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女王陛下とサンマ


「ねえ、エッチしよ」
 空になったビール瓶とビール瓶の隙間から、恭子の三白眼気味の両目が僕の顔を覗きこんでいる。
「う〜ん・・・そうだな」
と勿体ぶりながら、手を伸ばし恭子の坊主頭に触れる。坊主頭というのはついつい触りたくなる。自然の理だ。
ザラリ
とした紙ヤスリみたいな感触が掌を刺激して気持ちいい。
 研修とやらに行って、悟りすました近寄りがたい清僧になって帰ってくるんじゃないか、と戦々恐々だったが、下山二日目にしていきなり「エッチしよ」ときた。人間というものは早々変われないようにできているらしい。
「浮気してなかった?」
「してない」
「ヨロシイ」
 恭子の両手が僕の首筋に伸びる。口づけ。厚ぼったい唇が僕の唾液をグチュグチュと吸う。
「恭子ちゃんこそ研修先で浮気してなかったろうな?」
「あの環境で浮気できたらムシロ賞賛して欲しいな」
 カッコイイお坊さん、いるにはいたけど、と恭子は、研修先で知り合った誰かの顔を思い浮かべてるふうだった。
「コノヤロッ」
 恋人の体を組み敷く。
 恭子がキャッと嬌声をあげた。以前より体が引き締まった感じだ。坊主頭の彼女というのも、またオツなものだ。
 ブラウン管の中ではヨゴレ芸人の山澤が、辛子入りシュークリームを食べさせられて、七転八倒している。売れねーよ。やめちまえ。

 恭子が僕の臍毛を弄ぶ。
 髪をおとしてからの彼女の癖だ。自分の体毛を失った分、他人の体毛に関心が湧くのだろうか。訊いてみたことはないし、訊いたところで、満足の得られる答えが返ってくるとは思えない。
 お返しに坊主頭を撫でる。汗ばんでいた。
 くすぐったいよ、と恭子がイタズラのバレた子供みたく肩をすくめた。

「男百人切り」と悪名高い姫地恭子の男遍歴の中で、僕はかなり下位ランクに位置づけられるような気がする。
 ルックスは並、金もなく、しかも姫地恭子に出会うまで童貞だった。
 たぶん姫地恭子にとっての僕は、鯛や鰹の美食に飽きたお殿様が舌鼓をうった「目黒のさんま」のようなものなのだろう、と自虐的に考えている。
 そんな僕が姫地恭子と交際歴三ヶ月半という奇跡的なレコードをたたきだすとは、一体誰が予想しただろうか。
 もっとも恭子が僧侶の免許を取得するため、赴いた研修の期間も込みの三ヵ月半なので、あまり声高に誇るわけにもいかない。が、それでも僕にしてみたら大金星だ。
しかし、と思う。
 姫地恭子にとって現在の僕は彼女の髪が生えそろうまでの、いわば「男百人切り」復活の充電期の間の、ほんの「中継ぎ」に過ぎないのではないか? 悲しいけれど、きっとそうだろう。

