だだあま〜〜放課後の終わりを告げるチャイムなし |
「ボーズにしようよ、ボーズ!」 という友人、雨宮雫の唐突な発言から、あの放課後の狂想曲ははじまった。 「はい?」 部室の隅で四人分の紅茶を淹れていた甘粕真雪先輩がキョトンと、発言者を振り仰いだ。 「だから、ボーズにしましょうよ、ボーズ」 雫は発言を先輩向けに敬語にしたが、やはり「ボーズ」は意味不明。意味はわからねど、放っておいたら、「ボーズ」と彫り刻んだ石をシナイ山の山頂まで運んでいってしまいそうな勢いだった。 とりあえず、真雪先輩はマリア様の微笑で、会話の整理をしてやる。 「“ボーズにしよう“って誰が坊主にするの?」 「アタシたちですよ〜」 部室が傾いた。 いや、正確には私が首を傾げたんだけど、たぶん、雫以外の全員の中で心理的に部室が揺らいだはずだ。揺らぎまくったはずだ。これまで築きあげてきた価値観もろとも。 「坊主って坊主頭か?」 ナニを言ってんだ、コイツは? と言わんばかりの冷ややかな視線を雫に突き刺したのは、雫の斜向かいに座っている大海人(おおあま)霧子ちゃんだった。 「アッタリマエだろ、ボーズっつったらボーズ頭しかないだろ」 「色々あるだろう。花札とか釣りとか・・・茶坊主、海坊主、三日坊主・・・」 「混ぜっ返すな、一年坊主が!」 「ホラ、あるだろう?」 「黙れ!」 雫は真雪先輩と交渉した方が話が早いとばかりに、 「ねえ、部長、アタシたち、全員坊主にしましょうよ〜」 と言い募る。 「え? え?」 「何故だ?」 言葉もない真雪先輩に代わり霧子ちゃんが交渉のテーブルにつく。 「だって、海外だよ、海外」 「海外と坊主頭がどう繋がる?」 「ああ、もう!」 ソフトウルフカットをガリガリとかきむしる雫に、 「順を追って話せ」 霧子ちゃんは意外と冷静。 「つまりですね」 演説口調になる雫。 西にバチカブリ大あれば、東に摘芙垣(つみふがき)女子高(通称・ツミブカキ女子高)あり。 ともに同宗派の教育機関であるが、バチカブリ大が僧職養成の側面が強いのに対し、我が摘芙垣女子高は尼寺という進路の選択は特にない。たまに校内で仏教行事がある、という以外、一般の高校と変わらない。 確かに最も伝統ある部活動が、この仏教音楽研究部っていうのが、やっぱり他校とは違うかなあ。 「仏教音楽」とは、声明とか御詠歌とか仏式の行事に欠かせない音楽のことである。 その仏教音楽部、略して仏音研の部員が四人中一人を除いて皆、お寺の娘というのも、他校とは違う。 仏音研の部員が全員、得度を受けているのも、他校にはないツミブカキらしさといえる。 ・・・と、なんだか異色部分にばかりスポットをあててるような気もするが、だけど、けれど、私は胸をはって、こう断言できる。 私たちは普通の女子高生です! と。 仏音研などという抹香臭いクラブに入ったのも、別に自分の意思ではない。 実家の寺と昵懇にしている、いや、させていただいている大きなお寺の娘の某先輩が仏音研の部長で、部員が少ないから、と半ば強制されて入部したのだ。 ならば、と友人の私同様、寺娘の雫を引っ張り込んだのだけれど、あれ、もしかして、この選択、間違ってた? 雫は元ヤンキーである。 寺の娘の雫が中学時代、南無妙法蓮華経と刺繍した特攻服を着て、バイクの後ろで旗振ってたのには、思わず笑った。 娘の前途を案じた雫のご両親は雫を説きに説いて、この宗門の仏教系のお嬢様学校(一応)に捻じ込んだ。進学にあたって、得度も受けさせた。 霞ちゃん、雫をお願いね、と雫の母は何度も幼馴染だった私に頼んできた。私は、はい、はい、と世慣れた笑みで聞き流した。 