理奈の容姿について、評価は分かれる。
「それにしても、アホみてえに髪長かったな」
「そうそう、腰ぐらいまであったよね、髪の毛。バブルの頃に流行ってたみたいな髪型だった」
「それが、もうすぐ3ミリってか」
「あれだけの髪、一気に丸刈りにするなんて、どんだけ勇者なんだよ」
「勿体ない話だ」
「見た目そこそこ良くても、坊主頭じゃなあ」
「俺は、なんかメッチャ興奮するわ」
「このヘンタイめ」
 無責任に真理奈の話題に打ち興じる男子道場生たちだった。

 修行の日も近づいて、真理奈は知り合いのK寺を訪問した。
 K寺の若住職が、真理奈が入門する予定の道場出身だったので、そこでの生活のアドバイスを頂くためだった。父母も同伴した。
 詳しい話を聞けば聞くほど、厳しいところだ。怖い。「お嬢」の真理奈は泣きそうになる。そんな環境で一年も二年も耐えられるだろうか。
 話の最後ら辺で、
「あと、マイバリカンは持参した方がいいね」
という助言に、
「マイバリカン?」
 真理奈は呆けた顔になった。
「そう、坊主頭は修行中、ずっと保つ必要があるからね」
 修行先にも一応、バリカンはあるのだけれど、数が少ないので、
「取り合いになっちゃうから、自前のバリカンを用意しておいた方がいい」
 真理奈はクラクラと目眩をおぼえた。
 自室にはヘアアレンジやヘアケア関連のカタログが、書棚を埋めつくしている。
 ロングヘアーのケアに、月に万単位のお金が飛んでいる。
 美容院に頻繁に通っては、ヘアマッサージやヘアパックなどをしてもらっている。
 髪にいいという食品も、摂取している。
 暇さえあれば、髪の手入れをしている。
 ある美容室で、
「ショートヘアとかどう?」
と一言すすめられただけで、もうその店には二度といなかなった。それぐらいコダワリのある長い髪だ。
 髪長姫
というロングヘアーの女性が集うBBSで、マリーナというHNで、自身のロングヘアー体験を得意げに書き込んでいる。
 曰く――ロングヘアー歴十年以上ですが、切ろうと思ったことは一度もありませんね。
 曰く――初対面の男性とか、真っ先に私の髪に目がいきますね。やっぱりロングは男受けいいデスv(^^)
 曰く――バイト先の店長や同僚が「うちは飲食業だし、髪短くしたら?」と言ってきやがったので、ソッコーで辞めてやりました! 信じらんないです! ヤツら乙女の命を何だと思ってるんでしょうかねぇ。あ〜、また思い出してムカつくぅ〜!!
 曰く――この間、飲み会で、ある男の子と髪型の話で意気投合して、やはり男子は長い髪が好きみたいです♪ ロング最高!!!
 一度、ショートの女の子が「マリーナ」のレスに腹を立てて、BBSに乗り込んできて、「長い髪で容姿をごまかすな」「男に媚びた髪型」「衛生的にも良くない」とケンカを売ってきたことがあった。マリーナ――真理奈もヒートアップして、「ショートの女ってバカっぽい」「個性派ショート(笑)って勘違いしたサブカル系(笑)に多いよね」「ショートとかマジ女捨ててるwww」と散々やり合ったものだ。
 そう、そんな真理奈がついに「マイバリ」を所持する身となるのだ。
 ――うわあぁ〜! 嫌だぁ〜!
 のた打ち回るように思った。
 しかし、真理奈にできることといえば、せいぜい禁欲生活を前に、美味しいものを食べ歩くのが関の山だった。

