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かしましい。


 最近、我がカシマ学院に奇怪な現象が生じはじめている。
 きっかけとなったのは、学院生の尼僧、慧秀だった。
 学院でもそこそこカワイイと評判の彼女が、ある朝、背中まであった髪をきれいさっぱり剃り落とし、丸坊主になって勤行に現れたから、さあ、大変。
修行仲間の女子院生たちはド肝を抜かれ、勤行が終了するのもももどかしく、どっと彼女の周囲を取り囲み、
「真樹チャン、どうしたのっ?!」
 「俗世に一番近い修行道場」と宗門関係者から、揶揄するように評されている当学院では、その気風を反映して、学院生たちは互いを、仰々しい法名ではなく、俗名で呼び合う。
「ああ、コレ?」
 真樹は青光りしている真新しい坊主頭をひと撫でした。得意な表情だった。
 男子の学院生たちにチラリと目をやって、
「ちょっと、ここじゃ、言えないナ」
と言うので、この稿のヒロイン、上泉祐珠こと上泉弥砂(やすな)ら女子院生は、急遽、場所を移し、
「どうしたのよ? その頭」
と再度、真樹を問い詰めた。
 カシマ学院は男女共学の○○宗××派の僧侶道場である。在籍者の多くは、宗門の寺の子弟で、平均年齢も十代後半から二十代と若い。
 入学にあたり、男性の院生は必ず剃髪しなくてはならないが、女性の場合は本人の自由なので、もともと「実家がお寺だし、お坊さんの免許でも取っておくか」というノリで入学してきたほとんどの女性の院生たちは、俗世にいた頃のロングヘアーのまま、修行生活を送っている。もっとも厳格ではない道場でも、さすがに目に余る茶髪やパーマは禁じられている。だから有髪の院生は黒髪のストレートだ。美容院に行けないから、学院にいる間に、髪はどんどん伸びる。黒髪、ストレート、ロング、が有髪院生たちの標準的ヘアースタイルになっていた。
 そのうちの一人が突然頭を丸めたのだから、彼女の「仲間」は動揺する。
「実はねえ」
 真樹はかつての「仲間」たちを優越感たっぷりに見回し、含み笑いなんかして、
「彼氏に切ってもらったの」
 衝撃の告白に、一同、ゲェ、と顔をしかめる。
「"彼氏"って、秋元君?」
「まあね〜」
 真樹は平然としたものだ。
 学院生同士の恋愛は特に厳しい掣肘を受けない。公認ではなく、「黙認」といった感じだ。ま、どこにだって青春てものはあるわけで。
 実際、この道場で知り合って、ゴールインしてしまう僧侶のカップルも珍しくはない。現に弥砂の両親が、その珍しくない例に該当する。
 入学して一、二ヶ月も経つと、学院の敷地内にチラホラ、仲睦まじい男女の院生の姿が散見されはじめる。ある種の学院名物だ。
 ご多分に漏れず、真樹にも彼氏がいる。
 真樹の彼氏の秋元君は公務員を辞めて、仏門の世界に入った変り種の学院生だった。まだ二十代前半の希望に燃える若き修行僧である。
 堅物で知られる彼だが、やっぱり若い。ついこないだ真樹とデキてしまった。誘ったのは女の方で、学院屈指のラブラブカップルとして有名だった。まだキスどまりらしいが。
「あのね」
 真樹が順を追って詳しい話をきかせてくれた。
「昨夜、秋元君の部屋で話してたのね、秋元君と同室の男の子たちは、気、きかせてくれてさ、二人きりにしてくれて、で、二人でスッゴイ盛り上がってさあ。秋元君の入学前のこととかさ、二人ともサッカー好きだし。時間も忘れてそういう話してたら、だんだん、いい雰囲気になってきちゃって・・・こうお互いの間に暗黙の了解、みたいなのが、できてきて・・・」
 皆、固唾をのんで聞いている。
「そんでさ、秋元君が私の髪を優しく撫でてくれて、『いい?』って訊いてくるのよ。ついにキタッ!って思ったね。で、私も『うん』って言ったら、『じゃあ、やろっか』って。『同室の連中が戻って来る前に済ませちゃおう』って、秋元君が自分の荷物を、ゴソゴソさぐりはじめて・・・」
「秋元君も見かけによらず、結構やるね〜」
 弥砂の親友の泊里(とまり)が感心している。
「それで?」
 弥砂が話の続きをせがむ。
「それでね、秋元君が荷物の中から、引っ張り出したのが、バリカンでさ・・・」
 し〜ん。一瞬、沈黙。
「ハア?」
 ナニソレ? と一同、期待外れどころか、SF的なまでに飛躍するコイバナの展開に毒気を抜かれ、ツッコむことすらできない。予想のナナメウエなんてもんではない。一気に四次元空間に吹っ飛ばされた気分だ。秋元康夫、特殊な性癖の持ち主なのか?
「一番驚いたのは私だよ」
と真樹。そりゃそうだ。
「てっきり、その〜、ゴム用意してるんだろうな〜、とばかり思い込んでたからさ、『エ?』って目が点になったよ。まあね、よく考えたら、あの生真面目な秋元君が、学院内にゴム、持ち込むわけないもんね。でさ、思い出したのよ。秋元君が前々から、『得度した人間は男女問わず、キチンと剃髪して、修行に励むべきだ』って熱く語ってたのを。私と付き合ってからも、私に何度か頭剃るように勧めてきてさ、『絶対似合う』『清らかな尼僧になる』って言われてさ、その都度、『そうだね〜』みたいな生返事してたのね」
 そうした恋人のリアクションに、とうとう秋元君の中で、昨夜、「GO」サインが出たらしい。
「私、焦りまくってさあ、『まだ心の準備が・・・』とか『こういう大事なことは・・・』とか断ろうとしたんだけど、秋元君、強引で・・・。で、私も、まあ、秋元君が切ってくれるんならイイカナ、って」
 なんか、すっごいクダラナイ話なのだが、妙にドキドキした。
「で、どうだった?」
 好奇心旺盛というか、ただの天然というべきか、弥砂の親友の葉澄(はずむ)が「体験レポート」の提出を要求した。が、
「どうって?」
 逆に問い返され、戸惑って、
「エット・・・そうだなあ? 秋元君、うまかった?」
 天然娘の天然な質問に失笑がおこる。
「あんまりうまくなかった。他人の頭剃るの初めてだって言ってたし。最初はこわごわ、バリカン動かしてて・・・。でも、やってるうちに慣れてきたみたいで、手つきも堂々としてサマになって、大胆に・・・こう、ジョリジョリジョリ〜って」
 真樹が葉澄を自分に見立てて、空気のバリカンで恋人の断髪技術を再現してみせる。
「ちょっとやめてよォ」
勝手にカットモデルにされた葉澄は、恥らいと悦びが入り混じった表情で抗議する。
「あのさ、バリカンでガァーってやられたとき、どんな気分だった?」
 ――葉澄、ナイス!
と弥砂はそっと親指を立てる。天然もたまには役に立つ。
 この場にいる者は、たぶん全員、「バリカン処女」だ。外の世界でも、ヘアーカットと言えば美容院でチョコチョコ、毛先を梳いてもらってたようなレディー揃いである。
弥砂だって、生まれてこのかた、あんなガサツな器械の世話になったことはない。なろうとも思わない。
 けれどテレビなんかで、男の子がソイツで、バリバリ、ロン毛を刈られて、丸刈りにされている場面に出くわすと、スゴイ、と見入ってしまう。きっとキモチイイだろうなあ、と。
 もし、自分が男だったら一度は「バリカンでバリバリ」を体験してみたい。でも自分は女だから絶対そんな真似できない。
――でも・・・。
女なのに「バリカンでバリバリ」を昨夜、実行におよんだ勇者が、目の前に、悠然と座っている。是非詳しい体験談を拝聴したい。
ただ、素直に「聞かせて」とせがむのは、なんだか負けたような気がする。
「そうだな〜」
 真樹は少しもったいぶった様子で、
「うわあ〜、みたいな感じ。生暖かくて・・・バサッって髪の毛が落っこちた瞬間、あ〜、ヤッちゃったよ、オロオロ、みたいな。でも心のどっかで、ナ〜ンダ、こんなモンか〜、って醒めてる自分もいて・・・一回入っちゃえば度胸もついてさ、最後は鏡見ながら二人で剃り残し、チェックして・・・なんか共同作業みたくなってんの(笑)涼しいし軽いし、もうサイコーだよ! もうすぐ夏だしさあ」
 出家者は剃髪が基本だよね、と昨日までロン毛をなびかせていた女がのたまう。
 心なしか、頭を丸めてしまうと真樹は、グッとオトナっぽく、そして艶っぽくなった。有髪の頃より女っぷりがアップした。気のせいだろうか? いや、
 ――尼さんて色っぽいんだ!
 自らの職業の性的魅力を認識したのは、弥砂だけではあるまい。
 しかし、真樹のステップアップは単に剃髪したからだけではないだろう。
 「恋人に切ってもらう」ってトコがポイントだ。
「真樹チャン、もうバリカン処女じゃないね」
と誰かがオベンチャラを言って、まあね〜、とバリカン非処女は余裕たっぷりに追従を受け取った。なんだか悔しい。先を越されたような。後に続くつもりは、さらさらないが。

