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MAYUKA


昼前になって、ようやく目が覚めた。
幸い、口うるさい母は外出しているらしい、キッチンのテーブルには唐揚げとサラダがラップをかけて置いてあった。
すぐ食べる気にはなれない。
この稿の主人公、韮崎繭香(にらさき・まゆか)は冷蔵庫からミルクを取り出した。それから食器棚からディズニーキャラクターの絵のついた自分のマグカップを取り出した。
トプトプとマグカップにミルクを注ぐ。
注ぎながら、何の気なしに壁のカレンダーに目をやる。
 金曜日の日付がマジックで赤く囲まれている。その下に、
 繭香中学入学式
と書き込まれている。
 ――いよいよか・・・。
 入学式までもう一週間もない。
 ――あれ?
 繭香の視線は少し左にずれる。
 火曜日にも赤い丸が・・・。昨日まではなかった赤丸・・・。
なんだかいやな予感がした。
 赤丸の下には、

 繭香の散髪

という五文字が父の筆跡で大書されていた。
 ――うひゃあああ!!
 ミルクがマグカップから溢れた。
 来るべきものが来た、という感じだ。ある程度、覚悟は決めていたが、あくまで、「ある程度」なので、こうしてスケジュール化され、現実として目の前に突きつけられると、激しく動揺してしまう。
 「繭香の散髪」の下には、やはり父の字で、

 絶対決行!!