 いくら現実逃避をしても、出立の日は迫ってくる。
 「マイバリ」を購入しなければならない。
 父親は職業柄、髪はないが、シックでスキンヘッドに剃っているので、真理奈の家にはバリカンはない。仮にあったとしても、他の人の使い古しはいやだ。
 入行の日まで数日を残した、ある日、真理奈は観念して「マイバリ」を買うため、電気店を訪れた。母と一緒に。もう二十代半ばなのに、未だ、親離れできていない彼女だ。
 店内の一角にあるコーナーで、母と二人でバリカンを選ぶ。これから、日々、自分の頭にあてることになる機械だ、いきおい真剣にもなる。
「これ安いわね」
「安物だと、すぐ壊れちゃうかも」
「Tさんが言うには、国産の方がいいらしいわよ。外国製のは痛いし、扱いづらいんですって」
「ここのコーナーにあるのは全部国産っぽいよ?」
 髪長姫、のBBSで、
『私は自分のロングヘアーに誇りを持っています。長い黒髪こそ、大和撫子のあるべき姿です! 今後も切るつもりは毛頭ありません! 長い髪を「綺麗だね」ってカレに撫でてもらう時が、私にとって至福の瞬間デス♪♪♪ もうこうなれば一生ロングを貫いちゃいます!!!』
と75日前、宣言していた「マリーナ」が、今このとき、マイバリを熱心に物色しているとは、BBS閲覧者はジョークネタでも思うまい。
「ねえ、ちょっと、アナタ」
 母がそばにいた店員に声をかける。
「はい!」
 若い店員さんはフレッシュな笑顔と身のこなしで、接客してくれる。顔も結構イケてる。
「バリカンをね、さがしてるんだけど」
「はい、バリカンですね!」
 店員さんはハキハキ応じる。
「やっぱりある程度、パワフルなのが欲しいのよねえ」
「そうですねえ〜」
と店員さんは棚に陳列されているバリカンを見回す。
「長い髪でも、楽に刈れるのがいいんだけど」
「長い髪でも」
 オウム返しに呟く店員さんに、
「そう、これくらい長くても」
と母は真理奈の腰の辺りの髪を触れながら言う。
「ちょ、ちょっと、ママ!」
 真理奈は、カアーッと顔を紅潮させた。母親のデリカシーのなさが腹立たしい。イケメンの店員さんに、これから坊主頭になることを知られるのも恥ずかしい。
「は?」
と店員さんは一瞬、キョトンとしていた。あるいは、「虐待」の二文字が脳裏をよぎっていたのではないだろうか。
 そんな店員さんの心中を察したわけではないだろうが、
「いえ、ね、この子、これから尼さんの修行に行くのよ〜」
 母はやたらと饒舌になった。
「尼さんだから頭を丸めなきゃならなくてね、それに、修行先でも坊主頭を保たないといけないでしょ? そうすると、二日か三日おきくらいに頭を刈るから、だからね、パワーがあって、自分で頭を刈るのにも扱いやすくて、長持ちするバリカンが欲しいのよ〜」
 母の声はでかい。半径10メートル以上に響き渡っている。周囲に、サッ、と緊張が走る。
 同時に、
 この娘、尼さんになるんだ それでバリカン買ってるんだ
といった憐れみと好奇の目で、周りの客は、真理奈をチラ見してくる。
 真理奈の顔はますます赤くなる。地球上から消えてしまいたい気持ちでいっぱいだった。
「ああ、そうですか」
 尼さんにですか〜、と店員さんは途端に意地悪そうな目になり、真理奈を一瞥、二瞥し、哀れな寺娘を冷笑するように、母にバリカンをすすめていた。
「こちらのバリカンは、充電式でして、パワーもあります。かなり長い髪でもジョリジョリいけますね」
と真理奈に聞こえよがしに、セールストークに禿げんで、いや、励んでいた。
 結局、某大手有名メーカーの、
 『お家で床屋さん』
というチャーミングな名前のバリカン(充電式・水洗いOK・4980円)に決めた。・・・というか決められた。真理奈はしたたかにショげて、目を伏せっぱなしで、全部母に任せた。一刻も早く店を出たかった。母はご丁寧にも、バリカンの替え刃まで買っていた。
 こうして、真理奈は日本ではきわめて珍しい、「女性のマイバリ所有者」となったのだった。

