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一蓮托生


「今日の試合は勝てると思ってたんだがなあ」
「あの上条とかいうピッチャーに見事に完封きめられちまったな」
 一同、溜息。
「監督怒ってたなぁ〜」
「しょーがねーよ。俺たちが悪いんだから」
「どうする?」
 一同、また溜息。
 今日も練習試合で大敗を喫した。連敗記録更新中。なのに試合に負けてもヘラヘラ笑っている俺たちについに監督の堪忍袋の緒が切れ、
「もうお前らの指導はせん! 勝手にしろっ!」
と部室を出て行ってしまった。
 後に残された俺たちは途方に暮れた。
「とにかく監督に謝ろうゼ」
「そうだな」
「でもあんなに怒ってたんだぞ」
「ああ、ただ謝るだけじゃなあ」
 やっぱり何らかの形で、これまでの反省とこれからの意気込みを示すべきだろう、という話になる。その結果、
「頭丸めるしかねえか」
と運動部らしい結論に傾く。
 我が聖峰高校野球部は規則も緩く、これまで長髪が許されていた。思春期の男子には丸刈りはキツイものがあるが、これもケジメ、いたしかたない。
「よし!」
 キャプテンが衆議をまとめる。
「稲葉以外の部員は全員明後日までに丸刈りにしてくること」
「ちょっと待ってください!」
 クラブ唯一の女子部員、稲葉素子がテーブルを叩いて立ち上がる。
「なんでアタシだけ丸刈り免除なんスか!」
「だって・・・なあ・・・」
 キャプテンが口ごもって、ショートヘアーの後輩を見る。まさか女子に丸刈りを強要するわけにはいかない。
「そういう特別扱いがいっちゃんムカつくんスけど」
 アタシだって仲間ッスよ、皆が頭丸めるのになんで、と素子は唇を噛む。

 漫研だった稲葉素子が突如野球部の門をたたいたとき、部員たちは当惑した。どうも野球漫画に影響されたらしい。
 どうせオタク女の一時の気紛れ、すぐ音をあげて辞めるさ、適当にあしらっておけ、と俺たちは、周回遅れでよろよろランニングする彼女を白眼視していた。
 実際、素子は入部してすぐ後悔したらしい。バッグに退部届けをしのばせているのを何人かの部員が目撃している。
 やっぱりな、と陰で嘲笑した。
 だがあの夏休みの練習で彼女は変わった。
 監督の一時間半にも及ぶ鬼のような個人ノック。
「オラア! 稲葉! ちゃんと取れッ!
「声出せ、声!
「女だからって容赦すると思ってんのかあッ!
「泣いたってやめねえからな! もう一本!
 猛暑のなか、怒号を浴びせられ、汗まみれ泥まみれになり、泣きながら「バッチコ〜イ」と白球を追って、駈けずりまわっているうちに、眠っていた彼女の闘志に火がついたようだった。
 その翌日、素子は長かった髪をバッサリと少年のように短く刈って、練習に現れた。前夜ヘトヘトになりながら、美容院に駆け込んだらしい。
 以来、素子は野球少女の道に開眼し、男の俺たちでもヘバるような厳しい練習に耐え抜いた。もう彼女を笑うヤツは誰もいなかった。
 そんな素子は「女だから」と特別扱いされることを一番嫌った。
練習で他の男子部員より楽なメニューを課せられると、即座に反発した。
 ある練習試合の帰路、バスの中でたまたま席がひとつ空いていて、キャプテンがレディーファーストだから、と冗談めかして素子に席をすすめると、
「なんでですか!」
とマジギレして、全員が座れるスペースが空いても、ひとりムッツリと立ち続けていた。
 しかし素子の気合いに反し、俺たちは一緒の練習をしながらも、どこか彼女によそよそしい態度をとっていた。悪意は毛頭ない。思春期の男と女、そりゃあ多少は気を使ってしまう。
 俺たちのそうした態度に素子は疎外感や苛立ちを感じていたのだろう。それが今日この場で爆発してしまったようだった。
「なんでいつもアタシばっかりオミソなんスか!」
 素子は涙ながらに訴える。
「アタシだって・・・丸刈りぐらい・・・」
「稲葉、その気持ちだけで十分だよ」
となだめるキャプテンをキッと睨みつけ、
「いえっ、切ります! アタシも頭丸めます!」
 素子の決意は固いようだった。