得度を受けたからには、宗門的には「尼僧」なわけで、周囲は、 「ヤンキーが尼さんなんてアリエネー」 と失笑も失笑、大失笑だったけれど、私は案外、ヤンキーは尼さんに向いてると思っている。 筋目正しいヤンキーは見かけとは裏腹に上下関係が厳しい。未だに「筋を通す」とか「根性」なんていう時代錯誤なモラルが生きてるし、外見への冷たい視線も平気な連中だ。さらに漢字文化に対する異常な偏愛もある(「世露死苦」とか)。 私のこの仮説を証明するかの如く、仏音研での雫は先輩に忠誠を尽くし、まあ、私よりは部活動に貢献していた。 とは言え、雫よ、張り切るにも程ってものがある。 流石に部員全員ボウズはないだろ。 雫の演説は続いている。 「TPOだよ、TPO、TPO!」 とまるで卑猥なスラングをおぼえた小学三年生みたく、ボーズの次は「TPO」を連呼している。TPOの意味はわかってるんだろうな。 「アタシら一応尼さんなんだしさ」 雫は私たちの学生以外のカタガキを強調する。 「はじめて日本の尼さんを見る外人もいるんだよ」 その初めて触れるジャパニーズ尼僧がダラ〜ッと髪を伸ばしていては、つまり非仏教的なヘアスタイルでは体裁が悪い、 「コクジョクだよ」 と雫。「国辱」ときたか。 来月、スペインのマドリードで我が宗門主催の仏教音楽の祭典がある。 仏教音楽を通じて世界に向け、宗門を大いに喧伝しようじゃないか、という趣旨の下(パンフには「国際交流」なんて耳障りのいいテーマが謳われていたけど)、かなり大規模な祭典で、仏教音楽界にこの人あり、と高名な方のほとんどが参加するという。一人も知らないけど。売れてんの? Mステとかでは見かないけど。もしかして「う○ばん」の方に出てんの? その世界的な祭典に我々、ツミブカキ女子高仏音研が招待されてしまったから、さあ、ビックリである。 まあ、アレだ、主催者サイドの意図は「仏教音楽の世界には、こういう若い女の子たちもいるんですよ」的なアピールなんだろう。 「ヒトラーユーゲントみたいだね」 と口を滑らせたら、 「問題発言だぞ」 口を慎むように、と霧子ちゃんに注意された。 「すいません」 と頭を下げた。下げた相手は一年生。後輩である。 霧子ちゃん・・・生意気かも・・・。 でも、この一年生の大海人霧子ちゃんが仏音研の運営権を握っているわけで。 部長の甘粕真雪先輩はよく言えば浮世離れ、悪く言えば極楽トンボで、仕事はお茶汲み専門だし、雨宮雫は漢字は強いが数字にはからっきし弱く(こないだの期末テスト、数学4点だった・・・)、私もパソコンは苦手、生徒会に部費増額を容れさせる外交能力もない。 霧子ちゃんは在家出身。仏教の魅力に惹かれ、ツミブカキ高の門を叩き、学生得度を受けたほどで、私や雫のようなナンチャッテ尼僧とは違い、信仰に若きBカップの胸をたぎらせている。 「やっぱ根性ッスよ、根性。皆でボーズになって、気合入れて音楽祭に臨んで、外人に日本の尼さんの心意気ってやつを見せつけてやりましょうよ」 雫の坊主演説はTPOから精神論に移行している。ああ、頭痛がイタイ・・・。 「そうねえ・・・」 真雪先輩は後輩の提案を、おっとりと持て余している。持て余しまくっている。 名ばかりとは言え、一応部長なだから、ここはビシッと「NO!」って言ってやればいいのにさ。 真雪先輩も寺の娘で、八人兄弟の長女。小さい頃から弟や妹たちの世話をしてきたためか、良妻賢母タイプで、しかも美少女ときている。そのため「ツミブカキ小町」と周りの高校の男子生徒どもから、アイドル視されている。「ミス」ではなく「小町」という古めかしさが、この高校に沈殿している伝統の重みを物語っている。 