2000年の夏休み |
1999年――世界は滅びなかった。 今日もこの町は平和だ。 それは、たぶん良いことなのだろうけど―― でも――退屈だ……。 (1)寿・1999年 だらだら坂を下れば、そこは公園のグラウンドだ。 いつもは地元の子供らが遊んでいるのだが―― 燃えるような夏の暑気に溶けそうになりながら、草野寿(くさの・ひさし)――小学校4年生――はサッカーボールを抱え、グラウンドを見回す。 猫の子一匹いない。 皆、冷房のきいた部屋でゲームでもしているのだろう。 寿にとっては、むしろ好都合だった。 独り、ポンポンとボールを蹴り始める。 サッカーは好きだ。 彼に好意的な人間たちからは、うまい、うまい、と褒められている。 将来サッカー選手になれば?と言ってくれる人もいる。 だが、別にサッカー選手になりたいとは思わない。 ――てか、将来とか未来とかどうでもいいし。 投げやりっぽく思う。 ただ、無心にボールを蹴る。 リフティング、そして、ドリブル――疾走する。ひたすら駆ける。数秒後に運命的な出会いが待ち伏せしているとも知らずに。 サッ!! とつむじ風のように、ひとつの影が寿の前を横切った。 「あっ」 気づけば、ボールを奪われていた。一瞬のことだった。 寿は驚いた。こんなにも鮮やかにボールを奪われたのは、初めてだった。 派手に転倒する寿。空には入道雲。こんな情けない姿をクラスの連中に見られずに済んで良かった。また、からかわれるから。 ボールをボムボム蹴る乱入者は、寿を見下ろす。 ――フフン。 とその表情(かお)は言っている。端正な顔立ち。知らない奴だ。「よそ者」らしい。 いつもはクールな寿だが、いきなり挑発されて、我を忘れた。 「何すんだよ!」 とボールを取り返そうとするが、 「それッ! それッ!」 そいつは巧みにボールをキープする。いい勝負になる。 「このヤロウ!」 「ハハハハッ、やるじゃん」 双方、ボールを奪い合う。こんなにムキになったのは、寿にとっては久しぶりだった。 暑さに耐えかね、どちらからともなく木陰へ。一時休戦。寿は地面に大の字になって伸びている。心地よく疲れた。相手との息がピッタリだったからだろう。何十年経ってもよそよそしい関係もあれば、一瞬で打ち解けられる場合だってある。 そいつは膝をかかえ、微笑みながら興深げに寿の顔をのぞきこんでいる。白くて美しい、凛々しい顔だ。髪は長めのショートカット、後ろに撫でつけるようにセットしている。服は白Tシャツにデニムの短パン。 「キミ、名前はなんていうの?」 と訊かれ、 「人に名前を訊くときは、まず自分から名乗るもんだろ」 とマッチョに切り返すと、 「ボク?」 そいつは目を丸くして、すぐに整った歯並びを見せた。笑っている。 「ボクは悠、児玉悠(こだま・ゆう)」 名乗られた以上は、こっちも名乗らなければならない。 「オレは草野寿」 「草野? スピッツのボーカルの人と同じ苗字だね」 そいつ――悠は目を輝かせる。好奇心旺盛な奴らしい。 「そんなこと言われても知らん」 「あはははっ、ポップスよりもポケモン、ってか?」 「ポケモンにも興味ねーよ」 「コドモなのかオトナなのかわかんないヤツだな。せっかくボクのポケモンカードコレクションを見せてやろうと思ったのにさ」 「え〜! 見たい見たい!」 「やっぱ興味あるんじゃん」 「うるせえ、勝負のケリをつけるぞ」 サッカーボールを蹴って、寿は木陰を飛び出す。 「ちょ、ちょっと待ってよ。熱中症になっちゃうぞ」 「大丈夫だって。それとも負けを認めるのが怖いのか?」 「幼稚な挑発だけど、乗ってやんよ」 悠も立ち上がり、ボールを追う。 二人は日暮れまで、ジャレ合うように遊んだ。 まさに、 意気投合 というやつだ。 こんな理想的な遊び相手は、寿にとって初めてだった。 