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美談の裏側


「で、みんなで坊主にならないか?」
 なりません!
 断じてなりません!
 っつーか、ありえない。あんた、バカ?
 クラスのリーダー格、森山君の常軌を逸した提案に、召集をかけられたクラス一同、言葉もなく、シーンと静まりかえっている。
「あゆみのために俺たちもできることをしてやろうぜ!」
 いやいやいや・・・。森山君・・・。「できること」って、できねーっつーの!
 女の子がいきなり丸刈りにしろって言われて、ハイって答えたら、精神医学的に問題ありだよ?
 級友の島崎あゆみさんは白血病で闘病生活を送っている。これから私たちとの、このS田でサマーキャンプに合流する予定だ。けれど治療で髪が抜けてしまった島崎さんは、私たちに坊主頭を見られるのを恥ずかしがっていると、森田君はいう。
「だから」
と森田君は暑苦しく、アタシたちを説得にかかる。
「みんなで坊主頭になって、あゆみを迎えてやろうぜ。そうすりゃ、あゆみも平気だと思うんだ。わかるだろ?」
 いやいやいやいや、わかりません。
 なんですか、その飛躍は?
 島崎さんが坊主頭で恥ずかしい。
 なるほど。同じ乙女としてそれはわかります。
 だから私たちも丸坊主になれ、と?
 カンベンしてよ!
 なんだよ、その全体主義的な発想は!
「別荘の管理人にバリカン借りたから」
 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! 待て! 待って、待ってよ!
 勝手に話をすすめないでよっ! 気がつけば、坊主への最短距離にいるよ。たぶん日本で現在一番、坊主頭に近いところにいる女だよ、アタシたち。
 お前ら友達だろ、と森田君が尻込みしている(当たり前である)仲間にハッパをかける。
あのな、森田(もう呼び捨て)。
 アンタはいいよ。島崎さんとけっこうイイカンジだったしさ。好きな女の前でいい格好できるんだもんね。「社長、見てください。私が企画し、万難を廃し実行しました」って具合にさ。
 でもさ、アタシも男がいるんだよ、男が。高校生の。ものすっごいイケメンの。そりゃ、もう血の滲むような苦労してゲットしたさ。アタシには分不相応な恋人。だから尽くしてんだよ。アタシの尽くしっぷりを目の当たりにしたら、アンタたぶん泣くよ? 合宿が終わったら、日帰り旅行しようって約束してんの。アタシ、その旅行に賭けてんだよ。 期待してんだよ、アレを。坊主頭で待ち合わせ場所に行け、と? 彼に何て説明すればいいわけ? アンタ、アタシの脱処女計画を白紙に戻せっていうの? 彼はノーマルなのよ? 坊主なんかにしたら速攻フラれるよッ!
 それにさ・・・
 アタシ、別に島崎さんとそんな親しくなかったんですけど・・・。ろくに会話すらしたことないんだよ?! 島崎さん、たぶんアタシの名前知らないと思う。でも島崎さんも色々苦しいみたいだし、じゃあせめてひと夏くらい一緒に過ごしてあげようって思って、彼氏と遊びたいの我慢して、このキャンプに参加したのに・・・。参加賞がボーズですか? それってメチャメチャ理不尽じゃない?
 百歩譲って、アタシらが頭丸刈って島崎さんの病気が快癒するっていうのなら、是非もなし、アタシだって鬼じゃないから、剃るよ! バッサリと! 涙をのんで! ショートにもしたことない、このロングヘアーを!
でもそうはならないでしょ?
 島崎さんに恥をかかせないように、男女問わず剃髪しようってね・・・。
 じゃあ訊きますけどね、
島崎あゆみさんがオシッコもらして恥ずかしがってたら、アタシらもオシッコもらすんですか? 赤点とって恥ずかしいって言うなら、クラス全員で赤点ですか? マジありえない!
 男子たちは、「そうだな、島崎のためだもんな」「髪はまた生えるしな」と森田の暴論に賛同しはじめる。
 待て待て待て待て!! 男はいいよ。別に坊主にしても不自然じゃないけどさ。
 女坊主に市民権はないんだよ? 女が坊主にするのに、どんだけ根性がいると思ってんの? 今日日、尼さんだって頭剃ってないんだよ?
 女の子が坊主頭で街歩いてみ? みんな振り返るよ。注目度100%だよ?

