いつか笑える(図書館では教えてくれない、天使の秘密・第一・五章) |
朝の洗面台、この稿の主人公、種田亜美(たねだ・あみ)はため息を、ひとつ吐いた。 ――髪、切らないとなあ・・・。 鏡の向こうの自分はまだロングヘアー。 ――切りたくね〜。 ふたつめのため息を吐きながら、思った。 しかし髪を切らないといけない。 先月は新年度のはじまり。 亜美も晴れて二年生に進級した。 亜美の所属するバレー部にも、新しい部員が続々と入ってきた。 新入部員の中に田中南という部員もいた。チビでさえない女の子だった。 田中南は男の子顔負けの短髪だった。 南の短い髪は上級生たちの興味を惹いたらしい、 「田中は昔から、そんな髪短かったの?」 と色々訊いていた。 「いえ、入学直前までロングでした」 これくらい長かったんですよ、と胸の下に手をあてる南に、先輩連は驚いて、 「じゃあ、なんで切っちゃったの?」 「親に切らされたの?」 「“中学生になるんだから切りなさい”とか言われて?」 とさらに質問攻めされ、南は、 「いえ」 と首を振り、 「バレー部に入る意気込みを形にしました」 南の返答に、 「おお〜!」 上級生たちはどよめいた。 「田中、えらい!」 「なかなかできるこっちゃないよ」 口々に絶賛され、南ははにかんで笑っていた。 こんな南が一躍バレー部のマスコット的存在になったのは、当然のことかも知れない。 短い髪でボールに向かっていく南の姿は初々しく、愛らしく、それでいて、どこかストイックなものを部員たちに感じさせた。 やがて、 「アタシらも、田中の気合いを見習おう」 などと言い出す部員も現われ、そこが体育会系のノリで、 「そうだ、そうだ」 、 と多くの部員たちが同調。 早速、部長の増田(ました)が、 「バレー部女子はベリーショート」 と全部員に言い渡す運びになったわけで、 「いい?」 増田は部員を前に言った。 「前髪は眉毛より上、耳は全部出るくらい。で、後ろはうなじが出るくらいに切ってくること」 それから、と語を継いで、 「必ずバリカンは入れるように」 増田のこの奇妙なコダワリには、断髪に積極的な部員からも、うえ〜、という反発の声があがった。 しかし、主唱者の増田が率先して、それまでのセミロングの髪を、自分が決めた形に短く刈り込んできたため、他の者も従わざるを得なくなった。 亜美は断髪に最初から、不満だった。怯みもあった。 せっかく、これまで伸ばしてきた髪を切るなんて、ごめんだった。 ――切りたくない! と強く思った。 けれど、周囲が断髪で盛り上がっていたので、表立って反対するのははばかられた。沈黙を守っているうちに、話はどんどん進み、ついに断髪令発布。 ――勘弁してよ〜! 断髪もバリカンもノーサンキューだ。考えただけで怖気が走る。 断髪令の期限は週明けまで。 今日が期限ギリギリだ。 部員たちが次々と髪を切り、バリカンを入れてくる中、今まで先延ばしにしてきたが、バレー部の主砲がいつまでも髪を伸ばしていては、示しがつかないのだ。 ――はあ〜。 三度目のため息を吐き終えると、亜美は右手で長い髪をつかんで、ひとまとめにして、 ――ベリショ、似合うかな・・・。 とベリーショートの髪型になった自分をシミュレーションしてみた。 同じバレー部で友人の成美は、 「亜美は背高いから、ベリショもいけるんじゃない?」 と言っていたけど・・・。もしかしたら、いつまでもグズグズと髪を切れないでいる亜美に、ハッパをかけていたのかも知れない。 何度も髪を束ねて隠し、前髪を上げてみたりして、ベリショシミュレーションをしてみる。 成美が言った通り、 ――意外に似合うんじゃない? という感触を得た。 そうなると、髪を切ることに少しはポジティヴになれる。 短髪にしてカッコ良くキメてやろうかな、というお洒落心が湧き上がる。 この長い髪を一気にベリショにするんだぞ、という冒険心が顔を覗かせる。 クラスの皆、驚くぞ〜、という悪戯心が疼く。 密かに想いを寄せている瀬谷君が、どんな顔をするだろう、という期待混じりの好奇心が生じる。 ――バッサリ、と・・・。 髪に入れられるハサミの感触を想像して震えた。