作品集に戻る


市立恵方図書館シリーズ

図書館では教えてくれない、天使の秘密


 前略おばあちゃま

 風邪は治りましたか? とても心配です。栄養と睡眠、ちゃんととって下さいね。
 そちらの桜は咲いたでしょうか?
 こちらはすっかり満開デス!
 来週あたり家族でお花見行こうかって話してます。
 花粉症のお姉ちゃんは「南はいいよね〜」って花粉症じゃない南に嫌味たっぷりに言います。なんだか得意そう。花粉症じゃない南はストレスのないお子様だと言わんばかりです。あ〜あ、南も花粉症になりたいなあ。

 先週、図書館に行ってきました。
 いま人気のあるファンタジー映画の原作を借りてきました。すっごい分厚いです。まだ三分の一くらいしか読めてません。
 あそこの図書館、本当は嫌いです。
 受付にね、イヤな司書さんがいるんです。
 メガネをかけた野村って名前の男の人。
 いつもニタニタ変な笑いを浮かべていて、気持ち悪いです。鳥肌が立ちそう!
 死んでくれないかなあって思います。
 あ、そうそう! 鹿田君が貸してくれたマンガも読まなきゃ。
 鹿田君は南に色々、マンガとかDVDとかゲームとか貸してくれます。気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと迷惑かな。オタクっぽいものばかりだから。

 さて、
 南ももう中学生です。
 中学生になるの、あんまり嬉しくないです。
 卒業式で校長先生が「中学生になる希望と喜びに胸をふくらませて」って言っていたけれど、あんなの嘘です。少なくとも南は希望もないし、喜んでもいません。
 いつまでも小学生のままでいたいです。
 試験もないし、おっかない先輩もいないし・・・。
 こういうことを考えるのは、南が甘えんぼだからなのかなあ。

 ゆいいつ楽しみなのは、クラブ活動でした。
 中学に入ったら絶対バレー部に入りたかったんです。
 去年、テレビでバレーの試合を見て決めました。バレーの選手になりたい!って。
カッコイイし、みんなでひとつの夢に向かって一生懸命になれるなんてステキです。背が高くなるように毎日牛乳を飲んでます。

 デモネ・・・
 今は迷ってます。
 今日、親友のアッちゃんから電話があったんです。お婆ちゃんも知ってるでしょう? あのアッちゃんです。加東明美ちゃん。
 アッちゃんが教えてくれました。
南の中学のバレー部はとても規則が厳しくて、部員はみんな髪の毛を短く切らないといけないらしいです。
 「男みたいに短くしなきゃダメなんだよ」ってアッちゃんは言っていました。そういうアッちゃんもこれまでずっと髪を長く伸ばしていたのを、昨日、美容院に行ってバッサリ切っちゃったそうです。
 「南はどうするの?」と聞かれて「わかんない」と答えました。本当にわからなかったから・・・。
 アッちゃんからの電話の後、気分が重くなりました。落ちこんじゃった。夕飯も残しちゃった。お母さん怒ってた。
 おばあちゃまは南がちっちゃな頃からず〜っとず〜っと長い髪を切らずに大切にしてたこと、知ってるでしょう?
 本当に大変だったんだよ。
 四年生のときに仲良かったグループの友達はみんなショートだったのね。
 女の子ってめんどくさくってね、同じグループの中に自分たちとちがう子がいるとね、自分たちと同じにさせようとするんだよ。
 例えばね、みんなが見てるテレビ番組をみてない子がいると、「みなよ〜」「面白いよ〜」って強引にすすめたりとか・・・。
 南の髪のときもおんなじ。
 その子たちの場合はあからさまに「髪切りなよ」って言うんじゃなくて、「ショートっていいよね〜」って、しょっちゅう口に出して確認し合うの。「楽だよね〜」とか「夏は涼しいよね〜」とか「女優の誰々も髪切ったね〜」って南の前でね、意地悪く言うの。仲間はずれにするの。
 それで南に「長い髪って大変でしょ?」って何度も聞いてくるんだよ。
「そんなことないよ」って明るく答えてたけど、心の中ではションボリしてた。
でも南にはわかってたんだよ。その子たちはきっと南がうらやましかったんだなってこと。
 その子たちもホントは髪を伸ばしたかったんだと思う。でもお家が厳しかったりしてね、お母さんに髪を伸ばさせてもらえなかったんだよ。だから髪の長い南にイジワルしてたんだよ。
  だんだんつらくなってね、その子たちから遠ざかっていった。
友達よりも髪の毛を選んだんだね・・・。