 とかオロオロしてる間に、森田をはじめとする男子どもは丸刈り計画を実行に及ぶ。
 森田は、キモチイイ、スズシイ、と坊主頭の快適さをアピールし、早く済ませないと、あゆみが到着する、と時間のなさを強調する。
 アタシ、夏休み限定でパーマかけたのね、一昨日、美容院で。ちょっと背伸びしてみました。それをバサッといけって言うわけ?
 しかし、「坊主にしたくない」と発言すると、即「非国民」扱いにされそうな、この空気は何?
女子たちの間にも動揺がおこりはじめる。
「どうする?」
「アタシもやろっかな〜」
「一生に一度くらいボウズにするのもいいかなね」
 勢いというものは恐ろしい。冷静に考えれば、狂気の沙汰としか言いようのない森田イズムが女子たちにも伝染しはじめる。
「ねえ、ちょっと待って」
 思い余って流れに棹をさす。
「皆でボウズにすりよりさ、カンパして島崎さんのためにカツラ買わない?」
 女子たちのうちの何人かは、アタシの提案に救われたような顔をしている。ナイス、アタシ!
 しかしこの提案は袋叩きの憂き目にあう。
 すでに坊主刈りにした男子たちは私の微温な妥協案に納得がいかず、
「こんなところにカツラなんて売ってるわけねーだろ!」
「時間がないんだよ!」
「島崎にカツラをかぶれって言うのか? ヒデー」
 散々な言われようだ。これじゃアタシ、悪人じゃん!
「それにさ〜」
と森田。
「カツラって何万円もするんだろ? 無理だよ。買えないよ」
 奥田のこと考えてやれよ、という声が飛ぶ。
 奥田早苗は家が貧しい。今回の合宿もようよう費用を工面して参加したらしい。
「いや・・・だから出せる人だけで・・・」
 ああ、なんかアタシ、友情を金でなんとかしようとしてる女だよ〜。
「もういいよ」
 引き合いに出された奥田も居たたまれなくなったのだろう、
「アタシ、髪切るよ」
と女坊主第一号を志願する。金を出すか髪を切るか、みたいな選択に耐え切れなかったのだと思う。っつーか、まずその選択自体がナンセンスなんだけど。
 それに奥田、アンタはいいよね。頭丸めても泣く男がいなくてさ。心置きなく坊主にできるだろうね。
「吉永、やってくれる?」
「え?! アタシ?!」
 奥田にバリカン係を御指名された吉永雅美はおびえまくった顔つきになる。そりゃあ、そうだ。この雰囲気の中で、友人の頭を剃るだけ剃って、まさか「でも自分は剃らない」ってわけにはいかない。暗に
 次はオマエな
と釘を刺されてるのだ。
 死なばもろとも。奥田、さりげなく坊主女の増殖をはかっている。汚ねーぞ!
 刈る者も刈られる者も悲痛な表情で、まずは吉永が奥田の襟足にバリカンをあてる。
やだ! やめて! 同性が坊主になるところなんて、今の状況で見たくない!
 それでも奥田の髪をしゃぶりながら、ゆっくりと上へ這い上がっていくバリカンに目が吸い寄せられる。
 うわっ! 奥田! ついに禁断の扉開けちゃったよっ! バリカンてスゲーッ! 不気味なくらい機能的だよ。
 バリカンが入ってしまうまでが地獄らしく、ファーストカットで臆病な少女の殻を破られた奥田はすっかり解放された顔になり、
「あ〜、やっちゃったよ〜」
とことさらに剽軽な態度で大仰に首をすくめている。
 バリカン係の吉永も開き直って、
「モヒカンにしてやろっか?」
とハシャぎ出した。
「してして〜」
 うおお、スゲー、たまんねー、キモチイイ、とキャーキャー大騒ぎして、みるみる頭を刈られていくビンボー少女の姿に、女子たちの目の色も変わってくる。
 女が人生で坊主になる機会は滅多にない。「友情」のため、という大義名分もある。ある意味チャンスだ。確かにリスキーだが、しばらく他人の視線が痛いだけで、それさえ我慢すれば髪はまた生えてくる。人生を失うほどのダメージはない。このまま丸刈りを拒否して白眼視されるより、いっそ清水の舞台から飛び降りてしまった方が楽かも知れない。丸坊主、みんなでなれば怖くない。
彼女たちの顔にそんな打算が見え隠れしている。偽善者の顔だ。
 バリカンは奥田の髪の毛を残らず収穫してしまった。クリクリ坊主になった奥田は
「やっぱ島崎さんのためだもんね〜」
とホヤホヤ湯気のたちそうな坊主頭を撫でさすって、優越感たっぷりにアタシたちに向き直る。
 なんてーか奥田、「あっち側」に行っちゃったな・・・。うまくは説明できないけど、乱暴な言葉で言えば「善人」の方に。
 女坊主が一人できあがれば、後は雪崩れ式だ。
「アタシも切る!」
「アタシも!」
 女子たちが次々と坊主頭を志願する。
「ちょっと待ってよ〜。バリカンは一個しかないんだから〜」
 奥田がいつの間にか女子を仕切りはじめている。ビンボー人のクセに調子コイてんじゃねーぞ。
「まずは髪の短い娘からの方がいいよね」
 その間に髪の長い娘はバリカンで刈りやすい長さに髪を切っておけばいい、という奥田の提案に従い、ロングヘアーの女子たちが鋏を調達に走る。
 終わったな・・・。アタシも一切を諦め、偽善者の列に加わる。
「はい、涼子も」
と工作用の鋏を渡され、
「ありがとう」
と微笑むアタシの笑顔はきっとひどく気持ちの悪いものだったに違いない。
 ずっと慈しんできた髪を乱暴に鷲掴み、根元に刃をまたがせる。そしてゆっくりと閉じる。ジョキ、ジョキ、ジョキ・・・


 その夏、島崎あゆみは「友情溢れる」仲間たちとともに、最後の夏休みを楽しんだのだった。




(了)



    あとがき

これだけの短編でありながら、完成までに一年近くかかった(たぶん懲役七〇〇年史上最長)苦心作です。
映画や舞台で皆さんお馴染みの「友○」の二次創作です。ちょっとシニカルな視点で描いてしまったでしょうか?
「友○」は昔、ビデオで観たっきり(しかも早送りして)なので、実はよくわからないのですが・・・(^^; 今回の小説のため、観返してみようとレンタルビデオショップで探してみたのですが、どこのビデオ屋にも置いてない・・・(--;

な〜んか、あのお話、美談みたく描かれていますけど、そ〜かな〜、中には今作のヒロインのように流れに逆らえず泣く泣くって女の子もいたんじゃないかなあ、という想像から今作が誕生しました。しかし作意だけではなかなか書けず、苦労しました。やっぱ尼さんだよなあ。




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