という四文字+!マークが躍る。父の並々ならぬ決意、家長としての義務感、隠し切れぬ喜悦がヒシヒシと伝わってくる。
 今日は日曜日。
 繭香は思わず確かめるように自分のロングヘアーに手をやった。さらに勢いよく後ろへとかきあげてみた。
二日後にはこの髪はゴミ箱の中・・・。
胸がしめつけられる。
 ――わかってる・・・わかってるけど・・・
 髪を切る前にどうしてもやっておきたいことがある。
 ミルクも昼食もそのままに、繭香は自室にとって返す。そしてしばらくパソコンをいじりはじめた。
 一時間のあいだに、繭香は髪をリボンでツインテールに結い、お気に入りのワンピースを着た。それなりにメイクもし、爪にもマニキュアを塗った。
 できる限り、目一杯、めかしこむと、階下へ降りた。
 繭香の家は理髪店を営んでいる。割合、モダンな佇まいの店で、たまに女性の客が来店することもある。
 今日も、そっと一階の店をのぞくと女のお客さんがいた。
「あ、繭香ちゃん!」
 女のお客さんに見つかってしまった。
「れ、礼奈ちゃん、ひ、久しぶり」
 繭香はひきつった笑顔で応じた。
 客の名は日暮礼奈。繭香の同級生だった。
 小学生時代は繭香と二人、「かぐや姫コンビ」と半ば憧れ、半ば冷やかしで呼ばれていたロングヘアーの持ち主の礼奈だったが、もはや「かぐや姫」の面影はとうに失せ、バッサリと短めのオカッパに刈り込まれていた。中学進学にあたり、本日ついに断髪に踏み切ったらしい。
編んだり、結んだり、ほどいたり、まとめたり、さまざまなアレンジを楽しみながら周囲にその存在を誇示していた長い髪は、黒ペンキをこぼしたかのように床に広がって落ちていて、理髪師――繭香の父に土足で踏まれていた。
 ――ああ!
 思わず息をのむ繭香に、
「親が、中学に入るんだから切れ切れってうるさくてさあ」
 眉上2cmほどに前髪を切り詰められて、礼奈は照れ臭そうに断髪の舞台裏を明かす。鼻の頭に細かな髪の毛がくっついている。「かぐや姫」から見事に「金太郎」へと変貌を遂げていた。
「出かけるのか?」
 作業を続けながら、父が訊いた。
「うん、ちょっとね」
「早く帰って来いよ」
「わかってるってば」
という反抗期に入りかけている娘の返事に、父は苦笑して、
「礼奈ちゃんはえらいなあ」
 ことさらに娘の級友を褒めた。
「ちゃんと親の言うこときいて、髪の毛切りに来るんだから」
「そんなことないですよ」
と礼奈ははにかみながら、ケープから手を出して、指でチョイチョイと鼻の毛屑を払った。よっぽどくすぐったかったらしい。
「繭香ちゃんだって髪、切るんでしょ?」
 繭香にとって、愉快ではない話の流れになる。
「ああ、勿論切るとも」
 繭香の代わりに、父が言い切った。
「当たり前だろう? 床屋の娘が長い髪のまま、中学に入ったら俺が恥ずかしいもの」
 理髪師の父がいるにもかかわらず、繭香は物心ついた頃からこれまで、まともに散髪してもらったことがない。
 父にカットを頼むにしても、前髪や毛先をチョコチョコ、と整えてもらう程度。
 父にはそれが不満で、繭香が小学校の高学年になると、
「髪短くしたらどうだ?」
 お父さんが切ってやるぞ、としきりにヘアカットをすすめてきたが、その都度、
「切らなくていい」
と繭香は頑なに拒んできた。
 拒めば拒むほど、父は娘の髪を切りたがり、父が断髪を強いようとすればするほど、娘は意固地になった。「切ってやる」「いやだ」の繰り返しで、小学校時代は終わった。
 そして現在、地元中学の明文化されたルール及び、地域社会の暗黙のルールの下、断髪を余儀なくされた娘に、父はうずうずしている。明後日には、晴れて娘の髪に思い切り鋏を入れられる。娘の門出に髪を切ってやれる。親として理髪師として、たまらない喜びだろう。
 髪を切り終えた礼奈は
「なんかスースーする」
とさっぱりした襟足をなでて笑っていた。「6年1組かぐや姫コンビ」は解散だ。
「中学生らしくなったじゃないか」
と父は聞こえよがしに言って、礼奈の髪にドライヤーをあてていた。
 ――こんなことしてる場合じゃない!
 思わぬタイムロスに繭香はあわてる。
 ――行かなくちゃ!
 小走りに店のフロアを抜け、入り口へ。多少の居たたまれなさもあった。潔く長い髪を切って中学生になる準備を万端整えた元クラスメイトに対し、いまだ小学生の頃の髪型のまま、グズグズしている自分。どっちが立派か?となると、正直、軍配は礼奈にあがるだろう。
 店を出た途端、
 ドン
と来店してきた客と正面衝突。今日はとことんツイてない。
「す、すみません!」
 あわてて謝る。
「あれ? 韮崎」
「あ、渡部!」
 謝って損した、と後悔した。
 ぶつかったのは、やはり元クラスメイトの渡部冴貴。繭香の「天敵」だ。
 しょっちゅう、
「このロン毛ブス」
と教室で繭香をからかってきて、
「なんだと!」
と繭香が怒って追いかけると、
「おお、怖っ」
とおどけながら逃げる。いやなやつ。
「お前、その髪型似合わねーぞ」
と百万遍も言われた。本当にいやなやつ。
 冴貴は繭香の店の常連で、繭香の父にも
「オジサン、韮崎の髪、切ってあげなよ」
あんなに長い髪の女子、クラスにもほとんどいないよ、来店するたび、そそのかしていたらしい。やっぱりいやなやつ。
 今日も案の定、
「韮崎、お前まだ髪切ってないのかよ、床屋の娘のクセに」
とからんできた。
「うっさいなあ!」
「そんなロン毛で入学式に出たら、中学の先生に殴られんぞ」
「わ、わかってるよ・・・」
 繭香は急にトーンダウンした。これから入学する中学は厳しいと評判だ。いつも竹刀を持ち歩いている教師もいるという話だ。
「どうせ、お前が髪を短くしても泣く男はいねーよ。心おきなく髪を切れ」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
 冴貴をふりきって駆け出す繭香。今は冴貴の相手なんてしている暇はない。

