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散髪屋ケンちゃん


 ヘアーサロン宮崎で働いている理髪師・皆川健介(みながわ・けんすけ 25歳独身)は、ある日、店主から、出張理髪を言いつけられた。
「で、どちらのお宅ですか?」
と訊けば、
「千秋庵(せんしゅうあん)だ」
と健介もよく知っている尼寺の名前が返ってきた。
「あそこにお年寄りなんていましたっけ?」
 首をひねる健介。
 出張理髪を頼むのは老人がほとんどだ。
「いない」
と店主は首をふった。
「庵主さんが剃髪するんだとさ」
「うへっ」
 思わず変な声を発してしまった。
 健介が驚くのも無理はない。
 千秋庵の庵主、佐伯目蓮(さえき・もくれん)は近郷近在でも指折りの美女で有名だ。はんなりとした京風美人。美人なだけでなく、品もある。尼僧らしく独り身を通している。用もないのに足しげく寺に通う檀家の男は数知れず。
 健介にしても、お盆のときなど、丈長き黒髪を結い上げ、自転車をこいでお参りに回っている目蓮の姿に目を奪われ、密かに胸をときめかせている。
 その目蓮が自慢の髪を落とすと聞いて、健介はオロオロと、
「な、なんで、また急に?」
「知らん」
 店主はにべもない。
「しかし、さすがに世間知らずというか、お嬢さん気質というか、散髪するのなら向こうからウチの店に来ればいいものを」
 たしかに目蓮は浮世離れしたところがある。
 出張理髪は基本、外出が困難な老人や障害者向けのサービスだ。「直接店に来い」という店主の言うのも当然だ。
 が、健介は店主のボヤきなどそっちのけで、浮き立つ胸をおさえかねていた。
 ――目蓮さんをクリクリ坊主に・・・
 彼は元々、客の頭を坊主にするのが好きだった。坊主刈りをオーダーされると、テンションがあがった。気の弱そうな少年を説き伏せて坊主頭にしたことも、何度かある。
 そのうち、
 ――長い髪を一気に坊主に刈ってみたい!
という願望が芽生えはじめていた。
 女性でも構わない、とにかくロングへアーを丸坊主にしてみたい!と足摺りするように思っていた。
 熱望していたら、突如、女性からの坊主オーダー。しかもその女性は、なんと憧れの佐伯目蓮!
 あまりの僥倖に目がくらみそうだ。
「やけに嬉しそうだな」
「イ、イエ、そ、そんなことは」
 健介はあわてた。
「まあ、いいさ。あの尼さんだったら、俺だってお近づきに――」
「その言葉、奥さんには内緒にしておきます」
「う、うるさい! さっさと行って来い」
という店主の叱声を背に、健介は千秋庵へと向かったのだった。

 庭の鉢植えに水をやっていた佐伯目蓮は、理髪店の車で現れた健介を見ると、
「あら」
とコケティッシュに微笑した。
「早かったわね」
 細面で笑うと目がなくなり、真っ白な糸切り歯がのぞく。ふるいつきたくなるような美人だ。今年で30歳になるというが、なかなかどうして、十代の娘のような瑞々しい肌をしている。
 長い黒髪をヘアゴムでまとめている。
 服装はグレーの作務衣。
 非のうちどころのない美人尼僧ぶりだ。
「ご利用ありがとうございます。ヘアーサロン宮崎の皆川です」
と挨拶しつつ、
 ――この人を坊主にするのか!
 興奮する。

