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インド料理を食べに出掛けたら


 尼僧・梶原由祥(かじわら・ゆうしょう)が仏門に入った動機は、一風変わっている。
 尼僧になる女人には、大雑把に分類して、三つのタイプがあるようだ。
 俗世間に嫌気がさして、という「逃避型」、信仰生活に真実の生き方を見出して、という「求道型」、実家が寺なので跡取りとして、という「後継型」。
 梶原由布子(かじわら・ゆうこ。由祥の俗名)の場合、そのいずれでもない。
 そもそも、「得度」という語すら、彼女は知らなかった。
 きっかけは、由布子がある私大に進学したことだった。
 その大学は仏教系の学舎だった。
 元々は仏の教えを学ぶ、僧職希望者をメインとした学校だったのだけれど、少子化の進む昨今、経営陣は一般家庭の子女にも門戸を広げる必要を感じ、大学の改革に踏み切った。
 新たに福祉科を設立した。その方面の碩学も招聘し、全国の受験生たちにアピールした。そうやって、この大学戦国時代をサバイバルしようと計った。
 由布子がその大学を選んだのも、福祉科に魅力を感じたからだった。将来は福祉関係の職に就く。高齢化社会に突入したこれからは、福祉の時代だ。そして、あわよくば高収入の医療関係者と結婚して玉の輿・・・などと粗大な将来設計を思い描いたりしていた。
 大学は山の中にあった。
 「御山」と信者から呼ばれる、聖なる信仰の中心地の一つだった。
 山内では、坊主頭の僧尼たちがアチコチに見受けられる。小さな僧坊もポコポコ点在していた。お参りの信徒さんの団体もゾロゾロと歩いている。
 大学では仏教関係の行事がしょっちゅう催されている。友人たちの中には、寺院関係者も結構多い。下宿先は山麓の小さな宿坊だ。
 そんな抹香臭い環境で、由布子は勉学に励んでいた。励むしかなかった。なにせ、山の中では遊びたくても、遊べるスポットがない。
 由布子はちょっと、いや、かなり「天然」なところがあった。
 例えば、友人宅の九官鳥に、
「コンニチワ」
と挨拶され、
「あ、どうも、こんにちは!」
と思いきり一礼してしまったり。
 例えば、友達と学食でランチをとっていて、
「あ、教室にノート置いてちゃった。ちょっと、取ってくるね」
と中座して、そのまま、食事中であることも忘れ、次の授業に出ていたり。
 例えば、6月1日に学校で行事があるので、準備をして登校したら、
「6月1日は明日だよ」
と指摘され、
「あれ? 5月って31日まであるんだっけ?」
と頭をかいていたり。
 服を前後逆に着る、教室を間違え関係のない授業を受ける、エアコンのリモコンをスマホと間違えて持ち歩く、そうしたことは日常茶飯事だ。
 だが無邪気でお人好しな彼女は、周囲から愛されていた。愛をこめてイジられていた。だまされたり、ノせられたり、つつかれたり、ひやかされたり、随分と「可愛がられて」いた。
 この稿は、こんな由布子が大学に入学してしばらく経った頃、キャンパス内の或るポスターに目をとめたところから、本題に入る。
「“エドシキ”ってナニ?」
と由布子は傍らの友人、留美と小鈴(こりん)に訊ねた。
「エドシキ?」
 友人は由布子の指さすポスターに目をやり、
「ああ!」
と盛大に噴き出した。
「エドシキじゃなくてトクドシキだよ、得度式」
 ゲラゲラ笑いながら、
「実はアタシらも参加する予定なんだけどさ」
「そうなの?」
「うん」
「得度式って何をするの?」
 さらに訊ねられ、
「それはね」
 留美と小鈴は目配せを交わし、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「まあ、食事会だね」
「食事会?」
 由布子の目が、パッと輝いた。彼女は天然でもあるが、食いしん坊でもある。
「うちの大学って仏教系でしょ?」
「仏教系? ああ、お坊さん関係ってことね」
「そうそう。で、仏教って元々どこの国で生まれたか、わかる?」
 ミニクイズを出題され、由布子は、
「え〜と・・・ロシア?」
「何でやねん!」
「あ、そうだ、そうだ! インド! インドでしょ!」
「ピンポーン」
「よっし!」
「そんなガッツポーズして喜ぶような問題でもないでしょ」
「小中学生でも知ってるぞ」
 留美と小鈴はそう苦笑しながら、代わる代わる「得度式」について、由布子に教えてくれた。
 二人の説明によれば、「得度式」とは、仏教誕生の地・インドの最高級料理を食べ、仏教の開祖・ブッダに思いを馳せ、和やかに歓談する催しだという。
「インドのマハラジャが舌鼓をうつ宮廷グルメのパーティだよ。御山ならではの会だね」
「へえ〜」
「会費もお手頃な金額だしね」
「ほえ〜」
 由布子も行ってみたくなった。
「アタシも参加しよっかなあ」
 心動く由布子に、留美と小鈴はニンマリして、
「じゃあ、善は急げ、早速、参加の手続きしようよ。わからないことがあったら、ウチらが教えてあげるからさ」
「うん、ありがとう」
と由布子は喜色満面でうなずいた。
 それから二週間ほど、由布子は留美と小鈴と一緒に、大学の事務局で書類や参加費など、必要な手続きを済ませた。
 ――インド料理〜♪ やっぱり辛いのかなあ。まあ、辛いの好きだし、全然大歓迎〜♪
 舞い上がる由布子に、
「キシシシ」
と友人たちは口を押さえ笑っていた。

