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アイドル、「故郷」に帰る


「リオリオ、ここに来てからずっと笑顔だね」

とディレクターに言われ、五十嵐理緒(いがらし・りお)は、

「日本でだっていつも笑顔じゃないですかぁ〜」

と反論する。

 が、ディレクターは、

「日本にいるときより、ナチュラルで心の底から楽しそうな笑顔だよ」

 言われて、理緒は、ハッとなった。

 ディレクターが去った後も、理緒は地平線に沈む夕陽を見つめていた。

 夜がそっと彼女を包み込むまで――。

 背後の森に抱かれるように――。



 理緒は日本ではすこぶるつきの有名人だ。

 あのAKU47の姉妹グループのSSG54(筆者言う。このグループ名は、かの新選組にあやかって命名されたもので、秋元康氏がプロデュースしているアイドルグループとは一切無関係である)の押しも押されもせぬ不動のセンターである。愛称は「リオリオ」。

 20歳とは言え、まだ幼さを残すあどけない顔立ち、それとは対照的に発育した豊かなプロポーションで、ファン――特に男の子――の圧倒的支持を得ている。握手会を開けば、理緒のレーンは長蛇の列。

 AKUの青砥真凪子ほどではないが、日本屈指のトップアイドルであることは間違いない。

 いつも笑顔を絶やさず、周囲の人々やファンに対する「神対応」エピソードは、枚挙にいとまがない。実るほど頭が下がる稲穂かな、を地で行っている。

 最新シングルでもギンガムチェックのジャケットにミニスカートを翻し、舞台で、スタジオで、歌い、踊っている。

 当然というべきか、同グループのメンバーたちから嫉妬を買っている。

 私物をゴミ箱に捨てられたり、リハーサル室のドアに鍵をかけられ締め出されてしまったり等はまだまだ序の口で、陰惨なイジメ行為を繰り返されている。

 それでも理緒はファンに向けて、精一杯の笑顔で臨んでいた。

 だが、その笑顔も日々の苦悩やストレスのせいで、段々と虚ろになってきていた。心と連動するように、体調も悪くなっていったが、責任感が強い理緒は、自分を奮い立たせ、ステージに上がっていた。

 その矢先、理緒に珍しいオファーが舞い込んだ。海外ロケの話だった。

 南の国に行き、そこの辺境に住む部族の集落で生活するという企画だった。

 お笑い芸人の松野ススムが彼オンリーのシリーズ企画なのだが、今回はスペシャルということで、タレントの井本(♀)と理緒が同行する形になるそうだ。

 文明から離れて原始生活を営む部族のもとで「ホームステイ」。依頼を聞かされ、理緒は当惑した。

 三日ほどの滞在とのことだったが、電気もない非文明生活などごめんだ。得体の知れない部族と暮らすのも、なんだか怖い。食事は? お風呂は? トイレは? 病気になったら? 不安は山積みだ。