 研修前、剃髪の必要に迫られた恭子と近所の電気屋にバリカンを買いに行った。
ここで僕は数日前から練っていたイジワルな腹案を実行に移した。恭子ひとりでバリカンを購入させたのだ。
 意外にも恋人は了承した。実も蓋もない言い方をすれば、彼女、ちょっとマゾッ気があるらしかった。
 恭子はシェーバーのコーナーでウロウロしていたが、意を決したように、若い男性店員をつかまえて、
「あの・・・」
「何かおさがしですか?」
「バ・・・」
「ば?」
「バ、バリカン、さがしてるんですけど」
 少し離れた場所で、他人のふりしながら、恭子と店員のやりとりを聞き、暗く興奮した。あのキャンパスの女王陛下が自分の頭を剃るためのバリカンを、赤いハッピを着た店員と選んでいるのだ。すごい光景だ。
「コレなんかどうですかね〜。素人の方でも使いやすいッスよ」
「う〜ん、コレ、長い髪でも刈れますか?」
 恭子は事前に僕と打ち合わせたとおりに、店員に訊いた。
「長い髪? 刈れますよ」
「坊主刈りでも楽にできますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
張り切って営業活動する店員。
「そうですか〜」
「ご家族でお使いになるんですか?」
「イエ、ご家族っていうかアタシが使うんですけど」
「え?」
いわゆる「ブサメン」の店員に聞き返され、
「いや、だからアタシがその・・・ボ、ボウズにするのに使うんです」
恭子は声をひっくり返らせる。頬が紅潮していた。
「ああ、そうなんですか」
店員はつとめて何気ないふりを装うが、一瞬、茶髪セミロングの女性客の姿を確認し直していた。
「じゃあコレにしようかな・・・」
「ありがとうございます!」
「あの・・・」
「はい?」
「コレ、もうちょっと安くなりませんかね・・・」
値切っている! 男を古新聞のように捨ててきたあの恭子が、剃髪するためのバリカンを値切っている! ちなみにこれは恭子のアドリブだ。
「ちょっと待ってくださいね」
 新米らしき店員は4820円(税別)のバリカンを携えて、先輩の店員のところへ走っていき、図々しい客の方をチラチラ見つつ、二言三言話していた。
 恭子は顔を赤らめながらも、懸命にすました表情をつくって、他の商品を選んでいるふりをしている。
 店員はすぐ駆け戻ってきて、
「もうしわけありません。値引きの方はちょっとできないんですよ〜」
「そうですか・・・」
 断られている! 尼さんになる女が剃髪用のバリカンを値切ろうとして断られている! 笑っていいのか興奮していいのかわからない。
 ipodを物色しつつ、顔が崩れそうになる。
 へぇ、この女、これから坊主になるんだ、という店員の好奇の視線を浴びて、会計をすませる恭子の後をさりげなく追う。
店を出るなり恭子は、
「もお〜! チョー恥ずかしかったんだからね!」
と購入物を僕に押し付けた。
「いいじゃん。頭丸める前に度胸つけとかないと」
「ああ、もお! そーゆーコト言わないで!」
などと痴話喧嘩をしつつ僕のアパートへ。

バリカンにセットでついていた使用法のビデオを早速、デッキにセットし、
「丸刈りなら簡単だろう」
ポテトチップスを食べながら参照する。
神妙な面持ちで頭を丸められる少年の映像を、というか自らの数十分後の未来図を前に、
「うわ〜、マジで〜?」
体育座りの体勢で、前髪に指をつっこんで後ろに引っ張り、夏季限定修行僧の決定した女は頭を抱えている。すっかりナーバスになっている。
「なるほど、交差するように刈れば、刈り残しなくできるわけか」
「ナニ淡々と知識吸収してんのよ」
「髪切ってくれって言ったの恭子ちゃんじゃないか!」
「冷静すぎてムカつく。彼女を丸坊主にするんだよ?」
もうちょっと躊躇ったってバチはあたんないっしょ、とむくれる手のかかるカノジョを、
「いや、切る側としちゃ失敗しないようにって思ってさ〜」
となだめ、
「それに恭子ちゃんなら坊主にしたって絶対カワイイ――いや、『キレイ』だって。自信持ちなよ」
とおだてる。
「ホントォ〜? 嘘だったら百万円だよ?」
「おうよ! 俺を信じなさい」