6割が戦慄で、4割が武者震いといったところか。 ともあれ、早いところケリをつけるにしくはない。 亜美は早速、行きつけの美容院に電話をいれた。 「なんてこった・・・」 十数分後、亜美は頭をかかえていた。 いつもの美容院は予約がいっぱい。それは、第二候補、第三候補の美容院も同様だった。 よく考えてみれば、今日は日曜日。そりゃ、美容院もお客でいっぱいだろう。 ――これじゃ、髪切れないじゃん! ラッキーなのかアンラッキーなのかわからない。 ちょっと足をのばして、市街地のカットサロンに行こうか、と考えついた。 大きな店もいっぱいある。いきなりの予約にも対応できるだろう。 タウンページで美容院の欄をさがす。面白い名前の美容院も色々あって、つい読みふけってしまう。 しかし、店名と住所と電話番号だけでは、どんな店なのか皆目見当もつかない。 ネットで調べた方がいいのだけれど、折悪しくパソコンは修理に出していて、ネットは使えない。 全ては勘と運。 その中から、何となくお洒落な感じの店名と、バスターミナルに近い住所の店を選んだ。 そして、電話を入れた。 予約はあっさり取れた。 「お母さん、髪切りに行くから、お金ちょうだい」 かくして、亜美はバス停に向かった。新生バレー部の主砲に相応しい髪になるために。 その一時間後―― ――ウソでしょォ〜?! 予約してある店の外観に、亜美は卒倒せんばかりの衝撃を受け、立ち尽くしていた。 なんと美容院は総ガラス張り。店内の一切は、外から丸見えだ。 しかも市街地という場所柄から人通りが激しい。 冗談じゃない、と思春期真っ只中の亜美は身震いする。 ロングからベリーショートにされる姿を不特定多数の衆目に晒すなんて、恥ずかしすぎる。 ――どうしよう・・・。 足がすくむ。 けれど、こうして美容院の前に突っ立っていても、通行人には不審者っぽく思われているかも知れない。 亜美の性格上、果断というか蛮勇というか、進むか退くか迷った場合、思案するより先に、ええい!ととっさに心のアクセルを踏んでしまう。 このときも、 ――ええい! と気がつけば、美容院のドアをくぐってしまっていた。 「いらっしゃいませ」 若いハンサムな美容師が亜美を出迎える。 「え、え〜と・・・」 亜美はすっかりおのぼりさん状態で、 「十一時に予約している・・・種田ですが・・・」 「え〜、種田様・・・」 美容師のお兄さんはレジのところにあるパソコンで、 「初めての方ですね?」 と確認すると、 「では、少々お時間頂きまして、こちらのカルテにご記入の方、お願いします」 と用紙とボールペンを渡された。 住所や年齢、生年月日だけでなく現在の自分の髪質についての質問や、クセ毛などの悩み、今まで美容院でカットしたときに不満だったこと、嫌だった髪型、など事細かなアンケートに、 ――え? え? 自分の頭皮の質なんて訊かれてもわかんないよ〜(汗) 本格的すぎる。いつもの近所の美容院では考えられない。 外を行き交う人々の視線を感じつつ、冷や汗が出る思いで、カリカリとボールペンを走らせる。かなり適当に書いてしまった。 美容師のお兄さんは亜美が書き込んだ用紙に、ざっと目を通すと、 「じゃあ、こちらへどうぞ」 とにこやかに亜由美をシャンプー台にエスコートしてくれた。 最初はシャンプー。 長い髪をゴシゴシ洗われた。 ――気持ち良い〜! 今まで髪をやってもらっていた美容師は女の人ばかりで、男性の美容師は初めてだ。髪を洗う手の力強さが、心地良く、頼もしい。 「今日はカットでしたね?」 と確認され、亜美はドギマギと、 「は、はい」 「どんな感じに?」 「えっと、あの――」 亜美はちょっと口ごもって、 「ショートにしたいんですけど」 言ってしまって、肩の荷がおりたような気分だった。 「ショート?」 美容師のお兄さんは少し驚いたようで、 「いいの?」 と訊いてきた。 「はい」 本当はよくないんだけど、仕方ない。髪を惜しんで、これまで培ってきた実績や友情を失うのは辛い。 カット台に座り、お兄さんに、 「耳を出して、うなじも出して――」 と部則の通りに説明する。 