 そして、豪華インド料理の真髄に触れる日が到来した。
 由布子は早起きして、「得度式」の身支度をした。最高級料理を食べるのだ、それなりのTPOが必要だろう。天然なりに考えた。
 肩にかかる髪を念入りにブラッシング。普段はしないメイクも申し訳程度に施した。服装はインドを意識して、赤系と緑系の原色の組み合わせでドレスアップした。
「いい感じ」
 姿見の前でクルリと一回転。
 鏡に映るエスニック風美少女(?)をためつすがめつして、
「よーし、今日はいっぱい食べるぞ〜」
 食欲ばかりが充満している。
 ウキウキと心が弾む。

 得度式の会場に向かうため、山内のバスに乗り込んだ。
 バスは山道を蛇行しながら、山の奥へ奥へと入っていく。
 車中には由布子と同じ年頃の男女が、何人も同乗していた。大学で見かける顔もあった。
 ――この人たちも「得度式」に参加するのかな?
 それにしては、雰囲気が違う。皆、一様に固い顔つきで、バスに揺られている。服装も地味だ。道服や作務衣を着ている者もいる。とても、美味しい物をタラフク食べに行くような様子ではない。
 ――本場のカレーも出るんだろうなあ♪ 楽しみ〜♪
 浮かれているのは由布子のみだ。
 会場である僧坊に辿り着いた。
 僧坊の門には、
 ○○山集団得度式
と大書されたケヤキの看板が掲げられている。
 ――ここだ、ここだ。
 門をくぐろうとする由布子を、
「ちょっと、アナタ」
 受付(?)をしていた、坊主頭のオバサン尼僧がややヒステリックな調子で咎めた。
「化粧は禁止よ。すぐに落とすように」
「あ、はい!」
 由布子はあわてて僧坊内のトイレを借り、言われたとおり、メイクを洗い流した。
 ――むぅ?
 どうも、楽しく飲食できるようなムードではない。
 メイクを落としたら、
「これを着るように」
と白い装束を渡された。介添えの若い尼僧に手伝ってもらい、それを着た。せっかくオメカシしてきたのに、なんだか時代劇で、侍の奥方様が自害するときのような格好にされてしまった。
「じゃあ、これから頭を剃るから、こちらへどうぞ」
と若い尼僧に手をひかれ、
 ――え?
 由布子は耳を疑った。
 ――「頭を剃る」?!
 ひきたてられるように連れていかれた室では、
 ウイイイィィィン
 ジャリジャリジャリ
 ウイイイイイィィィィン
 ジャジャジャジャジャリジャリ
 何人もの男女が、門前町から出張ってきたとおぼしき数人の理髪師によって、バリカンで髪を刈られ、剃刀で頭を剃られ、次々と坊主頭にされていた。皆、厳粛な、あるいは苦しげな面持ちで、剃髪されている。やはりキャンパスで見知った者もいた。
 ――どういうこと?!
 由布子は顔面蒼白になる。
 髪を剃られている者の中には、なんと留美もいた!
 あの背中まであった自慢のストレートヘアーは、無残に刈りとられ、剃刀で目に染みるような青い裸頭に仕上げられている最中だった。
「る、留美?! なんで???」
 由布子は言葉もない。
「由布子?!」
と腕をとられ、誰かと振り仰いだら、
「小鈴?!」
 小鈴もすでにセミロングのウェーブヘアーを落とし、青々とした剃髪姿になっている。
「由布子、まさかホントにここまでダマされるとは思わなかったよ。ごめん!」
 丸い頭をペコリと下げられ、
「どういうことなの、コレは?!」
 由布子は怯えきった顔で、かろうじて訊いた。
「得度式っていうのは、本当は――」
 お坊さん尼さんになるための儀式だという。だから頭を剃るそうだ。
「ええ〜!!」
 由布子は両眼が飛び出そうな勢いで、仰天する。
「アタシや留美は実家が寺だから、大学に入ったときから得度を受ける予定だったんだよ」
と小鈴は真相を明かす。
「いくらアンタが天然でも、流石に気付くだろうと思ってたけど、まさかここまで来るとは・・・式の栞とか読まなかったの?」
「漢字ばっかりだったから・・・読んでない・・・」
「そうだね、アンタ、そういう娘だもんね。アタシらが悪かった。アンタの天然ナメてたよ・・・。ホントごめんね!」
「え? え?」
 由布子はただ戸惑うばかりだ。
「今なら」
と小鈴は言う。
「辞退できるから、“やっぱりやめます”って言って、早く帰りなよ」
「あ・・・う、うん、そうする」
 由布子が反射的に身を翻そうとした、そのとき、
「さっ、次はアナタの番よ。早くなさい」
 若い尼僧が由布子の肩をつかんで、
「あっ」
という間に、剃髪の座に着かせられていた。そして、否も応もなく、身体にケープを巻かれた。
「え? あ、あの・・・アタシは・・・あの・・・」
 オロオロする由布子に、手早くバリカンの洗浄を終えた床屋さんが、
「さっ、時間がないからね、パッと済ませちゃおうね」
 返事も聞かず、バリカンのスイッチを入れた。
 ブイイイィィン
 由布子は青ざめたまま、声も出ないでいる。
 次の刹那、