 反面、三日間とは言えハードスケジュールやイジメから逃れられる。

 揺れる心のまま、理緒は成田から飛び立ったのだった。



 飛行機や車を乗り継ぎ乗り継ぎ、最終的にはセスナで現地に到着した。20時間かかった。

 とんでもないところに来てしまった、と理緒は後悔した。

 が、予想は嬉しい方に外れ、部族民たちは理緒らを、村をあげて歓待してくれた。ロケにも協力的だった。

 彼らはいわゆる「裸族」だった。男も女も子供も一糸まとわぬ姿で生活していた。

 これには理緒も当初は面食らった。きっとオンエアーではモザイクだらけになるだろう。盆組スタッフによる自分への、一種の「セクハラ」ではないかとさえ邪推した。

 しかし、皆当然のように裸形で行動している。あまりに堂々としているので、理緒もすぐに慣れてしまった。

 不思議なことに、初めてきた土地にもかかわらず、理緒は村や部族民たちに、言いようのない懐かしさをおぼえていた。

 まるで、何十年も前からこの地で暮らしていたような錯覚すらあった。

 村の酋長――白髭の老人――と対面したときには、感極まって泣いてしまったほどだ。

 もしかしたら自分は前世はこの辺りの住人だったのだろうか、と考えたりもした。

 理緒はみるみるうちに部族――ボボ族と打ち解けていった。

 松野や井本は空き時間には日本人スタッフと駄弁っていたが、そんなときでも、理緒はボボ族の輪の中にいた。

 ボボ族の言葉を教えてもらったり、ボディランゲージなどを使ってコミュニケーションをとったり、ボボ族の音楽に耳を傾けたり、踊りを習ったり、子供らの遊びに加わったり、異郷生活を満喫していた。

 ボボ族の料理もモリモリ平らげたし、スタッフに止められていたにもかかわらず、地酒も飲んだ。どれもこれも美味だった。

 この地で滋養強壮に効くというサルやヘビや虫の燻製や丸焼きにも手を伸ばし、何のためらいもなくボリボリ齧って、スタッフや共演者を驚かせた。

 日本から同行してきたマネージャーは南国の強烈な日差しから、「商品」の真っ白な美肌を守るため、常に理緒に日傘をさしかけていた。理緒にはそれがわずらわしく、彼女と村の人々を遮る垣根のように思えてならなかった。

 ボボ族の人々は男も女も頭を丸坊主に剃っていた。

 通訳を介して訊いてみたら、宗教的理由と実務的な理由両方があるらしかった。

 チリチリの髪を編みこむのは時間の浪費だし、だったらいっそ全部断ち切って、それを神に捧げ、信仰の証としよう、ということらしい。

 松野がヒップまで伸びた茶髪ロングヘアーの理緒に、

「リオリオもやってみる?」

とかましたジョークに、

「やってみたい!」

 理緒は目を輝かせ、間髪入れず答えた。これには松野も、

「リオリオ、人気アイドルなんだから、そこはNGで」

とあわてて止める側に回っていた。

 実際理緒本人も自分が発したアンサーに、自分で驚いていた。こんな素直に坊主にしたいと言えるなんて。理性よりも心の奥底のスピリチュアルなレベルからの叫びのようだった。やはり自分は前世、ここで生きていたのだ。確信した。

 そんなこんなで三日間は、あっという間に過ぎた。

 後ろ髪を引かれつつボボ族の村落をあとにし、日本行きの飛行機に乗る。

 ――また、あの文明社会に戻るのか……。

と絶望に似た物憂さに、頭痛さえした。

 共演者やスタッフは、キャビンアテンダントが運んできた数日ぶりの「まともな食事」に舌鼓をうっていたが、理緒は一口だって食べる気がしなかった。



 アイドル五十嵐理緒引退のニュースに、日本中が騒然となったのは、それから間もなくだった。

 周りの大人たちは「金のなる木」を懸命に引き留めたが、理緒の決心は固かった。ファンの嘆きも尋常ではなかった。が、理緒は自分の意思を貫いた。

 引退後はどうするのか?とどこのメディアでも訊かれたが、

「”故郷”に帰って、自分の望む通りに暮らします」

とだけ答えた。

 恋愛は?という質問には、今は別に、と受け流した。

 その胸中には、懐かしいボボ族の人々の顔が去来している。



 卒業コンサートは大々的に開催された。

 ステージの上ではSSG54のメンバーらも集まり、涙を流していた。

 舞台裏では、

「これでウチらも、アンタの引き立て役から解放されたよ」

「せいせいしたわ」

と嫌味を口にしていたくせに。

 ――やっぱりこの業界、やめて正解だったわ。

 しみじみ思った。

 住居を含む全ての所有物を処分し、家族や親しい人たちに別れを告げ、理緒は身ひとつで、南半球に飛んだ。ボボ族の村へ!



 ギンギラギンの太陽、ひろがるサバンナ、その先には陽光に輝く海――

 ――来た!

じゃなくて、

 ――帰った!