 まだいいよ〜、とドラマの再放送を観ながら未練がましくゴロゴロしている恭子をせっつき、近所から分けてもらった新聞紙の上に正座させる。これもバリカンのセットでついていた散髪用ケープを首に巻く。
 ケープの中に隠れた髪を外に払い出す。
「いっつも美容院とかで思うんだけどさ」
 ハンドミラーを遠くにかざして自分の姿を確認しながら、恭子が言う。
「この格好させられると、保育園のお遊戯会でやったメキシコ人役を思い出すんだよね〜。こんな感じのポンチョ着てさ」
 アタシ、ヒロインのお姫様やりたかったのにさ、と往時を述懐する恭子。人に歴史あり。今でこそ八頭大学(はちかぶりだいがく・通称バチカブリ大)屈指の美女として四隣に名を馳せる彼女にも、つらい下積み時代があったらしい。
 しかし、いつまでも彼女に現実逃避させておくわけにもいかない。
「じゃあいかせていただきます」
カチッ、ヴイイイイーン
うう、と恭子が低くうめいた。ちょっと心がいたむ。
「大丈夫だって。変にならないよ。元が美人だから」
変にならない、と繰り返し、額の生え際にバリカンをあてる。
「嘘だったら百万円だからねぇぇ〜!」
 悲鳴のような声をあげてギュッと目をつぶる恭子。
 ザザ、とバリカンが髪と頭皮の間にめり込む。スーッと手前に向けて真っ直ぐバリカンを進める。ジャリジャリ。
 思い切り悪くカットしたせいで、恭子の前頭部と右側頭部の間の部分がほんの長さ10センチ、幅数センチ、青白く抉れただけだった。
 だが、このわずかな削り口が恭子の高すぎるプライドを、確実に根底から、粉砕したことは間違いなく、彼女は
「・・・・・・。」
 死んだ魚みたいな目をして、ハンドミラーと対峙していた。
 一方の僕はと言えば、逆にファーストカットで肝が据わり、青白く切り拓かれた棒道をベースキャンプにして、もう一度同じ場所を今度は深く長くバリカンを押し進めた。ジャリジャリジャリジャリ。さっきよりも手応えがあった。手応えは達成感と快感を僕に与えた。棒道が延長された。
 はあー、と恭子が魚の目のまま、溜息をついた。実家の母親が、僕が不始末を仕出かしたときにつく、あの心底諦めきった溜息とそっくりだった。「やっちまったモンはしょうがないさ」という、あの溜息に。
 さらに道路を拡張すべく、今度は棒道のすぐ隣、前頭部やや右にバリカンをあてる。恭子が息をとめる。つられて僕も息をとめ、ジャリジャリジャリ、とブラウンの部分に、スッポリと青白く細長い長方形の空白を挿入して、そこで二人同時に呼吸をついだ。
 新鮮な酸素が脳に送り込まれると、僕も少し冷静になった。
「後ろと横、ハサミで切っとくか。このままじゃ刈れないや」
「もお! 最初にやっておいてよっ!」
 ご尤も、だ。バリカンが齧りかけた前頭部を放置状態で、ステージはワンランクダウンし、ハサミでの粗切りに移行する。素人床屋なので段取りは最悪だ。僕に頼んだ恭子が悪い。
「あれ? ないな〜」
ハサミが雲隠れして見当たらない。面倒なので、
「まあ、いいや」
とバリカンの刃先をサイドの髪の耳下に垂直に合わせ、スイッチをいれて、ヴイイイーン、引き裂くように断ち切る、バサリ。
 この変則的断髪は、御猪口でビールを飲むような気持ちの悪さを恭子に抱かせたらしく、
「やめて、やめて! ちゃんとハサミでやって!」
と大層不評で、仕方なく二人して部屋中を捜索。ハサミはいずこ? それにしても、岡本太郎作、みたいな頭で床を這いずり回る次期ミス・バチカブリ大最右翼の姿は涙を誘うものがあった。
「あった、あった」
「ど、どこ? どこに?」
「バリカンの入ってた箱の中」
「なんでそんなトコに?」
「使おうと思って入れといて、うっかり忘れてた」
「莫迦リョージ!」
 死ね、とまで罵られた。これは本日の御調髪の後、彼氏役を免ぜられて、ギロチン台にのぼらなくてはならなそうだ。
「あのさ」
「なに?」
「ハサミ貸して」
「なんで?」
「ちょっこっとさ、自分で切ってみたいんだよね」
 「ちょこっと」と言いながら、恭子はたっぷりと髪の毛を握りしめて、その根元に僕が手渡してやったハサミをあてる。そして、
「懺悔」
と唐突すぎる単語を口走った。
「懺悔?」
 ポカンとなる。
「その1。ええと、お父さん。元カレが尼さんプレイがしたいって言うので、袈裟借りちゃいました。学祭で使うから、と言ったのは嘘です。ゴメンナサイッ」
 ジョキリと鈍い音がして、恭子のセルフカットが敢行された。切り離された髪を新聞紙の上にポイと放ると、また髪を先程とおんなじ量だけひっつかみ、
「懺悔その2」
「まだやるの?」
「小柴。彼女と別れさせちゃったうえ、散々ご飯おごらせて結局付き合わなくてゴメンナサイ。でも小柴の顔、生理的に受け付けないんです。でもやっぱりゴメンナサイッ」ジョキリ。
 グロテスクな料理でも口に含んだ顔つきで、またハサミを閉じる。どうやら断髪という形で、これまでの悪行のケジメをつけるつもりらしい。
「懺悔その3、緒川ちゃん。緒川ちゃんのブログ荒らしてたの、実はアタシです。ムシャクシャしてたんで、ついやっちゃいましたあ。今は反省してますっ」ジョキリ。
「ひで〜」
「懺悔その4、麻理。翔クンとのこと、心配してるフリをしてたけど、内心別れちゃえって思ってました〜。本当に別れちゃったんでドン引きです」ジョキリ。
「懺悔その5、一年の藤道嶋子。な〜んかお嬢様ぶっててムカついたんで、新歓コンパのとき、小柳をそそのかして、酔わせてエッチさせちゃいました〜。後で聞いた話だと処女だったらしくて、マジでゴメンナサイッ」ジョキリ。
 叩けばいくらでも埃の出そうな女だと思っていたが、出る出る。最低だ。興ざめを通り越して背筋が寒くなる。
「懺悔その6、迫水君。忙しいとか言い訳してHPの管理、サポタージュしてること、管理人のうめろう君に代わってお詫びしますう。あの人、ホントは時間あるくせにネトゲとかしてるんです〜」ジョキリ。
「知らないよ」
 恭子の懺悔はその11まで及び、その結果、髪は切れるだけ切り詰められ、壮絶なヘアースタイルになった。ピンピンと髪の切り口がはねて、無残に地肌がのぞいている部分もある。まるで気狂いだ。
 11個目の懺悔は僕に対してで、
「リョージ。リョージと付き合ってからも実はこっそり元カレとメール交換してました。合コンにも行ってました〜。フリーです、とか嘘ついてました〜。ゴメンナサイッ! でも、でも、エッチはしてません! 本当です」ジョキリ。
「本当だな?」
「ハイ」
「嘘だろ」
「スイマセン・・・一回だけ・・・」
「許さん」
 バリカンのスイッチを入れる。ヴイイイイイイイイイン
「ひいい〜」
 すくみあがる恭子。だが、この女ならさもありなん、と諦めている僕である。