「で、襟足はバリカンで刈り上げちゃって下さい」 「そんなに短くするの?」 まず長めのショートにして、段階的に短くしていった方がいいのではないか、といった意味のアドバイスをお兄さんはしてくれた。気持ちはありがたいが、 「部活の決まりなんで」 と事情を話すと、 「それじゃ、しょうがないか」 と肩をすくめ、了承してくれた。 「前髪は眉毛にかかるくらい?」 と訊かれ、 「そうですね」 と亜美はうなずいた。本当は眉毛も出さないといけないのだが、これくらいの「違反」は皆、大目に見てくれるだろう。 まずその前髪のカットから始まる。 シャッ、シャッ、シャッ、とハサミが縦に横に入り、顔半分を覆っている亜美の前髪は消えていった。 「何の部活やってるの?」 「バレー部です」 「へえ、俺もバレー部だったんだよ」 「そうなんですか、奇遇!」 と会話は弾む。 お兄さんはハンサムだし、お洒落だし、話は上手だし、優しいし、でもちょっとヤンチャしてたっぽいところもあって、話しながら亜美は、陶然となっていた。 前髪は徐々に短く切り詰められていく。 視界が開けた。 いつもかきあげていた前髪がなくなり、ちょっと寂しい。 お兄さんはトップの髪を仮留すると、今度はサイドの髪を切っていく。シャッ、シャッ、ジャキジャキ。 忽ち左の耳が覗いた。 ――うわ〜! 亜美は叱られたような顔になり、上目遣いで鏡の向こうの自分を怖々見つめている。 鏡越し、店の前を歩いていたサラリーマンのオジサンと、目が合ってしまい、 ――うわっ! あわてて目を伏せた。オジサンも動揺していた。 ――恥ずかしいよォ〜(><) 右の耳も出た。 両サイドとももみあげを僅かに残してある。 サイドの髪の長さに合わせ、後ろの髪も切り落とされる。 お兄さんは大胆にハサミをふるう。ジョキジョキ、シャッシャッ、シャッ―― 長い髪がハラハラと、ケープに、床に、落ちる。 段々といかにも運動部っぽい髪型になっていく。 年上の若いイケメンの手によって、鏡の中の自分が変えられていくことに、密かにときめくものがあった。イケメンお兄さんは姫君に奉仕する召使いの如く、亜美にかしずき、丁寧に慎重に、時には思い切って、彼女の髪に触れ、その髪を摘んでいく。 勿論、リップサービスも忘れない。 「やっぱり長い髪から、いきなりベリーショートだと辛いものね」 と亜美に同情してくれる。 お兄さんは離島の出身らしい。島には中学はひとつしかないから、バレー部といっても、 「対外試合なんてなかなかできなくてさ、ひたすら練習」 と笑っていた。 「だから、滅多にない対外試合で負けると顧問が怒っちゃってさ、『お前ら坊主にしてこい』って言われて、すごいイヤだったけど、従うしかなくてね」 「そうだったんですか」 「でもバレーをやってたことで、ずっと付き合える友達もできたし、お金じゃないけど色んな財産もできた。思い出、とか、精神的な強さ、とか、ね。坊主頭になったことも、今では笑い話になったよ」 「・・・私も・・・私も・・・」 「ん?」 「こうして・・・髪を切ったこと・・・いつか笑い話にできる・・・かな」 言いながら、堪えていた涙がブワッと出た。 お兄さんはスッとハンカチを亜美に渡して、 「できるよ」 と優しい声で言ってくれた。 トップの髪も前髪に合わせ、短く切られた。お兄さんは髪を指で挟むと、指からはみ出た髪にハサミを入れる。シャキシャキ、シャキシャキ。ハサミはリズミカルに鳴る。髪を食み、骸に変えて吐き出す。 髪全体に梳きバサミが入った。そうやって髪のボリュームを抑えていく。シャキシャキ、シャキ、シャキ―― 亜美はハンカチで顔をふいた。頬を濡らしていた涙を拭った。 もう涙は出なかった。 寂しさはある。悲しさもある。でも、同時に涼やかな気持ちもあった。 身軽になった、という爽快感があった。 やるべきことを済ませた、という安堵と達成感があった。 若い異性の手で生まれ変わらされた自分の姿に対する恍惚感があった。 表の人通りも、もう気にならない。 むしろ、見られることに興奮する。 ――もっと・・・もっと、見て! 新しい私を、もっと・・・もっと・・・見てェ! しかし、美容師が小さなバリカンを持ち出してきたときには、少なからず心が波立った。 