母親もこのツミブカキ女子高のOBなのでツミブカキ女子高に入学し、母親も得度を受けているからと、自らも得度し、母親も仏音研だったからという理由で仏音研に籍をおいている。 去年、先輩たちが引退し、唯一の三年生なので部長に就任した。サクセス的要素皆無の就任劇だった。 真雪先輩の辞書に「論争」という単語はなく、 「まあ、私たちも一応尼僧だしね」 などと、つい調子を合わせて、暴走機関車に燃料を投下するようなこと、言ってるし。 霧子ちゃんはいつしか沈黙していた。 まあね、ガッチガチの仏教原理主義者の彼女にとって、「尼僧だから剃髪すべき」との雫の主張は真っ向から意義を差し挟めるものではないはずだ。 仕方ない。 私は入部以来はじめてメインステージにのぼった。のぼるしかなかった。 私以外に雫の暴論を阻止できる者はいない。残念ながらいないのである。 「嫌だよっ、ボーズなんて!」 私の剣幕に雫は鼻白んだが、 「霞は反対なの?」 「アッタリマエでしょっ! どこの世界に“ボウズにしよう”って言われて“ハイ、します”って答える女子高生がいると思ってんのよ!」 「女子高生だけど、尼さんでもあるしねえ」 と真雪先輩が呟く。貴女はもしかしてボウズにしたいのか? 「尼さんである前に女子高生です!」 バンとテーブルを叩いたら、カップのミルクティーが波立った。 私も得度はしている。 でもそれは後継者の兄貴が得度する際、じゃあ、お前もついでに受けるといい、と両親に言われ、ファミレスのセットメニューのように得度式の座に連なっただけで、尼僧である、などという自己認識はない。 仏音研の活動にだって本腰を入れたことはなく、今回の海外音楽祭についても、正直できることなら参加を辞退したいくらいである。 「なあ、霞」 と雫は肩をすくめた。仁侠映画で血気に逸る子分を「サブ、お前の気持ちもよ〜くわかるが」となだめる組長を意識しているかのように。 「お前の気持ちもよ〜くわかるが」 やっぱり意識してたか。私はサブじゃないよ。 「ここはひとつ料簡しちゃあくれないか?」 「できないよっ!」 てか料簡してるの、アンタ一人だけだってば。 「大体さ」 私は今度は別の角度からボウズ法案の否決を試みた。 「仮にもウチは名門女子高だよ? ボウズなんかにしたら即行退学だよ」 「いや」 と私のロジックを冷静に否定したのは、霧子ちゃんだった。 「我が校ではむしろ剃髪は推奨されている」 「え?」 「校則で定められている」 「ウソ?!」 「本当だ」 霧子ちゃんは銃弾も貫通しないのでは、と揶揄されている分厚い生徒手帳を開き、頭髪規定の頁を指差す。 「ホラ、ここに」 意外な事実に皆、刮目して生徒手帳を覗き込んだ。 頭髪規定の一番最初の条文には、 当校生徒の髪型は剃髪が望ましい とはっきりと明記されていた。 「なんでえええぇぇ〜?」 確かウチは女子高のはず。 「元々は尼衆学林でな」 つまり前身の尼さんの専門学校の時代の規定が、未だに残ったままで、残ったというより、削除を怠っていたというのが実際のところらしい。 歴代の生徒会も「剃髪って・・・やる人いないよね〜」と爆笑、あるいは半笑いで、ずっとスルーしてきたのだろう(むしろ「面白いから残しとこう」とか考えてたりして)。 「とりあえず校則的には問題ない」 むしろ模範的な摘芙垣生の髪型は剃髪である、と霧子ちゃんは説明を締めくくった。 「・・・・・・」 私は顔面蒼白でうなった。 「どうよ、霞?」 これでも反対?と雫は勝ち誇った笑みを浮かべた。 「いくら校則ですすめられてるからってねえ――」 私が再起の旗をあげかけたとき、 「私も剃髪しよう」 出し抜けに霧子ちゃんが言った。 私も真雪先輩も息をのんで、霧子ちゃんを見た。 