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断髪ジュブナイル〜南松永町の平日〜



(T)


『中納言義房卿御息女、昨日紅葉狩りに御出でたれば、俄かに御姿失せ給ひ、行く方知れずとなりにけり。是、神隠しなり、天魔の所為なり、と世人噂しける』

(U)


「のう、修平」
 リスのような瞳がオレのひろげている教科書を覗き込んでいる。
「何をしておるのじゃ?」
「勉強」
「学問か」
「そうだよ」
「真名ばかりの本じゃな。論語か? 仏典か?」
「物理」
「どのような学問じゃ?」
 まったく鬱陶しい。
「そうだな。例えば・・・」
 隣のご隠居宅の庭の柿の木を指差す。
「あの柿は何故落ちるのか、とか」
「なんじゃ」
 つまらぬ、と質問者は大仰な溜息をついた。
「柿は熟したら落ちるものであろう」
 たぶん、そっちの方が健康な知性なのだろうと思う。太陽は夜になると沈むものだし、月は季節が変われば満ち欠けするもの。昔の人間はそれで恙無く一生を終えてきた。しかし現代社会はそうシンプルにはいかない。「柿は熟したら落ちる」式でテストに挑んだら、成績の方が落ちてしまう。
「それより空腹じゃ」
「さっき夕飯を食べたろう」
「足りぬ」
「じゃあ、コレでも食ってろ」
と夜食用にキッチンからかすめてきたポテチを渡す。
「ちょこれいとが良いのだが」
「贅沢言うな」
 ベッドの上、パジャマ姿でポテチを口に運んでいる少女を横目で見て、
 ――人間の順応能力とは偉大なもんだなあ
 しみじみ思う秋の夜長。
いつか母が言った。
「女はね、本来根無し草なのよ。何処にでも根付くようにできてるの」
 確かに、平安時代だか鎌倉時代だかからタイムスリップしてきたこの公卿の姫君は、父さんリストラされるし息子はニートだしモウナルヨウニシカナラネーナ、という平成の御世に着々と根付きつつある。
 最初の頃は何もかもがカルチャーショックで、テレビを見ては不思議がり、車を見ては驚愕し、飛行機を見てはパニックになるという実にベタなリアクションを披露してくれた。電灯に感動し、パソコンに首をひねり、炭酸飲料を飲んでは悶絶していた。
日が悪いとか方角が悪いとか、しょっちゅう大騒ぎしてオレたちを振り回した。ある晩などは、庚申の夜に寝ると寿命が縮む、と騒ぎたて、家族全員夜通し寝かせてもらえなかったこともあった。
そんな彼女にとって、暦に無頓着で、獣肉を食べ、ロックを聴き、肌を露出して外出する現代人は悪魔かなにかのように映っていたに違いない。
 しかし、本質的に逞しい女だったのだろう。一ヶ月も経つと、苦手だった肉は食べるし、毎週欠かさずNHKの大河ドラマを観て、「ありえぬ」と時代考証にケチをつけている。ラップを好んできいている。京の都にいた時分に慣れ親しんだ僧侶の読経と通ずるものがあるという。
「のう、修平」
「なんだよ」
「そろそろ『義経物語』がはじまるぞ」
「オレは大河ドラマなんて観ねーよ」
「そうか」
 それにしても、と姫君はおかしそうに唇を歪め、
「この時代ではあの男が婦女子の紅涙をしぼっておるのじゃな」
 ワラワも一度都で義経を見たがな、なんのことはない、本物は冴えない中年の小男だったぞ、テレビのような凛々しき若武者ではない、こう、歯が出ておってな、と義経の顔真似をしてポテチを齧っている。とても、やんごとなき姫君とは思えない。
「無類の好色漢での、都中の美女の許に文を遣って、そうそう、親類の大納言殿の娘御の由姫様も義経めに言い寄られてのう、大層難儀をしておったぞ」
「アンタは言い寄られなかったのか?」
と冷やかし半分で尋ねたら、
「ワラワは美女ではないからのう」
