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バチカブリ大異聞〜最悪得度式〜


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祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。時代は変われども盛者必衰の理は変わらず。嗚呼、奈緒よ、汝如何にして尼にならん。


 放蕩三昧の挙句、八頭大学(通称・バチカブリ大)を四留するという寺娘吉岡奈緒の不行状は、とうとう父住職の逆鱗に触れ、
「尼僧の修行に行って、性根を入れ替えてこい!」
と命じられ、本日いよいよ、得度することに。
 奈緒も寺に生まれ育った女、白装束に身を包み、凛として得度式に臨んだ・・・・・・はずであったが・・・
「嫌だっ! 絶対嫌だっっ! 坊主になんかなりたくないよオォォォッッ!」
 いざ剃髪の段になると、取り乱し、臨席している親類や僧侶、檀家の冷ややかな視線もかまわず、柱に取りすがり、恥も外聞もなく絶叫していた。
「お嬢、ここまできたら覚悟を決めてくださいよ」
 ガッシリとした体躯の役僧の東昭と西康はニヤつきながら、柱を抱え込んでいる奈緒を力ずくで引き剥がし、
「イヤだよオオォォォ!! 坊主なんてイヤだよオオオォォォ!! 剃りたくないッ! 剃りたくないよオオォォ!!」
と長い髪を振り乱して泣き喚く奈緒をズルズルと剃髪室までひきずっていった。

 剃髪室にはすでに理髪師が控えていた。
「ア、アンタ・・・板垣・・・」
 奈緒は理髪師を見て、ギョッとなった。
「どうも久しぶりです」
 理髪師の板垣は涙と鼻水で化粧がドロドロに剥げ落ちた哀れな女の顔を、嗜虐的な目で見下ろす。
 この板垣、かつて奈緒が我が世の春を謳歌していた頃、散々弄ばれ、貢がされ、小馬鹿にされ、挙句の果て、ボロ雑巾のようになって捨てられた男である。
廃人の状態から立ち直った板垣はあらかじめこの日のあることを予測し、専門学校に通い理容師免許を取得し、奈緒の住む街で床屋を開業して、出張サービスをはじめたのだった。
「・・・・・・」
 奈緒が座布団のうえに引き据えられる。
「じゃあ、お願いします」
 奈緒に代わって東昭が板垣に頭をさげると、理髪師は、はい、と頷き、恐怖にうち震える断髪者の首にケープを巻いて、おもむろにある物体を取り出した。
「バ、バリカンんんん〜〜?!」
 奈緒が目を剥き、素っ頓狂な声をあげた。クラリ。意識が飛びかける。
「皆さん、待っておられるんで早めにお願いしますね」
 西康の注文に、
「了解」
 板垣が再度頷く。
「か、堪忍してぇ〜!」
 腰を抜かした奈緒がモゾモゾとイモ虫のように、その場を逃れようとするのを役僧二人がガシッと押さえ込む。
「いい加減、観念してくださいよ、お嬢」
 意地悪く笑う東昭と西康。
 彼らふたりも板垣同様、奈緒には遺恨がある。日頃、タカビーでゴーマンな奈緒に嘲笑され、嫌味を言われたりして、相手が大寺の娘だからと泣き寝入りしてきたが、今日は晴れて堂々と報復できるのである。これが笑わずにいられようか。
 バリカンのスイッチが入る。