霧子ちゃんはあいも変わらずポーカーフェイス。 「おっ、大海人、お前も仲間になるかぁ〜」 ひとりボーズかと諦めかけてたゼ、と雫は嬉しそう。 「ああ」 霧子ちゃんはやっぱりポーカーフェイスで先輩の求めてきた握手をスルーし、 「むしろ尼僧を目指し得度を授かった身で、これまで有髪であったことが理に合わない」 今時珍しい黒髪ポニーテールに手をやり、そう言った。合理を尊ぶ信仰少女らしい決断だ。 剃髪議会は二対二の山場である。 真雪先輩も、 「あたしのお母さんも得度のとき、剃髪したらしいし」 とかアゴに指をあてて呟いて、浮動票っぽいし、なんだか雲行きが怪しい。 じゃあ、貴女のご母堂が爆弾テロやらかしたら、貴女もテロリストになるのか?という話だが、この人なら本当になりかねないから困る。 「さあ、部長!」 雫に裁可を求められたお飾り部長は、 「そうねえ」 優柔不断な態度で、 「顧問の反那(そりな)先生に訊いてみましょう」 彼女らしく決断を他人に委ねた。 「そろそろお見えになる頃よ」 と言ってるところへ、 「やあ、諸君」 教師生活二十六年の反那西陽(さいよう)先生登場。今日はいつにも増して、グレーのセーターがすすけて見える。 「西陽」という音読みの名前からもわかる通り、宗門のお坊さんである。お坊さんだけど有髪。白髪混じりの頭を横わけにしてる。 顧問っていってもこの枯れかけの老人に誰も強力なリーダーシップを求めちゃおらず、部長同様、よく言えば象徴君主的存在である。 象徴君主反那先生の下、お飾り部長の真雪先輩、武闘派の雫、実務派の霧子ちゃん、穏健派の私がいて、今回、普段は水火の如く対立している雫と霧子ちゃんがタッグを組んでしまったから、ああ、厄介である。 「あの・・・先生」 「何かね、甘粕君?」 「来月のマドリード仏教音楽祭のことなんですけど・・・」 「ああ、期待してるよ。君たちは我が校の誉れだからね」 「誉れ」とか武士道みたいなこと、言ってるよ。所詮私たち、余興レベルの賑やかしですってば。 「実はそのことで――」 「何かあったのかい?」 真雪先輩は言いにくそうに 、 「雨宮さんが部員全員で・・・その・・・剃髪をしよう、と今日、提案して――」 「大海人も賛成してます」 と雫。 「こう見えても尼さんッスからね」 ボーズにして外国の人に日本人の尼さんの心意気を見せてやりますよ、と雫、反那先生の僧侶魂を揺さぶるような台詞を吐く。ヤメロ! 反那先生、沈黙。 当然のリアクションだ。 女学生が四人揃って丸坊主になる暴挙を常識人の反那先生が許可なさるはずがない。 私は先生の大人の対応を期待している。 さあ、私たちの若気の至りの暴走を「その気持ちだけで十分」とか「坊主はさすがにやり過ぎだよ〜」とか「女の子なんだしねぇ」とか「やる気はわかるけど」と闘牛士のように、ヒラリとかわしてください、先生! 「いいんじゃないか」 そうですよね〜、女の子がボウズなんてね〜・・・・・・・ ・ ・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ え? 私は石化した。 あれ? 聞き間違い? いま、「いいんじゃないか?」って仰いました? あれ、もしかして、「(剃髪しなくても)いいんじゃないか」ってこと? 日本語は難しい。 「そうか、そこまで本気だったとはなあ」 先生は大いに感動した様子で、 「許可しよう。やりなさい」 やっぱり尼僧は剃髪だよなあ、とひとりごちてる。 「さっすが、先生、話がわかる〜! キマリだ、キマリ。イエーイッ!!」 雫の凱歌を聞きながら、私の精神は現実を離れ、ランランララランランランと青い服を着て金色の王蟲の触覚の上、スキップしていた。 