 そうだろうか? よく動くつぶらな瞳。高い鼻梁。笑うとパックリ開く大きな口。その口からこぼれる牙のような白い糸切り歯。十分美女の部類に入る。どころか雑誌などでよくやっている美少女グランプリに応募すれば、結構いいところまでいくのは確実だ。
 ――こりゃ、生まれる時代を間違えたな。
現代に飛ばされてきたのは案外慶祝なのかも知れない。
「のう、修平」
 のうのう、ウルサイ女だ。
「ワラワもな、通うことにしたぞ」
「通うって何処に? 生け花教室か?」
「高校じゃ」
 ノートの上を走っていたペンがザザーと滑って、机にまでラインをひいてしまった。
「ぬわにいいぃぃ〜?!」
「何を鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしておる」
 鎌倉時代のお姫さんが江戸時代の形容を現代人のオレに対してしている。しゅ、シュールだ・・・。
そんなノンキな感動をおぼえている場合ではない。
「無茶言うなっ!!」
「無茶など申しておらぬ」
姫君は平然たるもので、
「そなたの母君が決めたことぞ」
 カラクリがわかった。母の父、即ち、オレの祖父はオレの高校の理事長だ。その権限をもってすれば、姫君の高校入学など造作もないはずだ。チクショウ!  オトナなんて嫌いだ!
 ――オフクロ〜(涙)
 お人好しとお節介にも限度というものがある。しかし、嬶天下の我が家では母の意思は絶対だ。ハイル、オフクロ! でも待て。オレの身にもなってくれえ〜。
 ――コイツと同じ学校に通うのか・・・。
 呆然となる。人生一寸先は闇、だ。
 オレはこの姫君に妙に気に入られている。姫君はいつもオレの部屋に入り浸って、オレに構ってもらいたがる。ことわっておくが、オレは王朝時代風のイケメンではない。今風のイケメンだ。ホントだぞ。
「修平はの、昔の世界でワラワが飼っていたネコと似ておるのじゃ」
 あるとき不意に、姫君が御寵愛の理由を口にした。
「醜い雄ネコでな、貰い手が誰もおらなんだで、ワラワが飼ってやることにした。醜男のくせに気位は高くて、餌をもらう時以外は誰にも懐こうとせず、屋敷を時を得顔で闊歩しておった」
 きっと屋敷を我が物と思い込んでおったのだろう、後生楽なネコよ、と姫君は目を細めた。
「だから、主としてはな、つい、からこうてやりたくなるのよ」
 オレはネコかよ、と大いに不満だった。今でも不満だ。
 オレをネコ扱いしている女と同じ学校に籍を置くなど、不愉快極まりない。それが第一の理由。
第二にこんな馴れ馴れしい女が始終そばにいては、校内であらぬ誤解を招きかねない。
 ――例えば上条莉穂子に・・・。
 上条莉穂子。オレのクラスメイト。兄(血はつながっていないらしい)はオレより少しだけイケメン。嗚呼! 何故、夏休み明け、いきなり兄妹でお揃いのスキンヘッドで登校して、学園中を凍りつかせたの? 生活指導の大谷が泡を食って安物のカツラを渡してたっけ。
 「せっかくカワイイのに勿体ね〜」と友人の丸岡が嘆息していたが、オレは丸岡のような腰抜けではない。莉穂子チャン・・・。縦令、坊主頭だろうとオレは彼女を愛している。
 昨日、彼女にラブレターを渡した。古典的で根暗っぽい方法だが、あえて回り道してみた。オレ流の恋の駆け引きだ。
 迫りくる今年のクリスマスは上条莉穂子と一緒に過ごすのだ。それがオレの現在の野望。
 ――だが・・・。
 せっかくイブのために清水の舞台からジャンプしたのに、目の前のタイムスリップ女に「のう、修平」みたいな調子でまとわりつかれていては実に迷惑千万。野望の実現に支障をきたすに違いない。
 ――イカンイカンイカン!
 ぶるんぶるんと首を振って、蹉跌の予感を振り払う。
 何より、姫君を学校に通わせたくない第三の理由、それは、
「お前、もし高校なんかに行って、過去からタイムスリップしてきた姫君だってバレたら一体どうするつもりだ」
「構わぬではないか」
「構うわ!!」
