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ブロガー・沙羅双樹、畢生の傑作



某月某日(金)

ども! 沙羅です。沙羅双樹です。
一週間ぶりの日記更新です。随分待たせちゅわったわネン(はぁと)
今日は岡チャンにメシおごってもらいましたぁ〜。っつーか正確にはおごらせた?
うまいと評判のピザ屋でしたが、そ〜かな〜?
本場イタリアの味らしいけど〜、沙羅がイタリア人なら席立ってるね。マジで。沙羅の舌をナメンナヨ。
岡チャンには「研修が終わったら、もっとマシなもん食わせろ」とクレームをつけときました。

んなこたーどうでもいい(タモリっぽく)

いよいよですよ。

いよいよ明日ですよ、そこのお嬢さん(みのもんたっぽく)

何がって?

沙羅が丸坊主になるんですよ

驚きました?
Oh! サプライズ!っすか〜?
このブログを前から読んでくれている人はご存知かも知れませんが、沙羅はこの度、出家します。
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・。
本当ですってば! 嘘じゃありません!
ええと。順を追って説明するとですね、沙羅はお坊さんの娘でして、寺の跡取りとしてお坊さんの研修を受けるんです。何十日も。ヒエーッ
研修はボウズ頭でなければ受けられないのですよ、そこのお嬢さん(ふたたびみのもんた風)。
うおおお! ですよ。
カンベンしてくれってカンジです! マジ、ブルーです! ブルー通り越してムラサキです! 群青です!
マリッジーブルーならぬスキンヘッドブルーです。

でももう後にはひけない状態・・・|ι´Д`|っ


・・・・・・こうなったら剃りますよ(ヤケ)


・・・・・・・剃っちゃいますよ


・・・・・・・ジョリジョリ〜っと。

私と同じバチカブリ大生で、一緒に研修受ける予定の友人の彩チャンは昨日、自分で切っちゃったらしい。自分で切ったのはチョコっとだけらしいんだけど、今日電話で
「宇宙人みたいだよ〜」
と泣いてました。
「バッカじゃないの〜。クケケケケ(゚∀゚)」と笑ってあげました。
ホンット、バカばっかですよ、ウチの大学の連中は。もしかして偏差値マイナスなんじゃないかって疑惑があります。就職の時は大学名は伏せた方がいいかもネ。
「バチカブリ大かよ。ケッ(゚Д゚)≡゚д゚」、」
って書類で落とされちゃうでしょう。


でも人のコト笑ってらんない・・・(−−;


明日は我が身・・・(−−;

そう・・・罰ゲームでもないのに頭を丸めなければならないのが寺っ子クオリティ・・・(−−;
それじゃ、ボウズレポート期待していてくださいね〜( ´Д⊂ヽ

追記
「俺が沙羅の婿養子になって寺を継いじゃるけん!」(何故に広島弁?)という奇特な方がいらっしゃったら、まだ間に合いますので、メールください(切実)。ホント、学歴とか容姿とか一切不問なんで(マジに切実)

日記をアップする。
はあ〜。
ため息。
今更だけど、私はこの手の、いわゆるネタ系ブログには向いてないのではないだろうか。
一応、一般公開しているブログだが、訪問者はもっぱら友人たちで、評判はいまひとつ。
「緒川ちゃん、無理してんじゃない?」
いつだったか同級生の国府田に指摘された。由麻には「キャラ作りに失敗してる」って言われたし、皆、笑いには厳しい。
 この間など「つまんねーんだよ」とイヤガラセの書き込みがあった。すぐに削除したが、ショックだった。
 荒らされたこともある。あの時はブログを閉鎖しようかと思った。
 それでも世間は広くて、「尼さんになる女」に興味をもってくれる変わった人もいて、時々
 剃髪はつらくないですか?
とか
 得度式のこと、詳しく教えて下さい
とかいった書き込みがある。
どうもコアなマニアに注目されているらしい。それはそれで読んでもらえるのは嬉しくなくはない。