 真樹チャン、色っぽくなった、と後で同室の泊里と言い合った。
「別人だったよね、真樹チャン。前はもっとオドオドした感じでさあ」
「こんな私どうよ?的なオーラ出しまくってたよね〜」
 尼僧として、女として、劣等感をおぼえる。
「似合ってたよね」
「彼女、頭の形いいからな〜」
「そうそう、私なんて、マジ、似合わないって」
「私もゼッペキだからさ〜」
 「頭のカタチ」は剃髪の最大の障害だ。
 同時に剃髪を拒む絶好の口実になる。
 出家したのにどうして頭を剃らない?と訊かれても、
「私、頭の形悪くってさア」
と答えれば、とりわけ回答者が若い女性の場合、質問者はあっさり納得する。弥砂もしばしば使う言い訳だ。
「堂々と剃れる人がウラヤマシイよね」
 別に坊主頭になどなりたくはない。一生無縁のヘアースタイルでいたい。
 けれど、愛する男にバリカンで髪を刈り落とされていく真樹の、恍惚とした表情を、つい想像して、密かにコーフンする。
 ――それって、もしかして、ものすごい・・・なんじゃないんだろうか・・・。
 快感。悦楽。法悦。う〜ん、適当な言葉が見つからない。
 思っても口には出せない。
「ひとつの愛の形なのかなあ」
 ずっと黙っていた葉澄が呟く。この天然女も同室だ。
「キモイこと言わないでよ〜」
「だよね、ヤバいプレイみたいだよね〜」
 天然女のやけに的確なコメントは、袋叩きの憂き目にあう。
 とにかく「こっちの世界」に踏みとどまらねば。
「バリカン処女か〜」
 この天然女はどうして、弥砂たちが意識的に回避している感慨や単語を持ち出すのか。
「私たち、三人ともバリカン処女だね」
「そんなの処女のままでいいっつーの! 一生! 死ぬまで!」
「バリカン処女がいるなら、バリカンヤリマンていうのもあるのかなあ?」
 またわけのわからないことを・・・。
「真樹はバリカンヤリマンになるんじゃないの?」
という泊里に、
「まっしぐらだよね」
と弥砂は乗った。
「大好きな秋元君に毎晩ジョリジョリ〜って」
「きゃははは」
 弥砂と泊里は大笑いした。
こうやって茶化して、芽生えかけつつある危険な感情に、歯止めをかけよう、と思った。笑っている泊里も同じ気持ちだったに違いない。