 オレは机を叩く。
「もしお前が九百年前のお姫様だとバレてみろ? 世間が黙っちゃいないんだよ! マスコミや野次馬が家に押し寄せるゼ。間違いない。朝も夜も追い回されるぞ。ちょっと古いがタマチャンフィーバーの比じゃねえ」
 フィーバーに便乗した隣のご隠居が昔取った杵柄で「姫君煎餅」を見物人に売りつけている不吉なビジョンが脳裏をよぎる。
「悪しきことなのか?」
「悪いっ! オレは穏やかで平凡な高校生ライフを望んでるんだッ! 家の外に野次馬やらパパラッチが張り付いている海外スターみてーな日常はゴメンなんだよ!」
「よくはわからぬが、ことは密なるを要すのじゃな。ならば正体が露見せぬように気をつけよう」
「本当だな」
「うむ」
「だったら髪、切ってこい」
「なっ!」
 姫君が反射的にベッドから腰を浮かせる。おいおい、オマエこそ尻尾を踏んづけられたネコみたいだぞ、と言ってやりたい。
「尼になれと申すか?!」
と怯えた顔をする彼女の髪は過去で暮らしていた頃のまま、踝近くまである。顔には自信がなくとも髪には自信があるようで、否、顔に自信がない分、せめて髪だけはというけなげな乙女心ゆえに、彼女の髪への愛着は強いようだった。
「そういや、昔の尼さんてツルツルじゃなくて、ショートカットだったんだっけ。よし! 尼さんになるつもりでバッサリ短くしろ」
「ちょっと、オニイチャン!!」
 ドゴァキ!!
とドアを蹴破り、妹の結奈(ゆな)が飛び込んでくる。幸い手ぶらだったから、ホッとしたが、もしマシンガンでも持たせたら、問答無用でオレを蜂の巣にして、「カ・イ・カ・ン」とのたまいそうなくらいのテンションだった。
「なんだ! ノックぐらいしろ。親しき仲にも礼儀ありだ」
「何、スカしてんのよ! 小雪チャンに髪を切れですって!? 冗談じゃないわよ!!」
 小雪というのは姫君の名だ。
「聞いてたのか」
「今時の女子高生なら兄弟の部屋に盗聴器の4個や5個仕掛けてるのは当たり前だよ!」
「異常なシュミをあたかも世間の常識のように披瀝するなあああ!」
「とにかく小雪チャンの髪は、この下川結奈の目の黒いうちは絶対に切らせませんからね!!」
 陸上をやっているため万年ショートヘアーの結奈は、自分の髪がいじれないものだから、よく姫君の超ロングヘアーを梳って、まるで侍女のように甲斐甲斐しく手入れを手伝ってやっていた。そんな妹が姫君に断髪を強いるオレの主張を看過するはずがない。
「今時こんなロン毛の高校生がいるか? ありえねーよ! キモがられるっつーの」
 オレの弾丸シュートをキーパー結奈は
「立派な個性じゃない」
と捕球しようとする。だがオレはオフェンスをゆるめない。
「個性にも限度があるわい! そもそも素性を隠して現代人のフリをするんだったら、それ相応のヘアスタイルてェものがあんだろうが!」
 姫君は俯いて、頭上の紅白口喧嘩を聞いている。
 ちょっと胸が痛い。
 オレだって鬼じゃない。まさか本気で姫君に黒髪を切らせるつもりなど、毛頭ない。
 これだけ無理難題を言えば、姫君とて高校入学を断念するだろう、とタカをくくっていたのだ。しかし――
「わかった」
 一瞬我が耳を疑った。
「え?」
 思わず聞き返すオレに、
「わかった」
 姫君は繰り返した。唇を噛みしめて、
「切ろう」
「ちょ・・・?! こ、こ、小雪チャン?! 本当に無理しなくていいんだってば! このクソ兄貴はアタシが拳で説得するから」
 あたふたする結奈に、
「良いのじゃ」
 姫君は言った。
「修平の言うとおりじゃ。確かに現代の高校に通うならば、いや、高校に通わずとも今後現代で暮らしていくならば、現代の者らしい髪形にせずばなるまい」
「よし」
 オレも今更後へはひけない。
「じゃあ、美容院に予約入れとくぞ」
 かくして賽は投げられた。後はルビコン河を渡ってしまうしかない。