それからも二人、一緒につるんで遊ぶようになった。 トム・ソーヤとハックルベリー・フィン気取りで、サッカーをしたり、虫取りをしたり、ポケモンのカードを見せ合ったり、川遊びをしたり、イタズラをしたりして夏休みを過ごした。 悠は遠くの町の子だという。寿と同じ小学校4年生だった。 夏休みなので、思い切って一人で電車を乗り継ぎ乗り継ぎして、この集落に住む祖父母の家に来たという。 「すげーな」 寿は素直に感心した。 ひねくれた少年だった寿だが、悠と知り合って交流を深めるうちに、ごく普通の子供らしさをのぞかせるようになっていた。 いつしか、 「サッカー選手になろうかなぁ」 と未来を語るようになっていた。 「悠もオレと同じくらいにはサッカー上手いから、プロになれるんじゃないの?」 「ボクが? う〜ん……」 「何ためらってんだよ」 「いや、そんな選択肢は考えたこともなかったから……」 「ヘイ、悠、サッカー選手になっちゃいなよ」 「ジャニーさんかよ!」 ツッコミの間もドンピシャだ。さすがは我が「相棒」、と寿はニンマリ。こんなに気が合う奴がこの世界にいるなんて、想像すらしていなかった。 「今度さ、プール行こうゼ」 と寿は悠を誘う。 「プール?」 「隣町に去年できたんだ。チャリで20分くらいのトコ」 「ボクは……やめとく」 悠の目が泳いでいる。 「チャリないのか? だったらお前はバスで来いよ」 「行かない」 珍しく誘いを断られ、寿は意外だった。 「なんでだよ?」 「プール、嫌いなんだよ」 すっかり日焼けした悠の頬に赤みがさしている。 「驚いた。プールが嫌いなヤツなんて世の中にはいるんだなあ。ハハーン、さてはお前、金づちだな」 「違えよ。ちゃんと泳げるよ!」 「じゃあ行こうゼ」 「やだ! 行かないったら行かない!」 悠はいよいよ赤面して、Tシャツ越しに胸を両腕で抱きかかえるように抑える。 「ヘンなヤツ」 「児玉さん家にアンタと同い年の男のお孫さんなんていたっけかね?」 母は首を傾げている。 「結構面白いヤツでさ、サッカーも上手いし」 とウキウキ話す息子に、母は、 「アンタ、最近ちょっと変わったね」 「変わった? オレが? どう変わったのさ?」 「明るくなった」 「そうかな?」 「その子のお陰かねえ」 「そうかな?」 自分ではよくわからない。だが、確かにこのところ人生が楽しい。 「前は世界なんて滅びちまえ、と思ってたんだけどな」 と悠にだけ打ち明けた。 「ノストラダムスか?」 「ああ。でも、7月が過ぎても恐怖の大王は降りてこなかったんだよなあ」 「遅刻して今頃になって来たりして」 「そりゃ困る。お前と遊べなくなるからな」 と言うと悠はほんのり頬を染めた。 「バ、バカヤロー! 天性の女タラシだな、キミは」 「女タラシ?」 「いや、何でもない。違う違う」 どういうわけか、悠は近頃、何かの拍子に顔を赤らめたり、挙動不審になったりする。 「なんで、世界が滅べばいい、なんて思ってたのさ?」 「生きてたってつまんねーじゃん」 「そうかな?」 「オレん家さ、親父が飲んだくれでさ、ギャンブルにものめり込んで、借金残して蒸発しちゃってさ、母さんが一人でオレを育ててくれたんだけど――母さんは男の人に混じって働いてるんだけど、父さんのことで肩身が狭そうで……借金もなかなか減らないみたいで。オレはオレで学校とかで父さんのことで嫌なこと言われたり、からかわれたりすることもあってさ。貧乏生活にもウンザリして、他のヤツは欲しい物買ってもらえるのに、なんでオレはそうじゃないんだろう、なんて考えたりして――未来なんてどうでもよくなって、だから思った、世界なんて滅びちまえばいい、って」 「情けねーな」 悠は吐き捨てるように言った。 「え?」 「男のクセに情けねー、って言ってんだよ。