 もしバレー部に入るなら、入学式が終わった後、アッちゃんと入部届けを出しにいく予定です。
 入学式は四日後です。
 それまでに決めなくちゃなりません。
 どうしよう・・・。

 なんだかグチばかりになっちゃいましたね。
 ごめんなさい。
 次の手紙は明るいニュース、書けるといいなあ。



 敬具、と手紙を結ぶ。
 南はペンを置くと、大きく溜息をついた。
「どうしよう」
 つい先々週、家族で旅行した北海道で買った木彫りのクマに問いかける。クマは答えてくれない。鮭をくわえていて口がふさがっているから。
 壁際のハンガーには中学校の制服が吊るされている。今時珍しい濃紺のセーラー服。襟には白のライン。母親がこれからの成長を考慮に入れて、かなり大きめのサイズを購入した。
 そっと髪に全部の指を差し込む。差し込んだまま、持ち上げて、ザア〜、っと指を滑らせる。甘い感触。
 四日後、この制服を自分はどんな髪型で着ているのだろう。
「・・・・・・」


 ベランダに出ると姉の真北がいた。満天の星空を見上げながら、セブンスターをふかしている。
 南を振り返ると
「親父には内緒だよ」
と唇に指をあてた。
「女は煙草を吸うな、なんて、どんだけ時代錯誤な親よ。自分でバイトした金で買ってるのにサ」
 あ〜あ、やっぱ一人暮らししよっかなあ、とボヤきつつ、コーヒーの空き缶に灰を落とす。
 お父さんも真北お姉ちゃんも間違っている、と南は思う。
 問題は女だから、とか、自分のお金で買ってるから、とかいうことではない。
 真北がまだ十九歳ということだ。
 まあ、それはいい。本当はよくないけど・・・。
「お姉ちゃん・・・」
「バレー部のこと?」
 真北は妹の顔色をみて、話題を察した。
「髪・・・切らなくちゃいけないんだって」
「ああ、母さんから聞いたよ」
「どうしよう」
 木彫りのクマよりはマシな応答を期待して、訊いてみた。
「どうしよう、って南はどうしたいの?」
 訊き返され、南は沈黙した。真北も沈黙した。が、やがて、
「アタシにわざわざ訊くってことは、南の中でもう答えは出てるんじゃないの?」
と言った。そして、
「それってすごく幸福なことなんだよ」
と片目をつぶってみせた。
「え!」
と南は目を瞠った。
幸福?
この姉は何を言い出すんだろう。
「いや、アタシはね、別にどっかの体育会系みたく『髪を切ってスポーツに打ち込め』なんて精神論をぶつ気はないけどサ・・・」
 う〜ん、と真北は頭をポリポリかいて、思案をまとめていたが、
「例えばサ、アンタ、好きな男の子とか、いる?」
と唐突に質問いた。
「そりゃあ、まあ・・・」
と歯切れ悪く答える南に、
「三階の史郎クンじゃないの?」