翌日、俺は髪を切るため、しぶしぶ駅前の床屋に入った。
 思いがけぬ先客にギョッとなる。
素子だった。
 初めて見る素子の私服姿は新鮮だった。
「あ、真鍋センパイ。どうも」
 向こうの方から声をかけてきた。
「稲葉・・・」
 ドギマギする。 「やっぱり頭丸めるのか?」
「当たり前じゃないッスか」
「イヤじゃないか?」
 間の抜けた質問だ。我ながらそう思う。
「そりゃイヤッスよ〜。でも切るって宣言しちゃったし」
 ひとりだけ長髪で浮くよかなんぼかマシだ、と素子は肩をすくめた。
「部員は一蓮托生ッスよ。アタシだけ逃げるわけにはいかないです」
「そんなもんかなあ」
 しゃべりつつも目はさりげなく素子の胸に・・・。でかい! 何カップなんだろう。
――うおっ、たまんねー。
そそられる。
 体こそ毎日の練習でごっつくなってしまったが、でも悪くないスタイルだ。顔だってそこそこだし、変な料簡なんかおこさずにフツーの女の子をやっておけば、今頃彼氏のひとりぐらいできていたはずだ。
白状すれば、俺は素子にはほぼ毎晩世話になっている。なんと言うか、素子には肉体労働者向けのエロさ(?)があるのだ。他の部員にも俺と同じヤツ、いっぱいいるはずだ。
 もっとぶっちゃければ、厳しい練習に歯を食いしばり荒い息遣いで苦悶の表情を浮かべる素子に、密かにアレのときの顔を連想し、コーフンしている。それは俺だけか・・・。
「抜け毛もシャンプーも面倒だったんで、ちょうど良かったッスよ」
 セットする必要もないから朝は今までより睡眠がとれる、いいことずくめだ、と勇ましいことを言うが、さっきからチラチラと理髪台に臆病な視線を送っている。やはり女だ。これから一休さんのようなクリクリ坊主になるというのに、平静でいられるはずがない。
「ときに稲葉」
「なんスか?」
「お前、処女か?」
「い、いきなりナニ言ってんですか〜?!」
 狼狽して、のけぞりつつも、
「バリバリの処女ッスよ」
と律儀に答えてしまう後輩がカワイイ。
「坊主頭になっちゃオトコもできんぞ」
「それも仕方ないッス。高校の三年間は処女貫きますヨ」
 いちいち勇ましい。