 ジャジャジャリジャリ〜
 右サイドから額の分け目にかけて、バリカンが走り抜いていた。モミアゲが根こそぎ、刈り取られた。
 ファサッ
とブラウンがかった柔らかな髪が、ケープに舞い落ちた。
 ――ウソでしょおおぉぉ〜!!
 激しい戦慄が身体中を駆け巡った。
 が、これでもう、流れに身を任せて、尼さんになるより他ない。
 ――なんで? なんで、アタシが尼さんにならなきゃなんないのォ〜?!
 バリカンは非情にも、立て続けに右の髪に挿し込まれ、由布子の長い髪を食んでいく。
 刈られた端から、髪がクルクルと丸まって、ケープの上を転げ落ちていく。まるで、猟師に追われて、蜘蛛の子散らして逃げる小獣のようだ。
 ――か、刈られてる・・・。
 由布子はもはや、呆然と口を半開きにして、虚ろな視線を宙に漂わせていた。諦めと悲しみの入り混じった気持ちだった。
 ジャジャジャリジャリジャリ〜
 ファサッ、バサッ
 乙女の髪がケープを叩き、空気が揺れ、シャンプーの甘い芳香が、鼻に染みとおるほど香った。
 床屋さんが頭からバリカンをはなした隙に、小さくうつむいてみた。ササッと左の髪が目に頬にかぶさる。しかし、右目右頬に同じ感触はない。髪が失われているのだ、という実感があった。
「あ、動いちゃダメだよ」
と床屋さんに注意され、
「あ、はい」
 由布子はあわてて頭を元に戻した。
 床屋さんは右半分を刈り尽くすと、今度は左の髪にとりかかった。
 ブイイイィィン
 左額の生え際にバリカンがあてられる。
 バリカンの動きに合わせて、グゥー、と髪が盛り上がる。床屋さんは手首をスナップさせて、収穫物を頭の外側に放った。
 ファッ
と髪が宙を跳ねる。
 後には五厘くらいに詰められた坊主頭が残る。
 バリカンが動くたび、肩から、首筋から、耳から、頬から、有髪の感覚が消えていく。
 切られた髪は、畳に敷かれた白い布の上、何故私たちがこんなところに?と持ち主だった由布子に問いたげに、這っている。
 最後に、トサカのように浮き出ていた頭頂部の残り髪が刈られた。クリクリッと丸刈りにされてしまった。
 熱いタオルが頭を包む。丸刈り頭が蒸される。
 頭が蒸されると、シェービングクリームが塗りたくられた。
 剃刀があてられる。
 ゾリ、ゾリ、ゾリゾリ
 剃刀は縦横にスライドして、クリームごと短い毛をこそげ落としていく。
 ゾリゾリッ、ゾリ、ゾリ――
 床屋さんはクリームと毛屑のくっついた刃を、由布子が首に巻いているタオルになすり付ける。流石、本職だけあって、熟練した剃刀さばきだった。
 が、由布子にはその技術を味わう余裕などない。今はただ早く終わって欲しい、と祈るように思っている。
 でも襟足を剃られたときには、
 ――あ、なんか気持ちいいかも・・・。
 職人技にしばし恍惚となった。
 きれいに剃りあがった頭をタオルで拭きあげられ、仕上げに消毒のためのローションをすり込まれ、ようやく剃髪は終わった。深山の涼気が、剥き出しになった頭に触れ、
「くしゅん!」
 クシャミが出た。
 鏡で坊主頭になった自分と対面する。
 ――ひええ! 誰、この人?!
 変わり果ててしまった外見に思わずのけぞり、身構えてしまった。
 反面、
 ――でも、これはこれでアリかも・・・。
 中性的だし、清々しい感じだし、と自らを慰めた。
 複雑な気持ちで坊主頭を撫で回していたら、留美と小鈴が歩み寄ってきた。
「ごめん、ホントごめんね、由布子」
 二人は丸い頭を揃ってさげて謝った。
「まあ、仕方ないよ」
 由布子は笑う余裕もできていた。
「こうなった以上、尼さんの道を極めるのもいいかもね」
 それから、本堂で草団子のようにズラリ並んだ坊主頭に混じって、由布子の坊主頭もあった。
 経文が誦された。僧衣を授けられた。偉いお坊さんの訓話もあった。これからは正式な仏弟子として、仏の教えを実践していくように、とのお言葉を賜った。
 尼僧としての法名も頂いた。「由祥」という。
 出家しました、という証明書――度牒(どちょう)というらしい――も貰った。
 かくして、由布子は尼さんになってしまったのだった。
 依頼を受け、式の撮影にやって来ていたカメラマンの男性に、出家後の初姿を、記念に撮ってもらった。
 青々と剃りあげたスキンヘッドに黒の僧衣で、度牒を胸の前でひろげて、笑顔をつくりながら、
 ――あれ?
 アタシ、何やってんだろう、と夢から醒めたように思った。
 ――まさか、こんなことになるとは・・・。
 今朝下宿を出たときには、自分が尼さんになるとは、冗談ネタですら思わなかった。
 切った髪を、一房、和紙で包まれたのが、記念に渡された。
 ――ああ・・・もうアタシの頭には髪はないんだ。
 喪失感に襲われた。切り髪をしみじみ撫で、感傷に浸った。
 が、
 ――まあ、なっちゃったものはしょうがないや。
と気持ちを切り替えた。