後に伝え聞くところによれば、反那先生、この前日、仕事で尼僧学院を訪問し、学院長の老尼と「剃髪の尼僧さん、いいですよねえ」と散々盛り上がったそうで、しかも、ここ最近、坊主頭の女の子がいっぱい出演してる舞台を観たり、チャリティーでボウズにされる外人女性のニュースをみたりと洗脳されまくりだったそうである。 洗脳状態のなか、狙いすましたかの如く、可愛い部員たちの勇敢な自主的剃髪の申し出。ああ、なんたるバッドタイミング!! 「ちょっと待ってなさい」 と先生は一旦消え、何処からか桐の箱をもって取って返してきた。 「先生、ソレは?」 「見給え」 パカリと蓋をあけてお披露目されたのは・・・バ、 「バリカン!!」 しかも手動式のやつ。 「尼衆学林時代に使われていたものだ」 と先生は厳かに説明した。 「君たちのOBたちが落飾の折、黒髪を断ってきた由緒あるバリカンだ。剃髪にはこれを使うといい」 なんか怨念こもってそうでイヤだよっ!! 「使われるのはおよそ半世紀ぶりだ」 永久に封印しててよっ! 「かなりの年代物だな」 と霧子ちゃん。 「こりゃあ、気合い入るゼ」 とちょっと顔をひきつらせて雫。 「まあ、仕方ないわよね」 真雪先輩、あっさり陥落。品のいいセミロングを捨てる覚悟をしてしまい、 「先生、ありがとうございます」 卒業証書のようにバリカンを押し頂いた。 「君たちだけに剃髪はさせんぞ」 と反那先生はまるで神風特攻の先駆けをした有馬中将のような壮烈さで、バリカンを握り、自らの髪をバリバリと刈っていった。クレイジーの一言に尽きる。 丸刈り頭になった先生は、床に新聞紙を敷き、新聞紙の中央にパイプ椅子をおいた。なかなか素晴らしい臨時美容室だ。ケープの代わりにポリ袋。何故バリカンがあるのに、ケープはないのだ? 剃髪式の準備が完了し、 「さあ、トップバッターは誰だ?」 と先生は血走りまくった目で私たちを見た。 ここで私たちが、う〜ん、やっぱりやめときます、と張り切って坊主頭になった反那先生を突き放したら、それはそれでオチがついて、笑えるんだけど、 「アタシいかせてもらうッス」 ヤンキー文化にオチなど存在しない。雫、勢い込んでパイプ椅子に座る。 「オオッ、雨宮か! いい度胸だ!」 「ウッス!」 「いくぞ、雨宮!」 「ウッス! もう、一気に真ん中からイッちゃってください!」 「オオ、任しとけ!」 「ウッス!」 「尼僧の落飾」や「乙女の断髪」って語感からは、百万光年離れたやり取りだな。 オヤジ好みの雫は若い教師などには見向きもせず、反那先生一筋である。 「反那先生と間接バリカ〜ン♪」 などとハシャいでる。間接バリカンて・・・その発想はなかったわ(汗) 反那先生も女子高生とバリカンプレイ・・・いやいや、女子生徒への頭髪指導に回春効果があったのだろうか、無闇矢鱈とハイテンションで、一気に二十歳は若返ったかのようで、ヨッシャヨッシャ、と十七歳の乙女(でも元ヤン)の前髪にバリカンを差し込んで、情熱的に刈り込んだ。 バリカンの感触とバサリと落ちる前髪に、 「うひぃ〜!!」 雫は偏差値の低そうな笑顔を浮かべている。かなりマッド指数の高い絵面だった。 元ヤン娘は頭の悪そうな笑顔のまま、時折顔をしかめ、 「根性ッス、根性ッス!」 とバサバサ髪を剃りこまれていった。 反那先生もコーフンしながら、教え子の髪にバリカンを入れまくっていった。 半分ほど刈り込んだところで、ピーンポーンパンポーン、と校内放送が入った。 『反那先生、反那先生、至急、職員室までお戻りください』 「なんだよ〜」 反那先生は舌打ちした。