「ち、違うよ〜!」
 実はビンゴ!だったりする。
「ま、いいや。もし、自分の大好きな男の子が・・・その子を仮にシロウ君という名前だとして・・・」
「なんでシロウ君なのよ!」
「あはは、じゃあ三郎君にしておこうか。その三郎君がものすっごくショートの女の子が好きだったとしたら、どうする?」
「う〜ん・・・わからない・・・」
「それは好きの量が足りないんだよ。もっとしっかり想像する。ほんとにほんとにほんとに、死ぬほど好きな三郎君が『ショートの女の子じゃないと付き合わない!』っていう子だったら、南はどうする? 髪を切る?」
「まあ・・・切るかな」
「でしょう? むしろ長い髪で三郎君の前に出るのが苦痛になるんじゃないの?」
「そうかもね」
「で、三郎君のためにバッサリ髪を切る、と。どう? 嬉しくない?」
「嬉しくないよ〜」
「南はいっぱい本を読むけど、やっぱりオコチャマだねえ」
 真北はカラカラ笑った。
「それは三郎君より自分の方が好きだからだよ」
「そうなのかなあ」
「じゃあ、三郎君のことは諦めて、ロングが好きっていう他の男の子と付き合う?」
「・・・・・・」
「ロングが好きな男の子を・・・今のままの自分を受け容れてくれる男の子をさがすってのも一つの選択肢だけどね」
 そう言いながら、真北は煙草をもみ消して、ゆっくりと南に向き直った。南は姉のいつにない真剣な眼差しを持て余して、視線を星空に跳ね上げた。ベテルギウス。リゲル。シリウス。アルデバラン。空ももう新学期を迎える。
 視線をふたたび姉の顔に据え直し、
「その三郎君が南のことを本当に好きなのなら、別に南の髪が長くても短くても関係ないんじゃないかなあ」
「それを言うなら、南が本当に三郎君のことが好きなのなら、自分の髪の長さなんてどうだっていいはずじゃないの?」
「・・・・・・」
「そんな顔すんな。別に論争してるわけじゃないんだから」
 真北は肩をすくめ、軽く足元のコンクリートを蹴る真似をした。
「逆に言えば――」
 今度は大きく伸びをして、
「そこまでして付き合いたいって思える相手がいるっつうことは、すごく幸せなことなんだよ」
「三郎君=バレーボールってこと?」
「気付くの遅い」
「いや、結構最初の方から気付いてたけど」
「最初に言ったけど、コレ、精神論じゃないよ。幸福論」
「幸福論・・・」
「好きなモンのため、って考えたら、それを手に入れる辛いステップさえ幸福に思えるはずだよ。逆に言えば――」
 真北、「逆に言えば」ってフレーズがいたく気に入ったらしい。
「努力が幸福に思えないんなら、それはそれほど好きなモンじゃないんだよ。他の何かをさがせばいい。嫌々頑張ることはない。そんだけ」