 バリカンカットを再開する。
 とりあえず襟足から刈り上げる。根こそぎすくいあげられた髪がバリカンのボディを伝って、ドサドサと僕の手にこぼれてくる。バリカンを上へ上へと押し上げる。前頭部にひいたラインと襟足から後頭部にかけてのラインを直結させるようと、せっせとバリカンを同じ経度に走らせる。ビデオで学習したカット方法など、すでに忘却の彼方だ。
 額から襟足にかけて一本の街道が開通した。この遣り方だと時間ばかり食う。ようやく気づいた。
 後頭部から刈り込むことにする。雑巾がけの要領で右から順々に刈っていく。
モーセの「十戒」の名場面のように茶色い海が裂け、青白い地肌が出現する。結構楽しい。
 バリカンを動かすたびに、恭子の頭が剥き出しになる。
 なにしろ床屋サイドの手際が悪いものだから、恭子も安穏と僕に頭を預けているわけにもいかず、ハンドミラー片手に、
「ちょっと、ここ残ってる。ここ! 違う! そっちはまだいいから!」
と刈り残しを指差し、八釜しく僕に指示を送る。僕はパニックになりながら、女王陛下の指示に、バリカンを上下左右に移動させる。いつしか剃髪は共同作業になっていた。
恭子は、まるで介錯人が未熟なため、死にきれない切腹人のような状態で、いつまでもしつこくジョリジョリと頭を這うバリカンに閉口していた。
 ずっと正座していて足がしびれる、とトラ刈り女がこぼす。時計を見たら、もう30分以上が経過していた。
 足くずしなよ、と言ってやると、恭子は、ヨッコラセ、と胡坐をかいて座り直した。よくよく考えたら、この女は尼さんになるんじゃないか、と思い出した。うっかり忘れていたが、どうもいけない。「出家者」の風韻からは、百駅くらい乗り継ぎを繰り返さなければならないほど遠い。
 恭子の座高が低くなったので、僕も体をより屈める。次は前。