男ならなんでプロのサッカー選手になって、ガッポリお金稼いで、お母さんに楽させたい、とか思わねーんだ。言いたいヤツには言わせとけばいいんだ。欲しい物買ってもらえなくて、学校で悪口言われたぐらいで世界が滅べばいいなんて、どんだけ弱っちいんだ。甘えんな!」 悠の剣幕に寿はたじろいだが、 「お前にオレの気持ちなんてわかんねーよ」 「ああ、全然わかんない。わかりたくもない」 「帰る」 「勝手にしろ」 初めて悠とケンカした。 もう一緒に遊べないのだろうか。ふと寂しく思った。が、その気持ちを振り払った。元の孤独な自分に戻るだけだ。 (2)悠・1999年 寿と会わなくなって、もう四日が経つ。 ――言い過ぎちゃったかな。 と悠は後悔している。 ここのところ、感情がうまくコントロールできない。急にイライラしたり、怒ったり。自分でもこんな自分を持て余してしまう。 寿は悠だからこそ、彼の胸の内にある陰の部分を打ち明けてくれたのに……。 自分もそろそろ本当のことを、寿に明かさねばならないのだろうか。 自分が――――女の子であることを。 寿に勘違いされるままに、男の子として振舞ってきた。元々ボーイッシュな「ボクっ娘」だし。本当は男に生まれたかったし。 もし自分が少女だと寿に知られてしまったら、と考えると怖くて仕方がない。もう今までみたいな関係ではいられないに違いない。 寿は自分を避けるようになるかも知れない。 幸福な日々が遠のいてしまうかも知れない。 だから、今日までどうしても言えずにいた。 このまま――ずっと一緒にいたい。 でも、もうそろそろ「魔法」は解けてしまいそうだ。 ふくらんでいく胸。 芽生え始める異性への意識。 身体は、そして心も、悠の願いを無視して、勝手に大人になっていく。 悠はあせる。 しかし、どうにもできない。もどかしい! 学校では今まで一緒にふざけ合っていた男子たちも、一学期が終わる頃にはすっかりよそよそしくなっていた。 でも今更女子たちの輪にも入れない。 宙ぶらりんのまんま、夏休みが来た。 悠はそんな息苦しさから逃れるように、遠くの祖父母の宅へ「旅」に出た。 そこで寿と出会った。 はからずも人生で最もジャストフィットする人間と巡り会えた。おそらく寿も同じなのではないだろうか。 ワクワクした。 高揚した。 しかし、寿との日々は悠に「ヘンテコな気持ち」を萌芽せしめた。 寿に顔を近づけられるとドキドキする。 寿が他の女の子の話をはじめるとムカムカする。 この感情の正体から、悠は目を背け続けた。ふたたび心の奥へ仕舞い込もうと躍起になっていた。 愉快な毎日を続けていくために。 しかし、意外なところから雲行きが怪しくなってきた。 心のバランスがうまく取れず、寿を八つ当たり気味に詰ってしまった。 夏休みの宿題をしたり、ゲームをしたりして過ごすが、寿のいない毎日はつまらない。 悶々とする。胸が痛い。チクチクする。 でも謝りたくはない。 だけど、会いたい。 会おうと思えば会える距離に、寿はいる。 思い余って悠は祖父母の家を出た。寿の家へ向かった。寿の家はすでに知っている。 とりあえず会わなければ……夏休みが終わってしまう。そんなのは嫌だ。 集落の外れにある小さくてボロボロの平屋、そこに寿は住んでいる。 寿は縁側で母に散髪してもらっていた。 バリカンで頭を刈られていた。大きなゴミ袋に穴を開けてかぶらされている。 「あのぅ……」 おずおずと声をかける。 悠と同じ日焼けした顔がこっちを向く。その口が開いた。 「よォ」 「おう」 それだけで通じ合った。一瞬で仲直り。一種のテレパシーみたいなもので、二人はつながっているようだ。 ――やはり―― コイツは失いたくない、と悠は改めて思った。 「散髪ももう終わるトコだ」 「そう」 「アンタが児玉さん家の?」 