 風邪ひくなよ、と言い残し、姉は部屋に入っていった。南は一人、ベランダに残った。

 微かなザワメキ。稲荷公園の方から春の夜の風にのって聞こえてくる。公園の方角が、茫、と静かに明るい。夜桜見物の花見客で賑わっているのだろう。
「あ!」
 南の口から小さく叫び声が洩れた。
 流れ星。
 あわてて手を合わせる。
 願い事を思いついた次の瞬間には、流れ星は消えていた。
「・・・・・・」
 なんでだろう、と思う。
 流れ星に向かって三回願い事を唱えるなんて到底不可能だ。早口言葉の練習が必要だ。いやいや、いつ現れるかわからない流れ星への願い事を常に準備しておくところから、はじめなければとても対応できない。
 誰がなんでそんなできもしないオマジナイを思いついたのだろう。
「・・・もしかしたら」
と思う。
 そのオマジナイを最初に考えた人は、本当はこう言いたかったんじゃないだろうか。

 ――願い事を叶えるのは星じゃなくて自分自身だよ。

と。
 ちっともロマンチックじゃない、白けてしまうほど当たり前な、でも力強い真理。
 さっき咄嗟に頭に浮かんだ願い事を実現するのは12歳の自分。

――髪を切る勇気を下さい。

「クシュン!」
 姉の言うとおり、本当に風邪をひいてしまう。
 南はゆっくりと回れ右をして、部屋に戻った。

 神様見てて
 意気地なしな気持ち
 すぐ直すから
 なんとかするよ
 期待してて

 ジャ、キ、ッ
「!!」
 南は思わず声にならない悲鳴をあげた。
 またジャ、キ、ッ
 オジサンが持ち上げたたっぷりとした髪の毛が、次の瞬間にはクッタリと息絶え、カットクロスに、ひんやりとした床に、落ちる。
 鏡の向こうの自分はまだかろうじてロングヘアー。眉間にシワを寄せ、上目遣い、口は「い」の形。
 昨夜テレビのバラエティでやってた「箱の中身はなんでしょう?」ってコーナーで、箱に手を突っ込んで正体不明の物体を触っている女のタレントさんもこんな顔、してた。
「何コレ?」という未知のものに対する言いようのない不安でいっぱいの表情・・・。
 そして、「早く箱の中身が知りたい!」という焦燥の表情・・・。
 南の気持ちも似ている。
 はやく終わってほしい、と思う。
 もう引き返すことはできない。
 だったら、さっさと「答え」が見たい。
 ヘンテコリンな髪形でも、出来上がってしまえば、「なによ、コレ!」と落胆することができる。感情の着地点がある。いまの宙ぶらりんの状態はとても居心地が悪い。

 ジャッ、

とオジサンは無造作に南の長い髪に鋏を入れる。

 キ、

と鋏が鳴る。

 ッ

と嵐の後の余韻があり、

 バサッ

と髪の亡骸が床を叩く。
 すべてが南の少女時代の終わりを告げる音。
 根元近くで断ち切られた髪が足元に散っている。すごくグロテスクだ。
 それは少女だった南の抜け殻。
 不思議なものだ。
 小さな頃から毎日、梳かしたり結んだり大事に大事にしてきた髪、つい今朝だって鏡の前で「いじりおさめ」をしたばかりの髪なのに、こうして床の上に這っていると、何か異様な物体でも見るようで、気味が悪い。
 要するに小学生時代は一気に遠い過去に押し流されてしまったのだろう。
 鏡に視線を移動させる。
 小学生と中学生の狭間にいる南がうつっている。
 長い髪はとうに撤去され、よく言えばボブ、悪く言えばオカッパ、もっと悪く言えば昔のフォークシンガー(男)みたいな髪型。
 鏡の端に真北がいた。
 髪の短くなった妹を心配そうな顔で見つめている。
 鏡の中、ふたつの視線が交差した。
 真北はとっさに膝の上でひろげている漫画雑誌に目を落とした。普段、ヤングジャンプなんて読みもしないくせに。

 知り合いの床屋さんが南の髪を無料で切ってくれるって、と散髪代が倹約できて得した気分になっている母に姉は噛み付いていた。
「お母さん! 南は女の子だよ! 床屋なんかで髪切らせんなよ。自分は毎月美容院に行ってるクセにさ。娘の美容院代くらいケチんないでよ」
 しかし締まり屋の母は平然と、
「いいじゃないの。どうせ短くするんなら美容院だって床屋だって変わらないわよ。せっかく西川さん(床屋)がやってくれるって言ってくれてるんだし」
「このオニババ!」
 オニババと言われて母親もムッとしたようで、
「真北、そういう口の聞き方許さないわよ。バイトしてたって家にお金入れたことなんて一度だってないくせに。それともアンタが南の美容院代出す?」
 売り言葉に買い言葉。真北もエキサイティングして、
「出してやるよ、可愛い妹の美容院ぐらい。すっげーカリスマ美容師のトコに連れてってやるよ」
「お姉ちゃん、いいんだって」
 南はあわてて姉を制した。日頃の姉の金欠ぶりはよく知ってる。小学生の妹にすらお金借りてるし。
「大丈夫。別にお洒落で髪切るわけじゃないんだし。短くしてもらえればいいの」
「でも・・・」
「本当に大丈夫だから」
「そうだ! アタシが切ってあげるよ。今風のかっこいいショートにしてやるよ。アタシ、結構器用なんだよ〜」
「それは絶対にイヤ・・・」
「だよね・・・」
といった次第で南は真北に付き添われて、こうして殺風景な理髪店の椅子に、深々と腰を沈めている。