過去の日記を読み返す。

――ああ、そうそう。

思えばこの日が全てのはじまりだった。

某月某日(土)
どうも、貴方の沙羅でぇ〜〜す。イエイッ
軽く凹んでます(−−;ドヨ~ン
今日、占い師に運勢みてもらいました〜。 雑誌の占いコーナーとかはよく読んでるんですケド、本格的に占ってもらったのは生まれて初めてデス。
だってなんかアヤシイじゃないですか。(←失礼)
なんで占ってもらったかというと、ズバリ、ブログのネタになりそうだったからです。
\(- -;) オイオイ
ネタというモンは待ってても歩いてこない。だから探しに行くのじゃ〜!( '∀')エヘン
一日ひとネタ三日で3ネタ 3ネタ拾って2回アップ・・・ってアタシャ、水前寺清子か! 古っ!
占い師は土井たか子似のフツーのおばちゃんでした〜。

「お名前聞いていいかしら?」
 土井たか子に似た占い師の質問に
「えっと、緒川です。緒川生恵。鼻緒の緒に川、で、生きる恵みって書きます」
「沙羅双樹です」とハンドルネームで誤魔化そうかと思ったが、ちゃんと占ってもらうのに必要ならばいたしかたない。
「あなた、何かやらなきゃいけないことに背を向けているでしょう?」
土井たか子に似た占い師は唐突に言った。
占い師という人種は商売柄、まず人の鼻っ柱を指で弾くような会話の仕方をするらしい。
「え?」
鼻っ柱を弾かれ戸惑う私に、
「例えば実家のお仕事のこととか」
ハッと思い当たることがあった。
私は寺に生まれ、兄弟は上に姉が二人、三姉妹である。
一番上の姉はすでに嫁ぎ、良妻賢母コース、次姉は一流大学を出て、キャリアウーマンコースを歩んでいる。私だけ拾い子じゃないかと思うくらい出来が悪く、大学も実家のコネでようやく仏教系の八頭大(通称バチカブリ大)にもぐりこめたが、特に将来の展望もなく、その日その日をやり過ごす毎日を送っていた。
そんな私に両親はせっかく仏教系の大学に進学したのだから、実家の寺を継げ、研修を受けて僧職の資格を取れ、と勧める。
冗談じゃない、と思った。なんで尼さんなんかにならなくてはならないのだ。
坊主頭も修行も後継話もゴメンだった。
私は頑強に抵抗した。「独立資金」のためにアルバイトをした。そのアルバイトはどこも長続きせず、やってはやめやってはやめして、そのくせ金銭感覚は粗漏だから、貯金は一向に貯まらず、つまりは何もかもが最低だった。
その占い師と出会ったのは、まさに佳境に入らんとする跡継ぎ問題からコソコソ逃げ回っていたさなかのことだった。
僅か数十センチの距離で対面に座る中年女性は、さすが占い師を稼業とするだけはある。私の境遇を見抜いていた。
「あなた、今まで頑張らなきゃいけないときに、頑張ってこなかったでしょう?」
 また見抜かれた。ビンゴ。その通りだ。だからコネで入った大学にダラダラ通っている。
「あなたのご実家がどういった家業をされているかは知らないけど・・・」
と彼女は前置きして、
「そういうお家に生まれたのは、もう天の意思なのよ。前世からの宿縁。そこからは逃れられないわ」
 天の意思、宿縁、逃れられない、と畳み掛けられて、私はしょげ返った。軽い気持ちで占ってもらったつもりだったのに・・・。
「あなたは一生実家で暮らす相が出てるわ。その方が幸せになれる」
「つまり家業を継いだ方がいいんですか?」
「天職と言っていいわね」
細木○子ではないが、ズバリと断言された。
「そして今年がそのターニングポイントにあたるわ。そこで躊躇ったら、あなた、一生後悔するわね」
 礼を述べて見料を払い、そそくさとその場を立ち去ったが、
 ――天の意思、宿縁、逃れられない、天職、今年がターニングポイント、躊躇ったら一生後悔・・・。
 足取りは重かった。
 自己暗示にかかってしまったといえる。

 ――そして・・・
 運命の日のログを読む。

某月某日(日)
え〜、重大発表です! デロデロデロデロ(ドラムロール)

ジャ〜ン!