 それからだった。学院内に奇妙な空気が漂いはじめたのは。
 剃髪した真樹に、男性修行僧たちの熱い視線が集まりだした。
 大きな理由は二つ。
 自分たちと同様、剃髪姿の彼女への親近感。
 そして、髪を剃った彼女が発するようになった独特のフェロモンを、弥砂たち同様、男どもも嗅ぎつけたのだろう。
 男僧どもの羨望は秋元君に向けられる。
 自分のオンナを自分の望むとおりの髪型にする。男の一般的な支配欲だ。
 真樹の坊主頭は、秋元君の無言の「所有権主張」だ。少なくとも、一部の男子院生には、そう映る。
 自分の征服欲を満たし、カノジョを美人尼に仕立てあげる。うまいことやりやがって、といった妬み嫉みがあるのだろう。繰り返すが、一部の者が、である。

 摩利の彼氏はその一部の者だったらしい。
 彼女は、常にピンでキチンとまとめていた長い髪を落とし、二人目のバリカン非処女となった。
 摩利は焦燥感に駆られていたようだ。
 元々、美人で、その上、格式の高い寺の出身だったため、かなりのプライドの持ち主だった。
 実は摩利も秋元君に接近していたのだが、真樹が秋元君の彼女になってしまった。それが彼女の自尊心を傷つけ、以来、何かと真樹をライバル視していた。
 他に彼氏を見つけ、多少は落ち着いたかな、とホッとしていた矢先に、真樹の変身。
 かつての想い人との熱々ぶりを見せつけられるわ、真樹は容姿、人気ともにランクアップするわ、ライバルと水をあけられて、摩利はだいぶクサッていた。
 そんな摩利を彼氏が焚きつける。
「じゃあ、お前も剃っちゃえばいいじゃないか。俺、マイバリ持ってるからさ」
 摩利は即座に、バリカン処女を捨てる決心をしたのだった。
「すごいわ、あっという間にツルッツルなんだから」
 入学する前は、高級美容室で一時間以上もかけて、ヘアーのケアをしてもらっていたという摩利は、「十分足らずでロングヘアーから丸坊主」の脱バリカン処女に、何か覚醒しちゃったみたいだった。
「彼、とっても手際がよくって、最初から最後まで安心して、任せられたわ」
と奇怪なオノロケをする始末。
 雨降って地固まるってやつで、剃髪同士、真樹との間に連帯意識が生まれ、
「うっかり頭に手をやってビックリするのよね〜」
「あるある。あ、そういや、髪なかったんだっけ?!みたいな」
「昨夜剃ってもらったばっかりなのに、もうザリザリする」
「マメに手入れしないとダメだよね」
 体験者にしかわからない会話を、聞こえよがしにしている。
 まるで有髪の方がイケてないふうな気分になる。
院生間に不思議な倒錯が生じる。
 