 粗切りを済ませた西川のオジサンが鋏を南の前髪にもっていく。
 鋏にくわえ込まれた前髪の長さに、南はおびえた。眉毛よりずっと上の高さだった。
 本当に短髪になるのだ、と自分のすぐ先に迫っている未来を再認識せずにはいられなかった。
 ジャ、
と前髪が死に際の呻き声をあげた。
 キ、ジャキ、ジャキ、ジャキ、鋏が髪を食べ散らかしながら、南の額を横断していく。反射的に目をつむる。
 目を開ける。
 眩しい!
 生まれて初めてのぞいたオデコの鮮やかな白さが、鏡にぶつかって、跳ね返されて、眩しい。
 照れ隠しに眉毛を動かす。
 また真北と目が合った。真北は今度は目を逸らさなかった。妹が変わっていく光景に慈愛に満ちた眼差しを注いでいる。余計照れ臭くなる。
「もうすぐだからね」
 西川さんが南を気遣う。
「はい」
 はにかんで微笑する南。
「昔はこの時期になると、店ん中は新しく中学生になる子でいっぱいだったんだけどなあ」
「時代ってやつですかね」
 真北が西川さんの感傷をひやかすようにコメントした。年寄り扱いされた西川さんは 「まあね」
と苦笑して、
「でもさ」
と少し真顔になり、
「別に自分の商売がどうこうってわけじゃなくてサ、やっぱりね、自分の意思に反して嫌々髪を切らなきゃいけない、っていう体験が人間、一度くらいは必要なんじゃないかねえ」
「そんなもんなのかなあ」
 真北は腑に落ちないといったふうで、
「今だったら就職なんかがそうなのかなあ」
 ひとりごちるように言った。
「通過儀礼ってものですか?」
「南ちゃん、難しい言葉知ってるなあ」
「この子、本好きだから」
「そう、通過儀礼だな。よくテレビとかでやってるじゃん。どっかの南の島に住んでるナントカ族の風習でさ、バンジージャンプしたりして、それで本人も周囲も一人前の大人って認められるような・・・。日本だったら中学校に入る前の散髪が一種の通過儀礼だったのさ。そういう習慣が無くなっちゃったもんだから、成人式で暴れるような大人になりきれない連中が出てきたんだよ」
「そりゃあ飛躍しすぎでしょ」
 真北が西川さんに異を唱える。
「アタシはこの時代に生まれて幸せだよ。髪型ぐらい好きに選びたいじゃん」
「好きな髪形にできない南ちゃんは不幸なのかい?」
「南が自分で選んだんだよ。誰の強制でもない。南の意思。南の責任」
 西川さんの憂国論と真北のリベラリズムは平行線を辿る。
 引き合いに出された南は小さくなっている。「通過儀礼」なんて余計な単語をひけらかすんじゃなかった。
 まあいいや、と西川さんは論争を切り上げ、南の耳の周りを切りはじめた。右耳が外気に触れる。つづいて左耳。
 鏡の中の自分は少年のようだった。変形途上の短髪のインパクトが強すぎて、ついさっきまでのロングヘアーだった自分の姿が思い出せない。思い出そうと何度もトライしてみたが、諦めた。やっぱり遠い過去になってしまったのだろう。
 過去への距離は単に時間的な長さだけとは限らない。本ではなく身をもって感じる。
 後悔した。
髪型ではない。
着ている服のこと。こんな頭に女の子らしいフリフリのワンピースは似合わなさすぎる。
 チャッ、チャッ、とトップの髪が刈られる。
「後ろ、どうする?」
「後ろ? 襟足ですか?」
「そう。刈り上げちゃう?」
「やだ〜」
 つい駄々っ子みたいな口の利き方をしてしまった。
「そう」
 西川さんは残念そうにまた鋏を動かしはじめる。

「できたよ」
という声に我に返る。
「男前だねえ」
と真北がからかった。
 ひとつひとつ確認する。
 オデコ、モロ出し。
 眉毛、クッキリ。
 耳、全部出てる。
「どう? こんな感じ」
 西川さんが後ろで鏡を開いて見せてくれた。
「うわ〜!」
 思わず叫んでしまった。
 青白いうなじが思い切り露出している。
 前方の変化は把握できていたが、後頭部は不意打ちだった。
 でも意外と似合う、と南は少しホッとした。初めてのぞいたうなじの清らかさにも満足をおぼえた。
 ちなみに昨夜の「箱の中身」クイズの答えは「ゴーヤ」だった。
 女王様キャラで売り出し中の女性タレントさんはゴーヤを前に笑い崩れていた。こんなものにビビってたんだ〜って言いたげに。案外そういうものかも知れない。