私、沙羅双樹は尼さんになります。


し〜ん。


ハァ?(゚Д゚ )と思われた方、スイマセン、本当っす。
当の沙羅はハァ('A`)です。
今日の家族会議で聖断が下りました。決定事項です。
議事録によりますと、
父親「そろそろ跡取りのことを決めておきたいんだが。俺も年だし、もう待ったなしだ。今日中に結論を出す」
姉A「アタシも夫も継がないわよ」
姉B「アタシだって仕事あるもん」
姉A「沙羅が継げばいいのよ」
姉B「そうだよ。沙羅は仏教大通ってるんだし」
姉A「そうそう。このままお寺に就職すればいいんだよ」
なんか風向きがヤバイ。ああ! 沙羅ってばシンデレラ状態ッス。
沙羅「ちょっと待ってよ(軽くキレる)! アタシにだってやりたいことがあるんだよ。勝手なことばっか言わないでよ!」
姉B「やりたいことって何よ?」
沙羅「え〜と(ピンチ)・・・・女優かな」
姉A「死ね」
姉B「氏ねじゃなくて死ね」
ホント死のうかと思いました。
あ〜、富士の樹海が沙羅を呼んでるぅ〜。
母親「わかったわ。もうアンタたちはアテにしない。お母さんが資格とって寺を継ぐわ!」
姉A「ちょっと、母さん! 本気なの?!」
母親「だってしょうがないじゃないか」
姉B「待って、母さん」
母親「なんだい?」
姉B「やっぱりアタシが寺を継ぐよ」
母親「B子・・・」
姉B「アタシもさ、実は仕事の方、行き詰っちゃっててさ。尼さんになるのも悪くないな〜って心のどこかで思ってたんだ」
姉A「ちょっと、B子。アンタにだけいいカッコさせないよ。長女のアタシが寺を継ぐのがスジってもんだよ。アタシが継ぐわ」
姉B「先に言ったのはアタシだよ。アタシが継ぐ!」
母親「アンタたちには任せておけないよ。どうせ財産目当てでしょ。母さんが継ぐ!」
姉A「アタシが継ぐ!」
姉B「いや、アタシが」
沙羅「(ついノリで)じゃあ、じゃあ、アタシが継ごっかな〜、なんて」
一同「どうぞどうぞ」
沙羅「え?(゚Д゚ )」
もしかして沙羅ってば、まんまと ハ  メ  ら  れ  た ?
ムッキー! ガッデム!
こんな感じであっさり跡継ぎ決定。これでいいのか仏教界???
ってなわけで沙羅は今年の夏休み、

ボーズ

修行
です。
ウワ〜ン! やだやだやだ〜ヽ(`Д´)ノ


あのとき、私がもっと性根を据えてレジスタンスしていれば、状況は変わっていたかも知れない。それをしなかったのは、心の一隅にあの占い師の言葉がひっかかっていたせいだろう。
 ――天の意思、宿縁、逃れられない、天職、今年がターニングポイント、躊躇ったら一生後悔・・・。





その後のブログは追い詰められていく私の記録である。


某月某日(月)
今日、檀家さんに紹介されました。
外堀埋められまくってます!
こうなったら、もう逃げらんないよ〜(><)
(抜粋)

某月某日(木)
法衣屋から袈裟が届きました。
ヒエエ〜!(((( ;゜Д゜)))
迫りくる坊主へのカウントダウン!
(抜粋)

某月某日(日)
沙羅です。
得度式の日取りがきまりました〜。
もう逃げられねー!ってカンジです(><)。
マジでチビりそうです。
(中略)
○○宗って坊主にしなくてもいいんだよな〜。
今から宗旨替えできないもんすかね〜(−−;
(抜粋)