 日当たりの良い一室に通され、そこで目蓮の剃髪をすることになった。
「なんで、頭を剃るんです?」
と尋ねたら、
「今度、御本山で儀式があってね」
 聞けば、平安時代から続くその儀式は、正式な僧侶になるために避けては通れないもので、参加の際には必ず頭を丸めなくてはならないという。
「本当は剃りたくないんだけれどね」
 目蓮は苦っぽく笑う。
「まあ、女の人には辛いですやね〜」
 表向きは同情してみせる健介だが、内心はウキウキしていた。
 サバサバと剃髪されるより、「嫌がりつつも仕方なく」というパターンの方が萌える。
 髪が飛び散っても大丈夫なように、床にシートを敷き、ヘアーキャッチケープを目蓮の身体に巻いた。
 束ねられた髪をほどく。息をのむほど、長く美しい髪が、サラサラとケープの上から持ち主の身体を取り囲んだ。
 ――これ、全部刈っちゃっていいのかよ・・・。
 流石に健介は怯む。
 健介の逡巡を見抜いたわけではないだろうが、
「遠慮しなくていいわよ」
という目蓮の言葉に背中を押されるように、気を取り直し、仕事にとりかかる。
 業務用のバリカンを持つ。スイッチを入れる。
 ビイイイイイィィィン
と静謐な庵寺に相応しくないモーター音が鳴り響く。
「あら」
 目蓮は見慣れぬ器具と聞きなれぬ機械音に目を白黒させている。
「バリカンなんて使うの?」
「はい、剃刀だけだと時間がかかるので」
「そう」
 目蓮はうなずいたが、不本意そうだった。実務一点張りの剃髪に、夢見がちなお嬢さん育ちの彼女は少なからず動揺しているようだ。
 バリカンに心揺れる目蓮に、健介は嗜虐心をかきたてられる。
 そもそも目蓮の長すぎる髪を剃るには、まずハサミで粗切りするのが通常の作業手順だ。
 けれど丸刈り好きの健介は、長い髪にバリカンを入れたい、という誘惑に抗し切れず、いきなりバリカンでのカットに取り掛かったわけで、でもまさか目蓮が彼の商売道具に抵抗感を示すとは、思いがけない収穫だった。その初々しさが、
 ――たまらんわ〜。
と健介を喜悦させる。
 ――庵主さんのバリカン処女、頂きます!
 「欲望」のおもむくままに、前髪を持ち上げ、低く唸るバリカンを額の生え際にあてる。
 ピクリと目蓮が肩を波打たせた。
 構わずバリカンを生え際に差し入れると、一気に手前にひいた。
 ズシャアアアアァァァ
 忽ち、髪がバリカンの動きに合わせてめくれ上がり、クッタリと力尽きたかのように頭から離れ、ケープに落ちた。バサッ。
 あとには6mmの丸刈りの小道が、目蓮の頭髪を左右に引き裂いている。
 目蓮は、無言。しかし、その表情からは、かなりの心理的ショックが見てとれる。
「さあ、これで、もう後にはひけませんよ」
 ことさらに目蓮の喪失感に拍車をかけることを言う健介だ。
 健介はさらに刈った。
 ビイイイイン
 ザザザザ〜〜
 バリカンはどんどん丸刈りの領土を拡大していく。
 すぐに落ち武者のような頭になる。
 目蓮は初めて牛肉を頬張った明治時代の人のように、渋い顔をしている。顔のしかめ方にもそこはかとない品が漂う。
 ――いいよ、いいよ、いいよ〜!
 健介は興奮をかきたてられる。
 ――もっと! もっとだ!
 健介は夢中でバリカンを操った。そこはプロなので、忘我状態になりかけながらも、手は的確に「作業」をすすめていく。
 バリバリと長い髪が剥ぎ取られ、ケープに積もっていく。落髪がケープを叩く度、空気が揺れ、ほのかなシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐる。
「流石プロねえ」
 目蓮が褒めた。しゃべることで不安を紛らそうとしているのだろう。
「手際がいいわ」
「いや〜、そうッスか?」
「ええ、“職人さん”って感じがする」
「いやいや、オレなんてまだまだヒヨッコですよ〜」
 言いながらも、健介は見事な職人技で、目蓮の髪を断っていく。
 前頭部と両側の髪を刈り込む。目蓮の頭は徐々に徐々に丸く仕上げられていく。
「やっぱり尼さんは坊主頭の方が有り難味が増しますね」
「そうかしら」
 目蓮は硬い表情のまま、口元を歪めた。笑おうとして失敗している。
「庵主さんは今まで頭丸めたことないんスか?」
「ええ、生まれて初めての坊主よ」
「一回くらい坊主になるのも悪くないッスよ、尼さんなんだし」
「う〜ん」
 目蓮は納得いかない様子で、
「夏だったら坊主頭もいいんだけどね」
 確かにこの季節に坊主頭は寒かろう。
 話している間にも目蓮の髪はなくなっていく。バサッ、バサッ。
 後ろの髪にとりかかる。
 長い髪を左手にひっかけ、暖簾のように、すいっ、と左に寄せる。そうやって覗いた右の後ろ髪の付け根にバリカンを差し入れる。
 ビイイイイイィィン
 ザザザザ〜
 そして、左へ、左へ、刈っていく。
 ドボドボと長い美髪が滝のように落ちていく。
 ――堪えらんねえなあ。
 丸刈りマニアの健介はすでに絶頂に達している。
 とうとう、最後に残った左の耳の後ろにチョロンと生えている髪を刈った。
 あとは刈り残しのないよう満遍なく頭全体にバリカンをあてた。
 美人尼僧・佐伯目蓮は10分足らずで、すっぽりと丸刈り頭にされてしまった。
 地元の男たちのため息が聞こえるようだ。
 健介は左手で目蓮の頭に残る毛屑を、バッバッと払った。刈り込まれた6mmの髪がジョリジョリと掌を弾く。気持ちいい!
 目蓮はあまりにスピーディーなカットに、感傷が追いつかず、ただ呆然と端座している。
 続いて、剃刀での剃髪にうつるのだが、
「庵主さん、す、すいません、トイレをお借りしたいんですが」
 もう辛抱できない。
「あ、ああ」
 目蓮も我に返り、
「そこの廊下の突き当たりよ」
 健介はトイレに駆け込んだ。
 生憎トイレは和式だったが、つい今し方、目蓮の髪を刈った感触や、目蓮の髪や坊主頭の触り心地、長髪から坊主頭へのビジュアル上の変貌などを思い返し、存分に自らを慰めた。