 「マイバリ所有者」となった翌々日、真理奈は父の手によって、頭を丸坊主に刈られた。夕方近かった。
 バリカンが「初仕事」のため、充電されている間、真理奈はソワソワして落ち着かなかった。
「ちょっと、散歩でもしてこようかなあ」
などと言い出したりして、でも、
「後にしろ」
 父はにべもない。
 充電ランプが、
 パッ
と赤から緑になった。充電完了。
 ――南無三!
 体内の血が凍りつくような戦慄が駆け抜ける。
 とても、「充電終わったよ〜」と父に教える勇気が持てなかった。
 充電が終わったことを知るやいなや、父は娘を追い立てるようにして、庭に面した濡れ縁に座らせた。
 バリカンの付属品として付いてきたクリーム色のカットクロスを、首から下にガサガサ巻かれた。
「さあ、刈るぞ」
 父は娘の身体を押さえ込むように、首根っこをつかむ。
「ちょっと、パパ、痛いって!」
「今日からは“お師匠様”と呼べ」
と父がバリカンのスイッチを入れた。
 ウイィィンン
とモーター音が鳴り、刃が目にもとまらぬ速度で動きはじめる。
 そのとき、
 ピンポーン
と呼び鈴が鳴った。
「誰かしら?」
 娘の断髪を見物・・・いや、見届けようと、立ち会っていた母が玄関にまわる。
 ウイィィィン
 バリカンは、
 グワアアァァァァ!
と真理奈の額のド真ん中の生え際からツムジにかけて、一気に滑走した。
 シャアアアァァァ!
と髪が抉れ、3ミリのラインがクッキリと、真理奈の豊かすぎる髪を、左右に分け裂いている。
 バサバサッッ!
と一筋の髪の毛が、カットクロスに落ちた。
「くうぅ〜・・・」
 真理奈の口から呻き声がもれる。人生初バリカンだ。
「真理奈」
 母が玄関から戻ってきた。
「アンタにお客さんよ。庭にまわってもらうわね」
 ――お客さん?
 今は客どころではないのに、何処のどいつだ?と思っていたら、
「ハヤ太!」
 二ヶ月前、逃げた元カレだった。
 バンドでの成功を夢みて、「寺を継いでくれ」という真理奈の許から去った元カレだ。
 元カレは元カノの尋常じゃない有様に、あわてふためいていたが、気を取り直し、
「真理奈、別れてからずっと考えていた。そして、決心したんだ。俺、お前と一緒になる! 坊さんになって、お前の寺継ぐよ! だから、結婚してくれ!」
 一世一代のプロポーズを敢行するハヤ太だが、
「ふふふ・・・」
 真理奈は顔を歪めて、一笑した。
「遅い、遅いよ、ハヤ太・・・」
「ま、真理奈・・・」
「せめて・・・せめて、あと1分・・・あと1分、早けりゃねぇ」
「・・・・・・」
「アタシは、もう――」
と真理奈は逆モヒカンの3ミリラインに、ジリリと人差し指をあて、
「この道しかなくなっちゃったんだよ、たった今!」
 タイミングの悪すぎる元カレに、真理奈はキレまくっていた。
 元カレ・ハヤ太は言葉もなくうなだれていたが、スゴスゴとふたたび真理奈の前から去っていったのだった。
 余談だが、ハヤ太はこの苦い経験を基に、「Good Bye Long Hair Girl」という曲を作詞作曲し、インディーズ界隈ではそこそこ評判になった。