某月某日(火)
沙羅です。
突然ですが、
大  変  な  こ  と  に  な  っ  た。
得度式に某寺の息子が住職の代わりにくるらしい。
姉の元同級生で副住職やってるんですケド
坊さんのクセに(差別発言)チョーカッコ良くて(福山雅治似)沙羅の憧れの人だったんですぅ!
うわああ! マジでヤバイっす!!
ボーズ頭の尼さんになる一部始終見られちゃうよォ〜(><)
こりゃ、もう新手の羞恥プレイですヨ!
夜逃げ屋本舗に本気ですがろうと思ってます。
(抜粋)


その得度式が明日である。
父は上機嫌で会場になる本堂に、
「緒川生恵得度式次第」
なんて書き付けた貼り紙をはっている。
今日は得度式のリハーサルだった。
「なんだ、その五体投地は! 明日皆に笑われるぞ。ちゃんと俺の教えたとおりのリズムでやってみろ。もう一回!」「どうした! もっと腹から声を出さんか!」「何度も同じこと、言わせるんじゃない!」
鬼コーチと化した父にみっちりと所作の指導を受けた。白鳥が水面下で足をバタつかせるように、典雅で厳粛な式典の舞台裏というものは結構情けない。もうヘトヘトだ。研修前から筋肉痛になってしまった。
 剃髪は床屋が来てくれる。近所の理髪店である。普段は出張サービスなどはしないのだが、ご町内の誼で引き受けてくれたらしい。こういうときの大人の結束は固くて素早くて、まったく嫌になる。
 床につく。
 地震でもこないかな、とつい不謹慎なことを考える。死刑囚は処刑前日に絞首台のロープが切れて助かる夢を見るらしい。なんだか似ている。

「生恵ちゃん、立派よ」
ニコニコ顔の檀家の竹山さんが母と二人で振袖の着付けを手伝ってくれる。この振袖は来年の成人式でも着る予定で買ってもらった。せっかくの着初めがお坊さんになる儀式というのは、どうもぞっとしない。
願いは空しく、世はおしなべてこともなし、本日は天気も良好。絶好の「得度日和」とあいなった。
「どうも〜」
 理髪店の主人が挨拶にくる。
「今日はよろしくお願いしますね」
と母。私はちっともお願いしたくない。
店は奥さんに任せてきたという元ヤンキーの若主人は、
「本当にやっちゃっていいんスか?」
口ではそう言っているものの、顔がほころんでいる。床屋といえど、女を坊主頭にできるチャンスはまずない。そんな貴重な体験を前にテンションがあがっているらしく、
「じゃあツルツルにしてやっからな〜」
と私に言い残し、去っていった。どよ〜ん。振袖が死装束のように思える。実際、女としての私は一旦死ぬのだ。

 得度式がはじまる。
 戒師である父が朗々と偈頌を唱えるなか、本日のヒロインである私が登場する。皆が注視する中、着座。
 ――あ〜・・・・
 「憧れの人」雅秀さんは役僧として父の横で、一緒に偈頌を詠唱している。事前にわかっていたこととはいえ、セツナイ。好きな人に尼さんになる片棒を担がれているのだ。
 それでも、何かブログのネタになるようなことはないか、つい探してしまう。ブロガーの悲しい性だ。
檀家総代の溝口のオジイチャンが気合入れて紋付袴で参列していることとか、式の撮影係を任された真壁サンがやたら張り切っちゃっていることとか、鹿爪らしい顔の父の鼻から鼻毛がチョロリ、とか、ここで雅秀さんが「卒業」のダスティン・ホフマンみたいに自分をさらっていってくれないかなあ、などと妄想しているおバカな私のこととか。ネタはそこら中に転がっている。
 さりげなくネタを拾っている間にも、式は滞りなく進行していく。
 五体投地。掌を上にして、文字通り体を畳のうえ、投げ出すように一礼、二礼、三礼・・・。この動作を繰り返しているうちに、こんな私にも、だんだんと仏弟子としての自覚みたいなものが芽生えてくるから不思議だ。
正装した参列者たち。荘厳な雰囲気。数百年守り継がれてきた所作作法。幾重にもはりめぐらされた儀式の装飾性が私を呑み込み、虜にする。
「汝、善く保つや」
 戒師が私に問う。
「善く保つ」
 リハーサル通り答える。我ながら凛とした、いい声が出た。一瞬、自分の声か?と訝ったくらいである。ロック歌手がステージで恍惚と喉をふりしぼるように、私も会場の空気に酔い、ノって、「ヒロイン」としての役割を演じていた。
「今汝が為に頂髪を剃除せんや否や」
 父が私に剃髪の覚悟を問う。ここで私が「ただ願わくば剃除し給え」と答えて、それで「アタシ、ボーズになりま〜す」とOKしたことになり、クライマックスである剃髪の儀に移行するのだ。
 ――もし「やっぱイヤです」って言ったら・・・
 たぶん仏教界始まって以来の珍事となるだろう、などとくだらないことを考えていたら、
「ただねぎゃわきゅば・・・」
 ――うわっ! 噛んだぁ〜!
 仏罰が当たった。
 あわてて立て直そうとするが、心の動揺、如何ともしがたく、ゴニョゴニョと発音不明瞭のまま、剃髪の問答終了。
 父の眉間に皺がよっている。
 ――うわっ! お父さん、怒ってるぅ〜!
 式後のお説教を想像して激しく落ち込む。やっぱり私は不出来な娘だ。仕方ない。「頭を丸めて反省しました」というギャグで乗り切ろう。