 お目当ての男性は駅前の「嘉田の尼御前さま」のブロンズ像の前に立っていた。
 会うのは初めて。本当の名前も知らない。ネットの、とあるコミュニティで知り合った。HNはヤクロウ。繭香は「ヤックン」と呼んでいる。本人の弁を信じれば20歳の大学生だという。
 会うまでは不安でいっぱいだったが、ルックスもそこそこイケてるし、普通の青年で安心した。
 先方も繭香に気付いた。
「MAYUちゃん?」
とHNで確認してきた。
「はい」
と繭香は笑顔でうなずき、
「ヤックン?」
と確かめた。
「ああ、うん」
 ヤックンは露骨に失望した顔をした。
 ――何よ。
 自尊心を傷つけられて、繭香は心の中でふくれる。そりゃあ、アタシはそんなに可愛くないけれど、アンタだって小学生目当てのロリコンでしょ!
 だがメゲてる場合じゃない。
 中学に入る前に絶対やっておきたいこと・・・それは・・・
 ロストバージン!
 世間にあふれかえる性情報。小学生も高学年になれば、セックスに興味を持ちだす。好奇心や憧れから、自分もしてみたいと思う。
 これから入る中学は厳格で知られる校風。男女とも髪は短く切らなくちゃならないし、外出するときも制服着用が義務付けられている。
 オカッパor芋ショートにセーラー服なんていう田舎娘が街を歩いても、ハナもひっかけられないし、仮にそういうのが好みのモノズキがいたとしても、周囲の警戒網が厳しい(だから非行防止になるんだけどね)。
 入学したら、向こう三年、性経験は難しい。
 ――だから今のうちに!
と繭香は焦りに焦っている。
 ネットでヤックンと知り合って、液晶画面越しにかかわるうちに
――この人なら!
と意を決し、今日会う約束をとりつけたのだった。
 明後日には断髪が控えている。今日中にケリをつけなくては。