 君のあの長い髪は一体何処にいってしまったの?
 Ah 一足遅れのプロポーズ
 届かなかったMy Heart
 Good Bye Long Hair Girl

というサビはバンドのファンたちに愛聴されたという。
 以上、閑話休題。
 さて、逆モヒカンでプロポーズされるという、あんまりといえばあんまりな間の悪さに、真理奈は涙も出ない。
「パパ、早く刈っちゃって」
と続きを促した。
「あ、ああ」
 あっけにとられていた父も、我に返り、
「パパじゃなくて、“お師匠様”と呼べと言ってるだろう」
「はい、すいません、お師匠様」
 なんだかムズ痒い呼び方だ。
 「お師匠様」は鹿爪らしい顔で、バリカンの刃を1/3刈り跡に重ね、2/3を有髪の部分にあてがう。そして、勢いよくバリカンを走らせる。
 髪はバリカンの動きに合わせ、
 グワワァァッ!
とめくれあがる。またひと刈り、グワワァァ!
 続けざまに前頭部の髪が刈られる。
 芝生のような3ミリの丸刈り領域が広がっていく。
 バリカンは存外滑らかに、頭上を通過していく。
 長年慈しんできた髪が、バラバラ、とカットクロスに落ち、真理奈の身体の傾斜を伝い、濡れ縁に、地面に、積もっていく。
 3ミリに刈り詰められ、薄くなった毛髪の壁の隙間から差し込む風に、頭の地肌は心地よさを感じている。
 サイドの髪にバリカンが入る。
 1メートル近くはあろうかという、長い髪が、バサリ、バサリ、と刈り落とされる。分厚い髪を、バリカンは見事にすくい上げ、削いでいく。ウイイィィィン、ジャリジャリジャジャアアァァ――
「真理奈姉ちゃん!」
と驚く声がした。
 従弟のトシノブが目を丸くして、突っ立っていた。今日は若い男性客が万来だ(汗)
 農家をしている母親が獲れたての野菜を姉(真理奈の母)に、持って行ってあげて、というので寺に来たら、
「オジサンたちの声がしてるから」
 玄関ではなく庭にまわったら、思いも寄らぬ光景に出くわしてしまったというわけ。
「真理奈姉ちゃん、尼さんになるって話、マジだったの?」
 トシノブはすっかり肝を潰している。
「まあね」
と真理奈。小学生時代以来久しぶりにのぞいた右耳が、朱に染まっている。従弟とはいえ、若い男の子に坊主頭にされている現場を見られるのは、メチャメチャ恥ずかしい。
「まあ――」
 トシノブはかける言葉を探していたが、
「大変だろうけど、頑張ってね」
 とってつけたように、月並みな激励を送った。
「あいよ」
 左耳も外界に露出する。真っ赤だった。
 真理奈の気持ちをよそに、トシノブは野上家に御輿を据えてしまった。
 職業病というやつで、トシノブは真理奈の父のカット技術をためつすがめつして、
「オジサン、バリカン使うの巧いね」
「お前ほどじゃないさ」
 実はトシノブは隣町の床屋で、理髪師として働いている。
 ウイイィィン、ジャ、ジャアア、後ろの髪に、バリカンはうなじを経由して、這い入ってくる。
 ジャアアアァァ、髪の流れに逆らい、髪をこすりながら、鯉の滝登りさながらに、頭頂に向かって上昇していく。ジャジャジャアアアァァ!
 長いにも程がある後ろ髪を、バリカンは持て余している。
「アイタタタ」
 刃が髪にひきつれて、真理奈は顔をしかめる。
「トシノブ、タッチだ。交代してくれ」
 悪戦苦闘の結果、父はトシノブに娘の髪を譲り渡した。
 SOSを受けて、
「しょうがないなあ、オレ、今日オフなのに」
と言いながら、トシノブはバリカンを受け取った。
 本職が断髪を担当してくれる安堵感と、若い異性に髪を切られるドキドキ感。真理奈の心境は複雑だ。
 ブイイイィィィン、ジャリジャリジャジャアァァ!
 トシノブは流石プロ、うまい具合に長い髪を手にひっかけ、根こそぎ、バリカンで摘んでいく。一房、また一房と1メートル近い髪を刈る。そうして、切り髪を握り、高々と掲げ、
「獲ったぞー!」
と某芸人のギャグでボケをかました。父も母も笑った。
「はい」
と収奪された黒髪を、ドッサリと膝の上にのせられ、
 ――アタシも・・・。
 ひと笑いとってみたくなった。この状況を笑い飛ばしたい。頭を刈られながら、年下のトシノブへの対抗心が湧き起こる。魔が差したといっていい。
 ――GO!
と心の中のディレクターがキューを出す。
 あふれんばかりの髪束を顔の下半分に、持っていって垂らし、
「関羽雲長です」
 シーン・・・
 乙女の命を代償にした渾身のギャグは、完全にスベッた。スベりまくった。
 真理奈の頬も耳もさらに真っ赤になった。沈黙が死ぬほど辛い。最悪だ。俯くしかない。
 それから、真理奈は丸刈りが完成するまで、俯いたままだった。父母やトシノブは、慰めの言葉も見つからず、気まずそうにしていた。
 最後にトシノブは、真理奈の頭にバリカンを滑らせ、交差して刈る上げることで、刈り残しのないよう、丁寧に仕上げてくれた。これから常時、頭が味わう感触。そう考えると、あまりぞっとしない。ジャジャジャアアァァァ〜
 こうして、超ロングヘアーの女が一人、この世界から消え、坊主頭が一つ、この地上に誕生したのだった。
 恐る恐る鏡で、尼さん頭をチェックする。
 初めて目にした顔剥き出しの自分に、
「ぎょええぇ〜」
 目を瞠って、
「キモい! キモすぎだよ!」
 激しい拒絶反応を示す真理奈だが、
「いや、結構イケてるよ! アリだよ、アリ!」
とトシノブは力説した。
「いい感じになったじゃない。お母さん、髪があった頃より好きだわ」
「うむ、なかなかの尼僧ぶりだ」
 両親もうなずいている。お世辞ではなく、本音の響きがあった。
 そうなの?とちょっとだけ坊主頭を、受け容れることができた。