 その夜、由布子は実家に電話で得度の報告をした。
「お母さん、アタシ、尼さんになったから」
「はあ?」
 母親は娘の言葉の意味がわからず、困惑している。当然だ。なにせ、当の由布子自身が、降って湧いた現実を持て余しているのだから。
「いや、だから、アタシ、尼さんになったの」
「何言ってるの?」
「頭もお坊さんみたく切ったから」
「坊主頭にしたってこと?」
「うん。髪の毛全部剃った」
「いつ?!」
 母はようやく仰天した。
「今日」
「なんで?!」
 狼狽して訊かれた。
「えっとね、インド料理を食べに、お寺に行ったらね、コワイ尼さんがいて、メイクを落としなさい、って怒られたのね、そんで尼さんになったんだけどね」
「なんで、インド料理を食べに行ったら尼さんになるのよ?!」
「いや、インド料理っていうのはウソでね」
「なんで嘘吐くの!」
「いや、ウソ吐いたのは、アタシじゃなくて友達で、アタシはマハラジャが食べるような豪華なインド料理を食べに山奥のお寺に出かけて――」
「だから、なんでインド料理を食べに行って、尼さんになるのよ!」
「いや、だから仏教って元々ロシア・・・じゃなくて、え〜と、そうそう、インド生まれでしょ?」
「由布子、お母さん、アンタが言ってること、よくわかんないよ」
 電話の向こうで母はため息をついていた。
 このコンニャク問答は果てしなく続き、しまいには母は泣いていた。いきなり娘が尼になったら、それは親は泣くだろう。
 しかし最後には諦めて、
「まあ、尼さんになったからには頑張りなさい」
と応援してくれた。
「うん!」
と由布子も笑顔でうなずいた。何故頑張る必要があるのかという疑問もなく。彼女が天然たる所以だろう。