「はい、孫です」 「孫娘」といいそうになるところを、危うく飲み込んだ。あぶない、あぶない。 寿の頭が刈りあがった。 「男前になったじゃん」 と悠は笑い、 「さあ、今日は何する?」 と勢いよく駈け出そうとすると、寿が、 「ちょっと待てよ」 と悠の肩をつかんだ。 「何さ?」 「お前も髪長いし暑いだろ。母さんに切ってもらえよ」 「えっ?!」 たしかに悠は「男にしては長い髪」だった。 「いや、ボクはいいよ」 と大慌てで拒むも、 「いいじゃん、サッパリするぞ〜」 と寿は悠の腕をグイグイ引っ張って、縁側へと連れていく。 寿の母も乗り気で、 「そうだね、サッパリと男の子らしくしてあげるよ」 と言い、結局強引に縁側に座らされてしまった。 悠は長めのショートヘアーだったが、シャギーを入れ、前髪をバックやサイドに流してキメて、それなりにオシャレにしていた。 しかし、寿にも寿の母にも、悠のそんなコダワリは通じない。 寿のときと同様、ゴミ袋をかぶせられ、 「これじゃホームレスの子だよ」 と言われながら、ジャキジャキ切られた。 一番のオシャレポイントだった前髪が真っ先に、ハサミの餌食になった。 眉の遥か上で横一直線に、バッサリと切り揃えられた。 モミアゲもろとも耳にかぶさっている髪が切り獲られた。 ジャキ、ジャキッ! ジャキ、ジャキッ! ハサミはグルリと耳の周りを動き回った。 ピッ、と大きな耳が出た。 ケープ代わりのゴミ袋に、たくさんの髪が降り落ちる。バササッ、バサッ! その豪快さに悠はあっけにとられっぱなしだ。けれど、すぐに、 「あんまり短く切らないで……」 「乙女」の懇願も空しく、 「男の子が何言ってんの。男は昔っから短い髪が一番って決まってるんだよ」 と母は意に介さず、大雑把にハサミを動かす。 「夏だぜ、夏!」 と寿も煽るように言う。 本当は女だ、と言えばハサミから解放されたのに、どうしても言えなかった。 もはや有無を言わさず、ハサミは襟足に向かう。そして、襟足に噛みつく。 ジャキ、ジャキッ、ジャキジャキ―― 「今こういうロン毛とか流行ってるけど、オバチャンは嫌いだなァ。オバチャンが子供の頃は男の子はほとんど丸刈りだったしね」 もしかして丸刈りにされるのではないか、と悠は震えあがった。流石にそれは杞憂に終わった。 が、襟足はガッツリ切られた。 髪で隠れていたウナジはお日様の恩恵を受けられず真っ白で、小麦色の肌にはどうにも不釣り合いだ。 その襟足に―― ウィーン、ウィーン、 ウィーン、 聞きなれぬ機械音が迫る。 バリカンだ。 全身をビクッと波打たせる悠。思わず両目を、ギュッと閉じる。 バリカンは短くなった襟足をさらに刈り上げた。 ジャァー、ジャァー、 ジャァー、ジャァー、 何百本もの毛髪が掻っ切られ、落命し、バラバラと散る。 虐殺の跡は無残だ。まるでタワシのようにビッシリと刈られていた。 トップの髪を仇敵みたくザクザクと切り詰められ―― 「一丁あがり〜」 素人床屋の声は弾んでいる。乱暴に悠の髪をかきまぜ、毛屑を払い落すと、 「似合ってるよ」 と言って、後片付けをはじめる。 「おっ、悠、頭スッキリしたじゃん」 「か、か、鏡ある?」 「鏡なんて別にいいじゃん」 と言いながら、寿はハンドミラーを持ってきてくれる。 手渡された鏡をおそるおそる髪型をチェックする。 「ひっ!」 悠は腰を抜かしそうになった。 まったくひどいカットだ。 左右の髪はバランスを欠いているし、短すぎる前髪やトップの髪は浮き上がっている。ザンバラだ。 寿の場合は髪質のお陰で、歪ながらもそれなりにまとまっているが、コワい髪質の悠は同じカットを施しても、ナスのヘタみたいになってしまう。 反射的に襟足に手をあてた。 ジョリリ 見なくても想像はつく。 悠の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。 