 いったんその場から退出し、剃髪する部屋に向かう。見送る皆の視線が熱い。ものすごく熱い。憐憫と好奇心が入り混じった視線だ。気持ちはわかる。なにせ、次に皆の前に現れるとき、私は丸坊主になっているのだから。

 雅秀さんに先導され、廊下を歩く。一歩一歩、剃髪が迫ってくる。
「生恵ちゃんの有髪姿も当分は見納めだね」
 雅秀さんが私を振り返り、やけに明るい調子で言った。
「ええ、まあ」
 雅秀さんの目を見れずに、曖昧に言葉を濁す。顔が赤らんでいたかも知れない。
「まあ、坊さんになるには、一度は通らなきゃならない道だからさ」
 慰めるように言う憧れの人のテカテカした剃髪頭を盗み見ながら、
 ――アタシもこれから、こういうふうになるんだ。
「はあ」
返事と溜息が一緒に出る。
 残念ながら雅秀さんにはダスティン・ホフマンの役回りなど到底期待できない。むしろ死刑囚を処刑場まで連れていく看守の役目だ。
 で、連れていかれた処刑場は、
「ちょっと! ここってお風呂場じゃないですか?!」
 西洋かぶれの母の趣味で作られたトイレ兼用のバスルームだった。そのバスルームでは、すでに床屋が手ぐすねひいてスタンバイしている。
 ――何か違う!
 得度式の剃髪というのは、和室に香を焚き染め、角盥やら脇息やらを置いて、優雅にするもののはずだ。あらかじめ本で調べて、それぐらいの知識はある。
「ごめんね、生恵」
 後を追ってきた母が説明するには、剃髪を予定していた書院が急に使えなくなったという。
「琢磨クン(従兄弟)がね、家賃滞納してアパート追い出されちゃって、本人は友達の家にしばらくは泊めてもらうらしいんだけど、家財道具なんかは置き場所がなくて」
昨夜急遽、荷物を書院に運び込んだという。
 ――オイオイ・・・。
 それで私の剃髪はトコロテン式に風呂場兼トイレに? 納得がいかない。納得がいかなくても、仕方ない。ここでいくら駄々をこねても、書院の荷物は蒸発しないのだ。それにしても、洗面台に申し訳程度に燻っている安線香がもの悲しい。
「ここ座んな」
すすめられたダイニングチェアーに腰をおろす。
若主人が手馴れた様子で、振袖のうえからケープをかぶせる。暑い。熱中症になってしまいそうだ。さっさと済ませて欲しい。半ば捨て鉢に思う。
 少し離れたバスルームの鏡にボブカットの瓜実顔が映っている。心配を通り越して投げやり気味な表情で。
「じゃあ、やっちゃうぞ」
皆を待たせてるしな、と若主人は躊躇なく私の髪に鋏をいれる。
王侯貴族が使う食器のような銀色をした二枚の金属が、大量の黒髪を左右から挟み込み、ジャッと鈍い音をたてる。次の瞬間にはキンという金属が鉢合わせする音が私の耳に響いた。
 ――ああ〜!
 覆水盆に還らず。こうなれば、もう流れに身を任せるしかない。というか、出家が決まってからずっと、私は流されっぱなしのような気がする。
 若主人は手の内に取り残された、私が対男性用に労を惜しまず磨きあげてきた黒い王冠の破片を躊躇なく、床に敷かれたビニールシートに放る。パサッ。