 それからの由布子は大学の長期休暇等を利用し、御山で尼僧修行に励んだ。真剣に行にうちこんだ。剃髪も僧衣姿も貫いた。生来、尼僧の資質があったのだろう。
 一緒に得度した留美と小鈴はさっさと髪を伸ばし、大学卒業とともに御山を去っていったが、由布子は御山に残り、尼僧としての修行や活動に勤しんだ。

 半世紀が過ぎた。
 由布子、いや、梶原由祥はまだ御山にいた。
 あの天然ボケの小娘が、押しも押されもせぬ御山の重鎮になっていた。
 いつもニコニコ笑顔で、御山の僧尼にも信者さんにも慕われている。もう七十の声を聞こうというのに、カクシャクたるものだ。
 久しぶりにいい陽気なので、新しく弟子になった英月に、縁側で剃刀をあててもらった。新入りの英月の剃刀使いはまだ未熟だ。だからこそ、師である自分が練習台になってやる。由祥の思いやりだ。
 ジッ、ジッ、
 英月は覚束ない手つきで師の頭を剃る。由祥の頭は傷だらけ、血もタラタラと流れる。
「申し訳ありません!」
 何度も謝る弟子に、
「あらあら、まあまあ、これは大惨事だこと」
 老尼は悠然たるもの、微笑している。
 ようよう頭を剃り終え、英月は剃刀を洗いながら、
「お師匠様」
「なあに?」
「お師匠様は何故、尼僧の道を選ばれたのですか?」
 神妙な面持ちで訊ねられた。英月は三十代前半の若さで、リストラや肉親の死、離婚、自己破産などを経験し、ボランティアでアジアの各地を廻り、そこで仏の教えを信仰する現地の人々と触れ合ううちに、道心が芽生え、御山に登ったと聞いている。
「ん〜」
 老尼はやはり微笑をたたえ、
「本当はこうなるつもりはなかったのよねえ」
 剃りたての頭を撫でながら、しみじみと呟いた。
「では、どうして尼僧に?」
 さらににじり寄って問う弟子に、老尼はゆっくりと語りはじめた。
「インド料理を食べに出かけたらね――」




(了)



    あとがき

 どうも、迫水です。
 今回のお話もかなり以前から書こう書こうと思っていて、書き出しだけ数行書いて、何年もそのままになっていたのを、仕上げました。昔ネットで出会った情報を元にしていますが、「ホントにこんなことってあるのかなあ」と書き終えて半信半疑です(笑)
 得度式(特に集団でやる得度)の詳細がわからないので、トライするのに二の足を踏んでいたのですが、「この物語の大学、宗教団体、得度式は全て架空のものです」と居直って書くことにしました(笑)そうしたら運筆も結構楽しかったです♪ 内容もすごく好きです(^^)
 それにしても「もしバリ」や「『清浄化』の周辺で」など、女三人組で一人ヒサンな目に遭うヒロインって最近多いなあ。。。書いてから、ふと思いました。
 最後までお付き合い下さり、どうもありがとうございました(^^)
 



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