 素子のカットの順番がまわってきた。
「じゃあお先に失礼しまッス」
 ズリネタは俺に一礼すると、理髪台へと向かっていった。ちょっと緊張していた。
「今日はカット?」
と店のオヤジが訊いている。
「はいっ!」
 オヤジは少女の客にケープを巻き、髪を湿らせると、荒っぽい手つきでシャカシャカと水を吸った髪をかきまぜている。
「どれくらい切る?」
「あの・・・」
 素子はちょっと言いよどんで、ボソボソと
「丸刈りに、してください」
「え?」
とオヤジに聞き返され、俺の手前もあってか、
「丸刈り!」
と頬を紅潮させ、逆ギレしていた。だいぶテンパっている。
「丸刈り?」
 オヤジは少女の突拍子もないリクエストに戸惑っている。
「いいのかい?」
「いいんです。バア〜ッとやっちゃってください」
「バア〜ッとねえ」
 鸚鵡返しに呟くオヤジに、
「料金払うんだから、どんな髪型でもいいでしょ」
とテンパりすぎて、言わいでものことを言う素子。
オヤジは素子の剣幕に憮然とした様子で、
「丸刈りってどれくらいよ。何ミリ?」
「1ミリで」
 素子! 短すぎ! 俺だって6ミリぐらいにするつもりなのに。「とにかく短く」っていうだけで、丸刈りのことなど、ろくすっぽわかっていないのだろう。それともできるだけ短くして気合いをアピールしたいのだろうか。
「1ミリね」
とオヤジはカット台の引き出しをあけ、バリカンを取り出すと、コンセントをつなぎ、電源をいれ、ジジジジと唸り声をあげ振動する刃を前髪の中に滑り込ませた。
 ――うおおお! オヤジ、いきなり真ん中からいく?! 容赦ねー!
 俺の方が興奮してしまった。
 じょりじょりじょり。素子の女の命が根元から持っていかれる。あとには青白いラインがクッキリと残される。
 素子はまるで叱られているみたいに首をすくめ、それでもショックを表に出すまいと、懸命にひきつった笑みをつくっている。それがかえって痛々しい。
 オヤジは機械的に素子の頭を剃りあげていく。素子の頭の毛穴中から噴出している黒髪を、まずは真ん中、次は右、コメカミと順々に刈り込んでいく。バサリ、バサリ、と落ちていく髪。
そろそろ稲刈りの季節だなあ、と農家の息子である俺はぼんやり思った。
「なんで丸刈りなんかに?」
とオヤジが手を休めず尋ねている。
「・・・・・・」
 素子が何か答えたがバリカンのモーター音にかき消される。オヤジが「え?」と聞き返している。
気合ッスよ、気合! と未完成坊主の素子が声のボリュームをあげる。声がかすれている。喉がカラカラといったところか。
 オヤジは素子の右半分の髪を刈ってしまうと、今度は後頭部にとりかかる。
長い襟足が刈り取られる。このいつも帽子からはみ出していた襟足はユニフォームの素子を後ろ姿からでも見分けるのに便利だったが、これからは何を目印に彼女を探したら良いものか。
 ――やっぱプリッとしたケツだろうな。
などとタワケタことを考えているうちに、後頭部が刈り上げられる。
 素子が、痛っ、と小さな悲鳴をあげた。バリカンの刃が髪にひっかかったらしい。
「ごめんね」
「いえ、いいんです。スイマセン!」
 まるで悲鳴をあげた自分が悪いかのように、刈りかけの頭をペコリと下げる素子。
「あ、動かないで」
と注意され、また
「スイマセン!」
――う〜ん、それにしても・・・
 頭を刈られる女性(にょしょう)というのはなんかエロい。身動きひとつできない状態で、なすがままにされてるところがエロい。
 今の素子にアフレコをかぶせるならば、

もう好きにしちゃってください

という艶っぽい諦念と、テクニシャンの刈り手にリードされ、

全て貴方に委ねます

という強烈な依存、新しくなっていく鏡の中の自己への、

ああ! アタシ、こんなになっちゃってるぅ!

という驚愕と陶酔のミックス・・・。
 しかも

真鍋先輩に見られてるのに〜!

というほんのりとした羞恥。・・・エロすぎだ。
 皮肉にも男並みになりたい一心で頭を丸める素子が、俺に激しく「オンナ」を感じさせている。
 オヤジの手際の良いバリカンカットで残すは左サイドの髪のみ。
 素子は潤んだ瞳で鏡と睨めっこをしている。悲しいのか恍惚となっているのかはよくわからない。
 オヤジは最後の収穫を愉しむように、ゆっくりと残った髪にバリカンを入れる。