KOUKISHI_04.JPG - 11,392BYTES 「ちょっと何よ、コレ!」
 できあがったヘアースタイルが女王陛下の逆鱗に触れる。
 一応坊主頭なのだが前頭部だけ、チョロリとひとつまみ髪が残っている。
「大五郎カット」
「真面目にやってよ〜」
 大五郎がご立腹だ。あまりの間抜けさに思わず噴出してしまった。笑いながら、
「浮気した罰だよ」
「謝ったじゃん!」
 ひどいよ、ととうとう泣かれてしまい、僕はあわてて意地悪を謝り、綺麗に刈って、坊主頭を完成させてやった。
 刈り落とした髪の毛がこぼれないように新聞紙を広げたまま、ゴミ箱に持っていき、傾ける。
 ザアアアーッ、とこれまで「男百人切り」を支援してきた髪の毛が新聞紙をこすりながら滑り落ち、ドサドサドサとプラスティックのゴミ箱の底をたたく。
「リョージ、その髪の毛さ、ちゃんと捨ててくれるんでしょうね」
「あ、当たり前だろ」
 ギクリとする。数日前、冗談めかして、切った髪くれ、と言ったのがマズかった。
 僕の動揺を見抜いた恭子は、
「怪しい! 絶対ヘンナコトに使うつもりだ〜」
キモイキモイと騒ぎたて、やおら、テーブルの上に置きっぱなしだった、食べ残しのケロッグのコーンフレークを、捨てた髪の上からぶっかけ、
「これでよし」
一人うなずいている。僕は内心舌打ちする。
女王陛下は、世界と初対面を果たした頭皮を、臆病な表情で撫でて、ご下問する。
「どう? イケてる?」
 とりあえずこれだけは言っておかねばならない。
「ゴメン、俺、百万円用意できない」