ヴィイイイン とバリカンがけたたましく鳴り始め、その刃がうなじにあてられた瞬間、 ――冷たいっ! 思わず首がすくんだ。 冷たい感触はうなじを何度も遡る。 亜美は口を「い」の形にして、その感触に、心中のザワめきに、耐える。 鏡の端に亜美と同じ中学生くらいの男の子三人組が映っている。三人ともなかなか洒落者だ。三人はガラスの向こうの亜美を指差して、何か話している。笑っている少年もいた。 亜美は思わず鏡から目を背けた。 バリカンを入れられている姿を同年代の異性に見物され、激しい羞恥に襲われた。 バリカンでのカットが早く終わりますように。そればかりを、ひたすら念じた。 やがてバリカンの音が止んだ。実際は短時間だったのだろうけど、亜美にはえらく長い時間のように思えた。 そして、シャンプー、それからドライヤー。 これでカット台から解放されるかと思いきや、今度はドライカット。 お兄さんは繊細なハサミさばきで、亜美の髪を仕上げていく。シャキ、シャッ、シャッ、シャッ―― つい先程まで鏡の中にいたロングヘアーの少女は跡形もなく消え失せ、腕白小僧がひどく不器用な表情でこっちを睨みつけている。 「髪に何かつける?」 とお兄さんが訊ねる。 「ああ、えっと、はい」 反射的に答える。 お兄さんはヘアワックスで、亜美の髪をセットしはじめる。毛先に動きを与えていく。 さっさっ、とお兄さんが指先を動かすたび、短い髪が躍り出す。まるで魔法のように。 バリカンカットのショックは引っ込み、今、頭の一切を委ねているお兄さんの指先の魔法に、亜美はただただウットリとなっている。 「できたよ」 の声で我に返る。 鏡には今さっきの腕白小僧ではなく、クールビューティーがいた。フワッと毛先が遊んで、すごくオシャレだ。そして、そこはかとない知性や潔さを感じる。鋭く時世をとらえる女性ニュースキャスターみたい。 ――イケてる! と満足した。 「部活、頑張ってね」 とお兄さんは励ましてくれた。 「はい」 と頬を紅潮させながら、亜由美はうなずいた。次回のカットのときも、この店でこのお兄さんに切ってもらおう。そう思った。 新しい髪型で店を出ると、高揚と照れ臭さが同時にあって、フワフワと地に足がつかない感じだった。 眼鏡屋さんのショーウインドウに短い髪の自分が映っている。さりげなくポーズなんて、とってみたりして、 ――イケてる! 改めて思う。ウットリとする。ナルシスティックな気持ちになる。 スッ と襟足に指をあて、滑らせる。ジョリジョリした刈り上げ部分が指の腹を刺激する。 ――気持ちイイっ! 思わず顔がほころぶ。 五月の陽光と風を耳にうなじに感じながら、亜美はバスに乗り込んだ。 しかし、翌日、市販のヘアワックスで髪をきめ、 ――クールビューティーな私を見て! とばかりにバレー部の練習に出たら、 「種田〜」 と増田は苦い顔をして、 「前髪は眉毛が出るくらい、って言ったでしょ」 違反を咎められ、他の部員たちも、 「そうだ、そうだ」 と増田に付和雷同。 ――え? え? と思わぬ反応に戸惑う亜美に、これまた体育会系のノリで、 「切っちゃえ、切っちゃえ」 となり、亜美は取り押さえられ、 「やめてっ! やめてェ〜!」 と狼狽してジタバタもがくのを、 「許せ、種田、一応決まりは決まりだ」 と工作バサミで、ジョキジョキジョキジョキ、前髪を切られた。 「やめて、ちょ、ちょっと! やめてってば!」 「動かないの」 ジ、ジョキジョキ、ジョキ 皆でよってたかって、カットされ、バラバラと落ちていく前髪に、 ――うひゃあ〜! 亜美は驚きのあまり、頭が真っ白になった。 隣のコートで練習していたバトミントン部も、この異様な光景に、ストレッチを中断して、呆然と、あるいは好奇心たっぷりに、一部始終を見守っていた。 眉毛どころか額が出るほど、短く切られた。それもギザギザに。クールビューティーからおサルさんに、一気に降格してしまった(無論ヘアスタイリング剤も禁止された)。 この亜美の一件で、バレー部員たちは他人の髪を切る面白さに目覚めてしまった。 それからは仲間内で髪を切り合うようになった。