 ヴイイイイイイイィィィィーン
 トップの分け目にスッと冷たい刃があてられる。
「ヒ、ヒイイィ〜!」
 まるで巨大な男根を鼻先につきつけられた処女のように震えあがる奈緒は
「や、や、やめて! やめてくださいいいぃぃ!! バリカンは堪忍! 堪忍!」
 もはやプライドもヘチマもなく、叩頭する。
「なんでもしますッ!! この通り土下座します! 板垣サンのために毎日お弁当作ります! トイレ掃除、ドブさらいもします! 靴舐めます! チ○コだって舐めます! だから堪忍してくださいいい〜ッッ!!」
 奈緒の恥知らずな哀訴は襖一枚隔てた隣室に居並ぶ列席者の耳にも届いている。
「本当になんでもする?」
「は、はい!」
「じゃあ頭丸めてくれ」
 ジョリジョリジョリ
 バリカンが頭頂部まで押し上げられた。蜜柑の皮を剥くように髪がめくれあがり、ハラリと柔らかな髪が一房、ケープを伝って落ちる。
「うぎゃああああああっっ!!」
 奈緒のみっともない叫びが響き渡る。
「板垣・・・てめえ・・・」
 逆モヒカンにされた奈緒が兇悪な表情で、プルプルと怒りに震えながら、理髪師を上目遣いに睨め据える。
「ゼッテー殺す」
「そんなアタマで言われてもねえ」
 板垣は薄笑いながら肩をすくめ、
「ま、俺を殺すんなら、尼さんになった後でね」
とまたバリカンを今度はさっき刈った部分の真横にあて、
 ジョリジョリジョリ
 青い道路が拡張され、除去された茶色い塊がバサリ。
「うおおおおおおおっっ!!」
 ケダモノのように咆哮する奈緒。そして、
「なんで・・・」
と泣きべそをかく。
「なんでアタシがこんなメに・・・」
「仕方ないでしょう」
と東昭。西康もうなずきながら、
「まさかお嬢、ロン毛のまんま、修行道場入りするつもりだったんスか?」
「あそこは厳しいからなあ。ロン毛なんかで行ったらボッコボコだゼ」
「朝三時起床だったっけな」
「ビンタは日常茶飯事」
 役僧二人は奈緒を脅す。
「三年間みっちり仕込まれる」
「三年んんん〜?!」
 奈緒が素っ頓狂な声をあげ、ガチガチと歯を鳴らす。修行は一ヶ月と聞かされていたのだ。三年なんて遊び人だった自分に耐えられるわけがない。
「あ、三年半だったっけ」
「やだっ! やだああああっっ!!」
 錯乱しかける奈緒。しかしバリカンは落ち武者の月代の部分をひろげていく。そして執拗に繰り返し繰り返し、なぶるようにゆっくりと剃った場所をなめまわす。
 ジジジジ・・・・ウイイイン、ジジジ・・・ウイイイイン
 バリカンの振動が剥き出しになった頭皮にモロに伝ってきて、
「あ・・・」
 奈緒がヨガリ声をあげる。淫乱女の本性が鎌首をもたげてくる。
 ポロポロと涙を流し、恐怖で顔を歪めているのに、なぜだろう、下半身が濡れてくる。ケープの下、はしたなくも股間に手を滑りこませる奈緒。
 ――アタシ、剃られてる! そんで明日には収容所みたいなトコに放り込まれるんだ・・・。
 自分のうちなるマゾヒスティックな暗部に火がつく。
 おっかない先輩尼たちにシゴかれ、激しく折檻され、躾られる小坊主姿の自身を想像し、興奮する。指を動かす。
 538年仏教伝来。以来、得度式でオナニーをコイた尼僧など奈緒だけであろう。