(V)


「一度もカットしたことないのォ〜?」
 若い女の美容師がケープを巻かれた姫君に尋ねている。
 今日から十二月。店内もすっかりツリーやイルミネーションでクリスマスの雰囲気を演出しようとしている。
「うむ」
姫君がうなずいている。まるでこれから生体解剖でもされるかのように、恐怖に顔を強張らせている。美容師の手のうちにある刃物を見まい見まいとして、それでもどうしても視線が吸い寄せられてしまうようで、その姿、どうにも痛ましい。
「今日はどうするのォ〜?」
「み、短く切って欲しい」
 震え声のリクエストに美容師は、そうだね、ちょっと長すぎるもんね〜、思い切ってカットするのもいいかもね〜、と年上の女性らしい余裕で応じ、
「短くってどのくらい切る?」
 訊かれた姫君はすでに勇気を出し尽くしてしまったのだろう、さらに悲愴な顔をして、言葉を失っている。
 ――わかったよ。
 流石にこれではあまりにも彼女が可哀そうだ。
 腰ぐらいまででいい、と助け舟を出そうとしたら、姫君はオレの監視役としてくっついてきた結奈を指差して、とんでもないことを言い出した。
「あれくらいにしてくれ」
「ちょっとォ〜! 小雪チャン?!」
 耳出しショートの結奈は仰天し、腕をブンブン振って、
「ダメだよ! 絶対ダメ!! そんなのダメ、ダメ! アタシが許さない!!」
 ダメを連呼して、必死で押し止めようとする。
「連れの女の子がああ言ってるけど、やめとこっか」
 美容師の言葉に、
「いや」
 姫君は頑なに首をふった。
「構わぬ。切ってくれ」
「小雪チャ〜ン」
「結奈、姫君が決めたこった。ここは見守ろう」
「オニイチャンのせいだよ!」
「落ち着けって。いいじゃんか。新しい世界に根付くってェのはそういうもんだ。それなりの勇気と覚悟が必要なんだよ」
「だからって・・・やりすぎだよ・・・」
 まだ納得していない結奈を置き去りにして、断髪が始まる。
 美容師は姫君の長い髪を、まずはサイドにハサミをいれる。シャキリという音がして、髪が力尽き、クシャリと床に落下する。西部劇なんかでよくある、屋根の上の悪党がガンマンにうたれて、ガックリと地面へと崩れ落ちるシーンを連想した。
「ああ!」
 結奈がお気に入りの激レアなCDのケースを踏んづけて割ってしまったような、悲鳴をあげる。
だが当事者の方が数十倍辛いだろう。姫君は生まれて初めて味わうハサミの感触に、息をつめ、渋面で応えている。
お姫様が見知らぬ土地で長い髪をバッサリ切る。映画「ローマの休日」みたいだ。ここ南松永町は平日だけれど。
南松永町のオードリーは、腹ペコの草食獣のようにシャカシャカ髪の毛を食んでいくハサミの、取り返しのつかない乱暴狼藉に身を縮こまらせている。
プロフェッショナルな粗切りによって姫君の体に、生まれてからずっと従僕のようにかしずいてきた、みどりの黒髪が御役御免となり、放逐されていく。
 黒髪が白い床を這っている。その上にパサリと髪が落ち、かろうじて覗いていた白を覆い隠してしまう。