 とりあえず、ファーストフードの店に入る。
 大学生のヤックンはそれが地なのか、繭香が彼の好みではないからなのか、あるいはその両方からか、会ってから、ずっとローテンションで、繭香が一生懸命場を盛り上げる努力をしなくてはならない羽目になった。自分のことや学校のことを話したり、いろいろ話題をふったり、無理して下手くそな冗談を言ってみたり頑張ったが、ヤックンの反応は今ひとつ。
 ――こういうのってフツー、男の人の役目なんじゃないの?
 空回りしまくって、ホトホト疲れる。元々社交的な性格でもない繭香なので、その「無理してる感じ」がヤックンにも伝わってるのか、会話は一向に弾まない。
 ――こうなったら、奥の手・・・。
と腹を括った繭香がロストバージンの話をチラつかせると、ヤックンは途端に目の色を変え、それまでとは別人のように積極的になった。
 明後日断髪する予定だという話をしたら、
「ええ〜、切っちゃうの? せっかく長くて綺麗な髪なのにもったいないなあ」 と見え透いたお世辞を言ったりなんかして、
 ――男って現金だな〜。
 ひとつ勉強になった。でも、まあ、ヤックンは繭香の髪を惜しんでくれた、この世で唯一の人間わけで。
 ファーストフード店をあとにして、ヤックンが車をとめているパーキングへと向かう。
 ――ヤックンの車、ボロい!
 家族で共有している車らしい。小学生からすれば大学生は雲の上の人、オトナだが、よくよく考えたら、たいした収入があるわけでもない。ラブホテルもリーズナブルなところに落ち着きそうだ。多少不満だが仕方ない。
「本当にいいの?」
と念を押してくる肉食獣に、
「うん」
と繭香は笑顔をつくってみせる。
「大丈夫。ヤックン、あたしのタイプだし」
「そっか、うん、じゃあ、乗って」
 ヤックンにエスコートされ、車に乗ろうとしたら、
「あれ、韮崎じゃね?」
と声をかけられた。
誰かと思ったら、
「あ、ミッチャン、それにトモちゃん」
 近所のお姉さんたちだった。ほんと、今日は知り合いによく会う日だ(汗)
「“ミッチャン”じゃね〜」
 中条先輩だろ、津和野先輩だろ、と二人ともすでに先輩面で小突かれた。お互い、小学生の頃は和気あいあいと遊んでたのに、何かヘンな感じ。
 部活の対外試合の帰りらしく、大きなバッグをさげ剣道道具を担いだセーラー服姿の二人は、
「この人、誰?」
と訝しげにヤックンを見る。
 繭香がうまく誤魔化そうとするより先に、
「い、いや、あの・・・」
 ヤックンは大慌てで、
「ちょっと道を訊いただけで・・・」
 モゴモゴと言い訳して、車に乗ると走り去ってしまった。ひとり置き去りにされる繭香。半年間練りに練ったロストバージン計画はあえなく頓挫。
「それにしても何だよ、韮崎」
 先輩たちの矛先は繭香に向けられる。
「チャラい服着てんなあ」
「メイクとかしてるし」
「お前、まだ髪切ってないのかよ。大丈夫か、入学式今週だぞ?」
「床屋の娘のクセにさ」
 皆同じことを言う。
「は、はい・・・」
 うつむく繭香。
「あ〜あ〜、短い髪の韮崎、早く見たいなあ」
「切っても中途半端な長さだったら、ウチらが即行シメるよ」
 ネチネチとからまれる。面倒な先輩をもってしまった。日頃、オシャレを規制されている鬱憤が、着飾った「後輩」を前に小爆発してしまったのだろう。繭香こそ、いい面の皮だ。
「韮崎、お前、入学したら剣道部に入れよ」
「え?」
 繭香は思わず顔をあげた。
「中学は全員部活動に入部する決まりだからさ。ウチらが鍛えてやるよ」
「剣道部はいいよ〜。体力だけじゃなくて礼儀作法も身につくし、お前、チャラいトコあるから、ピッタリだよ」
 いつしか部員の勧誘になっていた。
「い、いや〜、あたし、パソコン部に入ろうかと――」
と真っ青になって断ろうとしたが、先輩二人がかりで「説得」され、
「わかりました」
と剣道部入部を約束させられた。普段の繭香だったら、うまい具合に話をはぐらかして先輩の魔の手から逃れていたのだろうが、ヤックンに裏切られ、脱処女計画も白紙になって、
 ――もうどうでもいいや・・・。
と何処かでヤケになっていた。
 結局、「オトナ」になるつもりで街に出て、「剣道部員」になってしまった。
「よし、決まりだ」
と先輩たちは、
「まず、このチャラいロン毛切って来い!」
「サッパリと短い髪で入部しろよ!」
 嬉嬉として断髪を命じた。
 ――ああ! 切りゃいいんでしょ、切りゃ! 切ってやるよ!
 捨て鉢な気分で思った。
 父や冴貴の顔が浮かぶ。