バリカンプレイ、もとい、ヘアーカットが終わる。
「随分さっぱりしちゃったなあ」
 オヤジが丸まった頭を風呂掃除にでも使うようなブラシでゴシゴシと、円を描くようにシャンプーする。自分の手で作り上げた女小坊主がかわいくてたまらないらしく、風邪ひくなよ、とか、また来いよ、とかイヤラシイ手つきでマッサージしながら、耳元で囁いている。坊主頭の素子は、ひどくはにかみながら、はあ、と生返事していた。
 何度も確認するかのように新しい頭をジョリジョリ撫でまわし、素子が戻ってくる。青々とした坊主刈りになった素子は得度したての少年僧みたく初々しく、清潔感に溢れ、仄かなフェロモンを漂わせていた。
 よほど恥ずかしいらしく耳朶を赤く染め、
「じゃあ、センパイ、お先に失礼しまッス」
とお辞儀をし、そそくさと店を出ていく。すっごくキュートだ。
「オニイサン、どうぞ」
と俺の番になったが、一物が隆起してしまい立ち上がるのに難渋した。
 その夜、俺が素子とのバリカン&尼さんプレイを妄想し、明け方まで自家発電にいそしんだのは言うまでもない。

 監督は揃って丸刈りになった俺たちに心を動かされたようだった。とりわけ素子の丸刈り頭には、
「そうか、稲葉まで・・・」
と絶句していた。
 こうしてその日から練習は再開された。我らが聖峰高校野球部は勝利を誓い、再出発を果たしたのだった。










・・・と、ここで終われば綺麗だったんですけど・・・



 その後、稲葉素子・・・






















 キャプテンとデキちゃいました。



いや〜、坊主頭の彼女ってェのも悪かないゼ、初めてのとき、アイツ痛がっちゃってもう大変だったよ〜、と部室で得々と武勇伝を語るキャプテンに殺意をおぼえました。
 ふたりとも現在、他の部員の冷たい視線をよそにバカップルやってます。
「もォ! ツウ君(キャプテンの愛称らしい)、もっと優しく刈って〜」
「モトモト(素子の愛称らしい)、今日の昼休み、D組の野川とイチャついてたろ。そのペナルティだよ」
グリグリ
「痛いってば! 違うよ〜、野川クンとは委員会の仕事のことで話してただけだってば」
「本当かあ?」
「アタシが浮気するわけないじゃん。アタシ、ツウ君一筋なんだからァ」
「コイツゥ〜」
 じょりじょり
「エヘヘ」
なんて部室のバリカンで頭の刈りっこなんかしちゃってます。
 キャプテンがこんな調子なんで、ウチの野球部、あいかわらず負けっぱなしです。
 余談ですが、高野連は今年も女子野球部員の公式試合出場を認めないそうです。ま、別にいいんですけどね。








(了)



    あとがき

迫水です♪ 今回、気分を変えて尼バリ以外の断髪小説をお送りしました。初の部活断髪に挑戦です。
学生時代、先輩に「お前、スポーツ刈りな」と言われ、サッカー部を辞めたオマエが部活断髪なんて書いてんじゃねーよ、とセルフツッコミしながらの執筆でした。
いや〜、女子野球部員はいいですっ! 男子の中に混じって白球を追うユニフォーム姿の女の子、たまりません。
ごく稀に頭を丸めている娘もいるらしいですが、そういう娘って他の男子部員たちにしたら、やっぱ「女」としては見れないってトコでしょうか。でも中には坊主女フェチの部員がいて、「うおおお! たまんねえぇー!!」って密かに欲情していたりとか、もしくは「坊主頭でも女は女」と男子部員の性欲の捌け口にされて、挙句キャプテンが特権を行使して自分の女にしちゃったりとか・・・というサイテーな妄想(ほんとサイテー!)を元に好き勝手に書かせてもらいました。
しかしどうにもテンションが低いです(--; 絶好調のときだったら、こういうオイシイ素材はせめてこの1・5倍の長さにして、ガンガン妄想を詰め込んでいったのになあ、と不完全燃焼の感は拭えないです。是非リメイクしたいネタです。
女子野球部員の選手登録をなかなか認めない高○連に憤りを感じているんで、実を言えば、今回のオチは我ながら不本意です。




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