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蓼食う虫(短編)


 お局様
と若いOLから陰口きかれている星野美智子が恋をした相手は、八歳年下の男性社員、君塚聡だった。
 ハンサムで優しくて仕事もできる、女子社員の憧れの的。
 自分なんて・・・、と気遅れしつつも、美智子も頑張った。
 若い娘に負けずに、スキンケアに励み、今時の髪型やファッションにもトライしてみた。
 が、残念ながら美智子の思いは聡には届かなかった。むしろ、無理してんじゃないの?という冷ややかな周囲の目が痛かった。
 ――ならば、
と作戦変更。今度は「オトナの女」路線で、彼にアピー
ルした。メイクを艶っぽくした。貯金を切り崩し、アクセサリーやブランド品を購入したりもした。
 だが懸命の努力も空回り。
 ――もう嫌。自分がミジメになるだけじゃない。諦めよう・・・。
と何度も自分に言い聞かせたけれど、それでおさまるなら苦労はしない。それが恋。
 思い余って、
「笑っちゃうでしょう?」
と元同級生の杉崎香苗に、ある晩、バーで打ち明けた。
「八歳も年下の男に夢中になって・・・バカみたいよね・・・」
 でも、と唇を噛む美智子。
「彼のことが好きなの」
でも、とまた唇を噛む美智子。
「ダメね。何をやってもムダ」
「大丈夫よ」
と楽天家の香苗は落ち込む親友の肩をたたいた。
「美智子には美智子の良さがあるんだから」
「私の良さって?」
「料理が上手だし、優しい」
「地味な取り柄だよ。今まで何の役にも立ってない。ダメ男に便利使いされただけ」
「暗いなあ」
 自分に自身もてなきゃ恋なんて実らないよ、と香苗は苦笑して、グラスを口に運びかけ、ふと思い当たるところがあって、
「君塚クン・・・って下の名前は何ていうの?」
「聡だよ」
「ああ!」
 やはり予想は的中したらしい。
「その人、うちの店のお客だよ」
 香苗は駅ビルのカットハウスで美容師をしている。
「う〜ん、あの子かあ」
と聡のことを思い浮かべ、思案顔になり、やがてニッと笑った。
「よろしい! 私が一肌脱ぎましょう」
「本当に大丈夫?」
「そんな辛気臭い顔してると恋愛の女神が逃げてっちゃうよ」
「う・・・うん」
「恋の手助けをする代わりに、三つ条件があるわ」
「なあに?」
「ひとつ、私の指示には絶対に従うこと」
「・・・了解」
「ふたつ、結婚式には私を招待すること」
「結婚式って誰の?」
「アナタと聡クン」
「ちょっとォ〜、気が早すぎだよ〜」
 驚く美智子だが、
「YESかNOか?」
と山下将軍のように畳み掛けられ、蚊の鳴くような声で、
「い、YES・・・」
とうなずいた。
「三つ目は結婚式で私にドリカム、歌わせること」
「香苗、超音痴じゃない!」
 そう言ってのけぞってみせるところからも、美智子はここは親友に委ねてみよう、という気持ちになっていた。条件をのんだ。

 翌日、美智子は香苗に言われた通り、聡を自宅のホームパーティーに招待した。聡は「会社の他の子も来るから」という言葉に、じゃあ、と誘いを受けた。

「これで第一段階はクリアーね」
と香苗はにんまり。
「あとはヘアースタイルとファッションね」
 精一杯、努力のあとが見られる親友のアダルトな外見をためつすがめつする。

 自宅の庭で美智子のヘアメイクは行われた。
「ホントにタダでいいのォ?」
 ワクワクと美智子。
「ええ」
 シュッシュッと親友の髪を濡らしながら香苗。
 そして、
「いくわよ〜」
 いきなり美智子のロングヘアーをザクザクと粗切りしはじめた。
 あわてたのは美智子。
「ちょっと、香苗!! ストップ、ストップ!!」
 なにしろこれまで伸ばすしか能がない、と半分自虐、半分自慢に人に語っていたロングヘアーが切り落とされていくのだ。
「大丈夫よ、美智子。これから聡クン好みの女にしてあげるから」
 ジャキジャキ
「さ、聡クンてショートが好みなの?!」
 ジャキジャキ
「うふふ」
 ジャキジャキ
「ああ、耳は出さないで!」
「出します」
 ジャキジャキ
「もっと切っとくか」
「え〜っ?!」
 ジョキジョキジョキ