KOUKISHI_MINAMI_C.JPG - 13,929BYTES

 理髪店を出ると、南は待ちかねたように頭に手をやった。指先は容易く頭皮をさぐりあてた。
「短〜い!」
「あはははは」
 花粉症対策のメガネとマスクをした真北が笑う。
「ジーン・セバーグみたいだね」
「誰、それ?」
「フランスの女優だよ」
「知らないよ〜」
「もっと姉の心配りを感じるべし。せっかくモンチッチって言わないでおいてあげてるんだから」
「言ってるじゃん!」
「ジーンズ履きなよ、ジーンズ。そんなスカートじゃなくってさ」
「もってないや」
「買ってもらいな。入学祝に」
「そうだね」
「婆ちゃんへの手紙に短い髪の写真、同封してやんな」
「うん!」
「南」
「なあに?」
「バレー選手になるための最初のステップ、幸せ?」
「まあ、幸せかなあ」
「ダウト」
「なんでよ」
「幸せだって思わないとなんか負けた気がするから、強がってるんでしょ?」
「・・・・・・」
「まっ、最初はそれでいいんだって。段々、本物になっていくよ。せいぜい頑張れよ」
「お前もな」
 妹の珍しい切り返しに真北はニヤッと笑い、アタシも資格でも取ろうかなあ、と呟いた。

 色んなことが終わって、色んなことの始まる春の夕暮れ。

 春休みは次のステージのための幕間。
 バレーボールに青春を賭ける中学生少女の役作りは無事完了。
 12クールに及ぶ長丁場のドラマのスタートは明後日。


 そして迎えた入学式。

 小学校の卒業式以来、初めて顔を合わせた南とアッちゃんこと加東明美はお互いの姿に空いた口がふさがらなかった。
「南! その頭!」
「アッちゃんこそ! ・・・なんで?!」
 明美はあいかわらずのロングヘアー。
「髪切ったって言ってなかったっけ・・・」
 呆然とする南に悪友は頭をかきかき、
「いや、あれさ〜」
と申し訳なさそうに、
「エイプリルフ−ル」
「え?」
「だからエイプリルフールだってば」
「え?」
 南の目が点になる。
 そう言えば明美から例の電話をもらったのは4月1日だった。
「もしかして・・・・・・・嘘?」
「うん」
「ってことは・・・」
「バレー部は髪型自由だよ」
 ぐらり。天地がひっくり返りかける。
「いや〜、ちょっと南をビビらせてやろっかな〜って思ったんだけど、まさか本気にしちゃった?」
「本気にしたからこういう頭、してるんですけど・・・」
「ごめんね」
「謝られても切っちゃった髪、すぐには伸びないんですけど・・・」
「う、うん、で、でもベリショ似合ってるよ〜」
「そういうフォロー、全然いらないんですけど・・・」
 ここで始業のチャイムが鳴らなければ、このオオカミ少女、被害者少女に二階の窓から突き落とされていたかも知れない。
 じゃあ放課後、一緒に入部届出しに行こうね〜、と逃げるように去っていく明美を虚ろな眼差しで見送り、
「もしかしたら・・・最初のステップでつまずいっちゃったかな・・・」
 肩を落とす南であった。

 前略おばあちゃま

 入学祝いありがとう!!
 とっても嬉しいです。とっても、とっても。
 毎朝、腕にはめるとき、おばあちゃまのこと思い出します。
 私(もう中学生になったので自分のこと南っていうのやめますね)の大切な宝物です。