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 板垣や役僧は奈緒のあまりの淫乱ぶりに、一瞬あっけにとられていたが、気づかぬふうを装い、
「せっかくのお嬢の門出だ。参列してくださっている方々にもご覧になっていただこう」
と屏風を取り払い、襖を取り外した。
「あ・・・あああ! や、やめてっ!」
 参列者の前に前頭部を刈り込まれ、耳まで真っ赤になった奈緒の姿がお披露目される。
「ああああっ! み、見ないでえええぇぇぇっ!!」
 しかし指を動かすのはやめない。否、大勢の人々に見られて、余計興奮する。
「あ・・・あっ、イイ・・・」
 列座の人々は呆然として、やがてあきれたように奈緒のはしたない振る舞いを凝視していた。
 不意にモーター音がやんだ。奈緒の頭はまだ落ち武者状態。長い髪はまだダラリと頭の両サイドから垂れ下がっている。
「すいません、バッテリーが切れちゃいました」
 理髪師がシレッとした表情で言う。
「だからってコレじゃなあ」
 東昭がニヤつきながら、奈緒の無残な頭を見下ろす。
「仕方ないので、コイツで」
と理髪師が取り出したのは、メタリックな光沢を放つ手動バリカンだった。あまり手入れしていないらしく、錆びかけている。
「あ〜、コレ、痛えんだよなあ」
 奈緒は思わぬ散髪器具の登場に顔面蒼白になる。
「まあ、ここはプロに任せます」
 役僧は内心の喜悦を押さえ、鹿爪らしい顔でうなずく。
 理髪師は早速、手動バリカンを奈緒のサイドの髪に差し入れる。
「いってえええー!!」
 長い髪がバリカンの刃にまとわりつき、引っ張られ、あまりの激痛に奈緒は悲鳴をあげた。無論、理髪師の板垣はわざと乱暴にバリカンを走らせている。
「やめろっ! やめてえええぇぇぇ!! 堪忍! 堪忍してえええぇぇぇっっ!!」
「急ぎますんで。皆さん、お待ちのようですし」
 さっきまで撫で回すように同じ部分を刈って、ジラしていたくせに、別人みたいになってバリバリと奈緒の髪を刈り落としていく。
「うぎゃあああッ!! 痛ェ!! 痛いですうううぅぅッ!! も、もうダメですうぅぅっっ!!」
 奈緒はたまらず、役僧をふりほどき、ケープをひきずったまま、刈り落とした髪を散乱させて、本堂へと這い出た。とんだ得度式になった。
「も、もう尼になるのやめますっっ! やめますううぅううっっ!!」
「落ち着きなさい!」
 師僧としてかしこまってなければならない立場の奈緒の父である住職も、先程からの奈緒の醜態にたまりかね、座をたつと、奈緒に駆け寄り、激しい往復ビンタを二度三度とくらわせた。
「奈緒! いい加減に料簡しなさい!」
 奈緒を追ってきた役僧ふたりはすかさず奈緒を畳の上、ねじふせる。
「今まで色々と尼さんの剃髪を経験したが、こんな見苦しい人ははじめてだよ」
 板垣は聞こえよがし吐き捨てると、その場で取り押さえられた奈緒の髪を、また威勢良く刈りはじめた。刈っては放り、刈っては放り、まるで羊の毛刈りだ。
「ギャアアアア!! 痛いっ! 痛いィィィっ!」
 奈緒はジタバタと足をバタつかせ、顔中、涙でグショグショだ。そんな奈緒の姿は同情よりも不快感を列席者に与えた。
「奈緒ちゃんもいい年をして堪え性がないなあ」
「ひどい得度式だ。ろくな尼さんにならんぞ」
「日頃檀家を見下したところのある娘だからな、多少は痛い目にあった方がいい」
「修行道場で根性を叩き直してもらえ」
 ポイと投げ捨てられた髪束を小さな子供が拾い上げ、「おヒゲ」と口元にもっていくのを、
「おやめなさい。汚い」
とその母親がはたき落とした。
 列席者の嘲り、そしていよいよフル回転するナマクラの手動バリカンは奈緒のマゾッ気を刺激した。
「畜生! か、刈れっ! 刈ってええぇ!! もっとオォォ!!」
 理髪師はそんな奈緒をジラすかのように、手を休め、バリカンを調節し直している。
「早く! 早くしてええぇぇっっっ!!」
 青々としたクリクリ坊主になって、昨日まで自分の言いなりになっていた男どもに、「カワイクなっちゃったね〜」と蔑みの目で見下される。そんな光景が脳裏に浮かび、Mに開眼した奈緒は興奮して身悶えする。
 板垣は奈緒の頭で彼女が未だ女性であることを無言で主張している左サイドの長い髪に容赦なくバリカンをいれた。ふたたび激痛がはじまる。激痛は今の奈緒にとっては甘美だ。
「痛っ! 痛いっ! ううう・・・まだまだぁ!! もっとおオォォッッ!!」
 奈緒は畳に股間をこすりつけ、狂ったように咆哮した。
 奈緒の頭から茶色い部分が毟り取られ、最後の一房も刈り落とされた。
 高校球児の如き丸刈り頭になる奈緒。
「この体勢じゃあ剃刀を使ったら危ないなあ」
「それならば拙僧が。こういうのは毎日やっておりますので」
と西康が申し出、蒸しタオルもシェービングクリームもパスして、ゴッツイ掌で奈緒の丸刈り頭を押さえ込むと、T字剃刀でゾリゾリ剃っていく。
 生まれて初めて剃髪する奈緒の弱い頭皮は、剃刀負けして、ところどころ血が滲んでいる。
「痛いよう・・・痛いよう・・・」
 奈緒は子供のように泣きながら、それでも腰を動かした。そして、
「あっ」
 イッてしまった。同時に
 じょぉぉぉ〜
 小便が畳一面に広がった。失禁してしまったのだ。
 し〜ん。
一同は絶句した。
 やがて、このバカ者!という怒声や嘲笑が堂内を埋め尽くした。