 ふたたび二枚の刃が私の頭で開閉し、シャキリ、と王冠を削ぐ。
 切られた髪の長さだけ、尼さんに近づいていく。それを身をもって実感する。
 バスルームの入り口で母が正座して、この神聖だけれど最悪なヘアーカットを見守っている。目が真っ赤だった。泣いている。
 ジャキンジャキンジャキンジャキンと鋏が運動し、私の髪をバッサバッサと吹き飛ばすかの如く、切り詰めるだけ切り詰めて、
 ――うわっ! 新米の自衛官ですか?!
みたいな頭にされる。
 鏡越しに背後の雅秀さんと目が合う。
 雅秀さんは
 大丈夫
というふうに微かにうなずいた。
 ――恥ずかしいよぉ〜!
同情されて余計にミジメな気持ちになる。
そして若主人は洗面台のコンセントにコードをつなぐ。コードの源流を辿っていくと、そこには、
 ――バ、バリカン!
 私は縮みあがった。ブログのことなど、とうに頭から吹き飛んでしまっている。今度こそ引き返せない地点に私はいるのだ。
 ――ひいい〜!
 じじじじ、とバリカンのモーター音がはじける。
 ――来るーーー!
私は思わず目をつぶった。
 ジジジジ、ザ、ザ、ジャリジャリジャリ。額から頭頂部にかけて髪が引っ張られ、生暖かい感触が走った。
 バサリという音とともに目を開ける。黒い塊がケープの傾斜を、流しそうめんのように伝い落ちていった。
鏡を見た。が、若主人の体が邪魔をして見れなかった。
 もどかしく思っていると、またジャリジャリと髪とバリカンの摩擦音がして、やっぱりバリカンの通過した場所が生暖かった。
 ようやく鏡の前があいた。バリカン後の自分と初対面を果たす。
 ――うひゃあ!
 前髪がバリカンの幅二つ分なくなっていて、青々とした地肌が無遠慮に顔をのぞかせている。
 ――やっちゃったよ〜。
 しかめっ面の私の前髪がまた、ジョリジョリジョリ、バリカンの幅だけ消滅する。
 両サイドの髪の毛がまずは右、つづいて左と押し運ばれ、ゆっくりと落下する。ジョリジョリジョリジョリ・・・。
 バリカンの刃が長い髪にひっかかり、
「いっ!」
 うめく私に、
「あ、悪ィ」
 剃り手は悠然たるもので、
 ――とほほ・・・。
 すこぶる格好が悪い。
 このシーンにタイトルをつけるとしたら
 緒川生恵のレディーらしからぬヘアーカット
といったところか。
 若主人がグイと私の頭を少しだけ前に押す。
便器が視界のど真ん中に飛び込んでくる。
ジョリジョリと後ろが剃りあげられる。金属の感触はうなじから後頭部にかけて、執拗に往復する。ブルブルと振動するバリカンがグリグリと頭に押し付けられ、かなり痛い。
 便器と睨めっこしながら剃髪される尼さんは、仏教界広しといえども、なかなか見つからなさそうだ。はしたない話だが、つい催してきてしまう。
 便座があがっている。
 ――お父さん! 使い終わったら便座をおろしておいてって、いつも言ってるのにぃ〜。
 何故剃髪中にこんな事を考えなければならないのだろう・・・。