 短い髪の方が似合いますか?
 ありがとう!
 この髪型、褒めてくれたの、おばあちゃまだけなんですよ。
 みんなヒドイんです。
 髪を切ったばかりのころは、「サル」とか「オトコオンナ」とか言いたい放題でした。
 でも新しい髪型もだんだん定着してきて、今ではもう誰も何も言いません。
 それは嬉しいことなのだけど、みんなが長い髪だった私を忘れてしまうのは、やっぱりちょっとサミシイかな。
 おばあちゃまは長い髪の私のこと、時々思い出してくださいね。
 この髪型についてはね、じつは面白い後日談があるんです。
 バレー部の先輩になんでそんなに短い髪なのかってきかれたんです。
 だから答えました。
「バレー部に入る意気込みを形にしました」
って。
 まあ、本当だし。
 そうしたら先輩、すっかり感心しちゃって、私のことをかわいがってくれるようになって・・・
 そうするうちに「自分たちも田中の気合いを見習おう」ってもりあがって、バレー部員はショートカットという決まりになりました。
 アッちゃん、ヒョウタンからコマが出ちゃってボーゼンとしてました。
「なんで〜?」と文句を言いながらも昨日、髪を切っていました。自業自得ってやつです。
 バレー部の練習はとっても大変です。
 もうアチコチ筋肉痛!
 でも夢をかなえるための階段を一歩一歩のぼっているんだ、と考えるとすごくワクワクします。
 ワクワクしすぎて夜も眠れないくらい。
 ウソです。夜はグッスリ眠っています。疲れちゃって。

 中学生活ももうそろそろでひと月になります。
 中学校は楽しいです!
 もちろんイヤなこともあるけど・・・(来月にはテストがあります)でも楽しいです!
 きっと卒業するころには、いつまでも中学生でいたい、なんてまたワガママ言って、おばあちゃまに笑われてるんでしょうね。

 お姉ちゃんは英会話教室に通いはじめました。
 英語をマスターして海外留学したいんだって。
 三日坊主にならないといいんだけど・・・。
 気がつけばみんな、先月からひとつ、高い場所にいます。

 そうそう――とまるで思い出したかのように書いてますが、今回一番お話したかったこと――

 彼氏ができました。

 もしかして、おばあちゃまは史郎君を思い浮かべたかな?
 いいえ。史郎君ではありません。
 ハンサムじゃないけれど、とてもやさしい人。
 南・・・じゃなくって・・・私のことをしっかり見てくれている人。
 デートは図書館が多いかな。
 くわしいことはまた次の手紙に書きますね。

 夏休みにはおばあちゃまのお家に遊びに行きますね。
 鎮守様の池には、まだアヒルさんはいますか?
 ジャビーはもう私のこと、忘れちゃったかなあ。
 でも大好物のチクワを持っていってあげたら、きっと思い出してくれることでしょう。
 あ〜あ、早く夏休みにならないかなあ。

 明日も朝練だから、もう寝ます。
 おばあちゃまも深夜ラジオはほどほどにね。
 またお手紙します。

 愛をこめて   南




(了)



    あとがき

 あけましておめでとうございます♪
 お久しぶりの迫水です。
 アップがないのは元気な証拠、迫水です。
 一度でいいから見てみたい、ほんとの尼さんできるトコ、迫水です。

 三度も自己紹介しちゃいました。

 さてさて、
 本作品はですね、かなり変則的なものでして、ちょっと前に流行った語を使えば、
スピンオフ
ってやつです。
 元々、調子に乗ってかいていた無謀な作品があって、あまりの無謀さに「これはマズイ!」とフォローのため、急遽、オマケ(保険)として、その作品に登場していた女の子を主人公にしたサイドストーリーを書きあげました。それが今作です。
 出来上がってみると、迫水らしからぬ王道的ストーリーになり、「悪くないなあ。じゃあ、こっちをメインにしよう」と賢明な判断をして、こういった形になりましたぁ〜!!
 迫水作品中、最年少ヒロインにロリコンのうめろう、略してロリうめ大興奮で、「今後もこの路線でいってくれ」とうるせーことうるせーこと・・・。
 タイトルは歌のタイトルからとりました。
 たまたまドライブ中、手元にあったCDを「何の曲が入ってんだろ?」と再生したら、「図書館では教えてくれない〜」が流れてきて、「タイトルこれしかねえっ!」と。そこから流れるが如くコンセプトも生まれ、うん、なんかシンクロニシティーです。作中で歌詞も引用してます。

 さて以下はオマケです。
 せっかくの読後感をブチ壊されたくないという方にはオススメできません。いや、マジで。








作品集に戻る


inserted by FC2 system