 カット終了。
「できたわよ」
 どうか若々しくてフレッシュなショート美人になっていますように、と祈るように渡されたハンドミラーを覗き込む美智子だが、
「ああ〜!」
 悲鳴。
「なによ、この髪型!!」
 いわゆるオバサンショートってやつだ。
 ――騙された・・・。
と呆然となったが、もはや後の祭り。
 けれど香苗は涼しい顔で、親友に
「さあ、そんなキツイ化粧じゃダメよ。それと服もよくないわ。もっと地味なカンジの・・・ちょっと待ってて」
 厚化粧をさっさと拭き取り、実に地味なワンピースを着せた。
「とにかく笑顔を忘れないこと。せいぜい美味しいモノ作って、聡クンにゴチソウしてあげなさい」

 すっかりオバサン化した美智子に、ホームパーティーに招かれた社員たちは、
すわ、お局様開き直ったか!
と目を剥き、男性陣は分別臭く肩をすくめ、女性陣は生臭く冷笑した。
 美智子ももう自棄っぱちで、それでも親友の指示に従い、
「よく来てくれたわね〜」
と笑顔を絶やさず、
「いっぱい食べてね〜」
と力を入れた手料理を振舞った。
 笑顔の裏側で、
 ――いたなあ、近所にこんなオバチャン・・・。
と泣きたかった。
 そんな美智子を
「・・・・・・」
聡は黙って見つめていた。

「驚いたなあ」
 妻の親友と年下の彼との結婚式の招待状を、まるでそこに謎を解く手がかりでもあるかのように、裏にしたり表にしたりして、首を傾げている宏はとうとう降参して、
「一体どういうカラクリなんだい?」
と妻に訊いた。
「カラクリって失礼ね〜」
 香苗はテレビのお笑い番組の出演芸人のネタにダメだししつつ、
「彼、マザコンだったのよ」
「マザコン?」
「小さい頃にお母さんを亡くされてねえ・・・」
 母性愛に飢えてたみたい、と種を明かしてみせた。
「美智子にしかできない荒業だったってわけ」
「同年代の女の子がお母さんぽく振舞ったってなあ」
 しかし、と宏は苦笑する。
「相手がマザコンじゃ美智子さんも苦労するだろうなあ」
「男は皆、マザコンでしょう?」
と香苗は意地悪く笑った。
「私と付き合う前の定期入れの中に入れてた写真、誰だったっけ?」
「知ってたのか?!」
「色男ぶってたくせにね〜」
「あれは・・・その・・・」
 狼狽する宏を尻目に美智子は調子っぱずれにドリカムの「未来予想図U」を口ずさんでいた。






(了)



    あとがき


これも春に書いたやつ。
初めてショートショートの文庫本を読んで、こういうのやってみたいなあ、と。
真似したがりなんです(笑)
ショートショ−トってオチが命なんですよ。
だから今回は断髪そのものより、断髪の結果(オチ)を楽しんでいただけたら幸いです(^^

「裸エプロン」は男の夢、などとよく申しますが、迫水の理想は「ショートエプロン」です。交際中はロングの恋人で結婚したらショートの奥様、、、みたいな。
あれ、自分、マザコンだったのか?!
でも子供の頃、母親に髪切って欲しくなかったぞ? 若い頃のロングヘアーの母親の写真みて「結婚してから切ったのかなあ」って子供心にさびしかったの、覚えてるし。
まあ、それは置いといて(と誤魔化すヤツ)。
この「美容師・杉崎香苗」、シリーズ化したいなあ。吉四六さん頓知話みたく(笑)

ちなみに「未来予想図U」は迫水が出席した或る結婚式の入場テーマでした♪




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