といった気持ちだ。

 理緒はパーカーを脱ぎ捨てた。キャミソールも脱ぎ捨てた。ショートパンツも脱ぎ、ブラジャー、そしてランジェリーを脱ぎ、生まれたままの姿になった。

 そして、最後の私物である手動式のバリカンを握りしめ、髪にあてた。

 微塵の躊躇もなく、自らの頭にバリカンを走らせた。

 カチャカチャ、カチャ――

 パサリ

 刈りが甘い、と思った。

もっと大胆にバリカンを差し込み、勢いよく押し進めた。

 カチャカチャカチャ、

 カチャカチャカチャ!!

 バサバサ、と今度は大量の髪が頭から流れ落ちた。前髪がだいぶ無くなった。頭頂も露わになった。

 刈り跡をさすって、理緒は微笑を浮かべた。満足した。

 もっと! もっと!と刈り進める。

 ブラウンの髪がバリカンに食い散らかされていく。

 額の真ん中から右へ、そうして額の真ん中から左へ、カチャカチャ音を立てながら。

 気が逸り、髪にバリカンの刃が食い込み、

「っつ!」

 あまりの激痛に悶える。

 JAPANの底辺ドルオタどもはネットで、

『リオリオは今頃、ファンからむしり取った金で、彼氏と温泉巡りでもして豪遊三昧じゃね』

と揶揄していたが、当の理緒は南国のジャングル地帯で、素っ裸になってバリカンで頭をマルコメみそにしている真っ最中だった。

 村の一員になれるよう、長い髪を惜しげもなく捨て、坊主頭に。

 痛さに懲りて、今度は慎重に刈る。

 後ろの髪を手で束ね、

 カチャカチャ、カチャカチャ、カチャカチャ――

 カチャカチャ、カチャカチャ、カチャカチャ――

 カチャカチャ、カチャカチャ、カチャカチャ――

 根元からいく。ザクッと。

 カチャカチャ、カチャカチャ――

 悪戦苦闘の末、ようやく削り獲った。

 そして、後頭部の髪に何度もバリカンを往来させ、サッパリと刈り落とした。すっかり切り髪まみれになってしまった。

 長い髪をあらかた切ってしまうと、丸坊主に整えるべく、獅子奮迅のバリカンカット。

 文明社会の象徴とも言えるブラウンにカラーリングされた髪は、サバンナの乾いた土の上に振り落とされ、南風に舞い散っていった。

 ダチョウのヒナの如き頭になる理緒。



 ボボ族の人たちは思いがけない理緒の出現に驚き、すぐに満面の笑顔で、彼女を迎え入れた。

 目に染みるほどの白い歯に囲まれ、理緒は嬉しくって懐かしくって泣いた。

 そのまま、酋長を訪ね、カタコトのボボ族の言葉で、この地でボボ族の一人として暮らしたい、と願った。

 酋長はその願いを聞き届けた。

 そして、髪を剃るための特別な鉄器を持ってこさせ、それでゴリゴリと理緒の頭を、綺麗に剃りあげた。

 年季の入った金属が頭をこする。

 ジイイイイ、ジイイイイ

 理緒の柔らかな頭皮は悲鳴をあげたが、彼女は耐え抜いた。ツルピカ頭にも満足した。

 井戸水にうつった自分を見ても、ショックはなかった。むしろ、ずっと昔からこの頭で過ごしてきたような錯覚すらおぼえた。

 唯一捨てそびれたバリカンは、近隣の鍛冶技術をもつ部族に頼んで、狩猟用の矢尻にしてもらった。

 理緒の「故郷」での生活が始まった。



 一年後――

 理緒は村の女たちと浜辺で貝を採っていた。

「○◇▼★£◎〒■〜〜(これだけ採れれば夕食もお腹いっぱい食べられるね)」

 ボボ族の言葉もすっかり身についた。

 毎日強い日差しを浴びて、肌も他の女たちと遜色がないほど黒くなっている。腕や胸には魔除けの刺青を入れている。命より大切だった顔にも、呪術的な理由で傷を刻んでいた。無論頭も剃り続けている。外見も他の村人と同じになっていた。