温厚な紳士の面影はとうに失せ、その表情は発射寸前に邪魔が入られた婦女暴行魔を連想させるものがあった。 「すぐ戻るから待ってろ」 と未練そうに言い残し、先生は去った。 ちなみに、この一件で反那先生、完全に覚醒しちゃったらしい。 私たちの欧州出発の直前、家事をしない家事手伝いだった御自身の長女、次女、三女の頭を一気に剃りあげて、本山の尼僧学校に送り込み、ニート問題の新たな打開策を世に示したのだった。 さて、放送コードぎりぎりの落ち武者頭で放置された雫はというと、最初のうちは、皆、すごいねえ、うわ〜、やっちゃったねえ、こんなになって〜、と彼女を勇者扱いして、雫もだいぶ得意そうであったが、二十分も経つと、私たちも段々飽きてきて、私は漫画、真雪先輩は編み物、霧子ちゃんはネット、とめいめい個人活動に没入してしまい、二重の放置状態にされた。 ビジュアル的にも状況的にも「かわいそうな子」になってしまった雫は 「いや〜、バリカンて痛ェなあ 「あ、ジョリジョリするよ〜 「この頭で校内歩いたら、皆ビビるだろうなあ としきりに私たちの気をひこうとしていたが、私たちは「そうだね〜」と生返事して、ほとんど見向きもしなかった。 雫はションボリと、ズッと手の甲で鼻を拭い、落ち武者頭のまま、忠犬のような顔つきで反那先生が戻ってくるのを待ち続けた。もしこのまま隕石でも落下して雫が天に召されたらば、きっとこの部室には「落ち武者雫」の銅像が建てられ、校内の待ち合わせのメッカになっていたかも知れない。 40分経ったが、反那先生は戻ってこない。 痺れを切らせた雫は 「もういい!」 とバリカンを執って、セルフカットを敢行に及んだ。素直に私たちにヘルプを要請すればいいのに、放っておかれて、すっかり拗ねていた。 「グワッ、痛ェ!」 痛え、痛え、根性焼きよりスゲー!と聞こえよがしに苦悶している後輩を見かねた真雪先輩が、 「雫ちゃん、あたしが切ってあげるわ」 と救助を買って出た。 いいッス、自分でやるッス、としつこく拗ねている誘い受け体質の元ヤンから、バリカンを取り上げ、真雪先輩、流石は家事の達人、器用に初めての手動バリカンを繰って綺麗に刈ってやった。 「弟たちの髪もカットしてあげてるのよ」 とお母さんのように笑う先輩の主婦のワザにより、ついにツミブカキ女子高に半世紀ぶりの坊主女生徒誕生!! 「うはぁ〜」 某ゼミナールが見離しそうな笑顔で、雫はウンコ座りして、 「芝生みてー。マジ気持ちいいよ」 と刈られた頭を乱暴にこすっている。 次に剃髪したのは、霧子ちゃんだった。 刈り手には真雪先輩を押しのけ、元ヤン坊主が立候補。 「別に誰でも構わない」 と霧子ちゃんは先輩の手荒いヘアカットにも泰然自若としていた。 ポニーテールが根こそぎ切り取られる。散切り頭にバリカンが一回、二回と叩き込まれる。 霧子ちゃんは無表情。なんの躊躇いも感傷もなく、先輩のバリカンに身を委ねていた。 その潔さに感嘆した私は、 「霧子ちゃん、すごい度胸ですね。ボウズになるのに顔色ひとつ変えないなんて」 と真雪先輩に囁いた。 「そんなことないわ」 と真雪先輩は言った。 「よく見て」 「はあ」 真雪先輩の言葉に私は散髪真っ最中の霧子ちゃんに、また視線を転じた。 「あ!」 霧子ちゃんが膝の上で揃えている両手がぷるぷる震えている。両掌は強く握り締められていた。 なんと霧子ちゃん、顔はポーカーフェイスを保ちながら、身体で嗚咽していたのだ! 「霧子ちゃんだって女の子よ。髪を剃るのが悲しくないわけないわ」 「霧子ちゃん・・・」 霧子ちゃんの頭が刈りあがった。 坊主頭になった霧子ちゃんは少年ぽくなった。「アヤナミ」とアニメキャラに例えられたりしている霧子ちゃんだったが、すっかり小坊主さんになってしまった。 