 あれから月日は流れた。恭子の髪も伸びた。
 そして僕たちはまだ付き合っている。
 恭子の「男百人切り」は僕でストップしたままだ。僕は相変わらず冴えないサンマのままなのに。
キャンパスの七不思議に数えられている不釣合いなカップルは、もうすぐ三年目を迎える。
 今夜は稲荷公園で花見大会だ。
 恭子にひっぱられるようにして参加してみれば皆、もう集まっている。
「あ、姫地先輩に遠野先輩」
 後輩の二年生、弐条典子はすでにできあがっていて、
「あいかわらずラブラブっすね〜。いいな〜。私も彼氏欲しいなあ〜」
酒臭い息を吐いて僕にしなだれかかってくる。
「典子、アンタの『お姉さま』は来てないの?」
 恭子に訊かれ、典子は、
「ああ」
 思い出したようにポンと手をうち、
「あの人も色々大変でして。実はですね、いま――」
「後できく」
 ホラホラ、準ミス・バリカブリのお通りよ、と恭子がズカズカと宴席の中央へ進出する。
「コラ、恭子。アンタ、ナニ彼氏連れで来てんだよっ! 今日は女だらけの花見大会のはずだよっ!」
 幹事の佐藤彩乃がオカンムリだ。
「てか、遠野。貴様も来るなら来るで、気ィきかせて男のダチ連れてこいよな」
「悪い悪い」
 酔っ払いには逆らわないでおく。
「いいじゃん。ホラ、麻理だって彼氏連れじゃん」
「ったく、どいつもこいつもよォ」
 彩乃がポリポリと頭をかく。いつの間にか髪を黒く染めなおしている。就職活動でもするのだろうか。
 同級生の西園麻理の彼氏は朴訥そうな男で、ひとり黙然とウィスキーをふくみ、
「桜の樹の下には死体が埋まっている」
などとだしぬけに呟き、それを聞いた緒川生恵は即座に、
「あ、ソレ、梶井基次郎だね」
と応じていた。
「カジイ?」
「桜の木の下には無数の死体が埋まっていて、それでこんなに綺麗な花を咲かせているって詩だよ」
「フ〜ン」
「来栖七海の死体も埋まってたりね」
彩乃がチャチャをいれる。ミス・バチカブリの死体が埋まっているのなら、なるほど、道理で今夜の桜は見目麗しく咲き誇っているわけだ。
「ついでに藤道嶋子の死体も」
恭子が彩乃に便乗する。
「お姉さまは死んでませ〜ん!」
 典子が抗議する。
「だから〜、お姉さまは今、大変なんです。実は――」
「あ、流れ星!」
 金、金、金、男、男、男、と彩乃は懸命に空を拝み終えると、
「恭子、アンタ、卒業したらどうするの?」
と悪友に尋ねる。
「わかんない」
準ミス・バチカブリはググッとビールを飲み干し、
「結婚して寺奥にでもおさまるかね〜。法要も勤められるスーパー寺奥だよ? すごくない?」
「結婚? 遠野はOKしてんの?」
「OKするにきまってるじゃん」
と隣で間抜け面してビーフジャーキーをくわえている彼氏を親指で指す恭子に、
「俺、坊さんになるの?!」
 仰天する。
「とりあえず今年、研修行ってもらいましょうかね」
「ゲゲ〜ッ」
「何よ、その顔」
 アタシと一緒になれるんだよ?と涼しい顔をして差し出す紙コップに、ビールを注いでやる。
 結婚なんてまだ実感がわかない。恭子だって実際はそうだろう。確かなのは女王陛下とサンマはこの先も、レコードを更新しつづけていくということだ。
「あのバリカン、まだ持ってるんだよ。今年の夏休みが楽しみだねえ」
 恭子はウキウキしている。僕の頭を刈る想像をしているらしい。
「俺は研修なんて行かないよ」
「絶対行かせる」
「行かない」
「じゃあ、アタシがリョージを研修に行かせられたら、リョージ、百万円だからね」
「おう、いいぜ」
 賭けに負けたときはまた踏み倒してやろう。




(了)



    あとがき

 五万HIT御礼小説第二弾で、「バチカブリ大」シリーズ第四弾です。
 実は「ブロガー・沙羅双樹」より古い作品なのですが、大分、後回しにされてしまいました。
 初めての刈り手視点のストーリーです。人の髪を切ったことないので、勝手がわからず苦労しました。
 ラストのお花見シーンは結構気に入ってます。皆勢ぞろいってカンジで。
実は

「懺悔7、読者の皆さん。せっかくテンポ良くストーリーが進んでたのに、一気にダレちゃってゴメンナサイッ」ジョキリ。
「遊びすぎだろ」

という台詞があったのですが、さすがにやりすぎだろうと思い、カットしました。




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