 そして、火曜日。
本来休業日のカットサロン韮崎は繭香ひとりのために開店。
 シャッターをおろした店内で、繭香の髪は校則に合わせ、短く切り落とされた。
 繭香にとって、物心ついてから初めての本格的なヘアーカットだった。
「よーし、切るぞ〜」
と父は嬉しそうに腕をふるった。
 繭香はケープを巻かれて、俎板の上の鯉状態、神妙な顔で鏡を睨んでいる。
 父はいきなり大きな鋏でザクザクと繭香の長い髪を粗切りしていった。湿された髪がバッとケープに落ち、
 ザアァーー
と音を立てて床に向け滑り落ちていく。さらにジョキ、ジョキ、バッ、サァー
 肩から下の髪が消えた。あっという間だった。
 それでも、まだカットは終わらない。
 シャキシャキ、シャキシャキ
 本当は泣きたい。でも無理して笑う。意味もなく笑うのは変なので、
「くすぐったい」
と理由をこじつけたりして。
 しかし父の鋏がどんどん入り、みるみる髪が短くなるにつれ、強がってもいられなくなる。
 前髪は眉の長さに切り詰められ、サイドは紅潮した頬と同じ位置、襟足はやや長めに揃えられ、マッシュルームカットにされた。
 だが、
「う〜ん」
 父はその長さに不満らしい。鏡の中の娘と実物を何度も見比べ、思案している。
 やがて、コメカラに鋏を潜り込ませ、前髪をさらに眉上、なんと10cm近くも詰め出した。
 散髪は終了したとばかり思い込んでいた繭香は、父の決断に仰天し、
「お父さん!」
と悲鳴のような声をあげた。
「お父さん! もういいってば! もう十分切ったってば!」
 でも父は、
「いや、まだ長い」
と納得しない。
「十分短か――ああぁぁ〜」
 切られた前髪がバラバラ落ちてくるので目があけられず、口も閉じざるを得ない。小さく肩を揺さぶって抗議したが、たちまち父に押さえられた。
 目をあけると、白い額が飛び込んできた。
 ――うぎゃあ!
前髪は頭悪そうなほど短くされてしまっていた。
「耳も出した方がいいな」
「もういいってば!」
「いや、やっぱり耳は出そう」
「もういいよっ!」
 父は娘の嘆願を無視して、クリップでまず右サイドの髪をとめ、耳の周りを、ぐるり、と切りはじめた。切りながら、
「お父さん、中学のとき、はじめて付き合った女の子が陸上部の娘でなあ」
と昔話をし出した。
「男の子みたいに髪を短くしてて、それが逆に、こう、色っぽくてなあ、清潔感もあって、未だに思い出すよ。ああいう髪型、好きなんだよなあ」
 ――だからって、なんであたしがお父さんの好みの髪型にされなきゃなんないわけ?!
と繭香、大いに憤慨するが、これも理髪師の父をもった娘の悲劇といえば悲劇といえる。
 父はそんな繭香の気持ちなど知らず、いや、知っていても無視して、今度は左の耳の周りを切った。
 左の耳も露になった。
「お前、可愛い耳してるなあ」
と父が驚いたように褒めた。はじめて異性に「可愛い」と褒められたが、褒めたのは父、褒められたのが耳、では大して嬉しくもない。
 耳をすっかり出し、モミアゲは尖った三角形にされた。
 襟足も前とサイドに合わせ、短く刈られる。
 チャッチャッチャッチャッ、とリズミカルに鋏が鳴り、コームがうなじを遡っていく。その動作が何度も何度も繰り返される。
「さて」
と父が仕上げに取り出したのは、なんと、
バリカン
だった。
「ちょっと、お父さんッッ!! どんだけ短くするつもりなのッッ?!」
 繭香は目を飛び出さんばかりして叫ぶ。
「大丈夫だよ」
 父は繭香をなだめるように言った。
「坊主にしたりしないから。後ろをな、ちょっと整えるだけだから。お前の髪、直毛だから、短くするとはねちゃうんだよ」
 そう説明されると、繭香も渋々黙った。
 ウィ〜〜ン
とモーター音。床屋に生まれて、バリカンの音は何度も聞いたことはあったが、こんなに間近、しかも自分に向けられているバリカンの生音はぞっとしない。
 バリカンがうなじにあてられる。すごく冷たい!
 ジ〜〜
 ジ〜〜
 ジ〜〜
 ジ〜〜
 四回で済んだ。
 ようやく散髪は終了。
 まじまじと鏡の自分を確認する。
 ――ありえねえぇぇ〜〜!!
 涙がチョチョ切れそうになりながら心の中、絶叫した。サルになってしまった・・・。
 以前、テレビの懐メロ特集で「せんせい」を歌うデビュー当時の森昌子のVTRを観て、
「変な髪形〜」
と大笑いしたことがあったが、まさか自分が似たような髪形(しかももっと短い!)になる日がくるとは・・・。
 ――森昌子さん、ごめんなさい。
と森昌子に詫びた。
「もうちょっと早くこれくらいの頭にしとけば良かったなあ」
 父はすっかりご満悦で、娘の短髪を撫で回しながら、毛屑を払っている。切った髪を、サッサッと掃き集め、
「取っておくか?」
と訊いた。そこら辺、ちゃんと娘の女心に対しての配慮もある。
 が、
「いい」
と繭香はぶっきらぼうに答えた。自分でも不思議だ。切る前は散髪したら、切った髪は記念にとっておこうと考えていたのに、切ってしまったら、もうどうでもよくなってしまった。
「せっかくだから、筆にしてもらおう」
「お父さんの好きにすれば」
 シャンプー、そしてドライヤー。
 ようやくカット台から解放され、繭香がまず最初にしたことは、ワンピースをTシャツに着替えることだった。だって、超短髪に女の子女の子したワンピースは「女装」してるみたいで違和感があったから。