 翌朝。
 某地域を担当するゴミ収集作業員の荘田(35歳・既婚)と畑中(26歳・独身)は、各家庭から出された可燃ゴミを収集車に積み込んでいた。
 すると、
「なんじゃ、こりゃあ!」
 ジーパン刑事のような雄叫びをあげる荘田。
 真っ黒い繊維の塊が、ゴミ袋の中に、ギッシリと詰め込まれていた。
「コレ、人間の髪の毛だろ?」
 荘田は黒いブツの正体を確認して、怖気をふるっていた。
「クレージーっすね!」
 畑中も怖々、そのゴミを覗きこんで、ドン引きしている。
 色々なゴミを回収してきた二人だが、これだけの異常なゴミは初めてだった。
「マジ怖ぇ〜」
「なんか事件性を感じるな」
「厄介ごとは勘弁っすよね」
「ああ、俺たちは何も見てない、見てないぞ〜」
と言い合いながら、作業員たちはその可燃ゴミを、収集車の中に押し入れた。大量の髪の毛が詰められたゴミ袋は、メリメリと回転板に挟みこまれ、二人の視界から消えていった。

 そのゴミが焼却場へと運ばれる頃、
「ねえ、パパ・・・じゃなくて、お師匠様」
「なんだ?」
「恥ずかしいよォ〜」
「バカ! もっと堂々としていろ。胸を張れ、胸を!」
「だってさぁ〜」
 真理奈と父はお揃いの坊主頭、お揃いの僧衣姿で、檀家さんの宅の前にいた。これから、父のお供をして、この家で一緒にお経を読む。別に真理奈はいなくてもいいのだが、
「尼僧としてのお披露目だ」
と命じられ、不承不承、父の傍らに侍することに。
 しかし、
 ――よりにもよって、石村さん家?!
 緊張する。足がすくむ。
 石村家の一族には、同級生の子が三人もいる。ハナちゃんにカナちゃん、それにサワオ君。皆、子供の頃からの知り合いだ。サワオ君に至っては、真理奈の小学生時代の初恋の相手だ。初恋の人に、丸刈りの尼僧姿をさらすのは、どうにも抵抗がある。見られたくない。
 父はそんな「弟子」の乙女心など知る由もなく、
「さあ、行くぞ。これまで稽古してきたように、腹から声を出せ。下手でもいいから、心をこめて読経しろ」
とさっさと石村家にあがりこんでしまった。真理奈も観念して、後に従った。
 石村家の人たちは、見慣れない小僧さんが「お寺の真理奈ちゃん」だと気づくと、ビックリしていた。
 ハナちゃんとカナちゃんは、真理奈がお寺を継ぐため、尼さんになると知ると、
「真理奈、えらい!」
「立派だよ。坊主頭もお坊さんの格好もチョー似合ってる!」
と口々に誉めそやし、3ミリの髪を撫でてきた。真理奈はくすぐったい気持ちだった。
 さらに、くすぐったかったのは、
「野上さん」
とサワオ君が、
「俺も野上さんの頭触ってもいいかな?」
と照れ臭そうに言ってくれたこと。
 初恋の君に坊主頭をタッチされ、
 ――これも尼さんの役得かも・・・。
と甘酸っぱい気分に浸ったりした。でも、まさかサワオ君の家で尼さん姿で読経するとは、あの頃は夢にも思わなかった。本当は長い髪をアップに結って、ウェディングドレスを着て、チューするはずだったんだけどな。
 石村家の大人たちにも、
「よく決心したね」
「修行頑張ってね」
とチヤホヤされ、「これは、お布施とは別に」とお小遣いまでもらってしまった。
 真理奈としては嬉しくもあるが、反面、プレッシャーも感じる。ここまで応援されたら、修行をリタイアできない。
 ――こりゃあ、死ぬ気で頑張るしかないな・・・(汗)