ぬぐってもぬぐっても涙は止まらない。 声を殺して泣いている悠に、寿や寿の母は戸惑っている。 「悠、どうした?」 「ごめんね。切り過ぎた? でも何も泣くことはないじゃないの。女の子じゃあるまいし」 「ボクは……ボクは……」 堰を切ったように、しゃくりあげながら悠は叫んだ。 「女の子なんだよォ!」 (3)寿・2000年 悠が女の子だと知ったときの驚きを、寿はたぶん一生忘れられないだろう。 一緒に遊び、イタズラをし、冗談を言い合い、ケンカもしたパートナーがずっと少年だと信じて疑わずにいた。 それが実は女だったとは……。 頭が混乱する。 同時に、そういえば、と腑に落ちる部分も多々あった。 「まあ、そうだったの?!」 母も驚き、悠に何度も謝っていた。 「だったら切る前に言ってくれれば良かったのに」 と責任の一端を悠に押し付けつつ、しかも最後は、 「ま、髪はまた伸びてくるさね」 とガハハ笑いして、問題を宇宙の彼方にブン投げてしまった。絵に描いたような肝っ玉母さんだ。 颯爽とボールを蹴っていた、あの悠が髪を切られて泣いている。泣き止もうとして、それでも涙が流れて、それを手の甲でぬぐって、だけど、涙はとめどなく流れ――本当に女の子なんだ。 胸がしめつけられる。なんだろう、この気持ち。 相手が少年だったら、やーい、泣いてやんの、とからかえたのに、少女と知ると―― そんな寿の微妙な心の動きに気づいたのか、悠は寿に彼女の最優先事項を口にした。 「ボクが女の子でも、今までみたいに遊んでくれる?」 「…………」 「なんで、なんで黙るの?」 「男だろうと女だろうと、いつまでもメソメソしているヤツとは、オレは遊ばない」 「じゃあ、泣かない」 悠はゴシゴシと荒っぽく涙をふき、懸命に微笑もうとする。 「これでいい?」 「無理して笑わなくていい」 「なんだよ、泣くなって言ったり笑うなって言ったり、勝手なヤツだな」 「まあ、オレからボールを奪えたなら、また遊んでやってもいいゼ」 とボールを蹴って走り出す寿に、 「上等だ! 望むトコだぜ!」 悠はニカッと笑った。イタズラっ子の顔に戻った。そして、寿の後を追う。 一路、いつものグラウンドへ。 かわしたり、奪ったり、かわされたり、奪われたり、マンツーマンの戦いは繰り広げられる。勝負は白熱する。 心理的動揺を狙って、 「この刈り上げ女〜」 と寿が冷やかすと、 「!!」 悠は、ハッと後頭部を両手で覆い隠す。赤面している。 その姿に、寿はおぼえずドキッ。 一体何なんだろう、このエモーションは……。 立ち尽くす二人の間を縫うように、ポンポンとボールは転がっていった。 「悠」 「なに?」 「来年の夏休みも遊ぼうゼ」 「うん!」 恐怖の大王には永久に自宅待機していて欲しい。 プラットホームに人はまばらだった。 今年の夏も暑い。 汗を拭い、寿は電車を待っている。 去年の夏、このホームで悠と別れを惜しんだ。 「寿、また来年も来るから。ボクのこと忘れないで! またサッカーしようぜ!」 ようやく体裁の整ったベリーショートの髪を、フライング気味の秋風になびかせ、悠は彼女の町へと帰っていった。 それから一年、寿は心にポッカリ大きな風穴があいたみたいな気持ちで、20世紀最後の夏休みを待った。 その一年はとても長かった。 寿は母に頼んで地元のサッカークラブに入った。ひたすらサッカーに没頭した。笑顔も増えた。 そして仲間に夢を語った。 「将来は海外でも活躍できるようなサッカー選手になりたいんだ」 と。 悠からは何枚か葉書がきた。 それらは、簡単な近況を伝え、必ず最後には、 「寿、会いたいよ 「夏休みが楽しみだね 「また会える日が待ち遠しいデス」 と再会を望む言葉で結ばれていた。 いつしか帰宅するたび、郵便受けをチェックする癖がついてしまった。 