 それとは逆に黒に覆われていた姫君の、その名の通り淡雪の如き白い耳が姿を露にする。
 上と下で黒と白の比率が逆転する。
 髪を切る音は好きだ。シャキシャキと職人の手による一定のリズムは、アルファー波の発生を促し、オレを陶然とさせる。
 陶然としながら、オレの目は髪を切られている姫君に釘付けになっていた。
 姫君は生まれ変わっていく鏡の中の自己に、狼狽し、当惑し、恐怖し、やがて含羞とともに静かに受容した。
 何となく想像してみた。
 今、姫君の髪を切っているのがオレだったら、と。
 姫君のボリュームのある艶やかな黒髪がオレの手に触れ、オレはそれを触れるそばから摘み取る。ほろ苦い収穫。それは過去との袂別。そうやって姫君を新しい姫君へと変えてゆく。魔法のように。すごくエキサイティングだ。
「コラ」
 結奈に耳を引っ張られ、強制的に現実に引き戻される。
「痛ぇな。ナニすんだよ」
「髪切ってる小雪チャン見て欲情してたでしょ」
 このヘンタイ、と結奈は怖い顔をする。
「ンなわけあるか!!」
 嘘です。ごめんなさい。
 ハサミが姫君の襟足を刈り上げていく。櫛は襟足を遡っていき、櫛からはみ出した毛先を刈り取っていく。
パラパラと髪くずが粉チーズみたく首筋に降り積もる。チッチッチッチッとハサミの刃と刃がぶつかる音が、新しい美少女の誕生を急かす時計の秒針の音のように、オレの耳には響く。
 オレは残酷な仕打ちをしたのだろうか・・・。
ちょっと自己嫌悪・・・。
姫君はオレをかつての飼い猫に似ていると言った。姫君にとってオレは過去と現在をつなぐ蝶番のような存在だったのだろう。天涯孤独となった姫君は、オレに甘えることで寂しさを紛らわせていたに違いない。その寄る辺なき少女に断髪を強要し、あまつさえ危険な情欲をおぼえている。
 ――でも・・・。
 初めて見た姫君のうなじ。白くてモチモチと柔らかそうで、でも凛とした清清しさがあって、今の季節にはちょっと寒そうなうなじ・・・。そのうなじを目の当たりにしてオオカミになりそうなオレがいる・・・。
 グイ!
「痛っ! いちいち耳を引っ張るな!」
「今度は小雪チャンのうなじに欲情してたでしょ!」
 我が妹のエスパーぶりには恐れ入るより他にない。
 ショートカットになった乙女は仏頂面をつくって、
「こうすると動きが出ていいでしょう?」
と髪をセットしている美容師に、
「うむ」
と殊更にぶっきらぼうに答えている。
 前髪は眉毛の高さ、耳もうなじもモロ出しで、ツンツンに髪を逆立たせた日本版オードリーは店を出るなり、頬を上気させ、一言、
「軽い」
と呟いた。
 何か優しい言葉をかけてやりたい、と思う。でも浮かばない。
冬の星座を背負う彼女がひどく眩しい。もどかしさに鼻の奥がツンとする。甘酸っぱい夢から覚めた後のように。
それでも彼女のために言葉を探す。スカスカのボキャブラリーの中から。
「似合ってるよ、小雪」
 我ながら気の利かない台詞だ。