 近未来・・・。

 法衣を身に纏い、綺麗に剃髪した年輩の尼僧がテレビに出演していた。
「最近この尼さん、テレビでよく見かけるなあ」
「吉岡ナントカだっけ? 本も出してたよなあ」
理容店の待合席で客同士が話している。角刈りとメガネ、若いふたり。
ブラウン管の中、尼さんは貫禄たっぷりに人生相談に答えている。
相談者は若い女性。十代にして管理職になれたが、経験不足のため、ミスを連発しているという。
この間も初めての会議で失敗しちゃって、と涙ながらに訴えている。
「何よ、それくらいで」
尼さんは女性の肩をポンと叩き、
「私なんて初めて頭剃ったとき、オシッコもらしちゃったのよ」
とカラカラ笑う。
嘘〜、信じられない〜、とスタジオ中がこの高徳の尼僧の意外な過去にどよめいている。
「大切なのは失敗して尻尾を巻いて逃げるか、それともその悔しさをバネに前進するか、なのよ」
尼僧は続ける。顔に刻まれた深い皺が彼女の言葉の実を裏打ちしていた。
「へえ、こんな立派な尼さんでもそんなみっともない経験があるんだ」
というメガネの独り言に
「人は見かけによらねえなあ」
と角刈りがしきりに点頭している。そして、
「なあ、大将? 板垣サン」
「なんだい?」
 仕事中の老理髪師、板垣が振り返る。
「この尼さんさあ」
板垣はブラウン管を一瞥すると、
「ああ」
と視線を遠くに投げた。
「よく見りゃ美人じゃねーか。こりゃあ若い頃はさぞ男泣かしたろうなあ」
「かも知んないね〜」
気のない返事をして、客の少女の髪をバリカンで剃り上げていく板垣。
少女が堪えきれず、うっ、と嗚咽する。
「お嬢ちゃん、新中学生かい?」
テレビから目を離し、尋ねるメガネに、
「そうだよ」
泣きじゃくっている少女に代わって、板垣が答える。
「俺らがガキの頃は男子だけが丸刈りで女子は自由だったもんだがな〜」
「今は男女とも丸刈りだっけな」
「年頃の女の子にゃ酷な話だ」
「『教育改革』の弊害だな」
「そもそもだな――」
丸まっていく少女の頭を見物しながら、メガネと角刈りは政治談議をはじめる。
「ほら、もうすぐお姉ちゃんになるんだから泣いてちゃおかしいだろ?」
板垣は涙でグショグショの少女の顔をティッシュで拭ってやる。
ハイ、と少女は神妙にうなずいた。そして大人の階段を登っている自己を確認するように、鏡を見て、照れくさそうに笑った。
 板垣はそんな少女に目を細め、ゆっくりとブラウン管を振り仰ぎ、説法をしている初老の尼僧に微笑を送った。




(了)



    あとがき

昔ノートに書き溜めていたストーリーにバチカブリ大設定と近未来篇を付け足して発表させていただきました。原題は「世界一カッコ悪い尼さんの誕生」です。
他の断髪サイトでしばしば見かける「官能」にチャレンジいたしましたが、う〜ん、イマイチ・・・。畑違いを痛感しました。
いわゆる停滞期でしょうか。書く物がマンネリ化しつつあります。
読んでくださった方にしてみれば「遊び人→尼さん」はもう飽きたわ、といったトコでしょうか。
ありがちなネタでも、もうちょっと、例えば奈緒のタかビー時代の描写とかを入れていたならば、奈緒の転落ぶりが読む人に鮮明に伝わってきたのでしょうが・・・。
結果的にこれまでの迫水作品の中で最もエゲツナイ一作となった次第です。
ちなみに吉岡奈緒のダブりキャンパスライフはバチカブリ大生の間でも有名で、「ろるべと」で高島田一成にネタにされています。




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