 もう鏡を見る勇気はなかった。便器を見つめたまま、バリカンの伐採行為に耐える。ジジジジ、ザザ、ジャリジャリジャリ・・・、バサリ。早く終わって欲しい、ということばかり考えながら。ジジジジ、ザザ、ジャリジャリジャリ・・・、バサッ。
 ゾリゾリゾリゾリとシェービングが施され、ペタペタとローションが塗られる。頭が軽い。軽すぎて気持ちが悪い。そして、涼しい。心細くなるほど涼しい。
「似合うよ」
と雅秀さん。
「そうですか?」
 情けないながらも、やるべき事を済ませてしまうと、人間、誇らしい心持ちになるものだ。私もある種の達成感をおぼえていた。けれどやっぱり鏡は見れなかった。
「涼しそうだね〜」
と言いながら、母が散った黒髪の中から、一房引き抜いて和紙にくるんでいる。

 振袖を脱ぎ、白衣(びゃくえ)に着替える。
 本堂に戻ると皆の目が一斉に私に注がれた。声にならぬどよめき。歌舞伎ならば、ここで「よっ! ○○屋」と大向こうから掛け声がかかってもいい場面だ。
 父が複雑そうな顔をしている。住職としては嬉しいのだろうが、父親としては娘がクリクリ坊主になるのを手放しでは喜べないのだろう。
 ふたたび、着座。そして合掌。
 後を追ってきた雅秀さんが仏前に三宝を置く。三宝にはさっき母が拾い上げた髪束が乗っている。
 髪束を一瞥し、
 ――サヨナラ
 別れを告げたのは、髪の毛にではなく、これまでの自分にだったのかも知れない。
 父が私の頭に水をふりかける。
 ――ひゃっ! つめたいっ!
 剃りたての頭には少なからぬ刺激で、思わず悲鳴をあげそうになった。
 その場で袈裟と法名を与えられた。法名は本名の生恵(いくえ)を音読みにして「しょうけい」。少々手抜きっぽいが気に入っている。
「本日は東光院徒弟、緒川生恵の得度式に参列いただき、真にありがたく思っております」
 父が参列者に挨拶している。
「生恵は仏弟子ショウケイとして、明日からJ寺での研修に参加し、その後は晴れて一人前の僧侶となって精進していくことになろうと思いますので、どうかひとつ宜しくお願いします」
「よろしくお願いします!」
 父と並んで頭をさげた。照れ臭い。
 パシャリ、と真壁さんが僧衣姿になった私をカメラにおさめる。
 後で写真を見せてもらったが、頼りなげな小坊主が妙にかしこまって写っていた。

 その夜、私はパソコンの前に座り、丸めたばかりの頭をポリポリ掻きながら、せっせとブログを作成した。訪問者に約束した「坊主レポート」のためだ。
 ネタは豊富すぎるほどあり、そのうえ「一休さん効果」か次から次へと面白い文章が浮かんだ。今までの低空飛行が嘘のような絶好調ぶりで、私は夢中でキーボードを叩いた。これはブロガー・沙羅双樹、畢生の傑作だ。読んだ人、爆笑間違いなしだ。
 ――けど・・・。
 私は書きあげた文章を全文削除した。
 ――なんか違う。
 自分の本当の言葉ではないような気がしたからだ。だから、ただ一言、

明日から研修です。がんばってきます。 沙羅

とだけ書いた。

某月某日(日)
こんにちわ、沙羅です。
今日は法事を一件、手伝ってきました。
檀家のお爺ちゃんお婆ちゃんはこんなヒヨッコの私にも合掌してくださって、戸惑いつつも、「ちゃんとしなきゃ」って思いました。
私、少しは成長できてるんでしょうか?
「頭を丸めて研修受けたらお坊さんになれる」と漠然と考えていましたが、そうでもないみたいです。
たぶん、ひとつひとつやるべきことをこなして、一生かかって僧侶になっていくんでしょうね。
だから頑張りマス! 一生。
たまに怠けたりズルしたりしますけど(笑)