 トイレから戻る。
 健介に置き去りにされた目蓮は自分の髪にまみれて、丸刈り頭を晒し、半ば放心状態で端座したままだ。
「すいません」
と謝り、剃髪にとりかかった。
 タオルで頭を蒸し、シェービングクリームを塗りたくる。
 そして、剃刀で6mmの髪を、
 ジッジッッジッ
と剃っていく。
 職人技の限りを尽くし、目蓮の頭を仕上げる。
 青い地肌が段々と剥き出しになる。もぎたての果実のように瑞々しく、その鮮やかな色合いは健介の目を愉しませた。
 襟足のところを剃ったときなど、あまりの清々しさに、危うくまた絶頂に達しそうになった。
 さらに剃る。もっと剃る。
 初めて剃髪する目蓮の柔らかな頭皮を傷つけないように、時間をかけて剃っていく。
 床屋と違い椅子がないので、健介も身を低くして膝立ちになっている。この態勢でずっと作業をするのは、結構しんどい。
 それでも剃る。
 ジー、ジ、ジ、ジー
 ジ、ジ、ジ〜、ジー
 ジ〜、ジジ、ジ〜
 ジジー、ジ、ジ、ジ、ジー
 目蓮の頭が剃りあがった。
 ――おおおっ!!
 見事な剃髪尼僧ぶりに、健介は激しい興奮をおぼえた。
 剃髪頭にローションをすりこむ。床屋特有の匂いが室にたちこめた。
 散った髪を片付ける。すごい量だ。
 表向きは平静に仕事をしているが、下半身は冷静ではいられない。
 長い髪を落とした目蓮はますます美しい。
 青々とした頭は清らかでありつつも、エロティックだ。
 しかし、
「あらあら」
 ハンドミラーで新しい自分と対面した目蓮は、あまり満足していないようだ。
「なんだか小坊主さんみたい」
「メチャメチャ似合ってますよ」
という健介の本心からの言葉にも、
「そうかしら」
 釈然としない様子で、
「はあ〜」
とため息をついていた。
「あ、庵主さんッ!!」
 健介はもう我慢ができない。
 ガバッと目蓮に抱きついた。
「ちょ、ちょっと! み、皆川さん?!」
 目蓮は狼狽し、健介を突き放そうとしたが、忽ち組み敷かれた。
「な、何するの?! み、皆川さん!」
 健介は構わず、強引に尼の作務衣を剥ぎ取った。
「庵主さん! 一回で、一回でいいんで、オレの思いを遂げさせて下さいっ!」
「堪忍、堪忍してぇ!」
 目蓮は抵抗したが、情欲に身を任せきりケダモノと化した健介には、蟷螂の斧だった。
「庵主さん、ずっと好きでした!」
「堪忍、堪忍!」
 健介は尼の色香をたっぷりと愉しんだ。
 堅城陥落。目蓮もいつしか健介に身を委ね、不意打ちの交合を悦んだ。
 何度も抱き、抱かれた。
 目蓮は剃りたての坊主頭を振り、揺らし、のけぞらせ、汗ばませた。テカテカの坊主頭から湯気が立ちそうだった。
 健介も夢中で身体を動かした。二度三度と果てても尚、目蓮を求めた。

