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初夢


 ファシズムなんていうお話にもならない20世紀の骨董品的思想が、今日(こんにち)のこの国で息を吹き返すだなんて、夢にも思わずにいた。

 クーデターだの旧体制打倒だの憲法停止だの意識拡張だの大騒ぎだったが、結局、人類の遺伝子の中には、「ヒトラー的なるもの」が確かに刻み込まれているのだろう。

 現体制を熱狂的に支持する者は、おそらくは一割に過ぎないと思う。強烈な反対派も一割ぐらい。この一割が、現体制によって徹底的に粛清され、残る八割の人畜無害の「普通の人たち」――僕もそうだ――は沈黙し、思考を止め、現体制に屈従した。それがこの国の現代史である。

「偉大な時代が到来した」

と現体制はそう宣言した。

 「偉大な時代」に僕は不幸にも居合わせてしまった。

 現体制は武力を背景にやりたい放題だ。

 一部の層に牙を剥き、虐げ出した。

 例えば女子中学生、女子高校生等はその災厄をもろに被った層だ。

 法改正により、彼女らは眉毛以外の体毛を蓄えることを禁じられた。

 もっともらしい理由を並べ立ててはいるが、きっと現体制側の若い娘たちに対する極私的な憎悪やコンプレックスがあるとしか思えない。

 このメモを書きながら、僕は腹立たしくて仕方ない(日々のことを書き連ねたこのメモがもし見つかれば、僕はきっと黒ルバシカたちによって「楽園」行きになるに違いない)。

 しかも不健全極まりないことに、女子らはその学校の講堂や体育館や小ホール等に集められ、その体毛を剥奪されたのだ。

 僕たち男子はその場に立ち会わされた。

 女の子たちは、衆人環視の中、丸裸にされ、髪を「デリート」された。

 僕の、いや、皆の憧れのミフネさんも体毛を「デリート」されている一群の中に混じっていた。

 ミフネさんは旧体制の頃は、その長く美しい髪で、年頃の男子たちを魅了してきた。

 春の風にたなびき、夏の日差しに輝き、秋の雨をはじきかえし、冬の寒気から主を守ってきた、あの髪が、ロングの髪が、麗しい髪が、黒ルバシカたちによって、不機嫌に唸るバリカンをあてられ、情け容赦なく刈り落とされていく。

 身体を押さえつけられたミフネさんの髪は、みるみる引きはがされ、青々とした地肌が浮き上がってくる。

 ミフネさんのお父さんは現体制に反発して、「楽園」に送られた。その娘だから、黒ルバシカたちも見せしめのつもりなのだろう、他の女子らと比べて、明らかに手酷く扱われていた。

 半刈りのミフネさんは涙を流し、やめて! やめて!と絶叫していた。

 勿論、黒ルバシカどもは、むしろミフネさんのリアクションを面白がり、輪姦するかのように代わる代わる彼女の髪にバリカンを走らせていた。

 黒髪がめくれ、グニャリと歪み、床に滴り落ちる。

「やめて! ひ、非道だわ!」

 ミフネさんはさらに叫ぶが、不器量な女の黒ルバシカは眉を吊り上げ、ミフネさんの鼻先に顔を近づけ、

「しゃべるな。お前の息は便所の匂いがする」

と罵った。美少女のミフネさんへの嫉妬が隠せないでいる。

 わっと泣き伏すミフネさんに執拗にバリカンが入れられる。

 ザリザリザリー、と根本から刈られ――青い頭皮が電光に照り返っている。

 他の女子たちも全裸にされて、次々と坊主頭に変えられて、腋毛や恥毛をシェービングされていく。

 何故か、器量良しの女子より、ブタみたいな女子が全身をツルツルにされたときの方が興奮した。僕も段々現体制に毒されはじめている。そんな自分をおぞましく思った。

 男子たちも洗脳されつつある。バリカンを振るう黒ルバシカに喝さいを叫ぶ者も多数いた。

 ミフネさんはじっくり時間をかけて断髪された。チョボチョボとわずかな毛髪を残すばかりになった。

 さっきの女の黒ルバシカが「革命歌」の58番を歌いはじめる(「革命歌」は118番まであり、僕たちはそれを全部暗記するよう義務付けられていた)。他の女の黒ルバシカもそれに和した。



 ♪お髪をお刈りなさい お嬢さん
 その長い髪は何のアンチテーゼなの?
 体毛をお剃りなさい お嬢さん
 その茂る森は何のイミテーションなの?