 泊里が男子院生から仕入れてきた摩利の「脱処女」話に爆笑した。摩利の彼氏の友人がコッソリ覗いていたのだそうだ。
 目撃者の談によれば、やれヘタクソだの、ああしてくれ、こうしてくれ、だのと注文をつける摩利に、彼氏が立腹し、もうやめる、と右半分坊主刈り状態の摩利を放置した。あわてふためいたのはトラ刈りの摩利。ふくれっ面の彼氏を、散々なだめたり、ペコペコ謝ったり、哀願したりして、ようよう剃髪を完了したという。
「ヒサンだね〜」
「そういえば摩利チャン、今日、やたらと彼氏の顔色うかがってたよね。普段はアゴでパシらせてんのにね」
 笑って、笑って、溜飲を下げる。
 笑った後は虚しい。
 いくらみっともなかろうが、「通過儀礼」を果たしたヤツに対して、果たしてないヤツは引け目を感じるものだ。
 「高慢チキな摩利を彼氏がバリカンで屈服させ亭主関白に」の報は忽ち院内を駆け巡る。
 新たな剃髪の効果に、男子院生は色めき立つ。
 倒錯にますます拍車がかかる。
投げられた小さな石は平穏な学院生活に、波紋をたて、広がっていく。
 カノジョのいる男はカノジョの髪を剃りたがり、彼氏のいる女は彼氏に髪を切って欲しがる。
真樹、摩利に呼応する女子院生が一人、また一人と出現する。
「脱バリカン処女ブーム」が沸き起こる。
 剃髪を済ませた尼僧たちは、自信に満ちた表情で、院内を颯爽と風を切って歩いている。
 反対に有髪の尼僧たちは、肩身が狭い。
○剃髪してないハンパな尼僧
○ボウズにする度胸のないチキン
○断髪に協力してくれる彼氏のいないサミシイ女
すっかり負け犬根性の虜である。
 自然、女性修行僧は、剃髪グループと有髪グループの二派に分かれる。後者は、なんとか前者の仲間に入ろうと、虎視眈々。
 閉鎖的な環境だからこそ起こりうる異常な現象。
 学院の上層部も、この現象を不純異性交遊と断ずるには不可解だし、むしろ、剃髪の院生が増えるのは、修業道場としては歓迎すべき風潮のため、院内恋愛同様、静観、黙認の様子である。

「剃髪した娘は、伸びたら、また彼氏に剃ってもらってるんだって。んで、今度は彼氏の伸びた髪を・・・みたいに、互いに剃りっこしてるらしいよ」
 数週間前だったならば、最高のギャグネタになっていたであろう情報を、泊里から教えられ、
 ――マズイな。
 弥砂は爪を噛む。
 弥砂、泊里、葉澄のフリー女三人組は、有髪グループの「三巨頭」と謳われている。
 この不名誉な呼称を返上せねば、と弥砂はあがきはじめている。
 誰か自分の脱バリカン処女を手伝ってくれるオトコはいないか。周りを見渡す。本末転倒。倒錯は新たな倒錯を生む。もうナリフリ構ってなどいられない段階にきている。
 グループの仲間たちも、次々とバリカン処女を卒業し、剃髪組へと合流していく。
 昨日も、この娘だけはガチで大丈夫、とタカをくくってた彼氏イナイ歴=年齢の那美子が「脱処女」を遂げた。
 事務のオニイサン(けっこう二枚目)に刈ってもらったという。事務員としても、院生(しかもブス)と同衾するのはリスキーだが、たかが散髪ぐらいなら支障はない、と判断したのだろう。
 バリカンの味をおぼえたての丸刈り頭をこれ見よがしに披露された。箔がついたとでも言いたげに。
「弥砂サンも早いとこ、バッサリいっちゃった方がいいですよォ。弥砂サン、私より美人なんだから、その気になれば、絶対OKしてもらえますって」
 まさか、コイツに憐れまれる日が来るとは思ってもみなかった。
 でも仁サン(事務員のオニイサン)に頼んじゃダメですよォ、と釘を刺された。誰が頼むか!
「ウチらも本腰入れないと」
 危急存亡の秋だよ、と、真樹&秋元君ペアのことをキモイとか嘲笑していた泊里は思いつめた顔つきで、
「一応、アテはあるんだけどね。私も葉澄も」
「ええっ?!」
 これは重大な裏切り行為だ。弥砂は呆然とする。女の友情って脆い。脆すぎる!
「悪く思わないで」
 寂しげに微笑して、泊里は部屋を去った。

 確かにアテはあったらしい。
 翌日、泊里と葉澄は、ダークブラウンのロングヘアー姿と、ウエービーな天パー(髪質まで天然だ)のロングヘアー姿に別れを告げ、剥きたての卵みたいなツルテカ頭になっていた。
「いや〜、頭に枕の感触が直接だとさ〜、なんかスッゴイ違和感あってさ、昨夜は寝れなかったよ〜。なくなってみて初めて髪の毛のアリガタミがわかったよ」
などと言いながら、仲間面して、ふたり、剃髪グループに歩み寄る。
「でも涼しいし、頭洗うのもラクだよね」
 ――葉澄、ボウズ似合ってない・・・。泊里も・・・。
 髪が長かった頃は、一見、「いいトコの御令嬢」だったのが、山寺の凸凹小坊主コンビに変貌を遂げてしまっている。和尚さんに「バカモンが」と怒鳴られて泣きべそかいてそうな。
「ウチらもスキな人にバリカンで、ゾリゾリ〜って。ね、葉澄」
「うんうん」
「アンタらさ」
 真樹が意地悪な目をする。
「自分たちで剃ったでしょ?」
「へ?」
 小坊主コンビはドッキリにひっかかったダメ芸人さながらの、呆けた表情で凍りつく。漫画だったら、ゼッタイ石化している。
「ハア? な、何言ってんの? 意味わかんないんですけど」
 ――泊里、目、泳ぎまくりだよ。
「女性トイレのゴミ箱に髪が捨ててあったわ。あなたたちのでしょ?」
「え? おかしいな〜。切った髪の毛は、ふたりでトイレに流したはずだけど・・・」
 摩利の誘導尋問にあっさりひっかかる天然小坊主の口を、
「ばかっ!」
と狼狽して、悪知恵小坊主がふさぐが、もう間に合わない。
 へぇ〜、と坊主軍団ができたて小坊主コンビに、軽蔑の眼差しをくれる。
「べ、別に頭剃るのに変わりはないでしょ!」
 悪知恵小坊主が開き直った。
「そりゃそうだけどね〜」
 苦笑する真樹。自分だって、一ヶ月前には「有髪可でラッキーだよね〜」とかほざいてたバリバリのバリカン処女だったくせに。
「でも、泊里サンたち、『スキな人』に切ってもらったって、いま」
 摩利の容赦ない指摘に、
「そ、そうだよ」
 窮地に陥った泊里は、何を血迷ったか、とんでもない方法で事態の打開をはかった。
「女同士で髪、剃りっこしちゃイケナイの? 恋愛は自由でしょ? わ、私、葉澄のことスキなんだから別にいいじゃん? 悪いの? ダメなの?」
 ね、葉澄、と唖然としている真樹たちの前で、隣の天然女の肩を抱いてみせる。
 ――もういいよっ! やめなって、泊里! 素直に泣き入れちゃいなって!
 親友のあまりに痛々しい光景を、弥砂は直視できない。
「嬉しいな、泊里ン」
 葉澄も泊里の肩に顔を埋める。こっちは泊里の三文芝居に乗ったのか、それとも本気なのか、判別不能である。
 皆、完全にヒイていた。ヒキまくっていた。
 引っ込みのつかなくなった泊里と葉澄の小坊主ペアは、それからしばらくいうもの、男女カップルに対抗するように、手をつないでイチャついてみせたり、ハグしてみせたりと、涙ぐましいカモフラージュをする羽目になったのであった。ご愁傷様、と言う他ない。ズルした者にはペナルティが課せられる。くわばら、くわばら。