当初は限られたメンバーではじまったのが、いつしか皆、互いにカットするようになり、それが慣習となってしまった。 これじゃ、もう、あの美容院に行けないじゃないか!と亜美は憤慨する。 ――あのお兄さんに会えないよォ〜! 嘆いてもどうにもならない。 「南」 と呼ぶと、 「はい」 と田中南は振り向いた。 一年前とは見違えるくらい、田中南は変貌を遂げていた。 背は部員の誰よりも高いし、だいぶ大人びた。ギリシャ彫刻のような端正な顔だちを前にすると、同性の亜美でさえ、いや、同性だからこそか、ハッとときめくものがあった。 何より、南はバレー部に欠くことのできない天才プレイヤーに成長していた。 亜美はバレー部の主砲の座を、南に引き継いでもらうつもりだった。 「今回の大会は、残念な結果に終わったけど、アンタたちには来年がある」 だから自分たちの分まで頑張って欲しい、というと、 「わかりました」 南は淡々と応じた。笑顔ひとつ見せなかった。 以前は無邪気でオッチョコチョイで愛嬌のある小娘だったのが、祖母の死を境に、他人に対して壁をつくるようになった。それも、また大人になるための、一つのステップなのかも知れない、と亜美は思う。 「先輩は――」 南は不意に口を開いた。 「高校に行ってもバレー、続けるんですか?」 「わかんないよ」 亜美は肩をすくめた。 「この三年間で自分の才能の限界にも気づいちゃったしね。映画が好きだから、映研にでも入ろうかなと思ったりもするし」 「そうですか」 と応じる南の目も声も無感情だった。 ――この娘にとっては、他人がバレーを続けようが続けまいがどうでもいいんだろうな。 と心中、苦笑したが、 「でもね」 と亜美は構わず続けた。 「このバレー部での三年間は、私にとって一生の宝物になると思う」 「そうですか」 南は相変わらず冷ややかに応じた。 ――やれやれ。 と、また心で苦笑するが、南は自分が「後継者」と見込んだ相手だ。だから、 「南、アンタは才能あるんだから、絶対バレーやめちゃダメだよ」 とエールを送った。ちなみに南、一時アニメや漫画にハマッてバレー部を一度やめている。出戻りだ。 「はい」 と南は答えたが、やはり感情が動いた様子はなかった。そして、 「じゃあ、先輩、アタシはこれで。長い間ありがとうございました」 型通りの挨拶をして、クルリと踵をかえすと、亜美の許から去っていった。 亜美は南の背中を見送る。 短く刈り込まれた南の襟足。 ――あの髪から、色んなことが始まったんだな。 ぼんやり思う。 そして、南本人のことを考えた。 他人に対して心を閉ざし続けている南。 ――今はそれでいいのかもね。 でも――、と思う。 遠くない将来、彼女の築いた壁を乗り越えて、スッと手を差し伸べてくれる人が現われるだろう。それが誰かはわからないけれど、そんな予感がする。 亜美も南に背を向け、歩き出す。光差す未来へ、歩き出す。 ふと、大会前、友人の成美に散髪してもらった不揃いのショートヘアに手をやる。 あの日の美容師のお兄さんとの会話を思い出す。 ――さあ、受験受験! その先には、髪を切ったことを笑って話せる未来が待っているだろう。そんな確信を胸に、亜美は颯々と歩いていく。 とりあえずは、このまま図書館にでも寄って、勉強をしようかと柄にもなく考えた。 (了) あとがき 「図書館では教えてくれない〜」の第一章と第二章の間のお話です。結構気楽に書けました。どんどん言葉が出てきて、スムーズに進みましたね〜。 お話の中に出てくる総ガラス張りの美容院にはモデルがあります。 隣市の美容院で、人通りの多い場所にあり、店内が丸見え。通りかかるたび、カット中のお客さんをチラ見して、「よく平気だなあ」と感心(?)したりしていまして。。 ちなみにモデルといえば、「図書館では〜」シリーズに出てくる恵方図書館にもモデルがあります。やはり隣市の図書館です。 図書館といえば、ここ数年くらい、あちこちの図書館で本を借りまくってます。結構良い本に出会えてありがたいです。 皆様も読書の秋、ブラリと図書館に立ち寄ってみては如何でしょうか? 最後までお読み下さり、ありがとうございました♪ |