「霧子ちゃん」 と真雪先輩が真新しい坊主頭に手を置いた。 「こういうときは泣いたっていいのよ」 「いえ」 大丈夫です、と言葉こそ冷静だったけど、霧子ちゃん、ちょっと耳が赤くなっていた。恥ずかしかったのだろう。 「次、部長ね〜」 元ヤン小坊主に手をひかれ、真雪先輩が苦笑混じりにパイプ椅子に着席させられる。 「変にしないでね〜」 と真雪先輩は懇願してたけど、私は熱湯風呂の前で「押すなよ〜」と若手にネタふりしてる某芸人を思い出してしまい、余計なこと言わなきゃいいのに、と先輩の身を案じた。 イヤな予感は的中し、真雪先輩の断髪はこのイカれきった放課後の白眉となってしまったのだった。 雫は鋏でザクザクと、まず両サイドの髪を耳の下のラインまで粗切り。襟足も同じ高さで切った。 部長は、あら、と目を大きく見開いていた。 満を持して雫はバリカンを握り、真雪先輩の襟足を刈り上げる作業に熱中しはじめた。 あれよ、あれよという間に真雪先輩は刈り上げのオカッパにされてしまった。「ツミブカキ小町」が刈り上げオカッパって・・・。レアすぎる。ファンの男子校生、号泣しそう。 「部長〜、磯野家の長女みたいッスよ〜」 と意地悪くハンドミラーを渡された真雪先輩は、後輩に遊ばれ変わり果てた自身の姿に、目を背けるどころか、 「ちょっと、何コレ、何コレ〜?」 驚きの入った満面の笑顔で何度も鏡を確認し、ハシャぎまくっていた。 「なんか戦後の女学生みたい!」 自虐的なコメントをかましてくれた挙句、♪あ〜か〜いリンゴに、なんて歌っていた。しかも、 「霞ちゃん、写メ! 写メ撮って!」 と自ら映されにいっていた。この人の本性って・・・(汗) 「部長は被虐嗜好なのか?」 霧子ちゃんも呆れ顔だ。 雫はせっせとバリカンを走らせて、痛い、痛いよ、と笑いながら悶えている真雪先輩のオカッパ頭を、今度は左右交互に刈り込んでいった。 まず耳が、で、側頭部の地肌が顕れた。 雫は丁寧に右、左、右、左とサイドの髪を均等に刈り、真雪先輩をモヒカンにしてしまった。 パイナップルみたいな頭にされた真雪先輩は、再び手渡されたハンドミラーを覗きこみ、思わず噴き出してた。 今回は自分で写メ撮って、ポツリと、 「ブログに載せようかしら」 今夜のうちには「モヒカン頭のツミブカキ小町」というショッキングな画像が、全世界に向けて公開されるかも・・・。 フェロモン系の真雪先輩の頭刈られてる姿はかなりHだった。「目の毒」というべきか、チェリー君(て名門女子高生が使う言葉じゃないな・・・)には刺激が強すぎるシーンだった。 もしかして、この人が剃髪に踏み切った理由は、 剃髪しない→音楽祭で失態→仏音研廃部→いや〜ん、あたしの代で仏音研が潰れちゃう〜!! ・・・という某スケベ漫画のヒロイン先生的三段論法だったのだろうか、とつい勘繰ってしまったほどである(ちなみに漫画は兄貴のライブラリーにあったのを盗み読んだ)。 最後はいよいよ私の番。 言い忘れてたけど、私の髪、「羨ましいね〜」って言われるより、「トイレのとき、どうしてるの?」と好奇心半分で心配されるくらいの超ロングだ。 一気にボウズはちょっと・・・と土壇場になって、腰がひけ、ああだこうだとゴネまくっていた私だったが、真雪先輩の 「イヤならやめてもいいのよ」 の一言で覚悟をきめ、生まれて初めて丸刈りになりました。 「霞ちゃん、髪長いね〜」 バリカンを動かしながら、真雪先輩。 「はい」 髪を刈られながら、泣きそうになる私。 「鬱陶しかったでしょ〜?」 「・・・・・・」 涙が引っ込んだ。真雪先輩の天然、こういうとき、カチンとくる・・・。 