 ――ハア〜。
 有髪姿がこんなに重いものだとは・・・。
 「パートナー」を見つけよう。そして、さっさと済ますモン済ませてしまって、頭も心もサッパリ、軽くなりたい。
 幸い、弥砂には泊里たちと違って、真っ当な「アテ」がある。
 ――気がすすまないけど・・・安栖田のアホに・・・。
 安栖田(あすた)智一。年下。ルックス三十点。中卒。元オタク。絶対、童貞。なにやらせてもダメ。他の男院生のパシリ。なかなかの超格安物件だ。
 何度かモーションをかけてこられたときは、ゾッとした。
 コンナヤツのY染色体はノーサンキューだ。ピシャリと肘鉄をくらわせてやった。
 だが贅沢は言っていられない。
 ――合コンなんかであるよなあ、こんな状況。
 売れ残り同士でカップル成立ってパターン。
 残り物に福、なんて大嘘だ。残り物には残るだけの理由があるわけで、でも、
 ――別にヤッちゃうわけじゃないし。
 弥砂サイドから、残り物を空き部屋に呼び出した。
 口下手なダメ男との会話を盛り上げ、必死でムードをつくる。
 安栖田は弥砂とアレをヤリたいらしかったが、そうは問屋が卸すものか!
 なんとか安栖田の方から、剃髪を申し出るように仕向けるのに成功した。そこまでは良かったのだが・・・。

「オレ、バリカン、持ってないから・・・」
とオロオロする童貞に
「借りてきてよ」
「でも・・・」
「いいよ」
痺れをきらし、
「私が借りてくる」
 ダメな男が相手だと「脱処女」も苦労する。
 ――これが秋元君だったらなあ。
 微かに陰翳を帯びた二枚目修行僧の、精悍な容貌が脳裏に浮かぶ。