 嫌な歌だ。

 僕は心中唾棄する。

 「お嬢さん」たちは流れ作業のように、髪を刈られ、体毛を剃られ、消毒され、放逐されていく。

 そして、「温情」として与えられた毛布に包まり、裸身を隠し、すすり泣く。正気の沙汰ではない。21世紀になってもなお、我々善良な市民は独裁者の狂気に翻弄されるのだろうか。

 「革命歌」58番が繰り返し歌われる間も、ミフネさんの頭にバリカンは這いずり回る。

「どうやら、このバリカンは反体制分子の血族には適さぬようだ」

と首領格の黒ルバシカは聞こえよがしに言い、バリカンのスイッチを切った。

「えっ?!」

と狼狽したのはミフネさん。その頭はまさに虎刈りだった。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

とミフネさんは黒ルバシカに取りすがる。

「こ、こうなった以上、さ、最後まで、か、刈って下さいっ!」

 見苦しい虎刈り頭を下げて懇願するミフネさん。にもかかわらず、黒ルバシカどもはニタニタと意地悪く笑いながら、ミフネさんを取り囲んで、その醜態を眺めやるのみだった。

「お願い! 刈ってっ! 刈ってえええええっ!」

 ミフネさんは取り乱し、床を這い、黒ルバシカどもに土下座して回っている。

 その隣では青い頭になった女子三人が電気カミソリで、ウィーン、ウィーン、と恥毛を除去されている。

 僕は胸が悪くなった。現体制に対する怒りが沸々とわき上がってきた。これ以上こんな狂宴に付き合うのは真っ平だった。

 しかし、心とは裏腹に陰茎は激しく屹立していた。奇妙なフェティシズムに陥ってしまいそうなのも怖かった。

「おい」

 僕は級友のフジムラに耳打ちした。

「ここを出ようぜ」

「えっ? だって、“立ち会え”ってお達しだぜ」

と怯むフジムラに、

「これだけ人数がいるんだ。二三人消えたところで、気づかれないよ。よしんばバレても、後でいくらでも言い抜けられるさ」

「俺はもうちょっと観ていたいんだがなあ」

と渋るフジムラの腕をつかんで、二人でこっそり体育館を脱け出した。

 外には、大量の髪の毛がごみ袋につめられているのが、山積みとなっていた。こうした切り髪は、何かの資源として活用されるという。どこまで本当やら。

「公民カフェーに行って、田舎風カツレツでも食おう」

「紅茶も飲みたいな」

 フジムラとカフェーに向かいながらも、僕は確信していた。

 現体制はこの国の歴史上、最も愚劣で最も凶悪な政府だと。

 ミフネさんは今日学校に来なかった。

 結局父親の件で「転校」させられたという。「楽園」行きのバスに乗せられて。

 噂では、この措置はずっと前から決まっていたらしい。にもかかわらず、現体制は断髪によって、彼女を辱めるだけ辱めて、生徒たちの「教材」としたのだった。

 こうやって、寄宿舎のベッドの中でこのメモを記しつつ、僕の指は怒りで震えている。

 悪法は断じてこれを廃されねばならない。悪政は断じてこれを正さねばならない。

 その為には僕ら一人一人が覚醒しなければいけない。それには、或いは五十百年の歳月がかかるかも知れない。

 しかし、僕は辛抱強く潮が満ちるのを待つつもりだ。

 それまではなんとしても生き続ける。この暗黒の時代を生き延びてやる。

 そして、一番大切なこと、それは――

 おっと、寮監の見回りの時間だ。続きは明日書こう。



 (このメモはここで途切れぬ)



……という淫夢を今年の元旦に見た。


          (了)






    あとがき

 リクエスト企画最後の作品でございます。
 他にも気になるリクエストはまだまだあるのですが、今回はひとまずこれにて失礼させていただきますm(_ _)m 選に漏れた方、ごめんなさい(-人-)(-人-) そして、たくさんのリクエスト、どうもありがとうございました♪♪
 今回のリクエストは「法改正で女子中高生が体育館に集められ、眉毛以外の毛を剃られる」(大意)というもので、実は一番「これはないわ〜」と思ったリクエストでした(笑) ただ、こういうぶっ飛んだインパクトのあるアイディアも十分アリだな、と思い、「短編」「夢オチ」ならイケるかも、とトライしました。リクエスト主様、どうもありがとうございました!
 「革命の密かな始まり」に次ぐ、ディストピア物です。基本、断髪以外のことについては、想像力の欠如したヤツなので、SFは苦手なのですが、なんとか逃げ切りました(逃げきれてない?)。
 今回のアップ作品は、ルナといいミフネさんといい、幸薄いヒロインばっかりだったな。。次回はハッピーエンドにしたいのですが、とりあえずは「本業」とインプットに勤しみます。
 四ヶ月以上かかってしまいましたが、皆様のお陰で平和の裡に幕を下ろすことができ、とても良い企画になりました!
 今年もやりますので、また奮ってご応募下さればありがたいです(*^^*)
 お読み頂き、感謝感謝です(*^^*)(*^^*)



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