今日は大学の仲間とお花見です。
来年の今頃は皆、バラバラになって、それぞれの道を歩んでいるでしょう。
私はどうなっているのかなあ?
正直不安だし、寂しいです。
でもウジウジしてたって時間は過ぎていくし、未来はやって来る。
だからこそ今この時を楽しもう、しっかり生きよう、それしかないって、これが小坊主沙羅のアリキタリな回答です。

明日は今日よりも素敵になっているといいナ。
沙羅でした♪

 日記をアップする。
 アクセス数は地味に伸びている。
 不思議なものだ。ヘンなウケ狙いのキャラ作りをやめて、本当の自分の気持ちを綴りはじめてから、ブログの評判はうなぎ上りだ。熱いコメントをもらえたりする。たまにヘビーになったりもするが、それもまた小娘なりの本音だ。
「緒川ちゃんのブログ、心に沁みるんだよね〜」
とこの間、姫地恭子に言われた。ちょっと面映かった。
 研修を終えてちょっと大人になったかも知れない。
 法要でも最初の頃ほど緊張しなくなった。
 皿洗いなんかしながら、ついお経を口ずさんだりして、そんなとき、ああ、こういうのも悪くないなあ、と一人ニヤついたりする。
 欲を言えば彼氏がほしい。優しくて頼りになりそうな彼氏のいる友人の麻理が羨ましかったりする。
 ちなみに雅秀さんはあっさり私の姉Bと結婚。そりゃあ、お坊さんだって五分刈りの見習い尼さんよりロングヘアーの女性の方がいいに決まっている。

 花見にでかける前に応接間へ。今日は母の昔の同級生が遊びにきている。理由はわからないが、ちょっと顔を出すよう、母に言われている。なんだろう?
 応接間の襖を開けると、
「あら」
 母と対座していたお客さんがキマリ悪そうに微笑んだ。私も、あっ、と入り口で立ちすくんだ。
 母は再会を果たした二人を見比べて、意味深に笑っている。
「生恵、この方、お母さんの友達の菊池さんよ」
 忘れるものか、あの占い師だった。
 占い師と母の態度から、私は瞬時に全てを察した。
 この占い師は初めて出会ったとき、私のことを知っていたのだ。それで後継者問題で悩む元同級生の力になりたくって、私にあんなアドヴァイスをしたのだ。
 バレちゃった?とでも言いたげに苦笑している菊池さんに、
「こんにちわ」
笑顔で応対する。
 彼女をインチキと責めるつもりはない。だってあの占いは確かに当たっていたのだから。
そして、
 ――今度は恋愛運を占ってもらおう・・・。
と思っている私がいる。



                 (了)


    あとがき

どうも迫水です。今回は初めて得度式ってやつに挑戦してみました。どうもウエットなのはダメで、厳粛なはずの得度式も迫水にかかれば、こんなふうになっちゃいました。う〜ん、混乱した作品です。
この作品は自分の体験が反映されています。昔、あるサークルに所属していて、そこで周りに嫌われまいとウケを狙って必死になればなるほど、ドツボにハマッちゃって、悩んだことがあります。それで「もうどう思われてもいいや」って、開き直って自分の本音をガンガンしゃべりまくったら、逆に他のメンバーに受け容れられたという思い出が絶えず脳裏の片隅にありました。やっぱ人に媚びちゃダメです。・・・って迫水、オマエがだろ! と自分にツッコんだりする年の瀬。
最近、初期の頃のような女の子のストレートな成長物語を書くことに懐疑的になっていて、「人は所詮変われないよな〜」なんてニヒルな気持ちになったりもしたのですが、やっぱりヒロインはイジメた分だけハッピーにしてやりたいものです。よしなしごとにも書きましたが、物語の出口が入り口よりも、一段高い位置にあって欲しいなあ、と思うし。 この「バチカブリ大シリーズ」ではそんな「変われない。でもいいじゃん」という開き直りと「それでも変われる」という願望が鬩ぎあっています。本稿はまぎれもなく後者によって書かれています(前者は「セルフカットエレジー」)。
反面、真逆の転落物、悲劇物も書いてみたいのですが・・・。




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