 男性院生の部屋のある棟へ急行する。
 秋元君は不在。
 マイバリカンを所持しているという摩利の彼氏がいたので、
「あの・・・」
「なに、上泉さん?」
「バ・・・」
「バ?」
「バ・・バ、バリカン・・・貸してくれる?」
 赤面する。
 ワタシ、これからボウズになります
って宣言してるようなものだ。
「へ〜」
「へ〜」
 室内中の男子たちの好奇の目の集中砲火を浴び、ますます居たたまれない。
 ――トリビアじゃないっつの!
「勿体ね〜よ、上泉。伸ばすのに結構、時間かかったんじゃないか?」
 親切で言ってるのではない。それぐらいわかる。
「上泉さ〜、入学した頃、オレのこと、『一休サン』とか、からかってなかったっけ?」
「ア、 アレ〜? そ、そうだったっけ〜? それは、いい意味で『一休サン』
って言ったんだよ〜」
 自分でも意味不明な弁解を口走りつつ
 ――小っちゃい男だな〜。
 僧侶を目指す者が狭量すぎる。が、これも自分の招いた結果。
「気にしてたんなら謝る。ゴメンね」
「つまり、お前も『一休サン』になりたい、と?」
 摩利の彼氏は高飛車な恋人を屈服させ、すっかりSキャラが板についている。
「イ、 イヤ、あの、友達がね、借りてきてって、頼むから・・・ゴニョゴニョ」
「友達って誰だよ? 誰が頭剃るんだよ? 曽根か? 神崎か?」
 数少ない有髪尼僧の名前を挙げてツッコんでこられ、
「スミマセン。私です」
「『一休サン』になりたいんだな?」
「ハイ。もうツルツルのクリクリに」
 人間、「負け組」に所属すると卑屈になるものだ。
 結局、
「このミドリノクロカミをおろし、ひたすら御仏にお仕えいたしとうございまする」
などと小っ恥ずかしい台詞を強要され、ようやくバリカンをレンタルした。安栖田の待つ部屋にとって返す。
 コンセントを差し込む。
「いいのかな〜」
 人生はわからない。まさか、バリカンを握って、キョドっている安栖田に
「早くやってよ!」
と懇願する日がくるとは・・・。
 スイッチオン。
 ブウイィィーン
 ザザ、とバリカンがサイドの生え際にあたる。
 ――真ん中からいけよ!
 思い切りの悪いパートナーだ。
 ジャリ、ジャリ、
 やっぱり思い切り悪く、生殺しにするように、臆病にバリカンが入り、もたもた進んでいく。
 ジャリ、ジャリ・・ジャリ
 記念すべき、バリカン処女喪失!
「うわあ、やっちゃったよ〜」
 安栖田が切断した黒髪を一房握りしめて、オロオロしている。
 ――それは私が言うべき言葉でしょうが!
 涙が出そうだ。いろんなイミで。
「安栖田クン」
 こうなると、年上の自分がしっかりしなくてはならない。
「私、大丈夫だから、遠慮せず、思い切ってやっちゃっていいよ」
 懸命に笑顔をつくった。何故こんな思いまでして、頭を丸めなくてはいけないのだろう。心底後悔した。もう遅い。
 ジィー、ジィー、ザザ、ジジ、ジ、ジャリッ、ジャ・・・
「いっ!」
メチャクチャ痛い。安栖田、想像を絶する不器用さだ。
「安栖田クン、あわてなくていいからね」
 年上の余裕、年上の余裕、と自らに言い聞かせ、辛抱する。でも痛い。
 ――この、ドヘタ!
 きっと頭はエライ事になってる。安栖田に鏡を持ってこさせる。案の定、エライ事になっていた。
 ――ぐはあッ!
 正視できない。
 両サイドに幾筋かの青い通り道がデタラメにひかれている。黒い部分の切断面が、ボサボサはねあがっている。
 まるで気がふれた女だ。
 この刈り散らされた頭を、舗装して青い広場を完成させるしかない。
「まず右側から、やっていこう、ね?」
 鏡とにらめっこしながら、すっかり怖気づいてるダメ男に指示を出す。
「もっとコッチ、ちがうって・・・そう、ソコ、真っ直ぐ、ガァーって」




 ジジ・・・ザリッ、ザリッ・・・ジャリ・・・
 最悪の二人三脚。背中にビッショリ大汗が滲む。
 安栖田はあいかわらず、覚束ぬ手つきである。ここまでヘタレだとは思わなかった。感傷に浸る暇など皆無である。
「痛ッ! もうちょっと・・・落ち着こっ。時間はあるからさ・・痛っ!」
「あれ? あれ?」
と安栖田はテンパりまくっている。剃髪は一向に終わらない。
 ――もうっ! なに、コイツ? 女に恥かかせないでよ!
 情けなくなる。
 三分の一刈り終えたところで、とうとう我慢できず、ブチギレた。
「もういいよっ!」
 安栖田から、バリカンを奪う。
「アンタ、サイッテー! もういいっ! 後は自分でやる! 出てって!」
「エ?・・・でも・・・」
「出てって!」
 安栖田はブツブツ言いながら、部屋を去っていった。
 自分一人で断髪を続ける。
鏡で確認して、青い右サイドに最も近い、黒い領域にバリカンをあてる。
ジャッ
とバリカンが髪の生え際ではじける。ひるまず一気に、バリカンを押しあげた。
 ジャリジャリジャリ・・・
 バサバサとバリカンの運動の結果がかえってくる。
 これまでの青い部分と、たったいまできた青い部分との間に、中洲のように、僅かな刈り残し。すかさずそれを削り取る。
 雑巾がけの要領で、右から順々にこの行為を繰り返していく。
 後ろは苦労した。
 腰近くまでの髪を前につかみ出してきて、ブルブル振動する刃で切断しようと、悪戦苦闘する。難しい。
 ケープを巻きっぱなしで自室に戻る。
 ベタベタイチャついていた泊里と葉澄が、弥砂のクレイジーな姿に、ギョッとなる。
 言葉もない親友に、
「泊里、アンタ、裁縫バサミもってたよね」
「あ、ああ、うん」
「貸して」
「弥砂! なに早まった真似してんのよ〜!」
 我にかえった泊里が血相変えて詰り寄るが、
「貸して」
「う、うん」
 弥砂の異様な迫力に泊里はたじろぎ、言われたとおり、裁縫用のハサミを差し出す。
「アリガト」
「ちょ、ちょっと、弥砂! ソレ、一人で切ったんでしょ? 私がやってあげるから、そこ座んなよ」
「いい」
 このときの弥砂の様子を、後に葉澄はこう語った。「弥砂チャン、殺し屋みたいな目をしていたよ」と。
廊下を歩く。すれ違った剃髪の女子院生が硬直して、弥砂を見送る。
 ひとり床屋再開。
 片膝たてて、ジョキジョキジョキジョキ、一心不乱に、しぶとくくっついて、垂れ下がってる長い髪を切り刻んでいく。
 切れるだけ切った。そしてバリカン。
 ブウイィーン。ジャリジャリジャリ・・ジャリ、ジャリジャリ
 丁寧に仕上げた。丸く。青白く。
 葉澄の連想は正しかった。弥砂は殺し屋が仕事を遂行するが如く、黙々と自分の頭を剃りあげていく。まるでマシーンだ。
 自力本願。頼れる者は自分のみ。そんな悟りめいた気概が、弥砂をして、彼氏に依存する真樹や摩利たちを、精神的に追いつき、追い抜かさしめたのだった。
 鏡を見る。自力で削りあげた光沢を放つ頭を、満足げに一瞥する。
 剃り落とした髪を一本残らず、掃き集め、ビニール袋に詰めて、ゴミ箱に叩き込んだ。
 長い夜の終焉。泥のように眠った。