 頭以外の毛は処理しないので、腋や恥部の毛はボーボー、これも、村人同様だ。

「◎ゞ△▽∀∃◆★〇××〜〜(男たちの狩りの獲物がたくさんありますように)」

とムラジはボボ族の神への祈りを口にする。

 ムラジの恋人は強くて逞しいから、きっと大物を獲ってきてくれるよ、と女たちは言う。

「∞∽∝♂●◇◆×〜〜(私も良い人が欲しいなあ)」

と理緒が言うと、

「⊥⌒∂▲▼∬☆∠〜〜(リオには難しいね)」

と皆にからかわれた。

「☆●⊃∪∇≡×ヾゝ〜〜(そんな痩せっぽちじゃねえ)」

 もっと太らないと、とフーオバサンは理緒の背中をバンバン叩いて、笑い転げる。日本に居た頃は死ぬ思いでダイエットしていたのに、所変われば美の基準も変わる。

「∂〒■△≫∞¢£〇○¢£〜〜(それにまだまだ白いよ。黒さが足りない)」

と別の娘が指摘する。美白という概念はここでは皆無だ。

 村でも屈指の「非モテ系」となった、かつてのトップアイドルは、

「◎◯∫∬⊇≠×□∴★¨^ヽヾ●〜〜(だったら太りたいから、食べ物を私にたくさんまわしてよ)」

と冗談を飛ばす。どっと女たちは笑った。



 20XX年、南国を旅していた日本の調査船は、海岸で談笑しているボボ族の女たちを見つけた。

「原住民の女たちだ」

「確かボボ族だろ。千年以上前からずっと変わらない生活を続けている部族だ」

「服着てないな」

「裸族ってやつさ」

と話しながら、或る調査員は一人の女に目をとめた。

「あの娘はなんだか東洋人っぽいな」

「どれどれ、本当だ」

「あれ? あれ〜?」

「どうした?」

「あの女の子……SSG54の五十嵐理緒じゃないか?!」

「SSG54?」

「アイドルグループだよ、紅白にも出場してた」

「ああ、そういやそんな連中もいたっけかな」

「そのSSG54の不動のセンターのリオリオだよ! 彼女が卒業してからSSGは急速に衰退したという伝説のアイドルだよ! え?! え?! マジか?!」

「おいおい正気か? そんな伝説のアイドルが、なんで裸族の仲間になってるんだよ。少し頭を冷やせ」

「それもそうか〜。でもメチャメチャ似てるんだよなあ」

「動画撮っておくか?」

と話しているうちに、ボボ族の女たちは、文明人を避けるように、海岸から去って行った。

 他にも南国の奥地で、裸族と一緒に暮らす五十嵐理緒を見た、という目撃談は数件あり、話に尾ひれがつき、都市伝説へと発展していった。

 もしもあなたが南の国に行ったとき、偶然にも裸族の群れの中に、五十嵐理緒の姿を発見することがあるかも知れない。

 そんな場合はどうかそっとしておいてあげて欲しい。

 そして、彼女の幸せを心で喜んで頂ければ幸甚である。



                  (了)




    あとがき

 リクエスト小説一発目は、霊地王生路さんからです♪ 曲直瀬志乃ちゃんのイラスト嬉しいです♪♪ どうもありがとう(*^^*)
「【https://www.pixiv.net/artworks/86111103】と同じ人気絶頂で突如引退したアイドルの女の子が自分の意思で土人民族に入って丸坊主というのは書いてくれますでしょうか?」とのことで、ない知恵絞って書いてみました。普段なら「どういうこと?」と頭を抱えてしまいそうなマニアックなネタなんですけど、何故か「イケるかも」と前向きに取り組めました。
 結構な長さになりそうだ、と思ったら意外にコンパクトに収まった。
 以前からご要望のあった、そして自分としても書きたかった民俗学的な剃り剃りなので、ちょっと準備不足だったのが心残りです。
 もし機会があれば次は辮髪でリベンジを(笑)
 最後までお付き合い、感謝です(*^^*)



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