 ことが終わり、
「また来てね」
と目蓮は愛おしそうに健介の肩を撫でた。
「勿論」
 健介も名残惜しげに目蓮の丸い頭を撫でた。
「また出張サービス、呼んで下さいよ」
「あら」
 目蓮はケラケラと笑い出した。
「そうしたら髪伸ばす暇もないわ」

 店に戻ったら、
「やけに時間がかかったな」
と店主に言われた。
「ええ、まあ」
 曖昧に笑う健介。
 店主は不審そうだったが、それ以上は詮索しなかった。

 以来、健介は千秋庵にたびたび出張理髪におもむくようになった。
 佐伯目蓮の頭を剃ってやっている。
 無論、セックスにも耽る。というか、そっちの方がメインだったりする。
 目蓮は本当は儀式が終わったら髪を伸ばすつもりだったのだけれど、蓄髪したら健介を庵寺に呼び出す口実がなくなるため、仕方なく剃髪を続けている。
 健介にしてみれば、目蓮は髪があった頃よりずっと艶かしく思える。
 ――スキンヘッドに裸ってエロいなあ。
 だから、目蓮を剃髪するにも精が出る。毎回熱心に剃りあげている。
 店主は相変わらず、
「わざわざ出張サービスを頼まんでも、うちに来ればいいのに」
としょっちゅうボヤいていたが、目蓮が規定の料金よりも多くお金を払うので、次第に何も言わなくなった。健介と目蓮の関係にも薄々気づいているようだが、それについても黙っている。
 本日も健介は千秋庵に出張。
「チワーッス、ヘアーサロン宮崎です!」
「あら、いらっしゃい」
 目蓮は健介だけに見せる艶治な笑みで、彼を迎え入れた。
「失礼します」
 いつもの室に移動する途中、さりげなく寝室を確認する。ちゃんと布団が敷かれていた。
 ――デヘヘヘ
 散髪屋ケンちゃんは今日も行く。
 坊主頭になりたい女性は是非、ヘアーサロン宮崎にお電話下さい。




(了)



    あとがき


 以前から書きたかったネタです。
 タイトルを決めるのは大抵最後で、大抵難航するんですが(何日もかかる)、この小説は書き始めたときから、タイトルが決定していました。元ネタは「洗○屋ケンちゃん」です(古い!!)
 出張理髪の知識がほとんどなく、どういうふうに作業するのかがわからなくて、結構ごまかしている部分があります(^^;
 最後までお付き合い下さり、感謝感謝です♪♪




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一眼レフ
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