Playback! YASUNA`s Night



















こうして弥砂はこの夜、髪とともに臆病な少女の殻を脱ぎ捨てたのだった・・・・・・






 翌日。
 ハードボイルドな尼僧に変貌した弥砂に、さしもの傍若無人な剃髪グループも一目おかざるを得ず、腫れ物扱いだった。
 だが、バリカン非処女軍団のリーダー格、真樹は、この「ルール違反」を黙過できないらしい。わざわざ「狂犬」に近づく愚行をおかす。
「ねぇねぇ、弥砂サンは誰に切ってもらったの?」
「自分で切った」
「ええ?!(大仰に驚いてみせ)切ってくれる男性(ヒト)見つからなかったんだぁ? カワイソ・・・(にやにや)」
「消えろよ、ヤリマンブス」
「Σ(゜д゜!!」

 新境地に踏み込んだ泊里は早速、別の新境地に踏み込んだ弥砂に、猛烈アタックをしかけてきたが、相手にしなかった。
 数日後、おぞましい噂をキャッチした。
 男子院生の間で、女子院生の剃髪した髪が密かに売買されているという。
 安栖田をシメあげたら、あっさりゲロした。
 弥砂に往復ビンタをかまされた安栖田は、鼻血を流しながら、
「あ、秋元君が主犯ッス! お、オレはそんな気持ち悪いモンいらないんスけど・・・。で、でも欲しがるヤツ、け、結構いて・・・」
「小遣い稼ぎか・・・。いくら稼いでる?」
「カワイイ娘のだと、スゲー高値で売れてるッス。真樹チャンとか摩利サンとか・・・。院生以外にも買ってる人、いるみたいで・・・」
「そんなモン、ナンに使うんだ?」
「お、お守りかな〜?」
「お守りだと〜?」
「う、嘘です! たぶんズリネ・・・」
「言うなあっ!」
「で、でも大丈夫ッス! 弥砂サンの髪の毛は全然売れてな・・・」
「てめえっ! アタシの髪、こっそりくすねてたのかあっ!」
 ゲシゲシと安栖田にヤクザ蹴りをいれる。
 返す刀で男子寮に乗り込む。
 ――秋元! ブッ殺す!
 清新な求道者だった彼も、恋だ、寺格だ、跡目だ、といった院内のチャラけた雰囲気に染まり、いつしか堕落していったのだろう。
 丸坊主の女「剃るジャー」の暴走に刺激され、裏切られた尼僧たちも武装蜂起する。学院創設以来空前にして絶後の破壊行為が行われた。後世に「血の水曜日事件」として語り継がれる惨劇が。
 弥砂は蛮行の先頭を切った。
 消火器をブチまけた。尾崎豊のように窓ガラスを割りまくった。そして、
「おらっ! 並べ、コラァ!」
と秋元や摩利の彼氏ら主犯格の男子をボコッて整列させ、
「チ○コ出せやあァ!」
と吼えた。
 剃刀を取り出し、
「1ミリでも動いたら、チ○コ、チョン切るぞ」
 ゾリゾリ、小悪党連中の陰毛をそり落とした。

 上泉弥砂は学院を即日破門になった。
 処分されたのは弥砂ただ一人だった。
 学院の責任者連も、院生たちの実家を慮って、最小限の処分にとどめたかったようだ。
 ――こんなクソみてーなトコ、こっちから辞めてやるよ。
 学院の門をスタスタ出て行こうとする坊主頭にキャミソールの女に
「姐さんッ!」
「弥砂姐さん!」
 泊里、葉澄、真樹、摩利ら、尼僧たちが追いすがる。学園ドラマのラストさながらの光景だ。
「来んな。うぜー」
と吐き捨てて、学院をあとにした。
 こうなっては実家の寺には戻れない
 所持金は一万三千二百五円。
 ――これで行けるとこまで行くっきゃねーか。
 何とかなるさ、と駅への道を歩き出した。

 その後、カシマ学院は管理を強化。院生は入学前までに、男女とも全員剃髪する規則になった。院生間の恋愛も厳しく禁じられた。
まあ、僧侶の修業道場として至極「ノーマル」な形態に移行したにすぎないのだが。