 で、真理奈はついに道場での修行に突入。
 修行は超が百八つもつくくらいハードだった。死ぬかも、と何度も思ったほどだった。
 それでも一ヶ月も経つ頃には、道場生活にも慣れた。
 修行尼僧の中では、一番マシな容姿だったので、男子道場生にもアプローチされ、優しくしてもらえた。人生初の「モテ期」到来! まあ、他の尼さんの卵たちに、やっかまれないように配慮するのは大変だけど(笑)
 「マイバリ」も大活躍中だ。
 最低でも三日に一度は、ジョリジョリ頭にあてている。
 髪長姫のBBSでは、
『常連だったマリーナさんのカキコが最近ないのが寂しいですね。今でも彼氏さんに長い髪を愛されているのかな? 今日は全国的に風が強かったみたいですが、マリーナさんも強風にロングヘアーをなびかせて、街を歩いていたりするのでしょうね』
とマリーナの不在を惜しむレスがたまにあるが、当のマリーナはそんなことを知るはずもなく、
「ボヤボヤしてんな!」
と指導僧に叱責されながら、
「はい!」
と坊主頭を振りたてて、廊下を雑巾がけしている。


     (了)





・・・といきたいけど、
 最後に蛇足的なエピソードをひとつ。
 道場の休暇で、真理奈は三週間ほど実家に帰省した。
 久しぶりにノンビリと、シャバの空気を味わった。
 「マイバリ」も休暇中。
 三週間で髪は結構伸びた。1センチ近くも。
 道場に戻る前日、髪を刈ろうと思っていたら、またもトシノブが野菜を抱えて、訪ねてきた。
「真理奈姉ちゃん、戻ってきてたの?! え、明日また出発するの? それでまた坊主にするから、バリカン持ってたんだ。じゃあ、オレが散髪してやるよ」
と息もつかせず、一方的に話をまとめられ、真理奈はトシノブに頭を委ねることになった。
「だいぶ使いこんでるね、このバリカン」
とトシノブはバリカンにたっぷりとオイルを差していた。
 ブイイィィン、とバリカンが耳の上からコメカミにかけて走る。他人に頭を刈ってもらうのは、しばらくぶりだ。
 1センチの髪がハラハラと落ちていく。
 せっかくここまで伸びたのに勿体なくもあるが、現在では爽快感の方が大きい。
 ――マズイかも・・・。
と思う。バリカン坊主の快適さに馴染んでしまったら、修行後も「カタギの髪型」に戻れなくなりそうだ。最初はあんなに嫌悪していたバリカンの感触だったが、いつしかすっかりヤミツキになっている真理奈がいる。
 トシノブは、ジョリリイィィ、ジョリイリリイイィィ、とバリカンを真理奈の頭でスライドさせて、刈り上げていく。刈り髪はカットクロスに留まり、チョーカーのように首の周りに降り積もっている。
「はい、できあがり!」
 鏡を見たら、
「ちょっと、何コレ〜」
 真理奈は思わず目を見開いた。
 両サイドとバックの髪は消えていたが、トップの髪が大きめのモヒカンみたいに刈り残されていた。
「GIカット」
とトシノブはおどけて敬礼の真似をする。
「ちょっと、ちゃんと刈ってよォ〜」
 従姉のクレームに、
「イエス・サー」
とトシノブはまたおどけた調子で了承した。
「まったく〜」
 真理奈としては、苦笑いするしかない。




(了)



    あとがき

 懲役七〇〇年史上初の小説5本同時アップの掉尾を飾る(?)作品でございます。
 本当は他の4本をアップする予定だったのですが、「尼バリ小説」も書きたいなあ、いつ書くの? 今でしょ!と思い、書いてみました。
 「麻子の場合」「妙久さん」「僧職系で妄想系」「もしバリ」などの系譜に属する「思いついたことを全部盛り込んでしまう。僕の悪い癖(杉○右京さん風)」系、別名「チラシの裏にでも書いてろ」系の「長い」「マニアック&ディープ」「とっ散らかっている」「読者おいてけぼり」な、ホント、発表せずチラシの裏にでも書いてなさい、と言われそうな作品です。ですが、「迫水野亜のチラシの裏」も読んでみたい、という奇特な方もあるいはおられるのでないか?との期待もあり、発表させて頂いています。
 今回のお話、すごい気に入ってます。もしかして、今回発表作品群の中で一番好きかも、です(^^)
 こういうお話、これからも書いていきたいです♪
 最後までお読み下さり、どうもありがとうございました!!




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サスペンスアクションドラマ
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