しかも、その先輩を断髪中うっかり、 「お母さん」 と呼んでしまい、皆に爆笑された。 「天利先輩はマザーコンプレックスなのか?」 と霧子ちゃんにまで笑われ、私は顔から火が出そうだった。私が悪いんじゃない。真雪先輩の母性値が高すぎるんだよ。 できあがった坊主頭に対しては雫から、 「ビミョー」 というコメントが寄せられた。 「ビミョーよねえ」 「ビミョーだ」 真雪先輩も霧子ちゃんも首を傾げている。 ファッションにも笑いにも着地しない中途半端なボウズだと言いたいらしい。何だよ、ソレ! 勇気振り絞ってボウズにしたのに・・・。もしかしてボウズ損? 泣くに泣けない。 それから元ヤン坊主、クール坊主、フェロモン坊主、ビミョー坊主の坊主四人衆は意気揚々とファミレスに直行し、大ハシャぎで、剃髪式の打ち上げを催し、ありふれた市民空間をパニックに陥れたのだった。私たちがご飯食べてる間に少なくとも二枚皿が割れた。 私たちはその後の一ヶ月、精一杯練習を重ねた。 その一ヶ月の間に真雪先輩はちょっとだけ部長らしくなって、雫はちょっとだけ思慮深くなって、霧子ちゃんはちょっとだけ角が取れて、そして私は仏教音楽が大好きになった。 お陰で音楽祭は大盛況! 出演者の中で一番の注目と喝采を浴びたのは私たちだった。音楽面ではなくて、ビジュアル面で(苦笑)。 日本からきた坊主頭の少女尼僧四人組は地元のテレビの取材を受け、街を歩けばサインを求められ、坊主頭をなでられた(渡欧前に改めて散髪したのだ)。 日本でもニュースになって、各方面からのオファーが殺到しているとのこと。ツミブカキ女子高仏音研創設以来の快挙だろう。 一緒にボウズになって、一緒に練習に励んで、一緒に海外の舞台に立って、一緒にスポットを浴びて、私たちは短期間のうちに「クラブメイト」から「友達」に、そして、「友達」から「仲間」になった。 でも・・・ マドリードのホテル。AM5:06。 「ねえ、霞」 相部屋の雫が白けた顔で私を呼ぶ。 「ん?」 「隣の部屋」 「わかってるよ」 隣の部屋からは聞こえる声に私はため息。 「あら、霧子ちゃんてばカワイイんだから」 「あ、ダメ・・・部長・・・」 「そんなこと言って、どうしてココは濡れてるのかしら?」 「部長のイジワル・・・」 「ウフフフ」 「あ、あん、あ〜、もっと・・・」 真雪先輩と霧子ちゃんは「仲間」から更にステップアップして「姉妹」になっちゃいました・・・(汗) 十代の尼さんの○ズって・・・おいおい、アダルトビデオかよ? とのツッコミは虚しくマドリードの夜明けの空に溶けていったのだった。チャンチャン。 (了) あとがき え〜、そんなに広がらなさそうな「摘芙垣女子高」シリーズ。 これ、「岩倉理子」の直後(10月)に完成してました。あの頃は妙にハイテンションで、この作品も下書き一日、清書一日であっさり完成。 迫水が「トホホ路線」と分類する自作の中でも、こっそり「おバカ路線」って呼んでいるジャンルがあるんですね。「鈴宮ハルカ」とか「セルフカットエレジー」とか、「女性が語るお間抜けな断髪ストーリー」ってやつ。すっごい好きなんですけど、邪道っぽすぎて(&アンケートで票が入ってなかったので)書くのがためらわれてたんです。 書きたい書きたいと思いつつ、月日は流れ・・・(汗) シリアス長編ロマン(笑)「市弥」ができたとき、「そうだ、このドサクサにまぎれて、発表できるよ!」と(笑) ストーリーの95%が部室ってなんか舞台劇みたい・・・。 一度に四人もボウズってのも、もしかして最多? 久々の尼バリなんでノリノリだったんでしょう。。。 この作品のキャラたち、すごく好きです! |