そして、この夏、最新の葉書が来た。 来週、この町に来るという。 寿は跳び上がらんばかりに喜んだ。いや、実際跳び上がって喜んだ。 また、悠と会える。 去年よりサッカーのテクニックはレベルアップしている。もう悠に負けないはずだ。鮮やかなドリブルを披露して、悠の度肝を抜いてやる。リフティング勝負だって絶対勝ってやる! 葉書に書かれていた日付を頼りに、寿は駅へと自転車を飛ばした。 一時間に一本のローカル線を辛抱強く待つ。 二本、三本、と電車は来たが、悠は一向に姿を現さない。 ――まだかよ。遅いなあ。 と心は逸る。 もしかしたら、寿の知らないところでスケジュールに変更が生じたのかも知れない。そう考えたりもする。 また電車が鈍重な速度で、ホームに到着する。 乗客がまばらに降りてくる。目を皿のようにして一人一人チェックするが、悠はいない。 寿は不安に襲われた。もしかしたら、悠は来ないのではないか。失望の海に溺れる。 ――帰ろうか……。 「寿」 背後から悠の声。 とっさに振り返る。 しかし、悠はいない。 ――空耳か……。 と踵を返しかけると、 「ちょっと、寿、なんで無視するの!」 トランクをさげた妖精がいた。 白い麦わら帽子をかぶり、肩まで伸びた髪を外はねにカールさせて、水色のノースリーブのワンピースを着て、背はぐんと高くなり、胸のふくらみも服の上からでもはっきりと分かる。 一年の間にすっかり美少女に成長した悠に、寿は絶句する。 「寿、来たよ!」 悠はニコリと顔をほころばせる。その笑顔が寿には眩し過ぎる。 「忘れちゃった? “私“だよ、悠だよ」 「お、おう……久しぶりだな」 平静を装う寿だが、心臓は激しいビートを刻んでいる。 「待ったでしょ?」 「い、いや、全然」 「カッコつけなくていいよ。らしくないよ。うんと文句言いなってば、遅〜い、とか、このノロマ、とかさ。ちゃんと聞いてあげるから。とりあえず荷物持って」 「あ、ああ」 寿はあわてて悠からトランクを受け取る。すっかり悠のペースに呑まれている。 並んで歩くと悠の方がずっと背が高い。姉弟と間違われそうだ。 ――悠、いい匂いがする……。 「悠、なんだかモデルみたいだな」 「ああ、この間、街中でモデル事務所にスカウトされたんだよねぇ」 「へえ、すげー」 「断ったけどね」 「なんでさ?」 「向いてないよ、私、ガサツだから」 また悠と再会できて嬉しい寿だけれど、でも、カジュアルなパンプスに目をやりつつ思う。 ――こんなんじゃ、もうサッカーできないじゃんか(汗) 2000年―― ノストラダムスのことなど皆とっくに忘れている。 世界は移ろいゆく。 今日もこの町は平和だ。 それでいい。彼女とまた過ごせるから―― ――これでいい。 (了) あとがき リクエスト小説第9弾です♪ 2021年最初の小説です(*^^*) 今回のリクエストは結構王道的でした。頂いたあらすじを膨らませて書きました。ラストは「ロング化」にチャレンジしてみました。「はがない」とか思い出したなぁ。 タイトルは、大昔「1999年の夏休み」という映画があって、それから付けました。余談ですが「1999年の〜」はデビュー間もない頃の深津絵里さんが出演しています。登場人物は四人(五人?)の少年だけで少年役は全員女の子が演じています。皆、役作りのため、髪をショートカットに切って、撮影に臨んでいます。 ……と話は脱線しましたが、今回の発表作の中では一番好きなストーリーです♪ 迫水らしくないなぁ、という点で。 個人的に1999年という時代背景をあまり描きこめなかった憾みはありますが、、、そこら辺はこちらの事情なので、、、 2021年もコツコツやっていきます(*^^*) リクエストどうもありがとうございました(*^^*)(*^^*) |