(W)


 季節柄、その後、姫君は風邪をひいて寝こんだ。







(X)


「ごめんなさい」
 上条莉穂子に謝られた。
「下川君、悪い人じゃないし、別に嫌いじゃないんだよ。ラブレターも嬉しかった」
でも付き合えない、ごめんなさい、と伸びかけの坊主頭を下げる莉穂子に
「ほ、他に好きな人でもいるの?」
「うん・・・まあ・・・」
 ――チクショ〜、誰だよ。
 呆然自失の態で、去ってゆく想い人の背を見送っていると、
「バッカね〜。フラれてやんの」
「結奈! テメー、いつからそこにいた?!」
「校舎裏っていうのはね、恋愛関係にばっか使われるもんじゃないのよ? 気に入らない上級生シメたり、気に入らない先公シメたり、そりゃあドキドキワクワクのイベントが目白押しなんだな」
「先生シメてんのか?」
「どうでもいいでしょ」
それより、と結奈。
「上条先輩はもうオトコいるよ。あえて誰かは言わないけどね」
「なぬー?!」
「公然の秘密よ。知らないのはオニイチャンぐらいじゃないの」
「ひょえええ〜!」
「さて、と今年のクリスマスは『家族』で楽しみましょうかね〜」
 意地悪く笑う妹の肩越しに、ショートカットの同級生兼同居人が弁当の包みを二つ抱えて、ソワソワと立っているのが目に入った。今朝、一緒に登校したはずなのに、何故か無性に懐かしい。
「修平、昼食にいたさぬか? 弁当を作った。食べるが良い」
 白い息吐きながら何が「食べるが良い」だ。ネコの餌付けと混同していそうだ。
 ――オレはネコじゃねーよ。
 やはり不満だが、空腹だ。いただくとしよう。
 またね〜、とヒラヒラ手を振る結奈を残し、姫君と、いや、小雪と並んで歩く。
「のう、修平」
「ニャオ〜ン」
とネコの鳴きまねで返事をしたが小雪は笑わなかった。やけに深刻な表情で、
「こ、今年の『くりすます』は・・・あ、空いているか?」
「ついさっき空いた。この時期の浜茶屋なみに暇だ」
「ならばよい」
 小雪が破顔した。いいのか? 別にクリスマスが暇だからってお前と過ごす保障はないんだゼ・・・とツッコみつつ、釣り込まれてオレも微笑む。
 小雪の真っ白なうなじが、けなげに冬と対峙している。
「また風邪ひくぞ」
とマフラーをかけてやると、
「うん」
 ちょっとはにかんで小雪はマフラーに顔を埋めた。
「・・・・・・」
 少しだけ今年のクリスマスが楽しみになった。
 クリスマスキャロルが口からこぼれる。

We wish you a Merry Christmas,

We wish you a Merry Christmas,

We wish you a Merry Christmas,

And a Happy New Year.

「ウイうぃっしゅやめりくりすます」
 小雪もオレの真似をして、怪しげな節回しで歌う。奇妙なハーモニーは高く澄んだ冬の青空に吸い込まれていく。
「修平」
小雪がオレの手を握る。冷たい手だ。
 周囲に人がいないのを確認して、その手をそっとオレの左ポケットに入れてやった。

We wish you a Merry Christmas,

We wish you a Merry Christmas,

We wish you a Merry Christmas,

And a Happy New Year.







(了)



    あとがき

こんばんは、迫水です。ちょっとクサかったですか? ですよね〜。
今回のストーリーは「少年マンガの読み切りにあってもおかしくない話」即ち「普遍性のあるストーリー」を目指してみました。ゆえに断髪度は低いです。すみません・・・。
対象年齢は十代です(汗)。ジュブナイルなんで。才能さえ許せば漫画で表現したかった一本です。
筆者の頭の中では、登場人物がマンガタッチの絵で、コマ割りまでできて動いていたのですが、いかんせん文字媒体ではそれが伝えにくく、読む人にとってはイタイお話になってしまったんじゃないかな〜、と。
 本稿はもともと迫水が少年時代、タイムスリップ物のアニメやドラマを観て抱いた、「もし平安時代のお姫さまが現代にタイムスリップしてきたら、やっぱり現代の風俗に合わせて髪を切るのだろうか」という妄想を基にしています。季節に合わせて、いやらしくクリスマスと絡めてます。
 それにしてもフェルチェといい「逢魔が時」の由姫といい、今回の小雪といい、迫水の描く姫は口調が一緒だ・・・。全然萌えない(― ―; この小雪の萌えなさ加減が今回の敗因でしょう。もっとおしとやかな言葉遣いにしようとリライトしたのですが、どうもしっくりいかず、また、「〜くれ」というのを「〜たもれ」と平安言葉にしてみようかとも思ったのですが、なんか「おじゃる丸」みたいなんでやめました(笑)






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