 男の子顔負けの短髪で入学式に臨んだ繭香に、
「韮崎、髪短え〜!」
と友人たちはまず目を丸くして驚き、
「でもカワイ〜」
とやや上から目線で褒めた。
「そうかなあ、カワイイかなあ」
と笑ってみせたが、心は重かった。まだ新しい髪型に慣れないでいる。
 入学式の後、新しい教室に入っても、暗い気持ちのままだった。
 新クラスのHRがはじまるまでには、まだ少し間がある。生徒たちはみんな、あちこち歩き回ったり、談笑したりしているが、繭香は自分の席に座って、誰とも口をきかずにいた。
 そこへ、
「オッス」
と教室の入り口で聞き覚えのある声。
 ――ゲゲッ! 渡部!
 いま一番会いたくないヤツだ。よそのクラスになって安堵していたのだが、知り合いを訪ねて繭香のクラスに顔を出しに来たらしい。
 ――見つかりませんように!!
 繭香は入り口で男の仲間同士、交歓している冴貴から顔をそむけ、息を殺す。
 しかし、
「あれ? もしかして韮崎?」
 ――うわっ!
 見つかってしまった。万事休す。
 ――絶対、髪型のこと、笑われるよ〜!
 冴貴は繭香に歩み寄ると、
「お前、髪切ったんだな」
と言った。
「切ったよ」
 繭香は開き直った。
「笑いたければ笑えば」
 そして、冴貴の悪口が降ってくるのを待った。
 けれど、次の瞬間、繭香に降りてきたのは冴貴の掌だった。
「いや」
 冴貴は繭香の髪をなでて言った。
「まあ、前よりは似合ってるんじゃねーの」
 ――え?
 ドキッとなる。思わず振り仰ぐとそこには真剣な顔の冴貴。
 ――え?
 冴貴は本気で言っているらしい。
 ――え?
「じゃーなー」
と冴貴はボーッとしたままの繭香に言い残し、自分の教室へと去っていった。
 繭香は思いがけない冴貴の反応に戸惑ったままで。
 そして、冴貴の言葉で、髪を切った後もずっと消えなかった胸のモヤモヤが、一瞬で、スーッと消えてしまっている自分にも戸惑っていて、
 ――なんだろ、この気持ち・・・
 持て余してしまう。「髪を切ってよかった」なんて絶対思いたくないのに。冴貴なんかに「似合ってる」と言われて、嬉しいなんて絶対絶対思いたくないのに。冴貴と別々のクラスになったことが、急に残念に思えるなんて・・・やだよ、なに、この気持ち? 恥ずかしい。癪に障る。認めたくない。
 ――でも・・・
 繭香は目を閉じ胸に手をあてた。
 ――この気持ちから、はじめなきゃならないんだろうな・・・。
 髪に残る冴貴の手の感触を、そっと思い返した。


                 (了)


    あとがき

久々の「入学式バッサリ」です。
実はこの話の原作、というか原型は十代の頃に描いたイラストストーリーです。
2007年の夏、大掃除をしたとき、そのイラストストーリーを発見して、さらに色々、話をふくらませていったんですね。人目に触れさせない自分だけの楽しみで(暗っ!)。
で、ふくらませていったストーリーの延長線上にあるのが、「図書館では教えてくれない〜」と今回の「MAYUKA」です。
つまり「図書館では〜」の小説と漫画(黒歴史)、今回、と三つとも元を辿れば「原作」が同じなんですよ。1本のイラストストーリーから三つの話が生まれたわけで。
書いていて、「なんか初期の頃に書いてたものと似てるなあ」と思ったりもしました。
お付き合いくださりありがとうございました〜♪




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