   エピローグ

 秋元はあの騒動の後、自主的に学院を退転した。
 もはや仏門への熱意は消えていた。
 港町でヤクザになった。
 挙句、親分の後添えとデキてしまった。
 若妻の肉体に溺れる。
「姐サン、まずいッスよ」
「いいじゃないか。いざとなりゃ、アンタが指つめりゃいいだけの話さ」
「あ、姐サン!」
 若妻の柔肌に武者ぶりつく秋元。
バサリ、と若妻の頭から鬘がこぼれ落ちる。光沢を放つスキンヘッドが、露になる。
「フフッ、まさか、あの堅物の『秋元君』が極道になるとは思ってなかったよ」
 自分もまさか、あのサエナイ小娘にかしずくバター犬の境遇になるとは、予想だにしなかった。
 弥砂は港町の場末のスナックで働いているところを、組長に見初められ、その後添えとなったという。玉の輿だ。
「ああっ! 秋元ォ〜」
 弥砂がスキンヘッドをのけぞらせ、悶える。
 弥砂は組長がどんなにせがんでも、頑として髪を伸ばそうとはしなかった。臆病だった過去の自分に戻るのはイヤだ、というのが、蓄髪を拒む理由らしい。
 秋元には弥砂の気持ちはわからない。ただ彼女の肉体に耽溺するのみだ。
 情事が果て、互いの体液にまみれ、睦言を交わす。
「秋元」
「なんスか」
「アタシね、学院時代、アンタのこと、結構好きだったんだよ」
「ハァ」
「ナニ間の抜けた顔してるんだい」
「すんません」
「ねえ」
「はい」
「このまま駆け落ちしようか? 二人でどっかまた知らない街に行ってさ、商売でもして暮らさないかい?」
「そんな・・・親分に不義理な真似はできやせんよ」
「意気地がないねえ。もう十分、不義理してるじゃないか」
 雨が降りはじめた。
「ねえ、秋元。アンタも男だろ? 一世一代の漢気みせてみなよ」
「姐さん、勘弁してくださいよ」
 弥砂が苛立って舌打ちするのが、激しい雨音の中、はっきりと聞こえた。
「じゃあお前の背中押してやろうか」
 弥砂は枕元に転がっているケータイをダイヤルする。そして、
「あ、アンタかい? 今どこにいるの? ああ、そうかい。あのね、驚かずに聞いとくれ。アタシね、秋元と寝たよ、たった今。あはは、だから驚くなって言ったじゃないか。本当だよ。嘘なもんか。え? ああ、そう。うん、うん、ああ、わかったよ」
 弥砂はケータイをきって、じっと秋元を睨めた。
「十分で戻るってさ。アンタを殺すって」
 秋元はぼんやりと雨音を聞いていた。
 ――あと十分で・・・。
 弥砂と逃げるか、大人しく罪を償うかしなくてはならない。不意に自分を襲う不条理な現実に、目眩と吐き気をおぼえた。
「どうする、秋元」
 弥砂が夜叉のような形相で迫った。
次の瞬間、

 ボーン、ボーン

と柱時計が午後二時を告げた。

 エピローグ2

「聞いてる? 秋元君」
 真樹の声で、ビクッと我にかえる。日頃の修行生活の疲労で、恋人と話しながら、ついウトウトしてしまったらしい。
「ああ、何の話してたっけ?」
「ワールドカップだよ」
「ああ」
 なんで上泉弥砂の夢なんか見てしまったのだろう。あんなパッとしない女の夢なんて。しかも、自分が極道になってるなんて。悪夢だ。
 悪夢を振り払うようにして、真樹との会話を再開する。
 やっぱり○―コジャパンはダメだったよ、と真樹は素人批評を展開しつつ、何度もうるさそうにロングヘアーをかき上げる。
 見慣れたいつもの恋人の仕草だったが、今の秋元にはそれが嘔吐しそうなほど、不快だ。
 真樹の女の命に対して、アグレッシブな感情が芽生える。
 夢の中の弥砂の艶かしいスキンヘッドを、脳裏で反芻する。
 アタシ、カシマ学院に入ってよかったよ、秋元君に出会えて、という恋人の愛の言葉を虚ろに聞く。
言いながら真樹がまた髪をかき上げる。
 ふとバッグの奥にしまってあるバリカンの存在を思い出した。
 手を伸ばし、真樹の黒髪に触れる。真樹は恍惚と秋元に髪を触れさせる。
こいつを残らず収奪したい、という残忍な衝動がこみあげてきて、
「いい?」
と秋元は恋人に尋ねていた。




(了)



    あとがき

 サイト開設前の作品です。「女弁慶」や「地獄の一丁目」シリーズとほぼ同時期に書きましたが、ストーリーが暴走しまくり、途中で見失ってしまいました。そして、あまりのくだらなさに封印しました。「何がバリカン処女やねん。アホくさ〜」って。
「これを発表するときが懲役七〇〇年の最後のときだろう」とずっと思っていたのですが、今回脱稿以来はじめてキチンと読み直してみて、「あれ? コレそんなに悪くなくない? 少なくとも最近のやつより」と考えが変わり、こうして陽の目を見ることに・・・。タイトル、キャラ名は「か○まし」へのオマージュです。別にハマッてたわけじゃないんですけど・・・。この「バリカン処女」というアイディアは後の「バチカブリ大シリーズ」に継承されています。まあ、こんなナメた修業道場は絶対ないと思う、うん。
しかしボツ作品を発掘するようになるとは、うちのサイトも相当ピンチだなあ・・・。




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